Coolier - 新生・東方創想話

幽霊楽団

2010/05/25 21:08:56
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「ストップ」
                                        
 気分良く合奏練習していたところ突然姉に止められ、メルラン・プリズムリバーはムッとした。

「ちょっと姉さん!今いいところだったじゃない!なんで止めるのよ!」

 そう反論する妹に対し、姉のルナサ・プリズムリバーは静かに答える。

「メルラン、あんたは音を外しすぎる。ノリだけで演奏してはいけない」

 そう言われて更にムッとしたメルランは姉に対し言葉を返す。

「そういう姉さんの音楽は丁寧すぎるのよ!もっとノリで弾いてみたらどうなのよ!」

 そういわれてルナサはやや困り顔になった。

 ルナサとてノリが無い訳ではないのだが、彼女が好む音楽とは、静かで心を落ち着かせるような音楽だった。それ故にメロディを大切にし、音を外さないよう心がけていた。

 逆にメルランは激しく、心が躍るような音楽が好きだった。多少音を外そうが気分が盛り上がれば、そのほうが楽しくなれると考えていた。

「もう、姉さん達いいかんげんにしてよ!いつも喧嘩ばっかりしててちっとも練習にならないじゃないの!」

 音楽に対する考え方が正反対の二人は度々衝突していた。その度に練習が中断されるため、三女のリリカ・プリズムリバーは頭を悩ませていた。

「ライブまで二週間しかないのよ!こんなに練習中断してたら失敗するに決まってるじゃないの!」

 彼女たち、プリズムリバー三姉妹は『幽霊楽団』として定期的にライブを開いたり、お花見などに呼ばれては演奏を行っていた。そしてリリカの言うとおり、定期ライブまでは残り二週間と迫っていた。全員危機感を持っているのだろう。だが、その危機感が空気をピリピリさせ、ちょっとしたことで衝突してしまうのだった。

「そうだな、いちいち文句を言っていても仕方がない。練習を再開しよう」

 長女が場を取りまとめ、練習を再開しようとした。だが次女はそれを良しとしなかった。

「ちょっと待ちなさいよ。何なのその言い方は。まるで私だけが悪いみたいじゃないの!」

 ルナサは悪意を込めて言ったわけでは無かったのだが、どうやら誤解を招いたらしい。

「別にそういう意味で言ったんじゃない。とにかく練習をしないと良い演奏が出来ないだろ?せっかく来てくれるお客さんのために、いい音楽を聞かせてあげたいだけだ」 

 諭すように答えたが、メルランにとっての答えはそこにはなかった。

「何が『お客さんのため』よ。自分も楽しめない音楽をお客さんが楽しめると思ってるの?そんな我慢しながら私は演奏なんてしたくないわ。もう限界よ、私は『幽霊楽団』を抜けるわ。後は二人でやってちょうだい!」

 次女は一気に捲くし立てると、姉と妹が止めようとする暇も与えず家から出て行った。

 残された二人はしばらく呆然と立ち尽くす。

 いつも冷静に振舞う長女が動揺しているのを三女にははっきりと見てとれた。だがそんな長女に対し、三女は――――――

「三人一緒じゃないと『幽霊楽団』は名乗れないよ」

 そう言い放ち、彼女もまた出て行ってしまった。

 残されたルナサは膝から崩れおち、床に着いた手には涙がこぼれ落ちた。だがそれを慰めるものなど、そこには居なかった。




 宛てもなく飛び出したメルランは、しばらく人里の外れをうろついていた。

 『幽霊楽団』を抜けた後どうするかなどは何も考えず、ただ、いつも文句を言ってくる姉から離れたかっただけであった。しかし元々霊体であるため2~3日、いや、その先ずっと飲まず食わずでいても特に害はない。

 だが彼女ら三姉妹は騒霊という種族柄、ジッとしていることができない。彼女は人里まで来ると、手に持ったトランペットを吹きだした。

 しばらく一人で吹いているうちに、何事かと里の住民たちが彼女の周りに集まりだした。

 住民は突然鳴りだした音がトランペットであるとわかり、ひとまず安心した。

 そしてそのトランペットが奏でる小気味良い音楽に、徐々に手拍子やら踊りやらが加わっていった。

 それに気分を良くしたメルランは、さらに演奏に熱を入れる。その熱が観衆にも伝わり、場の雰囲気は一気にヒートアップしていく。

(そうよ、この鼓動、この一体感、この熱狂!これこそが私の求める音楽なのよ!)

 メルランは熱狂の中心でさらにトランペットを吹き続けた。そして吹くことに没頭し自らの世界への扉を開く。

(こんなに気持ちいい演奏は久しぶりよ、もう誰にも止めさせない!)



 メルランがひとしきり演奏をし終え、自分の世界から帰ってきたとき、彼女はある違和感を覚えた。

(なにか騒がしすぎる)

 演奏中は観衆もノッていたため、騒がしくなるのは当然だが、今は演奏を終えている。それなのに騒ぎが一向に収まる気配がなかった。

 それどころか騒ぎは次第に大きくなり、観衆同士がぶつかりあい、暴動へと発展しかねない状況だった。

 騒霊の出す音は普通の音とは違い、精神に強い影響をあたえるという性質がある。そしてメルランが奏でる音は聴く者の精神を興奮状態へと変える性質があった。

 軽く聴く程度なら元気になって良いのだが、聴きすぎると逆に毒となり人は我を忘れて暴れまわってしまうのだ。

 姉に注意をされ腹を立てていたこと、演奏に熱が入りすぎたこと、そのことなどからメルランは自らの音による影響のことをすっかり失念していた。

 しかし時既に遅し、暴れだした人間を止める術をメルランは持っていなかった。

 メルランが自分の浅はかさを後悔したとき、遠くから何やら音が近づいて来るのが分かった。

 いや、「何やら」とは言ったがメルランにはその音の正体をすぐに確信していた。

「姉さん、どうしてここに!?」

 その音とは、ルナサのヴァイオリンの音色だった。

「そんなことより、今はこの人達を落ち着けるのが先だ」

 すぐ近くまで辿り着いたルナサは、メルランの問いには答えずヴァイオリンを奏でた。すると暴動は次第に治まりだし、観衆は我を取り戻していった。

 ルナサの奏でる音にはメルランとは逆に精神を落ち着かせる作用があるのだった。

 だがメルランの時と同様にルナサの奏でる音も聴きすぎれば鬱になってしまう危険性があった。

「ふぅ、なんとか落ち着いたようだな。どうやら怪我人も出なくて済んだようだ」

 一息ついた姉に対し、メルランはもう一度問いかけた。

「姉さん、どうしてここにいるの?あんなにひどいこと言ったから私のこと怒りに来たの?」

 メルランは己の過ちを深く反省しているのだろう。その様子は家を出て行った時とは打って変わって、ひどく弱々しく見えた。

「怒ったりはしないさ、ただすごく悲しかったけれど。だけどあんたの言うことも確かに一理ある。自分が楽しくないのにお客さんが楽しめるわけがない。でもね、私たちアーティストはお客さんあってのものなんだ。お客さんが喜んでくれることで得られる楽しさってのもあるんだ」

 普段はあまり喋らないルナサだからこそ、その言葉には重みがあった。

「それに・・・」

 と、ここでルナサは一呼吸置き、照れくさそうに続けた。

「宛てもなく飛び出した妹を心配しない姉がいるわけないだろ?」

 そのルナサの顔は慈愛に満ちていて、普段は見せない姉の暖かさにメルランは心を打たれた。

「ごめんなさい。私、自分のことしか考えていなくて。それに人に迷惑までかけてしまった・・・」

 今にも泣き出しそうな次女を、長女はそっと抱きしめた。

「もういいよ、それに皆は迷惑なんて思ってないさ。ねー、そうだろ皆ー!?」

 ルナサが一部始終を見届けていた観衆に問いかけると、彼らは拍手を持ってそれに応えた。

 そして口々に「楽しかったぞー!」「サイコーだー!」など感想を述べてくれた。さらには「アンコール!アンコール!」と要求してきた。

「メルラン、これがお客さんの答えだ。それにあんたはどう応えるんだ?」

 メルランはうん、と頷き、確信を持って答える。

「持てる技術を全て使ってお客さんを楽しませる!」

 正解だ、と言うようにルナサは大きく頷いた。

「でも姉さん、姉さんも一緒に弾いて。私一人だとまた暴動になってしまうかもしれない」

「そうだな、じゃあ一緒にやろうか」

 二人は呼吸を合わせ、演奏を開始しようとした時―――

「ちょっと待ったー!私一人抜いて何やってんのよー!」

 二人を止める声があった。

 演奏を楽しみにしていた観衆はなんだなんだと騒ぎ立てたが声の主が三女のリリカだと分かると納得したようだ。

 リリカは全速力で隣まで来ると息を切らせながら言った。

「二人ともなんで仲良くなってんのよ!メルラン姉さんを探してたらいつの間にかルナサ姉さんまでいなくなってて、そこらじゅう探し回ったんだからね!それなのに見つけたと思ったら二人で演奏しようとしてて、もう何が何だかわけわかんないわよ!」

 ブリブリ怒っているリリカとは裏腹に、二人の姉はその様子がおかしくて、思わず噴出してしまった。

 しばらく笑った後、ルナサは息を整えながら提案した。

「それじゃあ『幽霊楽団』再結成を祝して、臨時ライブといこうか!」

「うん、やろうやろう!」

「結局何があったのかさっぱりわかんないよ!でも三人揃ってるんだからやるしかないよね!」

 臨時ライブは数時間にも及び、大歓声のうちに幕を閉じた。


 それから約二週間、三姉妹は練習を重ねた。時には意見の衝突もあったが、その時はお互いの意見をよく聞き、理解しあい、自分のものへと積み重ねていった。

 かくして定期ライブは無事開催を迎えることができた。

 一曲目は三人の合奏から始まり、曲の終わりにメルランのMCによるメンバー紹介が始まった。

「みんなー!今日は私たちのために集まってくれてありがとー!早速メンバー紹介いくよー!まずはストラディヴァリウスも裸足で逃げ出すほどの名器を奏でる『幽霊楽団』リーダー兼ヴァイオリニストー、ルナサー!」

 キャーキャー! ルナサー!

 観衆に応えるようにルナサはヴァイオリンを奏でる。観衆はその優雅な演奏にうっとりした。

「続いて某有名アーティストが使用したが音が独特すぎて幻と消えたと言われる不遇のシンセサイザーを奏でるキーボーディストー!リリカー!」

 リリカー! リリカー! ちっちゃいけど頑張れー!

「ちっちゃいは余計だーーーー!」

 リリカは滅茶苦茶にキーボードを打ち付けたが、その滅茶苦茶加減が観衆からはウケタようだった。
 
「そして『幽霊楽団』きっての美女!多くのジャズペッターの生き血を吸ってきた恐怖のトランペットを奏でる、千年に一人の天才トランペッター!メルラーン!」

 自分だけあまりの自画自賛っぷりに会場はシーン・・・とはならず、毎度お約束の自己紹介なので

キャー!メルランかーわいいー! いいぞー!天才トランペッター! など一層盛り上がった。

 そしてメルランのソロ演奏が始まる。これで会場のテンションは一気に上がるのだった。

 その最中、会場のあちこちでは「めるぽ!」と叫んでは周りから「ガッ!」と言われてタコ殴りにされる客もいたが、これも『幽霊楽団』のライブ中ではお約束だった。

 メンバー紹介もおわり、時々トークなども交えながら次々と演奏していった。

 ルナサがメインの曲、メルランがメインの曲、リリカがメインの曲、とそれぞれの持ち味を活かした曲は、そのたびに会場の雰囲気が変わり全く飽きの来ないものだった。

 十数曲を奏で、ライブもいよいよ最終曲を残すばかりとなった時、メルランは静かに語りだした。

「会場のみなさん、今日は本当に楽しい一時をありがとう。次が最後の曲になります」 メルランは会場を見渡し、そしてルナサ、リリカを見渡した。そして再び会場に向きなおる。

「この曲は、私たち三人が時にぶつかり合い、時に褒めあい、泣き笑いを共有しながら皆で協力して完成した曲です。どうかみなさん、私たちの想いを、耳だけでなく、魂で感じ取ってください」

 メルランは、すぅっと息を吸い込み顔を引き締める。

「それでは行きます!最終曲!【幽霊楽団 ~ Phantom Ensemble】!」



 ルナサが一歩出てソロでメロディを奏でる。今まで興奮しきった観衆の心をまずは落ち着かせていく。

 リリカが一歩出てルナサのメロディにキーボードを重ねていく。ルナサとリリカの協演が続いていく。

 ルナサが下がり、メルランが代わりに前に出てメロディを奏で、リリカとメルランの協演が始まる。

 いったん落ち着いた心が次第に沸き上がっていった。

 ルナサがもう一度前に出る。ワンテンポ置き、テンポアップした三人による合奏へと移っていく。

 観衆は自然と身体でリズムを刻み、手拍子が加わっていった。

 ルナサ、メルラン、リリカは楽しそうな顔でお互いを見渡し、頷いた。

 その瞬間、曲の調子が一変し、音の密度が一気に濃くなっていた。三人は表情を引き締め、全身全霊で曲を奏でていた。ルナサ、メルラン、リリカのメロディが絶妙なバランスで混ざり合う。

 もしルナサのメロディが強ければ会場は暗く静まりかえるだろう。

 もしメルランのメロディが強ければ会場は荒れ狂うだろう。

 もしリリカのメロディが強ければ、ただの騒音へと変わり果てるだろう。

 誰一人ミスを許されない、極度のプレッシャーの中でお互いを信頼し、自分を信じて全力演奏することで初めて成せる合奏だった。

 観衆の魂は感動に震え、共鳴し、会場すべてが一つの生命体であるかのように一体化した。
 
 曲は最高潮に達し少しずつに熱を冷ましていく。
 
 そして全ての演奏が終了した。

 会場はシーン、と静まり返っていた。メロディに魂を委ね、メロディと共に沸き上がり、メロディと共に静寂したからだった。

 だが我に返った者から順に、演奏者たちに拍手を浴びせていった。パチパチパチと鳴っていた拍手は次第に巨大化し、会場は拍手の渦に包まれた。

 会場の中には感激のあまりに涙が止まらない者もいた。だが誰一人としてそれを吹くこともせずに手を鳴らし続けていた。

「すごい!こんなに大きな拍手なんて初めてだよ!」

 リリカは目を大きく見開き、会場を見回した。

「あぁ、全員が魂を込めて演奏したからこそ、皆はそれを感じ取ってくれたんだ」

 ルナサはいつものように静かに応えた。だがその体は感動からか、震えていた。

「姉さん、リリカ、私・・・『幽霊楽団』の一員で居られることが、こんなに嬉しいことだったんだなって、やっと気づいたよ・・・これからも、よろしくね!」

 メルランは涙を流しながら二人に抱きついた。会場の拍手はより一層強くなっていった。

「さぁ、お客さんたちに挨拶をしなくちゃね」 
                         
 ルナサがメルランに促した。メルランは涙を拭き、会場に向かう。

「皆さん、今日は本当に楽しい一時をありがとうございました。私たちは皆さんが応援してくれるからこそ頑張れます。これからも、三人で手を取り合いながら皆さんに感動していただけるような音楽を作り続けていきます。だから、また逢う日まで私たちの音楽を楽しみに待っていてください!ありがとうございました!」

 三人は手を繋いで深々と頭を下げた。そして幕が降りてくる。拍手は依然続いている。

 完全に幕が閉じても拍手は鳴り止まなかった。

 拍手が鳴り止むまで、およそ数十分はかかっただろうか。

 完全に拍手が鳴り止むまで三人は一動たりともせず、深々と頭を下げていた。

 拍手が鳴り止んでからも、三人は頭を下げ続けた。

 もう既に観客は一人も居なくなっていた。

 それでも三人はまだ頭を下げ続ける。

 さっきまでいた観客たちに、感動をくれた音楽に、そして助け合ってきた姉妹達のために。

 どれくらいそうしていただろうか。やがて誰からともなく頭を起こそうとする。

 だが演奏に全てを注ぎ込み、精も根も尽き果ててしまった彼女たちはそのまま仰向けに倒れ、眠りについた。

 その安らかな寝顔は、とても満ち足りたものであった。

  Fin
BGM【幽霊楽団 ~ Phantom Ensemble】の激しいサビの部分を聴いて、全員一生懸命演奏してるんだな、色々あったんだろうなぁって想像しながら書きました。
にょーき
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コメント



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3.70コチドリ削除
確かにあの曲がサビに突入すると、熱演する三姉妹が頭に浮かんで来ますね。

私も追い込まれた状況になった時、違うノリ、思考の人に協力して貰って乗り切った
経験が結構あるので、とても彼女達に共感出来るなぁ。

最後に物語、特にメルランのシーンを読んでいると、原曲と共にいえろ~ぜぶら様の『Melody!』
が、交互に頭の中で再生されました。この彼女達にぴったりの曲だと思いますよ。