Coolier - 新生・東方創想話

眠れる恐怖 ~Sleeping Terror

2010/05/25 18:45:46
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私の名前はパチュリー=ノーレッジ。
紅魔館の主、レミリア=スカーレットの客人としてここに住ませてもらっているわ。
私は普段、喘息のためこの屋敷にある図書館から動かない生活をしているの。
そのためか人からは『動かない大図書館』という肩書きが与えられているの。これは知識の探求者としては誇りに思えるわ。
まぁ、そういうわけだから日長一日、本を読む生活を送っているわけね。




そんな私だけど今日はちょっと違うことしているの。
実は今日、運動することになったの。今、一生懸命に走っているわ。レミィも真っ青になるくらいに激しくね。
何で運動することになったかって?
質問をする前に、考えてみたらどう?でないと頭が不要な生物になるわよ。もしそうなったら私には耐えられないことね。
ヒント?そうね……「やむを得ず」が丁度良いかしら。
健康になるため?ダイエット?どれも違うわ。
今年からアウトドア派を売り込むため?私、そこまで切羽詰ってないわ、貴方失礼よ。
分からないから教えて欲しいの?そうね……答えはね…………














ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ…………………






「巨大な岩球が後ろから迫っているからよ―――――!!!」
パチュリー=ノーレッジ、1××歳。
生まれて初めてむっきゅり運動してます。














岩球に終われる数刻前

今日のパチュリーの予定はいつも通り本を読んで過ごすことであった。
パチュリーにとって本を読むことは生きがいそのものであった。
そんなわけで午前から勤しんで読んでいた魔道書はお昼ごろには読み終えていた。
厚さ的には一般人が読もうとしたらそれこそ一ヶ月は掛かるんじゃないかという本であった。彼女はこの生活を物心がついたときから送ってきたので、速読は神の域に達していた。

「ふぅ~、さてと……」
パチュリーは腰掛けていたイスから離れ、本棚に向かった。
テーブルには読まれた本と、使い魔である小悪魔が活けていった、赤い花の入った花瓶がある。なんでも見栄えが悪い図書館に少しでも、彩をということで置いたらしい。
ちなみに本を置いていったのは、後でからまとめて小悪魔に片付けさせるためだ。

ふよふよと漂いながら、目的の本棚まで向かうパチュリー。
決して体に恵まれたとはいえないが、代わりに知識はかなりのものである。
そのために今日も知識を蓄える。

「此処ね……」
目的の本棚に着いたので、早速探し始めた。
ここで面白い話を一つ。実はこの図書館、不思議に満ちているのである。

先ず、空間が合っていない事である。外から見た屋敷とこの部屋、というか屋敷の内部は寸法があっていない。これはここに使えるメイド長が空間をいじくったからである。そのために今、パチュリーが移動した距離も三十分ほどかかったのである。
次に、本が勝手に増えることである。どこからか本がこの図書館に入っては勝手に本棚に収納されている。パチュリーでさえ知らない本が入っていることもあるので、彼女的には幸運だと思っている。よって、彼女は本を飽きた事がないし、そもそも全部読めていない。
今のはほんの一部の例である。
そして今日パチュリーはまた、新しいこの図書館の不思議を知ることになる。


「あれ、おかしいわ……」
目当てだった本が見つからず、しゃがみこんでいたパチュリーは首をかしげた。
けれどそれも束の間であった。

「またあの白黒のせいね」
白黒とは魔法の森に住む霧雨 魔理沙のことである。
彼女は時々ここを訪れては本を盗っていくのである。彼女としては「借りる」ということらしいが、パチュリーにとっては未だ返してもらった記憶が数回しかないので、ほとんど「盗った」に近い。

「しかたない、別の本にしましょう」
そう言って、立ち上がると前髪がふわりと揺れた。
いつもならそんなことは気にしない。立ち上がったから自然にゆれただけだ。
髪をかき上げ、整えると。またふわりとゆれたのであった。

「……?」
不思議に思い周りを見渡す。
右に振り向くと顔に風を感じたのであった。

「風?」
それは妙であった。この図書館には窓が一つもない。日光が入らないようにするためだ。その為、風を感じるとしたら扉がある入り口の一箇所だけである。けれどそれはここにはない。入り口はどちらかといえば、パチュリーがいたテーブルに近いところにあった。

パチュリーは訝しがりながら風のする方向へ足を進めていった。
向かえば向かうほど風を強く感じる。決して強い風ではないが、慎重に進んでいるせいで、過敏な神経には強く感じる。
両脇には本棚の壁。それがいつまで続く。奥の方は何も見えない。ブラックホールのようであった。
普段から此処で生活している彼女にとっても異質な感じがした。まるで異世界のようであった。
試しに近くにあった本を一冊掴んだ。

『デ・レ・メタリカ』
錬金術に関する本だ。彼女はこの本を読んだ事があるので、ほっとした。

(なに、気を張っているんだか)
彼女は自分の行動に苦笑した。
そしてまた漂い始めた。
しばらくして、今度は音が聞こえ始めた。ヒューという何か悲しい泣き声のようであった。
音が大きくなり始めたので注意深く観察するために歩いて行動することにした。
すると、




パタン………………パタン………


断続的だが扉の開け閉めをするような音が聞こえた。
音のするほうに近づくと地面がゆらゆらと揺れていた。

「扉ね」
床には見慣れない扉が一枚あった。どうやらそこから風が漏れているらしい。
扉が風で持ち上がり小さなスキマから抜けるとヒューという音が鳴り、扉が閉まるとパタンとなる。どうやら先ほどから聞こえる音はこいつで正解らしい。

パチュリーはこの扉の存在を知らない。今までここの棚に足を運んだことはあるが、今まで知らなかったのでこれには不思議に思い首をかしげた。その扉を持ち上げるとさび付いたような音が響いた。そして同時に妙なにおいが流れ出した。

「油かな…」
何故油の臭いがするのか分からなかった。扉の中を覗き込むと階段が続いている。
パチュリーはあごに手を当てた。
どうやら自分の知らない不思議がここにはありそうだと本能が告げていた。
と同時に警告も発していた。


ここはまずい、と………


一旦引いて、レミィを連れてこようかと考えた。
けれど目の前にある誘惑がそれを許さなかった。
悩んだ挙句、出した結論が、

「ま、危なくなったら引き返せばいっか」
素人冒険家が考える安直な答えであった。パチュリーは、知識においては素晴らしいものをもっているのだが、本能や誘惑にはどうも弱いらしい。特に好奇心には…

「えっと、スペルカードは、と……」
念のために懐を探ると七枚あった。ラッキーセブンとは偶然にしてはなかなか良い。

「さて………」
パチュリーは一歩ずつ階段を下りていった。

















暗い階段を下りていくとそこは真っ暗闇の世界であった。
何か明かりになるものがないかと懐を探り、

「火符『アグニシャイン』」
火を灯らせるとそこは大きな坑道のような廊下が広がっていた。
足元や壁、天井は石畳で整えられ、幅は人が十人歩いてもぶつからないほどの広さ。高さは十メートルほど。そして何よりも驚きなのが、先が見えないほどの奥行きであった。前に広がる光景は上の図書館で見たブラックホールそのものであった。

「……………!?」
パチュリーは身震いした。決して寒いからではない。興奮と恐怖のためであった。

(私が……怖がっているなんて)
パチュリーには信じられなかった。怖いものなんてあまりないと思っていた。幽霊とかはよく見かけるし。悪魔だって家にはいる。だから大抵のものには怖さを感じなかった。
けれど今は感じている。その恐怖の正体は、何もないことへの恐怖を感じているのであった。

汗がつうっと頬の辺りを流れる。
先ほどの本能がうるさく鳴っている。
パチュリーは頭を振りゆっくりと歩き始めた。











十分もしないうちに変な溝を見つけた。
その溝は奥に向かって走っている。しゃがみこみその溝を見ると、液体のようなものが浮かんでいた。都合よく持っていた、メモ用紙の紙をちぎって液体に浸し、鼻に近づけた。

「そう、これが油の臭いの正体ね」
どうやら溝に漂っている液体は油であった。
パチュリーはそこで考えた。
アグニシャインの火をここにつけたらどうだろうか。
見たところ油の量は適量だし、奥へと続いているから明かりにもなる。
それに維持し続けるのも魔力を消費していることになるので、

「ほら」
そう言ってパチュリーは油に火をつけた。すると導火線のように火は元気よく奥へと走っていく。どこまで続くか分からないがいけるところまで明るくなって欲しいと思った。

そしてパチュリーはまた先へ進もうと立ち上がると、地面が揺れ始めた。
決して大きな揺れではないが振動のせいで天井から砂埃がぱらぱらと落ちてくる。
嫌の予感がしてきた。


本能が告げる、注意しろと。


パチュリーはスペルカードを一枚握り、辺りを観察した。
揺れが大きくなり、何かが近づく音が聞こえた。それはごろごろと何かが転がる音。
よく目を凝らし、来た道のほうを見ると、パチュリーは真っ青になった。

「う、う、う、嘘、でしょ…………?」
嘘ではありません。現実です。
パチュリーはそれを見て全速力で走り出した。

音の正体は幅や高さぎりぎりいっぱいの大きさである岩球であった。
パチュリーは走った。飛ぶことも忘れ、スペルカードも忘れ無我夢中に走った。
切羽詰ったとき、冷静になれないのはどうやら魔法使いも同じらしい。
そして冒頭に至る。


















走る、走る、走る
ひたすらに走る。
全力で走る。
がむしゃらに走る。

「むきゅうううううううううううう」
迫り来る岩球はパチュリー押しつぶさんとさらに加速して転がってきた。
潰されまいと、パチュリーもスピードを上げる。
いまだ、ブースト、オン!

というわけにもいかず、パチュリーはだんだんと息を切らし始めた。

(も、もうだめ)
そうなってくると頭は元に戻ろうと働く。
失われていた冷静さが頭の中を巡り始めた。

パチュリーは自分の手元を見ると、そこにはぐっしょりと濡れたスペルカードであった。
必死に走った分、汗が出たのでそれが吸収したのだろう。それだけ自分が必死だったことを物語っていた。そして自分の気づかなかった時間さえも…

「っ、木符『シルフィホルン』」
木は水の力を得ることで力強くなるとはよく言ったものだ。
放たれた、スペルはいつに増しても強力に展開され、あっという間に岩球を破壊した。

「はぁ、はぁ、はぁ……………勝った」
勝ったというか、冷静になれなかった時間を考えると負けのような気がせんでもないが…
ともあれ無事に生きながらえることに成功した。
落ち着かない息をゆっくりと宥めさせた。

「どうやら今日の調子は良いらしいね」
いつもなら、致死にいたるような運動だったが今日は、問題はないらしい。
ゆっくりと呼吸を戻すこと数分、ようやくパチュリーは歩み始めた。
まだ続く先は闇しか見えてこなかった。
















しばらくして、パチュリーは歩みを止めた。

「行き止まり?」
彼女が言うとおり、前には大きな壁が佇んでいた。
道中、分岐点など一箇所もなかったので、此処まで歩みを進めたのだが、どうやら冒険は此処で終わりのようであった。

「まさか、此処で終わりというわけないでしょう?」
パチュリーはまた観察を始めた。床や壁をさすり怪しいところがないかと探してみた。
壁には入り口近くから続いていた溝の火によって自分の影絵が出来ていた。ゆらゆらと揺れる火は彼女を手招きしているようであった。

「……………」
パチュリーはゆっくりと溝に近づいた。
溝の終着点。油がそこまでしかないので火はそこで止まっている。
ふと溝を塞き止めているブロックに注目した。
色が周りに比べて明るかった。
石畳になっているブロックは黄ばんでいたが、これだけは白かった。火に近いから明暗が変わっているんじゃないかとも思った。
けれど気になったのでそのブロックに触れると、自然と凹みだした。
塞き止められていた火は、今度は地面をもぐり始めた。
すると、行き止まりになっていた壁が奥へと動き始めた。
そして動いた跡には闇が待っていた。

穴であった。
かなり深いのか先が見えない。
先に行ったはずの火は光を灯していなかった。どうやら火は地面の中をもぐっただけであって、この穴には剥き出してはいなかった。

「どうしよう」
パチュリーは懐を探ってみた。火符となりそうな物はあいにく最初のだけであった。あるにはあったが万が一というものだったので使用することはやめた。
腕を組み考えてみたものの、やはり好奇心に勝てず、結局穴を降りていくことにした。
ゆっくりと降下し始める。ふと天を仰ぐと、もう光が小さくなり始めていた。
まとわり付く闇が鬱陶しく感じた。














五分程度で異変に気づいた。
足元が冷たい。
よく見ても闇の世界なので正体が見えない。
ちなみに光は此処まで届いていない。降り始めて一分くらいで周りは闇に包まれたからだ。

とにかく冷たい液体があることは分かった。しかし正体が分からない以上、素手で触れるのは危険だと思った。

「………………」
それでもパチュリーは恐る恐る手を近づけた。

ぴちゃっ

音にびっくりして手を引っ込める。高まる心臓を押さえつけ、再度試みた。

(ぬるぬるしないし、手に害も感じない。異臭もしないからどうやら水のようね)
彼女はそう判断した。長年、実験も加えた生活を送っているので、ある程度判断は下せる事が出来る。そして、大概はあっていると。

「水符『プリンセスウンディネ』」
パチュリーは三つ目のスペルを使い、自分の周りに水の加護を持った半透明の幕を張らせた。そしてその水の中をもぐり始めた。
闇は続くよ、何処までも……
















好奇心とは恐ろしい。
私は冷静に考えていた。
はっきり言う、私はなんてばかげたことをしているのだろうと。
潜り始めて一分ほどで底に着いたので、手探りをしながら先を進み始めた。

今までの経路を軽く確認すると、図書館から階段を降り始めて十分程度、大体二十メートルほど降ったかな。そして長い坑道。走ったこともあるけど大体二キロメートルほどかな。そして行き止まりから水底まで二十メートル。
結構な距離を動いているわね。

此処まで突き動かしたのは好奇心によるものだ。
私は、いや魔法使いというものは得てしてそういう生き物なのかもしれない。知らないことを知りたい、それだけを糧にいつも生きている。私が本や実験での生活を送るのはそのためだ。それがなくなれば死に等しい。

けれどその好奇心とはそろそろ上手く付き合っていかないといけないかもしれない。
だって、よく考えてみて。こいつのせいで私は、たった一人で何も見えない水底を歩いているのよ。その恐怖が分かるかしら。
そう恐怖よ、好奇心とは恐怖に直結しているわ。
何でこんなことしているんだろう。
私は悲しくなってきた。








……でも決してこいつが悪いことばかりではないというのも分かっている。
例えば、美鈴だ。
こいつのおかげでわたしはあの娘に会うことが出来た。
それを起因に小悪魔に、レミィに会うことが出来た。
だから分かっている。
こいつは嫌なやつだ、そして良いやつだ。

「っと、どうやら行き止まりのようね」
私は天井を見上げた。
陽炎のようにゆれる波の先には一粒の光を見つけた。
私はゆっくりと登り始めた。
さようなら、闇よ。

















パチュリーは水で満たされた通路を通過し、縦に吹き抜けた通路を登り始めた。
やっと登った先に待っていたのはこの坑道で出会ったあいつであった。

「あら、こんなところにいたのね」
そこには水底に入る前に一足先に地面を潜っていった、火がゆらゆらと待っていた。
どうやら火は水底のある通路の下を潜り抜け、壁の中を駆け上がり、そしてここに顔を出していたのであった。水に触れずに此処まで来たので元気に踊っている。

パチュリーは火が続く先を見た。
そこは最初と同じ、長い坑道が続いていた。
ゆっくりと漂いながら前に進む。
変わらない景色は図書館と似ている。飽きもしないし最初のような気持ちも薄れていた。それでもこの体を動かすのは好奇心のためであった。

「まあ、此処まできたら、何があるのか気になるしね」
ゆらゆらと揺れるのは溝に佇む火。ふわふわと漂うのは好奇心に佇むパチュリー。
二人の冒険は終着点を迎えていた。

















扉があった。
頑丈に閉じられた開き戸は無理やりでも開きそうにない雰囲気を漂わせていた。
その扉に近づくとスイッチが二つあった。
それぞれに注意書きが書かれている。

「YOU押しちゃいな」
「押すなよ、押すなよ、絶対に押すなよ」

「………………」
困った。
どっちも怪しさ満点だったので正直押したくなかった。
しかしこれらの他にはスイッチが見受けられなかったので、仕方なくパチュリーは二つ目のスイッチを押した。

すると扉はギギッと言う音と共に開き始めた。どうやら当たりだったらしい。火が先行して扉の中に入っていく。

(そうなってくると、もう一つの方は何が起こるんだろう)
若干の後ろ髪に引かれながらも、良くないことが起こるだろうと思って、頭を切り替えた。
今は目の前の扉の先の方が興味深かった。


そこを潜り抜けると目の前の光景にパチュリーは唖然とした。何と広いのだろうと。
目の前にはドーム型の広場が広がっていたのだ。
天井は坑道よりも高く、広場自体もかなりの大きさである。どうやら此処がメインのようだ。
とことこと歩き始めたパチュリーはあたりの散策をすることにした。

「砂が結構溜まっているわね」
うっすらと地面には砂が積もっている。それが壁際に行けば行くほど高く積もっていた。
今度は天井の方を見てみると、遥かに高い。そのため、うっすらとした暗闇しか見えなかった。仕方なく前の方に進むと嫌な感じの石像がたたずんでいた。

「ガーゴイルね」
ガーゴイルとは悪魔の一種である。その石像が出口であると思われる扉を中心に線対称に並んでいたのであった。その数は十体。ドーム型の広場なので、その中心にいると全部の石像がパチュリーを睨んでいるようであった。

「さて。よくある王道の話だと最深部と思われる場所には宝が眠っている。そしてその宝を持ち去ろうとした瞬間、この石像が動き出し、宝を盗ろうとするものを殺そうと襲い掛かってくる、と」
パチュリーは誰に言うでもなく、つらつらとしゃべってみた。
石像たちは何の反応も示さない。

「さて、ここで問題。宝は一体何でしょうか?」
パチュリーはゆっくりとガーゴイルの待ち受ける扉に近づく。
くぐもるような音がドーム内に広がり始めた。彼女はその音を気にせず段々と扉に近づく。
更に音が大きくなる。そして更に近づく。その繰り返しであった。
一体の石像と目が合った。悪魔に相応しい形相と牙を持っている。そして大きな翼と槍。ごくりとつばを飲んだ。
ゆっくりとパチュリーは懐に手を入れる。顔は努めて冷静に、心は激しく…
そして扉の取っ手に手が触れた瞬間、パチュリーは後ろを振り向いた。

「………………」
ガーゴイルが動くと思い、直ぐに振り向いたが、何も反応を示さない。彼女の心臓の音だけが辺りに響く。あの唸り音は聞こえなくなった。慎重に辺りを見回す。手は懐と取っ手にある。彼女はゆっくりと下げて、引いてみた。

(開かない)
扉が開く条件が何かあるのだろう。
ゆっくりと手を戻した。なおも警戒を怠らない。
次の瞬間、本能が警告した。




“危ない、離れろ”




パチュリーはダッシュで広場の中心に向かってその場から離れた。
その瞬間に扉の近くにあったガーゴイルの石造が壊され、砂埃が舞い上がった。
降ってきたそいつの正体を見極めようと目を凝らすも、砂埃でよく見えなかった。
舞い上がる砂埃で火が大きく戦慄いた。
砂埃が落ち着くとそこには全長十メートルほどのゴーレムがパチュリーを睥睨していた。

「でかいわね。さしずめ貴方がここのボスといったところかしら」
そのゴーレムの表情は無機質で何を考えているか伺えない。
けれど分かることはある。

「貴方を倒せば私はここから出られる。違うかしら?」
そう言ってパチュリーは弾幕を展開した。
ゴーレムはかなりの巨体なので展開する弾幕は面白いほどに当たってくれる。
けれどダメージは宜しくなかった。
弾幕に構わずゴーレムはゆっくりとパチュリーの元に近づいてきた。

「仕方ないわね。かなり痛いのいくから覚悟しなさい」
パチュリーは懐からスペルカードを取り出した。

「金木符『エレメンタルハーベスター』」
丸のこぎりを模した円盤型のスペルが三つ、パチュリーの手元に現れた。

「さぁ、切り刻んできなさい」
三つの円盤がゴーレムに襲い掛かった。
唸る円盤がゴーレムの腕や足、体に触れた瞬間、

「どうやら、厄介なやつのようね」
円盤が弾き飛ばされた。弾幕ははじいていないので、対魔法の防御措置が働いているわけではないようだ。
どうやら単純に恐ろしいほどの高い防御を持っているようで、摩擦の関係により反発ではじかれたのであった。

弾き飛ばされながらもしつこく円盤はゴーレムに襲い掛かる。
それにいらついたのか、やつはまとめて三つ襲ってきたときに倒れ込んできた。
それは同時にパチュリーも潰せられるポイントでもあった。

「くっ……」
急ぎ回避をとった。
けたましい轟音がドームの中を駆け巡った。思わず目を塞いでしまう。
砂埃が舞う中ゴーレムはゆっくりと立ち上がり、こちらを睨んでいた。

「やられたわね」
パチュリーは指を動かすものの円盤の反応がない。どうやら完全にお釈迦になったようだ。
新たな策を彼女は考え始めた。幸い動きは遅いので、回避行動はとりやすい。特殊性は今のところは見えないので、慎重に観察しながら行動に移す。後は攻撃方法だが。

「それが一番厄介なのよね」
通常の弾幕程度ではほぼ皆無に等しい。手元の中でも殺傷能力が上位に位置する『エレメンタルハーベスター』でさえ、たいしたダメージを稼げなかった。
このままではジリ貧に追い込まれるのが関の山であった。
手元にあるスペルカードは残り三つ。

考えた。考えた。自分が生き延びる方法かつやつを倒せれる方法を考えた。
じわりじわりと迫るやつに注意しながら、考えに考えた。

「………そうね、この手でいきましょ」
そして結論を出した。腹をくくり自分の考えどおりにことを進め始めた。

「土符『レイジィトリリトン』」
宣言されたスペルカードはパチュリーの目の前に円の中に星が模られた召喚の魔方陣を作り出した。
そこから大量の土砂が現れ、蛇のような動きでゴーレムに絡みついた。
捕らえられたやつは一歩も動けず、そのまま地面に仰向けになる形で転ばされてしまった。

「第二派の準備」
パチュリーはゴーレムの上に位置するところまで浮き上がった。
見下ろしてみると、無機質な顔にも苦しさが伺えられた。

「日符『ロイヤルフレア』」
パチュリーは両手を天にかざした。すると小さな光の弾が浮かび上がり、それは徐々に大きくなっていった。まるで太陽のミニチュアのようであった。しかしそれはえてして当たっていた。じわりじわりと照らされる光の弾からはかなりの熱さを照射し、召喚したパチュリーも額に大量の汗をかいていた。

「くらいなさい」
ぶん、と勢いよく放り投げられた太陽はゴーレムに直撃した。依然、土に絡められていた、やつは苦しみながらも耐えていた。
太陽を模したこのスペルでもどうやら有効なダメージを与えられていないようだ。
しかしながら、やつは太陽に耐えているうちに体に変化が現れていた。
徐々に体が赤くなっていったのであった。赤みを帯びた体はまるで、怒っているようにも見えた。

「さてこれで止めね」
そう言って最後のスペルカードを宣言した。

「土水符『ノキアンデリュージュ』」
パチュリーはゴーレムに向けて手をかざした。そこから繰り出されるのは無数の水弾であった。勢いよく打ち出された水弾は触れた体に瞬間、ひびが入っていった。
被弾した箇所から、徐々にひびが入り、ついには体全身がひびで覆われてしまった。

「ふぅ、上手くいったようね」
パチュリーはゆっくりと降下し、ゴーレムの傍に着地する。
彼女の作戦はこうであった。硬いものを効果的に壊すには温度差が有効である。そのためには、先ずやつの身動きを止める必要があった。動きが遅いとは、動いているし、それに彼女の知らない特殊性も持っていたかもしれない。念には念をということで、土符で動きを止めたのであった。そこへ日符でやつの全身を高熱状態にし、そこへすばやく冷気を伴った土水符で攻撃する。そうすることで結果、今の状態になるというわけだ。

「貴方は、力はたいしたものだったけど、残念なことに知識がなかったわ」
パチュリーはゴーレムに向かって手をかざす。

「覚えておきなさい。闘いにおいて重要なのは先を読む力なのよ。そのためにも貴方には知識が必要だった」
パチュリーは通常の弾幕を展開し、ゴーレムを崩しにかかった。
弾幕がやつの体に食い込むたびに、ぼろぼろと削れていった。ついには頭も砕かれゴーレムは砂と化してしまった。

「知識は絶対に裏切らない。あたしはそう信じてきたおかげで、今に至るのよ」
動かない大図書館は伊達じゃない。今回みたいに苦しい状況の中でも、限られた選択肢を駆使し、最善の方法を選び取って生き延びる事が出来た。
パチュリーは出口の扉を開け、砂のドームを出て行った。


















後は何と言うことはなかった。
分岐点はなく、つくられた一本道を進むだけであった。危険な箇所は一つもなく、スムーズに足を運ぶ事が出来た。
そしてドームを出て十分ほどで階段が見えた。その高さから、恐らく出口に繋がっているのだろうと予測した。

「やっと出口のようね。長かったわ~」
軽く腰を伸ばして首を回した。此処にいたるまでいくつも難所があったので、疲れが溜まっている事が実感してきた。

「さてと、どうやら貴方とは此処でお別れのようね」
パチュリーは下を向いた。そこには此処まで一緒に連れ沿ったパートナーである、火が踊っていた。階段を登れば此処でお別れになる。相手は意思のある者ではなかったが、自分が生み出したし、それに長い間付き合ってくれたので情も少し湧いたのであった。
パチュリーはしゃがみこむと溝に溜まっていた油の量を確認した。見たところ、残量はあとわずか。此処にいたるまでの溝に油が満たされていたので、もし此処で消えてしまえば全坑道の火が消えることを意味する。

「とりあえず、紅魔館が火事になる心配はなさそうね」
パチュリーは立ち上がり、階段を上り始めた。

「それじゃあね。此処まで付き合ってくれてありがとう」
パチュリーは後ろを振り向き、感謝の言葉を投げかけた。
そしてまた階段を上り始めた。

徐々に火は小さくなり、明るさが消えていく。パチュリーがいなくなったのを確認すると灯は静かに消えていった。
残されたのは闇の坑道だけであった。



















暗くなってしまったので、足場をゆっくりと確認しながら登っていくパチュリー。
もし踏み外せばまっ逆さまに落ちていくので慎重であった。
やがて彼女は天井にうっすらと水平な光の線が見えたことを確認できた。
どうやらスキマがあるらしい。ということは、紅魔館で見たような扉があるのだろうと推測した。
そこのところへ近づき、ゆっくりと手探り確認した。思ったとおり、一部だけ天井が軽かった。即ち扉であろう。
彼女はゆっくりと持ち上げ長き地下探検から、脱出した。



辺りを見渡すと、妙な違和感を感じた。
右手には鏡と水場があり、左手には扉が一枚。
後ろには籠や衣類などが山積みになっていた。
どうやら人の生活空間のようであった。
けれども、それは違和感というには若干パンチが弱かった。だから百歩譲って良しとしよう。

一番の違和感は『私はここを見た事がある』ということだ。いつ、どこでかが思い出せない。のどのそこまで来ているのに、口に出せないので歯がゆい気分であった。
何かヒントはないだろうかと辺りをもう一度探す。すると衣類の山積みに見た事があるものを発見した。

「黒、白…………」
黒の服やスカートに白いエプロン。
何だったかなと、一生懸命考えるがなかなか答えが出てこない。
黒、白、としきり呟くうちに、彼女の頭の中で何かがかみ合った。
と同時にぶわっと脂汗が全身から現れた。



兎に角、今回のパチュリーはパチュリーらしくなかったといえよう。
本来なら、素早く結論を汲み取る事が出来たはずだ。
どうやら、彼女の頭は最初の冒険心を促した好奇心に覆われているうちに、段々と頭が麻痺したのかもしれない。ゴーレム戦では頭が冴えていたのに、残念である。

何が言いたいのかって。
彼女は周りにもっと注意を払うべきであった。
特に耳である。彼女の前方には左手とは別の扉があった。その扉はすりガラスで、その中で何かが動いているのが確認できた。そして、そこから水音が聞こえる。
彼女の頭の警告が今までの難所以上に、けたたましく鳴っていた。



早くここから立ち去れ!!!



パチュリーは警告した本能に従いたかったが、なかなか足が言うことを聞いてくれない。
そうしている間にも、部屋の中の水音がやんでしまった。背中に一筋の汗が流れる。
足はすくみ、口の中が気持ち悪いくらいに乾いている。せめて見られないように顔だけでも伏せようと動かすも、反応できない。
やがて、パチュリーの前の扉が開いてしまった。


「あ~、すっきりしたなっと」
中からは金髪の少女が何も身に纏わずパチュリーのいる部屋に出てきた。
そして目が合った。
全裸の少女とパチュリー……

「………」
「………」
「………」
「………」
「…ハ、ハロー……」
「き………き………」
「あ、あのね…………」
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
乙女の悲鳴は部屋を突き抜け、家を突き抜け、魔法の森を突き抜け、幻想郷を突き抜けた。
……まぁ、それはオーバーな表現ではあったが。
ともかく、金髪の少女はしゃがみこんで、体を見られないように手で色々隠した。

「出てって、出てって!!!」
「ねえ、お願いだから…」
「出てって!!!!!!!」
少女は浴室にあった洗面器を掴み、勢いよくパチュリーに投げた。パチュリーはそれに反応できず、カコンと頭に当たり、床に倒れた。「出てって」という言葉だけが彼女の頭の中でリフレインされながら、意識が飛んでいった。



















「言っとくけどな、私はまだ嫁入り前なんだぜ!」
それがパチュリーの意識が回復してから初めて聞いた彼女の第一声であった。

「………あ、あのね、魔理沙。出来れば別の言葉が欲しいのだけど」
「嫁入り前なんだぜ!」
「……ごめんなさい」
「大丈夫だったか?」などと出来ればやさしい言葉を投げて欲しかったパチュリーは提案を要求するものの、金髪の少女、魔理沙の凄みに負け、謝罪をした。

「……………ふぅ。まぁ、パチュリーだったから許すけど。ホントはもっとひどいんだぜ」
魔理沙は肩をすくめ顔の表情を和らげた。
今、彼女たちは魔理沙の部屋にいる。
気を失ったパチュリーを我に返った魔理沙がここまで運び、ベッドに寝かせたのであった。
そして今に至る。

「で、何であんなところに居たんだ。もしかして、家捜しか?」
「家捜しは貴方の専売特許でしょ?実はね…」
パチュリーは今まであったことを魔理沙に話した。







「なるほどね。その坑道をつたって来たらあそこに居たって訳だな」
「ええ」
魔理沙は大体の話を理解した。
彼女は楽しそうにパチュリーの話を聞いていた。
パチュリーはこの坑道を魔理沙は知っていたのかと尋ねてみたら、

「ああ、知ってたぜ」
なんと肯定の答えが返ってきた。
パチュリーはこの反応に驚きを隠せないでいた。
パチュリーは今日、偶然知ったのであった。今の今まで知らなかった坑道の存在を目の前にいる友人は彼女が知る前から知っているというのだ。

「知っていたの!?じゃあ、どうして教えてくれなかったの?」
「え?あ、ああ、それは………な……………」
魔理沙は急に歯切れが悪くなった。目があさっての方向に向いている彼女を見て、パチュリーは何かやましいものがあるのではと考え始めた。
魔理沙にとって坑道の存在を話したくない秘密。そこから推測を立てていくと、嫌な結論に導かれた。

「貴方、まさかあそこから私の本を…」
「いい!?いや、そんなことは………そんなことは……」
図星だったようだ。
岩球に追いかけられ、暗い水底を一人で歩き、終いにはゴーレムとの闘い。今日あった散々な出来事を思い出し、沸々と怒りが増してきた。

「貴方って、貴方って人は………」
「い、いや、落ち着けパチュリー!実はな、これには深いわけがあってな!?そ、そう中国だ!中国がいけないんだ!!あいつ最近めっきり強くなったというか、何と言うか、ね?なかなか紅魔館に入る事が出来なかったんだよ。だから代わりにあそこからちょっと……」
まくし立てる魔理沙の弁明はパチュリーの詠唱並みに早かった。
しかし、その弁明は空しくも彼女には聞き入ってもらえなかった。

「当たり前よ!!!美鈴は侵入者から守るのが目的。そして貴方は侵入者。迎撃は当然。それを、それを………」
「お、落ち着けってパチュリー!また暴れると疲労で意識が飛ぶぞ!?」
「貴方の我侭のために私はあの坑道で何回危険にあったと思う!?岩球が転がってきたのよ!?水があったのよ!?最後にゴーレムまで来ちゃってピンチの連続だったわ!?」
「だから落ち着けって!それになんだ、そのゴーレムとかって?さっきの説明にも出てたけど、私は知らないぞ、そんな仕掛け!」
「うるさい!言い訳なんか聞きたくないわ!貴方なんて……貴方なんて………」
興奮して止まらないパチュリーは何度も体を揺さぶって全身で怒りを表現していた。それを落ち着かせようと魔理沙は宥めるものの一向に止まらない。そしてついには、

「あ……」
「パチュリー!?」
パチュリーは怒りを爆発させる前にまた意識を失ってしまった。
魔理沙は慌てて彼女を支え、ゆっくりとベッドに寝かせた。

「まったく…やれやれだぜ」
隣でむきゅうと唸りながら眠っている親友に申し訳思いながら布団をかぶせた。
パチュリーは深い闇に包まれた。まるでさっきの坑道の中にいるみたいな景色であった。





























「う、うん……」
パチュリーは目を覚ました。
寝ぼけ目をこすりながら何があったのかゆっくりと思い出していた。

(えっと……魔理沙の家に出て、彼女の家で意識を失ってそれで復活して、また失って…………あっ!)
「魔理沙?」
そこまで思い出して、傍に居るはずであろう友人の名を呼んでみた。しかしそこには彼女の姿はなかった。それどころか、ここは…

「紅魔館?」
パチュリーは紅魔館にいたのであった。背中の方に目を向けるとそれは読書のときに欠かせない、いつものイスであった。

「なによ、私を運ぶのならベッドに連れていっても良いじゃない。不親切ね」
時々そこで居眠りもしているので、寝慣れないという訳ではないが、出来ればベッドに運んで欲しかった。ともあれ、運んでもらったのは事実、彼女に感謝を言おうと考え、

「こぁ~、いらっしゃい」
彼女の部下、小悪魔を呼んだ。

「はい、なんでしょうか?」
「ああ、こぁ。悪いけど魔理沙を呼んでくれるかしら?」
「魔理沙さんですか?彼女はここにはいませんけど」
「そう、帰ったのね」
お礼がいえなかったので残念に思った。今度来た時、紅茶と一緒にお礼を言おうとした。
しかし、小悪魔はパチュリーが思ったこととは違うことを言ったのであった。

「え?いえ、そもそも魔理沙さんは今日いらっしゃっていませんけど」
「え?」
パチュリーは思わず素っ頓狂な声をあげた。
何を言っているんだ、この娘は、とそんな顔をしていると、彼女は察したのか、

「いえ、本当に来ていないのです」
「……」
にわかには信じられなかった。まさか小悪魔に感ずかれず、浸入するなんて不可能だと思った。これでも彼女はそれなりの実力はある。ある程度なら察知できる娘である。
そこで、ふと考えた。

(もしかしてあの坑道から来たのかしら)
それならありうるかもしれない。なぜなら、今まで魔理沙はあそこから侵入して本を盗っていったのだ。私達に気づかれずに、である。
でも、そこで疑問にぶつかった。

(そんな危険を冒してまでここに来るメリットはあるのかしら)
ついでに本を盗って行くという事ならありうるかもしれないが、それでも誰にも気づかれずに『パチュリーをイスに座らせ』、『目ぼしい本を盗む』という事が出来ようか。いくらなんでも難しいだろう。
と言うことは、

(どういうことなの?)
パチュリーには分からなくなってしまった。
さっきまで眠ってはいたのだが、今は既に頭は冴えている。だから何かしら答えは出せる状態にあるのだが、答えは出ない。

「………ねぇ、こぁ?ちょっと確認してきて欲しいことがあるのだけど」
「なんでしょうか?」
「錬金術の棚の近くに地下へ通じる扉が床にあるわ。それを確認してきて頂戴」
「扉、ですか?」
疑問に思いながらも主の命じるままに小悪魔は確認に向かった。





数分後。

「パチュリー様。そのような扉、どこにも見当たりませんでしたが」
「嘘っ!?」
パチュリーは思わず立ち上がった。見当たらないという言葉を聞いた瞬間、全身に鳥肌が立ったのがよく分かった。

「本当に探したんでしょうね?」
「探しましたよ~。念には念を入れてその近辺の棚もくまなく探しました。けれどそのような扉は見つかりませんでした。と言いますか…」
小悪魔は一生懸命、弁明した。膝をついていたのだろう、スカートの膝の辺りにほこりがうっすらとついていた。そして、小悪魔はパチュリーに、

「今日、私はそこの整理をしていたのですよ。もしそのような扉があったら、私が真っ先にパチュリー様に報告していますよ~」
またしてもパチュリーには信じられない言葉であった。もし本当に小悪魔がいたのであったら、『パチュリーと会っている』はずだ。いや、けれども、時間が違っただけかもしれない。確認のためにパチュリーは尋ねると、

「そう。だったら今日、私と会っているはずよ。私もそこに行ったのだからね」
もし、小悪魔が本当に錬金術近辺の棚に居るのであれば、これを聞いたら小悪魔は驚くだろう。そう思いながら、かまをかけたパチュリーは小悪魔の反応を見ていると、

「あはははは。そんなわけあるじゃないですか」
やっぱり、この娘は嘘を言っていた。「やっぱり探さなかったのだろう」と思い、彼女を諌めようとした。すると、

「だって、パチュリー様は今日一日中そのイスで眠っていたじゃないですか」
パチュリーは驚愕の顔を浮かべた。また全身に鳥肌を感じてしまった。この娘はなんて言ったのか?

「私が、眠っていた?」
「ええ、そうですよ。気持ちよさそうに眠っていたので、風邪を引かないようにタオルケットをかけたのは私ですよ」
そう言われたパチュリーは床に落ちていたタオルケットを掴んだ。
青と緑の刺繍が縞々に描かれたものであった。

パチュリーは愕然とした。小悪魔との話がまったく絡み合っていない。それどころか彼女の言い分の方が正しいように思えた。

(じゃあ、あれは何だったって言うの)
今でもあの生々しい体験は頭に焼き付いている。岩球に苦しめられ、水の中では孤独を感じ、ゴーレムとの闘いでは頭をフルに働かせ戦った、あの記憶はなんだったと言うのか。

パチュリーは震える体を落ち着かせながら、ゆっくりと座った。

「パチュリー様、顔色が宜しくないように思われますが。何か暖かい飲み物でもお持ちしましょうか?」
「いえ、良いわ。とにかくありがとう。もう行って良いわ」
パチュリーは小悪魔を下がらせた。
彼女が見えなくなってパチュリーはゆっくりと深呼吸をした。
息を落ち着かせても、心臓の緊張はほぐれない。袖をまくってみると腕にはびっしりと鳥肌が立っていた。

(夢だった、とでも言うの)
もしそうであれば、自分はなんて滑稽な事を小悪魔と言い合っていたのだろう。
パチュリーはあの坑道を思い出していた。鮮明に思い出されるあの光景は現実であった。
けれど夢かもしれない。
その狭間に彼女は唸り、一応今日の体験を記録に残そうとメモを懐から取り出した。

「あっ!!!」
パチュリーは大きな声をあげた。メモ帳は一枚破れた跡が残っていた。そうあの溝を確認したときに一枚破った跡であった。
彼女は直ぐに起き上がり、扉あった方に向かった。






錬金術の棚に着き、パチュリーは隈なく探した。床だけでなく、天井も近くの本棚も探した。けれど目的の扉は見つからなかった。
パチュリーは愕然とすることもなくじっと佇んでいた。










また一つ大図書館のミステリーが生まれてしまった。






















紅魔館の門番、紅 美鈴は朝の運動のために体を動かせていた。
太極拳であるその運動は彼女の日課となっていた。
いつもどおり緩やかに体を動かし、全身の細胞を活性化させる。
涼しい朝なのに、額には玉のような汗がびっしりと浮かんでいた。

「あら、精が出るわね」
「うん?」
美鈴が振り向いた先には赤と緑が映える女性が笑顔で佇んでいた。

「あ、幽香さん。おはようございます」
「おはよう」
幽香と呼ばれた彼女、風見 幽香は太陽の畑でよく見かけられる大妖怪の一人であった。
普段はそこから滅多に動かないのだが、時々このように各地へふらっと足を運ぶ事がある。

「今日はどうなさいましたか?」
「ええ、実はね。貴方に御裾分けしたい物があって来たのよ」
そう言って幽香は手に持っていたバスケットを見せた。
中からは綺麗な赤い花が一本、顔を見せていた。

「うわぁ、可愛らしいですねぇ」
「でしょ?実はこれ私のオリジナルなの」
「オリジナル?ということはこの花は幽香さんが作ったものですか?」
「ええ、そういうことになるわ」
幽香が自分で作ったと言う花は菊に似ていた。

「どう、気にいったかしら?」
「はい!」
「じゃあ、これあげるわ」
「え、良いんですか?」
見たところ一本しかないので本当に貰ってよいのか美鈴は困惑した。
可愛らしいので是非とも欲しいのだが、

「ええ、オーケーよ。先にも言ったけど、これは御裾分けなの。気にしなくても良いわ」
「ああ。では、えっと、すみませんが頂きますね」
そう言って美鈴はバスケットごと受け取った。

「代わりにね、貴方のご主人から感想を聞きたいの。頼まれるかしら?」
「はい、喜んで!あ、そうだ。幽香さん、この花の名前は何て言うんですか?」
「その花はね、『ドリーム』って言うの。それじゃあね」
幽香は挨拶をして紅魔館から離れていった。

美鈴は彼女を見送った後、館の中に入った。改めてバスケットの中から覗く花に目をやって顔をほころばせた。
そこで美鈴は考えた。この館の主はレミリアである。彼女は私の主人に当たる人物である。しかし、契約と言うか美鈴の封印を解いてくれたのはパチュリーである。
本来なら迷わずレミリアに持っていくべきなのだろうが、今はまだ朝なので眠っているだろう。だから彼女はパチュリーにもって行くことにした。

「あ、小悪魔さん。良いところに」









バスケットの中の『ドリーム』は甘い香を広げていた。
鼻腔をくすぐらせるその香に誰もが現実を忘れさせられる。
そういう風に創られた花だとは幽香以外に誰も知らなかった。




Fin
パチュリーが体験したものは本当か、それとも嘘か。


どうも、アクアリウムです。
今回はパチュリーがメインの話を作ってみました。
SF(少し不思議)系は初めてだったので、少しでも面白いと思っていただければ幸いです。

あ、私事なのですが、今回が十作目になります。
これからも「なるほど」と思ってもらえるような作品が作れるように、頑張っていこうと思います。
ではでは
アクアリウム
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コメント



0.780簡易評価
5.90名前が無い程度の能力削除
なるほど…タイトルはそういうことだったんですか。
冒険物に巨大球体やガーディアンは王道過ぎてストーリーに古くささが出てしまいがちなのですが、なかなかどうして面白かったです。