「――あのぅ、ナズーリン。何で私は此処にいるんですか?」
そう、恐る恐る寅丸星は、目の前のナズーリンに尋ねた。
問いかけられた本人のナズーリンは、何やら色んなガラクタがばらまかれている草むらをガサガサ掻き分けながら探し物をしているようだった。
ちなみに星の言う『此処』とは、ナズーリン曰く『たくさんのゴミとそこそこの死体とほんの少しのお宝が、圧倒的に見えて実は絶妙のバランスでぶちまけられている場所』であるらしい。
ちゃんとした名前はよく分からない。
しかし、どうやら彼女はちょっと長い暇が出来ると、よくこの場所を訪れているようだ。
どうも動作の所々に慣れが見え隠れしている。
――よくこんな薄気味悪い場所に来ようと思うなぁ。
口にこそ出さないが、星は正直のところ、そんな風に思っていた。
どう見てもこの場所は、この世の果てにあるゴミ捨て場そのものだった。
直視するのも耐えられない遺体や幽霊なんかもその辺をふわふわ浮遊している上に、これでもかと咲き誇る彼岸花。
とてもじゃないが、真っ当な神経をしている生物であれば、そうそうは訪れたいとは思わない場所だ。
そんな場所に何故か星は連れて来られた。
理由も告げられずに、だ。
「ああ、ご主人は其処に立ってるだけでいいですよ。ちょっといつものように宝物を集めてくれるよう頑張ってもらえればいいですから」
「……私は広告塔じゃないんですが……って言うか、そんな事のために私を連れてきたんですか?」
「まぁ、そうとも言いますね」
がっくり、正にそんな音が出そうなくらい、星は肩を落とした。
ナズーリンは、一応は主人であるはず自分をどういうものだと思っているのか。
――そりゃあまぁ、聖の封印を解くっていう段階に、その鍵の宝塔を落としちゃったりもしましたけど……でも……。
それでも、この扱いはないのではないのだろうか、と星は思う。
確かにナズーリンの星に対する扱いの殆どは、上司に対するものだとは思う。
だがそうでないその他の扱いが、とても上司に対する物には思えない。
その最たる例が今だ。
確かに星の能力は『財宝を集める』事ではある。
そしてナズーリンはダウザーとして、宝物を探し当てる事に長けていることも分かる。
しかし、それでもだ。
一応は主人であるはずの星を、部下であるはずのナズーリンが宝物を寄せ集める広告塔代わりにしていると言うのは、やはりどこか違うと星は思う。
いや、星でなくても思うだろうが。
「……威厳、ないのかなぁ……」
「威厳かい? そんな物はこんな場所に落ちてないよ」
「――ひゃあああ!?」
突然かかった、自分でもナズーリンの物でもない声に、星は思いっきり甲高い声を上げながら飛びずさった。
その場を見ていた者であれば、空を飛んでいるわけでもないのに自分の身長分は飛び上がった星を目撃していただろう。
それくらい、星は突然すぐ後ろからかかった声に驚いた。
「な、何ですか? いきなり大きな声出して……」
ナズーリンも流石に驚いたのだろう、探し物をやめ、草むらから顔を出した。
――そこにいたのは。
「――驚かせたのは謝るが……君の声は少々甲高くて大きすぎる。まだ耳の奥で反響してるよ……」
引き車を連れて、頭痛を堪えているかのように顔を顰めながらこめかみを押さえている、銀白色の髪の半妖だった。
◇ ◇ ◇
「ご主人は初めてでしたね。こいつが例の宝塔をとんでもない値段で吹っかけてきた、古道具屋の店主ですよ」
ナズーリンは霖之助を指差し、星にそう告げた。
ぴくり、と霖之助の口の端が引きつった。
「……ナズーリン。君の紹介の仕方はもう少しどうにかならないのかい?」
「ふふん、事実を曲げて自分の主人に報告するつもりはないよ。全部本当の事だからね」
「あれは需要と供給がぴったり一致する、稀な現象があの場で起こっていたに過ぎないさ。しかも需要がとんでもなく強いというオマケつきだ。商人としてあのチャンスを逃がす程僕は莫迦じゃない。君の運が悪かったとしか言いようがないんだが」
挨拶がわりのやり取りを、二人はまず交わす。
事情を全く知らない者が見たら口論かと勘違いされるようなやり取りだが、喧嘩には確実についてくる剣呑な雰囲気はそこにはない。
だからだろう、そんな場に星ののんびりとした声が割り込んできた。
「……ああ! 貴方が宝塔を譲っていただいた店主さんだったんですか。その、あの件についてはお礼も何もしていないままで……」
「いや、あの宝塔は然るべき対価を支払ってもらって、僕が認めた相手に売った物だ。奪われたわけじゃなく、きちんとした対価を払ってくれたお客に礼を言われる道理はないさ」
ナズーリンに向くか、と思われた霖之助の次の言葉は、意外に呆気なく星へと向けられた。
霖之助としては、挨拶がわりとは言え、ナズーリンと言い合うのが面倒であった――負け惜しみではないが、口でナズーリンに負けるとは微塵も思ってはいないのだが――し、ナズーリンの上司、それ即ち毘沙門天の代理である者に、あの一件から多少なり興味があったからだった。
「ふむ。と言う事は、君がナズーリンの上司かい?」
「はい。寅丸星と言います。その、初めまして、店主さん」
「ああ、丁寧にありがとう。僕は森近霖之助と言う。ナズーリンが言ったとおり、古道具屋の店主をしているよ。……ふむ、君は虎の妖怪かい?」
「ええ、まぁ……」
「成程。中国では毘沙門天の使いはネズミ、日本では虎とムカデと言うが、まさに君たち二人が揃うとその具現となるわけか。納得だ。虎は強者の代表であるとも言う。君のその虎っ毛や虎柄も縁起が良さそうだ」
「え? あ、その、ありがとうございます……」
褒められたのかどうかは分からないが、とりあえず自分に対し、肯定的な事を言ってくれた霖之助に星は礼を言う。
そんな星の様子を見て、霖之助はへぇ、と感心するように呟いた。
「君は素直に礼が言える子なんだね。君みたいな子は、この幻想郷では貴重だ。ナズーリンにも是非見習わせてくれると、僕としても嬉しいんだが」
「……霖之助君。君は今までに一言余計だと言われたことはないかい?」
「さてね」
じとり、と半目で睨むナズーリンの視線を、霖之助は飄々とかわす。
一方、星はそんな二人の様子を、何か珍しいものを見たかの様に眺めていた。
「――へぇ~。店主さんとナズーリン、いつの間にか仲良しなんですね。ちょっとびっくりしました」
「――な」
「ああ、何だかんだで一度は杯を交わしているしね。――そうそう、杯を交わすというのは、古代も現代も特別な意味を有していてね。戦争の和解であったり、義兄弟の契りであったり、親子分の契りとしての仁義杯と言うものもある。酒を酌み交わす事に、人は今も昔も『縁』と言う名の繋がりを持つための媒介としての意味を持たせてきたんだ。その意味で言えば、もう彼女とは『他人』という関係ではないだろうね」
「……君もまぁ、よくもそんなセリフを素面で言えるもんだね」
ぷい、とナズーリンは霖之助から顔を背ける。
が、星からは見えるナズーリンのその表情は、その口から発せられている憎まれ口のようなものではなく。
どこか気恥ずかしそうに頬を染め、照れているような表情だった。
尻尾や耳がぴこぴこと、いつもの三割増ぐらいで落ち着きなく動いているのも、きっとその証左だろう。
ナズーリンにしては何だか分かりやすい動きだった。
「まぁ、それ以前にも彼女は僕の店に来る客の中でも、きちんと対価を払ってくれた上客だ。客と深い信頼関係を持つというのも仕事の一つだと思っているからね」
「……本当に一言多いな、君は!」
と思えば、今度は本気で不快そうに顔を歪め、『しゃー!』という威嚇の擬音語が出そうなくらいに霖之助に食って掛かっている。
さっきまで元気に動いていた尻尾は、今度は鉄柱が刺さっているように真っ直ぐに伸びている。
百面相とまではいかないが、よくもまぁ表情が変わる。
――珍しいなぁ……。
正直に、星はナズーリンを見てそう思った。
普段、一歩引いた場所で物事を観察する冷静さを欠くことがなく、呆れた顔と何かを思案している難しそうな顔以外余りすることがないナズーリンが、こうもコロコロと表情を変えることがまず珍しいのだ。
――まぁ、急に不機嫌になった理由は星にはよく分からないが。別に何か悪いことを言われたわけでもないのに。
目の前で繰り広げられている普段余り見られない光景に、星は二人の様子を、そんな事を考えながらそのまま傍観していた。
「……ふむ、まあいいさ。で?」
「うん?」
「どうして君たちはこんな所にいるんだ? 此処は君らみたいな子が気軽に来るべき場所じゃないと思うんだが」
「ああ、いや何、ちょっとした宝探しさ。何か物珍しい物はないかと思ってね。……そうそう、前に君の処に持って行った醍醐も、実はこの辺りで見つけたものでね。星は、まぁ宝物を引き寄せてもらうために来てもらったのさ」
「……引き寄せる?」
霖之助は何やら訝しそうな視線を星へと向ける。
事情が分からなければ、そんな顔をするのも無理がないだろう。
当の本人である星は、特に不快に思うわけでもなくナズーリンを補足した。
「はい。私の能力は『宝物を集める』事なんですよ。それで、ナズーリンに事情も説明されないまま連れて来られたんですけど……」
「……君はナズーリンの上司のはずなんだよね? それにしては、何やら微妙な扱いを受けているようだが……」
「そうなんですよぅ……。その、いくら私が落し物が多いからって、こんな広告塔みたいな扱いはひどいですよね? 店主さん」
「……あの宝塔を落としたのは、まさか持ち主本人である君か? あんな物を簡単に落とすとは……君には悪いが、ナズーリンの気持ちも分からんでもないな」
「そ、そんなぁ……」
霖之助も、どうやら心情的にはナズーリン側らしい。
これまでにも数多の件の後始末を任せてきた――星としては認めたくはないが、やはり結果的にはそうなってしまうのだろう――ナズーリンだけならまだしも、今日初めて会った霖之助にすらそう思われるというのはまずい。
尤も、霖之助は宝塔紛失の経緯を知っているからこそだろうが、それでもその一件だけでナズーリンと同様の考えを持ってしまうに至るのは、いずれにせよまずい事には変わりない。
――やっぱり落し物は減らそう。今度こそ本気で。
心の中でひっそりとそう誓った星だった。
「それより霖之助君。君もどうして此処にいるんだ? 例の仕入れかい?」
ふと尋ねたナズーリンに、霖之助はああ、と頷いた。
「無縁仏の供養が済んで、ちょっとその辺りを見て回ろうかと思っていたら、女性の話し声が聞こえたものだからね。そっちの方に行ってみると見覚えのない子がいたから、人間だったら危ないから注意しようと思って声をかけてみたら、君たち二人だった、ってわけさ」
「へえ。君にもそういう、誰かを助ける心があるのかい。少し意外だったよ」
「……前にも言った気がするが、僕はそこまで冷血でも冷酷でもないよ。好き好んで誰かが死ぬのを見たいわけじゃないし、供養する死体が増えられても困るからね。まぁ、まず見つけたのが君だったら心配ないから声はかけなかったけどね。ただ星君は知らなかったから、声をかけただけさ」
「……そうかい」
――いや、まぁ分かってはいるんだがね。
どこか複雑な心境を湛え、ナズーリンは思った。
霖之助は、ナズーリンならば少々手荒な妖怪や亡霊がいたとしても、それらを撃退できるだけの力量を有していると分かっているからこそ、そう言うのだろう。
それは自分を見捨てているのではなく、自分に対する理解と信頼があるからこその判断だと言うことは、ナズーリンにも理解できる。
逆に、星のように見たことのない女性がいたから声をかけた、その気持ちも分かる。
何だかんだ言って、結局のところ世話好きという、至って霖之助らしい行動だ。
――ただそれでも、とナズーリンは思うのだが、何だか自分らしくない女々しい考えになりそうだったので、そこで思考を止めた。
「……という事は、これから物色を始めるのかい?」
「物色と言う言葉は良くないな。せめて道具の供養とか、君のように宝探しと言ってくれないか?」
「ふふん、そうは言ってもやってること自体は店先に並べる物を品定めするゴミ山漁りだろう? まぁ、私も人の事は言えないがね」
「……それじゃあ、最初からそういう事は言わない方がいいんじゃないのかい?」
「それはそれ、君とこういうやり取りをしないのはつまらないからね。まぁ可愛いじゃれ合いだと思ってくれればいいよ」
「……まぁ、確かに可愛げはあるかもしれないが……そういう事は自分からは言わないものだと思うがね」
ふぅ、と霖之助は溜息を一つ吐く。
それを視界の端に捉えながら、ナズーリンはふと何やら面白いものを見ているようにニコニコしている星に気付いた。
――そう言えば、何だかいつもと違って妙に星が静かであることに、ナズーリンは今更ながら気が付いた。
今は知らない男がいるからかもしれないが、いつもはもうちょっと口を開いているはずなのだが。
「……何ですか、ご主人。いやに静かじゃないですか。もしかして、実は人見知りの気があったりするんですか?」
「いえいえ。やっぱり仲が良いなぁ、と思っただけですよ」
「――ふん。からかおうったってそうはいきませんよ。別に霖之助君とは何ともありませんから」
「いえ、別にからかっているつもりはありませんよ。ただそう思っているだけですから」
霖之助には聞こえない程度の声量でボソボソと二人は話す。
相変わらずニコニコしている星だが、本当にからかう気はないのだろう、それ以上、それについては何も言及はしてこなかった。
一方、コソコソしているナズーリンと星の様子を気にするわけでもなく、霖之助は「さて」と呟いた。
「まあそういう訳だ、僕は僕で勝手にその辺りを探すとしよう。君たちも君たちで、好きなように続きをするといいさ」
「ああ、そうするとしようかね。それじゃあね」
「ああ」
霖之助とナズーリンは、互いに片手を挙げながら背を向ける。
そして、そのまま互いに反対側へと歩き始めた。
不必要につるまない。
その動きは、霖之助とナズーリンにとっては不文律の、ある意味彼ららしいものだった。
まるでそうするのが自然と言うような動きに、星は数瞬、動きが止まった。
――てっきり、みんな揃って何か探し物の続きをすると、そう星は思っていたから。
「……うーん」
左へと歩いていく霖之助、右に歩いていくナズーリンの両方の背中を交互に見て、星は暫しその場に立ち止まったまま、思考する。
「――うん」
――ややあってから、星は一つ頷いて。
その場所から左へと、その歩みを進めた。
◇ ◇ ◇
「――よっと」
がさがさ、と草を掻き分ける音が草むらの中から起こり、その中からナズーリンがひょっこりと顔を出した。
そしてそのまま草むらを掻き分けながら、緑の海の中から脱出する。
海から出てきたナズーリンの手には、一振りの短い小刀が握られていた。
「……ふむ。何かロッドが反応するかと思えば……」
ナズーリンはしげしげとその小刀を観察する。
ナズーリンの身長くらいある草むらの奥、若干湿った土の中に埋まるように埋もれていたその小刀に、ナズーリンのロッドは反応していた。
長さは四十から五十センチほどであり、今はやたらと土で汚れてしまってはいるが、見事な艶のある漆塗りの鞘に収まっていたり、ボロボロだがきちんと柄紐があるところを見ると、匕首やドスの類では無く歴とした打刀、その中でも長さから察するに脇差であろう。
「ふんふん。見てくれは何ともなさそうな脇差だが……どれ、刃紋と銘を見てみようかね」
かちり、と独特の音を立て、ナズーリンは脇差の鯉口を切る。
すら、と、陽光を反射して何とも妖しげに光る白銀の刃が、漆黒の鞘から現れた。
まず真っ先に目につく刃紋は、多くの刀剣が持つような、漣のような穏やかな文様ではなく。
まるで粘り気のある液体が刃全体に垂れたかのように、文様の高低差が激しい刃紋であった。
見ようによっては、どこか不吉な文様にも見えなくもない。
「……へえ、随分と特徴的な刃紋だね。ふむ……表裏で刃紋が揃っている、と。銘は……正宗?」
刀身の根本に彫られる、その刀剣を作成した刀匠の名は、確かに『正宗』と記してある。
正宗、と言う刀工がいたことは、ナズーリンも勿論知っている。
外の世界で、日本刀が美術工芸品としての価値しか有しなくなった現代においても、刀工と言えば真っ先に彼の名が出てくるほどの人物である。もしこれがその正宗の作であるならば、それだけで大層な価値を有するお宝である事は疑いようがない。
――だが、それはどうも疑わしい、とナズーリンは思った。
何故なら、『正宗』と彫られた文字のすぐ上に、何かの文字を潰したような跡が僅かに残っているのだ。
もしこれがその『正宗』の作であるならば、この自分の銘の上にある痕跡は何なのだろうか。
よもや自分の銘を間違った訳ではあるまい。
それに、正宗の刀剣は殆どが無銘であるとも聞く。
無論、『殆ど』と言っている辺り、銘が入っている刀剣も少なからず存在はしているのだろうが、入っていない方が多い事は容易に想像できる。
だが、如何せん、ナズーリンはこういった刀剣には余り詳しくは無かった。
一応詳しくないとは言え、人並みの知識を有している自信はあるものの、普段は余り使わない知識であるために、知識の忘却が少々進んでいるらしかった。
「……まぁいいか。霖之助君にでも見てもらおうかね」
刀身を鞘に戻し、ぽつりと誰とも無く呟いて、ナズーリンはふと辺りを見渡した。
さぁ、と涼しげな風が、まるで寂寥感を演出するかのように辺りの背の高い草を揺らす。
――自然の音以外全くしないその場所にいたのは、ナズーリン一人だけだった。
「……おや? ご主人は何処に……?」
ナズーリンはたった今まで、星は自分のすぐ近くにいると思っていた。
無縁塚に来た時もどこか気味悪そうにしていたので、余り一人でその辺を歩き回らないだろう、そうナズーリンは思っていたのだが。
「……全く、何処に行ったんだ、あの主人は……」
ぶちぶちと呟きながら、ナズーリンは見当たらない主人の影を探す。
いつからいなかったのか、そして今何処にいるのか。
よもやナズーリンを置いて一人で帰った訳ではないだろうから、きっとその辺にいるのだろう。
放置されている事をぶつぶつ言い、地面に『の』の字でも書きながら。
――ご主人を見つけたら、一旦霖之助君と合流しようかね。
そんな事を考えながら、ナズーリンは星を探す。
元々、地味な色合いのナズーリンと違い、星はどこにいても目立つようなカラーリングをしている。
よっぽど遠くに行かない限り、すぐに見つかるだろう。
――そして実際、星はすぐに見つかった。
何の事はない、ナズーリンのいた場所とは少し離れた、ゴミ捨て場のようなガラクタの山の前でしゃがんでいる霖之助のすぐ隣に、同じようにしゃがみながら、霖之助の手元を覗くような格好で其処にいたのだ。
「――?」
「――。――」
星が、霖之助が手に持っている、何だか気味が悪いくらい変に緑色の小さなボールを指差し、小首を傾げている。
霖之助にそのボールについて尋ねているのだろう。
話している内容は聞こえてこないため、推測ではあるが、多分間違ってはいないだろう。
――しかし。
「……いつの間に」
親しくなったものやら、とナズーリンは口には出さずに思った。
確かに星は人見知りの気はないが、今日初めて会う相手にしては随分と近い距離だ。
ナズーリン自身、初めて霖之助に会った時は、『近づきがたい奴』と思っていたのだが、星はそう思わなかったのだろうか。
それは星が大物なのか、その辺のことを余り考えていないのか。
そう考えて、多分後者だろうな、とナズーリンは断定した。
「……」
しかし、何を話しているのやら。
知識量や思考能力等ならば、霖之助は間違いなく小さな賢将と呼ばれるナズーリンと同格だ。それだけはナズーリンも認めている。
とても星が議論の相手となれるような相手ではない。
その割には、何やら二人は賑やかで、かつ穏やかに話しているように見えるのだが。
――ま、気になるなら聞けばいいだけだがね。
ナズーリンは気配を殺して二人へと背後から近づいた。
余り威張れた事ではないが、泥棒の腕なら多少は覚えがある。
星と霖之助に気付かれないように背後に回るくらい、ナズーリンにはなんて事はなかった。
二人に近づくにつれ、話している内容がどんどんと鮮明になっていく。
「――へえ~、これは『スーパーボール』って言うんですか? 何だか強そうな名前ですね」
「だが、用途は『弾ませる』とあるね。……手触りは、以前に拾ったことがある護謨というものに近いな。投げれば、きっと幻想郷の鞠よりも弾むんだろう。だが……どうも妙な色をしているね。もしかしたらこの色にも何か意味があるのかもしれないが……」
「……」
「ん? 何だか妙に物欲しそうな目をしてるね。これが欲しいのかい?」
「え? あ、いえ、えっと……」
まるで悪戯を見透かされたように慌てる星だが、霖之助は至ってどこ吹く風のような涼しい顔で、スーパーボールを星の手のひらへと載せた。
ころり、と、星の手のひらで妙な手触りのボールが転がった。
「え?」
「それも君にあげよう。別に遠慮する事はないさ」
「で、でも、このボールの材料は珍しいんですよね? なのに、いいんですか?」
ひどく申し訳なさそうに眉根を下げながらそう言う星に、霖之助はああ、と一つだけ頷いた。
「確かに素材とか色は珍しいが、そのボール一つくらいで目の色を変えるほどじゃないよ。それに、同じようなボールがまだその辺に転がってるからね。別にそのボールでなくてはいけない理由は今のところない。そういう訳だから、気にする事はないさ」
「……そう、ですか。でしたら……ありがとうございます」
「ああ」
ほんわか、という擬音語が一番似合うような、星の柔らかい笑みが漏れた。。
星はあの寺にいる面々の中ではよく笑う方だが、あのような穏やかで、滲み出る嬉しさが見て取れるような笑みは、白蓮が復活した時――久方振りに白蓮と邂逅したあの時以外、ナズーリンですらあまり見たことがない。
一方、霖之助も普段は余り言われない礼を言われ、悪い気はしないのだろう。
ナズーリンが何度か見た皮肉っぽい笑みではなく、素直に、自然に笑って頷いた。
その一部始終を、ナズーリンはこっそりすぐ後ろで見聞きしていた。
「……む」
そして何故か、イラッときた。
――いや、その表現すら、もしかしたら正しくないのかもしれない。
それくらい、穏やかな感情の水面に立った僅かな波紋だった。
霖之助か星か、どちらに漣を起こされたのか、そして何が原因で起きたのか。
そもそも苛立ちでないのならば、感情としては何に分類されるのか。
普段だったらもう少し冷静にその原因を探ったはずのナズーリンだったが、気がついたら足元に転がっていた土の塊を霖之助の頭目掛けて放り投げていた。
「てい」
「痛っ。……なんだ、君か」
「あれ? ナズーリン?」
ぱかん、と霖之助の頭で起きた軽い音のすぐ後に、霖之助と星が後ろを振り返った。
霖之助のいかにも不機嫌そうな視線と、星の驚きの中に疑問が混じる視線を受けながら、ナズーリンは肩を竦めつつ、どこか意地悪そうな笑みを浮かべた。
「なんだとはご挨拶だね。ひょっとしてお邪魔だったかい?」
「……その、お邪魔って……」
「ふむ。星君に道具の説明をしていたという点では、それに異論を差し挟む余地はないね」
「……そうかい」
ナズーリンの言葉に、やや気恥ずかしそうに頬を染める星とは対照的に、霖之助はそんな素振りどころかてんで見当違いの方向での回答を、さも当然と言わんばかりに返してくる。
この場合、どちらかと言えば正しいのは星の反応だとナズーリンは思うのだが、こう見当違いの答えを返されると、ついでにからかってやろうと思っていたものが急に冷めてしまった。
そうとは知らない霖之助は、道具の説明をしていたのを邪魔されたのが不服なのだろう、いつもより細い目でナズーリンを真っ直ぐに見てくる。
「それより、まさかとは思うが、用もなく土くれを放り投げてきたんじゃないだろうね?」
「ああ、それに関しては安心してくていいさ。向こうでこんな物を見つけてね、ちょっと君に見て欲しいと思ったんだが」
「ほう? これかい?」
そう言って、ナズーリンは右手に持っていた脇差を立ち上がった霖之助へと差し出した。
それを受け取りながら、霖之助はメガネを人差し指で直す。
星も、先ほどまでと同じように、脇差を受け取った霖之助の手元を覗き込むように身を乗り出した。
「……これは、長さから見るに脇差だね。と言う事は、どんなに古くても末古刀か。銘を確認させてもらってもいいかい?」
「ああ、構わないさ」
ナズーリンが頷いてから、霖之助は丁寧に鞘からその刀身を抜いた。
先ほどナズーリンが抜いた時と同様、まるでそれ自体が光っているかのような反射光が、眩しく刀身を光らせた。
「……は~。これも元は武器なのに、何でしょうか、妙に引き寄せられる綺麗さがありますね」
「そうだね。刀剣、特に日本刀は、外の世界では武器としての意味を失っているにも関わらず、美術工芸品として高い価値を有していると聞く。星君の言っている事は、正にその典型的な事例なんだろうね」
じっくりと、文字通り撫で回すように、霖之助は刀身を鑑定する。
日本刀を見た場合、誰もがまず目につくのが、間違いなく刃紋だろう。
刃紋は多くの場合、その日本刀を作った刀匠の特徴がよく出ている。
それ故に、様々な文様があり、美しく見えるのだ。
霖之助が持つ脇差もその例に漏れず、刃紋の波の高低が大きめであることが特徴の互の目と呼ばれる文様であるが、些かその高低差が通常の互の目よりも大きい。
水よりも更に粘性の高い液体が、刃全体を滴ったようにも見える。
刀身の地鉄も、霖之助の見たことのある比較的新しい刀よりも澄んでおり、簡単に銀白色と言うよりは、透き通るような深い鉄の色をしている。
江戸以降に作成された日本刀は、全国的に良質の鋼が出回っていたこともあり、皆似たような地鉄が多いが、これは少し特徴的であるように霖之助は感じた。
「……ふむ。地鉄は、僕が見たことのある比較的新しい新刀とはちょっと違うように見えるね。新刀とは微妙に違う、独特の特徴があるように見える。断定は出来ないが、それより以前の末古刀になるのかな……。銘は『正宗』とあるが……この、まるで粘性の高い液体が滴ったような刃紋は、正宗の刀剣には余り見られないものだね。どうやら正直に銘を見る訳にはいかなそうだ」
「ああ、だろうね。どうも『正』の一文字上の銘を書き換えた跡もある。……君の能力は何と言っている?」
霖之助の持つ、道具としての名称と用途を知ると言う能力。
詳しい発動方法をナズーリンは知らないが、霖之助ならばこの脇差がどういう物なのか知ることが出来るはずだった。
だからこそ、余り人の頼ろうとはしないナズーリンが、霖之助に道具の鑑定を頼んだのである。
――少しの間、霖之助はじっと脇差を見つめて何事か思案していたが、ふと「……なるほど」と、感嘆すら含むような溜息を一つ吐いた。
「……ナズーリン。これは君が見つけたものなんだね?」
「まあね。私は刀剣にはそんなに詳しくないから、君に見てもらおうかと思ったんだが……言っておくがやらないよ。私が先に見つけたものだからね」
「……そうか。まぁ、君が見つけた物だからな……。それなら仕方ないか……」
「……この脇差は、君がそんな顔をする程の物なのか?」
霖之助が浮かべた表情は、正に『落胆』であった。
彼にしては珍しい表情に、ナズーリンは思わずそう尋ねた。
「……この刀剣の名称は『脇差』としか、僕は認識できない。誰の作刀かまでは分からないが、用途は『血を求める』、とある」
「……何だか随分と物騒な用途ですね。ただの刀じゃないんですか?」
先ほどの眼差しとは打って変わり、何か恐ろしい物を見るように、星は脇差を見る眼差しを細いものにした。
確かに武器としての刀剣ならば、結果的に血を求めるような行為に使用されるため、物騒ながらもそう大きく外れた用途ではない。
だが、武器に意思はない。
それなのにまるで武器として『使用される』事によってではなく、『使用させる』事によって、という風にも聞こえるその用途を聞けば、星のように不気味がっても仕方がないだろう。
ナズーリンも不可解な用途に、思わず眉根を寄せた。
「ああ、星君の言うとおりだ。脇差にしては少々物騒すぎる。そもそも刀剣の用途は通常、『武器』とか、『殺傷に用いる』とか、そういう類のものだ。……そうではない物騒な用途に、恐らくは末古刀時代であるのに表裏で揃っている刃紋、削られた跡が残る『正宗』の銘。これらを綜合して僕が思うに、これは恐らく五郎入道正宗ではなく、伊勢千子村正の作刀じゃないんだろうか。勿論、『正宗』と『村正』は贋物が多いことでも非常に有名だから、これが本物とは言い切れないが、特徴や用途を考えれば、彼のものであることが一番しっくりくる」
「ふむ……。村正の名なら聞いたことがある。何でも妖刀として有名だそうじゃないか。……ああ、思い出した。だから『正宗』の銘なのか。いずれにしても珍しいがね」
「?? どういう事です? ナズーリン」
一人理解し切れていない星が、?マークを浮かべてナズーリンに尋ねた。
ふむ、と一つ頷いて、ナズーリンは答えた。
「江戸時代、村正銘の刀剣は幕府にとって縁起が悪いものだったんですよ。何でも初代将軍の周りに起きた血腥い出来事に良く村正が絡んでいたらしいんですが……。まぁ、どうせ只の偶然だったか、初代将軍が根拠地としていた場所が村正の作刀場所に近かったから、持っている人数がたまたま多かったかのどっちかでしょうけど」
「ああ、僕もそう思う。だが幕臣たちは将軍に遠慮し、『村正』の銘を持つ刀の銘そのものを潰し、多くは無銘刀として、或いは『村宗』や『村重』という銘の刀として使用したらしい。この脇差はきっと、銘を書き換えられた後、書き換えられた事と共に、存在すらも忘れ去られてしまったんだろう。……これが持つ物騒な用途も、元々は普通の刀剣だったものが、そういった人間たちの『妖刀である』という思念に長い間曝されたことによって書き換えられてしまったものだろう。元々その道具が持つ意味を後天的に書き換えてしまう現象は、ただ単に数十年程度、人を斬ることに使われた程度では変わることはないが故に珍しいが、それ以上の長い間、継続的に曝されれば有り得ない話ではないしね。……まぁ、無銘刀が多くて有名な『正宗』に書き換えた村正なんて、そう多くはないだろうがね。この銘を書き換えた人物は、よほど刀剣に詳しくなかったんだろう」
「はあ~……。成程、そういう事だったんですか。これが妖刀ですか……。何だかそう考えると、この妙な刃紋がまるで血糊に見えてくるから不思議ですね……」
「村正の作刀で最も特徴的と言っても過言ではないのが、この刃紋さ。多くの刀剣が漣のような穏やかな刃紋をしている中で、村正のものは星君の言うように血のような粘性の高い液体が滴ったような刃紋をしている物が多い。それに刃の表と裏で刃紋が揃っているというのも、重要な特徴の一つになる。重要が故に、この刃紋を模倣した刀剣は数知れないがね」
「へぇ~……あ、本当だ。表と裏で揃ってますね。はー、店主さんは本当に物知りですね……」
手に持つ脇差を表、裏と返しながら、霖之助は語る。
その刀身を注意深く観察しながら、星は感心したようにそう言った。
星は刃紋の模様それ自体が特徴的であることに気付いてはいたものの、それが刃の表と裏で揃っている事に、星は言われるまで全く気が付かなかった。
――そして何気なく、星はその刃へ人差し指を滑らせた。
もう少し詳しく、脇差の刃紋を観察しようと思ったからだ。
誰だって何か鋭い刃物の刃を良く見ようとするなら、例えば人差し指を、あくまで斬らないように刃の近くを滑らせようとするだろう。
それを星は、この脇差でもしようと思っただけだった。
――だが。
「あ、待っ――」
「――っ!?」
霖之助が星を制止しようと上げた声と、星が僅かな痛みを感じて指を刃から引いたのは、殆ど同時だった。
僅かな痛みだったにも関わらず、星の人差し指にはみるみるうちに紅い滴が盛り上がり、やがてその表面張力に抗いきれず、零れた。
不思議な事に、そこまで傷の容態が観察できてから、ようやく鋭い痛みが星の指を駆け抜けた。
「――いったた……刀傷って、後から痛みが来るんですね……」
「……何やってるんですか、ご主人。日本刀は『刃物の完成品』って言われるくらい斬れるんです。ましてやそんな物騒な脇差に簡単に触ろうとするなんて……」
星のこの手のドジには慣れているのだろう、ナズーリンは特に傷の様子を案ずるでも無く、いつもの呆れ顔で言い放った。
だが、今回はただの怪我とは言え、不気味な用途を持つ刀での傷だ。
血を求めるという、村正のものかどうかすら定かではないが、不気味な用途を持つことだけは分かっている、この脇差。
今の出来事が、この刀の起こした事なのかどうか。
もしこの刀の起こした事だとして、ただ偶々その刀身に触れた星の血を求めだだけなのなら別にいいのだが、霖之助の推測では長い間、怨念のような思念に晒されていた刀だ。
もしかしたら何か他の付加効果を有しているかもしれない。
いずれにせよ、この刀が具体的にどんな力、効果を有しているのかは、今の段階ではこの三人の誰も分からないのだ。
いつものように放っておくわけにもいかないだろう。
――さて、とりあえずどうしようかね。
ナズーリンがどうすべきか考え始めたその時に既に、霖之助が動いていた。
「ナズーリン、これを持っていてくれ。星君、手を借りるよ」
「ん? あ、ああ」
「あ――」
いつの間に納刀していたのか、霖之助は刀身を納めた脇差をナズーリンに持たせると、半ば呆然とするように血が溢れる指を見つめたままだった星の手を自然に取り、持参していた水筒の水でその傷口を洗い始めた。
水が流れるたび新たに走る痛みに、星は僅かに頬を引き攣らせた。
「――っ」
「ちょっと痛むだろうが、我慢してくれ。……よし、洗うのはこれくらいでいいか」
空気に触れ、僅かに凝固が始まっていた最初の血を洗い流してから、霖之助はこれも持っていたのだろう、サラシのような白い布を取り出すと、星の人差し指に巻き始めた。
止血も兼ねているのだろう、若干強めに巻いていく。
慣れているのか、綺麗でかつ手早い処置は、あっと言う間に終わった。
巻かれ終わった布には、じわり、赤い染みがゆっくりと広がった。
「よし、と。とりあえず応急処置はこれでいいか。刀傷は綺麗に斬れるから跡が残りづらいと聞くし、この刀自体からは余り悪いものは感じられないが、いずれにせよ帰ったらきちんと治療した方がいい。済まないが、今の僕ではこれが限界でね」
「あ、いえ、ありがとうございます。すみません、今日はお世話になってばかりで……」
ぺこり、と星は丁寧にお辞儀をする。
霖之助は応急処置に使った水筒や布をしまいながら、薄く笑みを浮かべて頭を下げた星を見やった。
「いや、別にいいさ。いつかうちの店のお客になってくれるなら、だけどね」
「あはは、意外と商人魂逞しいんですね。……そうですね。ナズーリンもお世話になりましたし、近いうちに是非」
「……やれやれ。私より、もう既にご主人の方が世話になっているような気がしますけどね」
咄嗟に霖之助から渡された脇差を、尻尾の先の籠に放り込みながらナズーリンは呟く。
その言葉に思いっきり図星を衝かれたのだろう、星は「う」とたじろいだ。
「そ、それはそうかもしれませんが……」
「……まぁ、なんにせよ来てくれるなら歓迎するよ。星君も、勿論ナズーリン、君もね」
ぽん、とナズーリンの頭に手のひらを載せ、霖之助は珍しく微笑んだ。
ぴこり、前と同じようにナズーリンの耳が揺れた。
「……ふん。まぁ、暇を持て余したら考えておくよ」
霖之助の言葉に、あくまでいつも通りに、ナズーリンは答えた。
――やはり、ナズーリンの尻尾と耳がいつもより元気そうに動いているのに気付いたのは、星だけだった。
◇ ◇ ◇
「~~♪」
「……どうしたんです? 随分と機嫌が良いじゃないですか、ご主人」
無縁塚から寺院への帰り道。
既に茜色に染まる空を飛行しながら、先ほどからずっと鼻歌を歌っている星へ、ナズーリンは言った。
「え? そうですか?」
「ええ、さっきから鼻歌まで歌ってますよ。……もしかして、あの偏屈な店主が気に入ったんですか?」
「……う~ん……そうですねぇ……」
からかい半分のナズーリンの口調には気付く様子はなく、星はしばし思案する。
――まさか霖之助君だけじゃなくて、ご主人にまで額面どおりに取られるとは思ってもみなかったね。
もう少し照れるような素振りを見せるとか、そういういつもの星らしい反応を期待していたのだが、全くそういう素振りがない事にナズーリンは肩透かしを喰らったような気分になる。
今日、霖之助と星に『お邪魔だったかい?』と聞いたときとはてんで違う反応だ。
――まぁ、いいか。
ナズーリンから言っておいてなんだが、何故だか今は、星にそんな照れた表情をされても逆に困るような気がした。
もしそうなれば少しからかってやろうかとも思っていたのだが、からかってみたところを想像しても、いつものようにほくそ笑めるような気分にはなれなかったのだ。
いつもとは違う反応をしてくれた星に感謝するという、普段のナズーリンには余りないようなことを考えていたところに、星がゆっくりと口を開いた。
「……まぁ、最初に見た時は、何だか近寄りがたい人かな、とは思いましたけど」
「ええ。多分、外れてないと思いますよ」
「でも、私が見たことない道具について丁寧に色々と教えてくれたり、ああ、いくつか面白そうなものも貰ったんですよ。よく弾むらしい『スーパーボール』に、簡単な布が編めるって言う玩具の『リリアン』に、そうそう、ナズーリンの暇つぶしになるかと思って『知恵の輪』なんてパズルも頂いたんですよ。落とすと困るから、戻ってからナズーリンにも見せますね」
「……ええ、そうですね」
にこにこと、実に機嫌が良さそうに笑う星とは反対に、ナズーリンはやや不機嫌そうに頷いた。
――ふん。霖之助君の奴、ご主人にはやけに気前がいいじゃないか。
そう、決して顔には出さず、不機嫌そうにナズーリンは思うが、実際ナズーリンも宝塔を買い戻した際、霖之助から古代の超高級醗酵乳製品である醍醐を譲ってもらっている。
個数で考えれば星の方が数は多いが、価値的に言えば、ナズーリンが貰ったものは星が貰ったものの数倍どころか数十倍以上に値する。
どう考えてもナズーリンへのオマケの方が気前のいいものではあるが、どうもそうは割り切れなかった。
「――ああ、あと、ナズーリンに聞いていたより優しげな、落ち着いた方でしたね。あんまり聞いていた人と違かったから、ちょっと驚いちゃいました」
ぽつり、星が呟いた言葉は、それだけだった。
しかし、その言葉と共に、布が巻かれた人差し指をするりと撫でた、その時の星の表情が、やけにナズーリンの印象に残った。
妙に嬉しそうな、でもどこか照れ臭そうな、そんな穏やかな表情が。
それを片目にしながらふぅん、と胸中で一つだけ頷いて、ナズーリンはそれに答えた。
「そうですか? ……まぁ、確かに何だかんだで、世話好きな奴だとは思いますけど」
「ええ、そうですね。……お店にお誘いして頂きましたし、いらないと言われましたけど、やっぱりお礼に行かないといけませんね」
「ああ……そうですね」
楽しそうに言う星に、ナズーリンは頷き返す。
――妙に、あの指を撫でた時に浮かべた星の表情が気になるが、ナズーリンはとりあえず今はそれを置いておくことにした。
考えれば考えるだけ、どうも面白くない気分になってくる。
わざわざ自分から不愉快になるような事を考える必要はない。
それならば、と、ナズーリンはたった今、星が言った霖之助への礼の事について思考する。
――あの時、ナズーリンは霖之助に『暇を持て余したら』とは言ったが、そもそもナズーリン自身、忙しいこと自体が余りない。
どちらかと言えば、忙しいのは星の方だろう。
今日みたいに暇な時の方が貴重なのだ。
星は腐っても毘沙門天の代理である。
ナズーリンが補佐をすることはあっても、星のするべきことに補佐のできない領域だってあるのだ。
星は義理堅いため、きっと行くとしたら日にちをそんなに空けないとは思うが、果たして近日中に行けるかどうかは、まさに神のみぞ知るといったところなのだ。
――まあ、その時は結局、私が行くことになりそうだけどね……。
大抵そうだ。
星は自分の手の及ばない事、どうしても出来ない事は、ナズーリンに持ちかけてくるのだ。
だから結局、本当に行けないとなれば、ナズーリンが代行として向かうことになるのだろう。
日にちを空けてしまうのは失礼だから、とでも言いながら。
――やれやれ。
そこまで考えてナズーリンは首を振った。
星にとってみれば随分と勝手に推測されているものの、永い付き合いから考えると、絶対にそうならないと言えないところが逆に怖い。
決して口には出さないが、ナズーリンは前を飛ぶ星と沈み行く茜を目にしながら、そんな事を思った。
どうもこれも、考えて面白くなるようなことではなかったようだった。
――しかしその口元は、ナズーリンの胸中とは全く正反対の形になっていたことは、ついぞ誰も気付かなかった。
……うそです。かわいいナズーがもっと見たいだけです
しかし、最終的に法外な値段をふっかけられた星が素直に礼を言えたのに感心です。
ただなんか星を呼び捨てなのが違和感あったかも
そして耳と尻尾で感情を語るナズ。良かったです。
星ちゃん呼び捨てにされてる時点でもう威厳もなにも無いだろうww
ナズーリンは霖之助とは『まだ』何も無いのですね!早くしないと星ちゃんに取られちゃうぞ(ニヤニヤ)
星ちゃんの浮いた話って毘沙門天ぐらいしかなかったから新鮮でした。
正宗の前に消した跡があるって言った瞬間『菊の字?』とか思った俺は何か駄目かもしれないw
ニヤニヤしっぱなしでしたw
でも貴方のSSは凄い破壊力です。ナズー霖って良いなあ・・・
星とも絡ませるのが特に珍しい