くろまく~
そう言ったのはいつだっただろう?
私はもう戻れない。
今の私は正真正銘、黒幕なのだから……。
「寒いぜ……」
そう言いながら魔理沙が吐く息は白い。
「霊夢、こいつは異変だぜ」
「そうね……前にもこんな事あった気がするんだけど……」
二人はいつものように神社にいた。
見渡す限り真っ白、そして猛吹雪。
「霊夢、魔理沙。これはどういう事?」
真っ白な空から紅魔館のメイドが降ってくる。
「どうもこうも無いわよ……。こんなに寒くちゃやってられないわよ」
「貴方はまず腋を隠せば良いと思うわ……」
咲夜は呆れたように言う。
「なあ咲夜、こんな事前にもあったよな?」
咲夜に続いて霊夢も小さく頷く。
前に三人が異変解決をしたあの時に似てるのだ。
西行寺幽々子が起こした異変。あの春が来なかった時に。
「また幽々子の仕業かしら?」
霊夢が腋をさすりながら呟く。
「でもあの時は冬が続いているだけだったけど、今回は寒さが強くなっているって感じですわね」
「だったらこの異変は誰の仕業なんだ?」
沈黙が続く。
それを破ったのは咲夜だった。
「二人とも」
「どうしたの?犯人が分かった?」
咲夜は困ったような顔をしてこう呟いた。
「くろまく~……」
「…………」
二人は物凄く微妙な顔をして小さく呟く。
「あの一面ボスです」
「あぁ、あいつね。でもここまでの異変を……」
「しかもあいつ前の異変の時、春が来ないのを迷惑がってたけどな」
彼女達が言っているのは、レティ・ホワイトロックの事だ。
前の異変の時、霊夢達の前に出てしまったが為にボコボコにされた妖怪だ。
「ですけど何か手がかりくらいは持ってるんじゃない?持って無かったら持って無かったでまた倒してしまえば」
「まあそうね。所詮一面ボスだし」
そう、彼女達は事を甘く見ていた。
それはすぐに重い知らされる事になる。
「もう終わりかしら?」
彼女は氷で作られた槍を雪の中に倒れている霊夢の首に突き付ける。
「くっ……何よこの強さ………」
霊夢は槍を突き付けられながら顔をしかめる。
それを彼女は無表情で見下ろす。
「霊夢!くそっ!マスタースパーク!」
魔理沙は眩しく輝く光線を彼女に向かって撃つ。
彼女は焦る様子も無い。
(これを撃たれても焦らないなんてふざけやがって……)
光線が近付くと彼女は小さく呟いた。
「リンガリングコールド……」
彼女は光線に手を向ける。すると、光線は凍りつき粉々に砕ける。
「私のマスタースパークを……砕いた!?」
呆然とする魔理沙をよそに彼女は指を鳴らす。すると、砕け散った光線の結晶が魔理沙を取り囲む。
「何だ?」
彼女がもう一度指を鳴らすとその結晶が魔理沙に向かい一斉に飛んで来る。
「なっ!」
「これはもう貴方の弾幕では無いわ。私のもの……」
弾幕が直撃した魔理沙は大きく吹き飛ばされる。
「がっ!」
「魔理沙!」
彼女の前で倒れている霊夢は立ち上がろうとするが彼女に再び喉元に槍を突き付けられる。
「動かないで」
「この異変といいその強さといい、いったい何なのかしら?」
咲夜は彼女の後ろに現れたかと思うと、ナイフを背中に突き付ける。
「……」
彼女は答えない。
「なら、少し痛い目に……」
咲夜が言い終える前に彼女は手刀で咲夜の首の後ろを勢いよく叩く。
「がっ……はっ……」
咲夜は地面に手をつき咳込む。
「貴方は……本当に、レティ・ホワイトロックなのかしら……?」
咲夜が途切れ途切れ苦しそうに話す。
「ええ。私はレティよ」
「なら、何なのよこの強さは……」
霊夢が積もってきた雪の冷たさに顔をしかめながら言う。
「前に言ったはずよね。くろまく~って……黒幕ならこのぐらい当然でしょう?」
そんな彼女と出会う前、神社から出て雪の降り積もる山に向かう道中。
「こうしてると、あの時を思い出すな」
「私は思い出したく無いけどね……」
春が来なかったあの時もこんな風に異変解決に向かったのを覚えている。
「そこの二人!止まれ!」
聞き覚えのある声がした。
「なんだ、チルノか。私達は三人だぜ」
「あれ?ほんとだ!」
チルノはいちにーさんと声を出して数える。
「これは誰が数えられてなかったのかしらね?」
「別にどうでもいいわ……」
霊夢は溜め息をつく。
「それで、お前は何の用だ?」
そこでチルノは思い出したように顔を上げる。
「そうだった!この先には行かせないわ!」
「なんでよ?」
霊夢が不機嫌そうに言う。
「あんたたちはこの先に行ってレティをいじめる気でしょ!?」
「だったらどうなんです?」
「レティは大丈夫だって言ってたけど、レティのとこに行く前にあたいがあんたたちを凍らせてやる!」
そう叫んでチルノは氷柱を三人に向け、飛ばす。
「何よ面倒ね」
霊夢は札を取り出すと氷柱に向かって投げつける。札が氷柱に当たると氷柱は粉々に砕け散る。
「くっそー……ならこれでどうだ!」
チルノの左右から氷柱が飛び、左右対称に動いていく。
「アイシクルフォール!」
氷柱の動く速度は次第に速くなる。
「甘いぜチルノ」
そう言う魔理沙を先頭に三人はチルノの真正面に立っていた。
「ここが安置だろ?」
「あーっ!そこ立っちゃダメ!」
チルノが叫ぶが誰も聞く耳を持たない。
「弾幕はパワーだぜ!」
魔理沙は八卦炉を正面に構える。
「マスタースパーク!」
鮮やかな光線が八卦炉から発射される。
「うわーん!レティー!」
チルノは泣き叫びながら吹き飛ばされた。
「あっけないわね。私の出番も無いわ」
咲夜が感情のこもってない声で言う。
「でも、私達に気付いてるなんてますます怪しいな」
「犯人でも違ってもとりあえず退治すればいいのよ」
そんな風に軽く考えながら彼女達は進んで行く。
「それで、大人しく帰るならこれ以上は何もしないけど?」
彼女は倒れる霊夢に冷たく言い放つ。
「何よ……。このまま帰れる訳ないでしょ……」
「なら、覚悟は良い?」
彼女は槍を音も無く振りかぶる。
「博麗の巫女を舐めんじゃないわよ!」
霊夢は叫びながら浮かび上がり、レティの腹に向けて蹴りを放っ。
「舐めてはいないわ。ただ、今回は私の方が強かっただけよ」
彼女は霊夢の蹴りを槍で軽々と跳ね返すと、槍を霊夢の肩にたたき付けてまた地面へと倒す。
「くっ……」
「いずれはこの寒さも元に戻すわ。だから、それまで大人しくしていてくれないかしら?」
「貴方は……なんでこの異変をおこしたのかしら?」
咲夜が喉を抑えながら言う。
「寒ければ、あの子が喜ぶの……」
「あの子……」
咲夜はそれが誰なのか解ったが、口には出さなかった。
「だから、お帰り願えるかしら?」
「勝手な事言うなよ……」
雪の中に埋もれていた魔理沙が雪をほろいながら立ち上がる。
「私はな……寒いのが嫌いなんだ。だから元に戻してもらおうか」
「貴方も私からすれば勝手ね」
その時、初めて彼女が、レティが小さく笑った。
「ああ、勝手だ。だから勝手にさせてもらうぜ」
魔理沙は箒に乗って高く飛び上がる。
「行くぜ!ドラゴンメテオ!」
魔理沙は強い熱を体に纏い、空中からレティに向けて勢いよく突っ込む。
「コールドスナップ」
レティの周囲の空気が凍りついて氷となり、レティを取り囲む。
「うおおお!」
その氷を砕きながら魔理沙は加速していく。
「まずいわね……」
レティは新たにスペルカードを使おうと構える。
「させませんわ」
気付いた時にはレティは咲夜に後ろから羽交い締めにされていた。
「なっ!」
レティの顔に焦りが見える。
「これも使わせないわ。夢想封印」
いつの間にか霊夢に投げられていた札が槍に触れ、槍は粉々に砕け散る。
「これで終わらせるぜ!」
魔理沙が目の前まで来た時、咲夜はいつの間にかいなくなっていた。
こちらに向けて勢いよく突っ込んでくる魔理沙を見ながら、小さく呟いた。
「チルノ……ごめんね……」
頬に雪が落ちてきた。
視界が空に向く。
ああ、雪が降り止んだ。
「レティ!しっかり!目を開けてよ!」
「チルノ……?」
レティが目を開けると、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたチルノの顔が目の前にあった。
「レティ!よかった~!」
チルノはレティの胸の中で泣きじゃくる。
「大丈夫か?」
チルノの頭を優しく撫でながら体を起こすと、魔理沙が目の前にいて、その後ろに霊夢と咲夜が立っていた。
「大丈夫もなにも貴方がやったんでしょ……」
レティは軽く溜め息をつく。魔理沙は「まあな」と言って笑う。「これでも手加減したんだぜ?」
身体の様々な所から痛みが走るが、動けない程でも無い。本当に手加減はしてくれたのだろう。
「それで、なんで異変を起こしたのか言ってもらいましょうか。」
咲夜はいつの間にか取り出したナイフをレティに向けて言う。
「言わないんだったらまた傷が増えるわよ?」
霊夢も札を構える。
「これ以上レティに乱暴するな!」
涙で顔を濡らしたチルノが座ったまま霊夢達を睨みつける。
「チルノ、ありがとう。でも大丈夫よ」
レティはチルノを抱きしめる。
「私が異変を起こした理由は他の異変と比べるととっても小さな理由よ」
「規模と黒幕の強さは他に並ぶけどな。いや、強さはそれ以上か?」
魔理沙の言葉には何も返さずレティは続ける。
「私は、ただ見たかったものがあっただけ。」
「それは何なのよ?」
霊夢が問いかける横で咲夜は小さく頷いていた。
するとレティは、胸の中のチルノを霊夢達に向けて座らせ、急にチルノの腋をくすぐった。
「あははっ!レティ、何するの!?あははっ!」
少しの間くすぐった後、くすぐるのを止めてこう続ける。
「これよ。私が見たかったのは」
「これ?」
霊夢は聞き返す。
「チルノの、この笑顔よ」
「あたい?」
チルノもぽかんとしてレティを見る。
「チルノ。寒いの好き?」
「え?うん!大好き!」
チルノは満面の笑みで言う。
「これだけよ。寒ければチルノは楽しそうに笑ってるから」
「やっぱりあの子というのはこの妖精だったんですわね……」
咲夜はレティが言っていた言葉を思い出す。
「ええ。だけど失敗だったわね……幻想郷全体を雪で包む必要は無かった。疲れる上に貴方達が来た」
レティは残念そうに言うが、顔は笑っていた。
「結局、チルノも喜ばせられなかったしね……」
「そんなことないよ!」
チルノの突然の大声にその場にいた全員が驚く。
「レティはあたいのためにやってくれたんでしょ?だからあたいはそれだけで嬉しいよ!」
「……霊夢……これはチルノか……?」
「チルノ……?これがチルノだというのかしら……?」
「お嬢様……私……死ぬのかもしれません……」
三人は凍りついたように動かない。
「チルノ……優しいのね。ありがとう……」
レティはチルノを強く抱きしめる。
「いや、これはチルノじゃない……」
「発言が馬鹿っぽくないわ……」
「むしろまともですわね……」
外野三人の発言には聞く耳を持たず、レティは嬉しそうにチルノの頭を撫でる。
「私が冬眠から覚める度にどんどん立派になっていくわね。これなら安心……」
そう言うとレティはチルノを離して立ち上がる。
「レティ?」
チルノがレティを見上げる。
「チルノ、冬はもう終わっちゃうのよ……」
「え?じゃあ……」
チルノも立ち上がる。
「もう私は冬眠しないと……」
「なんでまた冬眠するの?まだ一緒にいようよ!」
チルノはレティの腕を掴み揺する。
「ごめんねチルノ……冬が終わると私は弱くなっちゃうの。それこそ、チルノがいつも凍らせてるカエルよりもね……」
「大丈夫。レティは強いよ!」
「チルノ」
レティはゆっくりとチルノの手をほどくと、チルノの正面に立つ。
「さっきは立派だったでしょ?ちゃんと言う事聞いてちょうだい」「でもぉ……」
レティはそう言うチルノをもっと強く抱きしめる。
「私もね、チルノと遊びたいし、お話したいし、一緒に笑っていたい……。でもね、駄目なの。ごめんね……本当にごめん……」
「チルノ、レティだって辛いんだ。分かってやれ」
ずっと黙っていた魔理沙が口を開く。
「…………分かった。じゃあまた今度一緒に遊ぼう!」
瞳を濡らしながらチルノが浮かべる笑顔はとても眩しい気がした。
「ええ……。ありがとう……」
抱きしめていたチルノを離し、レティは背を向ける。
「そうそう。そこの三人。異変解決に来てくれてありがとう。貴方達が来なかったら私の勝手でみんな迷惑してたでしょうね」
「異変を起こすやつは全員自分勝手な理由で私達を困らせるけどね……。それよりもあんた」
霊夢はいきなり数枚の札を背を向けているレティに投げ付ける。しかし札はレティの近くまで飛ぶと凍りついてその場に落ちる。
「あんた本当は凄い強さなんじゃないの?」
「ふふっ、何回も言うようだけど……」
レティは霊夢達の方を向かずに歩き始める。
「くろまく~」
そう言った直後に冷たい風が吹き、レティの姿はどこにも見えなくなった。
春の始まりを告げるべく、リリーホワイトは雪の溶けはじめた頃、上空を飛んでいた。
「春ですよー!あれ?」
ふと下を見ると、雪の中に見知った人影が見えた。
リリーは下に降りてその影に近付く。
「レティさん。春ですよー!」
「そうね。春ね」
レティは突然来たリリーにも驚く事無く微笑んで返してくる。
「まだ冬眠してないんですかー?」
「そうなのよ~。でも今年はちょっと調子に乗っちゃったから疲労感が物凄いのよ……」
そういう割にはレティは疲れてなさそうだった。むしろ元気そうだとリリーは思った。
「……もしかして、冬伸ばしたのレティさんですか?」
今年はいつもより冬が長引いた。しかも、猛吹雪の日が何日もだ。
レティは物凄い力を持っているという事をリリーは前々から感じていた。
「どうかしらね~」
しかし、当の本人は相変わらずの笑顔でごまかした。
「そうですかー?」
「そうですよ~」
レティは楽しそうに笑うと、リリーに背を向ける。
「リリー、お仕事頑張ってね」
「はい!頑張りますー!」
レティに負けず劣らずの笑顔でリリーは返事をすると、レティは歩きだす。
「冬の忘れ物がいつまでもいたんじゃ、春が来ないわね。私はもう寝るわ……。」
「お休みなさいー」
春の暖かい風が吹く。
風が止むと、レティの姿は消えていた。
「春ですよー!」
空を飛んでいるリリーの声を聞きながらチルノは湖で魔理沙と向き合っていた。
「この間は悪かったって言ってるだろ」
「この間は失敗だったわ。あたいは最強だけど湖だともっと最強になるのよ!」
チルノはビシィ!と魔理沙に指を指す。ちなみに自分の口で「ビシィ!」と言っている。
「初耳だな」
「別にいいの!さあ、覚悟するのね!」
「分かったよ……」
魔理沙は渋々と返事をする。
「最強のあたいの前にひれふすのね!」
チルノは楽しそうな笑顔を浮かべた。
冬のもたらした氷精の笑顔に心暖められました。レティ=ホワイトロックの愛情がしみじみと伝わる佳作だと思います。お疲れさま、お休みなさい、そしてまた会いましょう。では。