「しっかし」
カシャカシャとボールの中身を掻き混ぜながら、ちゆりは呟いた。
「なんで私はこんな朝っぱらから、人んちでホットケーキ作ってんだ?」
「私が食べたいかぅわ」
返事をした夢美は、だらしなく欠伸を漏らす。手に持ったカップから揺れる湯気が髪をかすかに湿らした。
「おい、妖怪かぅわ。バターとか蜂蜜だとかメイプルやら、そんなん用意しとけ」
「誰がかぅわよ。欠伸しただけじゃない」
「……それでなくても時間がやばいんだ。会議、また遅刻する気かよ」
「そんな一分もしないで出せるものを出さなくても、時間はそんなに変わらないわよ。それなら、私の脳内PCを起動させる時間に費やした方がいいし、低血圧だから」
そう夢美は言い、欠伸を再度漏らした。カップをテーブルに置いて、空に指で円を書く。
「用意しないと、ホットケーキがフリスビーになって、頭にぶち当たるぞ、今」
「食べ物を粗末にしない」
「そんなこと言うなら、半額で大量に買った苺を冷蔵庫で眠らせるなよ。腐らなかったからよかったが」
「まあね。あれぐらいなら二日もあれば食べきれるはずだったんだけど、急な出張だなんてやってられない」
そう返す夢美に、ちゆりは呆れたような視線を向けて口を開く。
「急じゃないんだがな。この日はどこそこで会議があるなんて言っても、常に上の空だからそうなる」
「失礼な」
夢美の抗議は、ガスコンロで熱せられたフライパンの上で踊る、泡だったバターが発した音でちゆりには聞き取れなかった。
正しくは、聞き流したのだが。
「ほら。もうすぐ出来るぞ。本当にいいのか、何もかけないで」
「冷蔵庫、一番下、冷蔵庫、開いて扉の左」
「取れよ、自分で」
「取ってよ、お願い」
ちゆりはチと小さく舌打ちをして、フライ返しを踊らした。
「少しは動け。じゃないと肥えるぜ」
「これぐらいじゃ肥らないって」
「いいや、肥る。苺に苺ジャムに苺味の紅茶に苺牛乳。さらに苺シロップぶっかけたプリンってなんだそりゃ。肥らない方がおかしいだろ」
「頭脳労働してたら、それぐらい簡単に消費できるけど」そう言って、夢美が小さく欠伸をする。
とても億劫そうに立ち上がり、冷蔵庫の前へ行き、戸を開けた。
「意地悪よね、ちゆりって」
「知ってるか?学部内で一番意地の悪い教授はオカザキっていうらしいぞ」
「あら、奇遇。私と同じ苗字じゃないの」
「お前だよお前」
ガスコンロの火を切り、焼きあがったホットケーキを皿へと移しながらちゆりが言葉を返す。
「あら、失礼な。ちゆりの方が意地悪だって言われてるって。よく聞くし」
「誰だよ、言ったの。今度しばくから」
「そういうところが駄目なんだと思うけど。意地悪とは違うけ、あ、蜂蜜切れてる」
「……どうすんだよ。バターだけで食うのか」
がちゃがちゃと冷蔵庫を漁る夢美の背に声をかける。眉根が寄っているのは、呆れによるものか。
「苺シロップならあるけど」
「ふざけんなよ」
「あとは練乳とか」
「……まあ、いいけどさ。いやいらないって意味でな」そう言って溜息を吐く。
皿をテーブルに置き、夢美の席の前に置いてあったカップの中身を自分のホットケーキにかけた。
「わがまま」
「どっちがだよ。早く座って食わんと間に合わんぞ」
「はいはい、わかってるわ、ってなにかけてるのよそれ」
「コーヒーだよ、砂糖たっぷりのな」
ちゆりの言葉に、夢美が、うえ、と舌を出す。
「変なものかけないでよ」
「珈琲豆の農家さんに怒られるぞ、変だなんて」
「いや、でもホットケーキにかけるものじゃないし」
「それ言うなら、苺シロップはどうなんだよ」
浅く椅子に腰をかけ、ちゆりが言い返す。
「で。結局そっちは苺ばっかか」
「まあ、いつものようにね。苺ジャムと、冷凍苺」
「冷凍って、なんだそりゃ。もう少し、肉やら野菜やらも取らんと、それでなくてもバランスおかしいんだから、体壊すだろ、ご主人は」
「なら、お弁当用意してよ。朝の起きる時間を減らして、お弁当作るぐらいなら、寝てるほうがしあわせだし」
「せめて、夕飯を箱に突っ込むぐらいしろよ」
べちゃ、ぺちゃと音をさせながら、ホットケーキをフォークで持ち上げる。
それを横から噛み付いて、ちゆりは食べていく。
「うわ。よくもまあ、そんな食べ方」
「しゃあないだろ、珈琲吸って、切れたもんじゃないんだから。切るというより千切れるだからな、これ」
「千切れてないじゃない」
「きっとあれだ。あっちのちゆりが魔法で頑張ってくれてんだよ。私が食べやすいように」
「食べずらそうだけど」
そういう夢美も食べにくそうだった。何種もの苺食品で重量を増したホットケーキが、フォークの上から何度も滑り落ちる。
「もう犬食いしろよ、そんなんなら」
「そんなはしたない」
「それなら下なんか履けよ。それこそはしたないって」
「すぐ着替えるんだし」
「そんなんだといき送れるぜ。何がとは言わんが」
「ま、その時はその時で。どうせ仕事ばっかで出会いなんてないし」
かちゃかちゃと食器を鳴らし、フォークですくうように食べる。
「そりゃそうだ。そうそう出会いなんてもんはないし、それにだ」
かちゃり。
「始めっから作る気ないんだからな、ご主人様は」
「だって、面倒なんだもの、そういうの」
「学問馬鹿」
「うるさい」
そう言い返し、夢美はカップをつかむ。それを煽ろうとして、空なのに気付いた。
「あれ?全部飲んだっけ」
「飲んだろ、目の前で」
「そうだったかしら」
「そうだぜ」
まあ、嘘だけど。そう、口を閉じたまま呟く。
「急がないとな、そろそろ。本当に」
「まあね。……ふぁ」
「寝るなよ、遅刻したらやばいんだから」
「んかってる」
「寝てるぞ、口が」
「寝てない」
くちゃくちゃと、苺ジャムを口の中で回しながら、返答する。
「子供じゃないんだから」
「私より年下なんだから、ちゆりの方が子供でしょ?」
「そういうことじゃなくて」
「はいはい。わかったから。もう少しいろいろ頑張ります」
「じゃあ、まずは寝坊しないようにすることからな」
皿の端を持って、ホットケーキの甘さが溶けた珈琲をすする。
たらり、と口の端から垂れた灰色を、指先で取り、舌で舐めた。
「あーあ。なんだか最近かわいくない。大人びたというか」
「なにを。むしろそっちが子供になったんだろ、ご主人」
「……はぁ。うん。会議といい、これといい、憂鬱」
「私のどこに文句あるんだよ」
「さあ?ま、いつもどおりなんだけどね。素敵に」
「素敵ね。素敵、ぜ」
「ぜって、日本語おかしいから」
「気にすんなって。っと」
窓の外が明るくなったのに気付く。
「ほらよ、素敵な朝だぜ」
「はいはい。最悪よ。眠くて」
欠伸をひとつ。
今日も、ゆっくりと、回っていく。
時計や、彼女たちが。
カシャカシャとボールの中身を掻き混ぜながら、ちゆりは呟いた。
「なんで私はこんな朝っぱらから、人んちでホットケーキ作ってんだ?」
「私が食べたいかぅわ」
返事をした夢美は、だらしなく欠伸を漏らす。手に持ったカップから揺れる湯気が髪をかすかに湿らした。
「おい、妖怪かぅわ。バターとか蜂蜜だとかメイプルやら、そんなん用意しとけ」
「誰がかぅわよ。欠伸しただけじゃない」
「……それでなくても時間がやばいんだ。会議、また遅刻する気かよ」
「そんな一分もしないで出せるものを出さなくても、時間はそんなに変わらないわよ。それなら、私の脳内PCを起動させる時間に費やした方がいいし、低血圧だから」
そう夢美は言い、欠伸を再度漏らした。カップをテーブルに置いて、空に指で円を書く。
「用意しないと、ホットケーキがフリスビーになって、頭にぶち当たるぞ、今」
「食べ物を粗末にしない」
「そんなこと言うなら、半額で大量に買った苺を冷蔵庫で眠らせるなよ。腐らなかったからよかったが」
「まあね。あれぐらいなら二日もあれば食べきれるはずだったんだけど、急な出張だなんてやってられない」
そう返す夢美に、ちゆりは呆れたような視線を向けて口を開く。
「急じゃないんだがな。この日はどこそこで会議があるなんて言っても、常に上の空だからそうなる」
「失礼な」
夢美の抗議は、ガスコンロで熱せられたフライパンの上で踊る、泡だったバターが発した音でちゆりには聞き取れなかった。
正しくは、聞き流したのだが。
「ほら。もうすぐ出来るぞ。本当にいいのか、何もかけないで」
「冷蔵庫、一番下、冷蔵庫、開いて扉の左」
「取れよ、自分で」
「取ってよ、お願い」
ちゆりはチと小さく舌打ちをして、フライ返しを踊らした。
「少しは動け。じゃないと肥えるぜ」
「これぐらいじゃ肥らないって」
「いいや、肥る。苺に苺ジャムに苺味の紅茶に苺牛乳。さらに苺シロップぶっかけたプリンってなんだそりゃ。肥らない方がおかしいだろ」
「頭脳労働してたら、それぐらい簡単に消費できるけど」そう言って、夢美が小さく欠伸をする。
とても億劫そうに立ち上がり、冷蔵庫の前へ行き、戸を開けた。
「意地悪よね、ちゆりって」
「知ってるか?学部内で一番意地の悪い教授はオカザキっていうらしいぞ」
「あら、奇遇。私と同じ苗字じゃないの」
「お前だよお前」
ガスコンロの火を切り、焼きあがったホットケーキを皿へと移しながらちゆりが言葉を返す。
「あら、失礼な。ちゆりの方が意地悪だって言われてるって。よく聞くし」
「誰だよ、言ったの。今度しばくから」
「そういうところが駄目なんだと思うけど。意地悪とは違うけ、あ、蜂蜜切れてる」
「……どうすんだよ。バターだけで食うのか」
がちゃがちゃと冷蔵庫を漁る夢美の背に声をかける。眉根が寄っているのは、呆れによるものか。
「苺シロップならあるけど」
「ふざけんなよ」
「あとは練乳とか」
「……まあ、いいけどさ。いやいらないって意味でな」そう言って溜息を吐く。
皿をテーブルに置き、夢美の席の前に置いてあったカップの中身を自分のホットケーキにかけた。
「わがまま」
「どっちがだよ。早く座って食わんと間に合わんぞ」
「はいはい、わかってるわ、ってなにかけてるのよそれ」
「コーヒーだよ、砂糖たっぷりのな」
ちゆりの言葉に、夢美が、うえ、と舌を出す。
「変なものかけないでよ」
「珈琲豆の農家さんに怒られるぞ、変だなんて」
「いや、でもホットケーキにかけるものじゃないし」
「それ言うなら、苺シロップはどうなんだよ」
浅く椅子に腰をかけ、ちゆりが言い返す。
「で。結局そっちは苺ばっかか」
「まあ、いつものようにね。苺ジャムと、冷凍苺」
「冷凍って、なんだそりゃ。もう少し、肉やら野菜やらも取らんと、それでなくてもバランスおかしいんだから、体壊すだろ、ご主人は」
「なら、お弁当用意してよ。朝の起きる時間を減らして、お弁当作るぐらいなら、寝てるほうがしあわせだし」
「せめて、夕飯を箱に突っ込むぐらいしろよ」
べちゃ、ぺちゃと音をさせながら、ホットケーキをフォークで持ち上げる。
それを横から噛み付いて、ちゆりは食べていく。
「うわ。よくもまあ、そんな食べ方」
「しゃあないだろ、珈琲吸って、切れたもんじゃないんだから。切るというより千切れるだからな、これ」
「千切れてないじゃない」
「きっとあれだ。あっちのちゆりが魔法で頑張ってくれてんだよ。私が食べやすいように」
「食べずらそうだけど」
そういう夢美も食べにくそうだった。何種もの苺食品で重量を増したホットケーキが、フォークの上から何度も滑り落ちる。
「もう犬食いしろよ、そんなんなら」
「そんなはしたない」
「それなら下なんか履けよ。それこそはしたないって」
「すぐ着替えるんだし」
「そんなんだといき送れるぜ。何がとは言わんが」
「ま、その時はその時で。どうせ仕事ばっかで出会いなんてないし」
かちゃかちゃと食器を鳴らし、フォークですくうように食べる。
「そりゃそうだ。そうそう出会いなんてもんはないし、それにだ」
かちゃり。
「始めっから作る気ないんだからな、ご主人様は」
「だって、面倒なんだもの、そういうの」
「学問馬鹿」
「うるさい」
そう言い返し、夢美はカップをつかむ。それを煽ろうとして、空なのに気付いた。
「あれ?全部飲んだっけ」
「飲んだろ、目の前で」
「そうだったかしら」
「そうだぜ」
まあ、嘘だけど。そう、口を閉じたまま呟く。
「急がないとな、そろそろ。本当に」
「まあね。……ふぁ」
「寝るなよ、遅刻したらやばいんだから」
「んかってる」
「寝てるぞ、口が」
「寝てない」
くちゃくちゃと、苺ジャムを口の中で回しながら、返答する。
「子供じゃないんだから」
「私より年下なんだから、ちゆりの方が子供でしょ?」
「そういうことじゃなくて」
「はいはい。わかったから。もう少しいろいろ頑張ります」
「じゃあ、まずは寝坊しないようにすることからな」
皿の端を持って、ホットケーキの甘さが溶けた珈琲をすする。
たらり、と口の端から垂れた灰色を、指先で取り、舌で舐めた。
「あーあ。なんだか最近かわいくない。大人びたというか」
「なにを。むしろそっちが子供になったんだろ、ご主人」
「……はぁ。うん。会議といい、これといい、憂鬱」
「私のどこに文句あるんだよ」
「さあ?ま、いつもどおりなんだけどね。素敵に」
「素敵ね。素敵、ぜ」
「ぜって、日本語おかしいから」
「気にすんなって。っと」
窓の外が明るくなったのに気付く。
「ほらよ、素敵な朝だぜ」
「はいはい。最悪よ。眠くて」
欠伸をひとつ。
今日も、ゆっくりと、回っていく。
時計や、彼女たちが。
俺も苺まみれホットケーキと教授食いたいんだけどセットで売ってる店がねえ・・・
この2人の日常話とかあんまり見たことないんでなんか新鮮だわ
履いてないのはショーツの上にって意味だと思われる>2
何も履いてないってことはないだろ流石に・・・・・・ちょっと確認してk
よくぞ書いてくれましたと言いたい。