Coolier - 新生・東方創想話

其来(それから) ~ 寂しさと終焉の象徴の場合

2010/05/22 18:52:39
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寂しさと終焉の象徴の、普通の魔法使いに出会った後のお話。


◇◇◇◇◇◇


 秋も深まった頃の事である。妖怪の山の騒動で疲れていた私は、家で惰眠を貪っていた。夕暮れになってようやく眼を覚ますと、玄関に一通の手紙が届いていた。
 手紙は古風な和紙で、ほんのりと赤みがかっていた。手触りはざらざらとして心地良く、手作りのようであった。けれどそれは、いつもやり取りする手紙にしては随分とかさが張っており、拾い上げた指先にずしりと響いた。手紙は十数枚ほどの分量があり、二つに曲げて麻紐のようなもので括られていた。結び目には、染みもむらもなく茜に染まった楓が一葉差し込まれていた。

 それは私のよく知る秋神の手に成るものであった。私はこれまでにも、彼女から何通か便りを受け取っていた。けれども私はこうしたものに対し筆不精であった。これまでは、いずれも短めの葉書であったから、恐らくは彼女も返信を期待せず、好きで送っているのだろうと考えていた。態の良い言い訳である。私はいつも書こう書こうと思いながら、まだ一通しか彼女に返信した事が無かった。
 さては返事の催促に、こんな分量の手紙を書いたのかしらん、と私は思った。けれどそんな下らない理由で差し出す分量でない事は、すぐに解った。とすれば、尋常でない何事かが起きたのに違い無かろう。そしてもしそうなら、何事か手助けをしてやろう、という気持ちが私にはあった。これまでの手紙の返礼ではないが、それくらいには私も彼女のことを好いていたのである。
 紐を解くと、懐かしいような木立の香りが鼻をくすぐった。和紙には数枚毎、紅葉した木の葉が漉(す)き込まれて、控え目な彩りを与えた。そうしてそこに細く丁寧な字で、何行もの文章が刻まれていた。私は早速、その手紙を読むことにした。


◇◇◇◇◇◇


 拝啓──

 ご無沙汰しておりましたところへ、昨日は思わず再会できた事を大変嬉しく思いました。あなたもお変わり無く、何よりです。あの時はあなたを人の子と侮り、大変失礼を致しました。あなたはあれから、山へ向かったのでしょうか。
 私は弾幕勝負の強さというものが、よく分かりません。あなたが無事である事は、紅葉の噂で聞き及んでおりましたけれど、お怪我はありませんでしょうか。またあなたは、穣子にも勝負を持ちかけたようですけれど、穣子の弾幕勝負は強かったでしょうか。もしそうであれば、私は少しだけ、安心できるかも知れません。あの子がもし独りでいたとしても、弾幕勝負が強ければ、きっとこの郷では大事に至ることも無いのでしょう。ですから少しだけ、安心できるのです。

 あの後、私達が里の祠に戻ると、沢山の茸が供えられておりました。お賽銭もありました。一目見て、あなたからの贈り物だという事が分かりました。とても懐かしい贈り物をありがとうございます。あの茸は、確かあなたと初めて出会った日に、おわびのしるしに頂いたものと同じでした。あなたもその時の事を覚えていて下さったのだと知り、とても嬉しく思いました。

 昨季の夏の終わり頃でしたでしょうか。私が山を下る途中、木々を分けて飛んで来たあなたに、ぶつかりそうになったのでしたね。あれは、あなたばかりが良くないのではありません、私の不注意もありました。
 私はこの郷に秋をお迎えするため、夏の終わり頃になると、山の準備を手始めに各地を巡るのです。準備は手早く済ませなければなりませんので、あの日一日で山を周ったのです。ですから少々疲れて、ふらふらと山を下りたのが不注意だったのです。今まで申しそびれておりました事、申し訳無く思います。

 ですが、私はあの時あなたに出会う事ができて、今は良い巡り合わせに感じております。あなたはどう思って下さるのでしょう。もし私と同じ気持ちなら、それはとても嬉しい事です。
 思い起こしてみますと、あなたはもうその頃から、とても強い方だったのですね。あの時私は、枯葉を吹き散らしてやって来るあなたを、思わず「困った木枯らし」などと評しましたけれど、今考えてもやはり、そのように思われます。けれどお気を悪くしないで下さいまし。木枯らしは私にとって、決して悪いものではないのですから。

 木枯らしは「木嵐」が元だといわれます。木枯らしが吹くことで、木々は重たい木の葉をぬぎ捨てて、身も心も軽くするのです。そうして彼らは、忙しく成長する季節から、安らかな季節へ移ったのを知るのです。光を受けて空気をつくる、あくせくとした日々から放たれて、枯葉と共に肩の荷を下ろし、蓄えた養分でしばしの休息を得るのです。そうして春までゆっくりと過ごせるのですから、こんなに嬉しい事はありません。
 そうしてそれは、私も同じなのです。秋神である私も、秋には一生懸命おつとめします。けれどそれは、ゆっくりと冬を過ごすために、そうするのです。そうして木枯らしの吹く頃に秋は終わりを迎え、私もようやくのんびりと過ごせるのだ、と喜ぶのです。少しばかり、不謹慎でしょうか。
 ですからあなたは私にとって、力強さを感じる嵐のようで、安心を与える季節の訪れのようで、だから「困った木枯らし」──「困った」というのは、やはりそうしたまだ早い時期に出会ったのですから、私はとても困ってしまって──これでは言い訳になりませんね。ご免下さいましね。あなたへの手紙は、どうも私の地が出てしまうようです。私はときおり、穣子をうらやましく思う事があるのです。だから強いあなたに、私は少し甘えたくなってしまうのかも知れません。

 そうして出会った時、あなたは私に大変親切にして下さいました。尻もちをついた私を助け起こして、私の服に付いた木の葉を払って、痛いところは無いか、なんて心配して下さいました。それまで私は穣子の姉であり、里の人々の信仰する神であり、この郷の秋でしたから、あなたのように接して下さる方がいることを存じませんでした。だから私は嬉しくって、その時の事をよく覚えているのです。
 それからあなたは私に、たくさんの美味しそうな茸を分けて下さって、にっこり笑って頭をなでて下さいました。それが私には嬉しくって、茸の種類までよく覚えているのです。

 昨日の茸も、とても美味しくいただきました。茸はお鍋にして茸汁にして食べました。茸汁は穣子の特製です。茸の旨味をじっくりと引き出して、ゆっくりと煮込んで、濃く煮詰まったとろとろの汁をからめて食べる、穣子の


 (以下数行、点々とした涙の滲みと訂正跡)


 けれどあなたも悪いお方です。茸の中には毒茸も入っていたではありませんか。紅天狗茸(べにてんぐだけ)は、うま味に似た成分が多い事は私も存じております。けれどそれは、ただ似ているだけではありませんか。その本当の成分は、人の感情を狂わせてしまうものではありませんか。あなたほど茸に精通していらっしゃれば、ご承知のはずではありませんか。
 健康な方には、ごく少量であれば大変美味しいものかも知れません。そうしてこれを大変好む方もいらっしゃることは存じております。けれどそうでない者には、ごく少量でも毒成分に惑わされてしまう事があるのです。合わない者には、たとい健康であっても毒される事があるのです。

 私達姉妹は、人々から神と呼ばれ信仰されております。けれど人の姿を得た私達というのは、彼らが想像する私達の姿なのです。それはつまり、彼らと同じように考え、悩む姿です。彼らと同じように食べ、休む姿です。人の姿の私達は、人であるのと同義なのです。
 ですから人々にとっての薬は、私達にも薬となります。彼らにとっての毒は、私達にも毒なのです。

 穣子は最近、何事か悩みを抱えているようでした。たいそう疲れた顔をして、心を無くしておりました。私は鈍感でしたから、そうした穣子の疲れをまるで知らずにいました。私は情け無い姉です。けれどあなたも悪いお方です。穣子はきっと、それが毒茸だなんて知らないでいたのです。だから私の制止にも、どれが毒茸なのかきっと分からなかったのです。穣子は稔りを司る力があります。けれど菌類である茸は私の領分ですから、きっと穣子は知らなかったに違いありません。
 そうして可哀想に、穣子は毒茸を食べて心を狂わせてしまったのです。私が厭になって出て行ってしまったのです。私は今、悲しくてなりません。苦しくてなりません。穣子に何かあったら、私は


 (以下数行、点々とした涙の滲みと訂正跡)


 ──大変失礼な文章となりました事をお許し下さい。私も少し感情的になっているのです。あるいはこれも、紅天狗茸の影響なのかも知れません。どうかお許し下さい。

 少しばかり夜風に当たり、気持ちを落ち着かせる事ができました。そうしてまた、やはり私のせいなのだ、という結論に至りました。ただ、それでもあなたには私達の現状を理解して頂きたく、これまでの文章も同封いたします。支離滅裂で不愉快きわまりないかも知れません。ですが今の私は、それを判断できる精神状態にまで回復しておりません。私も少しばかり、茸汁を頂いたのです。
 ですから在るがままを書き記すことしか、今の私にはできません。あなたにはご迷惑をおかけします。無礼ではございますが、どうかご承知おき下さいまし。

 あなたは魔法店を営んでいらっしゃるそうですが、里の方からはいわゆる「何でも屋」なのだと伺いました。もしそうであれば、私はあなたに是非とも依頼したい旨がございます。どうか私の依頼を請けては頂けませんでしょうか。
 私の代わりに、穣子を助けてやっては頂けませんでしょうか。そうして、もしできますれば穣子を安全な場所へ導いてやっては頂けませんでしょうか。


 (以下数行、訂正跡。端々に震えた字の一部が見える)


 私は穣子に厭がられてしまったのだと思います。そうして恐らく穣子は、私の許へ帰るのを厭がると思うのです。ですから私ではきっと駄目なのです。どうかあの子がこれからも無事に存在していかれるよう、力になって頂けませんでしょうか。


◇◇◇◇◇◇


 喉の渇きを覚えた私は、緑茶を淹れる事にした。秋の肌寒さと、また少しばかり面倒なのもあり、机に八卦炉と五徳を置いて薬缶を弱火に掛けた。
 八卦炉から漏れる薄青い光が、部屋をちろちろと揺らめかせた。乱雑に置かれた書物や魔法具の影が、大きくなり、小さくなるのを見て、私はようやく日が暮れた事を知った。
 席を立ち、天井に吊るされたラムプに火を灯して十分な明かりを得ると、伸び縮みする影はなりを潜めた。代わりに部屋の惨状が浮き彫りになったので、私は思わず顔をしかめた。
 日中は何でもなく見えるのに、こうして改めて照らし出すと、まるで物置小屋である。これではいつか間違いが起きて火事にでもなりかねない。少し掃除でもしようか、という考えが私の頭をよぎった。

 いずれも気の迷いである。僅かばかりの罪悪感が、この手紙から私の目を背けさせるのだ。
 とはいえ茸を食ったのは彼女達の勝手だから、私の所為ばかりとも……いや、そういう事ではない。直接でないにせよ、どうやら私はこんなに私を好いてくれる彼女を、悲しませたらしい。それが少しばかり残念なのだ。
 私は首を振り、席に着いて再び手紙を捲った。


◇◇◇◇◇◇


 依頼をするにあたり、少しばかり私達の事をお伝えしなくてはなりません。手紙として長くなる事、大変恐縮に存じますがどうぞお許し下さい。私の依頼を受けて下さるかどうかも、それからのあなたのお気持ち次第で結構です。

 私達姉妹は古くから神として人々の信仰を受けてきました。年月で言えば、多分私達は山に越してきた戦の神よりもなお古いでしょう。
 穣子は豊穣を司る神として、私は紅葉を司る神として、時を同じくして人々に祀られました。対象とする信仰の異なる私達は、互いに独立した神でしたけれど、二柱で一つの神でした。

 穣子は豊穣を司りますが、その神徳だけでは人々を満たす事はできません。実の若い作物は、それだけでは人々が生きていくための栄養に足らず、みずみずしいばかりで、すぐ腐れます。また、若い実の成分は時に毒ともなります。ですから私は紅葉を司る神として、実を熟れさせることで人々の食を補い、穣子の支えになります。
 私は紅葉を司りますが、その神徳だけでは人々を潤す事はできません。散りゆく紅葉の寂しさばかりを見せ、朽ち果てる病葉(わくらば)の終焉ばかりを晒して、どうして人の心を潤す事などできましょう。穣子が豊穣を司る神として、紅葉が次代の命を育み、そうして命は紡がれるのだという事を、その神徳をもって里の人々に伝えてくれるからこそ、人々は紅葉に懐かしさを覚えて心を潤すのです。
 ですから私達は、秋というきずなで結ばれた姉妹のようなものなのです。季を同じくして神となった事は、してみると必然でありましょう。私達は畏くも麗しき稲田姫様のご加護を得た、姉妹神なのです。

 私と穣子は互いを認め合っております。私は穣子の豊穣を称え、穣子は私の紅葉を称えます。時に私は私の紅葉を誇り、穣子は彼女の豊穣を誇ります。そうしてけんかなぞをしても、やはり私達は認め合っていましたから、すぐに仲良くします。
 私達は、人々から異なる形で信仰を受けております。私は紅葉を司りますから、景色を通じて心ある者から愛され、野山に見られる自然に宿るものでした。穣子は豊穣を司りますから、作物を通じて人々から愛され、田畑に見られる人為に宿るものでした。ですから私達の護るべきものもまた、互いに異なります。私は特にこの郷全ての自然を愛しますが、穣子は特に里の人々を愛するようです。

 思えばそうした考え方の違いが、今こうして私達を引き裂いてしまう原因となったのかも知れません。私は私の愛するものを手放す事はできません。もちろん穣子も大切な妹ですから、手放したくはありません。
 けれど私は浅はかにも、穣子の心情にまで思い至りませんでした。私が私の愛するものを手放す事ができないように、穣子もまた同じであることに全く気付かずにいたのです。

 ですから私は、穣子が心を狂わせてしまったのが私のせいなのだと考えるのです。穣子の心を分かってやれなかった鈍感な私に、きっと穣子は厭気がさしてしまったのです。私はこれまでずっと穣子を苦しめてきたのに違いありません。私の身勝手な行動が、どれほど穣子を傷付けたことでしょう。よもやあなたに非などあろう筈が無いのです。全く私の言いがかりなのです。全ては、私が悪いのですから。


 互いの信仰を異とする私達は、それでも近頃までは里の人々のためだけに尽くしました。私達が里に祀られるようになった頃の事ですから、この郷が博麗大結界で隔離されるよりも少しばかり以前の事でしょうか。少しといっても、私達とあなたの感覚とでは、隔たりがあるかも知れません。とにかくその頃は、耕作の技術といっても稚拙なものでしたから、実際人々は作物の成果に命を左右されていたのです。
 私達は、里の人々のために惜しみなく神徳を振るいました。そうして人々もまた、私達をあつく信仰しました。それは自然の循環であるかのように、私達と里の人々をつなぐのでした。けれど、それでも力の及ばない事も多々あり、私達は余裕の無い日々を過ごしました。

 豊作の頃、私達はとても安らかな冬を過ごしました。とはいえ、今と比べればとても豊作とは呼べないでしょう。それでも人々は喜び、私達を崇めました。収穫祭を行なうほどの余裕はありませんでしたが、それでも新嘗祭(にいなめさい)などはありました。慎ましく、けれど厳かなもので、大変信仰のあついものでしたので、私達は安らかでいられたのです。
 凶作の頃、私達はまるで逆でした。人々の多くは飢えに苦しみ、それがための死者も少なくありませんでした。私達は信仰を減らしましたが、それでも里の人々からは、決して信仰心が絶える事はありませんでした。そうした冬に私達は、里の人々に申し訳なくて涙を流し、無力な自分達がくやしくて、いじめ暮らしたのです。

 そうして過ごすうちに、里の人々も努力を重ねて、いつしか豊作が続くようになりました。備蓄にも余裕ができて、その頃から収穫祭が行なわれるようになりました。やはり今と比べては、それはささやかなものでしたが、感慨深いものでした。そうして私達も、いつも安心して冬を過ごせるようになったのです。
 ですからそれは、心の余裕から来る私の我侭であったのに違いありません。けれど私には、決して手放す事のできないものでしたから、たとい我侭だと言われたにせよ、きっと私は同じ事をしたでしょう。


 私はある秋の日に、ふと自分の行ないを省みることがありました。きっかけは、取るに足らない事であったと思います。たまたま見上げた空の向こうに、まだ青々とした山があったのだとか。鼻先をかすめた木の葉が、かさりと音を立てたのだとか。けれど私は、それが私の心を打ち震わすような事に感じたのです。
 私は里の人々の信仰する秋神である前に、紅葉を司る神である事を思い出しました。私には、私のための信仰があったのです。もちろんそれは私の礎(いしずえ)でしたから、決して忘れていた訳ではありません。ただそれまでは、そうした事を考えないようにして、また考える余裕も無いまま、穣子と里の人々に協力していたのです。
 けれど、だからこそその思いは私の胸に深く刺さったのです。穣子のための信仰を分けて貰っている現状は、私にとって望ましいものだろうか。そう思うと私は、うんうんと頭を抱えてしまいそうになり、居ても立ってもいられなくなりました。

 しばらくの間、私はその疑問に悩みました。そうしてついに、その秋の収穫祭を辞して、ひとり祠で途方に暮れました。収穫祭で信仰されるのは豊穣の神である穣子でしたから、私が参加するべきではないように思ったのです。

 穣子はその日の夜遅くに帰ってきました。ずいぶんとお酒を飲んだようで、真っ赤な顔をしていました。そうして私の肩をつかんで力いっぱい揺すりながら、私の参加しなかったのを責めました。私は少しむっとしましたが、話を聞いてみると、穣子も里の人々も、ずいぶんと私を心配して下さったのだそうです。そうして穣子もやけを起こして、里の人々になぐさめられるまま、お芋を七つと、焼酎を一升空けたのだそうです──今にして思えば、食いしん坊のずいぶんな言い訳のようですけれども。
 その時私は少し、穣子や里の人々にすまないように感じたのでした。ですから私は穣子に一言謝り、その季の収穫祭のことを聞きました。穣子は私に、里の収穫が上々だったこと、人々がとても満足そうだったこと、近頃できた共同の備蓄庫や、食物の保管技術、加工技術がどうとかいう話をしました。ほろ酔いのせいか、少しばかり口調の怪しいところもありましたが、昔と違い里も大変発展したことが分かり、私もひと安心したのです。そうして後はお芋の美味しかったことや、芋焼酎のできの良かったことをしきりに言っていたようでしたが、私はそれを上の空で聞いていました。

 私はもう、里の心配は無くなったのだと思いました。ですから、思い切って穣子に、私の悩みを打ち明けることにしました。私はまた私の信仰のために、野山に紅葉をもたらして、この郷に秋を迎え入れる神に戻りたいことを言いました。
 それまでは私も里の人々のために神徳を振るっておりましたから、野山の紅葉は自然のままにしておいたのです。けれどそれでは、いつ秋が来たのか分からないでいる子達も居たのです。冬に備える準備が遅れてしまい、困ってしまう子達も居たのです。

 そう言うと穣子は、あっさりと私を認めてくれました。私がそう思うのであれば、正しくそうするべきだと言ってくれたのです。私はその言葉をしばらく呑み込めずにいました。穣子が反対するようにも思えませんでしたが、そんなに簡単に認めてくれるとも思っていませんでした。なにせ里の人々の豊穣は、私達姉妹がもたらすものと言っても過言ではありませんでしたから。
 またしばらくして、穣子は私にこんな事を語ってくれました。それはとても優しい言葉で、私は強く心打たれたことを覚えています。


  私は豊穣の神ですから、私にとって里の人間は、お腹を痛めて生んだ子供のようなものです。そうした事実はなくとも、きっとそうなのに違いありません。だから私は収穫祭で、人間達のほころぶような笑顔を見ると、とても嬉しいのです。
  そんな我が子が困っているのを見たら、姉さんはどうしますか。きっと手を差しのべるでしょう。姉さんは私よりも優しいから、私の子にもそうしてくれたのでしょう。
  けれどもう、大丈夫。私はやはり里の人間が我が子のように思えますから、これからも手を差しのべていこうと思います。ですから姉さんも、姉さんが我が子のように思うものに、手を差しのべてあげて下さい。
  私達は、この郷の秋姉妹なんですから。今度は私も、姉さんのお手伝いをしましょう。


 そうして私の悩みは解決されました。私の頭のなかでぐるぐると渦巻いていたものは、栓を抜かれた桶の水のように流れていって、すっきりとしました。
 私は穣子を強く抱きしめて、ありがとうを言いました。穣子はとても温かでした。しばらくそうして抱きしめていると、穣子はすやすやと寝息を立てました。


◇◇◇◇◇◇


 部屋の中はもう程良い暖かさになっていた。ラムプの灯がちらちらと煩かったので、私は少し席を立ち、油を注いだ。油壺を何処へやったか忘れてしまい、少しばかりその辺をばたばたと引っ繰り返したので、部屋がまた少し散らかった。
 席を立ったついでに、守矢の巫女から貰った土産の塩羊羹とやらを戸棚から出して食うことにした。羊羹に塩なぞ聞いた事もなかったが、大正の頃から外の世界で親しまれ始めたのだと聞いたので、成程幻想郷には無い外来の品なのだと知った。
 少しばかり塩気のある羊羹は、緑茶に妙に馴染んだ。漬物みたいなものかと思ったが、確りと甘味も後に引くので、続けざまに二切れ程口に入れた。

 何となく、塩羊羹はこの手紙を読むのによく合う味をしているな、と思った。


◇◇◇◇◇◇


 穣子は姉思いで人思いの、良い子です。食いしん坊なのが玉に瑕ですけれど、それもまた穣子の人々に対する愛情の表れなのだと思うのです。ですから、末永く人々と共にこの郷に在るべき神だ、と私は思います。決してひと時の心の迷いで、自分を見失ってはいけない子なのです。
 そうして穣子の心を見失わせた私は、姉失格なのだと思います。けれども私もまた、私を見失うことはできません。私は私として、穣子は穣子として在り続けなければ、人々の助けとなることはできないのです。
 神は万能ではありません。間違いもするし、迷いもするものです。言い訳のように思われるかも知れませんが、神とは人の心の表れなのですから、いずれ不合理であいまいなものです。けれどそれが見失われた時、神は消えなければなりません。
 私にはそれが恐ろしくてなりません。けれども私には、どうしようもないのです。ですから私は、あなたに依頼をしたいと考えたのです。

 お話を戻しましょう。私は穣子に悩みを打ち明けたあくる日から、この郷を巡ることにしました。それには穣子も付いて来てくれました。穣子はまだ少しばかり酔いの残った顔をして、私を労ってくれました。私はそれを、私の役目への心からの同意として受け取っておりました。ですから私は、穣子の顔にかすかな疑問が浮かんでいたのを全く気付かずにいました。
 どうやら、穣子は前夜の事を少しも記憶していなかったようなのです。確かにたいそう酔っていましたから、それは仕方の無いことだったのかも知れません。けれど私は役目を果たすことに夢中で、それに気付かずにいたのです。
 あくる日も、またあくる日も、私は穣子をつれ立って幻想郷を巡りました。穣子は少しばかり手持ちぶさたにしていましたが、それでも野山の紅葉する景色を見て、とても喜んでくれました。

 その季は結局、幻想郷を半分ほど巡ったところで冬が来ました。思えば幻想郷が博麗大結界で閉じる前まで、境界はあいまいでしたから、私は全ての地を巡ったことがなかったのです。私はこの郷がそれほど広いとは知らず、残念な思いで冬を過ごしました。
 私は来季こそ、幻想郷を全て巡るつもりでいました。そうしてしっかりと秋をお迎えして、この郷を紅葉で満たしてあげたいと思いました。穣子は特に何も言いませんでした。穣子には少しばかり訳知り顔をするくせがありましたから、もしかすると何も言えなかったのかも知れません。けれど私はまた、それを同意として受け取ったのです。

 次の季から、私は紅葉の神としての役目に集中しました。秋を迎え入れるために夏頃から方々を巡り、木々の成長の具合や動物の生活の様子などを観察して、どうやって幻想郷に秋を呼ぶのが良いかを考えました。
 秋を呼ぶといっても、私には木々を紅葉させ、実を熟れさせるくらいしかできません。けれどもそうして考えた結果では、たったそれだけの事でさえ、わずか三月足らずの日々では幻想郷へ秋を迎え入れるのに時間が足りないと分かったのです。

 それからというもの、私は秋になると忙しくなりました。日の出ている時分は、穣子と一緒に幻想郷を巡ります。ときおり穣子は里へ行って、人々の作物の稔り具合を確認しますが、それに私は付いて行ったり、行かなかったりします。
 夕暮れから夜までの間は、少し休憩します。ほとんどの場合、ぼうっとして過ごすか、居眠りをします。あなたに出会った後からは、お手紙を書くのも良い休憩となりました。そうして他には、里の人からのお供え物を穣子と一緒に頂いたりもします。
 夜になると、私は穣子が眠ったのを見計らって外へ出ます。それからまた明け方近くまで、里の近くを巡ります。三月で幻想郷中を巡るには、そうしなければ追い付かないのです。
 私は、里の収穫祭への参加も辞退しました。この郷の人々はお祭り好きなようで、いつも明け方まで元気に飲んで食べて騒ぐようでしたから、私にはとても参加する時間がありませんでした。またそちらへは穣子が参加してくれましたから、私は気兼ねすることなく、役目を果たして良いのだと考えました。

 そうして一季、また一季と過ぎ、私は収穫祭へ参加しないのがあたりまえのようになりました。穣子はやはり、その事について何も言いませんでした。けれど収穫祭のあくる日には、私に収穫祭でのことを教えながら、楽しそうにほほえみました。
 私は秋を呼ぶ役目を果たしながらその話を聞きました。もちろん私は、その話を聞いて里の近況を知りましたから、まじめに耳をかたむけて穣子に相づちを打ちました。そうして話が終わると、私は安心して役目に打ち込むことができました。

 ですから私は、季を追うごとに穣子のほほえみにさした暗い影を、全く見逃がしていました。今だから分かるのですが、穣子はたびたび、悲しそうな目でほほえむのでした。
 また穣子はときおり私を呼び、もじもじとして何も答えないこともありました。それも恐らくは、私が里の収穫祭へ参加しない事を問いたかったのかも知れません。

 ある収穫祭の翌日のことでした。私が目を覚ますと、いつの間にか戻っていた穣子が祠で眠っていました。私は穣子を起こすのをよして、その日は一柱でこの郷を巡ろうと思いました。けれど出がけに、私は穣子の寝言を聞いたのです。
 それはとても弱々しい声でした。いくら寝言とはいえ、あの気丈な穣子が語る声にしては、とても寂しく、とても悲しい声でした。そうしてそれは、私に訴えかける声なのでした。
 穣子は一言、どうして来てくれないの、姉さん、と言いました。
 それを聞いて私は、胸にびしりとひびが入ったような心地になりました。ひび割れから落ちたかけらが、ころころと胸を転がって、ちくちくするように思いました。私は少しの間何も考えられなくなりましたが、気付いた時にはいつものように、林を紅葉に染め、木々に秋の訪れを伝えて巡っていました。


 (以下数行、訂正跡。端々に震えた字の一部が見える)


 私は、この手紙であなたに嘘をつくところでした。「今だから分かる」「それも恐らくは」──とんでもありません。私はこの時に、もう穣子の心の内を了解していたのです。
 そのうえで私は、私を見失わないために、了解した穣子の心を呑み込んだままいたのです。「神は万能ではありません」──そんな事、言い訳でしかありません。
 私は、穣子よりも自分を選んだのです。


 昨夜、穣子は私に収穫祭への参加を尋ねました。それまで穣子はそうした問い掛けをしませんでしたから、それが最後通牒に違いなかったのです。だのに私はいつもの事と思い、軽い気持ちで辞しました。穣子は、──


 (以下数行、点々とした涙の滲みと訂正跡)


◇◇◇◇◇◇


 月明かりが森を照らしていた。窓越しに森は見渡せないが、それでも森はまだ青々としていることだけは見て取れた。
 瘴気漂うこの森でさえ、秋には紅葉を兆す。けれど今の森の木々は依然変わらず、重たく葉を付けていた。冷然とした森の毒気のなか、すうすうと息を吐く木々は苦しそうに項垂れて見えた。

 手紙のなかの彼女に、私は少しばかり苛立ちを覚えていた。ここまで書いておきながら、何故彼女がそうした結論に至ったのか、ちっとも解らなかった。依頼内容から、いや冒頭の妹の話からして矛盾に満ちている。そう私は思った。
 けれどそれは、或いは容易に掘り返す事の出来ない、彼女の痛切な部分なのかも知れない。そう思うと私は、要所にある訂正跡を透かし見る事の出来ないのが、もどかしく感じた。

 手紙はあと二枚ほどあるようであった。私は冷めた緑茶を飲み干して、再び手紙へと目を落とした。
 一枚目には先程からの続きと思しき文章が記述されていた。


◇◇◇◇◇◇


 私は今日も、これから幻想郷を巡るつもりでいます。けれどそれは、穣子を探すためではありません。私は私のために、また私の愛する郷のために、秋を迎え入れるために巡ります。莫迦だとお笑い頂いても構いません。なぜ妹を探さないのかと怒られても構いません。私には、きっと──穣子と一緒にいる資格は、ないのです。

 普段は神などと呼ばれる私達も、結局は人々と同じなのです。とくに私などは、こうした場合にどうすれば良いのか、まるで分からないのです。
 こうした場合、人はどうするのでしょう。神頼みをするものでしょうか。けれども私達は、自然に在り、人為に在って、人々の心に感得されるものです。ですからそれは、自省とも人頼みとも言えるのかも知れません。
 そしてまた私達も、信仰する人々の念じる通りの私達も、そうするしか無いようです。人々の心から外れることのない私達は、やはり人と同じ行動しか取れないのです。
 神などと呼ばれていても、私達はずいぶん儚く、弱いものです。


 長々とした手紙となり、大変申し訳御座いません。また今一度、ご依頼申し上げます。どうか私の代わりに、穣子の助けとなってあげて下さい。


 ──かしこ

  親愛なる霧雨魔理沙様へ
  秋静葉


◇◇◇◇◇◇


 そうして二枚目にはたった一言が、無意識の殴り書きのように、こう記されていた。くしゃりと握り潰されたような紙質からは、恐らく一度書き損じとして捨てたものを、誤って同封したものかも知れない。


 ──穣子に帰って来て欲しい。


 私にはそれで十分だった。この素直でない秋神様の本心を、確かに受け取った気がした。

「全く、これじゃあまるで惚気じゃないか。流石の私も、あんたの妹には嫉妬するぜ」

 思わず私は、そう独り言ちた。そうしてこの手紙に対し、私はたった一言「承諾した」と手紙に認めて返信とした。

 素直でない彼女がこの手紙を読めば、きっと今と同じように素直でないまま、妹は私に任されたと思うに違い無い。けれど今はそれで良い。互いに素直になるには、少しばかりの時間も必要だろう。私と彼女とでは時間の感覚にも隔たりはあろうが、まあ数日といったところか。
 妹とやらも十分素直でない、どうやら似た者姉妹のようだから、まず探し出すのに時間は掛かるまい。また茸を摘んで、今度は妹のところにでも直接渡してやろう。それなら明日は手紙を返信する序でに、この塩羊羹でも持って神社にでも行こうか。茸狩りは明後日にしよう。

 私はのんびりと、そう考えるのだった。夫婦喧嘩は──いや、この場合姉妹喧嘩か。姉妹喧嘩は犬も食わない、などと思いながら。

 そうして私は、読み終えた手紙を同じように束にまとめ、紐で括り直して机の奥に大切に仕舞った。また一杯の緑茶を啜り、暫くの間は手紙に差し込まれていた楓の葉をくるくると弄んでから、私は寝直すことにした。
第二部になります。これにて秋姉妹のお話は終了です。
姉より優れた妹は居ない、そう筆者も思いますけれど、優劣など無いとも思います。ただ年長の方は、それだけ自身よりも経験豊富でありましょうから、尊敬の念を抱きます。

次回何を書くかは、これから考えようと思います。また遅くなってしまいそうです。

最後に、拙い文章で読者の皆様には毎度お目汚し失礼致します。もし何事か思うところあれば、ご意見ご感想を頂けると、筆者が喜んでのたのたします。

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コメント



0.350簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
あとがきでは謙遜しているようですが、内心自信を持って文章を書いているのが文体から滲み出ているように思います。
それは良い効果を発揮しているとも。次作にも期待しております。
3.90コチドリ削除
静葉様よ、貴女はくど過ぎる! おまけに女々し過ぎる!!

……んだけど、彼女がメソメソしながら机に向かって手紙を書いている
情景を思い浮かべると、とてつもなく庇護欲が湧いて来るんだよなぁ。
魔理沙は魔理沙で、作者様の文体とオトコマエな言動から、書生の格好を
した魔法使いが目の前にちらついてくるし。

ともあれ、前作に比べて文章が格段に読み易くなりました。ありがとうございます。
最後に個人的な我侭を付け加えるなら、手紙に関する括弧書きの箇所は、
魔理沙のモノローグで処理してもらえると、情感アップだったかな。
4.無評価削除
> コチドリ様
あうあ、痛い漢字間違い。。。失礼いたしました。これはきっちり調べておくべきでした。
ttp://www.kimameya.co.jp/mame/ireru.html
取り急ぎ突っ込み修正いたしました。ありがとうございます。
7.50名前が無い程度の能力削除
第一部の色々な謎が解けてすっきりしました。まさか魔理沙さんとはあらかじめ面識があったとは。

この第二部に関しては、個人的には静葉姉さんと魔理沙さんが直接会う形の方が良かったなぁと思いました。
依頼の部分は静葉姉さんが忙しいから手紙になるでしょうけど、第一部が終わった後日談の部分が欲しかったです。
どうも種明かしのみに終始している印象を受けたもので。
10.無評価削除
皆様ご意見、ご感想ありがとうございます。
前回および今回、もう筆者のやりたい事を詰め込み過ぎました。今更乍らバランスの大切さを感じます。

括弧書き箇所、および出会い形式のご意見、有難うございます。魅せる形式を試行錯誤しております。
拙作は筆者個人の趣味嗜好で手紙形式を書いてみたくて堪らずに。筆者には表現的な部分でまだ色々と時期尚早に感じました。精進いたします。
後日譚は、恐らく蛇足となると感じて止めました。折角のご要望、申し訳御座いません。

それにしても書生魔理沙は新しい。もう書生にしか見えない。