幻想郷は夏を迎えようとしている。
次第に深まる緑と共に、空から降る日の光も強さを増してくる。
ほんのり涼しい、心地よい風が幻想郷を包む。
木々はそれに揺られては、木の葉を擦り合わせる。
麦が植えられた畑では、次第にその色を黄金の色へと近づけていく。
大きな穂が、風に揺られる。
黄金の穂波は、とても美しかった。
田んぼには水が張られ、人々は一つひとつ、丁寧に苗を植えている。
何人もの人々が協力し合い、きっちりと間隔を空けて植えていく。
畦道に流れる小さな川に素足を曝し、昼食を取っている姿も見られる。
そんな様子を、燕達は空から見ていた。
また、雉の甲高い声が、音の遮るものの無い田園に広がる。
非常に長閑で、穏やかな風景が広がっていた。
そんな、幻想郷の人里から少しだけ離れた場所。
命蓮寺も、そんな初夏の色に染まっていた。
一羽の燕が、命蓮寺の軒下に巣を作っている。
その様子を一人、箒を片手に見ている人物がいた。
完全に掃除の事を忘れ、ぼーっとそちらのほうを見ている。
寅丸星、毘沙門天の弟子だ。
しっかり者だけどおっちょこちょい。
命蓮寺の癒しの人物的立場に君臨している。
そんでもって、私のご主人だ
そんなご主人は、巣が段々出来あがっていく様を掃除のたびに見ていた。
時折感嘆の声を上げながらも、じーっと見ている。
私も縁側の方から、ご主人がぼーっとしているのをぼーっと眺めている。
人物の観察は面白いもので、見ていて飽きない。
特に、ご主人の場合だと何をしでかすか分からないので尚更である。
そんなご主人の背後、しのび足で少女が近づいてきている。
もちろんそんなものに気がつかないご主人。
そして……
「わっ!!」
「う、うわぁああああ!!」
箒を放り投げて驚くご主人。
それを見て腹を抱えて笑う少女。
少女の名前は封獣ぬえ。
悪戯好きの困った奴。
悪戯するたびに聖に怒られているものの、懲りる事無く悪戯を繰り返す。
私も時々ぬえには手を焼く。
そして今日は、ぼーっとしていたご主人を驚かす事に成功したのだ。
もちろんご主人は黙ってはいない。
顔を真っ赤にして、吼える。
「ぬえ!! 今日と言う今日は許しませんよ!!」
「星が怒っても怖くないもんね。ほら、悔しいなら捕まえてみな!」
舌を出して挑発するぬえに、簡単に乗るご主人。
単純だなぁと思いながら、私はそれを見ていた。
命蓮寺には綺麗に整った庭がある。
それはそれは美しいもので、見る者を虜にする。
しかし、今はどうだろう。
荒れに荒れたこの庭を、誰が美しいと言うだろうか。
「あ~あ~、また派手にやっちゃって……。怒られても知らないわよ……」
「一輪、これで怒られないほうがおかしいさ」
「よねぇ……。ってか、あなた止めなさいよ。片方ご主人でしょう」
「部下に言われてしゅんとなるご主人を見るのも良いけどね。普通なら私が今のご主人の立場で、ご主人が私を止める立場にあるべきだと思うんだけどね」
「まぁ、そうよねぇ」
お茶飲む? と聞いてきたので、私は、貰うよと返す。
彼女は雲居一輪、彼女もまた、命蓮寺の癒しの立ち位置にいる。
ご主人とは違った癒し。
ご主人は見ていて微笑ましいのに対し、一輪は心が落ち着くと言うか和む。
命蓮寺の良心だ。
そんなこんなでご主人とぬえの争いをお茶を飲みながら見ている。
すると、もう一人客が増えた。
村紗水蜜、この命蓮寺の前の形である船の船長。
キャプテンムラサと呼んでいたが、今は船ではないのでキャプテンでもなんでもないムラサであるが。
「ナズーリンはいいとして、一輪まで何でゆっくりお茶飲んでるの?」
「別にいいんじゃないかい? そろそろ聖が動くだろうし」
「ってことだわ。村紗もお茶飲む?」
「私は遠慮しとくわ……って、あ」
私の隣、何時の間にか聖が座っていた。
「楽しそうですね」
湯のみ片手にそんな事を言ってみせる聖に、私は返す。
「いつものように楽しそうにやってるね。聖、止めないの?」
「まぁ、私に気づくまでやらせておきます」
「……」
あぁ、終わった後が怖いとつくづく思う。
何故か、時間が経つのが凄く長く感じられた。
聖白蓮、私達がずっと慕ってきた人物。
数ヶ月前までは封印されていたものの、巫女などの力もあって解放された。
昔のようにまた暮らす事ができるのは嬉しいのだが……。
「悪戯をした事、聖に言われたくなかったらおとなしく私に捕まることですよ!」
「聖なんて怖くなんかないね! ほら、へたれ星ちゃん、こっちへおいで!」
何だか冷や汗が出てきた。
この二人はいつになったら気がつくのだろうか。
段々隣の聖から、黒い何かを感じる。
ちらりと聖の顔を盗み見ると、恐ろしいほどの笑みを浮かべていた。
あぁ、怖い。
「もう許しません!」
ご主人が弾幕を一つ放つ。
それに対して、ぬえはそれを片手で弾き飛ばす。
弾き飛ばした先、そこには聖。
聖は微動だにせず、ただただそこに座って笑っているだけ。
そこで、やっと二人は聖がいる事に気がついた。
「「あ」」
聖の頬を掠めるようにして弾幕が流れた。
グレイズの音が聞こえたのは気のせいだろう。
依然として聖は笑みのままで、その聖の表情に二人は固まっている。
きっと、やってしまったと思っているのだろう。
だがもう遅いのだ。
「星、ぬえ。ついてきなさい」
「「はい……」」
二人は、聖の後を追って、とぼとぼと歩いていく。
「ほら二人とも。私に続いて敬礼!」
村紗がそんなことを言うので、なんとなく敬礼をする。
足をぴったりと合わせ、45度の角度で手を右の眉毛の前まで持っていく。
ご主人とぬえは、今から戦場へと向かうのだ。
それを敬礼せずにはいられなかった。
しばらくして、ご主人が戻ってきた。
先ほどの元気な姿とは打って変わって、肩を落としてしょんぼりしている様子が見られた。
「ご主人、君は実に馬鹿だね」
「出会い頭にそんなこと言わないでくださいよ……。十分反省しているんですから」
荒れた庭の前で、私とご主人はお茶を飲む。
「なんであんな簡単な挑発に乗るんだ。少しは大人になったらどうだい?」
「だって」
「だってじゃない」
「うぅ~」
何も反論する事ができないご主人は、弱々しい。
「ナズーリン」
「なんだい」
「こんな私がご主人で恥ずかしいですよね?本来ならあなたのような有能な人物が上司にいるはずなのに、私のようなへたれがご主人なんておかしいですよね……」
「ご主人?」
「毎回毎回、聖にもナズーリンにも説教されてばかりです。こんな私が毘沙門天の弟子であるなんて……」
あぁ、始まってしまった。
ある程度落ち込んでしまうと自虐的になってしまうのも、ご主人の悪い癖だ。
その癖も直すように何度も言っているのだが、結局は直らない。
昔からそうだった。
何かに失敗しては、全部自分が悪いと決め付ける。
私がご主人のせいじゃないよと言ってみせても、私のせいですの一点張り。
「……私がいなければこんな騒動には……」
「ご主人!」
「な、なんでしょう、ナズーリン」
「確かにご主人はおっちょこちょいで迷惑をかけたりするけど、それでこそご主人なんだ。だからそれで、そのままでいい。だから自虐的にならなくていい。それがご主人である証でもあるんだから」
「ナズーリン……」
「ご主人が落ち込んだなら、私が元気になるまでずっとそばにいる。ご主人の悲しむ顔を、部下がみたいと思うかい?」
「ナズーリン!」
突如ご主人は私を抱きしめる。
「いつも迷惑ばかりかけてすみません……。でも、いつもナズーリンは私を励ましてくれる。本当に私は幸せ者です。こんなへたれな私なのに……、いつも、いつも」
少し、肩が震えているのに私は気がついた。
私は知っている。
迷惑をかけてはいけないと、必死になっているご主人の姿を。
だけど、いつもその気持ちが空振ってしまう。
思いとは裏腹なことばかりで、辛かったんだろう。
だから、ご主人は今、泣いている。
「本当に……君は馬鹿だな。今さっき、自虐的になるなと言ったばかりじゃないか」
「ごめんなさい……」
くぐもった声が聞こえてくる。
私は、ご主人の頭を撫でてやる。
触ったときにびくんと跳ねたが、次第に抵抗しなくなった。
「いくらでも泣くといいさ。それでご主人の笑顔が見れるんならね」
胸の中で小さく、ありがとうと聞こえた気がした。
それに私は、小さな声で
「こちらこそ、いつもありがとう」
聞こえないように、呟いた。
初夏の涼しい風が、私の髪を揺らし、鼻をくすぐった。
封獣ぬえ?
春だと思っていたらいつの間にか夏になろうとしている…時が過ぎるのは早いですねぇ…
凄い面白かったです!
評価ありがとうございます。
名前間違えるとかもうおっちょこちょいとかそういうレベルじゃない。
星ちゃんに似たんだね、仕方ない。
つい最近まで春だと思っていたのに、この暑さはもう夏ですね。
嬉しいお言葉です、ありがとうございました。
そうかと思えばここ最近の暑さ、でもへたれ向日葵さんのSSで乗り切れましょう
ナズーリンと星のやりとりにほっこりとさせていただきました。
評価ありがとうございます。
私の住む場所は雪国なのですが、ほんと雪はもういらないですわw
嬉しいお言葉です、ありがとうございました。
東方用語まるごと辞書登録みたいなサイトがあったと思ったので利用すると大分楽になりますよ?
最初の一ページ(?)目で初夏の風景どころか爽やかな空気までもが肌に感じられるようで一気に引き込まれました。
みんなのやり取りが平和そうで、やっぱり命蓮寺一家は癒されます。
聖は見極めていたのか避けなかったようですが、こう、べしっと聖の顔面に被弾して、たらーっと鼻血なんか出てたら楽しいことになってたかもww
燕が痙攣起こしながらボタボタ落ちてきたりする光景とか想像したら素敵。もちろん聖は笑顔のままで。
「確かにご主人はおっちょこちょいで迷惑をかけたりするけど、それでこそご主人なんだ。」ナズーリン良いこと言ってるようでさり気なくヒデェwww
『寅の威を狩る子』とは違う設定なのかな? 同じだったらまた「ナズーリンのばかぁ!」が出そうだしなww
評価ありがとうございます。
この作品を書いたパソコンにはインターネット使えないし、USBも残念状態なので辞書登録のやつ利用できないんですよね、残念。
命蓮寺の人たちはですね~、ムラサとかぬえも好きなんですけどねぇ。
聖怖いですねww
ナズーリンな優しく言ってるつもりでも少しきつく言ってる感じがするんですよね。
あの作品とは違う作品ですね~。
ナズーリンのばかぁ!ってやってもよかったんですけどねw
そんな星ちゃんのイメージが確立されつつある今日この頃ですが、
良いじゃない、それでも。
例え空回りしても不器用な努力を続けて、百年に一回位は、やれば出来る子だと
証明してくれれば、十分お釣がくると思って満足するはずだよ、ナズーリンは。
評価ありがとうございます、
星ちゃんはへたれなのが大好きです、自分と同じですわ。
なんか最後のコチドリさんの言葉いいですねぇ。
評価ありがとうございます。
なんっていうか、書きたくて書いた作品だからぐだぐだになっちゃった結果です。