幻想郷中を敵にまわしても、おかしくなかった。できることなら、穏便に済ませたかったんだけど。
でも、あいつの笑顔を取り戻すためなんだ。彼女を悲しませるやつらには、私自らが処罰を与える。
私は、異端者を臭くさせ続ける。もっともっと、強烈な臭いを!
あんな食文化なんて、認めない!
==========
夜になっても、外でわいわい馬鹿騒ぎのできる季節になった。うん、いいね。春だよ、ぽかぽかの春。
春になってテンションがあがるのはリリーだけじゃない。
虫達の元気が爆発するこの季節、私だってうきうきだ。
人里の畑に行った時にね。モンシロチョウがふわふわって飛んでたの。
ここ数年はどんどん虫が少なくなっていたんだけれど、今年は大丈夫みたい。一安心、一安心。
うん。私、今日は人里に行ってきたんだ。行きつけの店で、プレゼントを買ってきたの。
ぽかぽか陽気の春生まれってのがよく似合う、みすちーへの誕生日プレゼントだ。
絶対喜んでくれる。喜ぶに違いないんだ。何しろ、あいつはいつも自分の誕生日を忘れてるんだ。
「え、今日が私の誕生日? 知らなかった、リグルありがとー! お礼にちゅんちゅんしてあげる!」
とかびっくりしながら喜ぶんだ、いつも。
さてさて今年のプレゼントは、いつもよりちょっぴり高級であらせられるお酒。
そう、笑顔のみすちーと一緒に晩酌タイム!
酔っ払ったみすちーと色んな若き過ちごっこをするんだい!
あー。想像しただけでにやにやしちゃう。にやにやし過ぎてほっぺがとろけちゃう。
おっと、いつの間にやら満月さんがお空に昇りはじめてる。飲むにはいい時間ではありませんか。
酒瓶を大事にぎゅっと抱きしめて、私はみすちーの屋台へ向かって飛び立った。
うーん、いい気持ち。星達も春霞にぼやけて、夜空に溶けている。にごり酒の中を飛んでいるみたい。
あまりにうきうきが止まらないものだから、私はもう酔っちゃってるんじゃないかなーなんて思った。
「もうやだこの世界何なの私死んでもいい?」
誰だよみすちー泣かせたの。出て来いよ、出て来いっつってんでしょうが!
屋台の中からは泣き声しか聞こえなくって。まさかと思って中に入ったら、みすちーが目を赤く腫らしてた。
あまりのショックに酒瓶が腕からこぼれ落ちて。もちろん割れたよ、盛大に割れたさ。いいもん酒とかどうでもいい。
「誰がやったの!? 世界って言ったね! そいつがみすちーを泣かせたんだ!? 世界を殺せばいいんだね!?」
みすちーの柔らかな肩をつかんで思いっきり揺すってやる。揺すったら涙がぽろぽろ落ちた。ちきしょう泣き顔も可愛い。
みすちーは何も答えなくて、代わりにそっと指をさした。その指も細かく震えてる。ちきしょうその白い指も可愛い。
指さしたその先には紙っきれがある。さすがは下衆野郎、黒々と薄汚れているじゃない。
「こいつか! この紙野郎、何みすちー泣かせてんだおら!」
文字通り八つ裂きにしようとしたが、何かが私の目に飛び込んだ。ああ、文字だ。新聞だ、これ。
ええと、どれどれ……。
「今、雀が熱い! 雀串ブーム到来。花見の席で口にする者が激増し……」
「よ、読み上げないでよ!」
「おっとごめん、悪かった」
ともかく、みすちーの涙の理由はよく分かった。
焼き鳥を封じるために、彼女は何年八目鰻焼いてると思ってるんだ。
ずっとがんばってきたのに、ひどい。何も報われていないじゃないか!
何だか、自分まで泣きたくなってしまう。
「……このままじゃ、絶滅するかもしれない」
みすちーがコップを傾けながら、言った。飲んでたのか、この泣き上戸め。
だが酔っ払いの言葉とはいえ、聞き捨てならないものがあったぞ。
「ぜ、絶滅だって!?」
「いつもはさ。この時期の雀って毎朝ちゅんちゅんってうるさいくらいなんだよ」
「確かに、そこら中どこを見てもいた気が……」
「それが今年はちょっと、静かになっちゃったんだよ。寂しいよ、私……」
最後のほうは、声がかすれてしまっていた。
いつもは馬鹿みたいに明るいみすちーが、今はこうだ。また、だんだんと腹がむかむかしてきた。
何とかしてやりたい。何とかしてあげないと、いけない。
そうだ。今日はみすちーの誕生日じゃないか。
お酒はあげられなかったけれど、笑顔を取り戻してあげればいいじゃないか。
それが、彼女への最高の誕生日プレゼントなんだ。一日じゃ到底できっこなさそうだけど。
「まかせてよみすちー。私にいい考えがある!」
「……考え?」
「へへん、まあ見てなって。雀いっぱいの世界を約束して見せるよ!」
「ほんとに!? でも……」
「いいっていいって! みすちーのためならどんとこいだよ!」
一転してみすちーの表情が、ぱっと晴れた。ああ、このために生きてるんだなあ。
みすちーの笑顔を守るために、私は戦う。
どうせ、あの亡霊嬢が雀を食い散らかしているに違いないんだ。
そんなわけで、私は白玉楼に宣戦布告をたたきつけることにしたのであった。
そしたら負けました。はい、数分で負けました。スズメバチ空襲部隊もムカデ地上部隊も、突撃させた瞬間にゴーツースキマ。
なんでよりによって紫さんがいるのさ。いなくてもこの分じゃ結果は同じだったろうけど。
気づいた時には私、どっかの畳の上で正座させられたまま動けなくなってるしさ。
ロープも何もないのに、不思議。
目の前には例の紫さんに幽々子さんのコンビ。いつ殺されてもおかしくないね、私。
なんともまずいな。
「あなた、温厚な妖怪だと思っていたんだけどねえ。何か理由があったのでしょう?」
先に口を開いたのは紫さんであった。彼女の目の奥が、ぎらりと怪しく輝いている。
こういう緊張を避けられぬ場面、私は苦手だ。逃げ出したいくらい。元凶は私なのだから、そんなことは許されないんだけれど。
「いやほんとこの度はすいませんでした申し訳ないですごめんなさいもう二度としません反省してまーす」
「謝るのはいいの。理由があるはずでしょう? 動機ってやつが」
極めて事務的な発音。機械と話しているようだ。でも、胡散臭いとかいうわりに、紫さんは真剣に話を聞いてくれそうだ。
というか、幽々子さんのほうはずっとにやにやしながら見つめてくるし。こっちのがよっぽど胡散臭くて性質が悪いよ。
じっと幽々子さんを見ていたら、紫さんに冷たい眼差しを浴びせられた。ほら、こっちのほうが真面目だ。
でも、きちんと話そうとしても、のどとほっぺとあごが震えて、皺くちゃな声になってしまう。
「……雀を守りたくて。ミスティアを何とかしたくって。ついかっとなってやりました……」
「雀? ああ、雀串のことかしら。幽々子、確かによく食べてるけど」
「ええ、たっぷり。けれど、何も悪くないわ。食する事、それ即ちジャスティスなり」
「な、やっぱり……」
やっぱりこいつが元凶じゃないか。
あんなにみすちーが悲しんでいるのに、悪びれもせずにジャスティスだなんて言う!
思わず歯をかみ締めた。
だけど今の私には、それしかできない。元凶が目の前にいても、私にはどうすることもできない。
「で、この子どうするの?」
「ついかっとなって、ねえ……。なるほど」
紫さんの声は抑揚が無いけれど、なぜだか温かみがあるように感じられた。
彼女は私を理解しようとしてくれてるんじゃないか。
ほら、紫さんが素敵な笑みを浮かべて……。
「じゃあ、極刑ね」
わーい、死刑宣言だー! 冷ややかに言い切りやがりましたね。
判決ってこんなあっさり出るものだったんだあ。
いやだ、死にたくなーい!
「極刑イェーイ♪」
「極刑いぇい♪」
楽しそうにハイタッチを繰り返す妖怪乳変化達である。何なのこいつら。
……本当に死ぬんだろうか。その気にされたら私、数万回殺される自信があるもん。冗談でも済まされないって。
「冗談で済まされないことをしたのは、あなただけどね」
「ひぇ! す、すみません!」
何だか心の底まで見透かされてるし。
突然真顔に戻る紫さん。うわー、マジだこれ。マジだよこれ。どうするよ、どうするよ私。
「そうね。あなた、命蓮寺に行ってもらおうかしら」
「……へ?」
「安心しちゃ駄目よ。あそこに行ったら人も妖怪も、皆『いい子』にさせられるのよ。妖怪にとっては精神が殺されると言っても過言ではない」
「要するに、いい子になってこいと?」
「そういう話」
紫さんがぱちんと指を鳴らした瞬間に、体を縛る魔法が解けた。おお、手足も触覚も動く。
命蓮寺に行ってくるだけ、か。よかった、大したこと……。いや、あるかもしれない。この紫さんが考えることだ、裏があるに違いない。
どうせ滝にうたれたり、二十四時間耐久座禅させられたり、熱い風呂の中に入って修行するぞって叫んだりするんだろう。
でも、いい子になれるならそれでもいいかもしれない……。
「リグル」
その時、初めて幽々子さんが私に向かって話しかけてきた。
今までのにやつきはどこへやら。いつの間にか鋭い眼差しをしていた。
「足元に、気をつけてね」
釘を刺すように言って、扇子で私の足元を指した。
足元? 足元といっても、ぽっかりスキマが開いている以外、おかしいところはないじゃない。
……あれ?
「ひゃああああ!」
「行ってらっしゃーい」
やっぱりこいつらのこと、あんまり理解できない。
気持ちの悪い眼と手がうじゃうじゃいる異次元空間の中で、私はまた、みすちーのことを思い出していた。
雀いっぱいにするって約束したもんなあ。できないのなら、謝るしかないか。
何だか投げやりになって、諦めかけてしまっていた。
「それで、ミスティアが泣いていて」
「ええ、ええ」
命蓮寺の中は、いぐさの涼しい香りで包まれていた。
スキマからダイレクトに玄関までふっとばされた私は、この白蓮さんという方まで通されたのであった。
さっきの胡散臭いツートップにも負けぬ嫌味なスタイルだ。発育格差社会もどうにかならないのかな。
そんなジェラシーボディな彼女、笑顔で手を合わせながら、何度もうなづいて話を聞いてくれる。
いい人なのかもしれないな。
すっかり気を許した私は、事の始めからここに来るまでの一部始終を話すことにした。
「……それで、紫さんに話したらここに来いって言われて、来ちゃったのでした」
こうも母性溢れる笑顔の前だと、何でも話せてしまうなあ。
……あれ。いつの間にか笑顔が消えているんですが。肩をぷるぷる震わせているんですが!
「ゆ、許せませーん!」
「ひ、ひぇえ!」
突如、荒げた声で許さない宣言! やっぱり駄目だったか! この人、絶対戦争とか嫌いだもん!
ああ。やっぱり私、許されざることをしたのね。これから楽しい修行タイムが始まるのね。
「うわあ、すみません! だから命だけは勘弁を!」
「ああ、興奮してすみません! あなたはそれでいいのです」
「……え?」
「もちろん、争いはよくありません。しかし、友を思うあまりにしてしまったというのも、よく分かります」
また白蓮さん、ヒートアップしはじめた。わ、私、どうすればいいの?
やっぱり駄目だったよね。過激な活動、駄目だったよね。
謝ろうとしたその一手先に、白蓮さんの言葉が聞こえた。
「私が許せないのは、ミスティアさんを救う人が他に誰もいない、この幻想郷です」
「な、なんですと!?」
「娯楽としての食が、弱い妖怪に苦しみを与えているのです。このような食文化、認めたくありません」
白蓮さんに笑みが戻って、私の両手をがっしと掴む。
なんというベジタリアン。目が、きらきらしてる。
「人も妖怪も、できるだけみんなが笑顔になってほしいのです。雀串という贅沢品が、あなたの友達を悲しませているのなら。それは規制されるべきなのです!」
「分かって、くれるのですか!?」
「もちろんです! この問題は命蓮寺一同、全力で取り組んでみせましょう!」
理解者ができた。私にとうとう理解者ができた。
しかも全力で取り組んでくれるだなんて。ありがたすぎる! 胸が大きくてもいい人っていたんだね。
「ありがとうございます! 私も友人のために、できる限りがんばります!」
「ええ。よろしくお願いします、リグルさん」
最高の出会いに、乾杯。これであの約束を果たすことができる!
見ていてみすちー。幻想郷に雀の声を取り戻してみせるから!
==========
命蓮寺メンバーと共に雀を救おうではないか。
そんな協定を結んだ私。とりあえず、雀の多い人里近くの平原へとパトロールしにやってきた。
おっと、早速いたいた。雀が四、五匹群れて、ちょんちょんと草原を歩いてる。
「そりゃー。雀、死ねー!」
な、なんですと!
春の日差しの、こんな平和なぽかぽかの下で、何をしてくれやがりますか。
しかも、これはこれは幽々子さんではないですか。
こいつ、極上の笑顔で雀をレーザーで打ち抜かんとしてるんですけど。
横で控える妖夢っ娘さんだって止めようとすらしてないし。
こいつら、ぐるだ。ぐるで雀殺しか。
というかやっぱりこいつらが元凶じゃないか。こりゃあ許せねえ。みすちーのために許せねえ。
「そこの亡霊、止まりなさい!」
「あらら、またまた御機嫌よう」
「機嫌よくないよ! 結局あんたらの仕業じゃないか! 雀を食べるなんて、野蛮じゃない! もしやめないと……」
雀がピンチな時のために、季節はずれのセミ部隊を聖輦船に置いてきた。こいつらを操って、緊急アラームを発動させるんだ。
あとはナズーリンさんとやらが居場所を特定、船がやってきて何とかしてくれるって話。
作戦名は「Saving the Sparrows by Seiren-Ship」、通称「SSのSS」作戦である。
さて、果たしてうまくいくかどうか……。
「幽々子様、ここは私におまかせください」
ああ、妖夢がずずいと前へ。あくまで邪魔はさせないというのか。一体、雀にどんだけ執念持ってるんだ。
「えー、何で殺る気まんまんなの? 仕方ないなあ。カモン、聖輦船!」
叫んだ瞬間、上空から大気を震わせる轟音が鳴り響く。
瞬間、あたり一面が影に包まれた。
雲をかきわけ、重々しく降臨するその様は、まさしく聖輦船であった。
「おお、来た来た! 急いで、早速雀のピンチだよ!」
「あいつが、やつの味方ね。たたっきってくれる!」
妖夢が声を上げながら、上空へ突進!
と、同時に聖輦船が巨大化!? いやいや、急発進したらしい。いきなり猛スピードで降下しはじめた。
いきなりのことに妖夢、びっくりしながらも止まれない!
ああ、妖夢の頭は船底一直線! 目をそらした瞬間、鈍い音が……。
「いったあ! 急にぶつかってくるなんて反則ですよ!」
ごめんなさい、零人全霊になったらごめんなさい……。って生きていた! 良かった!
うん。いくら妨害するとはいえ、大事があったらいけないよ。
文句を言われながら、荘厳でもなんでもなく聖輦船は着陸を終えたとさ。その甲板の上で、船長が仁王立ち。
「こ、こらー! 急に人の船にぶつかってくるなんて、反則だよ!」
えー。責任のなすりつけあいが勃発してしまったよ。
妖夢も負けじと顔を赤くして反論。そりゃ、そうだ。
「ち、ちが! そっちが最初に!」
「妖夢?」
「うう、分かりました……」
何だこりゃ。幽々子さん、一言で制しちゃったよ。
このツーカーコンビめ。これだけで醜い水掛論を防ぐというのか。
何て恐ろしい、こいつら只者じゃない!
「村紗?」
おっと、今度は船長の背中に白蓮さんがいつの間にやらスタンバイ! 素晴らしい笑顔をしております。
船長、こっちはみるみる顔が青ざめていく。ああ、この人たちって基本、暴力禁止だもんなあ。
「ごめんなさい、私の操縦が乱暴すぎましたー!」
「そ、そんなことありません! 村紗の操る聖輦船です。いつも安心して乗っています。怒ってなんていませんよ」
「ひ、聖ぃ……。でも、でも!」
「いいんです、村紗。話は中でじっくりみっちりと聞きますから。ささ、着いてらっしゃい。怒ってなんていませんよ」
「ひ、ひー! リグル、助けて! このままじゃ私、『めっ』って言われながらおでこつんつん二百回の刑だよ助けて聖、引きずらないでー!」
えー。こっちはこっちで何だこりゃ。二人して和気藹々と船の中に戻っていったし。
うわーん契約違反だー。結局、何もアクションしてくれなかったし。
……って、いつの間にか、幽々子さんの手の中に雀がいるし。
やめてくださいよ本当。そして命蓮寺の皆さん何とかしてくださいよ本当。
他力本願でごめんね。でも幽々子さん怖い、私にゃ手出しできない。
「ご主人、あいつだ!」
「何てこと、雀を捕まえるなんて! その娘を放しなさい!」
と、船長と入れ替わりにナズーリンさんに星さん。甲板をばたばたと駆けてやってきた。祈りが通じたのね!
幽々子さんを一目見て、標的を確認。
星さんの持つ宝塔に黄金色の光が集まっていく。
その光景に誰もが目を奪われた。
星さんがゆっくりと息を、のんだ。
「いきなりですが、お許しください! 宝塔レーザービーム!」
「うおお、眩しい!」
炸裂したのは、針のように鋭い光だった。
もはや、誰もが目を開けていられないはず。太陽のど真ん中へ飛び込みに行ったかってくらい、明るい!
……って、眩しいだけか! 確かに、なるべく人を傷つけないのが原則って話だけど!
「ふん。視覚などに頼らずとも、心一つあれば、斬れる!」
妖夢の声。なんてこった。目潰しも効果なしか!?
どうやらまた突っ込んでいるらしい。何でこいつはいつも捨て身タックルなんだ。
「目の前の相手ばかり考えてるようじゃ、盲目と同じだね。私の子ネズミ達は、もう君の主人を狙っている」
今度はナズーリンさんの声だ。
眩しいだけじゃなかった。星さんのレーザーと同時に、すでにもう一つの作戦が始まっていたんだ。
星さんのレーザービームがようやく、和らぐ。と、同時に状況確認、目を開ける。
なんと幽々子さんをとり囲むように、妖怪ネズミが立ち構えていた。
「しまった、幽々子様、今戻り……」
「みんな、アレを発射するんだ!」
その掛け声が引き金だ。
妖怪ネズミの一匹一匹が、弾を幽々子さんめがけて投げつける。
……ん、弾? そいつはいけない! どうせ倒せっこないんだ、幽々子さんに攻撃なんて、死ぬに等しい行為だ!
「わわわ、ナズーリンさん! それ、駄目! 後が怖いから、駄目ー!」
「せわしないね、君は。心配しなくても大丈夫だ。よく見るんだ。いや、見ても分からないかな?」
幽々子さんの着物についた、黄色くてべたべたした弾。見ても分からないとなると……。
どういうことかすぐに分かった。私の触覚がぴんぴん反応している。
臭い。あの弾、強烈に臭い。あれだ、銀杏が腐ったような臭いがする。
「やりましたね、ナズーリン!」
「どうだ、これが腐ったチーズ弾! 雀を食べるものは、みんな臭くなってしまうのさ!」
何てことだ。これは確かに、暴力で訴えるより効果的かもしれない。
腐ったチーズ弾を浴びた幽々子さん。うわあこれはこれで陰湿だよ殺されちゃうよやめてくださいお願いします。
ことに気づいた妖夢、目に涙を浮かべて幽々子さんに駆け寄った。
「う、うわあああ! 幽々子様、すみません! すみません! すみませんー!」
「いいのよ妖夢。私がいけなかったの。雀を食べると臭くなる。当たり前の結果じゃない」
「当たり前じゃないです! 私がいながら、幽々子様をこんな目にあわせてしまうなんて!」
「そうじゃないの、妖夢。雀はね、臭いの。雀はとっても臭い生き物なの。ザ・ベスト臭い生き物イズ雀だもん」
うわあ、何だか変な曲解を始めたぞ。
雀が臭いって。みすちーに怒られそうな会話を次々と繰り広げてやがりますよ。
「そうなんですか? 雀って、臭いんですか?」
「そうよ、妖夢。雀はとっても銀杏臭いのよ。触っただけでこの通りよ」
「なるほど、そうだったんですね! もう、幽々子様ったら、臭いのを捕まえちゃ駄目ですよ?」
「はーい」
えー。何で和やかムードに持っていけるんだ。やっぱり只者じゃないよ。
でもいっか。雀が臭いとなればイメージ悪化。食べる人も少なくなってくれるかもしれない。
それに、なんとか丸く収まってくれるような……。
「――と、いうわけであなた達?」
「は、はいい!」
幽々子さんが私達に目配せしながら、あくまで穏やかな声で言ってきた。
理不尽な目に合いながらも、どうして笑顔を絶やさないんだろう、この亡霊さん。
でも何だか、あんまり見ていて落ち着ける笑顔でないような気がする……。
「あなた達の意思はよく分かりました。雀、控えることにするわ」
「え。そ、そんなあっさりと、いいんですか?」
「いいも悪いも、私がそう決めたんだもの。今、決めた。いいのよ、もう雀には飽きてきた頃だし」
まさかの、雀控え宣言。幽々子さんの口から飛び出すとは夢にも思っていなかった。
控えるじゃなくて、食べないにするよう交渉する度胸など、私には微塵も無かった。
「本当に?」
「本当かどうかは、見ていれば分かるわ。ね、妖夢」
「はい。雀、臭いですし」
「あ、えっと、ありがとうございます……」
何故か飛び出した、感謝の言葉。
雀食いの元凶を断った! これでみすちーも大喜びのはず!
……でも、なんだか後味が悪い。悪いことしてしまった。
ばつが悪くなって、後は何も言えなかった。その間に、幽冥コンビは帰っていってしまった。
「……よかったんですかね」
星さんが漏らしたその言葉、それは私の気持ちを代弁しているかのようだった。
「雀の命を守るためだ。仕方ないさ。そういう任務なんだから。そうだろう、リグル」
「う、確かに、そうだけれど……」
意味ありげに、ナズーリンさんが私の名を呼んだ。
なんだか、いけないことを依頼しているような気が、そんな予感が頭をよぎる。
でも、でも! 雀を守るってこと、幽々子さん達もちゃんと分かってくれたはず。
こんなことでも、結果としてみすちーが笑顔になってくれるんだ。
その目的のためなら、多少、犠牲があっても仕方ないよ。
「あとは、君の気持ち次第だ。君は、本当にこれを続ける気なのかい?」
ナズーリンさんの言葉が、追い討ちをかけるように私の心に揺さぶりをかける。
だけど、私は揺れない。
決めたんだ。みすちーとちゃんと、約束したんだから。
むしろ、ここで止まるほうが、おかしい。
幽々子さんにだけ嫌な目に合わせるなんて、不公平じゃないか。
一度やってしまったことなんだ。
雀を食べようとする者には、きっちり同じように制裁しなくちゃ、いけない!
「もちろん。もちろん、続けたいよ! これからも、お願いできるかな?」
「君も、中々に馬鹿だねえ。いいよ、君がその気なら、こちらも手を貸す」
「えっと、協力ありがとう! お願いします!」
確かに、私は馬鹿だ。というより、どこか狂っているのかもしれない。
みすちーのために、こんなになってしまっているなんて。
だけど彼女との約束を果たすには、犠牲が必要なのだ。
そのことをナズーリンさんは、きっと見抜いていた。
==========
臭撃作戦による雀救出活動は、効果抜群だった。
臭くなる、というのは弾幕勝負で傷つくのより、遥かに避けられるのだ。
色々と敏感な少女(自己診断を含む)ばかりのこの幻想郷、臭いだなんてもってのほかである。
雀串ブームは幕を閉じるどころか、むしろ危険視される声まで出てきたほどだ。
「雀を食べるやつは臭い、臭くで自分の臭いで死ぬ」
活動の甲斐あって、そういった噂が流れ、新聞記事にもなったほどである。
雀肉に含まれる水銀が化学変化を起こして悪臭を放つようになるとか、なんとか。
この新聞記事、何故だか新聞大会で賞も取っちゃったみたいだし。少々大げさなほうが受けがいいのかな。
ともかく。こうなると、もうほとんど誰も、雀を食べるものはいなくなったのだ。
雀は二、三週間でその数を爆発的に増やし、森では雀の声が絶えないほどになった。
まさかここまで早く増えるとは思わなかった。驚異的な復活っぷりに、どこか恐ろしささえ覚えてしまう。
怖いほどの成功だった。だけど何はともかく、私はついに達成できたのだ。みすちーの約束を果たすことが、できたのだ! 大勝利!
途惑いもあったり、疲労もきついけど、これでみすちーは喜んでくれるはずだ!
ハッピーエンドのゴールテープはもはや目前!
そう、思っていたはずなんだけれど。
「みすちー、おひさー。やってるー?」
「お、久しぶりー。どうしたの? 最近顔出さないから、何かあったのかなって思ってたよー」
「うふふー。それより、どう? みすちー。最近どうよ。はっぴー? アーユーハッピー?」
みすちーの笑顔が見たい。ただ純粋にその気持ちで、屋台にやってきた。
最近は、どうも疲れがち。わりと死ぬほど、疲れてる。だけど、みすちーの笑顔を見ればそれもふっとぶはずだ。
雀が増えているのは、誰もかれもが気づいてるほど。みすちーだって、もちろん。
だから、きっと嬉しそうにしてるんだろうなって思っていたんだ。
「えっと? 突然そんなこと言われてもー」
首をかしげながら、みすちーは八目の串焼きを差し出した。
確かに突然「幸せですかー?」って聞くなんて、宗教じみているな。
「もう、鈍感なんだからー。前、約束したじゃん。ほら、覚えてる?」
「約束?」
「そうよ。幻想郷を雀いっぱいにするって、約束」
「……わあ、全ッ然覚えてない! リグル、ごめんね!」
わあい。さっすが鳥頭だあ。そうか。あの晩、みすちー酔いつぶれてたもんなあ。
酔ったみすちーって記憶力激減、三歩歩こうものなら幼児退行起こすほどだ。
そっか……。約束、覚えてなかったか……。
「がんばっちゃったよ、雀のために。パトロールして、船を突撃させて……」
「……それって、雀救助ってやつ? お客さんからそんな話、聞いた……」
「おお、それだよ! そっかー。知ってたかー。えへへ……」
なら、良いんだ。約束なんて覚えてなくっても。
覚えていても、覚えていなくても、雀が増えたのは事実。
みすちーのためになったんだ。だから、これでいいのだ。
「雀、いっぱい増えちゃったよね」
「でしょでしょ?」
胸を張るのもちょっと恥ずかしくって、串焼きに手を伸ばした。
おおう、この甘辛いたれ。久々に食べるとおいしく感じられるの、何でだろうね。
このたれのように、喜んでくれたみすちーと甘くて深みのある夜を過ごせたら……。
「ありがとう……。でも、お願い! そんなこと、もうやめて?」
「うんうん……。……へ?」
串が、ぽろりと手からこぼれ落ちた。
こんなに言い辛そうして、苦そうな顔を私に向けたのは、初めてだったから。
何て言った? 今、みすちーは何て言った?
みすちーの言葉は簡単だったはずなのに、頭がうまく咀嚼してくれない。
「私のためだってのは、確かに嬉しいよ? でも、やっぱり嬉しくないよ、こんなの!」
「み、みすちー!?」
「あ……。ご、ごめんね!? せっかくがんばってくれたのに、こんな……」
「い、いや。私こそ、ごめん……」
私はもはや、何を謝っているのかも分からない。単に形式的な謝罪。頭の回転が全く追いつかない。
みすちーの拒絶は明らかだった。ひどくうろたえて、私と地面を交互に見比べている。
雀がたくさんいる幻想郷は、彼女にとって理想なんじゃ、なかったのか?
雀問題の、根本がひっくりかえりそうで、くらくらする。
「リグル……。私が悪かったよ。雀を増やすだなんて、そんな約束、受けさせちゃったんだもん!」
「ち、違う! 私は自分で! 自分で決めたことなんだよ!」
心に誓って、そうだった。
頼まれたわけでもない。ただ、泣いていたみすちーを見るのが嫌だっただけ。
だけど。
みすちーの声は、段々と涙を含んだものになっていた。
「じゃあ、どうして? どうして、雀を増やそうなんて……」
「どうしてって……。ただ、みすちーのために……」
「そんなの、嫌だよ……」
どこか哀れんだような、憂えた眼差しを私に向ける。直後、みすちーの震える人差し指が、その先の鋭い爪が、私を示した。
あの時みたいに、可愛いだなんてのん気に思えなくて。ただ、怖かった。
潤いに潤ったみすちーの瞳が、私を貫いている。
「リグルが犠牲になって! それで雀が増えるなんて。絶対に嫌だよ!」
叫ぶように、突きつけられる。
分かっていた。分かっていたけれど、知らん振りしていてほしかった。
偽善者でも良かったんだ。みすちーが喜んでくれるなら、私はそれでよかった。
「犠牲って……。私が、犠牲っていうと。やっぱりその、雀が増えると……」
「当たり前の話じゃない。虫さん、食べられるに決まってるよ。だからお願いリグル。雀を増やすの、やめて! じゃないと……」
「でも! 私はほら、大丈夫で……」
雀は雑食性だ。当然、虫もよく食べる。
雀が増えると、虫は減る。当たり前のことだった。
虫が少なくなるとどうなるか。私は蟲の妖怪だ。私の力が減衰していくのは明らかだった。
でもそんなこと、些細な問題なんだ。
私はそう思っていたんだけど、みすちーはそうでなかったみたいで。
「嫌だよ! こんなの私、ちっとも嬉しく……」
とうとう、みすちーの目から涙がこぼれた。
私の心の基盤が、音を立てて崩れる。
みすちーの笑顔のために、がんばっていた。つもりだった。
「う、あ……」
悲しませるつもりじゃなかったのに。悲しませるつもりじゃ、なかったのに。
みすちーを助けるためと思っていた。けれど、みすちーの気持ちを、いつの間にか忘れていた。
そんな自分が嫌で、自分から逃げたくて、情けなくって席を立つ。
否、立てない。
「リ、リグル?」
足に力が入らない。立ちあがる力が、ない。
屋台のカウンターを手で押して、それでやっと、立ち上がる。
でも、駄目。
足が震えて震えて、止まらない。
立ち続けるほど、膝が固くならない。
「なっ……!」
全身が、弛緩する。私の体にはもう、どこにも大地を支える力が残っていなかった。
現実離れした浮遊感に包まれる。土が、私めがけて駆け寄ってくる。
「足元に、気をつけてね」
幽々子さんのこの言葉がふと、脳裏に浮かんだ。
==========
頭が、ぼーっとする。
体も思うように動かない。
布団の感触。そうだ、気を失って……。
目を覚ますと、我が家の天井が見えた。
そして、私の顔を不安げに覗き込む、みすちーも。
「リグル! ああよかった、心配かけちゃって、このー!」
「み、みすちー……」
どうやら介抱されていたらしい。
心配されちゃって、私はなんだかグロッキーで。
申し訳ないって気持ちが、お腹にのしかかってくる。
「御機嫌よう、リグルちゃん」
「えー」
もうひとつの視界の隅に、あんまり見たくないものが見えた。
恐怖の大妖怪、紫さん。何でこんなところにいらしてるんですか。
彼女がいると、何だか治りが遅くなりそうで困る。
「そんな迷惑そうにしないでいいじゃない、ねーみすちー」
「リ、リグル。ちゃんとお礼言わないと! リグル、治してくれたの、紫さんだよ!?」
「え、そ、そうなんですか!? あ、ありがとうございます……」
「大したことしてないわよ。ちょっと外から、虫を盗んできただけだから」
さすがは幻想郷屈指の何でもあり屋さんだ。どんなこともしてくれる。
……とはいえ、なんでわざわざ私を?
「水、飲む?」
「あ、はい。ありがとうございます……」
紫さんが優しくしてくれるっていうのはやっぱり心底不気味だ。
根に持ってるのかな、白玉楼の一件のこと。
でも、今の紫さんはあの時より、ずっと柔らかな目をしている。
「いじわるしてごめんなさいね。ちょっと、様子が見たかったの」
「……様子っていうと?」
「あなたと、それから聖白蓮の行動」
……となると、紫さん、どこまで計算で!?
私、利用されちゃった? あるいは、白蓮さんを利用して?
ちょっと分からないぞ。
「ここんところ、新しい勢力が入りすぎなのよねえ。あらかた、問題はないんだろうけれど、万一があったら困るじゃない?」
「それで、私を?」
「あなたがどう動くのかも、興味あったし、ねえ。逐一観察させてもらったわ。楽しかったわよ」
最初から全部見ていたのかー。どっきりじゃあるまいし。
そうか、だから私をすぐに助けることもできたわけで……。
レールの上を歩かされていたみたいで、操り人形にされていたみたいで、何だか怖い。
紫さんが、何か含んだ笑みを見せながら、続ける。
「でもねえ。あなたも聖白蓮も、ちょおっと周りが見えてなさすぎじゃないかしら?」
「ま、周り……?」
「そう、周り。あなたに関しては、自分の足元さえも見えていない。いや、見ていないのかしら?」
「自分よりみすちーだって思ってたから……」
「よ、ねえ。やっぱり。まるで妖夢そっくり、いつでも突撃隣の敵討ち。見てる分には可愛いわよ。一生懸命で。でも……」
捨て身タックル少女と私が重なるのだと、紫さんは言い出した。
確かに妖夢も、幽々子様のためにうんぬんと言ってた気がする。
紫さんが、わざとらしいため息を漏らして続けた。
「自己犠牲って、あなたが思っているよりいいもんじゃないわよ。もっと賢く生きればいいのに。ねーみすちー」
「そ、その呼び方、いつまで……。でも、ほんとそうだよ。リグルが傷ついて、それで私が得するなんて……。苦しいよ、とっても」
「は、反省しています……」
私が犠牲になるのが、みすちーは嫌がってくれている。幸せなことじゃないか。
無茶は、いけないなあ。心の奥に刻んでおこう。
でも、それでも。
減っていった雀のことが、気になる……。救おうとすると、痛い目を見るはずなのに。
「でも、もう一つだけ反省してもらいたいことがあるのよねえ」
「えー」
白玉楼の一件? それともSSの過激な活動?
大丈夫、その二つはもう、すぐさま土下座したいくらいに反省してる。
何が来るかと待ち構えていたら、意外なところから紫さんは切り出した。
「雀串ブームを作ったのは、私達でね」
「ちょ、ちょっとお!?」
みすちーが途端に食いついた。
何だかんだいって雀串のこと、みすちーは気にしていたんだなあ。
「あれがないと、丁度今みたいに雀は増え放題、虫は激減。秋になると、米は大凶作。人間達からも恨まれる、なんて?」
「う、うー……」
デメリットが遥かに多いとまくし立てる紫さん。みすちーを一発で黙らせた。さすがだ。
だけど、一つ、ひっかかっている。
「でも、なんかおかしい……」
「あら、やっと気づいたの?」
「いくらなんでも、雀が増えすぎているような……」
そう。SSの活動をはじめて、雀の数は急激に増えた。でも、それはおかしい。
生き物は繁殖活動をして、ようやくその数を増やすことができるからだ。
急に減ることはあっても、急に増えることはないはず。そのはずだったのに。
「あらー。よくそこまでたどり着けたわね。ちょっとは賢いのね」
「……その理由。知ってる、よね?」
「もちのろんロン、チートイツでございますわ」
にこにこしながら言ってくれる。
が、そのにやにやが瞬間にして、ふっと消えた。
いつか見た、あの鋭い眼光をそこに潜ませる。
「外の世界。随分、雀が減ってきているのよ」
「え……!」
すぐさま声をあげたのはみすちーだった。
みすちーの雀愛は、幻想郷を超えて外の世界をも包んでいるのだろう。
……なんだか、みすちーが可哀想だ。幻想郷でも、外の世界でも雀が減っているなんて。
「でも、単に減るってだけが事の原因じゃないの。分かるでしょう、リグル」
「え、えっと?」
「あなたと同じ道を、雀は歩みつつあるのよ」
雀と私が同じだと言っている。どういうことだ。
私は蟲の妖怪。それ以前に私は、蛍の妖怪だ。
そこで、気づく。外の世界での、蛍の立ち位置。雀に、似ている。
「蛍のこと、言ってるんだよね? まさか、少なくなるってだけじゃなくて……」
「そう、忘れられてきている。蛍のように。信じられないかもしれないけれど、雀を見たことがないって子どもも、少しずつ増えている」
「そ、そんなに……!?」
「こうなると、雀を見たって分からないのよねえ。それが雀だって、分からないから。外の人間にとっては、雀も雲雀も同じ、ただの鳥なのかもね」
これが、根っこにある問題だった。
だから、ここの雀は一気に増えたんだ。それこそ、雀串ブームを起こさないと、増えすぎるぐらいに。
みすちーはショックだったのだろう、うなだれてしまっている。みすちーのかみ締めた声が、部屋に響く。
「外でも生きていけなくて、こっちじゃ食べられて……。可哀想だよ」
「仕方ないよ、みすちー。紫さん、多分みんなのこと思って、雀串ブームなんて流行らせたんだよ」
「あらあら、世のため人のためだなんて、私に最も似合わぬ言葉ですわ」
そうなのかなあ。でも確かに、似合うようで似合ってない。
そんなことを思っていると、紫さんがふわっと宙に浮いた。
「……というわけで、納得した?」
「は、はい。とてもよく……」
というか、納得しなかったら「危険分子め、死ねー」とかされそうで怖い。
みすちーはというと、ようやくといった感じで頭を下げていた。
「そう、よかった。それじゃあ私はこの辺で。お大事に、ね」
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
問題はきっと、まだ解決していない。
残された課題が、もう一つある。心のもやもやがとれないではないか。
「何か?」
「その、幽々子さんに、ごめんなさいって。だから、お願いだから雀、また食べてって……」
「リグル……。そ、そうだよね」
あのやりすぎた腐ったチーズ事件、どうしても気にしてしまう。
最近は謝りっぱなしだけど、一番にそうしたいのは幽々子さんにだった。
それ以前に、雀が多いままだと、すぐさま私はノックダウンだ。
幽々子さんのがんばりがないと、駄目だ。
「ふふ、気にしないでいいのに。幽々子はそんなに心の狭い娘じゃないわよ?」
「ゆ、許してくれますかね……?」
「許すも何も、もうあの娘は雀、食べ始めてるわよ? あなたがお眠りの間に」
さすが紫さん、仕事がはやい。
ここまでしてくれるなんて。何でなんだろうね。よっぽど暇なんだろう。
「まあ、よろしく言っておいてあげるわよ」
「あ……。紫さん、ありがとうございました!」
私が言い終わる前に、紫さんは闇へと溶けていった。
何だかどっと疲れが押し寄せてきた。
体調、何とかしないと。
早く治らないと、みすちーがどんな顔を見せるか分からないし。
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リグル、大復活。早速、やらねばならぬことをせねばならぬ。
雀救助活動を廃止するため、私は命蓮寺に頭を下げに行った。
メンバーはみんな物分りが良くて、(ナズーリンさんはむしろ「やっぱり」とか言ってた)すぐに受け入れてくれたのがありがたい。
「友人のために、自らの身を削る。あなたの覚悟、素晴らしかったです。忘れないでくださいね」
と、聖さんが涙ながらに語っていたのが忘れられない。
紫さんが、白蓮さんも周りの見えないやつと評していたのが、何となく分かった。
白蓮さんは自分を犠牲にしているから、周りに慕われている。そんな気がするのだ。
紫さんは賢く生きて、白蓮さんは身を削る……。なんだか、二人は反対だった。
どう生きればいいのか、ねえ。ちっとも分からない。
それよりも、今自分にできることをするので、精一杯だった。
もう一度雀串ブームを起こすために、そして自分へのけじめをつけるために、天狗たちの協力を仰いだ。
――雀を食べても、臭くならない。むしろ美容に抜群、頭もよくなる。若返りの効果だってあります。
このことを隠し、過激な活動を行って雀肉を独占していたことを深くお詫び申し上げます。
雀救助活動は本日をもって廃止いたします。皆様、どうか安心して雀をお召し上がりください――
複数の新聞に渡って、お詫びとお願いの広告を大々的に載せてもらった。
おそらく、雀串ブームはもう一度やってくるだろう。みすちーには何だか申し訳ないけれど、分かってくれているはず。
むしろ、雀、自分が食べた。がっつり食べた。贖罪意識と自己保身の気持ちが一緒になって、なんだか自分が怖かった。
「みすちー、やってるー?」
「やってるよー。いらっしゃい、リグル」
紅い提灯ぶら下げる、この屋台はいつも閑古鳥が鳴いていた。
その分、私に構ってくれるんだから、いいんだけれど。
「ごめんね、みすちー。この前……」
「えー。どうしたのー? なーんのことか忘れちゃったなー」
歌うように、茶化しながらみすちーが言う。
気にするなっていう、彼女なりのメッセージなのだろう。可愛い。
「忘れちゃったなら、しょうがないなー」
「忘れちゃったから、しょうがないのー」
意味も無く、二人して微笑む。
いつもと変わらぬ会話が戻ってきて、ありがたい。
ありがたいけれど、ここはダメ押ししたいところ。
「ねね、こういうの持ってきたんだけど」
「あ、どうしたの? いーいお酒じゃないのー」
「ほんとはね、みすちーのお誕生日で一緒に呑みたかったんだけど、できなくって。それで、今日になっちゃった」
私がどうもおかしくなってしまった、あのみすちーの誕生日にちょっとだけ戻ってみたかった。
あの日のやり直しはできないけれど、楽しくなるはずのひと時を、取り戻したかったんだ。
だから、同じお酒を買ってきたのだ。
自己犠牲だとか賢く生きるだの、私は未だ、よく分からない。
でも、一緒にお酒を呑めたら、私もみすちーも笑顔でいられるって思ったんだ。
一瞬のひと時かもしれないけれど、今の私にはそれでよかった。
「そっかー。リグル、お祝いしたかったんだ。いいよ、私、今日が誕生日で」
「えー。駄目じゃん、そんなのー」
「私が忘れてるからいいの! 第一、今日が何日ってのも分からないんだから」
「そ、そっか……。それじゃあ」
何とも都合の良い鳥頭だ。ほんとはみすちー、楽しみにしていたな。
お互いのコップに、透き通ったお酒を注ぎ合う。
私のコップには、久しぶりのみすちーの笑顔が浮かんでいた。
「みすちー、お誕生日おめでとう!」
「ありがとう、乾杯!」
ずっと一緒に、楽しくやっていけたらいいな。
そんな願いを心に浮かべながら、私達はコップとコップのふちを合わせた。
とびっきり澄んだ音が、屋台に響いた。
公園とかで鳴いている姿は和みますが、このSSのような状況も夢物語に限らなくなって来たような気がします。
夏になったら蛍も見に行きたいっすな。本当、あれは幻想的にきれいです。
このリグル、特に真っ直ぐで好きになれです!(胸の意味でも
リグルよ、友のために尽くすその生き様、まさしく漢の鑑よ……。
この手の問題で一番の大敵は、感情論と無知ですものね。
ただ、正否ではなく好悪で語るなら、このお話限定ですが
紫様よりもリグルになっちゃうなぁ、野鳥大好きな私としては。
現実の動物愛護にも言えることですが、こういうのは誰が正しいとか決め辛いことですよね。
雀も蛍も少なくなっていて悲しいものだ。
一つ気になるところを挙げるとすれば、リグルはもっと敏感に虫への影響を察知しているべきだったかなと。いくら友達思いでも虫を統べる妖怪としてはちょっと鈍感過ぎるような。