この作品は作品集112「もしも妖夢が非想天則で主役になったら」の続きです。
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今回の作品にも至極簡単なあらすじはつけました。
が、前作は7KB程の短いものですので、
そちらをまず読んでくださると分かりやすいかと思います。ごめんなさい。
Stage.1(続)
そんなバカな。
私は目を疑った。
この魂魄妖夢、全てを賭けて思考し、身を賭して戦い、
それでもまだ何か見落としていたというのか。
……一つ駄洒落が完成したことにも気付かぬほど、私は驚愕した。
――宴会からの朝帰り、その道すがら見てしまった巨大な影。
慌てふためいて白玉楼に帰るも、幽々子様はふわりふわりと浮いた台詞を返してくる。
(何故ああも人が必死で話しているのに、
孔雀が食べたいだの妖夢の頭が西瓜だの言い出せるのだ……)
そこで私は自分で影の正体を考え考え、
結論、チルノが湖を冷やしたことによる蜃気楼だ、と判断した。
だから妖精退治をした。
それなのに、ああそれなのに。
再び現れた巨大な影!――
あー、コホン、
いやいや、確かに驕り高ぶっていたかもしれない。
幽々子様の言葉から「暑い日」というヒントを得たうえで、
何をしたかといえば妖精一匹退治したのみ。
この程度のことで幻想郷に巻き起こる異変を解決できるはずもない。
そういうことなのか。
私の考えと力の足りないことといったら、全くもって驚愕に値する。
……などと言い訳を並べている自分に気付く。
そうやって、こんなときまで本気で自省が出来るほど、私の精神は鍛えられていなかった。
自省などする余裕もない。この驚愕的に巨大な影の前では。
つまり私は、目の前に広がる巨大な影のその迫力に、ただただ気おされていた。
この大きさと、この存在感。確かに、大きな何かがそこにある。
決して幻覚の類ではない。
そう確信した。
「ううーっ、悔しいっ!」
と、突然地べたから叫び声が聞こえ、はっと我に返った。
私に負け、這いつくばった状態のままのチルノだ。
「あんなに強そうなのに……
妖夢っ、あいつ捕まえたら、絶対私のところ連れてきてよ!一生のお願い!」
私としたことがあんまり驚いて、あらぬ世界に飛んでいたようだ。修行不足を痛感する。
こんなぐったり妖精でさえ、自分勝手な願いを考えつく余裕があるのに。
「一生のお願いは一生に一度のお願い。
妖精とはいえ、一生をもっと大切に考えた方がいい。」
なんだか悔しくなったからか、妖精に説教を加えてしまった。無意味。
閻魔様ならまだしも、たかだか半人半霊の言うことなど、妖精は聞く耳持たずだ。
まあ妖精に限らないことだが……
「ケチィ!」
小さな手足をジタバタさせながら、案の定の返答である。
はぁ、と一つため息をついて、私は飛び立った。
巨大な影は、私がボーっとしているうちに、いつの間にか消えていたようだ。
最後まで騒がしく叫んでいる氷精の声を背に、再び暑く晴れた空を飛んだ。
再び巨影が現れた場所を目指して。
Stage.2
湖よりさらに山の近く、灰色の岩肌が一面を覆っている。
少し前に突然沸いて出た温泉付近だ。
先ほどの巨影はこのあたりに現れていたようだった。
妖精でさえ、あの巨大なモノを捕まえようなどという考えが浮かぶのだ。
気おされはしたが、私だって怖気づいてはいられない。今度こそ正体をつかむ。
今度こそ念入りに考える。今度こそボーッとしたりするものか。
少しあたりを歩いてみることにした。
しかしあの巨影に結びつくものは何も無い。ただひたすらに蒸し蒸しとした、暑い夏の岩場。
「こんなところでは蜃気楼も起きそうにない……
さっきの迫力といい、やはり本当に巨大な何かがいるとしか思えないのだけど。」
と、思わず独り呟いた。
その時だった。
背後に何者かが降り立った。
「『巨大な何か』。あなたもまた、アレをみたのですね!」
振り向くとそこにいたのは、緑髪に青基調の巫女装束を着た人間。
ここしばらく何かと事を起こしている、山頂の神社の現人神、東風谷早苗だった。
「と、いうことは早苗さん、あなたもあの巨影を追っているんですね?
あの正体を知っているんですか?」
今度こそ会話をする。今度こそキャッチボールを成り立たせる。
彼女は外の世界から幻想郷にやってきて、まだ長くはない。しかも人間だ。
それならば、常識どおりのコミュニケーション力くらいは期待できる。
……そう信じて、問うたと言うのに。
「そんなことより、あなた、先ほど蜃気楼がどうのと言っていませんでしたか?
冥界の庭師が聞いて呆れました。二刀流に半人半霊なんて、非常識の塊みたいなくせして。」
……信じられない。外の世界をかいかぶっていたのだろうか。
まさか「そんなことより」で一蹴されるなんて。会話の何たるかを分かっていないのか。
それとも、秘密裏に魂魄妖夢の発言権を境界の彼方に葬り去る協約でも作られたのか!
「私はあれは蜃気楼ではないという結論に至りましたが、まずは人の質問に答えてください!」
少し、このイライラをぶつけてみた。ところが、
「ここは幻想郷ですよ。常識に囚われないものたちが跋扈する世界。
ああいうものを常識的科学で計ろうとすること自体、幻想郷においてはナンセンスなのです。
もちろん私もアレを追っていますよ!正体は分かりませんが、期待はしてるのです!」
新参の者に幻想郷を語られる始末。
冥界の者だって幻想郷と関わりは深いというのに。
しかし彼女の言うことも間違ってはいない。
現に、正体不明のものに期待して、目を輝かせ始めた緑髪の巫女。
数年前まで外の世界の常識に染まっていたであろう彼女でさえ、この有様なのである。
「郷に入っては郷に従え」と言うように、
幻想郷で暮らしていくには、「幻想郷の常識」を身につける必要があるのだ。
それすなわち、「非常識」である。
「確かにあなたの言う通り、あの影は蜃気楼ほど常識的で単純なものじゃない。
そして突然ここに連れて来られ、幻想にあてられたあなたが、その異質さに浮かれるのも分かる。
でも……」
私は、人間として突然外の世界を捨て、幻想郷に入る羽目になった早苗の苦悩と、
誰に話しかけてもろくな反応を返されない私の苦悩を、一瞬天秤にかけた。
刹那、私の乗った皿が地に落ちた。
同時に、私は剣を抜いた。
「あなたは少し、非常識に入れ込み過ぎている!
外来人なら外来人としての立場と役割をわきまえるべきです!」
早苗も懐から札を取り出し、構えながら返す。
「いよいよ閻魔さまのようなことまで言い出して。
妖夢さん、あなたこそもう少し非常識に染まるべきではないですか!?」
剣を振った。札をかざした。
瞬く間もなく、2種類の弾幕が風を切った。
さすがに現人神である。妖精とは強さが桁違いだ。
いや、それにしたって弾幕ごっこの経験も浅いだろうに。
……と、考え事をしている暇もなく、目の前に太い柱が突き刺さる。
「二柱の神の力も借りられるとは、結構な霊力ね。」
さらに柱の上から鉄の輪が降り注ぐ。
「当然です。こうでなくては現人神なんてやってられませんから。」
そもそも二柱に力を借りるのも卑怯な気がするが、
それこそいちいち文句をつけていては、幻想郷では生きていけない。
私は何とか輪の動きを見切り、かわしきった。
と、頭上を舞う早苗の札がきらめき、そのさらに上空に眩しい星が生まれる。
「奇跡『白昼の客星』!」
輝く星から無数のレーザーが飛び出した。それならばっ。
「せいっ!」
目の前に突き刺さった御柱を一閃。見事切り倒す。
さすが私。これを盾にして姿をくらまし、早苗の背後を取ることに成功した。
「くっ!負けるものかー!」
早苗は必死で振り向き、星型弾を打ち出した。
だが、もう遅い。
「人符『現世斬』!」
翔け抜けた。そして、剣を鞘に戻す。
と同時に、緑髪の巫女は地に落ちた。
「むむむ、私の予想通りなら、私が一番に見つけたかった……」
倒れた早苗がぼやき出す。
負けて言い出すことは、まるで妖精である。
「ふぅ、あなたはあの大きな影に何を期待しているんですか。
あるいは、また幻想郷に異変をもたらすものかもしれないのに。」
呆れて私が言うと、何故か早苗はため息をつき、言葉を返した。
「どうして分からないんですか、この溢れ出るロマンが。」
言うに事欠いてロマンとは。打ち所が悪かったのだろうか。
ますます呆れかえる私を尻目にして、早苗は続けた。
「それとも、このロマンはむしろ常識であって、幻想郷にはそぐわないのかな。
……まあ、いいでしょう。それならそれ、分からせてあげます。」
と、よろめきながらも早苗は立ち上がった。
思わず身構える。
が、早苗は手で私を制した。
「いえいえ、弾幕ごっこでは私の負けですよ。
ただし、代わりに私のロマンをその眼で見てきてもらいます!」
「……?どういうこと?」
聞くと早苗は、ふふんと自慢げに鼻を鳴らした。
「実は目星をつけたんです。かの巨大な影、その発進基地を!」
は、発進?
「なので、案内します。私の代わりに、その正体を暴いてきてくださいね!
あわよくば、連れてきてくれると……」
何だかよく分からないが、やっぱり言っていることは妖精とまるっきり同じだ。
こんな面を知られたら、現人神の信仰も危ういのじゃないか。
せめて麓の神社とどんぐりの背比べにならぬよう……
そんなことを思いながら、早苗に連れられ、私は岩場を進んだ。
Stage.3
「暑い!……って、うわ!熱い!」
突然火球が降ってきた。すんでの所でかわす。
火球はエレベーターの床にぶつかって消え、黒い焦げを残した。
このエレベーターは、早苗に案内された「間欠泉地下センター」とかいう施設のものだ。
岩場に隠された扉を降りると、そこが巨大なエレベーターとなっていた。
なんでも、ここで河童たちが秘密裏に核の研究を行っているとか。
核というのがなんなのか私にはよく分からない(早苗も分からないらしい)が、
彼女いわく、どうやらここが巨大な影の発生源らしい。
こんな機械的な設備で?
どちらが常識的科学なのかと文句を言いたくなる。
と、半信半疑ではあったが、他に情報もないので、とりあえずエレベーターに乗った。
そしてしばらく、降りれば降りるほど暑くなっていき、弱音も出ようという丁度その時に。
「暑い熱い!……まだ来る!?」
さらに二個目三個目の火球が降り注ぐ。
床の焦げ付き具合を見るに、うっかりすれば我が名刀でさえ溶かしてしまいそうな温度だ。
まともに食らったらまずい。
「ええい、『反射下界斬』!」
白楼剣の力で弾幕を反射する防御壁を張る。
思惑通り、火球は2つとも壁にぶつかった。
そして新たな弾幕と共に跳ね返り、上へと返っていく。
と、
「ふぎゃ!」
叫び声が聞こえた。何者かに今の返し弾が当たったのか。
その正体を推し量る間もなく、一匹の鴉が墜落してきた。
……鴉のくせに、片腕は太い棒だし、片足は灰色だ。
胸には赤く輝く水晶のような眼のような何かがついている。
何者だろうか?
「あの。」
「熱ちちちちち。やっぱりこいつ、危険だ!
神奈子様に言われた通り、異物はバッチリ排除するッ!」
勢いよく立ちあがった鴉は、気遣って声をかけた私にいきなり腕の棒を向けた。
いきなり棒がギラギラ輝き出す。これはまずい。
「核の力は温泉だって沸かす!あんたの頭も沸かす!」
いきなり棒――もとい、奴の制御棒から火球が放たれる。
ぎりぎりで飛びあがって何とか避けた。背後から爆発音が聞こえ、壁が崩れる。
「いきなり攻撃なんて非常識にも程がある!
あなたが核融合の鴉、霊烏路空ね!」
奇襲に焦りを隠せないまま、彼女の正体を尋ねた。
だが間違いない。近頃噂の地獄鴉、霊烏路空。
先の守矢神社の連中がトラブルメーカーとして有名になっているのは、
こいつに八咫烏の力を与えて、核融合エネルギーを得ようなんてしているからだ。
つまるところ、この施設も核実験の一環。だからこの鴉がここにいる。
合点がいった。やはり守矢神社、非常識が過ぎる。
「空?そう、それは私のこと!
そしてお前は危険な異物。この施設を守るため、お前をぶっ飛ばす!」
そんな非常識な神様達御用達の鴉だ。
奇襲に核融合能力とは、群を抜いて非常識。
幻想郷ってこんなのばかりだったっけ?
「施設を守りたいなら、少しは火力を抑えなさい。
明らかに今、ここを破壊しているのはあなた……ってうわ!」
ツッコミにも聞く耳持たず、今度は強烈なレーザーを放ってくる。
ここまで来ると、話を聞いてもらえないとか、そういうレベルのものでもない。
「もうなんでもいいけど、あなたを放置するのも、それこそ危険!
一回機能停止してなさい!」
そう言うやいなや、私は素早く空を間合いに収めた。
一閃、二閃、三閃。連続して斬撃を叩き込む。「生死流転斬」である。
当たった。
が、ガードされていたか、空は堪え切って、すぐさま制御棒を私に向けた。
「爆符『メガフレア』ァァ!」
目の前が突如、白一色になった。
高熱のエネルギーに包まれる。しまった。
「ぐっ、ぅぅぅぅ!」
吹き飛ばされ、床にたたきつけられ、一瞬意識が飛ぶ。
気がつくと、倒れた私の頭を踏み壊そうというのか、太く灰色の足が眼前に迫っていた!
「排除ーッ!」
「ぇえい!」
危機一髪、二本の刀で重い足を受け止め、力を込めて弾いた。
その勢いで相手が後ずさる隙に、私も何とか立ち上がり、体勢を整える。
しかし良かった、あの熱量にさらされても、私の剣は無事でいる。
まあもっとも、私だって動ける体でいるのだから当然だ。
この素っ頓狂な鴉も一応、弾幕ごっこをわきまえてはいるのだろう。
……なんて感心したのも束の間。
「むぅ、ここまでやって出て行かないなら、無理矢理にでも追い出すまで!」
相変わらず喋ることは無茶苦茶だ。
しかしこのまま長期戦になればなるほど、あの火力の前ではこちらが不利になる。
追い出されるどころか、本格的に排除され、灰にされそうだ。
となると、これは一発勝負に出るしかない。
「私を追い出すと言うのね。ならば我が剣術に、あなたの火力、ドンとぶつけてきなさい!
真正面から打ち砕く!」
そう挑発をかけて、私は楼観剣を構えた。
「一介の剣士が、核の力を甘く見てるね!
いいよ、渾身のエネルギーで、あなたを溶かしつくしてあげる!」
思惑通り、空は勝負に乗ってくる。
こうなれば、弾幕……というより、力と力の一騎打ちだ。
空の身体に見る見る燃え盛るエネルギーが集っていく。
そしてその熱量が一気に爆発し、空ごと包んで高速で突撃してきた。
「核熱『核反応制御不能ダイブ』!」
巨大なエネルギーの塊が、問答無用で私に襲いかかる!
……でも大丈夫、八咫烏の力だって、この刀ならば真っ二つに出来る。
お爺様から受け継いだ二振りの刀。
その長刀「楼観剣」の持つ霊力と切れ味を、とくと味わえ!
「断迷剣『迷津慈航斬』ッ!」
鋭く長く、輝き延びた楼観剣の刀身が、巨大なエネルギー体と激突した。
腕がしびれる。足が震える。
ギリギリだった。だが、立っていたのは私。
「うにゅぅ……」
鴉は地に堕ち、情けない声をあげた。
私はほっとして息を吐く。
「ふぅ、助かった。……この刀も少し休ませてあげないと。」
そこらのなまくらでは、決してあのような力は出せない。
素晴らしい活躍を果たした楼観剣をゆっくり鞘に戻し、私は空の方に向き直った。
「さて、鴉さん。あなた、このセンターでものすごく巨大な何か、
あるいは、ものすごく巨大な影を見たりしていない?」
「ものすごく?」
大人しくなった空は、必死で質問の答えを探しているのか、倒れたまま頭を抱えた。
1秒、2秒、3秒。
「いや、忘れた。」
「え。」
「え、と言われましても。」
いやいや、こちらこそどう返したらよいのか分からない。
知能まで本格的に非常識だというのか。
「……ん?忘れた?
いやいやいや、いくら私でも、ものすごく大きなものを見たら、忘れるはずがないじゃない。
ここの見張りをやっている私が、気づかないはずがないもの。そんな異物。」
いやいやいやいや、気づいたって忘れるものは忘れるだろう。特にこんな鳥なら。
いやいやい……、コホン、ツッコむべき所はそこじゃあないか。
しかし、これは困った。意味が分からない。どうしたらいいのだ。
……私が困っているのに、何故か空の方まで困った顔をしている。
「私は神奈子様に言われて、ここの見張り兼異物排除をしているんだ。
ここにそんな大きなものがあったかなんて、忘れた。……違う、そんなものなかった。
それよりあなた、異物ね。早く出て行かないと消し炭にするよ!」
挙げ句、ループ展開を迎えている。
こんな奴と二度目の勝負をするのは御免だ。
けれど結局何の情報も得られないまま、体力だけ奪われていくのも癪……
なんて考えている間に、倒れたままのくせに、早くも制御棒がこちらに向けられていた。
この鴉、本気である。再び火球が形作られていく。まずい。
と、その時だった。
かすかに、何者かの声が聞こえた。
これ以上暴れられたらたまらないよ。
そう言っただろうか。
次の瞬間、周囲の地が割れ、水が噴き出した。
火球は水流に飲まれ、空もそのまま水面下に沈んだ。
何だかわからないが、これは本当にまずい。
そう気づいた時にはもう遅かったのだ。
足下から轟音がしたかと思うと、
ゆっくりと下降していたはずのエレベーターが、急激に上昇を始めた。
「水流に、突き上げ、られて……!?」
あっという間にエレベーターは地上高くへと吹き飛んだ。
その時、私は見た。
巨大な、きらめく蝶のような何か。それが、彼方の上空に。
「あれが、巨大な影の、正体……?」
しかし核熱を受け、強烈な水流にもまれ、突如空中に打ち上げられた私は、
そこで意識を失ってしまった。
Stage.4
「う……ん?」
ええと、私は一体どうしたのだっけ。
魂魄妖夢。半人半霊。白玉楼の庭師。二刀流剣士。
見事な剣術で鴉を倒す。倒したけれど、倒れた。あれ?
「ああ!確か凄い水流にもみくちゃにされて、気がつくと大きくてきれいな何かが!」
「あら、やっと起きたようね。」
合点承知の助、私は今目覚めました。……うん?
「あれ、どうして霊夢がここに?」
全くもって鴉を馬鹿に出来たものじゃない。
どれだけ寝ぼけていたのだろうか。
私は博麗神社に運ばれてきており、目覚めるまで一応霊夢に介抱されていたらしい。
どうやらセンターの外で待ち続けていた早苗が、突然降ってきた私に驚いて、
とりあえずこちらの神社に引きずってきてくれたようだ。
そんな彼女らのおかげか、ダメージもそれほど残っておらず、私は気持ちよく目覚めたわけだ。
……あたりはすっかり暗くなっていたが。
しかしまあ、回復したからといって早々に立ち去ってしまうのも悪い。
なので、とりあえず縁側に座って、お茶を頂くことにした。
霊夢の愚痴を聞きながら。
「全く、早苗も早苗よ。自分の神社で引き取れっつーの。
厄介事は全部私に押し付けて、信仰やお賽銭は一人占め。おかしいと思わない?」
私としては拾ってくれた早苗には感謝しているし(思ったよりは常識も残しているのか)、
どちらかと言えばこちらの神社の方が馴染みが深く、ありがたい。
よって、霊夢の言葉には曖昧に笑みを返すほかなかった。
「あなたもあなたよ、妖夢。
最近めっきり大人しくなったと思ったのに、何でいきなり倒れたりしてるわけ?」
単刀直入に聞かれてしまった。ややこしいが、説明しないわけにもいくまい。
私は霊夢に、ここまでの経緯をかいつまんで説明した。
巨大な影を追っていたこと。チルノや早苗、空と勝負したこと。
そして気絶する直前に見た、美しく巨大な何か。
……やはり、あれが今まで追ってきた巨大な影の正体なのか。
何かが違ったような気もする。しかし、あれ程の大きさのものが幾つもあるとは思えない。
説明をするだけして、つい私は考え込んでしまった。
「巨大な影、ねえ。ちょっと思い当たることがあるなぁ。」
ふいに霊夢が言った。ふいを突かれて、うっかりスルーした。
考えに詰まってきたので、淹れてもらったお茶を啜る。この神社のお茶はなかなか美味い。
「……ちょっと、思い当たることがある、って言ってるんだけど。」
と、いきなり霊夢ににらまれ、いよいよ彼女の言葉が頭に入ってきた。
「思い当たる……って、ええ!?それ、教えて!」
やっと反応を返した私を見て、霊夢は満足げにいやらしい笑みを浮かべた。
それを見た瞬間、これでもかというくらい嫌な予感がした。
嫌な予感は、概して当たる。
「ふふん、当然、ただでは教えられない。」
まるでどこかの魔法使いのように、現金な取引を押し付けられる。
正直なところ、言われなくても思い当たる負い目があった。
「そうね、今朝の宴会の片付け。これを逃げた分も合わせて……」
霊夢は縁側から飛び降り、手に持つ大幣を振りかざした。
「ちょっと弾幕勝負の肩慣らしに付き合ってもらうわよ!」
神社の軒先で、私と霊夢の弾幕勝負が始まった。
つい先程まで自分が介抱していたものに対して、容赦ない弾幕を浴びせてくる霊夢。
有無を言わせず弾幕勝負に持ち込むこの巫女も、非常識そのものだった。
幻想郷においては、非常識に人間も妖怪も関係ないのだ。
しかしこの巫女の非常識っぷりは、妖精とも現人神とも鴉ともまた一線を画している。
言葉では表現し尽くせない、この巫女の囚われなさ。
あらゆるものから宙に浮くという能力がそうさせるのか。
あるいは、彼女のその非常識さが、この能力を生み出したのか。
少なくとも霊夢の非常識さは、不思議と人を惹きつける。
彼女の無茶に巻き込まれても、どうしてかこちらまで楽しくなる。
……どうしたら霊夢のようになれるのだろう。
戦いながら、ふと思ってしまった。そして気づいた。
ここまで気づかぬふりをしてきたが、気づいてしまった。
私はやはり、常識に囚われている。むやみに悩み過ぎている。
早苗に言われた通りなのだ。
これまではそれでいいと思っていた。私くらいしっかりしていなければ、と。
しかし、そう考えて今日も顕界に降りてきて、結果どうなった?
妖精に振り回され、新参の現人神に馬鹿にされ、鴉には延々と暴れられ。
でも彼女らの会話や行動についていけないのは、
彼女らがおかしいからではなく、私がおかしいからなのだろう。
少なくとも、この幻想郷においては。
しかし、どうしたらいいのだ。
悩むなと言われても悩んでしまう。
「ちょっと妖夢、弾幕ごっことはいえ、ボーッとしてると死ぬわよ。」
気づくと、四方を札に囲まれている。
それが一斉に私に向かって飛びかかってくる。
「くっ、心抄斬!」
間一髪、札を斬り落とし、高速で切り抜ける。
駄目だ駄目だ、気合いを入れ直せ。
「食らえ!結跏趺斬!」
二振りの刀を交差させ、風を斬り、斬撃を飛ばす。
が、眼の前から霊夢の姿が消えた。
「甘いわね、亜空穴展開!」
巫女ならではの力だ。気づくと私の真上にテレポート?しており、そこから蹴りを浴びせてきた。
しかしそれも予想の範疇。短刀である白楼剣で受け止める。
「……さすが、一筋縄ではいかないわね、妖夢。」
後ろに飛びずさりながら霊夢が言った。
それは私も同じことを言いたいところだ。間違いなく霊夢は強い。
そうだ、弾幕勝負での強さは、そのまま心の強さにも直結する。
ええい、悩むのは勝負の後だ。
霊夢のような非常識さ、すなわち強さを手に入れたいのならば、
ここで霊夢に負けるわけにはいかない!
負けたくない!
ならばっ。
「行け!私の半霊!憑坐の縛!」
半人半霊の所以とも言える、我が半霊を思い切り霊夢に向かって飛ばす。
だがそれを見た彼女は、にやりと笑って手を前にかざした。
「ふふん、そんな小さなあなたの霊なんて、簡単に吹き飛ばす!
霊符『夢想封印』!」
出た、霊夢の定番技だ。敵を追尾する大きな光の玉を幾つも飛ばす。
案の定、私の半霊は霊夢まで届く前に吹き飛ばされ、悲しそうに戻ってくる。
しかし、半霊がやられた痛みと引き換えに、手に入れた。
大技を出した、霊夢自身の大きな隙!
私は眼を瞑り、二振りの刀をしっかりと構え直した。
夢想封印の光玉が迫るのを間近に感じる。
だがそれ以上に、油断しきっていた霊夢が焦り始めたのを感じる。
でも、手遅れだ!
私は眼を見開き、その刹那、高速で斬り翔けた。
「人鬼『未来永劫斬』!」
「ちょっとあんた、本気すぎるんじゃないの?」
霊夢はよろけながら立ち上がった。
こればっかりは負け惜しみだなんて指摘できない。確かに結構本気で斬った。
どうもまた色々考え過ぎて、逆に気合いを入れ過ぎたようだ。
「……まあいいわ、しょうがない。ちょっと待ってて。」
そう言うと、霊夢はふらふらと部屋の中へ入っていく。
私は再び縁側に腰かけて彼女を待つことにした。
程なくして戻ってきた霊夢の手には、一枚の新聞が握られていた。
「ほら、これ、見てみなさいよ。非想天則って言うらしいけど。」
「ヒソウテンソク?」
霊夢の差し出した新聞を覗き込む。と、そこには何やら巨大な人形の姿が載っていた。
記事によると、これが「非想天則」らしい。
「なになに――河童の発明品バザーがこの度開催される。
その広告塔として、やたらリアルに動く巨大人形『非想天則』の開発が進められてきたが、
まもなく調整が終わり、大衆の前にいよいよ姿を現すだろう――だって?」
「そう、あんたが何度か見たっていう巨大な影、調整中のこいつだったんじゃない?」
私が一通り読み終えると、霊夢は写真の非想天則を指さしながら、そう聞いてきた。
改めて非想天則の姿を見直してみる。
……確かに、存在をはっきりと感じたあの黒い影、
そのぼやけたシルエットは、この人形と合うかもしれない。
ただ、どうにも引っかかる。
「うん、実際この人形くらいしか考えられない。
河童の開発なら、あの間欠泉地下センターとも関わりがあるだろうし。
でも……私が気を失う前に見た、美しい、まるで巨大な弾幕みたいなものは、
これとは全然違うような……」
そう意見を述べると、霊夢も難しい顔をして、腕を組んで考え始めた。
これは珍しい。なんだ、霊夢でも悩むことがあるのか。
と、思ったものの、それも一瞬だった。
「そうよ、弾幕よ弾幕。
こいつ、でかい図体しておきながら、所詮ただの広告塔なんでしょ。
だったらせめて、美しい弾幕でも放って、人を引き寄せるくらいするべきよ、むしろ。」
なるほど、いや、そうなのか?
しかし霊夢は、これで納得といった表情で立ち上がり、伸びをした。
「うん、また一つ謎が解決したわね。
さて、そろそろ夕飯にするから、あんたもお帰んなさい。
そんなに近くないでしょ、冥界。」
霊夢にそう言われると、私も悩むのが馬鹿らしくなる。
これもまた、非常識な巫女の力。
勝負には勝ったが、そのあたりはまだまだ及ばず、歯がゆい。
「はぁ、相変わらず呑気ね。情報をくれたことは、ありがとう。
じゃあお暇します。」
そうだ、夕飯までに帰ると、幽々子様にも約束していた。
今日何度も見た巨大なアレは、非想天則。そう考えて、もう白玉楼へ戻ろう。
「介抱してもらったことも、でしょうに。」
愚痴っぽく付け加えてくる霊夢の声を背に、私は飛び上がった。
夏の夜の、まだじんわり蒸し暑い空気。遠くに見える人里はまだ明るい。
そんな世間とは遥か離れた上空、顕界と冥界の境界へと帰ってきた。
長い一日だった。
Stage.5
「幽々子様、ただいま戻りましたー!」
長い階段を上り、門を開ける。そこが白玉楼。私の仕える屋敷だ。
「幽々子様ー!ゆゆこさまー!いらっしゃいますかー?」
廊下を進み、広い庭園まで出る。
……と、おお、いたいた。
「幽々子様!遅くなりましてすいません。」
庭園に駆け下り、挨拶をする。これでも、一応私の主人だ。
「あらあら妖夢、御苦労様。用は済んだのかしら?」
幽々子様は相変わらずの笑顔で私を迎える。
見慣れたものだが、それを多少久々に感じるくらい、疲れた一日だった。
「ええ、はっきりした根拠はないのですが。
実は朝お伝えした、巨大な影の正体を追っていたのです。
でも聞いてください。どうやらその正体は、河童の発明した巨大広告塔だったみたいで。」
そんな調子で私は、勢いきって今日あったことを事細かにお話ししてしまった。
妖精、現人神、鴉、巫女、それに地下センターのことや美しい巨大弾幕のことまで。
しかし幽々子様は、それを全ていつもの笑顔で聞いてくれた。
そして一言。
「ところで妖夢、孔雀はどうしたのかしら?」
……え?孔雀?そんなの、私の話に出てきただろうか?
「妖夢、孔雀よ孔雀。雄は雌に対して、大きくて美しい自分の尾羽を見せつけるの。
私、孔雀が見たいわ。」
聞いたことあるフレーズだ。ああ、確か。
「って、幽々子様、まだ朝の話を引きずってるんですか!?
無茶ですよ、孔雀が食べたいだなんて!」
何てことだ、結局朝の会話に逆戻りじゃないか。
相変わらず幽々子様は、わざと人の話を無視しているとしか思えない!
「失礼ねっ、私は孔雀を食べるだなんて言っていないわ。
ただ見たいと言っただけ。でも妖夢、あなたは、孔雀をひっ捕まえてきます、と言ったわ。」
そう、幽々子様といったら、わざと無視しているのだ。
その証拠に、このように細かいことはバッチリ覚えている。
……確かに言った。言ったけれど。うぬぬ。
「探してこなかったのは申し訳ないですが、幻想郷にはなかなか孔雀なんて鳥はいないのです。
いたとして、そんな目立つ鳥はすぐそこらの妖怪に捕食されてしまいますよ。」
とりあえず言い訳してみる。いや、決して私が悪いことをしたわけじゃないはずだ。
しかし主人の要望に沿えなかったのは事実。その点を踏まえて。
ところが、幽々子様はまたも困ったような顔で私を見る。
だから困っているのはこっちだというのに。
「それは残念。つまり捕まえてこられなかったのね、孔雀。
……でも妖夢、幻想郷にもいたじゃないの。大きくて目立つ、ほら。」
困った笑顔のまま、幽々子様は私に何か気づかせようとしている。
何だ、何を言っているのだこの人は。
孔雀?……つまり大きくて、目立つ。それは他人にアピールするため?
「まさか幽々子様。非想天則のこと知ってて、孔雀だの言い出したんですか……?」
だとしたら孔雀は幽々子様なりのヒントだったというのか?
そんな馬鹿な。いくらなんでもこじつけすぎる。
「いやいや妖夢、そんな愉快な人形、私は知らなかったわ。
でも大きいってことは目立ちたいってことよ。孔雀だってそうだもの。」
そう答えて、幽々子様はふふっと笑った。
この人の言うことは何が本当で何が冗談で、どこまで物を考えているのか全く分からない。
すると、困惑する私を尻目に、幽々子様は突然宙に浮かんだ。
「……ふふふ、ところで妖夢。私、こうなることを見越して、少し面白いものを作ったの。」
今度は楽しそうな笑顔。ものすごく嫌な予感。
間違いない。これは、当たる。
「孔雀。妖夢も見たいでしょう。」
こちらに一切ペースを握らせない、幽々子様の思うがままの展開。
「私もねぇ、ちょっと大きくて綺麗なものでみんなにアピールしようかなぁ、って。
ほら、昨晩だって私たちが神社に出向いたじゃない。
最近、冥界に足を運ぶ人が減ってきて、つまらないのよね。」
冥界に顕界の者がやすやすと足を運ぶものじゃなかったはずだが。
そんな当たり前のツッコミは最早受け付けてもらえない。
どう返すべきか考えているうちに、ますますペースを持っていかれる。
「だからちょっと昼に試し打ちしてみたのだけれど。
さっきの話を聞くと、うっかり妖夢に見えちゃったみたいね。」
そうだ、今日一日が慌ただしすぎて、忘れかけていた。
「でもね、弾幕は夜の方が綺麗よ。だからもう一度、妖夢、チェックしてほしいの。
調整が大事なんでしょ、広告塔。」
何より圧倒的な非常識が、いつも私の隣にいるじゃないか。
「ほら見て見て、いくわよ。
――巨蝶『虹孔雀巨大紫』!」
幽々子様お得意の蝶形弾幕が無数に生み出される。
それらが集い、並び、次第に一匹の巨大な虹色の蝶の形を成していった。
森林にすむオオムラサキという蝶はかなり大きいらしいが、
多分幻想郷中に住むオオムラサキを集めても、この巨大な蝶には及ばないだろう。
何しろ、天界まで届くかと思うほどの大きさだ。
と思ったら今度は形を変え、扇のように、孔雀の羽のように変化した。
次の瞬間、無数の蝶弾がその羽から飛びだしてくる!
「うわっ、速い!」
蝶のくせに想像以上の速さでぶつかってくるのを、紙一重で走り抜け、避けきった。
「あら妖夢、かっこいいわね。……もう少し優雅に飛ぶよう調整しようかしら。」
「その方が、相手が見とれて避けにくくなりますよっ!」
折角なので助言を入れつつ、地を強く蹴って飛びあがる。
「では、遠慮なく、次の弾幕が来る前に止めさせてもらいます!」
私は思いっきり幽々子様に斬りかかった。弾幕勝負となれば、お嬢様も庭師も関係ない。
ところが、
「そうね、だから妖夢はまだまだ甘いんだわ。」
一瞬にして孔雀の羽が幽々子様を包み、斬撃を防がれた。
あれだけの弾数を巧みに操り、攻防一体の弾幕に仕立てるなんて。
本当のところ、幽々子様はとても私ではかなう相手じゃない。
だけど!
再び孔雀の羽が開かれる勢いで、私は後方へと弾き飛ばされる。
しかし何とか身を翻し、幽々子様に向き直った。
「それでもこの弾幕を斬り崩して、また一つ強くならせて頂きます!」
そうだ、いつも私の隣にいる大きな非常識、幽々子様。
何のことはない、この人と一緒にいれば、私もまた成長できるじゃないか。
考えに考え、悩みに悩んでも、幽々子様はそれを全て非常識に還してくれる。
こうして私も非常識を身に付けていけばいいのだ。
幽々子様の弾幕は、再び巨大オオムラサキへと形を戻した。
そして……何とあろうことか、あの大きさでそのままこちらに突っ込んできた。
というわけで、まずはこの巨大な非常識弾幕から、学ばせてもらいます。
「剣伎『桜花閃々・非蒼天』!」
走り抜けた風に乗って、空を覆うほどの大量の桜が舞い上がり、巨蝶と激突した。
エピローグ
「幽々子様、幽々子様!起きてください!何時だと思っているんですか!?」
真夏の冥界、白玉楼。
私は珍しく布団にこもったまま起きてこない幽々子様を叩き起こしに来た。
こんな夏の日に布団にこもっていても、暑いだけだろうに。
それとも亡霊になると、本当は温度など感じないのだろうか。
「折角待ちわびた日じゃないですか。こんな日に限って何をやってるんですか、幽々子様!」
それでも一向に動かない布団の塊に耐えかねて、私は思いっきり布団を剥いだ。
すると、
「うわわっ!?」
布団の中身は、幽々子様ではなかった。
飛び出して来るは、少量の虹色蝶弾幕。
「ふふふ、見事かかったわね妖夢。これは今日の一発芸に使えるわ。
名付けて『布団も吹っ飛ぶスーパーバタフライ』ね。」
当の本人はすっかり目覚めて、押し入れの影からこちらを眺めて笑っている。
突然こんな茶目っ気を見せるのも、今日という日を楽しみにしていたからだろう。
「はぁ。真夏に丁度いい、涼しい芸にならないようお気を付けくださいね。
それより、いよいよ今日は、幽々子様の企画した『盆の冥界大宴会』ですよ。」
そう、今日は久方ぶりに冥界へ大人数を呼んで、大宴会を開く手筈なのである。
こういうことをしたいが為に、幽々子様はあんな巨大弾幕まで用意したのだ。
「もちろん、分かっているわよ!妖夢、準備はぬかりなく進んでいる?」
しかし、幽々子様は相変わらず非常識だ。
「はい、私のやるべきことは。ただ幽々子様、これは幽々子様の企画した宴会ですよ。
たまには幽々子様も準備、手伝ってください。」
本来なら、企画した人がこういうものの準備を司るもの。
それを全部私任せにするのだから。
「いやいや妖夢、私ちゃんと企画してるわよ。『布団も吹っ飛ぶスーパーバタフライ』ね。」
重ねて、幽々子様はやっぱり非常識だ。
「ああ、蝶々ってことですか?変な言葉遊び考えてないで、たまには掃除でもしてください。
ほら、そんな幽々子様のために買ってきたじゃないですか。河童のバザーで。」
私の愚痴も要望も気遣いも、全部流したふりをする。
現に、私が折角自腹をはたいて贈呈した『部屋の隅の幽霊まで吸い取る河童式掃除機』は、
早くも埃をかぶって幽霊たちの遊び道具となっている。
「うーん、お掃除はやっぱり妖夢の方が得意じゃない。
そうそう、私の宣伝弾幕も、一回妖夢にお掃除されちゃったしね。
でもあのおかげで、私の弾幕はより美しく、大きく、宣伝効果を増したんだわ。」
それにしたって、幽々子様は大変な非常識だ。
「じゃあ妖夢、ちょっと私、宴会の時間までお散歩に行ってくるわね。
準備は任せたから。」
人に何もかも任せて、自分は平然と自由を満喫したりする。
どうして未熟者の私なんかに、全てを任せることができるのだろうか。
どうしようもなく、その非常識さが嬉しくて。
宴会で、また霊夢に愚痴を吐かれようが、魔理沙にしつこく絡まれようが、
幽々子様が本物の孔雀を、本当にどこからか捕まえてこようが。
私も、囚われないでいられる。
そして、いずれは幽々子様のように。あるいは霊夢のように。
……違う、私は私。
楽しむ時は楽しもう。
悩みたいときは悩もう。
それが、幻想郷における、心を持った者たちの唯一のルール。
ふと見上げると、月明かりに照らされた夜空の下、一匹の蝶がふわふわと舞っていた。
いいな、私もああいうふうに飛んでいこう。
まずは、そう、もう一杯。
気分から始めよう。
ふわふわ、っと酔って。
幻想郷に産業革命が起こると思わせる程に。まあ、微笑ましくはありますけど。
ところで、非想天則がテーマということで、戦闘シーンが多目なのは問題ないのですが、
その描写によって、もう一つの主題と思われる妖夢の成長物語としての側面が
ちょっと阻害されている、という印象を私などは受けました。
今後、作者様が益々の物書き力を会得出来るよう、陰ながら応援しています。
むしろ天則ってブラフに惑わされた分チルノより悪い?
原作の雰囲気がよく出ていました