Coolier - 新生・東方創想話

未だ見ぬ電波を探し求めて

2010/05/20 20:43:10
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 外の世界にはテレビジョンと言う道具がある。
 これは、使用すれば遠くの景色を映し出してくれるという便利な道具らしいのだが、幻想郷でその使い方を理解しているものは少ない。
 知っているのは、最近になって外の世界から来た守矢神社の現人神に、外の世界に詳しいスキマ妖怪や機械全般に強い河童と言った所だろう。
 だが、そんな彼女たちですら、テレビジョンを使用している所を見たものは誰もいない。
 さる天狗が彼女達に尋ねてみたところ『デンパガトドカナイノヨォ』などと、意味不明の供述をするのみだ。
 少なくとも、幻想郷でテレビジョンを使うには何かが決定的に足りないらしい。
 だが、逆説的ではあるが、テレビジョンを動かす何かを見つけ出せば、幻想郷でもテレビジョンが使用できるという事である。
 問題は、常に分かりやすい解決策が用意されている物なのだ。
 
「あたいたちは、それを探しに行こうと思うんだ」
 紅魔館の庭から、そんな会話が聞こえてくる。
 声の主は氷の妖精チルノ、彼女は紅魔館地下へと続く通気口に向かって、話しかけていた。
「それで、なんで私のところに来たの?」
 チルノが話しかけた通気口から、何者かの声が聞こえてきた。
 反響し、少し無機質となった声、恐らくは、紅魔館の地下にいる誰かのモノだろう。
 その地下室からの声を聞いて、チルノは笑って続ける。
「だって、ずっとそこに居るのはタイクツでしょ?」
「そうでもないけどね」
「あたいが、同じ立場なら絶対タイクツするよ」
「私と貴方は違う生き物」
「まあ、クヨクヨしないで」
「だから、くよくよしていないっての。だいたい五百年引き籠っていたんだから、今更退屈のしようがないのよ」
 通気口から聞こえてくる声は、チルノが語る事をうざったそうに拒絶する。
 しかし、チルノは一切気にせず、滔々と語り続けた。
「あたい達はテレビジョンを動かす何かを探して、旅に出る。どれだけ時間がかかるかなんて、誰にもわからないけど、いつか必ず帰ってくるよ。だから、それまでゼツボウしないで待ってて欲しいんだ。あたい達は、必ずテレビジョンを動かして見せる。キボウはあるんだ。いいプランがある……って、お燐が言ってた」
 チルノの言葉に通気口からの声は沈黙した。
 氷精は、もしかして感動させてしまったかと、小首を傾げてリアクションを待つ。
 しかし、通気口の声は、何も言い返さない。
 少しマナー違反になるが、チルノは通気口に向かって尋ねる。
「カンドウした?」
「ああ、ちょっと本を読んでただけ」
 通気口の声は、素っ気なく言った。
 それに、チルノはがっくりと肩を落とした。
「えーと、それじゃあ。あたいは行くから。必ずテレビジョンを使えるようにして帰ってくるからね」
 それから、しばらくしてチルノが別れの挨拶をする。
 通気口から「いってらっしゃい」というやる気のない返事が返ってきた。


 テレビジョンにできる事は、遠くの映像を映す事である。
 この像は、外の世界の霊であるという。
 テレビジョンは、そんな霊(ゴースト)の力を借りて、遠くの景色を映し出す道具なのという。
 これは、千里眼の能力に等しく、使えれば極めて有用である。更に、テレビジョンは音声も付随するという情報もあり、これが本当であれば、六神通で言うところの天耳通の能力も有している事になる。
「それは、とても強力な道具なんだろうねぇ」
 テレビジョンを求める旅、それのリーダーである火炎猫燐は、旅の供であるチルノに解説をする。
「つまり、どういう事?」
「テレビジョン、最強」
 その説明にチルノは、わかった、と力強く頷いた。
 そして、チルノは旅の荷物が入ったリュックサックを背負い直すと、隣を歩くお燐に向かって宣言する。
「……でも、あたいも最強だよ!」
「ああ、分かっているよ」
 自分の言葉に頷いたお燐を見て、チルノは笑う。
 そんな氷精の顔を見て、お燐も少し和む。
 だが、そうした旅の和やかな空気はすぐに消えてしまう。
 旅が厳しい面を露わにしたからだ。
「難所だ。酷い崖だよ」
 チルノが呻く。
 それまでの山道を抜けると、唐突に切り立った崖が姿を現す。
 実に見事な断崖絶壁で、チルノとお燐の歩みは止まってしまった。
 このまま、テレビジョンを起動させる旅は、すぐに終わりを告げるのだろうか。
「あたいに任せな」
 そこにお燐が進み出る。
 彼女は、背負っていたリュックサックをチルノに預けると、にゃーん、と一声鳴いて猫の姿になった。
 黒の毛並みに赤毛の混じる怪しげな猫、それがお燐のもう一つの姿なのである。
 彼女は、切り立った崖を猫の身軽さで速やかに降りていく。それは、鵯越(ひよどりごえ)の逆落としもかくやといった光景だ。
 見事に崖を駆け降りたお燐は、再び人の姿に戻った。
「お燐すごい!」
 崖の上でチルノが、驚きの声を上げる。
「ふふん。あたいは猫の端くれでもあるからね。この程度の崖なんて屁でもないさ」
 駆け降りたお燐も得意げだ。
 そして、彼女は崖の下を見回して安全を確かめるとチルノに向かって、ここは安全だと合図を送る。
「それで、あたいはどうすればいいー?」
 チルノが切り立った崖の上から叫ぶ。
「あたいは下から声援を送っているから、あたいの分のリュックも持って、降りて来るんだー」
「わかったー!」
 そうしてチルノは降りる事になった。
 後ろに自分のリュック、前にお燐のリュックを持って、断崖絶壁をロッククライミング、大変危険極まりない。
 その上、崖の土は崩れやすく、気を抜けば崩れてしまい、チルノは崖下に叩きつけられてしまうだろう。
「チルノー、あまり下を見ちゃ駄目だよー」
「わかったー」
 お燐に答える為にチルノは下を見てしまう。
「もう、駄目じゃないか」
「あ、ごめん」
 慌ててチルノは前を向くと、お燐の声援を受けながら下に降る。
 こうして二人は、無事に難所を越えて、再びテレビジョンを動かす為の何かを探す旅に戻った。



 日が暮れたので、二人はシェルターを作り、キャンプをする。
 焚き火のすぐ傍にお燐が陣取り、チルノは反射板の裏に居た。
 チルノは氷の妖精なので、焚き火の熱が不快だからだ。
 即興で作ったシェルターの傍で、火車と氷精は和やかに談笑をしている。
「それで、あたいは言ってやったのさ! 道に迷うのは妖精の所為だって」
「なるほど、それは当然だ」
 氷妖精と火車。
 ある種正反対な二人が知り合ったのには、少し前のことだった。
 チルノがいつも通りに蛙を凍らして遊んでいると、顔見知りの妖精がやって来てこう言う。
『やあ、チルノ。いま、最高にクールな遊びが何か知っている?』
 妙に顔色の悪い妖精に唆されて、チルノが連れて行かれた場所こそ、火炎猫燐の仕切る死体繁華街だった。
 その頃、地下から出たばかりのお燐は、妖精達を集めて、地底で流行っていた遊びを、地上の妖精達の間で流行らせていた。
 それは、死体の振りをする危険な遊び『死体ごっこ』である。
 このインモラルで危険な遊戯は、地上の妖精たちにもバカ受けし、チルノもすっかり死亡遊戯に夢中になった。
 そんな中で、チルノは死体ごっこへの異常な才能を開花させ、ゾンビフェアリーの中でも、頭角を表す。
 その出世の仕方は、まさに風雲登り龍。
 チルノはお燐に認められ、互いに一人称が『あたい』という事や、お燐の親友と良く似ているという事も幸いし、お燐から対等の友として扱われるようになったのである。
 ここでチルノはお燐から、ある提案をされた。
「……なあ、チルノ。あたいのプランに乗らないか?」
 それこそが、テレビジョン起動という計画である。
 チルノは、それがどれだけ凄い事なのか理解できなかったのだが、聞いているうちになんとなく素晴らしいものに思えてきたし、割と天気が良かったので、お燐に協力する事にしたのだった。
「本当は、お空にも手伝って欲しかったんだけど、あいつは山を離れられないからね。これは信頼できる奴にしか相談できない。お空以外で信頼できそうな奴ってなると、チルノ……あんたしか居ない」
「お空ってすっごい熱いやつ?」
「なんだ。お空と会った事あったんだ」
「なんか変なトコにいた」
「あー、間欠泉センターだね」
 お燐が、腕組みをして頷いた。
 氷の妖精と間欠泉センターの管理人、普通に考えれば出会う道理はないのだけど、出会ったという事は、縁があったという事だろう。
 全ては因果の流れの中に。
「それでさ、お燐とあたいは何処に行くの?」
 その言葉で、それまでの和やかな空気は一気に消えた。
 お燐は真剣な表情をして、チルノの傍に寄ると耳元に口を寄せる。
 
 ――スパイを警戒しているのかもしれない。
 
「これから、あたい達は『デンパ』を探しに行く」
「なにそれ」
「ほら、天狗がスキマ妖怪からテレビジョンについて聞いたらしいじゃないか。その時に、あのスキマはこう言ったそうだ。『デンパガトドカナイノヨォ』って。つまり、テレビジョンが使えない原因、テレビジョンに足りないモノが『デンパ』なんだ。そして、あたい達は、それをある所に『届ける』必要がある」
「どこに?」
「それは既に調べてあるから、時が来れば話すよ。だから、今はデンパを探す事に集中すれば良いんだ」
 どうやら、お燐は相当に警戒をしているらしい。
 だが、それも仕方は無いのかもしれない。テレビジョンは、とても便利で魅力的な道具だ。
 もし、それが使える様になれば、誰もが目の色を変えて欲しがるに違いない。幻想郷のあり方すら変ってしまうかもしれないのである。
 お燐の警戒は当然と言えた。
「それじゃ、これからのプランを説明するよ」
 そういうと、お燐は地面に幻想郷の地図を書きはじめた。
 人間の里に妖怪の山、博麗神社に三途の河と一般的な幻想郷の地図だ。
 地面に描かれた地図の一点に、お燐はバツ印を付ける。
「ここが現在地」
「ふんふん」
 次にお燐は、そこから少し下の方にマル印を付けた。
「ここに『デンパ』を作れる奴が居る」
「そんな奴が居るんだ!」
 チルノが大声を上げた。
 すると、お燐は、シッと注意をする。
 聞かれたら不味いというサインだ。
 そんなお燐の仕草を見て、チルノも思わず口を塞いで辺りを見回した。
 夜の幻想郷は不気味そのもの、暗闇に何が潜んでいるか分かったものではない。
 何も無い事を確認すると、二人は再び『デンパ』についての話に戻る。
「まだ、誰もテレビジョンを使っていない事を考えると、誰もそいつが『デンパ』を作れるとは気が付いていないんだと思うんだよ。本人だって気が付いているか怪しいもんだ。つまりテレビジョンを最初に使えるのは、あたい達ってことだねぇ」
「お燐はやっぱ凄いね!」
 チルノがお燐を褒め称えた。
 それにお燐はむず痒そうな顔をする。
「さあ、とりあえず、これでこれからのプランが分かっただろう? チルノはさっさと寝ちゃいなよ。あたいは、見張りに立つからさ。だいたい四時間経ったら起こすからね」
 照れくさくなったのか、火車は妖精を無理やり寝かせて、自分は見張りに立つのだった。


 かつて因幡国に高草郡という場所があった。
 そこは兎達の住む竹林だったのだが、ある日、大波に浚われて外の世界からは消えてしまったのだという。
 だが、外の世界から消えただけで、それが本当に消滅したとは限らない。
 高草郡は、外の世界で幻想となったモノが流れ着く場所に流れ着いていたのである。
 その場所の名は、誰もが知る場所『幻想郷』
 高草郡は、そこに流れ着いたのだった。
 そんな高草郡は、昼でも日が差さないほど深く、迷い易い事から幻想郷ではこう呼ばれている。
 
 ……迷いの竹林と。
 
「迷ったかねぇ」
 お燐がぼやく。
「道に迷うのは、妖精の所為だよ」
 チルノがお燐に言う。
「って、事は、これはチルノの所為なのかい?」
「あたいじゃないよ!」
 濡れ衣を着せられて心外だと、チルノは憤る。
 確かに、先頭を歩いていたのはチルノではなくてお燐だ。
「しかし、困ったな。『デンパ』を作れる奴は、この迷いの竹林の奥に居るのに」
 そうして二人が困っていると、竹林の向こうからザワザワと音がする。
 二人は同時にリュックサックを下ろして身を軽くすると、警戒をした。
「……そんなに警戒をしないで欲しいね」
「お前は誰だ!」
 チルノが叫ぶ。
「おいおい、思いっきり顔見知りじゃないか」
 姿を現した高草郡の最長老である因幡てゐは、呆れた顔でチルノを見た。
 確かにそれは、チルノも良く知る『因幡てゐ』だ。
「なんだい、チルノの友達かい。あたいは、火炎猫燐、お燐と呼んでおくれ」
「はいはい、お燐ね。知っているよ、少し前に人間の里で死体を盗んで騒ぎを起こした奴だろう?」
「違う違う。あたいは単に『死体が無くならないように預かってあげた』だけさ。その時ついでに、六道輪廻という際限の無い悪夢から救ってあげただけだと」
「ハハッ、よく言う。六道輪廻から無理やり外しておいて、永遠に苦しむ牢獄に閉じ込めて」
「そう思うかい? だいたい六道は何処まで追っても苦しみに満ちている。例え天道であっても苦痛がある事には変わりはない。だが、怨霊の道は違うよ。地獄に落ちる事も無く、あたいと一緒に好き勝手に暮らせるんだ。これの何処が不幸だと?」
「私も詐欺兎と呼ばれるけど、お前はそれ以上だね。怨霊となる事の何処に幸福があると言う。人間なんてよわっちい生き物は、神や御仏の保護にあるのが一番いいのさ。そこから勝手に引きずり出して……」
 てゐとお燐が、何やら難しい話を続けている。
 二人は『ブッポーカイシャク』の違いとか『ジユウイシ』こそ重要などと罵り合い、長々しい口論を繰り広げた。
 そこにチルノが割り込む隙も無い。
「うう……」
 それでも、チルノは友達二人の会話を聞いていたのだが、ついに知恵熱を出して倒れてしまった。
「あ、チルノ!」
「おい、大丈夫か!」
 チルノは倒れ、猫と兎が駆け寄った。
 半分溶けたチルノは、そんな二人を見て弱々しくこう言う。
「さ、三行で……」
 その言葉を受けて、お燐とてゐは互いに指差して「とりあえず、こいつの事が気に入らない」と同時に言う。
「……そっか、ようやく……わかったよ、わかったんだ」
 それを見て、チルノは微かに笑うと、力を失い崩れ落ちる。
 迷いの竹林に、チルノの名を呼ぶお燐の悲痛な叫びが木霊した。


「……デンパを作って欲しいですって?」
 唐突な提案に、永遠亭で一番立場が弱いと評判の鈴仙・優曇華院・イナバが眉をひそめる。
「うん、それがあればテレビジむぐむぐ」
 頷いて説明をしようとするチルノの口をお燐が素早く塞いだ。
(まったく、駄目じゃないか。テレビジョンの事は内緒だって最初に言っただろう?)
「え、そうだったの?」
 チルノが、今初めて聞いたとばかりに声を上げる。
「お前は何を聞いていたんだよ」
 お燐は頭を抱えてしまった。
 そんなコソコソとしているチルノとお燐を、鈴仙と、二人をここまで案内してきたてゐは、疑わしげな目でジーッと見つめている。
「……怪しい」
 特にてゐは、お燐に強い疑惑の視線を向けている。
 やはり、普段から悪戯をしている悪戯のエキスパートだけあって、陰謀や謀略には敏感なのだ。
 そんな痛い視線を背中に受けながら、チルノとお燐は、鈴仙に向かって『デンパ』を作って欲しいとひたすらに懇願する。
「そもそも、なんで私に頼むわけ?」
「簡単な話だよお姉さん。あなたが幻想郷で唯一『デンパ』を作れる人だからさ! そもそもデンパとは、目に見えないモノである。それは手に持ったり掴んだりすることなんてできないのだけど、ある特定の条件下では、人に宿る事があるんだ! あたいは知っているよ。お姉さんの能力が『狂気を操る程度の能力』だってね。これを使えば、人に『デンパ』を宿らせる事が出来るんだろう? 狂人はデンパである、これは『ベッサツタカラジマ』に書いてあった本当のコトだからね」
 お燐の言葉に鈴仙は難しそうな顔をする。
「んー、できるかできないで言えば、できる。けど、それはやりたくないなぁ」
「なんで?」
 チルノの問いかけに鈴仙は何とも言えない顔で、お燐とチルノを交互に見た。
「……まあ、やれっていうならやるけどさ。で、どっちがデンパになりたいの?」
 その言葉に含まれる物騒な空気に、チルノとお燐は固まってしまう。
 そうなのだ。
 デンパを手に入れる為には、どちらかが『デンパ』にならなくてはならない。鈴仙の能力によって、デンパにさせられるという事は、狂気に陥る事である。
 情緒不安定になる、狂う、正気を失う。つまりは、発狂するのだ。
「チルノ……ファイト!」
 お燐はチルノに投げた。
「な、なんか嫌なんだけど」
「大丈夫だよ。チルノだったら、最初から頭が悪いんだから、これ以上悪くはならないだろう?」
「あたい、馬鹿じゃないよ!」
 チルノはチルノで拒絶する。
 流石のチルノも、殺されそうになっても日記を書くことに執着したり、ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん と言いながら、踊り狂ったりはしたくないのだ。
 チルノとお燐は取っ組み合いの喧嘩を始める。
 何ともグタグタな様相を呈してきた。
「ねえ、鈴仙」
「なに?」
「そもそもさ『デンパ』になったら、どうなるのっと」
 そんな二人を眺めていてもつまらないと、てゐが鈴仙に尋ねる。
「まー、簡単に言えばデンパってのはね。チャンネルが人より多い人の事を言うのよ。普通では聞こえない声を聞いたりできるのね。外の世界じゃ憑依体質とかトランス体質なんて言い方もあるわ。それで、頭の中の声に心を奪われたり、自分じゃない誰かの命令を聞いたりしてしまう。概ねそんなところでしょう」
「ふーん。それなら鈴仙もデンパ?」
「チャンネルの枠が広くて、受信も送信もできる。声が聞こえたりしないって違いはあるけど、広い意味で言えば、確かに私も『デンパ』かもね」
 その言葉を聞いて、チルノとグダグダな掴み合いをしていたお燐が目を輝かせた。
「よし、おねーさん! あたいと一緒に来て下さい!」
「いや、これからご飯の支度があるんだけど……」
「そーだ、火車はカエレ!」
「そんな! せめて話をッ」
 だが、二人の兎から拒絶されてはどうしようもない。
 お燐とチルノの二人は、永遠亭から放り出されてしまった。
 


 永遠亭を追い出され、お燐とチルノはトボトボと帰路に着く。
 肝心の『デンパ』が手に入らなくて、二人はすっかり沈んでいる。
「もうちょっとで『デンパ』が手に入ると思ったんだけどねぇ」
「あたいは、馬鹿になりたくない」
「わかったよ。あたいだって、友達に本当に気が狂われたら悲しいからねぇ。というか、アレは本当にゾッとしたからなぁ」
 火車は、そういうとブルッと身を震わせた。恐らく、昔の事を思い出しているのだろう。
 少し前のこと、お燐にはお空という共に旧灼熱地獄を管理するパートナーがいた。だが、ある日のこと、彼女は突然『ヤタガラス様が私に語りかける』と言いだして、地上を灼熱地獄にしようと暴走を始めたのである。
「……あれは、本当に怖かった」
 お燐は、しみじみと呟く。
 その後、狂ったと思っていたお空に、本当にヤタガラスが宿っていた事を知り、お燐は本当に安心した。
 だが、お空の言動に恐怖した事を、お燐は一生忘れられないだろう。
「え、それってあたいもデンパになればパワーアップするってこと?」
「何を聞いていたんだお前は」
 呆れ顔でお燐はぼやく。
 そんなお燐の隣で、チルノは「そっかー、惜しい事をしたなー」などと、意味不明の供述を繰り返している。
「やれやれだねぇ」
 お燐は、肩をすくめた。
 まるで、お空と会話をしているような気分だな、と感じたのである。
 鳥頭のお空と、妖精の中でも指折りに頭が悪いチルノ、どっちも会話をしていて疲れる事この上ない。
 そんな感じにお燐が疲れていると、いつの間にか二人は迷いの竹林を出ていた。
 行きと異なり、帰りは楽なものである。
「さて、後は天然のデンパを探すしか道はないわけだけど、チルノに心当たりはあるかい?」
「何の?」
「だから、デンパについて」
「グタイテキに説明をして」
 腕組みをして踏ん反り返りながら、チルノはお燐に要求する。
 チルノとお空は似ていると、お燐は考えていた。だが、この変なところで尊大な態度は、お空には無い部分である。
 いつもであれば、それは楽しいスパイスだけど、疲れている時は殊更イラッとくる。
 お燐は、そんなチルノの態度に切れそうになりながらも、辛抱強く、具体的な説明をしてやった。
「デンパってのは、精神の波長が短い奴だよ。一般的には情緒不安定とか気が狂っているとか言われる奴の事さ。言動に脈絡が無くて、突拍子もない事を言う奴のことだね」
「あたい、よく言われるよ。『お前はトッピョウシもない奴だな』って」
 チルノの言葉にお燐は、うんうん、と頷く。
「確かにチルノは突拍子もないね。でも、デンパはそんなレベルの突拍子の無さじゃないのさ。例えば、チルノは……ここに干してある大根を見てどう思う?」
 そう言うと、お燐は畑の隅で干されている大根を指差した。
「うーん。そうだな、レティ元気にしているかなって、思って悲しくなった」
 その言葉に、お燐は頷いて、聞く。
「なんでそう思った?」
「えーと、よく分かんない」
「いいや、分からないってことはないよ。だって、チルノはデンパじゃないんだからね。だから、発想の飛躍は理性の範疇で起きている。少しずつ思考するんだ。大根→レティの間を……例えば、大根は白い。ここから、冬の妖怪に思い至った可能性はあるだろう?」
 お燐の言葉にチルノは、腕組みをし、瞑目して考えを巡らす。
「……あー、そう言えばレティがずっと前に、里の子どもから『ダイコン足』って言われて、凄い怒ったことがあったから、それの所為かも」
「そら、極めて普通の連想だろ。突拍子もないと言われるチルノだって、そんな程度なんだよ。でも、本当のデンパは違うよ。発想の飛躍が尋常じゃない。飛び過ぎているのさ。例えば、あたいが知っているケースだと、外の世界に居るデンパは、大根から虹を連想したらしい」
「なんで?」
「さあね。あたいだって、分からないよ。大根から虹が出てる光景でも見たんじゃないかな」
 投げやりにお燐は言った。
 ある心理学者によれば、人々の無意識は集合無意識によって繋がっているという。
 だが、ごく稀に常人とは違う無意識と繋がっている人間が居るのだそうだ。
 それが先天性の存在を人は天才と呼び、後天的にそちらに繋がってしまった者をデンパと呼ぶのかもしれない。
「単なる戯言に過ぎないとは思うけどね。まあ、あたいに分かる事はただ一つ、古代より人間はデンパを用いて、知らないはずの事を知ろうとしていたって事だけさ。古代ギリシアのデルフォイにあった太陽神アポロンの神殿には、シビュラと呼ばれる巫女が居て、彼女達は人間に、人の身では知ることのできない事柄を宣託した。他にもデンパの、知ることができないはずの事を知ってしまう特性を、人間は活用しようと様々な技術を発展させた。テーブルターニング、ヒロエニムス・マシン、ラジオニクス……その最終形がテレビジョンだよ」
 デンパの持つ特性を最大限に活用するのが、デレビジョンの本質である。
 だからこそ、お燐はそれを起動させるためにデンパを探し求めたのである。
「んー?」
「チルノ、どうした?」
 突然、チルノは頭をグルグル回して考え始めた。
「いや、虹の話って、なーんか聞いたことがあるなーって思って」
「うん?」
「……どこかで、聞いた事が……ああ、そうだ『今日のケーキの上に虹がかかっていたから、それをパクっと食べてあげたわ』だっけ」
「その会話、何処でした?」
 お燐はチルノの肩を強く掴んだ。


 フランドール・スカーレットにまつわる評判はさほど多くはない。
 それは、彼女が屋敷より出ず、来客にも姿を現さない為である。
 少ない目撃談を総合すると大抵言われるのは『気がふれてる』や『情緒不安定』というものだ。
 それが、単なる心の病であるのか、それともテレビジョンを起動させる為に必要であるデンパなのかは、分からない。
「でも、確かめる価値はあるよ。デンパの製造ができないなら、天然のデンパを探すしかないんだからね」
 お燐の提案で、二人はフランの住む紅魔館へ向かった。
 悪魔の住む屋敷、紅魔館。
 その地下にフランドールは閉じ込められているのだという。
「あたいは、そこの通気口を通じて話をしたりしているんだよ」
「なるほど。知り合いってのは心強いねぇ。しかし、どうやって知り合ったんだい?」
「えっと、かくれんぼをしていてさ。そこで声が聞こえてきたのよ」
 チルノの話を総合すると、こういう事らしい。
 他の妖精たちと、かくれんぼをしていたチルノは、紅魔館に隠れ場所を探してやって来た。
 そして、かくれんぼの為の場所を探していたチルノが目を付けたのが、紅魔館の通気口だ。
 紅魔館は、吸血鬼の館だけあって窓が少なく、普通の建物に比べて通気性が悪い。
 だから、このような通気口が必要なのだ。
 チルノが見つけたそれは、格子を外せばチルノが入り込めるほど入口が大きかったそうだ。
 これは良いと、チルノは紅魔館の通気口に忍び込んだのだが、頭が詰まって、動けなくなってしまった。
 そこで大声で助けを呼んでいると、フランが気付いて、人を呼んで助けてくれたという事らしい。
「あの時は、死ぬかと思ったわ」
 そう言って、チルノは肩をすくめた。
「なるほど、そいつは大変だったね。で、そのフランとは今でも付き合いがあるってわけだ」
「うん。あたいは顔が広いからね」
 無邪気に頷くチルノに対し、お燐は確認するように頷く。
 そうしている間に、チルノとお燐は紅魔館に辿りついた。
 空を飛べば早いものである。
 全体的に紅いから紅魔館、極めて単純なネーミングセンスの屋敷に侵入する。
 途中で、門を守る門番が居たけれど、裏門には人が居ないので、そちらから入れば問題はない。
 チルノとお燐は、真っ直ぐに通気口を目指した。
「で、どこだい?」
「こっちだよ」
 チルノの案内で、二人はフランと話ができる排気口に辿りついた。
 その通気口は、二人の膝くらいの高さに設置されている。
 格子の付いた四角い通気口、その大きさは猫ぐらいならかろうじて入り込める程度だろうか。
 これに隠れようとは、チルノもなかなかチャレンジャーである。
「やっほー、フラン」
 チルノが地下室へと声を送る。
「おかえり」
 と、つまらなそうな声が返ってきた。
 どうやら、フランドールはいつも通りに地下室に閉じこもっているらしい。
 ゴホンと一つ咳をして、お燐はチルノを退かせると、妖精がしているように屈んで通気口に顔を寄せる。
 少しばかり、人には見せたくない光景だった。
「こんにちわ」
「あんた、だれ?」
「あたいは、チルノの友人で火炎猫燐っていうんだけど、今日はちょっとフランにお願いがあってやってきたんだよ」
「いきなり頼みを持ってくる友達の友達にロクな奴はいないよね」
「うぐっ」
 フランの先制攻撃に、お燐は52ポイントのダメージを受ける。
 なかなか手ごわい
「ま、まあ、とりあえずあたいの話を聞いてくれないかな」
「なに?」
 それから、お燐はフランドールに、テレビジョンの起動に関わる計画と、フランがその鍵である事を説明した。
 できれば、内緒にしておきたいが、少し話しただけで、腹に一物を抱えていて説得できる相手ではないと確信したのである。
 しかし、フランは話を聞いている間、気の無い相槌を打つだけで、リアクションが薄かった。
「で?」
「それで、あたい達と一緒に来て欲しいんだよ……とても高い場所に、例えば妖怪の山が妥当だと思う。デンパは高い場所と相性が良いらしいからね。そこで『デンパ』を届けて、あたい達はテレビジョンをつけるんだ」
「面倒くさい」
 フランドールは、あっさりと拒絶した。
 お燐のこめかみがピクリと動く。だが、彼女は大きく息を吐いて、深呼吸をした。
「あー、でも大丈夫だよ。あたいとチルノで、全力でサポートするし、妖怪の山には知り合いだっているんだ」
「いや、単純に屋敷から出るのが、面倒くさい。聖職者の位で言ったら枢機卿の位ぐらいメンドクサイな」
 枢機卿とは、カトリックにおいて教皇に次ぐ立場の人物である。つまりは、フランドールにとって、外に出るのは相当嫌という事だ。
「……けど、教皇の位じゃないんだよねぇ」
「まあね」
「なら、交渉の余地はあるってことだよねぇ」
「あんたがそう思うなら、そうなんだろうね。あんたの中では」
「ははは、なかなか手ごわそうだ。んじゃ、フランちゃんに質問でーす。フランちゃんは何か欲しい物あるかなー?」
「悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように清らかで、恋のように甘いものが飲みたいかも」
「いや、あたいは今飲みたいものを聞いているわけじゃないんだけどねぇ」
 お燐とフランドールが熾烈な交渉を続けている中、チルノは暇を持て余していた。
「暇だなぁ」
 空を見上げれば、太陽はもう沈みかけていた。少し涼しくなって来て、これなら一休みするのも良いかもしれない。
 チルノは、自分の腕を枕にして、一眠りをすることにした。
 そんな平和そうに寝ている氷の妖精とは対照的に、吸血鬼と火車の交渉は熾烈さを極めていく。
「何が欲しい。金かい?」
「一応、私はお嬢様よ。コインいっこで買収される程安くはないの」
「とりあえず、あたいは地上の滞在費として五十円ほど持たされている。また、金を作ろうとすれば、この五倍はいける」
「私の部屋に飾られているこの皇帝卵。これは店で売ろうにも、値段が付けられないそうだよ。お姉様は二十万で紫から買ったとか言ってたけど」
「くそ、この紅いブルジョワジーめ! 資本家の豚め!」
「金で動く程、スカーレット家は軽くないという事よね」
 お燐は格子をガリガリと噛みながら交渉を続けている。
「あら?」
 すると、鉄格子は簡単に外れてしまった。
 それはそうだろう。チルノが中に隠れようとしたぐらいだ。外そうとすれば、簡単に外れて当然だ。
 外れた通気口を、お燐はずっと見ていたが、うんと頷くと猫の姿になって、その中に潜り込む。
「なに? どうしたの?」
「にゃーん!」
 猫の姿では人語は喋れないので、お燐は鳴き声で返事をする。通気口の中にいると反響して酷くうるさい。
 そうして、お燐は暗くて狭い穴を通ってフランの部屋へと向かった。


 フランドールの部屋は、極めて豪奢で心地よい空間である。
 センスの良い調度品が並び、部屋に敷かれた絨毯は紅で、そこには塵一つ落ちていない。
 そんな部屋の上に、通気口が取り付けられている。地下室という密閉空間では、通気口が無ければ、息が詰まってしまうだろう。
 そこに嵌めこまれた格子が、ガタガタと揺れる。
 外から、猫が侵入しているからだ。
「まったく、そこまでして私を連れ出したいか。藪から蛇という言葉を知らないとはね。触らぬ神に祟り無し、キジも鳴かずば撃たれまい。この原則を忘れた愚か者は、我が怒涛の如き弾幕によって灰燼と帰すがいい!」
「にゃーん」
 通気口から飛び出たお燐の姿を見て、弾幕ごっこの前口上を述べていたフランは固まった。
 黒い毛に燃えるような赤い毛が混じるくりくりした目の猫、その姿にフランの目は釘づけになる。
(や、やばい……なにこれかわいい)
 生まれて初めて見る猫に、フランは一目見て心奪われてしまう。
 それも無理はあるまい。
 彼女は、これまで紅魔館に閉じこもりっきり、可愛い動物なんて見た事なんか無かったのだから。
「にゃん?」
「ひゃっ」
 小首を傾げる動作によって、フランは思わず悲鳴を上げる。
 可愛すぎたのだ。
 フランドール・スカーレットも女の子、本来ならば可愛いものには目が無いお年頃。
 そこに知恵を持ち、自分の特性を完全に弁えた猫が姿を現したのである。猫に対して免疫を持たないフランが、耐えられる筈はない。
「にゃあ」
「え、な、なに?」
 既に主導権はお燐が完全に握っている。
 それを確信したお燐が、フランを一気に落としにかかっているのだ。

 その猫は前足を上げると、それでフランをパンチした。
 世に言う猫パンチである。
 その肉球の感触を味わったモノは、二度と猫の魅力から逃れることができない呪われた獣の業(アート)だ。

「か、可愛いいいいい!」

 フランが奇声を上げ、我を忘れたようにお燐を抱きしめようとするが、次の瞬間に猫は煙に包まれて、人の形に変化していた。
「はい、これでお試しは終わりだよ」
「え、ええっ」
 吸血鬼に抱きつかれたお燐は、困惑しているフランを眺めながら、澄まし顔で言った。
「で、あたいに協力をしていただけますか? お嬢さん」
 その言葉にフランは、悔しそうな顔をする。





 うどんと言えば、タイガー・ジェット・シン。
 カッパと言えば、タイガー・ジェット・シン。
 フランドール・スカーレットに連想テストを施すと、その答えは常にタイガー・ジェット・シンだった。
「うん。合格だね」
 インドの狂虎としか答えないフランを見て、火炎猫燐は笑顔で納得、彼女をデンパと認定する。
 そして、三人は妖怪の山を登る事になった。
 途中で起こった天狗の妨害に、お燐の賄賂やコネが飛び交いながら、概ね三人は順調に、妖怪の山を踏破していく。
 旅が順調であれば、話も弾むもの、三人は山を征服しながら和やかに談笑をする。
 その話題は、テレビジョンで何を見るかというモノだった。
「あたいは、なんか凄いのが見たいな」
 チルノがファジーに答える。
「んー、可愛い動物とか、そういうの」
 お燐によって可愛い動物の魅力に目覚めたフランは、動物が見たいと答えた。
「……あたいは、特にない。でも、さとり様に外の光景とか、そう言ったものを見せてあげたいな」
 お燐が、ポツリと零す。
 どうやら、お燐がテレビジョンにこだわった理由は、主人である古明地さとりの為だったらしい。
 人の心を読んでしまうので、人と会う事を自重し、地霊殿に閉じこもっている妖怪さとり。お燐は、主人にテレビジョンという、引き籠っていても楽しめる道具をプレゼントしたかったのだ
「そうなると、あたいもレティにテレビジョンを差し上げたい!」
「それじゃあ、私はお姉様にあげて、ずっと部屋で引き籠っていて欲しい!」
 三人は顔を見合わせて思わず笑うと、とても楽しげに険しい山道を登って行ったのだった。

 妖怪の山に着き、三人はテレビジョンをつける為の準備をする。
 まだ時間があるとはいえ、あと何時間かすれば夜が明けてしまう。その前に、すべてを終わらせる必要があった。
 お燐は、テレビジョンを背中から下ろす。
 外の世界における戦後の間もない頃、人々が欲してやまなかった足と観音開きの扉まで付いた総天然色の豪華カラーテレビジョンである。
「さて」
 テレビジョンを下ろすと、お燐は懐から奇妙な物体を取りだした。
 それは、赤い骨組でできた妙な置物で、お燐はそれをテレビジョンの上に乗せる。
「これはアンテナというものなんだ。テレビジョンはデンパをホウソウして届ければ、映像を映し出すらしい」
 これが、お燐が隠していたテレビジョン起動に関わる最後の鍵だ。
 用心深く秘密主義なのは、猫であるからだろうか。お燐は、最後の最後まで、テレビジョンにはアンテナが必須だと隠していたのである。
 
 かくしてアンテナが設置され、テレビジョンの起動が開始された。
 
 リボンで包装したフランドール、これでデンパのホウソウという段階は完了する。
 これをアンテナに届ければ、テレビジョンは様々な外の世界の光景を映してだしてくれるだろう。
 チルノは、物を届ける為の装束に着替え、包装されたフランを抱え上げた。
「ちわー! 妖精宅急便でーす! デンパのお届けにまいりました!」
 大雑把にチルノはテレビジョンの上にフランを届ける。
 テレビジョンを構成する部品の一つであるブラウン管が、ブゥンという音を立てて光を放ち始めた。
 お燐とチルノは、ブラウン管に齧り付き、そこを見ている。
 すると、ブラウン管はぼんやりとボケた像を映し始め、それは次第にハッキリとした映像へと変化していった
「や、やったー!」
 お燐が声を出して、万歳をした。
 テレビジョンに映った映像は、深く降り積もった雪の中で血だらけの男が、畜生などと喚きながら、悶え苦しんでいる光景だ。
「やったー!」
 チルノも同じように万歳をする。
 テレビジョンの場面は変わり、翼が生えた変な形の物体から、液体が漏れている光景が映し出されている。
「うーん。私も見たいよー」
 フランが身体をよじって、テレビジョンの画面を見ようとする。
 だが、バランスを崩して落ちてしまう。
 ブツンと音を立てて、テレビジョンは消えてしまった。
「あー、消えちゃったじゃない!」
「続き続きー!」
「私も見たいよー」
 落ちたフランをアンテナに届けると、再びテレビジョンは映像を映し出す。
 そこに映る映像は、血まみれの男が、雪の上に漏れていた液体に火を点けて、『Yippee-ki-yey』とか言う良く分からない事を叫ぶと、翼が生えた変な物体が大爆発を起こしているという光景だった。
「うわー、大爆発だねぇ」
「すっげー」
「だから、私も見たいってー」
 身をよじって再び落ちると、またテレビジョンは消えてしまう。
「誰か交代してよー!」
「他に誰もデンパが居ないからねぇ」
「続きはマダー?」
 三人は、揉めながらも、テレビジョンを存分に楽しんだのだった。


 夜明けが近づいてきたので、三人はいそいそと帰りの支度をする。テレビジョンのデンパであるフランは、吸血鬼なので太陽の光を浴びると大変な事になるからだ。
 そうして、帰りながら三人はある種の考えが浮かんでいた。
 テレビジョンは、確かに素晴らしい機械だ。見ているだけで面白いという、普通ではありえない事を成し遂げる。
 だが、一つ問題がある。
 テレビジョンは、チャンネルを変える事で、様々な光景を映し出す。
 チャンネルは、それぞれ特色がある光景を映し出すのだが、三人のチャンネルの好みが違っていたのだ。
 
 フランドールは、動物が映っているチャンネルを何よりも好む。彼女は、テレビジョンの上から、器用に動物の映像を見ているとご満悦であった。
 チルノは、激しいチャンネルが好きだ。外の世界の英雄が活躍するものや、侍が戦うものを見て、熱狂する。
 そして、燐は恋愛ものに目が無い。特に三角関係などのドロドロした恋愛モノを見ては、溜息を吐いてじっくりと楽しむ。
 
 三者三様の有様で、三人ともが、他人が見ている時にこう思った。
 
『さっさとチャンネルを変えろ』

 そして、三人がこう考える。
 自分だけのテレビジョンが欲しい、と。
 だが、テレビジョンを起動させるデンパはフランドール一人しかない。
 どうした所で、一人占めはできない。

 ならば、どうするか。

 三人いるから、問題が起こるのだ。これが、一人なら全く問題はない。
 奇妙な緊張感が辺りを包む。

 チルノが氷の剣を出す。
 お燐も鋭い爪を伸ばす。
 フランは、何処からともなく炎を纏った奇妙な形の剣を取りだした。

 三人とも、他の二人を亡きものにしようと襲いかかろうとした瞬間、フランがいま思いついたとばかりに声を上げる。
「あ、フォーオブアカインドを使えば良かったんだ」
「あっ」
 フランドールの言葉に、お燐とチルノは同時に声を上げた。



 それからしばらく。
 現在の幻想郷の多くの家で、分身のフランドールとテレビジョンがセットで置かれている。
 リボンで包装された分身フランドールは、アンテナにくくり付けられて、安定したデンパをテレビジョンに供給していた。
 河童によれば、デンパの安定供給によって、高い所でなくともテレビジョンが見られるのだという
 技術革新は、偉大だ。
「あら、お姉様。今日も名探偵モンクを見るの?」
「うるさいわね、好きなんだから良いじゃない」
 分身フランドールの言葉に、レミリア・スカーレットが不機嫌そうに答える。
「あんまりテレビジョンばかり見ていると、馬鹿になるし目も悪くなるよ」
「分かっているって言っているでしょ!」
 テレビジョンに向かって文句を言いながら、レミリアはモンクを見る。
 そんなレミリアを分身フランドールはケタケタ笑いながら見ているのだった。
 かくして今日も、幻想郷は平常通りに運営中。
 テレビジョンという新しい娯楽も、付属するデンパが煩わしいので、長く視聴する事が出来ない。
 テレビジョンをプレゼントされたさとりも、ペット達と一緒に短い時間見ているだけで、他はいつも通り。
 テレビジョンを手に入れた他の連中も似たようなものだった。
「ほら、お姉様。番組が終わったんだから、お外に行って弾幕ごっこでもしてきたら」
「わかったわよ」
 そう言って、レミリアはテレビジョンを消す。
 すると分身フランドールは目を閉じて、休眠状態に入った。
「どこかに、デンパが静かなテレビジョンはないかしらね」
 テレビジョンに疲れた吸血鬼のお嬢様は、そっと溜息を吐くとポツリと呟くのだった。

 了
そろそろ普通にブラウン管テレビも幻想入りですね。

5/24
>7殿
誤字訂正いたしました。
ご指摘ありがとうございました。
maruta
http://taiyoukeinotomato.web.fc2.com/
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コメント



0.1460簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
このテレビ欲しいんですがどこへ行けば買えますか?
良いテンポでサックリ読めるSSでした。
6.90名前が無い程度の能力削除
徹頭徹尾何かがずれている。貴方はいったいどんな電波を受信したんですか…
9.80妖怪に食べられる係削除
ダイハード2w
金曜ロードショーでも受信したかw
10.100名前が無い程度の能力削除
これは……なんだ?
13.100名前が無い程度の能力削除
とりあえずタイガー・ジェット・シンと答えるフランは間違いなく電波。今のマサさんはリアル電波。
私ならフリッツ・フォン・エリックと答える。

飛べるのに何故かロッククライミングに興じる時点で既に電波なのか、それともただ愉しんでるだけなのか。
何れにしても、どこから褒めたらよいのか分からないがとりあえず100点じゃ足りない。
15.100名前が無い程度の能力削除
風の時の早苗さんが聞いたら発狂しそうな理屈だなw>デンパを包装

ああ、デンパがもう一つ増えるだけか
16.100名前が無い程度の能力削除
これお燐やチルノもデンパ受信しちゃってますね。
いや、最初からデンパか……。
18.100名前が無い程度の能力削除
あれ?テレビ見終わったらデンパなフランと遊ぶんじゃないの?w
19.100名前が無い程度の能力削除
かつてこれほどまでにテレビが欲しいと思ったことがあっただろうか
これはいいフランちゃん
22.100名前が無い程度の能力削除
とりあえず終盤さりげなく明かされたお燐の割とマトモな動機に全俺が泣いた。
24.100名前が無い程度の能力削除
テラシュールww
25.100名前が無い程度の能力削除
これは面白いwww
30.100名前が無い程度の能力削除
てっきり、勘違いの読み違えで結局テレビはつかないというのがオチだと思ったら。
予想外の展開でした。
37.100名前が無い程度の能力削除
終始「デンパ」を勘違いしていて、結局テレビは映らなかったけど小さな冒険をして三人は良いお友達になったのでしためでたしめでたし。
……ていうオチになると踏んでたのに、クールに裏切られました。
作中満遍なく漂うどこかズレた空気は、つまりこの幻想郷には始めから電波が満ちあふれていたということですね。
あとイピカイェーに爆笑しました。
38.100名前が無い程度の能力削除
すごい発想。楽しかったです。
この「デンパ」はどこで手に入りますかねぇ。
42.90名前が無い程度の能力削除
電波ァー!電波電波電波電波電波電波電波ァ!
電波からは逃げられねぇぞ!