Coolier - 新生・東方創想話

紫と麻雀と思いやり

2010/05/18 22:23:31
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※この作品は麻雀のルールを存じない方には理解が難しいシーンが結構あります。ご注意くださいませ。

 

それはある日の午後のことだった。
「ら~ん♪」
 やけに甘ったるい猫なで声、藍は紫がこういったふうに甘えるように自分を呼ぶ時は大抵が何か面倒なことを考えた時だとわかってはいた。しかし主である紫の言うことを無視するわけにもいかないのが式神の辛いところである。
「また何かくだらないことを思いつきましたね?」
(お呼びでしょうか紫さま)
「……藍、本音と建前が逆になってるわよ」
「紫さま! ギブです! ギブアップ! 」
 即座に隙間で藍の背後を取りパロスペシャルに固める紫、八雲家の躾は厳しいのだ。
 とはいえほんとに腕を壊しては元も子もないので藍の腕がやばくなってきたところきちんと見切り、紫は話を本題に戻した。
「ねえ藍、ゆかりん今と~っても暇なの」
「そうですか、じゃあ掃除と洗濯、食材の買出しにそれから等身大の橙抱き枕作りも手伝ってもらえますか?」
「で、藍にちょっと付き合ってほしいの」
「少しは人の話聞いてくださいよ……ん? 付き合う?」
 紫の言った「付き合ってほしい」の一言、これに思い当たることが藍には一つだけあった。
「付き合うってひょっとして“アレ”ですか?」
「そ♪ 麻雀♪」
「――さて、確か裏庭の掃除が……って紫様! それはまずいです! 足が、足がぁ~!」
 そそくさと逃げようとした式の背中に素早く飛び乗りテキサスグローバーホールドに固める紫、極めた足首の間接にひねりを加えるのがポイントだ
「なによ~たまには付き合ってくれてもいいじゃないの」
「いやいや、私じゃ相手にならないのはご存知でしょう?」
 藍は今まで何度か紫と卓を囲ったことがあるものの一度として勝った事はない、とはいえ相手は自分の主、ゲームで負けるのが嫌だというわけではない。むしろ楽しんでいただけるのならば喜んで勝ちを譲るところだ。しかし藍が嫌がる問題は別の点にあった
「正直なところ罰ゲームはもうこりごりなんですが……」
「あらあら、あれくらいでだらしないわねえ」
「あれくらい……ですか」
 前回は紫の他に白玉楼の幽々子と先代の庭師である魂魄妖忌を加えて打ったのだが結果は散々だった。そして最下位だった藍への罰ゲームはそれぞれが書いた罰ゲームが書かれたくじを引いた結果、太陽の畑のひまわりを何本かをへし折って「藍さま参上! 夜露死苦勇気!」と書いた紙を残してくるようにというものになった。泣く泣く実行しようとした藍だがひまわりに手をかけた瞬間に即座に幽香に見つかりフルボッコにされたのは言うまでもない、特にとどめにくらった魔性の一撃こと地獄の断頭台は今なお首元にその爪痕を残している、正直思い出したくもない思い出だ。
「そういえばあの罰ゲームってだれが書いたのかしらね? 幽々子や妖忌が思いついたものにしてはすこし悪ふざけが過ぎる内容だと思ったんだけど……」
「さて誰なんでしょうね」
 そっぽを向いてそ知らぬ顔で即答する藍、深く考えてはいけない、なぜなら狐は人を化かす生き物なのだ。
「まあ藍が遊んでくれないならしょうがないか――」
 藍は紫が諦めてくれてほっと息をつくがその直後のセリフで自分の考えが甘すぎたことに気づく。
「――だったら代わりに橙を呼んで……」
「それだけは勘弁してください!」
 即座に土下座して許しを請う藍。橙は麻雀を知らないが素直で飲み込みが早い子だ、教えれば麻雀のルールくらいはすぐに覚えられるだろう。しかしそれだけだ、ルールを覚えたばかりの初心者で紫の相手になるとは思えない、一方的に卓の上でなぶられてすってんてんにされるのが関の山だろう。
「藍? どうして鼻血を流しているの?」
「いえ……あの、ちょっぴりそれもいいかなあ? と思いましたがやっぱりダメです」
 想像したひん剥かれて許しを請うような上目遣いの橙の姿には大いに興味があるがやっぱりダメだ、それを堪能していいのは自分だけだと藍は即座に思いなおす。
「う~ん……じゃあこうしましょう。藍は橙と二人掛かりでかかってきなさい、ハンデ戦よ」
「コンビ打ちですか? ……それよりも橙は誘わないという選択肢はないのでしょうか?」
「それはダメ、もう決めたもの」
 紫の意志は固い、こうなったら藍がどんなに説得したところで無理だろう。
「……わかりました、ですが――」
「大丈夫よ、あなた達が負けても橙には罰ゲームはやらせないわ」
「それでしたら承知いたしました、少々お時間をいただけますか?」
「ええ、待ってるわ」
 

それからおよそ一時間後、藍は橙に麻雀のおおよそのルールと役を教えて戻ってきた。
「ただいま戻りました」
「お、おじゃまします」
「おかえりなさい藍、そして橙、あなたもよく来てくれたわね」
「まったくですよ、年寄りの気まぐれで振り回される橙の気持ちも少しは考えては……いだだだだ! 頭が、頭が割れます紫様!」
 シンプルな技ながらヘッドロックはかなり痛い、鍛えようのない頭部を直接攻める技だから当然だ。よい子のみんなは決して面白半分で友達や兄弟に仕掛けてはいけない技の一つだ。
「あ、あの私なら全然大丈夫ですから藍様を放してあげてください」
「ふふふ、橙は優しい子ね」
 橙にそう頼まれて紫はすぐに藍の頭を開放した。なんだかんだで紫も橙には甘いのである。
「にゃははは♪ コントはもう終わったのかな?」
 突如聞こえた陽気な笑い声、藍が声の聞こえた方を見ると部屋の隅で瓢箪酒を飲んでいる矮躯の鬼、伊吹萃香の姿があった。
「伊吹様!? どうしてあなたがここに?」
「紫に呼ばれてね~なんでも面白そうなことをやるみたいじゃないか、なんでも一位を取った奴は他の奴に何でも命令できるんだって?」
 萃香の口から告げられた今回のゲームのルールに驚き藍は咄嗟に紫の方を振り返った。
「ごめんね。萃香を誘った時に成り行きでそんな話になっちゃったのよ」
 藍はそこで少し考える、たしかにその条件なら紫も萃香も勝った時に無茶を言ってくる可能性の高い相手だ、しかし逆に考えればこの二人に自重してもらえる唯一無二の機会なのではないかと思い当たる。それに負けて無茶な命令を受けたとしてもそれはいつものこと、そしてなにより橙に罰ゲームはないという約束はとっているので失うものなど何もない。
「ふっふっふ、紫様らしくもないですねそのような自らの首を締めるような条件を提示なさるなんて」
「あら? 随分自信があるようじゃないの藍。そんなに自信があるなら負けたときには藍が随分気に入った太陽の畑にもう一回行って来てもらおうかしら?」
 その時、ズタボロになった自分を見下ろしながら「あら? ちょっとやりすぎたかしら。傷薬にアロエでもいかが?」と巨大アロエの棘で傷口を抉る時の幽香のゆうかりんスマイルが藍の脳裏をよぎった。
「は、ははは……望むところですよ」
「その足の震えは武者震いかしらね? クスクス」
 怖いもの怖い、それは大妖怪の藍であっても仕方がないことである。しかしいつまでも怯んでばかりもいられない。
「ですが私が勝ったら紫様には日々の生活を改めてもらいます。起床は毎朝6:30、就寝は10:00、適度な運動と家事手伝い、ただしバナナはおやつに含まれません」
「……ふふふ、主人の命を狙おうとするいけない式にはお仕置きが必要みたいね」
「あなたは自堕落生活止めたら死ぬんですか……」
 藍は自分の主の真性のグータラ性に頭が痛くなってきた、断じて先ほどのヘッドロックのせいではない。
「お~い、漫才はもういいからさっさと始めようよ、あたしゃ待ちくたびれちまったよ」
「それもそうね、始めましょうか」
 萃香の声に紫は隙間から麻雀卓を引っ張り出して居間の中央にセットした。
「あの、藍様。私はどうすれば……」
「大丈夫だよ橙、難しくは考えずに教えたとおりにやればいいから」
 そして不安げに自分を見つめる橙の頭を優しく撫でて藍も卓についた。

賽振りの結果

 東家 藍
 南家 萃香
 西家 紫
 北家 橙

※ 手牌表示説明
一~九 萬子
1~9  索子
①~⑨ 筒子
字牌はそのままで 東 南 西 北 白 発 中

※持ち点は30000点スタート

東一局
親 藍
ドラ 三
藍 配牌

一一三四四五569 ②③④北西

(……悪くない、順調にツモれば数順であがれる。リーチに平和とドラがらみのイーペーコーも絡めば裏しだいでハネ満もみえる)

 ハネ満はできすぎだとしても満貫はそう難しくない配牌、そしてなにより早いという点で好配牌といえた。
「リーチよ」
しかしそんな藍の思惑を裏切って先制のリーチをかけたのは紫の方だった。
(わずか3順目でリーチだと? ……捨て牌は字牌のみ、こちらの出鼻を挫く悪形待ちという可能性も否めないが紫様だしな)

藍 手牌

一一三四四五六569 ②③④ ツモ 中


 藍は判断材料のきわめて少ない開局早々のリーチであったが、自身も親のイーシャンテンであることから臆さず生牌の中を切ったがその決断も無為に終わる。
「ツモね。リーチ一発ツモ平和……安めだけど裏も乗ったからドラ2でハネ満よ」

紫 あがり形
ドラ 三
裏ドラ ②

二三四五六234②③④⑥⑥ ツモ 一


わずか三順にして好形の三面待ち、もしもツモが四か七であれば倍満までいっていたところである。
「あらあら、この様子だと藍が私に命令できることはなさそうね」
「……まだ始まったばかりですよ」
 ほぼベストといってもいいほどのスタートを紫に切られた藍であったがそのセリフに虚勢はなかった。相手は自らの主である八雲紫なのだ。これくらいはもとより覚悟の上のことだ。

東二局
親 萃香
ドラ 9

持ち点
藍 24000(-6000)
萃香 27000(-3000)
紫 42000(+12000)
橙 27000(-3000)


5順目
藍 手牌

四九九12345689⑥⑦⑨  ツモ 三

(……面子選択だなドラ絡みの一通を狙うかドラも一通もなくなるがツモりやすい平和をねらうか……)
 ひとまず不要牌の⑨を切りその二順後。
「リーチ」
 今度は藍が紫より先にリーチをかけ、その数順後にツモあがることになる。
「ツモです」

藍 あがり形
ドラ 9
裏ドラ 1


三四九九123456⑥⑦⑧ ツモ 五

「リーチ平和ツモ裏が乗ってドラ1です」
「あらもったいないわね、一通を狙っていればハネ満を取り返せてたのに」
 藍が選択したのは平和のほうだった。運良くツモって裏が乗ったものの本来ならばリーチと平和のみの安手である。しかしその選択は藍なりのある確信があってのことだった。
「あがれないならどんなに役とドラがあっても無意味ですよ紫様」

東二局終局時の紫手牌

一一一二7779南南南西西

「ふふっ、それもそうね」
 紫は黙って牌を伏せた。相手の指摘が図星であったとしてもわざわざ自分の牌を晒して
ツモの流れを見せ付ける必要などどこにもないのだ。

東三局
親 紫
ドラ 東

持ち点
藍 29200(+5200)
萃香 24400(-2600)
紫 40700(-1300)
橙 25700(-1300)


 この局は藍は積極的に動いた。橙にルールを教えた時に一緒に教えたサインを送り、牌を鳴いていった。
(えっと、前から見て藍さまの二本目と三本めの尻尾が左右に揺れているから……あれは1-4を切れってことですね、そして藍様の今までないた牌を見る限り欲しいのは1かな?)

※藍のサイン
藍を正面から見て左から偶数本目の尻尾と偶数本目の尻尾が揺れていれば萬子
偶数本目と奇数本目の尻尾が揺れていれば索子
奇数本目と奇数本目の尻尾なら筒子
左右 1-4-7の筋 前後 2-5-8の筋 一本が左右、もう一本が前後 3-6-9の筋
三本以上揺れていれば字牌(三本 東 四本 南 五本 西 六本 北 七本 白 八本 発 九本 中)

(サイン自体はシンプルだが尻尾の揺れは一瞬だし一局くらいなら見破られずにはいけるはず……)
「ロン」

藍 あがり形

23西西 あがり牌 1 鳴いた牌 456 789南南南(喰ったのは5と7と西)

そして最終的には橙の藍へのサシコミで5順目にして早々に紫の親は流れた。サシコミ自体は紫が認めているので問題はない、もとより橙は何点削られようとも罰ゲームはないのだ、ならば二人のタッグが認められている以上サシコミは非常に有効な手段である。しかしそれとは別にある違和感を感じていた。
「あら? 河の東を二枚置いておけば満貫になっていたのにもったいないわね」
「確かにそうなのですが……南を切るのはなんだか嫌な気がしまして」
 他にも藍の河には一順目、二順目に中も捨ててあった。満貫どころではない、最終形に残っていた南や西も考えると役満字一色も狙えるほどの配牌である。ドラと役牌を切ってのオタ風の南残し、それは理屈も何もない直感であったが紫にはその直感が間違っていなかったことが確信できた。

東三局終局時の紫手牌

二二九九1166⑥⑥東東南

そして一方、紫も藍も気づいてはいなかったが萃香もまた密かにその牙をむきつつあった。

東三局終局時の萃香手牌

①①①②②白白白発発発中中

(中はきれてたけとはいえツモなら安目でも充分だったんだけど……まあまだチャンスは来るさね)

東四局
親 橙
ドラ 七

持ち点
藍 33100(+3900)
萃香 24400
紫 40700
橙 21800(-3900)


開局に大きく紫に流れたツキの流れを二局連続で藍が止めた。よってこの局が今後のツキの流れを大きく左右することになるであろうことは二人とも敏感に感じていた。

七順目 藍 手牌


一二三四五六八九南南西北白 ツモ 白

(よし、これで橙が持っている七を鳴けば満貫テンパイ……)
 藍は即座に橙にサインを送った。橙もドラが七であることを考慮して藍が欲しているのが七であると即座に判断した。しかし……
「チ……」
「ポンよ」
 藍が鳴こうとした瞬間、紫からの邪魔ポンがはいった。
(しまった! ここは私か橙が白か南を引くのを待って、それからドラであがるべきだった……!)
 その後、藍は手遅れかもしれないが一縷の望みをかけ死に面子となった八、九を落して手の再構築にかけたがこの局はドラを鳴いた紫がツモあがって終局となった。しかしあがられたこと以上に紫のあがり形は藍を驚愕させることになった。

東四局終局時の紫あがり形


111②③⑨⑨中中中 ツモ ① 鳴いた牌 七七七

(たしかドラを鳴いた時の紫様が切った牌は⑨、そしてあがりまではツモ切りだったからドラを鳴く前は

七七111②③⑨⑨⑨中中中

の形でテンパイしていたということだ。それを四暗刻への手変わりを捨ててまで

七七111②③⑨⑨⑨中中中(①④待ち、中三暗刻ドラ2 満貫)
      ↓
111②③⑨⑨中中中 鳴いた牌 七七七 切った牌 ⑨(①④待ち、中ドラ3満貫)

こういう形に手変わりしたということは私の八九の辺チャン待ちが見抜かれていた。いやおそらくはサインの方もすでに……)
 藍にとっては考えたくはないことだったが残念ながらその予感は当たっていた。
「あらあらどうしたのかしら藍、悪戯がばれた子供みたいにしょんぼりしちゃって」
(くっ、やはり見抜かれていたか)
 藍とて半荘終了までにサインが見抜かれる可能性を考えていなかったわけではなかったが流石に一局見られただけで見抜かれたのは予想外だった。確かに見抜かれていたからといって今回のようにサインを読んで裏を取れるとは限らない、むしろ邪魔ポンできる時なんかは稀だろう、しかし見抜かれている以上は常にそれを逆手に取れれる危険性が付きまとうのだ、これで藍は橙に容易にサインを送ることができなくなってしまった。そしてそれは格上の紫相手に南場のみで二万点近い点差をハンデ無しでひっくり返さねばならないことを意味していた。

南一局
親 藍
ドラ9

持ち点
藍 31100(-2000)
萃香 22400(-2000)
紫 48700(+8000)
橙 17800(-4000)

 南場の親、逆転を狙うのならばなんとしてもあがっておきたい場面であったが藍の手は遅々として進まなかった。
南一局九順目
藍 手牌

一二三四五六八九①③⑧⑨⑨ ツモ 北

(九順目でこれか、急所の七か②を引かないとどうにもならないな)
 しかし藍の願いも虚しく同順に紫から七のカンが入る。これで藍は死に面子となった八九を捨てて手の再構成を行わなければならなくなったため、この局のあがりはかなり難しいものとなった。そしてさらに二順後。
「リーチよ」
 ダメ押しのように紫からのリーチが入るがそこで藍はある違和感を覚える。
(七をカンしてから紫様はツモ切りだった。そこで今リーチということは……まさか次のツモがあがり牌だと察しておられるのか!? まずい、役はおそらくリーチ一発ツモタンヤオ、ドラの9とカンドラの北は持ってないにしろ裏ドラとカン裏次第ではハネ満、倍満まで届く……)
 そう察した藍は口元を押さえあるサインを橙に送る。
(橙、紫様のリーチ宣言牌、鳴けるか?)
 紫のリーチ宣言牌は三、しかし橙の手牌はこの形であった。

南一局十一順目
橙 手牌

五六③③④④⑤⑤12白発発中

(はわわわわ、鳴けないよ!? どうしよう!?) 
 藍からの指示に答えられない、そのことは経験の浅い橙を混乱させるには充分な出来事だった。
「ご、ごろにゃ~ん♪」
「橙、いきなりどうしたの?」
(ちぇええええええええん!)
 で、あるからして混乱した彼女がこのような痴態を晒すことを誰が責めることができようか? いやできない。
(ああ、でも橙かわいいよ橙)
 だけどこの鼻血を流して恍惚に浸っている狐さんのことは責めてもいいかもしれない。
 結局橙はタンヤオ狙いと思われる紫の安全牌の中切りを選択した。五、六を切れば藍が鳴いてツモ順をずらせるもののそれがあたり牌であれば下手をすれば16000のサシコミ、橙は南四局を待たずして飛ばされる可能性も出てくるのでそれはできなかった。そして藍もまた中張牌を切ることができずに①切りで事なきを得た。
「ツモ」
 そして宣言されるあがり。しかしあがったのはリーチをかけた紫ではなかった。

南四局終局時の萃香あがり形

1117999①①①白白白 ツモ 8

「ツモ白チャンタ三暗刻ドラ3、倍満だね。まあ、安めだけどね~にゃははは♪」
 東場は鳴りを潜めていた萃香であったがここにきてついにその刃を振り下ろした。
「やれやれ忘れてたわ、あなたはたしかスロースターターだったわね」
「おやおや忘れられてたとは寂しいねえ、まあ鬼は負けず嫌いだからね。せっかく呼んでもらったんだ。ここは勝たせてもらうよ」
「面白いわね。なら負けたらどうしてくれるのかしらね?」
「にゃはははは♪ そんときゃ禁酒でもなんでもしてやるさ」
 しかし和やかに話している紫と萃香とは違い藍にとってラス親を流されたこと以上に親被りの-8000は痛すぎた。しかしふと自分を見上げている不安げな橙の視線に気づく。おそらくは雲行きが怪しくなったこと、そしてそれ以上に先ほどのサインに応えられなかったことが優しい彼女の心に重くのしかかっているのだろう。
「大丈夫だよ橙、君は何も心配しなくていい」
「でも藍様……」
「残り三局安心してみているといい、君の主は最強の妖獣なのだと」
 藍は気持ちを奮い立たせ、やさしく自身の式の頭を撫でた。藍と橙、二人の目にはもう怯えも不安も残ってはいなかった。
(橙が見ている前で情けないところは見せられない……必ず勝つ!)

南二局
親 萃香
ドラ ⑤

持ち点
藍 23100(-8000)
萃香 38400(+16000)
紫 44700(-4000)
橙 13800(-4000)


 しかし闘争心とは裏腹にこの局も藍には手が入らなかった

南二局七順目
藍手牌

三五七12368②④北北白 ツモ 西

(七順目でまだこの形か、厳しいな……)
 一方、紫や萃香は二~三順目にすでに三元牌が切れており三~五順目には中張牌もこぼれていることからどう見てもタンヤオ系の軽くて早い手だ。藍にはグズグズしている暇はなかった。
「リーチ」
 そうこう考えているうちに次順、萃香からリーチが入った。そして藍の読みでは紫もダマでテンパイしている可能性は高い。ドラが⑤で二人ともタンヤオ志向であるならばそれぞれ一~二枚ずつ持っていると見て間違いない、トップ目の紫はもちろん親の萃香に上がられるのもこの場では最悪の一手であった。
(私が行けないのなら橙に行ってもらうという手もあるのだが……)
 藍には簡単なサインで橙がテンパイしたということだけは伝わっていた。しかし今回は始めるまでの時間もなかったので橙の手を細かくこちらに伝えるサインは作ってはいない。むろん自分の式なのでテレパシーで会話することも可能だがこのような近くで行えば自分の主である紫にも筒抜けになるだろう。
(橙の手もおそらくタンヤオ、しかし待ちは悪そうだ、多分カンチャンかシャボ待ち……ツモ勝負だと分が悪いな)
 藍の手牌の字牌はまず通る牌、しかし直撃を避けてもツモられても状況は悪い。ならば、と藍は一つの決断を下した。
「ら、藍様、それは……」
「いいんだよ橙、牌を倒すんだ」
「わ、わかりました。ロンです」

南二局終局時の橙あがり形

四六23456788②③④ ロン 五(タンヤオのみ 1000点)

 この五切りの決断は無論タンヤオ狙いの紫や萃香にも当たり牌として充分考えられる牌であったが藍は自らの読みと直感に賭けたのだった、そしてそれは功を奏した。
南二局終局時の紫手牌

二三四五六③③⑤⑤⑤⑥⑦⑧(四、七待ち、タンヤオドラ3 満貫)

南二局終局時の萃香手牌

四五六七八22456④⑤⑥(三、六、九待ち、リーチ平和ドラ1までは確定、三でタンヤオ、六でタンヤオ三色、九で三色がつく 満貫~ハネ満)

そしてこの結果に紫も萃香も流れの変わり目を感じていた。そしてその直感は次の局に的中することになる。

南三局
親 紫
ドラ6

持ち点
藍 22100(-1000)
萃香 38400
紫 44700
橙 14800(+1000)


 この局も紫と萃香は止まらなかった。それぞれ五順目と六順目にリーチをかけて藍を追い詰める。しかし藍も下がらずに二人に遅れること二順後にリーチをかけ、そしてツモあがることに成功する。

南三局終局時の藍あがり形
裏ドラ ⑦

三四五44566①②③北北 ツモ 5

南三局終局時の紫手牌

三四五六六45678⑤⑥⑦(3、6、9待ち)

南三局終局時の萃香手牌

六七八678③④⑤⑥⑦⑨⑨(②、⑤、⑧待ち)

「ふふふ、なかなかやるじゃないの藍」
「ええ、どうにかお二人の背中を捉える事ができたようです」
「いいね~勝負事って言うのはこうじゃなきゃ面白くないよ」
 紫はこの局のあがり形から流れが藍に流れていることを敏感に感じてはいたが決して焦ることなく泰然自若とした態度を崩さなかった、それは自身の力への自信、そしてなにより紫もまた藍が橙に感じているのと同じく、式の前では主としての態度を崩すことをよしとしないからである。一方藍もまた流れが自分に向いたからといって気を緩めることはなかった。偉大なる大妖怪八雲紫の力を彼女自身が誰よりもわかっていたからである。そして萃香はこの均衡したゲームを心から楽しんでいた、それは弾幕ごっこも力比べも麻雀もいずれも強者を力でもってねじ伏せることに喜びを覚える純粋たる鬼の性であった。
 そして三者三様の思惑が飛び交う中、最後の局が幕をあげようとしていた……

南四局(オーラス)
親 橙
ドラ③

持ち点
藍 30100(+8000)
萃香 36400(-2000)
紫 40700(-4000)
橙 12800(-2000)

藍 配牌

一三九1219①⑤⑨東南西白

(十種十一牌か……流すという手もあるが国士無双2シャンテンでもある。流したところで逆転の早くて重い手が来ると限らない以上はこれに賭けてみるしかなさそうだ)

紫 配牌

一二三七八九②⑤東東北北中

(オーラスのトップ目だからもっと軽くて早い手がよかったんだけど……悪くはないわね。とはいえ早めに北が鳴ければいいんだけどトップ目の風牌がそう簡単に出るとは思えないから北が来るまでは面前かしらね)

萃香 配牌

四四五五五七七2223⑧⑧

(ふむ、見事に対子系の配牌だねえ。とはいえドラのない七対子ならタンヤオを絡めて紫からの直撃じゃないと逆転できないから狙うは三暗刻、ツモ次第では四暗刻ってとこか)

 それぞれにトップを狙える手が入り緊迫した空気が卓の上を流れた、そんなときだった。
「あの……藍様」
「ん? どうしたんだい橙?」
「えっと……あがっているんです」
「「「はい?」」」

橙 配牌

四四五五六六567③③③⑥⑥

「て、天和……」
「私も初めて見たわ……」
「いや~無欲の勝利だねこりゃ」
「はにゃ?」
 こうして八雲家対抗麻雀勝負の結果は最強の運、ビギナーズラックにより橙の勝利に終わった。そして勝者の橙はというと、自分の優勝が良くわからずにぽかんとしていた。

最終持ち点
藍 14100(-16000)
萃香 20400(-16000)
紫 24700(-16000)
橙 60800(+48000)優勝おめでとう!

「で、やっぱり橙がトップの権利を得たってことでいいのかな?」
 ここで萃香の言うトップの権利とはゲーム前に定めた『トップの者が他の者に命令できる』という権利のことだ。
「そうねえ……たしかに橙は罰ゲームの対象から外れてたけど勝者の条件からは外してないもの、やっぱり橙がトップなのが妥当なところじゃないかしら?」
「ええ、それがよろしいでしょう」
「うん、そだね。鬼は負けず嫌いだけど勝ちと負けはぼかしたりはしないのさ」
 満場一致で皆が橙の勝利とその権利を認めたところで橙はようやく我に返った。
「え? あの……それって?」
 紫は優しく橙の手を握って訪ねた。
「さあ橙、あなたが私達にして欲しいことは何かしら? なんでも好きなことを命令していいのよ」
 橙は一瞬紫の言葉の意味を理解できずに何度も頭の中で反芻していたが何度考えても同じ意味にしか取れないという結論に至って大いに慌てた。
「はわわわわ!? そんなの無理です! 絶対ダメですって」
 橙にとっては藍は尊敬する主であるし紫に至ってはさらにその上に立つ雲の上の人物だ。命令するなどと考えたこともなかった彼女は突然舞い降りたその権利を使うことに大いに抵抗を覚えた。
「何がダメなのかしら橙?」
「だって私は藍様の式です、そんな私が藍様や紫様や伊吹様に命令するだなんて分不相応な大それたことを……」
 普段遊んでいる友人同士の罰ゲームならばともかくこの面子に今回の権利を執行するには橙はあまりにも幼すぎた。しかし紫はそんな橙ににっこりと微笑みかけて諭した。
「橙、私達の立場はどうあれあなたは私が定めたルールの中で立派にその権利を勝ち取った、胸を張って行使なさい」
「でも……」
「それともあなたは私に定めた契約を反故させたいのかしら?」
「そんな! 滅相もございません」
「それなら遠慮することはないわ。私にできることなら何でも叶えてあげるわ、橙」
 なかなか一歩を踏み出せない橙に藍も助け舟を出す。
「そうだぞ橙、私にできることなら「紫様の目元のしわが最近気になって正面から見るのが辛いので何とかしてくれ」とか言う無茶な願いでない限りはなんだって……ゆ、紫様! 私の腕の間接はそっちには曲がらな……」
 いらないことを言った自分の式を即座に脇固めを極める紫、こういった時の彼女のスピードは幻想郷最速の射命丸をも凌ぐものがある。
「あのそれじゃあ一つだけ……一つだけお願いしてもいいでしょうか?」
 そうして橙は恥ずかしそうに「お願い」を口にした。



 その夜の八雲家、いつも紫が眠っている部屋では紫の布団が片付けられ大きな布団が敷かれていた。そして布団の真ん中では「お願い」によりここで眠ることを許された橙が静かな寝息を立てて眠っている。
「それにしても願い事が「藍様と紫様のお二人と同じ布団で寝たい」だなんて可愛いものよねえ」
 布団では橙を中心に「川」の字となって左右の紫と藍が横たわっていた。そして二人は左右から一緒に愛らしい橙の寝顔を見つめていた。
「まったくです、こんなことでいいのならいつだって私はしてあげるというのに……」
「この子は優しいからね。きっと尊敬しているあなたや私に迷惑をかけたくないから遠慮していることも多々あるんじゃないかしら?……ふふ、可愛いわ~」
 紫が眠っている橙の頬に指をそっと差し出すと橙は眠ったまま頬を摺り寄せてゴロゴロと喉を鳴らした。
「あなたが子狐の頃を思い出すわね、夜遅くに「ゆかりしゃま、こわいゆめをみてねむれましぇん、いっちょにねてくだしゃい」って……ふふふ、あの小さな子狐が今は口うるさいしっかり者になっちゃってねえ」
「ゆ、紫様いったい何年前のお話ですかそれは!」
「他にもお布団に立派な世界地図を描いて大べそかいてた頃もあったっけ? なかなかその癖が抜けなくてあの頃は私もお洗濯に苦労させられたわ」
「お願いですからもう勘弁してください……」
 幼いころの自分の恥ずかしい暴露話に、藍はすっかり顔を真っ赤にして小さくなってしまった。万一にも橙に聞かれでもしたら主としての威厳台無しである。もっとも紫のことだ、その辺りは聞かれていないという確信があるからこそ話しているのだろうが……
「そういえば紫様、一つお尋ねしたいことがあったのですが……」
「あなたのおねしょが治った頃かしら?」
「違います!」
 藍はこれ以上紫に余計なことを言われないように早急に聞きたいことを尋ねた。
「ひょっとして今日の麻雀はすべて橙のために行ったことじゃないでしょうか?」
「……どういうことかしら?」
「先ほど紫様はおっしゃられました“橙は尊敬している私や紫様に対して遠慮している節が多々ある”と」
 正直言って藍も麻雀が終わるまでは今から述べることはまったくといって考えていなかったことだった。しかし今にして思えばそう考えるのが一番自然のような気がしてくる。
「ですから紫様は元より橙を麻雀に参加させてトップを取らせることで、遠慮なく私達に頼みごとをできる状況を作りたかったのではないでしょうか?」
 藍は穏やかに橙の寝顔を見つめている紫の様子を見ていると、今こうしている状況こそが紫の望んでいたことに思えてならなかった。
「そもそも暇つぶしのゲームの対戦相手に私を選んだことが不自然だったのです。確かに私が相手ならば紫様は楽に勝つことができるでしょう、しかしそのようなゲームを紫様が望まれるとは思えません、そして暇つぶしのお相手ならば伊吹様や幽々子様や天魔様といった相手にとって不足のない方はいくらでも居られるはずです」
「……」
 紫は黙って藍の推測を聞いていた。その表情からは先ほどまでの笑みは消えていてその真意を読み取ることはできなかった。
「紫様には私を麻雀に誘えば私が断ることはわかりきっていたはずです、そして私が断れば橙を誘う流れを直接橙を誘うより自然にもっていくことができます、そして橙を誘うというのならば私が橙を守るために卓に着くことも想定できたでしょう」
「……」
 紫はまだ何も言わない。
「それに今にして思えば紫様の実力ならばあそこまで僅差の勝負にもつれることはなかったのでは? そしておそらくは最後の天和も……」
 そこまで聞いて紫は表情をやわらかく崩して静かに首を横に振った。
「考えすぎよ藍、今日の麻雀はいつものスキマ妖怪の気まぐれとわがまま、僅差になったのはあなたが充分に成長したから、そしてきっと最後の天和は優しい橙への天からの贈り物よ」
 そして紫は大きく手を伸ばして橙にしてあげたように藍の頭を優しく撫でて言った。
「あなたも今日は私のわがままに振り回されて疲れたでしょう? だからゆっくりおやすみなさいな、私の可愛い藍……」
 藍は微かなまどろみと大きな温かさに包まれながら思った。
(この方には生涯勝てそうにもないな……)
 この夜、八雲家の三人は暖かな家族の温もりを感じながらとても幸せなひと時を過ごしましたとさ。
おまけ
 一方、「負けたら禁酒でもなんでもする」と言った萃香は律儀に約束を守っていた。その結果……
「あ、あの~れ、霊夢さん……この哀れで愚かで惨めな小鬼めに軒下だけでもいいですのお貸し願えないでしょうか……?」
「萃香!? あんたいったい何があったの!?」
 酒の抜けた萃香はすっかり大人しくなって禁酒の解けるまでの一ヶ月間を過ごしましたとさ♪


*前回投稿したSSに対するコメントで「似たような主題のSSがある」とのご指摘を受けました。私としては特に他の作品を見て作ったものではなかったのですがあらぬ誤解を受ける可能性もございますので自主的に削除させていただきました。


>1さま、ワレモノ中尉さま、18さま
やはりラス親が橙という時点でオチは読めちゃいますよね。そう思いつつもそのまま書いてしまったのは偏に自身の想像力不足です。無念……天和以外に「上級者相手に自分が勝ち上がることを考えていない初心者がまくり勝つ」展開がつくれなかったのですorz

>1さま
楽しんでいただけて何よりです。感想ありがとうございます。

>4さま
申し訳ございません。「火」 とはこの場合何を示す言葉なのか私にはわからなかったです。しかし100点という高評価をしてくださってありがとうございます。多謝です。

>7さま
なるほど、そういう見解もありますね。萃香のことも何らかのフォローが必要だったかもしれません。感想ありがとうございます。

>ワレモノ中尉さま
やっぱり引きが強すぎですよねwしかし読み物としては凡手で流局ばかりでは面白みが薄いですのである程度の引きの強さがエンターテイメントとしては必要と思うのですよ。面白かったといっていただけて何よりです。感想ありがとうございます。

>9さま
いえいえ
ドラ 三
裏ドラ ②

二三四五六234②③④⑥⑥ ツモ 一

これは高めの四や七を引くとタンヤオだけでなく三色もつきますのでツモれば倍満になるのですよ。

おっしゃるとおり結構構成には苦労しました。紫や萃香 と藍に差がつきすぎると逆転の演出が難しく、余りに僅差にすると強者の実力アピールに不足したりしますので……
しかしそれ以上に苦労したのが毎回の手牌構成とその記入だったりしますw
それだけに楽しんでいただけて何よりです。感想ありがとうございます。

>11さま
田舎在住なので買えないorz
楽しんでいただけて幸いです。感想ありがとうございました。

>18さま
大丈夫です。出たら死ぬというのは迷信ですよ♪ なぜならそれが事実なら私はこのSSを書けていません♪
感想ありがとうございます。
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コメント



0.700簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
よし今からちょっと麻雀打って来る。

オーラスが予想通りの展開だったのがちょっと残念でしたが、読んでてとても楽しかったです。
4.100名前が無い程度の能力削除
7.70名前が無い程度の能力削除
最後が紫の能力だったら微妙かも。萃香がとばっちり受けてるしね。
8.80ワレモノ中尉削除
麻雀好きな自分としては楽しめました♪
しかし、イカサマ無しで大三元聴牌や配パイで国士リャンシャンテンとか、皆引き強すぎでしょ(^^;
流石に妖怪と言うべきなのか…。

上の方も書かれてますが、オチが読めてしまったことだけがちょっと残念。
ですが、面白かったです。
9.80名前が無い程度の能力削除
些事ですが最初の局で紫様が倍満になってたかもしれない的なことを
藍様がおっしゃってましたけど、メンタンピン一発ツモドラ1裏1でもハネ満どまりじゃ?

自分配牌時4向,5向の凡手ばっかだからうらやましい限りですw
組み立てるの難しいでしょうけど麻雀してるSS読むの楽しいです
11.90名前が無い程度の能力削除
幻想麻雀買おっかな•••
面白かったです!!
18.90名前が無い程度の能力削除
オチが天和というのが少々もの足りなかったです。

出たら死んじゃうやつよりはマシですけどねw