「やっぱり歩くと体は温まるわね」
「なぁ霊夢ー。もうそのマフラー必要ないと思うぞ? だって春だし、寒くないじゃないか!」
「萃香の寒くないはあてにならないからなぁ。あなたいっつも薄着じゃない」
「な、失礼な! これでもわたしだって寒い時は寒いんだぞ!」
ならもっと温かい格好をすればいいのに。まぁ、お酒のせいでいつも体が火照ってるのかもしれないわね。この子。
とにかく私はマフラーを外して傍らに置く。今は萃香とお散歩をして、立ち寄った湖で一休みしているところだった。そう言えば今日はチルノを見ていないわね。まぁいいわ、もう少し休んでから帰りましょうか。
「アタイーはさいきょーよー♪ だれにもーまけないのー♪」
今日こそあの大カエルを氷漬けにして、アタイの宝物にするのよ! 絶対負けない! 今日という今日は食べられてあげないんだから!
って、あれ? なんか落ちてる。
まだ大カエルも見つかんないし、拾ってみよう! 何かしら!
「なんだろう、これ……」
ほそ長くて服みたいな何か。これ、どこかで見たことある気がする……
「わかった! あの巫女が首につけてた布だ!」
天才のアタイにかかればこんなのすぐにわかっちゃう。きっとあの巫女が、さいきょーのアタイにプレゼントしてくれたのね! やっと霊夢もアタイのつよさをみとめたわね!
霊夢がプレゼントしてくれたってことは……うん! これでアタイのつよさにもみがきがかかるわ! だって、これが霊夢のつよさの一部に違いないモノ! 霊夢はこれでぼうぎょりょく? を上げてたのよ! だからあんなにスイスイ弾幕を避けちゃうんだわ!
「となれば、これを着けたアタイはさいきょーのさいきょーになるのね!」
これどうやってつけるのかしら? よくわからないけど、首に巻いてた気がする……よいしょ、よいしょ……
「うっ……アツい……」
なんだか首がアツいわ……でもこれもさいきょーのさいきょーのため。我慢するしかないわ。さいきょーも楽じゃないわね。
さぁ、これできっと大カエルをたおせる! 待ってなさい! 大カエル!
今日は天気が良くて、ちょっとつらいわね。もっと涼しいほうがアタイは好きなのに! もう、太陽め、アタイが強いのがにくらしいんだわ。これもさいきょーのしゅくめいね!
それにしてもいないなぁ、大カエル。アタイがこわくて逃げたんじゃないでしょうね! 十分にありえるわ!
「春ですよー。春ですよー」
ん? なんか声がする。湖のほとりに座っていたアタイは湖から目を反らして、後ろの森を見てみる。
もし怪しいヤツなら、アタイのひっさつわざでイチコロだわ!
「春ですよー」
なんだかピンク色のヤツが森から出てきた! アタイ知ってる、コイツリリーだ! レティから聞いたことある!
うわ! スゴイ! 何もついてなかった木に花が咲いた! 地面にもお花がいっぱい! スゴイスゴイ! アタイ初めて見た!
「待てぇ!」
アタイが呼び止めると、リリーはピタッと止まった。
「アンタスゴイ! アタイ、アンタの能力初めて見た! いっつも湖の上にいたから見たことなかったの!」
リリーはニコニコしてる。あれ? でもなんだか少し顔色がわるい気がする。青白いもの。体もブルブルふるえてるし。まるで冬の人間たちみたいだわ。
「だ、大丈夫?」
リリーは、こくりとうなづいたけど、でもやっぱり大丈夫そうには見えないわ! 天才のアタイには隠しごとなんてムダなんだから!
「わかった! きっと誰かと弾幕ごっこをしてやられたのね!」
なんだか首をふっているけど、きっと負けたのがアタイにバレるのが恥ずかしのね! アタイはさいきょーなんだから、そんなの気にしなくていいのに。仕方ない、アタイがなんとかしてあげるわ!
「リリーはきっとぼうぎょりょくが低いのよ! だからこれを上げる!」
アタイはこんなのなくてもさいきょーだもの! 霊夢にはわるいけど、このぼうぎょりょくはリリーに上げるわ!
なんだか近づいたら、さらにリリーがふるえてる。さいきょーのアタイが近づくだけでふるえるなんて、リリーもまだまだね、やっぱりこれはリリーがつけるべきなのよ!
アタイがリリーにぼうぎょりょくを巻いてあげる。
「できたぁ! これでカンペキね! 安心して花を咲かせるといいわ!」
ちょっと不思議そうな顔をしてるわね。きっとぼうぎょりょくがなんなのか知らないんだわ! だって、アタイは天才だからわかったんだもの!
リリーは、ぼうぎょりょくを何回か触った。そしてすぐに顔を上げたの。やっぱりアタイの思った通り! ぼうぎょりょくを上げたら震えが止まったわ! 顔色はまだ少しわるいけど、これならすぐ直るにきまってるわ!
今まで以上に笑顔になってリリーがペコリってしたの。おじぎっていうのかしら? こんなこと感謝されることじゃないわ!
「えへへ、気にしなくていいのよ! だってアタイはさいきょーなんだも、の?」
リリーがトテトテとかけよってきた。近づくとやっぱりリリーはふるえる。でも近づいてきて、そして、アタイのほっぺにチュッってしてくれたの。
「…………ぁ」
そうして、リリーはすぐにまた飛んでいった。
「リリー、次は負けちゃだめよー!」
アタイはなんだかうれしくなって、リリーに向かってそう叫んだ。すると、リリーが止まって、アタイの方をふり向いて、指さした。
「うわぁ! スゴイ!」
アタイの周りに黄色や白の花がたくさん咲いた。ちっちゃくてかわいい花がいっぱい! スゴイスゴイ! またリリーに会いたいわ!
大カエルとの戦いは今度にして、リリーを追いかけちゃおうかな?
「まさかそのままマフラー、忘れてきちゃうとは思わなかったわ」
境内で私は萃香とお茶を飲んでいた。当然、萃香はお酒ね。まだ花も咲いていないのに、一体何を肴に飲んでいるのかしら。
「肴はもうすぐ咲くさ! なんてったって、今日リリーの声を聞いたからな」
「あら、そうなの? 私は気付かなかったわねぇ」
「霊夢はまだまだだなぁ」
なにがまだまだなのかしら?
「でも、まだ肌寒いし、本当に来るのかしら?」
「でも確かに声を聞いたからなぁ。きっと来ると思うぞ」
「そうかしら……」
ちょうど私がそう言った時、遠くから春を告げる声が聞こえてきた。「ほらな?」って萃香がちょっと得意げになっている。
「ホント、これで温かくなるのね」
寒いのはあんまり好きじゃないから有難いわ。
「春ですよー。春ですよー」
間延びした温かみのある声が、私達の耳に優しく届く。いいわね、この空気。リリーが持ってきてくれるこの空気。
「お、来るぞ!」
萃香と同じように私も色のない、木々に目を移す。その木々を縫うようにしてリリーが飛びだしてきた。春を告げながら。
リリーが通った後、色のなかった寂しい景色が、瞬く間に彩られ、鮮やかに描かれていく。
「ぷはぁ、いいねー、これを見ながら飲むのがわたしの楽しみだ!」
萃香がそう言うのも納得ね。私もお酒にしておけばよかったわ。
「あれ? おい、霊夢ー。あのリリーがつけてるマフラー」
萃香が私達の前を通り過ぎていくリリーを指差す。
「あら? あれ私のじゃない」
「なんでリリーが持ってるんだ?」
「私の前を、素通りしていったから届けにきてくれたってわけじゃなさそうね」
「だなぁ」
スイスイ飛びながら、リリーはたまに私のマフラーを触って、ただでさえにこやかな表情をさらにしあわせそうな笑顔にする。
それを見てたら、返せなんて言えそうもなくて……
「まぁいいわ。あれはリリーに上げるわよ」
「霊夢、まだ持ってるもんなぁ」
「えぇ、そうね」
「どうだ? 霊夢、一緒に呑まないか?」
「そうね。早速花見とでもいきましょうか」
「賛成だ!」
わたしは萃香からおちょこを受け取り、中身を一気に飲み干した。
少しずつ遠ざかっていく、リリーの声を聞きながら。
このリリーはすごく頭をナデナデしたくなるなるなぁ。
そしてチルノはリリーが春を告げなくても花が咲いているなぁ、……頭に。