Coolier - 新生・東方創想話

Come on ghost, Come on beast,

2010/05/18 00:31:10
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 かん! きいいん!


 白玉楼の広い庭先。
 つい最近まで見事に花を咲かせ、幻想郷の各地からやって来る客人達の目を大いに楽しませた桜も、今やその花の多くを散らし、葉桜と化してしまっている。
 その下で、地面に散乱する初春の名残りを踏みしめながら、甲高い金属音を打ち鳴らす、二つの影があった。

 一つは、半人半霊の剣士――魂魄 妖夢。
 もう一方は、九尾の狐――八雲 藍。

 
 ざっ。
 
 土を蹴る音と共に、妖夢が駆ける。残像が生じる程の速度で以て、瞬きにも満たぬ刹那の間に、藍に肉薄し。
 
「ズェアアアアアアアアアア!!」

 その手に握った、冗談みたいに長い刀――楼観剣を、藍に向けて全力で振り下ろした。
 だが。
 
 
 がきん!


 響いたのは、肉を斬る音でも、藍の悲鳴でも無く、先程と何ら変わらぬ金属音だった。

 
「まだまだ甘いな。馬鹿正直過ぎるよ、妖夢は」


 妖夢が渾身の力で放った一撃は、しかし。
 藍の指先で鈍く輝く十爪によって、容易く受け止められていた。

 ぎぎ、ぎ。

 両者の間で、耳障りな摩擦音が奏でられる。

「んぎぎぎぎ……!」

 妖夢は顔を真赤にして楼観剣を押し付けるものの、その刃と藍との距離は一向に縮まらない。
 対する藍は、涼しげな顔で。

「ほら、そうじゃないだろ。鍔迫り合いは、そんなに力を込めるもんじゃない。
 腋を締めて、もっと重心を低くしなきゃ」

 言いながら、ひょい、と体を横にずらす。
 すると、力の矛先を失った妖夢は前方につんのめり、たたらを踏んだ。
 慌てて向き直る妖夢の首筋に、鋭い爪が添えられる。


「はい、妖夢の負け」
「あ、ありがとうございましたぁ。また負けたぁ……」 

 地面に蹲って妖夢は俯いた。彼女の頭上にふよふよと浮かぶ半霊もまた、心なしか元気が無い様に思える。
 その様子を見て、藍は九本の尻尾をわさわさと震わせながら笑う。

「修行が足りないなぁ。もっと上手く、ズルく、いやらしく立ち回らないと。
 お前のお祖父ちゃんは、そこの所が凄かったぞ。特に三つ目。大して速くも無いのに、こっちは攻撃する機会すら無かった。
 で、隙あらば乳だの尻だの好き放題に弄くりやがってあのジジイ……!!」
「いやらしくってそういう意味なんですか!?」

 顔を赤らめてぎりぎりと歯を鳴らす藍と、師のアレっぷりを知ってより一層深く落ち込む妖夢。
 それらの惨状の元凶は、今は遠い地でエロ本の袋綴じを丁寧に開ける作業に勤しんでいたが、それは別の話。

 
「それにしても、遅いですねぇ、お二人共」

 気が済むまで落ち込んだ妖夢は、立ち上がりながら言った。


 紫と幽々子が、いつも通りの良く分からない笑顔で出かけて行ったのが、二刻ほど前。
 その時の幽々子の言葉は、

『ちょっとだけお出かけしてくるから、藍ちゃんにお稽古でも付けて貰いなさい。
 あ、お庭のお掃除はしなくて良いから。散った花びらにも風情があるからね~』

 と、いうものだった。
 当然、妖夢は幽々子に付いて行くつもりだったが、ちょっとなんだからお伴なんていらない、と幽々子に言い包められて、今に至るという訳だ。


「確かに。だが、何事も無い様だし……ん?」
  
 藍が言いかけたその時。ひらひらと、上空から紙切れが舞い降りて来た。
 どこからかやって来たそれは、狙った様に藍の手元に。
 キャッチし、それを広げる。

「なになに。……あー、妖夢」
「なんて書いてあったんです?」

 藍は心底うんざりしたという顔で、手にした紙切れを妖夢に渡した。
 妖夢も受け取ったそれを見ると同時、冷や汗を滴らせる。

「こ、これは」
「私達はまた、お二人の玩具にされるらしい」
 
 そこに書いてあったものは。


『MISSON 紅魔館へ行け! BY 紫&幽々子』


「……はぁ」
「これじゃミッソンですよ、お二方」


 賢者でも、ミスはするのだった。





 

◆  ◆  ◆






 
 これからの苦難を思うと、自然と重くなる足を無理矢理に動かしている内に、二人は紅魔館に辿り着いた。
 

 まず目に入ったのは、珍しく目をぱっちりと開けている門番。
 物干し竿に引っ掛けた布団に拳を当てている。何かの訓練だろうか。
 妖夢が首を傾げた次の瞬間――

「破ァ!」

 ずぼ! と布団を拳が貫いた。

 それを見た妖夢が目を輝かせて藍を見上げる。

「……きゃーーー!! 見ました? 今の、見ました? 藍さん! すごいです! カッコイイです!!」
「そうだねーすごいねー」

 無邪気にはしゃぐ妖夢の頭を撫でながら、目尻を下げる藍。母性本能を刺激されたのだろう。
 橙が最近冷たいものだから、愛を注ぐ対象に餓えているのだ。

 妖夢の黄色い歓声で、美鈴は二人に気付いた。
 まずい所を見られた、と照れ臭そうに笑う。

「あらら、妖夢ちゃんに藍さん。お話は伺ってますよー」
「成程。流石は暇潰しの為なら命を賭けるお二方だ。手回しが良い。
 ……それはそれとして、美鈴。中々堂に入ったものじゃないか。その技は私も知ってるぞ。漫画で見た。確か、虎h」
「おいやめろ馬鹿。……咲夜さーん!!」  
 
 藍の発言を止めた後、美鈴は叫ぶ。
 すると、まるでビデオのコマ送りの様に、何の前触れもなく銀髪のメイドが現れた。

「どうしたの美鈴。取れた乳がくっつかなくなったの?」
「違いますよ! なんで取れてるの前提なんですか!? 取れませんからね!」

 胸を押さえて喚く美鈴をよそに、咲夜は二人の方を向いて、涼やかに微笑んだ。

「待っていたわ。妖夢、藍。……ヨームランって言うと、卵みたいね。後は光が居れば。くぅっ」
「光が居たとしても、卵じゃないです!」
「やぁ、咲夜。相変わらず頭おかしいな」

 折角の瀟洒な立ち振る舞いも、台無しだった。 

「さ、入って。まずは、お嬢様にご挨拶をしてもらわなきゃね」

 門を開き、二人を中へと誘う咲夜。
 促されるままに、二人は紅魔館へと足を踏み入れた。









「やぁ! 紅魔館の主、レミリア・スカーレットだよ」
「わざわざ説明せんでもええやろうけど、私がメイド長、十六夜 咲夜や」
「…………」
「藍さんや」
「八雲 紫の式、八雲 藍さんだね」


 初っ端からツッコミ所が満載だった。

「なんですかそのテンション。なんで関西弁なんですか。なんで咲夜さんまで自己紹介してるんですか!
 なんで藍さんまで混じってるんですかああああああ!! はぁ、はぁ」

 根っからのツッコミ気質である妖夢は、その全てにツッコまずには居られなかった。
 息を荒げながらもツッコミきった妖夢に、ボケとツッコミのハイブリッドである藍が耳元で囁く。

「おい。この館で起こるおかしな事に迂闊にツッコんでいたら……」
「……ツッコんでいたら?」

 尋常ならざる藍の様子に、生唾を飲み込みながら問い返す。

「死ぬぞ」
「死ぬんですか!? 私はツッコミに命を賭けなきゃいけないんですか!?」
「全身全霊になる」
「全然うまくないですからね! どや顔やめてください!」


 コホン、とレミリアが咳払いを一つ。
 妖夢と藍が、レミリアに意識を向けた。

「では、改めて。
 二人共、紅魔館へようこそ。私が主のレミリア・スカーレットだ。
 友の従者は、私の従者と同じ。せめて今だけはここを我が家と思って、精々くつろぐと良いわ」

 先程とは打って変わって、真面目な顔で言うレミリア。
 その態度は、一勢力の頭領の名に恥じぬ威厳と品格を伴うものだった。

「よろしくお願いします!」
「あぁ。私達の主の我儘に付き合わせてしまって、申し訳無いな」

 それに合わせて、妖夢と藍も頭を下げる。
 レミリアは掌に顎を乗せながら、優しげな顔で微笑んだ。

「気にしなくて良いって。……咲夜。二人を部屋に案内してあげなさい」
「はい」
「部屋? 日帰りじゃないんですか? 私達、着替えも何も準備してないんですけど」

 おかしな流れになっている事に気付いた妖夢が、疑問を口にする。
 すぐに済む用事だとばかり思っていた二人は、着の身着のままでここまでやって来ていた。

「何言ってんの。泊まりがけに決まってるじゃない。そんなものは、咲夜がなんとかするよ」
「……日数は?」
「無論、紫と幽々子と私が飽きるまで」
「「ですよねー」」

 二人は軽く溜息を吐きながら、先行する咲夜の後を追った。




 
「ここが、貴女達の部屋よ」

 二人が案内されたのは、広々とした洋室だった。
 赤を基調とした紅魔館の中にありながら、その部屋の色遣いは、清潔感の漂う白で統一されていた。
 客人用にあつらえられた部屋なのだろう。

「相部屋で良いかしら? 嫌なら、すぐに他の部屋を用意するけど」
「いや、結構。正直、これでも広すぎるくらいだよ。なぁ、妖夢」

 振り返りながら言った藍だが、既にそこに妖夢の姿は無い。
 どこに行ったのかと部屋の中を見渡すと、ベッドではしゃぐ妖夢の姿があった。

「すごい! こんなおっきなベッド、初めてです!」

 なんて事を酷く興奮した様子で言いながら、ベッドのスプリングを利用し、半霊をドリブルしている。
 べちべちべちべち。
 先ほどまでは真っ白いマシュマロみたいだった半霊が、見る間に赤らんでゆく。

「ほら、妖夢のはしゃぎ様を見ろ。あれで不満がある訳は無いだろう」
「今にも半霊の頭上に死兆星が輝きそうね」

 そんな事を話している間に、自傷行為に飽きた妖夢が顔を赤らめながら戻って来た。
 痛々しく腫れあがった半霊が、力無く浮かんでいる。シュールだった。


「そういえば、咲夜。泊まりがけなんて知らずにここに来たもので、着替えを持ってないんだ」
「ご心配なく。用意してあるわ」

 ばつが悪そうに言った藍に、咲夜は力強い言葉を返した。
 流石、瀟洒な従者は格が違った。

 部屋の隅に置かれたクローゼットの扉を、自信に満ちた顔の咲夜が開く。

 そこには、メイド服があった。
 それも、一着や二着ではない。全部だ。
 咲夜の能力によって、空間を拡張でもされているのだろうか。
 見た目よりも存外に広いクローゼットに、様々な大きさのメイド服が、ズラーーーっと並べられている。
 夢に出そうだった。

「……メイド服しかないのか?」
「ないわ。それがどうしたの?」
「い、いや、何でもない。着替えを用意してもらえただけでもありがたい」

 サイズの確認も兼ねて、二人はすぐに着替える事になった。
 ぱぱっと速やかに服を脱ぎ捨てた藍に対して、妖夢は恥ずかしそうに、おずおずと衣服を外してゆく。
 なんだか、すごくエロかった。

 そこで咲夜がある事に気付き、藍に声をかける。

「ねぇ、藍」
「ん?」
「申し訳無いけど、貴女の尻尾を通す穴があるメイド服は、この一着しかないのよ」

 咲夜が持ち出した一着のメイド服は、一見すると他に並んでいる物と差異が無い様に思える。
 しかし、それを裏返してみると、普通のメイド服との決定的な違いが明らかとなった。

 そこにあったのは、裏地だった。
 そのメイド服には、前身頃――つまり、前側の部分しか存在しなかったのだ。
 簡単に言うと、びんぼっちゃま状態。

「穴ってレベルじゃないだろこれ。最早、服と言えるかも怪しいぞ」
「昔、常に桃尻を周囲の視線に晒していないと発狂するメイドが居たのよ」
「なんでそんな変態を雇ってたんだ」
「まぁ私なんだけど」
「あー、なんか納得しました」
「そうだな。だって咲夜だものな。咲夜ならしょうがない」
「着ないの?」
「着ないよ! 今の流れで着ると思ったのか?」

 少し残念そうな顔をする咲夜。
 藍になら似合うと思ったのにな、とぼやいている。

「似合ってたまるか。お前は私をどんな目で見てたんだ。
 それとな、咲夜。お前の心遣いはありがたいが、些か私をナメているんじゃないか?」
「?」
「ふふふ。まぁ見てな」

 既に下着だけの姿になっていた藍は、得意気に大きな胸を張って笑う。
 そして、あらかじめ選んでおいたメイド服を、手早く身につけた。

「どうだ!」


 こうして、メイド藍が完成。
 尻尾と耳は綺麗さっぱり消え去って、見た目は人間の少女そのもの。
 普段はゆったりとした導師服に隠されたその豊満な肢体を、身体の線が出やすいメイド服に包むことで、魅力は倍増。
 それだけに留まらず、更に見る者の目を引くのは、ニーソックスと短いスカートの間に設けられた絶対領域。
 男なら誰もが『ご奉仕されてぇ!!』と叫ぶ様な、究極のメイドがここに誕生した。

「これでも昔は、人間に化けてブイブイ言わせてたんだ。これくらいの芸当は朝飯前さ」

 すごいだろう、と妖夢と咲夜に笑いかける。
 しかし、それを見た二人の反応は、藍の予想とは全く違う冷ややかなものだった。

「……誰?」 
「オリキャラ?」
「ガッデム!」

 咲夜のみならず、妖夢にまで冷たい言葉を浴びせられた藍は、頭を抱えて床を転げまわる。
 藍=尻尾と耳、みたいな固定観念に囚われた二人は、目の前の金髪メイドを藍とは認められないのだった。


「あ、あの……どうでしょうか」

 咲夜がのたうち回る藍をニヤニヤしながら眺めている内に、妖夢の着替えも完了。         
  
 そこに居たのは、メイド服を纏った天使だった。
 いや、ただでさえ天使だった妖夢が、メイド服という翼を得て女神になったと言うべきか。
 丈の短すぎるスカートを少しでも長くしようと裾を引っ張る姿は、恥ずかしさのあまり潤んでいる瞳と相俟って、とてつもなく扇情的だ。
 男なら誰もが『ご奉仕されてぇ! むしろしてぇ!!』と咆哮をあげる様な、至高のメイドがここに降臨した。
 
「可愛いわ、妖夢。うちの子になりなさい」
「え!?」
「私への対応と全く違うんですがねぇ……?」
「げ、元気出して下さい、藍? ……さん! お似合いですよ!」
「なんだその疑問符は!!」
「落ち着きなさい、ルナサ。着替えも終わった事だし、行きましょうか」
「ルナサじゃねえ!! ……行くって、どこへだ?」
「そもそも、私達は何をすれば良いんです? お手伝いですか?」

 それは当然の疑問だった。
 何しろ、泊まりがけだ。さぞ大変な仕事を押し付けられて、こき使われるのだろう。
 そんな風に考えていた妖夢だったが、咲夜の返答はその予想を外れたものだった。

「何もしなくて良いわよ。強いて言うなら、私達と楽しく過ごすのが仕事……かしらね。
 まずは図書館かしら。ちょうど妹様もそこに居る事だしね」

 言いながら、ドアを開く咲夜。
 二人は首を傾げながらも、図書館への移動を開始した。






「あら、可愛いじゃない。妖夢と……誰?」
「新人メイド?」

 図書館に着くなり藍を襲ったのは、パチュリーとフランドールのあまりにも心無い言葉だった。

「え? そんなガチっぽい反応されると流石にショックなんだが」
「冗談よ。似合ってるじゃない、秋の神様」
「誰がスイートポテトだよ! 藍だ、八雲 藍!!」
「ランランランランうるさいなー。どんだけご機嫌なの?」
「そろそろはっ倒すぞ」 
 
 一頻り藍をいじって満足した二人は、ようやく歓迎の言葉を述べ始める。
   
「さて、妖夢、藍。紅魔館へようこそ」
「辛気臭い所だけど、ゆっくりしていってね! 景気付けのどかーん!!」


『れみ☆りアッー!!』


 フランドールが右の掌を握り締めた瞬間、どこからか悲鳴が聞こえてきた。
 それを耳にした妖夢が、恐る恐るフランドールに問うた。

「えっと、なんかもう分かった気がしますけど。……何を破壊したんです?」
「お姉様に決まってるじゃん」
「レミリアアアアアアアアアアア!!!」


 涙を流し、絶叫する藍。
 藍の脳裏を、レミリアとの思い出が走馬灯の様に駆け巡る。

『足の裏が痛いよー』

 それは、レミリアがまだ力士を目指していた頃の出来事だった。
 稽古の前の摺り足が辛くて仕方ないと泣いていたっけ。
 ……もう、ドロワーズ一丁で土俵の周りを延々と回り続けるレミリアの姿を見る事はできないのだ。 


「妹様。お嬢様を爆発させるのは、一日一回にして下さいと申した筈ですが。組み立てるのが面倒で仕方ありません」

 半笑いで言いながら、咲夜は姿を消した。レミリアを組み立てに向かったのだ。


「あの人ドライ過ぎません!? なんかすっごいムカつく顔してましたけど! って言うか組み立てるて!! デアゴスティーニじゃないんですから!」
「もうレミィを組み立てる仕事は御免だわ」
「そんな刺身にタンポポを乗せる仕事みたいな言い方しなくても! 親友じゃないんですか!?」
「今日はまだ八回目だし、まだパチュリーにも余裕あるんじゃない?」
「なんかもう完全体のレミリアさんに会う方が難しいんじゃないですか!? 私はさっきので無駄に運使っちゃったんですか!?
 ……ちょっと藍さん、助けてくださいよ!」

 遠い目でどこかを眺めている藍を現実へと引き戻すべく、肩を掴んで揺さぶる妖夢。
 すると、藍の目に少しずつ光が蘇ってゆく。


「あ、あぁ。おい、お前ら!!」
「言ってあげてください!」
「レミリアはなぁ……レミリアはなぁ!!」
「うんうん!」
「所でフランドールはどうして図書館に居るんだ?」
「あぁ、四面楚歌なんですね、私。分かりました。モブメイドに期待した私が馬鹿でした」

 レミリアへの想いをロマンキャンセルし、藍はフランドールに質問する。
 妖夢の暴言が胸に突き刺さったが、藍としてもこのままでは話が進まない事を危惧しての苦肉の行動だった。


「え? うん、マンガを読みに来たんだー。色々珍しいマンガがあるからね」

 得意気な顔で、手に持ったマンガを見せるフランドール。
 そこには、プロレスシューズを履いた赤い帽子の男が、相手の顔に砕けた石を投げ付けて眼潰しをする絵が描かれていた。
 この外道が主人公だというから、恐ろしいものだ。


「貴女達も、気になる本があったら読んでも良いわよ。マンガに限らず、ね」
「では、そうさせてもらおうか。なぁ、妖夢」
「はい! えーっと」

 妖夢と藍は各々好きな本を選び、パチュリーやフランドールと同じテーブルに着いて読書を開始した。
 そうしてから三時間ほど経った時、藍が口を開いた。

「すまないが、喉が渇いた。ドリンクバーは無いのか」
「漫喫じゃないんですから……」
「あるわよ。ほら、受付の左側」
「あるんですか!? うわ、ホントにある……。なんだこの館」

 藍はパチュリーに一言礼を述べてから、立ち上がった。
 受付でモンハンをやっている小悪魔に軽く挨拶しながら、飲み物を注ぐ。


「ほら、持ってきたぞ。パチュリーにはミルクティ。妖夢には私のスペシャルブレンドだ」

 そう言って、二人にそれぞれグラスを渡した。

「ありがとう」
「うわー、居ますよね、こういう人。何が入ってるんですか?」
「当ててみろ」

 楽しそうに笑う藍の顔に何か不穏なものを感じながらも、グラスに口を付ける妖夢。
 すると、口の中に爽やかな酸味と、仄かな甘みが広がる。

「あ、おいしい。なんですかこれ?」
「教えないよ」
「意地悪しないで教えてくださいよぉ」


 ねだる妖夢に、にやける藍。
 それをパチュリーが鼻で笑った。

「しょうがないなー。答えはだな」
「はい!」
「CCレモンと、メロンソーダと……咲夜が満面の笑みでドリンクバーに流し込んでいた、レミリアの水溶液だ!」
「ちょっと厠に行ってきます」


 立ち上がろうとする妖夢の腕を、フランドールががしっと掴んだ。

「私の大事なお姉様をどうするつもり?」
「吐かせて! 吐かせてください!! 後生です!」
「ふふふ……。離しちゃダメよ、妹様。妖夢にも私と同じ苦しみを味わわせてあげるの」

 暗い笑みを浮かべながら、パチュリーが言う。
 パチュリーをこうまでさせる出来事とは、一体なんだったのだろうか。

「もう遅いわ。最早レミィは貴女の身体の隅々にまで行き渡っているもの。
 やがて貴女はレミィに意識を乗っ取られて、魂魄・スカーレットと成り果てるのよ」
「どっちも苗字じゃないですか! いやだ! そんな存在自体がおざなりなものに成りたくない!」

 ぎぎぎ、と図書館の扉が開く。
 そこから現れた咲夜が、相変わらず薄く笑いながら言う。

「はーい。夕食の時間ですよー。お嬢様がお待ちですよー」
「……え? レミリアさん、生きてるんですか? なんだー、冗談だったのかぁ」
 
 安心した様に笑う妖夢。

「……」
「……」

 しかし、藍と咲夜の返した答えは、沈黙。
 お互いの目と目で何やら通じ合わせて、頷き合っている。

「……じゃ、行こうか」
「え? なんですか? その間は。なんで私から視線を逸らすんですか?」
「楽しみだねー」
「今日のメニューは何かしらね」
「食堂に行ってからのお楽しみですわ」

 青い顔で座りこんでいる妖夢を放って、一同は会話に花を咲かせている。

「なんで無視してるんですか! 私に何を飲ませたんですか!? ってかどうして咲夜さんは常にニヤニヤしてるんですか!?
 その顔、すっごいムカつくんですけど! そんなに楽しいんですか!? ニヤニヤしてないと死ぬんですかあああああ!?」








「いただきまスカーレット」
「「「「いただきまスカーレット」」」」

 
 紅魔館流のいただきますを合図に、食事が始まった。
 咲夜の料理の腕前は、暇なOLこと衣玖さん(1919)の舌をも満足させきるほどである。

「美味しいわ、咲夜」
「感謝の極み」
「ホント、美味しいよ、美味しさのあまり……F・T(フランちゃん・タイム)到来ッ!!!」


 説明しよう。
 F・T(フランちゃん・タイム)とは、一定時間スペルカードを使い放題になる能力だ。
 ただし、ただ強力なだけの能力ではなく、大きすぎる代償を必要とされる。
 効果時間が切れた瞬間、服が弾け飛び、全裸になってしまうのだ。レミリアが。
 故に、使い所はよく考えなければならない。まさに両刃の剣と言えよう。


「はああああああああああああああああああ!! 鎖符『フランちゃんズ・チェーン』! 鎖符『フランちゃんズ・チェーン』!!」

 べしべしと、手に持った鎖でレミリアを叩くフランドール。

「痛ッ!! いやちょっとこれガチで痛いから!」
「鎖符『フランちゃんズ・チェーン』!! 鎖符『フラ……ヒャア、ガマンできねぇ! どかーん!! どかーん!!!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!」

 レミリアは砕け散った。


「レミリアアアアアアアアアアアア!!」

 涙を流し、絶叫する藍。
 藍の脳裏を、レミリアとの思い出が走馬灯の様に駆け巡る。

『これで私もヒルズ族ね』

 それは、都会の中央に高々と聳え立つレミリアの姿だった。
 私、高層ビルになる! なんて言って、幻想郷を飛び出したんだっけ。
 もう、夜の闇にぴかぴかと明滅するレミリアを見上げる事はできないのだ。


「レミリア……レミリア……!」
「え、何?」

 無傷のレミリアがそこに居た。

「素敵ですわお嬢様! ワッセローイ!!」
「すごーい! ねぇ、どうしてー? お姉様、どうしてー?」
「吸血鬼だからさ!」
「なんやて!? ホンマかいな工藤!」
「吸血鬼ってスゴイ。改めて私はそう思った」
「こんな時に、丸太があれば!」
「あったぞ! ハァハァ」
「すげェ!!」
「すまぬ……すまぬ……」
「師匠!」
「アギャー!」



 悪ふざけに精を出すスカーレット姉妹+瀟洒なメイドwith九尾の狐をよそに、妖夢とパチュリーは静かに食事を続ける。

「たまには洋食も良いですねー。あ、この海老のグラタン、すっごく美味しいです! なんかもう、舌の上でとろけてシャッキリポンとアレです!」
「幻想郷に居ながら海産物を口にできるなんて、贅沢な話ね。藍の主人には感謝しないと」


 こうして、一日目の夜が更けていった。






◆  ◆  ◆






 その次の日も、色々な事があった。
 妖夢の半霊から小さなレミリアが産まれたり、藍が妖精メイドに同僚かと思われて、親しげに話しかけられたり。
 レミリアが地割れに飲まれたり、レミリアが隕石に押し潰されたり、レミリアが宇宙人に拉致されたり。


「尻尾を出すのも、ひどく久し振りに思えるな。もう、誰にもモブキャラだとは言わせないぞ」

 言いながら、自慢の尻尾を眺める藍。
 しかし、その横顔からは一抹の寂しさが滲み出ていた。

「いやぁ、本当に大変でしたね」
「あぁ、全くだ。だが……」
「楽しかった。ですよね?」
「……ふふふ」


 三日目の朝。
 二人は、白玉楼へと至る道を辿っていた。

『本当に楽しかったわ。お疲れ様。さぁ、もう帰りなさい。紫と幽々子が、待っているわ』

 つい先ほどの、レミリアの言葉だ。
 紅魔館の住人達は、二人との別れを大層惜しんだ。
 フランドールなど、門前で二人を見送る際に泣き出してしまったほどだ。

「厄介な人達でした。やる事成す事、破天荒にもほどがあって。そのくせ、妙に優しくて」
「たまには、こんなのも悪くないかも知れないな」
「そうですね。また、一緒に行きましょうね」
「勿論だ」


 紅魔館での思い出を語り合いながら、二人は飛ぶ。
 来た時と同じ道なのに、やけに時間が短く感じられた。



 そうして白玉楼に辿り着いた二人が見たものは。


「ヒャホホホホホホホホ!! 紅魔館は楽しかったかしら? 二人とも!」
「妖夢、藍、お帰りなさい」


 レミリアの言ったとおり、二人を温かく迎える幽々子と紫の姿だった。


「ただいま戻りました」
「ええ、とっても楽しかったですよ。ちょっと、いやかなりアレでしたけど」

 そう。とても楽しかった。妖夢は心からそう思う。
 散々弄り回されて、ツッコミ過ぎて喉が嗄れたけれど。
 それ以上にかけがえのない時間を、過ごす事ができたのだ。


「申し訳ございません」

 深々と頭を垂れる藍。

「私達に、休日を下さったのですよね」
「そうだったんですか!?」

 その言葉に、驚く妖夢と幽々子。一方紫は、得意気な顔で笑っている。

「そこに気付くとは……。流石ね、藍!」
「だって、貴女達ったら休めと言っても聞かないんですもの。
 だから、ちょっとレミリアにお願いして、協力してもらったのよー。咲夜ちゃんにも楽しんでもらえるしね」
「幽々子の言うとおりよ!」


 近頃働き詰めの従者達を見かねて、二人は考え、そして思い当たった。
 外の世界では、ゴールデンウィークなる大型連休があるらしい。
 それを従者達にも与えてやろうではないか、と。


「そ、そんな! 私達の為にそこまで……!」

 感極まって、泣きだす妖夢。
 その横で、藍は困った様に眉を顰めながら言う。

「お気持ちは非常にありがたい。ですが、それも私達が好き好んでやっている事なのです。素晴らしき主の手となり足となり、少しでも役に立つのが私達の喜び。
 それに比べれば、日々の疲労など瑣末事なのです。どうか、お気になさらず」
「そ、そうです! お二人がお気になさる事なんて、ありませんよ」
「そこまで私達に尽くしてくれるのは、とても嬉しい事だわ。でも、貴女達が休まずに働いているのを見ると、私達の方が辛いの。
 これはエゴかも知れない。けど、二人を想う私達の気持ちも汲んで欲しいの」
「幽々子の言うとおりよ!」


 主が放ったあまりにも優しい言葉に、藍は目を瞑り、顔を空に向ける。
 そうでもしないと、熱い何かが零れてしまいそうだから。
 そして、再び謝罪の言葉を口にしようとしたが、やめた。代わりに出た言葉は。


「「……ありがとう、ございました」」


 ありったけの感謝と敬愛を込めて、言った。
 声が重なった事に気付き、藍が横を見やると、妖夢もまた同じ様に感謝の言葉を述べていた。
 思わず、笑いが漏れた。

 二人の様子を見た幽々子は、満足気に微笑んで。

「いえいえ。これからは、ちゃんと休んでね。自己管理を徹底するのも、大切な仕事の一つよ」
「幽々子の言うとおりよ!」

 主の言葉に、力強く頷く従者達。
 
「ふふふ。じゃあ、紅魔館で何があって、どんな事をしたのか、教えてもらえるかしら。
 今日はまだ、お休みよ。時間はたっぷりあるわ」
「そうそう! ゆかりんそれが楽しみで仕方なかったんだから!」



 そうして、従者達は語り始めた。
 主から賜った休日が、如何に素晴らしいものであったかを。
ボンヤリと飼い慣らされるのも悪くないよねっていうお話。
良い話にしたかったのに。



コメントありがとうございます!

>2様
そんな事ないですよー。
好き過ぎて意地悪しちゃう、みたいな。

>6様
アッパーバルカンとショットガンは鉄板。

>10様
ゆかりんに鍛えられてますから。

>コチドリ様
ITEッ!
座布団返してください……。
誤字報告ありがとうございます! 修正しました。

>18様
私レモリア嫌いなのに!

>21様
削られた牙を研ぎ直して研ぎ直して 

>豚様
笑ってもらえて良かったです。
次も頑張りますね。

>29様
打ち抜いたぜ

>30様
お楽しみいただけなかった様で、申し訳ないです。
拠点防衛型コンビニ店員
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コメント



0.1090簡易評価
2.90名前が無い程度の能力削除
またタイトルホイホイか!
お前はレミリアに恨みでもあるのかw
6.90名前が無い程度の能力削除
まさか、ガンハザードネタが出てくるなんて!
10.90名前が無い程度の能力削除
藍様の順応性の高さは異常
14.90コチドリ削除
白玉楼で四人がほのぼのとした会話を重ねている一方で、
紅魔館では救命阿・スカーレットが本日十三回目の爆発をおこし、
妖忌は遠い地で、エロ本の修正部分をマーガリンで剥がそうと悪戦苦闘していた……

ヤマダ君、作者様の座布団を全部持ってっちゃいなさい!
18.80名前が無い程度の能力削除
組み立てって、その設定まだ生きてたんかいっw
きっと作者の体は水分の代わりにレミリア汁という名の
レモリアで出来ているんですね…!
21.80名前が無い程度の能力削除
come on, twin egoist
27.100削除
いろいろ突っ込み所がありすぎるんだがとりあえず最初に笑ったのはルナサん所www
あと、俺コンビにさんの芸風好きになりかけてるw
29.90名前が無い程度の能力削除
油断したところにヒャホホホホホホホホで腹筋を打ち抜かれた
30.無評価名前が無い程度の能力削除
ちょっとキャラを壊して無理矢理ネタを詰め込めばそこそこ点数がつくんですね