Coolier - 新生・東方創想話

さとり「クビキリサイクル!?」

2010/05/16 18:26:20
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「暑いわね……」

 妖怪の山を流れる河原のほとり。樹齢三百歳を裕に越えそうな大木の陰に座って一人、私――古明地さとりは、そう呟いた。
 私は根っからのインドア派である。何の用事も無ければ、ペットとの戯れや料理、裁縫で1日を潰してしまう位に、家の中が大好きだ。
 歩くのが嫌。疲れるのが嫌。まして太陽の陽射しを浴びるなんてもってのほか、と、ペット達にいつも溢している。
 買い出しもお燐に任せきりで、私自身が地霊殿から外出する事など、旧都の定期会議を除けば、本当に珍しい事であった。
 ――では、そんな私が何故、今日はこんな遠出をしているのか。
 勿論、来たくて来た訳ではない。
 どちらかと言えば寧ろ、外には出たくなかったのが本音である。
 今も現在進行形で、地霊殿に帰ってごろ寝でもしたいのが本音である。
「お姉ちゃーん!」
 だけど私は――どうしても断れなかった。
「お姉ちゃんも一緒に水浴びしようよー! 凄く気持ち良いよー?」
 妹の純粋な好意を、どうしても裏切れなかったのだ。

 よたよた。よたよた。
 私は川の岸へ近づき、水面からひょっこりと顔を出すこいしの白い肌を見る。
 水泳で冷えたせいか、単に私の記憶力が乏しいのか、その肌は昔より……ずっと白んでる気がした。
「悪いけど、お姉ちゃんは遠慮させて貰うわ」
「海苔ワルいなぁ。お燐から聞いた言葉を引用するなら、けえわいって奴だよ?」
 ――また、お燐がくだらない事をこいしに教えたようね。
 噂好きな自分のペットと感化されやすい妹に呆れて、私は小さく嘆息する。
「私が泳げない事、知ってるでしょ?」
 私はじとーっと妹の顔を睨んだ。
 私が昔お風呂で溺れた時、一番近くで見ていたのがこいしだ。知らない訳がない。
「だから……ね?」
 にんまりとこいしは微笑んだ。

「私が水の中でだっこするってどう?」
「ぶっ!? ごほっごほっ!」
 私は思わず口に含んでいた麦茶を吹き出してしまった。
「え、遠慮するわ」
「ぶー」
 姉妹が水中で身体をピタリとくっ付けるなんて……流石にまずい。色々と。
 私が嫌がるのを見て、こいしは不満げに唇を尖らせながら、また、水の中に沈んでいった。
 騒がしかった周囲の世界が、あっという間に静寂に包まれていく。
 また……一人ぼっちの世界が、始まった。


      ◆    


 ――お姉ちゃん、一緒に山へピクニックに行こうよ!
 そう提案されたのが、今朝の事。
 考える猶予も与えられないまま、外へ引っ張り出された私は、今こうして、真夏の森林で死にかけている。
 久しぶりの陽射しは、灼熱地獄よりも暑い……とは流石に言い過ぎか。
 しかしそうでなくとも、木々の作りだした自然のクーラーへ逃げ込まなければならない程度に、今日の陽射しが強烈なのは確かである。
 楽しそうに一人で水遊びをするこいしの姿を、額に滲んだ汗をタオルケットで拭いながら、私は無言で見つめた。
 その間、こいしの目に私の姿が映る事は無かった。
 只の、一度も。


      ◆   

 
「見て見て、でっかい魚捕まえたよー!」
 50cmはありそうな大物を胸に抱えて、こいしは嬉しそうに笑った。
「にとりに教えて貰った捕り方は凄いなぁ~。今まで沢山挑戦してきたけど、こんなに大きなのが捕れたの、初めてなんだよ」
「ふふっ……それは良かったわね」
 こんなに嬉しそうなこいしを見るのは、いつ以来だろうか。
 もうずっと、こいしは家に居着かず、フラフラとした暮らしばかりをしている。ハッキリとした年月は覚えていないが、最初の頃は必死で後を追ってい私が諦め出す位に、長く、面と顔を合わせていないのは確かだ。

「ねぇ、お姉ちゃん。どうして泣いてるの?」
「――え?」
 しかし、私がこいしの事を想わぬ日など、一日とて無かった。
 私が後を追わなくなったのは――別にこいしへの愛が薄れたとか、そんな理由ではなく、ただ悲しかったからである。
 ずっと一緒に生き、支えあってきた唯一の家族。心の底から愛している唯一の妹。
 そんな可愛くて堪らない妹の心に、自分がいないという現実を、受け止めきれなかったのだ。
「何でもないの……ごめんね、こいし」
 だけど今この時は、こいしが笑ってくれている。
 私に笑いかけてくれている。
 勿論、その笑顔は明日にはまた放浪してしまうのだろうけど……充分だった。

 私の心に広がった靄を払うのに、こいしの笑顔は充分過ぎる程……目映かった。

「こいし……そのにとりって娘とは、友達なの?」
「うん、大の仲良し!」
 間髪を入れず、こいしは即答した。その迷いの無さに、何故だか心がズキリと痛む。
「一緒に遊んでるとね、色んな事教えてくれるの。知らない事を沢山、沢山。
 あっ、勿論にとりだけじゃないよ! 雛も椛も文も、皆色んな事を教えてくれるわ。
 今なら私、お姉ちゃんよりもお利口さんかも、だね~♪」

「そう……ね」
 うつむき、私は軽く唇を噛んだ。
 こいしの現状を、何故か素直に喜べない。嬉しいはずなのに。孤独だったこいしに友達が出来て、ホッとしているはずなのに――。
 
「こいし……」
「何?」
「えっ……あ、その……」
 続きの言葉が出ない。「地霊殿に戻って来て」という、十文字にも満たない言葉が、喉に引っ掛かる。
 私はこいしの心を読む事が出来ない。私が心を読めない相手は――こいしだけ。
 自らの願いにどんな回答をするか予想出来ないのは――こいしだけである。
 私は断られる願いなど頼んだりしない。何故なら心が読めるから。
 私は自分を嫌っている者と話そうとしない。何故なら心が読めるから。
 私は好きな者の気持ちを無視したりしない。
 何故なら――心が読めるから。

 結局、私は第三の目に頼りきって暮らしていたのだ。
 常に相手の心を読んで、なるべく自分の傷付かないように、生きる。
 そんな都合の良い暮らしを、何百年も続けてきたのである。
 ひどく自分勝手で、閉鎖的な……暮らしを。何百年も。
 表情やしぐさから相手の気持ちをくみ取ろうだなんて、私は考えた事も無かった。
 考えた事も無い事が出来ないのは、至極当然である。
 こいしが心の目を閉じた時――猛烈な不安に襲われたのは、謂わば必然的な事だったのだ。
 だって一番理解しなくてはならない妹の心が、部屋の灯りでも消したかの様に……突然分からなくなったのだから。
「今日のお姉ちゃんなんか変だよ? 何? 言いたい事があるならちゃんと直接言って?」
「う、うん……こ、こ、こここ……」
 こいしの心を少しでも理解したいと思い、必死で後を追ったが、結局はこの有り様。
 こんなにも近くにいるのに、妹の気持ちが全く分からない。
 自分の事を好いているのかさえ……分からない。
 そんな姉は……本当にあの娘の姉だと言えるだろうか。
 家族だと言えるだろうか。
 言える訳がない。いや、許されない。
 私はこいしの姉を名乗る資格なんて――有していない。
 
 ――ねぇ、こいし。今あなたは楽しい? 私と一緒にいて、幸せ?
 聞けば分かる。きっとこいしは答えてくれる。
 でも――聞けない。こいしの回答が不安で――聞けない。

「お姉ちゃん……また泣いてる」

 こいしの小さな手が、私の頬に触れて、囁く様に、問う。
「私みたいな無神経な奴って……やっぱり嫌い?」
「そ、そんな事――」
 ――そんな事ない。私はこいしが好き。大好き。世界で一番愛している。
 なのに、なのに――。

「ごめんね……無理やり、こんな所まで連れ出して」
「こ、こいしぃ……」
 違う。違う、違う。本当は嬉しかったの。嬉しくて堪らなかったの。
 だけどきっと、もうこいしの心に、私はいない。
 こいしの心は、新しい友達の事でいっぱいに埋まっている。
 それが辛い。悲しい。こいしとまた離れるのが――怖くて堪らないの。

「……バイバイ、お姉ちゃん」



「ま、ま……っ」

 ――待って。
 心の中で思うのはこんなに簡単なのに――。
 どうして――口にする事は難しいんだろう。


    ◆     


 こいしの逃がしたさっきの魚が、ポチャリと、水面を跳ねる。
 ――そう言えば、地底に移り住む前は、よく二人で魚捕りをして遊んだっけ。
 懐かしいなぁ……全ての事が。
 日の暮れるまで遊び、二人で、同じ布団に横になったあの頃。
 私達は――お互いの全てを理解していた。
 あの時はまだ、第三の目の力は弱かったけど……私達は確かに、理解し合っていたのだ。
 まるで、一心同体の様に。

「こいし……」
 切なくて、名前を呼ぶ。

「戻って来てよ……こいし」
 妹の名前を、涙を流しながら、呼ぶ。

「もう一人にしないでよ……こいしぃ……」
 想いを込めて、最愛の妹の名前を、呼ぶ。

 しかし私の小さな声では……遠くにいるあの子に届かない。
 もう決して……届かない。

 ――どこで、間違ったのかな……。
 冷たい大木に寄りかかって、私は静かに目を閉じた。
 滴が頬を伝っているのは……きっと、暑い陽射しのせいだけではない。


    ◆     
 

「雛お姉ちゃん~」
 その時、ふと、どこからか少女の声が聞こえた。
「にとりちゃん? どうしたの?」
「えっとね~、うっへっへっへ」
 間の抜けた少女の声はどことなくこいしを連想させて、私を和ませる。
 と思っていたら――
「大好きだぞこのやろーっ」
「ひにゃぁっ!?」
 雛と呼ばれた少女の悲鳴と共に、どさりと地に何かが倒れる音がした。
 音のした方を向く勇気は無いが、恐らく、にとりという少女が雛さんを押し倒したんだろう。
「ににににとり、こ、これは一体何のまにぇなの!?」
 混乱した雛さんの悲鳴や問いやらがこちらまで届いてくる。
 その余りの慌てぶりに、私は思わず一人で笑ってしまった。
「良いじゃないのさー。誰も居ないんだしー」
「だからってどうしてこんな事――」
 私にもあんな勇気があればな、と心内で感心していると、にとりさんがズキリと来る一言を言った。

「いくら好きでも、その思いを形にしなきゃ伝わらないじゃないか。
 お姉ちゃん、今私に愛されてる事がわかるでしょう? それなら私の大勝利♪
 私はいかなる時、いかなる場所でも、この純粋な思いをお姉ちゃんにぶつけるよ。
 だって私、お姉ちゃんの事が好きなんだもん」

 ――ああ、そうか。想いを伝えるなんて、実に簡単な事なんだ。
 にとりさんの言葉で、漸く分かった。
 ――想った事を、そのまま口に出せば良いんだわ。
 本当に、私はどこまでも馬鹿だったらしい……。

 ――日の暮れるまで遊んだ、あの頃みたいに、自分に正直になれば良いんだわ。

 私は立ち上がり、にとりさん達の前に姿を現した。
「ありがとうございます! 貴方達のおかげで、私、大切な事に気付けました!」
「ひゅいっ!?」
「え、ええ……。それは良かったわ」
 相手の心なんて、分からなくて当然。寧ろ、分かる方がおかしいのである。
 私は第三の目を持ったせいで、大切な事を忘れていた。
 ありのままの相手を受け入れるという……一番大切な事を。
 
「こいし、ごめんね……お姉ちゃん、間違ってた」
 私の問いに何と答えようと、それはこいしの意思。姉である私が、あの娘の意思を拒絶する事自体――間違ってた。
 私は、こいしの全てを受け入れなきゃ駄目だったんだ。
 ありのままの、こいしを。たった一人の、お姉ちゃんとして。
 ――もう迷わない。
 そう、心に決めて、私は走り出した。
 世界で一番大好きな妹、古明地こいしと会う為に。


    ◆    

「お、お姉ちゃぁん……」
「よしよし。勇気出したのにね。頑張って行動に移したのにね」


    ◆    


「……こいし。そこに、いるんでしょ?」

 地底の洞窟の、天井近くまで上に昇った所にある、秘密の場所。
 私とこいしだけが知っている秘密の場所に、私は訪れた。
「お姉ちゃん……こいしに謝らないといけないわ。沢山沢山、謝らないといけないわ。
 こいしに言いたい事が沢山あるから、お姉ちゃんに……こいしの顔を見せて欲しいの」
 風が吹き抜け、ヒューヒューと音を発てていく。下に広がる旧都の灯りは、まるで星々の輝きの様に綺麗だ。
 この場所から見る景色は、いつ見ても変わらない。あの頃から。あの日から。
 初めて地底に訪れた……あの日から。

 別に当てずっぽうで、この場所に来た訳ではない。
 不思議と、心の中にこの場所のビジョンが浮かんだのである。
 まるで……私の事を呼びよせるかの様に。
 そして今、私は確信した。
 こいしが……私の立つ場所の、すぐ傍にいる事を。
 そのこいしを受け入れる様に、私は両腕を開いて、笑った。
「もう、一人ぼっちになんてさせないから……ずっとずっと、傍にいるから。
 また……お姉ちゃんと一緒に暮らしましょ?」


「お姉ちゃん!」

 突然、胸に重みがかかる。
 忘れもしない、この重み……小さな頃から抱き続けてきた、たった一人の妹の身体だ。
 優しく抱き締め、その透明な髪を解かしてやると、だんだん、その輪郭がハッキリとなり始めた。
 その輪郭の中が、ゆっくりと鮮やかに着色されていき、遂に……ずっと見たかった顔が、そこに浮かぶ。
 最愛の妹"古明地こいし"の顔が、私を、見つめる。
 
「本当に……また一緒に住んで良いの?」
「……えっ!?」
 予想外の言葉、予想外の顔に、戸惑いを隠せない。
 こいしは泣いていた。真っ赤な顔で、涙を一杯両目に浮かべて……泣いていた。
「あ、当たり前でしょ? どこに妹を家にいれない姉がいるのよ」
「だって私……お姉ちゃんに沢山迷惑かけた、から……。絶対、私の事嫌いになったと思って……」
 私の胸の中で、子供みたいに泣きじゃくるこいし。
 あれ? 何だか、おかしい。私が予想していたのと、違う。
「そ、そんな訳ないじゃない。お姉ちゃんはこいしの事が大好きなのよ、世界で一番愛しているのよ。
 こいしの方こそ、私が嫌いだから家出みたいな真似を――」
「ち、違うよ! 心を閉じてから、お姉ちゃんが私をあんまり構ってくれなくなったから……その……」
 恥ずかしそうに、私の胸へ顔を埋めながら……こいしは言った。

「私をもっと見てて欲しくて、私だけを見て欲しくて……逃げちゃったの。
 私を追い掛けてる間は……お姉ちゃんが、私だけを見ててくれる、から……」

「~~~~!?」
 予想外の理由に……クラクラと目が回る。
 確かに、心が読めなくなったこいしと、どう接すれば良いか分からなくて困ったけれど、それにしたって……家出はやりすぎだ。
 まぁ、そんな所がとてもこいしらしいし、そう言うちょっと発想がおかしな所も……私は大好きなのだけれど。

「私もお姉ちゃんも……お互い大好きっこだったんだね」
「心を読む事に慣れていたからこそのすれ違い、ね……。
 これからは、何でも正直に話しましょう。
 言いたい事があったら言って、聞きたい事があったら聞く。
 そんな当たり前だけど、かけがえのない暮らしを……大切にして――」
「うふふ~♪」
 私の言葉を聞いて、こいしはイタズラっぽく笑った。
 ああ……何だか嫌な予感。
「じゃあ、じゃあ、ちゃんと正直に答えてね?」
「……う、うん」
 目を細めて、互いの鼻先がぶつかる位、こいしが顔を近付ける。
「お姉ちゃんは、私の事好き?」
「えっ…!? そ、そんな当たり前の事――」
「ダメ。正直に答えるのがルールです」

「う、うぅ……」

 ――言うしかない。
 真っ赤な顔のまま……眼光を鋭くし、私は遂に意を決した。


「こ、こここいししの事がすすっすきゅぅ……」
 ……無理だった。


「私はお姉ちゃんの事が好きだよ。大好き!」
 えへへ~、と照れ臭そうに笑いながら、こいしは言った。
 何と純粋で、ストレートな言葉だろう。可愛すぎて失神しそうだ。
 あぁ……また体温が上がってしまう。
「やっぱり……本当は私の事、嫌いなんだね……」
 こいしはうつ向いて、悲しげにそう漏らした。
 馬鹿。私の馬鹿。一体何をやっているんだろう……これでは結局、同じ失敗の繰り返しじゃないか。
「ち、違うわ! お姉ちゃんは……私は……こ、こいしの事が……」

 もう何も悩む必要なんて――無い。


「こいしの事が大好きなのよぉ!」


 ――大好きなのよー、なのよー、のよぉ……。
 洞窟内に反響する位、大きな声を出してしまった。
 こんなに大きな声を出したのは……生まれて初めてである。
 何だか、妙に気持ちが良い。
 息が乱れて、喉がじんじんと痛むのに、嫌悪感はまるで感じなかった。
「ふふっ、旧都の皆に聞こえちゃったかもよぉ~?」
 こいしがまた、イタズラっぽく笑う。
「別に良いわ」
 微笑して、私はこいしの頬に軽くキスをした。
「私がこいしを好きだというは……たとえ天地が逆転しても、変わらない事実だからね」
 顔を紅潮させたまま、こいしは私にキスされた場所を押さえて、問う。

「本当に……好き?」

「好きよ」

「大好き?」

「大好きよ」

「世界で一番好き?」

「世界で一番好きよ」

「……私も好き」

「そう……」

 思考が、熱でトロトロに溶けていく。何も考えられなくなっていく。
 私もこいしも、無言のままに、互いの顔を見つめ合った。
 こいしの顔は、ルビーの様に真っ赤だ。そしてそれは、きっと私の顔も同じ。
 何だか……とんでもない禁忌を犯している様な、そんな気分である。
「お姉ちゃん……顔真っ赤だよ?」
「こ、こいしだって……」
 今までの悩みが、全部勘違いだったなんて。全部想いのすれ違いだったなんて……本当に、馬鹿らしい。
 簡単な事だ。一緒に生きるなんて、簡単な事なのだ。
 手を取り合い、目を見つめ合って……二人で同じ道をいく。
 ただ、それだけで良い。

 ただそれだけで、幸せ。
 
  
「――お姉ちゃん、静かに!」
「むぐっ!」
 突然こいしが私を押し倒し、掌で私の口を栓した。状況を理解出来ないまま、こいしに乱暴されるかもしれないと期待し……じゃ、じゃなくて、不安がる私の視界に、馴染みのある顔が2つ飛び込んできた。
 土蜘蛛の少女"黒谷ヤマメ"さんと、桶に入った鶴瓶落としの少女"キスメ"さんである。
 さっきまで私達がいた場所に着地して、キョロキョロと世話しなく首を動かす二人。
 どうやら、何かを探している様だ。
「おっかしいなぁ。確かにさとりの悲鳴が聞こえたんだけど……」
 ――探しているのは、私だった。
 さっきの声は、やっぱり結構遠くまで響いていたらしい。
 さっきはああ言ったものの、自分の告白が多数の者に聞かれたかもしれない、と思うと……やっぱり恥ずかしくて死にそうだ。
「…………ない…?」
「聞き間違いなんかじゃないってば。土蜘蛛の身体能力、舐めないで欲しいねぇ」
「…………たい」
「早く帰って夕飯にしたいのは私だって同じさ。でも、ピンチの友人を見捨てて喰うメシが、美味い訳ないだろ?」
 二人で何気無い会話をしている様だ。しかし、傍目にはヤマメさんが一人で話し続けている様に見える。
 どうやら、彼女の耳がずば抜けて良いという話は、決して嘘でないらしい。
 聴力さえ良ければキスメさんの言葉を理解出来るのかと言えば、それは違うのだけれど。
「…………して」
「こ、ここでかい? ほら、どうせすぐに家へ帰るんだし――」
「…………嫌い」
「うぇっ!?」
 ヤマメさんの顔が、カァッ、と赤くなる。
 分かりやすい人だ。そして、嘘が吐けない人である。
 彼女が万人に好かれる理由は、そこの所にあるのだろう。
「し、仕方ない奴だねぇ……本当に」
 真っ赤な顔で頭をポリポリと掻き、ヤマメさんは、入ってる桶ごとキスメさんの身体を持ち上げて、
「…………?」
「馬鹿……好きな奴以外に、こんな事してやらないよ」

 その小さな唇に、そっと自分のものを重ねた。

「あ……あ……」
 瞬間、私は硬直。そして紅潮。私の上に乗っているこいしも、反応は同じだった。
 密着したこいしの小さな胸から、加速していく心臓の音が、伝わる。
「…………んっ」
 十秒程のキスを終えて、ヤマメさんが唇を離すと、キスメさんは名残惜しそうに、彼女の胸へ抱き着いた。
 まさにラブラブ(お燐曰く、最近の若者言葉らしい)。
 橋姫でなくとも、妬ましくなる位、ラブラブな光景である。
 
「分かった分かった。もう家に帰るから、ね? この続きは……家に帰ってからたっぷりしてあげるよ」
 家で一体何をするのか、心を読もうかとも思ったけれど……この小説がそそわに公開出来なくなってしまうかもしれないので、止めておく。
 二人が去り、再び、世界は私とこいしだけとなった。
 こいしの胸の鼓動は、未だその興奮を冷ませずにいる。
 トクントクン。と、テンポ良く、私の胸の上で、リズムを刻んでいる。

「キス、してたね……」そう、こいしが呟いた。
「うん」と、私はそれに答える。
「女の子同士、だよね……」
「うん」
「好き合ってるから、だよね……」
「うん」
「好きなら……別に、関係ないよね?」
 こいしの、ライトグリーンの髪が、顔にかかる。一層顔を近付けて、こいしは、問うた。

「血の繋がった姉妹でも……別に、良いよね?」

 返答する前に、私の口はこいしに塞がれた。
 その、穢れを知らない、桃色の唇によって。
 ほんの刹那な時間の触れ合いを終えて、互いの唇が、離れる。
 心を読まずとも、こいしの思っている事は、理解出来た。
 キスだけでは――物足りない。満たされない。
 そんな感情を、胸に抱いている。
 そしてそれは……私だって、同じこと。

「キスなんて……久しぶり、だね……」
「……うん」
 トクントクン。心臓の拍動する音が、耳障りだ。
 身体の中が――ひどく熱い。
「もしかして、変に意識とかしちゃってる?」
 悪戯っぽい笑みで、こいしはそう尋ねた。
 ここは、姉として……ガツンと一発否定すべきなのだろうけど。
 この私に、そんな度胸がある訳もなくて――

「……こいしは、どうなの?」と、イニシアチブを妹に譲ってしまうのだった。

「私は……意識してるよ。無意識なんかじゃ、ない。
 今のキスは……好き合ってる、いや、愛し合ってる人達のキスだと……私は意識してた。
 お姉ちゃんだって、そうでしょ?」

 またこいしは、私の返事を待たずに、強く唇を押し当てた。
 舌を入れられて、熱い唾液を交換し合い……クタリと、床に力無く倒れた。
 ああ……なんて、ひどい娘だろう。
 問わなくても分かっている癖に……わざわざ問いかけ、私の反応を楽しんでいるのだ。
 私を困らせて、楽しんでいるのである。

 読めない筈の私の心は、肌と肌を伝わって、もう既に……こいしの腕の中にあった。
  
「次は……どうしよっか」
 ――次、次……次? キスの次、って…?
 混乱した心を読み取る様に、こいしは私の服の中に手を忍ばせて、すぅーっと、お腹の上に指を走らせた。
「ひぁん……っ!?」
 うっかり出たヘンテコな悲鳴を聞いて、こいしは嬉しそうに、本当に嬉しそうに、笑った。
 この娘は……超のつくサディストだ、と、私は思った。
「うふふ。そしてお姉ちゃんは、ペタのつくマゾヒストだね」
 手で腹をまさぐりながら、そんな事を聞くこいし。
 こんな楽しそうな顔は、今まで見たことがない。
 それを喜ぶべきか、呆れるべきかは……分からないけれど。
「ねぇ、次はどうされたいのー?」
「ひゃ、ひゃめなひゃい、こいひ! お姉ひゃんやっへ、しゃしゅがに……んんっ!」
 お腹から腋へ、腋からお腹へ。指が往復する。
 くすぐったくて、気持ち良くって、まともに喋る事が出来ない。
 そんな息も絶え絶えな私の耳元で、こいしは囁く。
「質問を……変えてあげるね。お姉ちゃんは私に……どこを、触られたいの?」
「ハァ……ハァ……ど、どこを……?」
「何だか疼いている場所を、正直に言えば良いんだよ。
 その疼きを、私が取ってあげるから♪」

 ……分かってる癖に。全部、分かっている癖に……こいしは聞いてるんだ。
 私に、その場所を言わせる為に、聞いてるんだ。
 ああ……恥ずかしくて、死にそう。でも、言わなきゃ。言わなくちゃダメなんだ。
 正直に話す……それが、私達のルールだから。

「ち、乳房を……」
「それどこ? 難しい言葉分かんない」

 仕方ない。ルールだから、仕方ない。
 そう自分に言い聞かせて、私は口にする。

「む、胸を……」
「胸の……どこ?」

 こいしの悪戯っぽい笑みが、私を刺す。
 恥ずかしい……そんな目で見ないで欲しい。
 本当に、恥ずかしくて死にそうだ……。
 拍動し過ぎて、心臓が破裂してしまいそう……。

 ――なのに。

「ち、ち、……」
「ち?」

 ――恥ずかしいのに、何だか、何だか。

「ち、ち、く……ちく……」
「ちーくー……?」



 何だかとても―――。



「ちく――」

「あっ、さとり様見つけた~!」

「クビキリサイクル!?」

 突然、私のペットである空に、顔を覗き込まれた。
 その存在に気付いてたろうこいしは、真っ赤な顔の私を見つめて、ニヤニヤと笑っている。
 この、ペタサディストめ。

「うにゅ、クビキリサイクルって?」
「な、何でもないのよ!? そう、何でもないの!
 たまたまこいしと散歩をしていたら、たまたま二人一緒に転んで、たまたまこんな風にこいしがのし掛かっちゃったの!
 なんという偶然なのかしらぁ! そうよね、そうよねこいし!?」

 こいしは清々しい位の笑顔で、サラリと言う。

「そうだよ、お空。私の手がお姉ちゃんの服の中に突っ込んであるのも、たまたまなんだよ~?」

 このエクササディストめ。

 お空は、どうして私がこんなに焦っているかも分からずに、ペタンと床に座り込んだ。

「うにゅ~、もうお腹がペコペコだよぉ~! 早く帰ってご飯にしようよ、さとり様ぁ~!」
 全く、お空は本当に可愛い奴である。
 見つかったのがお空で良かったと、私はほっと胸を撫で下ろし、立ち上がる。
 そう言えば、『今日の夜は皆でご飯を食べよう』と言ったのは私だった。
 久しぶりに皆で食事が出来ると、空は大変喜んでいたから、文句を言うのも無理はない。
「お燐はもう帰ってる?」
「昼からずーっと料理作ってる。今日の料理は、期待しても良いかもだよ~?
「へぇ、それは楽しみね」
 こいしはまだ、意地の悪い笑みを浮かべていた。
 さっきのキスも、言葉も……全部ただのイタズラだったのだろうか。
 もし、そうなら……ちょっと傷つく。

 私は。

 私は、真剣に。

 私は、真剣にこいしの事を――

「お姉ちゃん」
 不意に呼ばれて、顔を上げる。その瞬間、視界が真っ暗になった。
 こいしの顔が、視界を覆ったのである。
 抱き着く様に、私の唇に強く自分の唇を押し当てて、こいしは優しく微笑んだ。


「今度は、邪魔が入らない所で……しようね」

 トクンと、胸がざわめく。

 カァッと、胸が熱くなる。



 久しぶりの地上よりも、

 容赦ない太陽の陽射しよりも、

 こいしという存在の方が、

 もっともっと



 私にとって灼熱だった。
 
 さらっと書いてこいしちゃんの日に投下出来ると思ったがそんなことは全然無かったぜ!

 お目汚しすいません。こちらでは初投稿となる、藤八景です。
 まだまだ未熟者ですが、これからよろしくお願いします。」

 ヤマメに食われたいです(食糧的な意味で)
藤八景
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コメント



0.600簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
読みやすかったです。

>>海苔ワルイなぁ。
誤字でしょうか?
2.無評価藤八景削除
>>1さん。コメントありがとうございます。

「お燐から面白い言葉教えて貰ったけど、『ノリ』ってどういう漢字書くんだろ?」
 って感じで間違えてる設定です。

分かりにくかったですね……すいません。
6.100名前が無い程度の能力削除
このタイトルは卑怯すぐるw
19.100名前が無い程度の能力削除
さとりさんキュート。
今はそれしか言えない。
20.100名前が無い程度の能力削除
おっと、鼻から信仰心が