朝目覚めたら、妹が隣ですやすやと寝息を立てていました。
「……えっ?」
突然のイベントに、元から荒れてる+寝癖で凄い事になっている髪がさらに酷い事に。
落ち着きなさい、古明地さとり。別に初めてのイベントってわけでもないでしょう?
そうだ、こいしがベッドに潜り込む事なんて今に始まったことじゃない。だから落ち着きなさい。
とりあえず、こいしの寝顔にキスしたい。
だって可愛いんですもん。仕方ないじゃないですか。
「ふあぁ……」
余計な事を考えている間に、こいしが起きてしまった。
「……あ、おはよ、お姉ちゃん」
焦点の定まらない目でそんな事を言ってくる。まだ寝ているのか起きているのかが正直判らなかった。
「……こいし、なんで私のベッドで寝ているのかしら?」
「ああそうだ」
私がそう質問した後、急にこいしが覚醒する。
無駄に切り替えが早いわね。まあ寝起きが良いのは悪い事じゃないけど。
「という訳でお姉ちゃん、お買い物に行こ?」
なにがと言う訳でなのかが判らないし、話が唐突過ぎるし、そもそも着替えてもいないのにそんな事を……。
ついでにここはベッドの上。どう考えても買い物の話を出す場所じゃない。起きて1分で出す話題でもない。
たった十数文字でなんでこんなに突っ込みどころ満載なのよ。
ああもう、自由奔放すぎるこいしの事は未だによく理解出来ない。
これでもこいしの心情を読み取る修行はしてきたはずなんだけどな。
「いや、そんな急に……」
「と言う訳で着替えてくるから待っててね」
何かを言い返す暇もなく、こいしはふよふよとゆっくり飛びながら部屋を出て行った。
家にいる時はなるべく足で歩きなさいと何時も言ってるのに……いやいやそんな事はどうでもいい。
「……どうしたんだろう」
そういえば、こいしが私と買い物に行きたいだなんて言い出すのは、結構珍しい事だ。
何時も一人で勝手に外に出て、自由気ままに帰ってくるから、普段から誰かと共に行動する事が少ない。
最近地上で弾幕合戦をしてきたりはするけれど、それを考慮しても非常に稀な出来事ね。
……まあ、考えても仕方がないか。
こいしにも何か思うところがあるのかもしれないし、だったら姉として、ちゃんと一緒に出かけてあげるべきなのでしょう。
とりあえず、早く寝巻きから着替えて……。
「よし、お姉ちゃん早く行こー!」
早ッ!!
えっ!? そんなに考え込んでた!? 1分以上時間を使ったつもりはなかったけど!?
まだ目が覚めてから5分も経ってないはずなのに、何でこんなに慌しいの今日は!?
「あれっ、まだ着替えてないの? もうめんどくさいから寝巻きのままでいいよ」
「いやいやいや、私にはそんな趣味はないわよ。街に出るのはいいから少し待ってちょうだい」
「却下」
「1秒の躊躇いもなく!?」
「いいから早く行こうよー」
「やっ、ちょ、待って、お願いだからせめて着替えさせてえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
この後5分ほど抵抗しながらこいしを説得して、とりあえずパジャマで外に出るという羞恥プレイだけは避ける事が出来ました……。
* * * * * *
「うーん、相変わらず賑やかだねー」
ええ、そうですね。朝っぱらからどうしてこんなに騒げるんでしょうか地底の住人は。
場所は変わって、此処は旧地獄街。朝もはよから、地底妖怪や鬼達でひしめき合っています。
まあ、朝早いとは言っても、私の朝が遅いので今はお昼前なのですが。
そもそも日の差さない地底には時間の概念なんてありませんからね。こんな事を考えていた私が無粋なのかもしれません。
「……相変わらず、人込みは苦手だわ……」
笑顔を浮かべるこいしとは対照的に、私の気分はちょっぴりダーク。
先ほどから、私達姉妹を見ている妖怪が多いですからねぇ。
さとり妖怪は地底の嫌われ者。その姉妹がこんな街中を歩いているんだから、みんな気になって仕方がないのでしょう。
胸の第三の目からも、私達に向けられた心の声がぼそぼそと、しかし沢山聞こえてきます。
ああ、暫しの間こんな人込みを歩く事はしませんでしたからね。この感覚は久々です。
どうせみんな、私達の事を気味悪く思っているのでしょう。
せっかくだから、心の声を聞いてみますか。そう思って、私はさとりの目を強く開いて……。
(さとり様可愛いよさとり様)
(こいしちゃん今日も可愛いなぁ)
(ああ、さとり様、トラウマを想起して罵って下さい)
(こいしちゃんに踏まれたい)
(ロリ万歳)
(小五ロリ最高だろjk)
(何百歳だろうとさとり様はロリです)
(姉妹揃ってお持ち帰りしたいお)
(さとり様さとり様さとり様さとり様さとり様さとり様さとり様さとり様)
……ゆっくりと、笑顔でさとりの目を閉じた。
「あれ? お姉ちゃん? 急に目を閉じてどうしたの?」
「なんでもないわ。せっかくこいしとお買い物なんだから、私もこいしと同じように目を閉じてみたくなっただけよ。
ええ、本当にそれだけよ。他意なんてないわ。うん、何も考えてないから安心しなさい」
「そんな明後日の方を見ながら言われても……」
煩い。お願いだから今起きた出来事に触れないで。
あんな心の声を聞くくらいなら、嫌われ者のほうがまだ気が楽だったわ。
このロ○コンどもが。こいしは私の妹なんだから私の物よ。
「……ま、いいや。あ、お姉ちゃんあそこのアイス食べようよー」
それ以上追及してこなかったこいしに感謝。
そして私の視界に入る「あいす」と書かれた旗。
何時の間に地底にもそんな物が出来てたのね。地上との交流が増えたおかげかしら。
「えーっと、バニラ一本。お姉ちゃんは?」
沢山の氷の中に袋詰めにされた、色取り取りのアイスバー。
どれもこれも、普段から外に出ず、お菓子などもあまり食べない私にとっては、非常に魅力的だった。
「……ふふっ」
少しだけ、口元が緩む。
「オレンジを一つ、お願いします」
私とこいしがお金を払い、一本ずつアイスバーを戴く。
封を切って、少し舐めてみれば、オレンジの甘酸っぱい味が舌の上に広がる。
ああ、美味しいですね。見ればこいしも、白いバニラバーを頬張りながら、笑顔を浮かべています。
何だかんだで、私達は見た目どおり子供っぽいのかもしれませんね。
ちょっと甘いアイスを食べるだけで、こんなに幸せな気持ちになれるのですから。
「あ、ちょっとちょーだい」
ふえっ?
何を言われたのかを理解する前に、こいしは私のアイスバーをひょいととって、自分の口へと運ぶ。
「ちょ、こいし……」
「んあっ? 大丈夫大丈夫私のもあげるから」
そう言って、自分のバニラバーを私に差し出してきた。
いやいや、別にアイスが食べ途中だったからとか言う事じゃなくて、私が食べたアイスをこいしが舐めている事に問題があるわけでして。
いろいろ突っ込みたいところはあったのだけれど、私はその言葉を全て飲み込んだ。
だってこいしの食べてたアイスの方が大事ですもん。
「うん、オレンジも美味しいねー」
こいしの笑顔を眺めつつ、私もバニラバーを口へと運ぶ。
冷たいはずのアイスが、何処か暖かく感じたのは、きっと気のせいではなかったのでしょう。
* * * * * *
「ほら、これなんて似合いそうだよー」
「それはメイド服といって、屋敷のお手伝いさんが着るものなの。普段着ではないのよ」
再び場所は変わって、旧地獄街の中にあった洋服屋。
こいしが洋服を見てみたいというので入ったのはいいのですが、持って来たのは何故かメイド服。
他に似合う服はいくらでもあるでしょうに。こいしのセンスも良く判らない。
「まあまあ、そういうのが趣味だって人もいっぱいいるよ」
「私はそんな人達の事は知りません。そもそも何でこんな物が地底にあるのかお答え願いますか?」
「いやぁ、最近地上に遊びに行ったら、そんな服を着てた人を見かけたもんだから」
笑顔で説明する、この服屋の店員(個人経営っぽいから店長かも)の黒谷ヤマメ。
何で彼女が服屋なんて開いているのかを尋ねてみたところ、土蜘蛛だからか、編み物が非常に得意だったそうで。
服の縫い合わせにも蜘蛛の糸を使っていて、非常に安価で丈夫だから、地底では結構評判にもなっているとか。
ただし、だからといってメイド服を店頭に置いておくのはどうかと思いますが。
そう言えばさっき、店の中で小さな桶に入った妖怪を見かけた気がしたけど、彼女は常連なのか従業員なのか……。
「まあメイド服が似合いそうなのはこいしよりさとりの方だよねぇ」
「喧しい。私は着る気はありません」
というかメイド服を薦めるな。
「あ、お姉ちゃんの服と同じデザインのもあるねー」
「……ヤマメさん?」
「いやぁ、結構人気があるんだよその服」
誰が買っていくんだよ、と言う言葉が喉まで出掛かって、そしてそのまま消えていった。
もうさっきの事は忘れなさい古明地さとり。単純に子供に人気があるという事にしておきなさい。
……正直、さっきのが結構トラウマですね。トラウマを想起されるのって、こんなに辛い事なんだ……。
「あぁ嫉ましい嫉ましい……可愛い服が似合うのが嫉ましい……」
「おーい、そんなトコでなにやってるんだー。先行っちゃうぞー」
「あっ、ちょ、待ちなさいよー……」
聞き覚えのある声2人分が耳に入った気がしたけれど、取り敢えずスルー。
あの2人もしょっちゅう一緒にいる気がしますね。橋姫と鬼で良いペアじゃないですか。
「んで、結局何か買って行くのかい?」
おっと、今は買い物途中でしたね。あれ、そう言えばこいしは……。
「これくださーい」
ドスッ!
と、ヤマメと私の横に音を立てて置かれる大量の洋服その他いろいろ。
えっ、ちょ、私の身長の1/3くらいの高さにまで積まれてるんですけど……。
「おー、こんなにいっぺんに買って行ってくれる人は久しぶりだね」
いや、まだ買うとは言ってないんですが……。
「それじゃ先に行ってるから、お会計よろしくねー」
私に発言の機会すら与えずに、手を振ってさっさと店を出て行くこいし。
店の中には、呆然と立ち尽くす私とヤマメ、そして大量に積まれた洋服が残された。
「……で、どうするんだい?」
「……この店、月賦で払うサービスはしていますか?」
「……顔見知りだからそれでもいいよ」
「ありがとうございます……」
* * * * * *
「あー、疲れたー」
私の方が疲れたわよ。こんなに大量の洋服を持たされて。
三度場所は変わって、旧地獄街の外れにある公園のような場所。
私達は公園内に設置されていた長椅子に座って、取り敢えず休憩。
回った場所はそう多くないとは言え、ずいぶんこいしははしゃいでいましたからね。疲れもするでしょう。
そして今言ったように、私も疲れています。若干そろそろ帰りたいという気持ちもあります。
「でも、やっぱりこんな風に遊ぶのも楽しいねー」
曇りない笑顔で、地底の空を見つめるこいし。
「……そうね」
それに対して、私は素直な言葉を述べた。
こんな風に、街中ではしゃぎまわる事も特にした事がなかった私にとって、この2時間ほどの出来事は、本当に貴重なものだった。
そして今の私の心の中は、まあ疲れてはいるけれど、非常に満たされていた。
妹と一緒にこうして遊ぶ事、それがこんなにも楽しい事なんだ。
……小さな頃は、よく一緒に遊んでいたはずなんだけどな。
どうして、今までこの気持ちを忘れていたんだろう……姉として、少し恥ずかしいな……。
「こいし、今日はどうしたの?」
ふと思い出して、私は質問してみる。
こいしがどうして急に、私を誘って街に遊びに出たりしたのか、気になったから。
「えへへ、お姉ちゃん、今日は何の日だと思う?」
えっ?
こういう時は、大体私かこいしの誕生日だから、と相場が決まっているけど……。
残念ながら誕生日は今日じゃないはずだし、別に何かの記念日ってわけでもないわね。
「判らない? 今日は5月14日だよ?」
いや、日にちを言われたらなおさら判らないわよ。
極普通の平日だし、この日に昔何かあったという記憶も、特にない。
「判らないかなー。5、1、4を言い換えてみてよ」
「5、1、4?」
何かの語呂になっているのかしら?
ご、いち、よん。
ご、いち、し。
ご、い、よん。
ご、い、し。
こ、い……。
「……514(こいし)?」
「気が付いた?」
言われてみて、漸く5、1、4の語呂が「こいし」である事に気が付いた。
「えへへへー、今日は私の日なんだよー」
そう言って、無邪気な笑顔を見せる。
まったく、本当に子供なんだから。こんな偶然を見つけただけで、それだけで……。
……それだけで、わざわざこんなにおおはしゃぎしちゃって……。
こいしが今日、やけに上機嫌だった理由が判って、なんだかため息が漏れた。
「……それで、自分の日に何で私と一緒に街を歩こうと思ったの?」
機嫌が良かった理由は判ったけれど、じゃあ何で私なんかと一緒に?
今日が自分の日だと言うなら、自分で遊びたいように遊べばいいのに……。
「えっ? だって……」
こいしは急に寝転がって、私の膝の上に頭を置いた。
暖かな体温が、膝を通して私の身体に広がっていく。
「だって、せっかくの私の日なんだから、一番大切な人と一緒にいたいもん」
その言葉に、暫し呆然としてしまった。
でも、その言葉を聞いて、私の心は、凄く暖かくなった。
「こいし……」
「お姉ちゃん、今日はずっと一緒にいてね」
そして、こいしはゆっくりと、私の膝の上で目を閉じた。
疲れているし、朝もろくに目を覚まさないで遊びに出たから、きっと眠かったんだろう。
でも、そうまでして私と遊びたかったんだと思うと、とても嬉しい。
朝から凄く急いでいたのも、私と少しでも長く一緒にいたかったんじゃないか、と思うと……。
「……本当に、子供なんだから……」
ふぅ、とまたため息が漏れた。
「そう思いませんか? おくう、お燐」
背後の茂みに向かって、私はそんな声を投げてみる。
すると案の定、ガサッと茂みが音を立てて……。
「えっ、あれ、気付かれてました……?」
「うにゅぅ~……」
赤髪おさげの黒猫と、黒髪黒羽の地獄鴉が姿を現した。
「当たり前です。何百年あなた達と一緒にいると思っているんですか」
あなた達が、地霊殿を出た時からずっと私達の後を付いてきていたのは知っています。
どんな人込みの中でも、あなた達の気配を見逃すほど、私は馬鹿ではないですよ。
「いえ、お燐が『二人が一緒に遊びに行くなんて珍しいから付いていこうよ』って言うものですから……」
「あっ、こらおくう! そういう事は言うなー!」
ふふっ、相変わらずあなた達は仲が良いですね。
でも、ちょうど良いじゃありませんか。
こいしは『大切な人と一緒にいたい』と言っていましたからね。
それは多分、私だけじゃないでしょう。
おくう、お燐。
あなたも、私達の大切な家族なのですから。
「……じゃあ、こいしが起きたら、みんなでもっと街を歩きましょう」
私がそう言うと、おくうとお燐は二人揃って目を丸くする。
そんなに意外でしたかね、私の言っている事が。
「えっ? 良いんですかさとり様?」
「勿論です。たまにはこういうのも、悪くないでしょう?」
「じゃ、じゃああたいが3人ともいただいちゃっても……」
「あなたは少し自重しなさい」
お燐の相変わらずの発言に、殴ってやりたい衝動が湧いたけれど、私はそれを押さえ込む。
こいしが眠っているのですからね。今は静かに、起きるのを待つ事にしましょう。
そして、こいしが起きたら、せっかくの今日という日をもっと楽しみましょう。
『514(こいし)』と言う名を持つ、今日この時を……。
膝の上のこいしが、暖かな笑みを浮かべていた……。
祝う準備を全くしてない! どうすればいいんだ!?
予定調和なお話(当然褒め言葉)ですねぇ。善きかな、善きかな。
読者の意表を突くキャラ設定や、予想を裏切る展開のお話も良いですが、
安心してまったりと読める物語もまた良し、ですよね。
>別に始めてのイベントってわけでも→初めて、ですね。
>あんなな心の声を聞くくらいなら→あんな心の声を、かな。
もう姉妹で結婚しちゃいなよ
それでみんな幸せだよ
テンションが一気にMAXになりました、やばいあの可愛さはやばいです
ちょっと特別なだけで、平凡な日常っていいですね。
それはそうと、俺はいつの間に地底の住民になってたんだろう