「おねえちゃん」
「なぁに、こいし」
姉は妹の声に応えた。自室は天井から吊るされた小さな小さなシャンデリアで照らされている。明るすぎず、暗すぎず。程よい光が姉の部屋をあたためている。
尋ねてきた妹の声は随分とまぁ甘い声だった。妹はその甘ったれた声のまま姉に聞いた。
「おねえちゃんは妖怪の割にはあったかいよね」
唐突に妹は姉の感想を言った。この状況で言われてうれしいとは思いきれない姉だったが、特に気にはしなかった。姉は妹に応える。
「妖怪だからといって全員が全員冷たいとはかぎらないわ。それに、冷たいのは多分幽霊じゃないかしら」
「そこではワタシは考える。どうして幽霊は冷たいのだろうか」
「さぁ、お姉ちゃんにはわからないわ」
妹の質問にわからないと応える姉。それもあっさりと言ったものだから妹は少し怒った。
ほんの少しスパイスを加えた声で続けて聞いた。
「だめだなぁおねえちゃん。探究心が足りないよ。カルシウムが足りないよ。リチウムビリウムベリリウム。物知りなおねえちゃんはどこにいったの? 」
「物知りも知らないことはあるわよ。だから今もこうして本を読んでるんじゃない」
「かわいい妹よりも知識を選ぶか薄情め」
「かわいい妹なら読書くらいで腹を立てないわ」
「それもそうだ。うん、採用」
姉の一言一句に一喜一憂、スリスリと顔をこすりつける。足バタバタ。まるで猫のようである。そんなことを言えば、この妹のことだ。面白そうと言って猫耳やらを付けだすだろう。そんな時は十中八九姉にも被害が及ぶ。
自分の猫耳姿を想像して、少し寒気を感じる姉はそんな想像を取っ払って目を文章に移す。
最近自分のペットが宴会帰りに持ってきたもので、地底にある本はある程度読んでしまった姉にはその内容は新鮮であった。
再び妹は口を開いた。
「幽霊はね、捕まえることができないからこそ幽霊なんだよ。うんきっと。そんな幽霊の温度なんてわかるわけないじゃないか、触ることができないのに。触ることができないのにその温度がわかるなんてありえない、きっとそれはエゴで固められた考え、ねえおねえちゃん」
「こいしにしては、的を射ている発言ね」
「ワタシの割には実に的を得ているんだよ、これが。しかし昔の人は言いました。それでも幽霊は冷たいんだ、それでも、わたしは、正しいんだぁぁぁぁって」
「いや、それはきっと貴方の妄想よ」
「妄想と現実なんて、意外とはかないものじゃない。どっちがどっちかなんてわかる奴はほとんどいない。気にしたら負けだよ」
「私は負けてもいいわよ。大事な時に負けなければいいんだから」
「お、おねえちゃん殺ります宣言きたねぇ。こわいこわい」
「その発展発想力には、まけちゃうわね」
「ワハハ、そりゃそうだよ。おねえちゃんがワタシに勝てるわけないじゃん」
「それも、そうね」
姉はわかっていました。自分はあまり強くない、妹の方が強い、周りにいた敵は私よりもずっと強かった、そんなことはわかっていました。
しかし、姉にしてみれば、それが何になるだろうか。
姉はわかっていました。しかし、だからといって目をそむけませんでした。
それこそ全力で、逃げました。だって私は弱いもの。全力で、勝とうとなんて思いませんでした。
目の前で何が起ころうとも、姉は全力で逃げました。
「おねえちゃんは弱いのに、よくここまで生きていけたね」
「さらりとひどいこと言わないの。お姉ちゃんだって悲しむわよ」
「失礼な、ほめてあげてるのに」
「ならほめて」
「う~ん、おねぇちゃ~ん」
スリスリ。抱き締めた両腕に力が入る。力加減に気を付けて。姉は華奢で野菜に例えるなら穴のあいたスカスカなレンコン。地底に謎かけて泥の中に埋まっている野菜を選んだわけじゃありませんよ。
数分後、満足したのか両手に入っていた力が少し弱くなる。そして甘く熟れた声で妹は言う。
「触れないものを勝手に冷たいとか言われて幽霊がかわいそうじゃないか。そんなエゴで決めつけては。そして幽霊に巻き込まれた私たち妖怪はもっとかわいそうじゃないか。いいとばっちりじゃん。冷たいなんて嘘っぱち。ワタシはそう考えました」
「嘘かどうかはわからないけど、冷たいならなお風呂上りとかには便利そうね」
「どんなに便利なものも、使われる対象によってその効果は異なります。用法用量を守って正しく使いましょう。所でこの用法用量って誰が決めるんだろう」
「対象にもよるんじゃないかしら。薬なら作った人、技なら習得した人、能力ならその人本人」
「でもそれが必ずしも他人に正しいって言えないこの世にワタシは悲しんでいるわけだよ。正しいことがかならずいいことなんてそんな嘘っぱちをワタシは信じないのさ」
「こんな状況で? 」
「そう、こんな状況で」
姉はため息をつきながら次のページをめくった。妹はまだまだ止まらない。
「だからこそ、妖怪は冷たいという常識を壊してやりたいのさ、そんな幻想を」
「そんな常識私は知らなかったわ」
「おねえちゃんに常識なんて似合わないよ」
「そっくりそのまま貴方に返すわ」
「わ~い、おねえちゃんからの差し入れだ~」
「喜んでくれてうれしいわ。ところで、どうして幽霊は冷たいと思ったの」
今度は姉が妹に尋ねた。テンポよく足をバタバタさせた妹は甘さを少し薄めた声で応えた。
「死体は冷たいじゃない」
なるほど、正論だ。姉は妹の応えを肯定した。たしかに死体は冷たい。そのことは、ここの猫が一番知っている。
「ならおねえちゃんも冷たくなるじゃない」
「どうして? 」
「冷たさは伝染するんだよ。触れた数に比例して低くなるんだよ。びりびりと、気がついたときには手遅れなんだよ。時間差攻撃だって十分あり得るじゃないか。わかってないなぁ」
「それは知らなかったわ。お姉ちゃん、また一つ物知りになったね」
「そうだね。ワタシのおかげだね。おねえちゃんはやっぱり弱いね、駄目だね」
「しかたがないじゃない。貴方の姉なんだもの」
「それは残念。でも安心だよ」
妹はまた両腕に力を入れた。今度は先ほどよりも少し強め。気持ち半歩分くらい強めに。
「そういうわけで、妖怪が冷たいという説を否定するにはまだ時間が必要だから、それまでに冷たくならないように私が温めてあげるよ」
「こいしは温かいものね」
「そうさ、私はあったかいのだ。褒め称えい」
「そうね、えらいえらい」
本を閉じ、妹の頭部を撫でる姉。おそらく気持ちいいのだろう、パタパタしていた足が大きく揺れている。
逆振り子運動、そうそれだ。
そして姉は尋ねます。妹は甘い声で応えます。
「そろそろスカートの中から出てくれてもいいと思うのだけど」
「残念、もう少し満喫したいとワタシの無意識がよんでいるんだ」
スカートの中の妹は、それはそれは甘く、はじけるほどの淡い色をしていました。
>その温度がわかるなんておりえない→ありえない、ですね。
>こいしにしては、的を得ている発言ね→的を射ている、ですよ。
>正しいことが化ならずいいことなんて→かならず、かな。
>姉はため息とつきながら→ため息を、でしょうね。
>喜んでくれたうれしいわ→喜んでくれて、です。
>「そうして?」→「どうして?」、なんだろうなぁ。
>それまでに冷たくならないように私が温めてああげるよ→あげるよ、だぜ。
これも無意識なのかな? かな?
いっそのこと、無意識のせいにしたいです、いや本当に。
ともあれ、指摘していただき誠にありがとうございます。
これでも、本当に確認はしているんですよ
やっぱり無意識かなぁ
さてさて、今回の作品では、冷たい、というキーワードがありまして、ここがうまく伝わっていなかったようで反省しています。
個人的には、さとりはこいしのためにいろいろとがんばっていたんだと思います。実の妹ですし。
妖怪だっていっぱい殺したでしょうし、卑劣外道なこともしたんじゃないのかなって。
そんな姉をみて、いつもはやさしい姉とごっちゃごちゃになってたりして、とか。
あと、冷たい=死体を連想させようとしていたんですが、気づきにくかったようですね。
ほのぼのに見せかけた、少し暗めのお話
まだまだ勉強が必要のようです
この作品を読んでいただいて、不動遊星様、コチドリ様、そのほかの皆様、本当にありがとうございました。
アドヴァイスというほどのものではないですが、提案(サジェスチョン)をひとつさせてください。ちょっとくどいように思えるかも知れないくらいに主体と客体をはっきり書くことと、ネタを出し惜しみしない(全部書けということではなくて、もっと対比や対句を頻繁に用いるなど)ことの2点に留意してみてはいかがでしょうか。おそらく、あなたが書きたかったのは「冷たさ」そのものではなく、「春の夜中に、暖かい部屋から外に出た時のひやっこい寒さ」なのじゃないかと思います。あくまで素人の意見ですが。
とまれ、作品自体は素晴らしいものでした。ありがとうございます。また会いましょう。では。
>「死体は冷たいじゃない」
不思議なかけあいを堪能していたら、ここで一気にひやりとさせられた。
この緩急にはしてやられた…。
なのに、オチwwwwオチwwwww
これはよめなかったなぁ…
てか読めるかいなw
この落ちが読めた人には5万点ですね
無意識って便利だなwww
>「わ~い、おねえちゃんからの差し入れだ~」
「~」←ってひょっとして「~」なんですかね?