幻想郷に春が来た。
日差しも暖かく、色とりどりの花が咲き乱れている。
そんな幻想郷の空を私たちは飛んでいた。
「春ですよー!」
姉上であるリリーホワイトがそう叫ぶ。
私、リリーブラックは姉上の後ろをゆっくりと飛んでいた。
ちなみに私は姉上のサポート役だ。
春告精としての仕事は主に姉上がやっている。
対する私は、姉上の後ろについて辺りの花を咲かせたりしていた。
「もうすっかり春ねぇ」
「ええ、そうですね」
私は姉上の横に並んで答えた。
ふと、下に目をやるとこちらに向かって手を振る人影が見えた。
おそらくは里の子供だろう。
姉上がそれに気づき、手を振り返す。
「ふふふ、春になると私たちは歓迎されるから嬉しくなっちゃうわね」
「同意です。でも歓迎されているからこそ仕事を頑張らなければいけませんよ」
「わかってるわ」
静かに笑う私の問いに微笑を崩さずに答える姉上。
いつも笑みを絶やさない姉上だけど、どうやったらそんなことが出来るのだろう。
今度ぜひ聞いてみたいものだ。
「あ、急がないと終わらないわね」
「ですね。急ぎましょうか」
「それじゃあ先に行くわよ!」
そう言ってスピードを上げる姉上。
「ちょ、ちょっと! 待ってくださいよ!」
いきなりスピードを上げられたので私は追いつけずに叫んだ。
「ブラック、私に追いつけるかしら!」
悪戯を思いついた子供のように笑いながら私のほうに振り向く姉上。
…あ、まずい。
そう思った私はとっさに叫んだ。
「姉上! 前! 前見てください!」
「ふぇ? …ぶっ!」
そんな声を出して前を見たときには…
姉上はびたーん、という大きな音を立てて目の前にあった大木に激突していた。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて私は姉上の側に近寄る。
「いたた…まさか木にぶつかるなんて…」
「はぁ…とりあえず休憩のついでにその辺りで手当てでもしましょうか…
とりあえず、私の肩につかまってください」
「うぅ、ありがとう、ブラック…」
涙目になりながら私につかまる姉上。
私はゆっくりと近くにある小川へと向かった。
小川についた私は姉上を木陰に降ろしてから、タオルを取り出して川の水につけた。
水は冷たくて気持ちいい。
水につけたタオルを固く絞って、姉上の元へと戻る。
「はい、ぶつけた所に当てておいてください」
「ありがとう」
とりあえず目立った傷はないみたいなのでぶつけたところを冷やしておけばいいだろう。
姉上はタオルを私から受け取ると顔に当てた。
「ふぅ、気持ちいい…」
目を閉じてそう呟く姉上。
「それにしても、姉上は本当にドジですよね…」
「う、ごめん…」
私の一言に姉上は目を伏せた。
あまり言いたくはないが姉上はものすごくドジである。
例えば何にもない場所で転んだりとか…
この前なんて卵焼きといって炭の塊を皿の上に出されたし…
ここまで来ると、頭のネジが外れているのではないかと疑ってしまう。
まったく姉らしくない姉である。
私はため息をつきながら言った。
「姉上ももうちょっとしっかりしてくださいよ。
一部の人から姉上がなんていわれてるか知ってますか?
『頭の中が春な春の妖精』なんて言われてるんですよ…」
そこまで言って横を見ると…
涙を目にためてこちらを見る姉上の顔があった。
「う、うぅ…何もそこまで言わなくても…」
し、しまった…
「す、すみません! 謝りますから泣かないでください!」
慌てて姉上の機嫌を直そうと声をかける私。
しかし間に合わずにしくしくと泣き出してしまう姉上。
「どうせ私なんてドジで間抜けな妖精ですよ…」
「そんなことないですって! 姉上にもいいところはありますよ!」
「…例えば?」
「そ、それは、えーと…」
まずい。何も思い浮かばない…
必死に姉上のいい所を探していると、姉上はまた泣き始めた。
「はぁ…やっぱり私にいいところなんて無いのね…」
「泣かないでくださいよ!」
はぁ、大変だ…
というかこれって他人が見たら絶対に自分が姉で姉上が妹とか思うんだろうな…
まったく、本当に姉らしくない姉である。
ちなみに姉上が泣き止むまで30分くらいかかった。
まったく、この人は…
いつまで経っても子供みたいな人だ…
「はぁ、はぁ、何とか…終わったわね…」
「た、大変でしたよ…姉上のせいで1時間くらい無駄にしちゃいましたからね…」
夕暮れも近い幻想郷。
私たちはとある木の根元に座り込んでいた。
昼の一件でかなりの時間を無駄にしてしまったため、大急ぎで仕事を済ませた私たち。
…しばらくはもう仕事がしたくないと言いたくなるくらいに疲れた。
「ま、まったく…姉上があそこで手間を取らせなかったらもっとゆっくりすることが出来たんですよ…」
息を切らせながらそういう私…
「ご、ごめん…」
姉上も疲れのせいなのか、そう呟いたきり、黙ってしまった。
「とりあえず、帰りますか?」
呼吸を整え終わると、私は立ち上がって姉上に聞いた。
「ええ、そうね。…ねぇ、ブラック。今日のご飯は何かしら?」
「そうですね…姉上の大好きなオムライスにでもしますか」
「本当!? やったぁ!」
飛び跳ねて大喜びする姉上。
まったく、子供なんだから…
ふふふ、と笑いながら私は隣を見た。
「そうと決まったら急ぎましょ!」
そう言って私の手をつかむ姉上。
「ちょ、ちょっと、そこまで急がなくても…!」
そう呼びかけるが、今の姉上には全く聞こえていないようだ。
私たちは真っ赤に染まった空を二人仲良く飛んでいく。
しばらくして私たちは家に帰ってきた。
空は赤と黒が混ざり合った色をしている。
もうそろそろすれば辺りは真っ暗になるだろう。
さて、すぐにでも夕飯を作らなくては。
「ブラック、何か手伝うことはある?」
「そうですね、それじゃあお皿を出してもらえますか?」
「わかったわ…って、わぁ!」
そう言って家の中に入ろうとしたとき、玄関のちょっとした段差につまづいて姉上は転びそうになった。
しかし姉上の前にいた私が何とか受け止める。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとう…」
…なんで赤くなっているのだろう?
もしや…
「なんか顔が赤いですよ? もしかして風邪…!?」
「ちっ、違うわよ! ほら、その…今どういう状況かわかるかしら…」
そう言われてから冷静に考えてみた。
…あ!
ようやく状況が理解できた。
そして同時に顔が熱くなってくる。
私は姉上をしっかりと抱き止めていたのだ。
「す、すみません!」
私は慌てて姉上を起こしてやる。
…私たちは姉妹だというのに私は何を慌てているのだろうか。
「い、いえ…別に謝らなくてもいいわよ…」
姉上も赤い顔をしたまま小さく漏らした。
謎の沈黙が続く。
先に沈黙を破ったのは姉上だった。
「あ、早いところ、夕食にしましょう…」
「そ、そうですね…」
私たちは赤い顔をしたまま家の中に入る。
そのまま私は台所へと向かった。
ちなみに姉上には出番が来るまで休んでもらうことにした。
今、姉上は居間のテーブルの上に座ってボーっとしている。
「さて…作りますか…」
材料を一通り準備してから作業を始める。
私は包丁やフライパンを扱いながら考え事をしていた。
(さっきの感じは何だろう…)
私たちは姉妹である。
なのに、何であそこまでドキドキしてしまったのだろうか。
(き、気のせいだ…うん…)
私は自分にそう言い聞かせていた。
…あ、そろそろ姉上の出番みたいだ。
フライパンの上ではいつの間にか卵がいい感じに焼けていた。
横にあるもう一つのフライパンの中にはいつの間に作っていたのかケチャップライスが入っている。
どうやら私は食事が出来上がったのも気づかないくらいに考え事に集中していたらしい…
「姉上ー! そろそろお皿出してもらえますか?」
一人で軽く苦笑してから、居間に向かって叫んだ。
少し遅れて居間のほうから「はーい」という姉上の声が聞こえてくる。
…どうやら姉上はさっきのことを忘れてしまったみたいだ。
うん、自分もさっさと忘れることにしよう…
私はそう考えて、皿に盛り付ける準備をした。
「はい、ブラック」
振り向くと、姉上が皿を持って笑顔で立っていた。
「ありがとうございます」
私はお礼を言ってから皿を受け取る。
早速皿にライスを盛る。
その上から卵をかければ…完成だ。
「出来ましたよ」
「うふふ…オムライス…」
出来上がったオムライスを見つめながら謎の笑みを浮かべる姉上。
…なんか変な世界に入ってる。
「あのー、オムライスが好きなのはわかりますけど、変な世界に行かないでください」
「あ、ごめんごめん」
軽く謝ってから姉上はテーブルのほうへと戻っていった。
おっと、とりあえず自分の分も盛り付けよう。
…うん、出来た。
私は盛り付けた皿を持つと、ゆっくりと居間のテーブルへと向かう。
姉上は先に椅子に座って私を待っていた。
「先に食べててくれてもよかったんですよ?」
「そんなことしないわよ。あなたと一緒に仲良く食べたいもの」
「そ、そう…ですか…」
また顔が赤くなる。
なぜなのかはわからない。
「さ、頂きましょう」
姉上がそういったので私は冷静を装って席に着いた…
なんとか食べ終えたものの…全く味がわからなかった。
あのセリフのおかげでドキドキは止まらないままだ。
「す、すみません。今日は疲れたので早く寝ます!」
片付けを全て終えてから姉上に向かってそう告げる。
「あら、そう? それじゃあお休み」
ニコニコしながら私を見送る姉上。
まともに笑顔を見てしまうとまた顔が赤くなってしまいそうだったので、
できる限り見ないようにしながら寝室へ向かった。
薄暗い寝室に入り、倒れこむようにベッドの中へと潜った。
ちなみに私たちは別々のベッドで寝ている。
別々とはいってもベッド自体は隣同士だけれど。
「はぁ…なんだろう、この気持ち」
…わかってはいる。
ただ理解したくないだけだ。
同性、しかも実の姉に向かって恋愛感情を抱くなんて…
それはいけないことだと私の心は告げていた。
だから…私はあの人に恋なんてしてはいけない。
そもそもなんで私はあの人を好きになったのだろうか?
少し整理してみることにした。
…駄目だ、わからない。
うっすらとわかる気がするのだが、あと少しというところで答えは消えてしまう。
…考えても無駄、かな。
こんな時は寝るに限る。
「うん、寝よう…」
そう一人で呟いて目をゆっくりと閉じた。
「ん…何…?」
私は布団の中に何かよくわからないものがある感じがしたので目が覚めた。
…暖かく、柔らかい。
まるで生き物の肌みたいな…
「え…もしかして…」
嫌な感じが頭をよぎる。
目を開けて、自分の横を見た。
そこには…
「あ、姉上!?」
姉上が寝ていた。
「うーん…もう朝…?」
あ、しまった。
驚きすぎた…
叫んでしまったのでその声で姉上が起きてしまった。
「お、起こしてしまってすみません…」
「え、別にいいけど…」
目をこすりながらそう答える姉上。
そう言ってくれて安心した…じゃない!
「何で私のベッドで寝てるんですか!?」
「…私が…寝たかったからじゃ…駄目かしら?」
普段の微笑とは違う大人の女性のような笑みを浮かべて私の問いに答える姉上。
「え…」
「私、気づいたの。今日、間違ってあなたに抱きとめられて…ね。
私は頼れる妹であるあなたに好意を持っていたんだって…
ほら、よく『頼れる男が好き』って人がいるでしょ?
あれに近い感じ。」
いつもとは違う姉上の雰囲気に私は戸惑った。
「じょ、冗談を…」
「いえ、冗談じゃないわよ」
そう言ったが、あっさりと否定されてしまう。
「だ、駄目ですよ…私たちは姉妹ですし…」
「それが何? 好きという感情に姉妹とかそういうのは関係ないわよ」
「で、でも…」
私は慌てた。
私は姉妹同士で恋をすることは許されないことだと考えているからだ。
「…ブラック、あなたはいつも頑張りすぎよ」
姉上はいきなり真面目な口調になった。
「私のためにいろいろしてくれることは嬉しいわ。
だけど、たまにはもっと私に甘えて欲しい。
…頑張りすぎるのも体に悪いわよ?」
ものすごく大人びた笑みで私に話しかけてくる姉上。
そこで私は思った。
ドジで姉らしくない人だけど…
私に優しくしてくれるところ、いつも心のどこかで姉として私のことを心配しているところに惹かれたんじゃないかな、と。
思い返してみると姉上はよく私のことを心配してくれていた。
私は姉上の言葉に、今までの「姉妹同士が恋するのはいけない」という考えが変わっていくのに気づいた。
そこで私は自分の感情に正直になることにした。
「…いいんですか?」
「何が…?」
「もっと…甘えても…いいんですか?」
「…もちろんよ」
私は姉上の言葉に従うことにする。
姉上の胸の中に飛び込むと同時に姉上は私の頭を優しくなでてくれた。
「ごめんね、ドジな姉で…」
「謝らないでください。
こんな私でも姉上の役に立てるとわかって嬉しいです。」
「いつも感謝してるわ。
これからも…よろしくね。
妹として、そして私の一番好きな人として…」
「…はい。こちらこそ…!」
私は姉上の顔を見上げて言った。
「あの…」
「ん、何?」
「…しばらくこうやっていてもいいですか?」
「もちろんよ。これからもたまには私に甘えてちょうだい」
「わかりました」
私は微笑んだ。
何事も頑張りすぎるのはよくない。
そのことを改めて考えさせられた。
「姉上…」
「…何かしら?」
「私も、姉上のこと、大好きですから」
私は姉上の目をまっすぐ見て言った。
「それは姉として? それとも女としてかしら?」
「どちらとも、ですよ」
悪戯っぽく笑う姉上に対して私も同じ笑みでそう答える。
私たちはしばらくの間、抱き合いながら話を続けた。
それから朝になり…
「姉上! 起きてくださいよ!」
朝になり、私はねぼすけである姉を起こそうと必死に叫んでいた。
「うーん…仕事はもう終わったんだからまだ寝かせて…」
そう言ってまた眠り始める姉上。
「…まったくもう。…だったら私も一緒に寝ましょうかね」
ため息をついてから私は笑いながら言った。
「うん、たまには遅くまで寝るのもいいものよ?」
「たまには甘えないと…ですよね」
「そうよ」
私たちは顔を見合わせて笑う。
そしてまたベッドに潜りこんで目を閉じた。
その時、姉上の手をしっかりと握ることを忘れない。
そのまま私たちはまた二人で夢の世界へと旅立って行った。
人を好きになる理由というのは様々だと思いますが、好きになる理由を考える・好きになる道筋を考えることが難しいというのは、そこに歴史を考えないからだと思います。
一例を挙げますね。よくあるきざな台詞で、「君の瞳が好きなんだ」という言葉がありますが、何故これがきざなのか、何で君の「瞳」なんでしょうか。別に唇とか耳とかおっぱいとかでも良いと思うんですが。村上春樹の作品で完璧な耳を持つ女性が登場するものがありますが、あんな風にどこか一カ所にスポットが当たるなら何でも良いと思いませんか?
私はここである格言を思い出しました。「目は口ほどに物を言い」というやつです。あの「君の瞳」は、「君の澄んだ瞳に映る綺麗な心が好きなんだ」ということとはとれないでしょうか。もちろん、こんなのはこじつけですから、ひとによって色々あると思います。でも、人の「こころ」というもの(ちなみに、私はこの言葉は余り好きじゃないです。あまりにも主観的すぎる気がして。)はその人の人格・生活・人間関係ひいては歴史・記憶の堆積物です。時間が積み重ねた歴史の地層のその表面を、血液が選って運んで積み重ねた土壌です。あるいは、そこからしみ出した地下水です。歴史の厚み、記憶や過去の深さがその人の心の土壌を豊かにする。人生経験豊富というやつですね。好きになる理由・好きになる手順を考えるのではなく、登場するキャラクターが歩んだ歴史に思いをはせ、妄想をふくらませるのも悪くはないでしょう。ちょっと視点を変えれば、何か変わったものが見えてくるはずです。
とまれ、楽しい春のひとと時でした。そして、私でよければ是非応援させてくださいな。またあえる事を願っています。では。
特に不動遊星様には長文で質問に答えていただいていただき、感謝しています^^
自分の⑨な頭がどれほど参考に出来るかはわかりませんが、これからの参考にさせていただきます!
そしてこんな自分を応援してくれる人たちがいることに感謝したいです。
>いつの間に作っていたのかケチャップライスに入っている→ケチャップライスが入っている、なのかな?
>同姓、しかも実の姉に向かって→同性、ですよね。確かに同姓ですけど。
「幻想郷のできる妹」の称号も一緒に送りましょうw
誤字の報告、ありがとうございます。
そして申し訳ありませんでした!