「ん……」
目を薄く開ければ、そこは見慣れた天井。
いつも通りの、朝だった。
もう、朝か……。
ボーっと、そんな事を考える。
寝起きは、最悪だった。
理由はたったひとつ。
夢見が悪かった。それだけ。
研究が忙しくて会えていない恋人の夢を、見てしまった。
好きだと言って、ただ抱きあって……キスをして。
私にとって、それは最高の時間。
そんな、夢を見た。
こんな夢、酷い。どうやったって会いたくなってしまうじゃないか。
「うー……」
そんな風に唸りながら、どうしようもないこの感情の行き場を枕に求める。
グリグリとこうやって頭を擦り付けるだけで、なんとなくスッキリする気がする。
そこでやっと気付く違和感があった。
いや、違和感ではない。
この重さと圧迫感は、とても慣れた感覚。
ふと、大好きな彼女の髪の匂いが自分の鼻腔をくすぐった気がした。
あんな夢を見たから、思い出してしまっただけかもしれない。
なんとなく、体がそれを思い出してしまった、それだけかもしれない。
……いや、まあ、いくらあんな夢を見たからと言ってそんなことは普通ないと思うが。
一応。
本当に、一応。
自分が包まっている布団の中を探ってみる。
大丈夫。
あの彼女が、そんなことをするわけないし。
そう自分に言い聞かせ、ちょっとの期待の混じったドキドキ感を胸に、その違和感の正体に恐る恐る触れてみる。
「……金縛りの正体、本当にお前かよ」
思わず、ひとつ溜息が出る。
この触り慣れた髪の感触。ふんわりと香ってくるこのシャンプーの匂いは、まさしく。
そんなことをしてしまったらしい愛しい彼女が、私の体の上で幸せそうに寝息を立ている。
なんだろうこれ。とっても微妙な気分だ。
合い鍵はまあ、確かに渡してある。いつでも入って来ていいと言ってもある。
だが、ベッドにいつでも入って来ていいとは言った覚えはないんだが……。
というかこいつ、いつ来たんだろう。かなり待たせたから、つい一緒に寝ちゃったとか?
……いや、こいつに限ってそんなことするはずない気がするしな。
そんな事を、あえてグダグダ考えようと努力して見る。
でも、そんな努力は無駄みたいだ。
だって、緩んだ頬が戻らない。
ニヤニヤしている自分の顔が、目に浮かぶ。気持ち悪いけど、どうやったって戻ってくれない。
色んな事が別にどうだっていいくらい、本当はすごく嬉しくて。
久々な彼女の温度が、どうしようもなく愛しくって、仕方なかった。
今にも抱きしめてしまいたいくらい、どうしようもなく嬉しい。
そんな衝動を、グッと抑える。
思わず触れそうになっていた右手の行き場がなくなって、誤魔化すように自分の頭を掻いた。
「んん……」
その振動が伝わったのか、彼女が起きる気配がした。
思わず、慌てて寝ている振りをする。
何の意味もないのに、何をやってるんだ自分は。
そう思い直して、彼女の顔をキッと睨んだ。
私が慌てる必要なんて、微塵もないんだから。
「んー……」
胸の辺りに、彼女が頬ずりしているのがわかる。
寝惚けているのか。これはそうなのか。
ドキドキと大きくなる自分の鼓動が伝わっていないようにと、そんなことを願う。
ああ、どうすればいい。顔が戻らない。こんな締まりのない顔で、彼女と向き合いたくないのに。
「……まりさ?」
少し寝惚けたような声で、彼女が私の名を呼ぶ。
それだけで、ぐーっとなにかがこみ上げてくる。思わず、息をのむ。
「……よう、おはよう。とりあえずこの状況を説明して欲しいわけだが」
「……んー?」
思わず声を掛けてから、あっ、と気付く。
狸寝入りをしてたはずなのに、何をやってるんだ私は……。
ここはさっきの声で起こされたんだという振りをするべきか?
そうでもしないと、さっきの狸寝入りが本当に意味のないものになってしまうじゃあないか。
でも、まあ、正直そんなのどうでもいいことな気もしなくはないような……。
私の心の葛藤を余所に、彼女は一つ小さくあくびをすると、もぞもぞと人の体の上を這い上がってくる。
そんな彼女の仕草に、簡単に私の心は奪われる。寝た振りしてたとか本当にどうでもいいことだし。
ちょっと痛かったけど、それ以上に可愛すぎて。
ああもう、どうしてこうも可愛いのか。可愛すぎてこれはもう犯罪だ。
でも、そんな事を考えているなんて悟られたくなくて。
必死に無表情を装う。必死に、不機嫌を装う。
違う、装ってるんじゃない。私は怒っているんだ。
起きたらしばらく会ってないはずの彼女が体の上にいましたなんて酷いドッキリ、私は怒っていいはずだ。
目の前にある彼女の顔に、どうしようもなくドキドキしているなんて、そんな事は決してない。断じてないのだ。
「なあ、状況を──」
「んっ」
ちゅっと、右頬に柔らかい物が当たる感触に、反射的に体が固まった。
今の感覚は、間違いなく──
「おはよ、まりさ」
──ほっぺに、チューされた。
そんな悪戯をした後、にこっと、無邪気に彼女は笑う。
普段は見せないような、そんな顔で、にっこりと目の前で微笑んだのだ。
「~~──っ」
なんだこれ。かわいい。可愛すぎてどうしていいかわからない。
顔が熱い。どうしていいかわからないくらい、熱い。
グリンと顔を背けて、隠そうと試みてみる。
無駄かもしれないが、今はちょっと、顔を向けていられない……!
「まりさ?」
不思議そうに、彼女は首をかしげる。
その仕草全てが可愛くて、どうしていいかわからない。
彼女の声に、振り向けない。
「魔理沙はおはようのチュー、してくれないの……?」
「し、しないぜそんな事!」
「いつもはしてくれるのに?」
「し、してないぜ!!!」
「いつもは嫌だっていってもしてくるじゃない……」
「し、してないってばっ!」
ドキドキする。
熱い。
頭が、体が、何より。
彼女からキスされた、右頬が、熱くて熱くて堪らない。
「魔理沙ったら……耳まで真っ赤よ?かわいいなー、もう」
「そ、そんなことないのぜっ?!ほ、ほら!もういいだろ?どいてくれ!」
からかわれている悔しさより、今は。
何か気恥ずかしいこの状況から、抜け出したかった。
彼女はと言えば、いやーなんて言いながら今度は胸の辺りにしがみついてきて。
「あーもう!いいからもう離せ!もう十分人で楽しんだだろ?!」
「嫌よ。まだ魔理沙からチューしてもらってないもの」
そう言って、むくれたようにぷーっと頬を膨らまして彼女はこちらを見上げてくる。
ああ、なんなんだこの可愛い人は。
ギュッと、彼女の背中に腕を回す。
愛しい愛しい、彼女の身体の柔らかさに、心が震えた。
ただそれだけの事なのに、なんでか涙が溢れそうになって。
グッと、唇を噛んで耐えた。
「……魔理沙?」
そんな私の様子に気付いて、彼女はまた私の目の前に顔を出す。
そっと、右の頬を包んでくれる彼女の手の温度が、どうしようもなく心地良くて、思わず。
思わず、涙が一粒だけ、零れた。
「……もう、どうしたの?」
「なんでも、ないんだ」
ああ、なんでもないんだ。
ただ、
ただただ、あなたの温度が私には心地良すぎて。
そっと手を伸ばして。
彼女がしてくれたように、私も彼女の頬包む。
柔らかい彼女の頬の感覚と、どうしようもなく優しい温度が、ゆっくりと私の脳に、全身に伝わっていく。
「なあ」
そんな合図で、どちらともなく、お互いの距離を縮めた。
ふんわりと柔らかい、いつもの感触。
触れ合った唇から感じる彼女の体温は、私にとっての幸せの温度。
高すぎず、低すぎず、丁度いいくらい。
なんというか、ぬくい。
そんな言葉が似合うような温度なのだ。
「……これじゃあ『魔理沙から』じゃないじゃない」
「私が合図したんだ。私からで間違いないだろ?」
そんなどうでもいいことを囁き合いながら、ギュッとギュッと抱きしめる。
お互いの存在を確かめるように、強く強く、抱き合う。
夢が現実になったななんて思っていると、あまりの心地良さにまた睡魔が襲ってきたようだ。
「ねぇ、魔理沙」
夢と現実の間で、彼女の声だけが聞こえてくる。
「大好きよ。いつまでも、永遠にずっと」
私も、大好きだ。
ずっとずっと、いつまでも。
そんな言葉を、堕ちていく意識の中で、彼女に返した。
やめるわけがない。
ビターな風味が甘味を引き立てるのは世の定説
次いくじぇ
あまくてとろける。