Coolier - 新生・東方創想話

何 故 殺 し た

2010/05/11 21:38:52
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秋はもちろん私達の季節だ。普段とは何も変わらない散歩にも気分が弾むというもの。
けれど間の悪い事もあるもので、今日はそんな場面に行き当たってしまった。
里の子供が妖怪に襲われているのだ。
こういうことは私達の仕事ではないが、かといって見て見ぬ振りをすれば評判はガタ落ちだろう。

私達は間に割って入り、私は子供の手を引いて連れ出す。
「妖怪、その人間を食べると言うなら私が相手になるわ。」
そう言ったのは姉である。

「あなた達を食べていいって事?いいわ。片っ方は美味しそうな匂いがするし」
「何か勘違いをして居るようね。」
そう言うと姉は妖怪の方へ歩を進め、一二歩というところまで詰め寄った。
「あなたはこれから退治されるの」

「あはは、面白い。二人居るからって強気なのかしら?」
「…そうね。二人でも一人でも変わらないわね。」

そう言い終わらない内に掌底が妖怪の腹に叩き込まれる。
鈍い音がすると声も出さずに彼女は膝から崩れ落ちた。
あの衝撃で少しも吹っ飛ばされないと言うことは力が殆ど逃げていないという事になる。
多分、中身はグチャグチャだろう。

「木っ端妖怪が大層な口を利くからこういうことになるのよね。
 始めから弾幕でも撃ってれば多少はマシだったでしょうに。」

木っ端とかあんまり人のことを言えない様な気がするが黙っておこう。

「もう大丈夫だから。でもあまり辺鄙な所に出歩かない様に、ね?」
私は場の空気を変えるために、いつもより一段明るい声で襲われていた里の子に話し掛けた。
傍から見るとあまりぞっとしない光景かも知れないが、殺伐とした空気を背負わせたままと言うのも少々酷だと思う。
「私達が送ってあげるから帰りましょう。ついでに妖怪退治の凱旋よ。」
姉も声のトーンをあげて言う。
まあ、案の定子供の顔は引きつったままだったが。



歌を唄いながら木の葉の積もる道を歩く。
「穣子さま、静葉さま、最近神様たちにぴったりお歌を習ったの。」
と言って歌ってくれた曲だ。

「静かな 静かな 里の秋 お背戸に木の実の落ちる夜は… 」

良い曲だと、そう思った。
私がこんな事を言うのも何だが、ノスタルジーと秋の風景を思い起こさせる一抹の寂しさ、
そして家族の愛情を心の中に思い起こさせてくれる、そんな曲だ。
ただ、前半の歌詞と比べると後半は多少違和感がある。
曲調と内容がちぐはぐな印象を受けるのだ

そうこうするうちに人里まで近づく。
道脇のちょっと開けた野原に子供たちが居て、固まって何かを話しているようだった。
子供たちは私達を見ると歓声を上げて走り寄って来た。

仲間がいなくなってしまったが、探そうにも見当がつかない。
闇雲に探すのも恐いし危ない。
かといって家に戻って親に話せば叱られるだろう。
それで困っていた、そんなところなのだろう。

「こら!悪ガキども、こういうことは直ぐにお父さんお母さんたちに言いなさい。
 この子、もう少しで妖怪に食べられちゃうところだったのよ!」
そう叱りつけるものの、やはり私達には威厳が無いのだろうか、
「はい。穣子さま。」
と言いつつ、いまいち深刻さを理解していないようだ。
もしかしたら幼さゆえに死を現実的なものとして意識できないのかも知れない。

さて、子供たちも現金なもので、問題が解決したとわかると
「静葉さまあの落ち葉がブワッてなるやつやってー」とか
「穣子さまお芋ちょうだーい」などとおねだりの嵐である。
子供のお願いと言うのはとても断りづらい。
そんなわけで今日は焼芋と落ち葉の大安売りになったのだった。



人里からの帰り道に、あの歌に思ったことを姉にも聞いてみた。
「あの歌、いい歌だけど三番と四番の歌詞が節に合ってない気がするんだけど。」
「そうねぇ。戦争や兵隊さんとか、勇ましいイメージはあんまり節と合わないわね。」
やはり姉もそう思っていたようだ。

「幻想の世界にあるものは外の世界で忘れられたもの。
 忘れられたのはそれが原因だったりするのかも知れないね。」
「そうかも。でも父親が家族から離れて戦いに行ったり、将来兵隊になる事を考えなくても良くなった。
 そう言う風に願いたいものね。」
そうだ。そうあってほしい。



道すがら、先程の妖怪を退治した場所に行き当たった。
あの後に相当のたうちまわった様で、服は血やら吐瀉物やらにまみれており、
体の方も中途半端に綿が抜かれたぬいぐるみの様に、所々ひしゃげたり浮腫んだりしている。
ボロ雑巾の様とはこういう事を言うのだろう。

「あら、中途半端に壊しちゃったからうまく回復できないのね。」
姉はそう言うと、もう一度彼女に一撃を叩き込む。今度は『きちんと』五体バラバラになったようだ。

妖怪は一瞬、動けない体で恐怖に目を見開いていた様だけど、
まああのまま放って置くのと比べればだいぶ温情のある処置なのだ。
神様の目の前で人を襲っておいてそれで済むのだからかえって運が良かったと思って欲しい。
もっとも里の人間にとってはそうではないかも知れないが。


今度はかなり返り血を浴びてしまっている。
「これは川まで体を流しに行かないといけないわねえ。」
とは言うものの、これから行ったのでは日が落ちてしまう。
「でもお風呂で落とすわけにはいかないわ。
 周りを気にしなくて良いと思えば丁度良いじゃない。」

そういう訳で、ランプと着替えを取って汚れを落としに行く事になった。



さて、帰ってみるとどういう風の吹き回しか、
外の世界から新しく引っ越してきたという神様が私達の住処の前で待っていた。

お互いに姿を認めたが、しばしの間沈黙が流れる。
「何か御用でしょうか、『八坂』様。」
沈黙を破ったのは姉である。
「…いや、本当はもっと早く来たかったのだが……」
八坂様は何故かはっきりと答えずに言葉を濁す。

「ところで、その血は?」
「妖怪退治を致しまして。」
「殺したのか?」
「生きているでしょう。」
「…そうか。」

「お前達に言わねばならない事があったのだが、日を改めたほうが良さそうだな…」
「そうして下さいませ。私はこれから穢れた血を落しに行かなければいけません。」
姉がそう言うと、八坂様はくるりと背を向けて帰ってしまった。

用事があるにしては随分あっさりとしている。姉の方もどことなく遠慮がない
「姉さん、なんの用事だったんだろうね?
 それに噂ではもっと尊大な人だって聞いてたんだけど、ちょっと様子がおかしくなかった?」
疑問に思ってそう尋ねると、
「わざわざ今考えなくても良いの、そのうちすぐ分かるから。」
と、こちらも良く分からない返事をする。





河原に着くと既に真っ暗闇だった。
流れが緩く、岸に大きな岩がある所を選んで姉は水の中に入っていった。
私は服を受け取り、その岩の上に座ってランプを照らす。
既に乾いて赤黒くなった返り血が露となった白い肌と対照をなし、その存在を強烈に主張する。
これを見た人に、「紅葉の樹の下には人の死体が埋まっている」と嘘を吹き込めば簡単に信じるんじゃないだろうか。
桜の花の妖しいまでの美しさに魅せられた人々が勘違いをしたように。

それにしても闇と言うのは自然の表情を一変させてしまうものだ。
日の光を浴びて水面を輝かせ、鳥達のさえずりと重奏を織り成すせせらぎが、
見るものを引き込むかのように黒々として、深く腹の底に響く音を単調に流し続ける。
そう、光がなければ全ては黒い闇の中だ。
澄んだ川の流れも、地に流される血も、か細い光だけでは鈍い反射を返すのみで、元の鮮やかさを発し得ない。
水流もうねる大蛇の様である。

「見て、穣子。」
考え事をしていると声を掛けられた。
掌に掬った水の中に紅葉の葉が浮かんでいた。
「よく水面を見てごらん。たくさん浮いてるでしょ?」
目を凝らして見ると、その通り、赤い葉でいっぱいだ。
「昼間に来れなかったのが残念ね。滅多に見られないものを見せてあげられたのに。」

こんな歌がある。

ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは

幻想の世界ではそんな奇跡に近い事もいとも簡単に起こる。
そう、滅多にと言うがその気になれば毎年だって見ることが出来る。
この川は紅く染まっていたのだ。
暗闇に紅い水が轟々と流れている。

もしこの川を血で赤く染め上げるとしたら、
どれ程あの妖怪の様に切り刻まれた者の血を集めれば染め上げる事が出来るのだろうか。

――あの時、赤黒く地面に溜まった血。
血塗れた手、赤く染まった頬。蛇の目、裂けたような口、切先から滴り落ちる血の雫。

…あれ?切り刻まれなどしていない筈だ。剣を持っていなかったのだから。
剣?剣など持った事は無い筈だ……
何より姉がそんな恐ろしい形相をしている筈がない!


水から上がってくる姉を見て、思わず息を呑んだ。
体のいたる所に張り付いた紅葉の葉が血塗れた手の跡の様に見えたからだ。
それは先程退治した妖怪の怨念が纏わりついているようで気味が悪かった。

そんな心持に気が付いたのか、こう聞かれた。
「血は恐い?」
恐くないと言えば嘘になる。
「どうして恐いと思う?」
わからない。
「昔の事過ぎて忘れた?」
そうかもしれない。
姉は私の言葉も待たずに話し始めた。何を考えているかを分かっているかのように。


「森は人間にとって母親に等しい存在だった。
 棲家、食物、燃料、衣服。あらゆるものは森林が与えてくれた。
 でも、農業という概念の発生によって人々はその母胎を切り裂かなければならなかった。
 木を切り倒し、土地を焼き払い、獣を追い、水流を曲げた。
 人間の豊かさと引き換えに母は贄になった。
 私達はその贖罪の形。
 罪の意識が地母神を殺す神話を紡ぎ出した。」

思い出した。

私達は泣いていた。
母の亡骸の前で泣いていた。
泣いて、泣いて、涙が枯れる頃、私達は秋の真ん中に居た。
地面に逆しまに突き立てられた剣は朽ち、風が塵芥となった遺骸を運び去った。
そこには五穀の実りと紅葉があった。
夕日を浴びた黄金の稲穂と、紅い落ち葉が舞い散る様はこの世のものとは思えぬほど美しかった。
そんな光景がどこまでも、どこまでも続いていたのだった。
ハイヌウェレ型神話を色々弄り回しました。
静葉様がいきなりステゴロやってるのは天狗の仕業です。だって重い一撃とか書かれたら使うしかないじゃないですか!

「里の秋」については説明が必要です。
この曲は始めは戦中に作詞され、3・4番の歌詞が現在とは異なるものでした。
戦後になってNHKのの番組に使用されるにあたって歌詞が書き換えられ、現在の形になっています。
実を言うと元の形では曲が付いていないので歌うのは無理なんですが、そこはご容赦ください。
参考URL http://homepage2.nifty.com/i-museum/3000Lied-Foto/010030Lied.htm
厳密に言うと作詞→(お蔵入り)→作曲→改詩と言う順序で結構ややこしかったりするのですが。
子供が歌ったのは初めのうちの歌詞です。


>>2さん
妖怪は五体バラバラになってもすぐに回復する系の話があるらしいぞ(求聞話)
>>3さん
ほう、経験が生きたな。ジュースをおごってやろう。
>>4さん
そうですねー。せっかく人外がわんさといるんですから、単にパラメーターが違うだけじゃなくて
存在意義や行動原理が違う所を上手く使った話が作りたいですねー。

神奈子様は「農業の神様」として登場してもらってます。
あと、「八坂」つながりでオオゲツヒメを殺害したスサノオの役割を持ってもらってる様にこじつけてる部分もあります。

※部分的に言い回しを変えました。

>>9さん
やっぱ分かりづらいですかね…
もし分かった上でのコメントでしたらすいません。

※自分でも分かりにくいかと思いましたので、穣子の最後から一つ前の回想を加筆しました。
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コメント



0.270簡易評価
2.60名前が無い程度の能力削除
殺してないってことかな?
3.70名前が無い程度の能力削除
やはり神様は格が違った(存在話
4.無評価名前が無い程度の能力削除
これは来た!
東方キャラがどうしても人間じみた感じがでてしまう作品が多い中で、
妖怪・神を人間とは近いが違う者として描写している作品が読みたかった。
神としての秋姉妹と子どもたちとの関わり方がすごくしっくり来ました。
なんというかこういった民俗学っぽい雰囲気のある作品が増えて欲しいです。
私としてはかなり好みに合いました。
八坂様からのくだりも気になるところです。
5.90名前が無い程度の能力削除
すみません、評価も入れさせてください。
9.80名前が無い程度の能力削除
とりあえず神奈子様が来たくだりのオチがついていない気がするのは気のせいなのだろうか。
10.70名前が無い程度の能力削除
タイトルの吸引力が凄い
12.100名前が無い程度の能力削除
これはよい