「ねぇねぇ、お空ぅ~」
お燐が肩に寄り添って、なんでか尻尾を絡めてくる。
ぐるぐるって、私の羽と、もう一本は私の腕に、暖かい毛を擦り付けるみたいにゆっくり揺らしてくるんだ。
「あたいたちってさ、ほ、ほら、結構付き合い長いじゃない?」
「長いかな?」
「長いよぉ、ほら指を折りながら数えてごらんって」
「えーっと数えるの? わかった。今日でしょ、昨日でしょ、一昨日でしょ~」
なんか私が折って数えてる指にね、お燐も暖かい手を重ねてくるよ。それで指を包み込むみたいにして、私のお手伝いをしてくれる。でもちょっと顔を近づけすぎてるかな、なんかお燐の顔が耳に近くて、しゃべるたびに熱い息が耳を撫でて来る。温かいはずなのに、なんかぞくっとしちゃうし。
不思議だね、暖かいのに寒いなんて。
「ねえ、お空ぅ」
一緒にいた時間を数えていたら指が足りなくなって、両方とも握り締めちゃった。どうしようかなぁっと両手を交互に見ていたら、あたいの左肩にちょこんってアゴを乗せたお燐が言うんだよ。
なんだか妙にゆるゆるした感じで。
「ちょっと、お願いがあるんだけどさ……いい?」
こぽこぽって、泡が立って、消えて、
また出てきて、また消えて、
そうやって静かな音を立てる目の前の赤い沼が、ちょっとだけ光ってるせいかな。なんだかお燐の顔が少し赤く見えるよ。目も少し潤んでるのかな、沼の色を反射して凄くキラキラしていた。いつもは元気なお燐なんだけど、静かにしてたら結構可愛いんだなぁって思った。じーっとそんなお燐を見てたら急にお願いって言われて、少し慌てちゃったかな。
「んっ……」
アゴでとんっと私の肩を叩いて、耳を少しだけ倒して。なんか短い声で鳴いた。調子でも悪いのかなと心配して覗き込んでみたら、今度は目を閉じてさ。
「んっ!」
なんかさっきよりも強く鳴いた。
しかも口を突き出してる。まるでまだ目の開いてない雛鳥みたいだよ。あ、もしかして私が烏だからからかおうとしてるのかな?
「んんぅっ!」
単なるいたずらかと思って、覗き込んでいた顔をまた元の位置に戻そうそしたら。今度は不機嫌そうに鳴いた。なんなんだろ、ごっこ遊びでもしたいのかなぁ。口を尖らせてるから何か、そこに関係したものなんだろうけどね。
あ、ちょっと鼻ヒクヒクしはじめた。
「えいっ!」
「にゃぅ!?」
ついつい、やっちゃった。
出来心だよ、ちょっとした出来心。
あんまり口を突き出して、鼻を動かしてたから、むにって人差し指で鼻の頭を押し込んでみた。そしたら、慌ててお燐が首を振って体を離す。
私と同じように足を軽く開いて岩の上に腰掛けながら、慌てて鼻の頭を撫でていた。
「うぅ~~~!」
「ごめんって、そんな強くやってないし、そこまで怒らないでよ」
いつものちょっとしたいたずらなのに、なんかいつもより怒ってるみたい。スカートをぎゅっと握り締めて、物凄く不機嫌そうに唸り声を上げてるし。何か変なことしたかな。
腕を組んでちょっとだけ頭を傾けて、考えてみる。少しだけ真剣に考えてみる。えっとまずは、おねだりするように近づいてきて、なんか私の手さわったり耳の近くでしゃべったりして。
え~っと。
その次は、首にアゴ……乗せてた、よね?
うん、乗せてたことにしよう。で、お願いって言って。口尖らせて、鼻を少しヒクヒク。
あ、もしかして?
「ん~~~~っ!」
頭の中で何かが閃いた途端に、お燐がまた唸り声を上げた。今度もまた目を閉じて、唇ど突き出すみたいにして、今度は指でそこをちょんちょんっと軽く叩くおまけつき。
ふふーん、やっぱり間違いないね。さすが私。
「じゃあ、お燐、甘いのと、凄く甘いの、どっちがいい?」
「ん~……ぅ? うぇっ!! あ、甘いの、と、す、凄く甘いの?」
そしたらお燐も、それを思い浮かべてるのかな。最初はちょっとだけ驚いたみたいだけど、その後は夢中になってどちらか選んでるみたい。頭の中で二つを思い浮かべてさ、どっちかな~。どっちがいいかなって。
「じゃあ、や、やっぱり、最初は、普通に、甘いやつで」
「ん、わかった、じゃあちょっと待っててね」
そしたら、コクって一度だけ頷いて、また目を閉じちゃった。そこまで楽しみにしなくてもいいのにね。じゃあ、あんまり待たせちゃまずいから。
よっこいしょっと。
私は一度しゃがんで、しっかり確認してから、岩場に腰掛けるお燐に近づいて。
ちゃぁ~んと当たるように、位置を合わせて。
少し緊張して、尻尾をプルプル震わせるお燐の唇に、えいって。
「もにょふっ!?」
それを突き入れてみた。甘いけど、ちょっとだけさっぱりとした。お密のいっぱい掛かってる、『みたらし団子』をもにゅっとね♪
そしたらお燐どんな顔したと思う。
耳とか、尻尾とか、毛をめちゃくちゃ逆立てちゃって、もう感動に打ち震えてるって感じ。
目を丸くして慌ててその串を掴んでさ、もごもごしちゃって。
食いしん坊だなぁ。
「ね、甘いでしょ?」
「……っぷはっ! ……うん、甘いね、すっごく甘いね、お空」
やっぱりね、そうだと思ったんだよ。お燐って鼻が利くから、私が地霊殿からおやつのお団子持ってきてたことに気が付いたんだね。だからあんなに欲しそうにしてたんだよ。おねだりしてたのも、きっとこれが欲しかったからなんだろうね。
だってほら、見てよ。
お燐感動しちゃってる。
もう、涙まで流してお団子食べちゃってる。
「だよね~、お団子美味しいよね~♪ じゃあ私は餡子たっぷり草団子でもたべちゃぉ~っと」
そんな様子見てたらさ、私もお腹減っちゃってね。もう一本だけ持ってきたお団子食べようかなって、鞄まで戻ろうとしたときね。
見つけちゃったんだよ。
私より早く食べ終わって、まだしくしく泣きながら串を噛んでる食いしん坊のお燐は気付いてないみたいなんだけど、だめだなぁ。
仕方ない、仕方ない。
そう心の中で繰り返して、お燐の側に近づいて。
「ねね、お燐」
「ん?」
そうやって顔を上げたときにね、狙うんだよ。
口のすぐ横に残ってた、甘い蜜をね、人差し指でちょいっと、取ってね。ぱくっと。
「へ? えっ? な、あんたっ! なにす、ぇ、ぇぇええええっ!!」
そうやって、私が指をぺろって舐めるまでの動きを見てたお燐がね。また変な声出しちゃってる。なんかいきなり唇抑えてさ、ちょっと大げさに立ち上がったし。
あ、もしかして、もう少ししたら自分で舐めようと思ってたのかな。
そうだったら悪いことしちゃったかも。
「ん~、気にしない、気にしない。もう一個お団子あるから、細かいこと気にしないで一緒に齧り合って食べようよ~」
「え、いっ、一緒ってあんた!」
あ、そうか。さすがに二人いっぺんは無理だもんね。失敗失敗。
ここは順番に食べるべきだもんね~、しっかり順番は守りなさいって、さとり様も言ってたし。
「はい、まずはお燐ね。あ~ん♪ 餡子たっぷりだよ~」
「にゃ、にゃんですとぅ! あ、あーんって、あんた!」
「はい、ぁ~ん♪」
「……うっ」
「ぁ~ん!」
「……うぅ、ぅぅぅぅっ! 死体運び系の仕事があるのでこれでぇぇぇぇっ!」
「あ、お、お燐、おり~~ん」
腕を前にして、顔をガードしながら、じりじりって後ろに下がっていきなり走って行っちゃった。近くに立てかけてあった台車を慌てて持ち上げて、ダダーッてね。お燐ってあんな早く走れたんだなって感心するほど。
「ん~、別に遠慮しなくてもいいのに」
きっと、優しいから、私に一本全部食べてって言いたかったんだろうね。
でも優しいからはっきりと言えなかったんだよ。
ああ、やっぱり優しいなぁ。
友達っていいなぁ。
どんどん小さくなるお燐の背中に手を振りながら、私は舌が溶けちゃうほど甘い団子を頬張った。
◇ ◇ ◇
「いっただっきまーーーーすっ!!」
お仕事が終わったらやっぱりこれ。
一日の最後に、がんばったご褒美。美味しいご飯。
ん? もちろん朝ごはんも美味しいよ、うん。
思わずもう、お皿ごと食べちゃいたいくらい。
でもお夕飯は特別なんだなぁ、これが。絶対お燐か私の大好きなごちそう入れてくれるんだもんね、さとり様は。
そして、今日のお楽しみは、みぃぃとぼぉぉぉる!
お燐が大好きなオカズだ。だってほら見てよ。
はむはむむしゃっほむはむっ!
もう、せっかくのご飯が飛び散っちゃうくらいの勢いで、テーブルの上の料理を口に運んでくんだもん。今日のお燐は一味も二味も違うよ。
「こら、お燐行儀が悪いでしょう?」
さとり様に注意されても、こくこくって頷くだけで勢いを止めようとしないんだよ。何かこの後に予定でもあるのかな?
「ご飯は確かに大事だから、食べるのに一生懸命になるのは悪くないこと。でもね、今日一日あったことを話し合うのも、団欒の中では必要だと思うわ」
「そうそう、私もたまにお燐とかお空の働きぶりが知りたいな~」
「……私はあなたの行動を知りたいのだけれど?」
「お姉様、女性は秘密を着こなして美しくなるのよ」
「誰から聞いたのよ」
「胡散臭いおばさんから」
んー、やっぱりこいし様は今日もどこかに遊んできたみたい。胡散臭いおばさんって人聞いたことないし。
でもそんなことより、最近さとり様とこいし様が自然と話をしてることが素敵だなって思う。やっぱりこういうの見てると、すっごく嬉しいし。
「こほん、お空、あまり恥ずかしいことを考えないように」
「うにゅ?」
なんか怒られた。間違ったこと考えたかな?
「私とこいしのことはもういいとして、そちらは何か変わったことなかった?」
「変わったことですか? いつもとあんまり変わったことしてない気が」
ちょっと顔を赤くしたさとり様が私に尋ねてくる。
でも、仕事のときは別に何もなかったし。
あ、終わった後ならあったかなぁ。
「えっとですね、仕事の後にお燐とお団子を食べました♪」
ごふっ!
と、何気なく言ってみたら、お燐がむせた。
そして慌てて水で口の中のものを流し込み、はぁっとため息を付く。そして、なんでかよくわらないんだけど、おそるおそるさとり様の方を見たんだよ。
その間も、私はお昼過ぎのお団子を食べるまでのやり取りを思い出していて。
さとり様はそんな私と、びくびくしてるお燐を交互に見て。
ピタッと。一度、お燐の方で止まる。
「甘えんぼさんですね」
「い、いやぁぁぁぁぁっ!! 心を読まないでくださぁぁいっ!!」
その一言に大きく体を震えさせたかと思ったら、なんか部屋の隅にある柱の陰に隠れて、泣きながらさとり様を威嚇し始めた。
けれど、さとり様の胸のところの目は忙しそうにキョロキョロ動いてる。
「へぇ、自分でおねだりして……」
「はぅっ!」
「だんごとアレを間違えて……」
「にゃぅっ!」
「最後は耐え切れずに退散、と」
「く、くふぅ……ふぅぅぅ、キシャァァァ!」
威嚇の声を上げるか、逃げるか。どちらかにしなよ、お燐。
私がそんな変なやり取りを見ているうちに、何かに負けたお燐は負け台詞すら残さずに部屋を出て行ってしまう。
「さとり様、お燐いじめちゃだめですよ」
「ふふ、ごめんなさい。ちゃんと後で慰めるから」
「……慰めるんですか? 謝るんじゃなくて?」
「私も慰めてあげたほうがいいと思うかなぁ。こうやって丹念に、ゆっくりと撫で回したりして♪」
「あ、私もたまに撫でて欲しいです」
「そっか~、わかった! お空には『こいしちゃんスペシャルコース』で、すんごく気持ちよくさせてあげるよ」
「わーいっ! やったーっ!」
「……お空を変な道に引き込まないように」
「えぇ~? いいじゃない少しくらい」
変な道、とか、すぺしゃるこーす、ていうのが何かよくわからなかったけど。今度こいし様に撫でて貰うと約束した。
ふふ~ん、これで楽しみがひとつ増えたって、あれ?
なんか、忘れてるような?
「あ、そうですよ。お燐ですよ、お燐! さっき急に逃げちゃいましたけど…… 何かあったんでしょうか? なんか私といるときから少し落ち着きがなくて」
「えっとね、化け猫とか妖獣の血を引いてるとね、なんか急にこうムラムラしちゃうんだって」
「……夢裸村?」
「その発想は想定外だわ、お空……」
「うにゅ?」
「いや、気にしなくていいから……、とりあえず妙な想像はしないように」
また怒られた。ふむ、どうやら今考えてるのが『妙な想像』というものらしい。さとり様が何かを頭の中から消そうと首を振っていたけど、やっぱりまた顔が赤くなった。
「とにかく、少しの間お燐はいろんなことに敏感に反応するって期間なのよ」
「動物でいう発情期ね、お姉様」
「遠まわしに言った私の努力を無意識に破壊しないでくれる?」
「初蒸気……」
「お空、あなた本当は頭いいでしょう?」
「うにゅ?」
「いや、やっぱり気にしなくていい」
何故かまたさとり様が頭を振り始めたけど、どうしたのかな。風邪でも引いたのかな?
「とにかく、ハツジョウっていうのは。こう、あれよ、ちょっといろいろ考えて、胸が熱くなったりすることを言うの。それが起こりやすいのが、ハツジョウキって時期なのよ」
胸が熱くなるのが発情。
なるほど、さすがさとり様わかりやすい。
ということは……
「力を使うとすぐ熱くなる私は、毎日すっごくハツジョウしてるってことですね!」
「……こいし、あなたのせいだからね」
「えー、お姉様の説明が下手なせいでしょう?」
それから、私が眠くなるまで、さとり様とこいし様は私の話し相手になってくれた。
話題はもちろん『ハツジョウ』について。
お二人ともとても丁寧に教えてくれて、すっごくわかりやすかったよ。
なんども、なんども、叫び声あげちゃうほど。
やっぱり二人は凄いなぁって、
説明上手だなぁって、
落ちてくる瞼と戦いながら必死で聞いて、
すごく楽しい時間だった。
でもね。
うんとね。
昨日のこと、楽しいって覚えてるんだけどね?
で、『ハツジョウ』ってなんだっけ? 美味しいの?
◇ ◇ ◇
「――もやっせ~、もやっせ~、もやっせ~、もやっせ~、さぁ~♪ 『めると・だうぅぅん』!」
地上に散歩したときに教えてもらった歌をアレンジして鼻歌交じりにお仕事、お仕事♪ やっぱり遊びもお仕事も楽しいほうが良いからね。
お燐が運んできた死体を、火力の足りなさそうなところにぽいぽいって投下して。神様からもらった制御棒を下に向けて、気合一つ。
「いっけぇぇぇぇっ!」
落とすだけでもいいんだけど、こういうのは気分の問題。
ごーっ! ってやつが私の手の前から生まれて、いくつも灼熱地獄の中に落ちていく。まあ、死体入れちゃうだけでいいんだけどね、火力調整って。後から撃った弾幕は気分だけ味わうため。練習って意味もあるかな。
だって、撃つのって結構楽しいし。
「おーい、お空~」
死体をぽいと放り込んでは、どかーん。
放り込んでは、どかーん、を繰り返していると、下の方からお燐の声がした。ちょうど仕事も終わったところだし、何かと思って近づいてみたら。
「昨日のお礼に、あたいもお団子作ってみたんだけど、一緒に食べない?」
やったね!
凄い、二日続けてお団子だって!
お肉とかもいいけど、甘いお菓子って最高だよねっ!
しかも仕事終わってぴったりの時間って、これってアレじゃない、山の人が言ってた奇跡ってやつ。
「こっちだよ、地獄に持ってきちゃうと、熱くなっちゃうから中庭で食べようじゃないか」
「賛成っ!」
揺れる尻尾をじっと見ながらお燐の後ろをスタスタと。鼻歌を響かせて着いて行ったらね、びっくりしちゃった。
「うわぁ、凄いよ! 凄いっ凄いっ!!」
「これ、全部お燐が作ったの」
ピクニックのときに使うシートの上に、お団子だけじゃなくて、私の大好きなおはぎも置いてあるんだよ。あの甘い餡子とやわらかいご飯の組み合わせって最高だよぉ。
「ねね、食べていいんだよね! 食べていいんだよね!」
「いいよ、はい、召し上がれ」
草団子に、みたらし団子に、三色団子。
まずはお団子の箱に手を伸ばして、大きく口を開けて、ぱくってね。普通は絶対にやらない一口食いなんだけど、こんなに一杯あったらやりたくなる。思いっきり口の中で団子の歯応えを感じながら、甘さに包まれる幸せをいつもよりいっぱい感じたいから。
「……第一段階、クリアですよね、さとり様」
「ん、なんかいった?」
「いや、喜んでくれて嬉しいなぁって」
「うん、お燐、本当にありがとうね!」
友達だよね、やっぱり持つべきは友達って、こういうの親友っていうのかな。よくわかんないけど。お燐も私より控えめだけど、ちゃんと楽しそうに食べてるし。よかったよかった。
でも、やっぱり下手だなぁ、食べるの。
お団子とか、食べるたびに口の周り汚れちゃうんだもんなぁ。
「……第二段階、オーバー」
「あれ、またなんか言った?」
「ん? 遠慮しないでおはぎもどうぞってね」
「遠慮なんてしてないよ、私は好きなもの大事にとっとくの」
最後の団子を手にとってぽいっと口の中に放り込んで、次はとうとう、おはぎに突入。お弁当箱に一杯詰まった8個の宝物が。食べて食べてって、甘い香りと綺麗な黒い着物で私を誘ってくる。
「いっただっきまーすっ!」
私は迷わず両手におはぎを掴んで、また一口で口の中に入れる。
お燐はちょっと大人しく、三口くらいかな?
やっぱり口の周りを少しだけ汚して、なんとか平らげる。
「はぁ、美味しいからってちょっと食べ過ぎたかな、お空後は全部食べていいよ」
「え、でも……」
「あたいは、おなか一杯だから、気にしないで」
でも、お燐の近くにはお団子の串3本としかなくて、おはぎも一個しか。
「お空は、その凄い力を手に入れてから一杯食べないと駄目だろう。ならガツガツ食べて、元気に暮らす。それでいいじゃないか」
「お燐……」
もう、嬉しくて、嬉しくて、美味しくて、嬉しくて。
私はまたさらに2個のおはぎを一気に平らげて、お燐に笑ってみせる。そしたらさ、お燐も笑い返してくれたんだけど、やっぱり駄目だね。
だって、ほら口元汚れちゃってるから、あんまり可愛くない。
仕方ないなぁって思って、昨日みたいに手で取ってあげようとしたけどね。
うわぁ……
右手餡子だらけだし、そして同じく左手も。
こんなんじゃ、余計にお燐の顔汚しちゃう。
でも、私が食べ終わるまで待っててもらうのも、気が引けちゃうし。
ん~~……
あ、そうだ! こうすればいいやっ!
「ねね、おり~ん♪ こっち向いて♪」
「ん、どうしたの、お空?」
お燐の可愛い笑顔を見るために、口元の汚れを取るには、
汚れた手を使うのは駄目だし、
教えちゃうのも駄目かな、だってお菓子のお礼みたいなものだし、私がやらないとね。
じゃあ、残ってるものっていえば……
これしかないし。
「んむっ」
膝立ちになってお燐に近づいて、私を見上げつづけるお燐の瞳をじっと見つめてから、
一気に、接近。
そして、そっと触れさせた。
「えっ!?」
唇と、舌を使って、柔らかい桃色を汚す、甘い、黒く、甘い成分を舐める。
小鳥が大好きな木の実を突付くように、何度も、何度も唇と舌を動かして、お燐をきれいにしてあげた。
これで、いつものお燐の可愛い笑顔が見られる、そう思った。
なのに、なんでかな?
「……きゅうぅぅぅぅぅっ」
なんだか、お燐、頭から湯気出して倒れちゃったし。
やっぱり昨日調子悪かったのは風邪で、外に出ちゃったせいで悪くなっちゃったのかなぁ。でもどうしよ、呻き声とか上げてないし、幸せそうな顔で寝てるのは確かだし、動かそうとすると服餡子で汚しちゃうし……
「あら? お空、どうしたの?」
でも、そんなときに助けてくれるのは、やっぱりさとり様。
私が、急にお燐が真っ赤になって倒れたって説明したら、部屋に運んでくれるって、ホントよかったよ。
一時はどうなることかって、心配して――
「ミッションコンプリートね、お燐」
「はい、さとり様のおかげです……」
「あれ? 今、お燐しゃべってませんでした?」
「気のせいでしょ?」
「あー、気のせいでしたか。じゃあ、お燐のことお願いしますね」
さとり様にぺこりて頭を下げてから、手についた餡をなめとって、『あれ、最初からこうすればよかったのかな?』とか思ったりしながら、三つ残ったおはぎを片付ける。箱を重ねて、シートを折りたたんだ頃には、もうさとり様とお燐の姿はなかったけど。
トクっと。
「あれ?」
おはぎの入った箱を抱きしめた瞬間、
お燐の可愛い笑顔を思い出した瞬間、
今まで、何の反応も示さなかった胸の奥が。
ちょっぴり動いた。
後日――
そして、この経験を元に『地霊殿式恋愛術⑨』という書籍が発売され。
ちょっと鈍い女の子の心の動かし方が幻想郷にひっそり広まったというのは、また別の話。
全く同じ話をお燐視点で書いても面白いかも。
自分もこんな話を書いてみたいなぁ…。
>じーっとそんなお空を見てたら急にお願いって言われて、少し慌てちゃったかな。
>「はい、まずはお空ね。あ~ん♪ 餡子たっぷりだよ~」
>でも、お空の近くにはお団子の串3本としかなくて、おはぎも一個しか。
お空→お燐
>「私とさとりのことはもういいとして、そちらは何か変わったことなかった?」
>「……さとり、あなたのせいだからね」
さとり→こいし
ではないでしょうか?
それでいて勘違いを上手く使ってる
拭き取る行動とか、お燐の幸せそうな顔とか良かったです。