※作品集111のたけやぶやけたを読後か読書前に読んだ方がいいと思います。
―慧音様をどう思う?
彼女は俺達人間を愛しており、人里を襲う妖怪がいれば率先して里を守るために動いてくれる。
何か問題が起きた時もすぐに率先して解決をしてくれる。
欠点と言えば堅苦しい言葉遣いで性格も堅苦しいところかな、それが良いっていう奴らも多いけど。
寺子屋の宿題を忘れると頭突きをされる、俺も子供の頃はよくされたもんだ。
あれは痛かった。
彼女は人里の守護者であり、彼女を嫌う人間はいない。
半人半獣であり妖怪なのに、極度の妖怪嫌いにさえ好かれている。
それこそ違和感があるぐらいに。
妖怪は人間を襲い食べ。
人間は妖怪を退治する。
人間と妖怪の関係はこのように私が生まれる前から決まっていた。
妖怪と友になった者、愛し合った者という例外もあるが、概ねこんな関係である。
しかし私は
妖怪であり、人間でもある。
どちらでもあり、どちらでも無い。
そんな私は一体何者なのだろうか、未だにわからない。
半分人間で半分獣人、私の存在は一体なんなのだろうか。
妖怪では無いと思う。
何しろ月に一回だけなのだから。
人間でも無いと思う
満月の日は人間じゃないのだから。
人間の里に住み、人間を守り、人間達に愛されていたとしても私は決して人間になり切れない。
満月の日にハクタクになる限り。
どれだけ歴史を消し、創りあげたとしても私は人間になれない。妖怪にもなれない。
これはそんな中途半端な私の一日。
基本的に、私の一日は目を覚ます所から始まる。
当たり前と言えば当たり前だがここ幻想郷では冬眠したり、最初から寝ない幽霊などもいるのでその辺りはきちんと説明しておく。
そうして目を覚ました私が真っ先にやる事は。
「むにゃー」
妙な寝息を立てて。
私に抱きついて寝ている妹紅を引き離すことだ。
これを引き離さないことには布団から離れることも、朝食を作ることもできない。
相変わらず凄い力で抱きしめてくる。
「またはいってきたのか」
私が寝泊りしている家は妹紅の家だ。
人里にも家はありそちらで寝ても良いのだが、そちらで寝ようとすると妹紅が物凄い表情をするので、行くことが出来ず。
昼間は人里、夜間は妹紅の家と二つの家を持っているような状態だ。
そのせいか村の皆には妹紅と私の関係を、いやそれは今関係ない。
そんな妹紅なのだが。
朝、目を覚ますといつの間にか私と同じ布団に入り、私に抱きついて寝ている。
布団はいつも二組敷くのだが、役に立ってはいない。
寝るべき人間を無くしたもう一組の布団は寂しく放置されている。
何故私に抱きついて寝ているかというと。
妹紅は寂しがり屋であり、一人で寝るのが嫌らしく夜勝手に布団にはいってくるのだ。
寝る前はなんとか別々の布団で寝ているのだが私が寝てしまうといつの間にか入ってくる。
私に抱きついている彼女は物凄く幸せそうな顔をしている。
普段の妹紅を知っているものが彼女の姿を見たら。
「誰?」
というぐらい別人の表情だ。
初めて出会った頃は、人を寄せ付けず無口であまり表情を変えない年頃の少女だったのだが。
私と生活をするうちにこんなことになってしまった。
人を寄せ付けず無口で真剣な顔をしている妹紅と、この緩みきった幸せ顔で私に抱きついて寝ている妹紅。
このギャップは激しい
「妹紅、はなせ」
寝ている妹紅の肩をゆすると眠たそうな顔のまま、返事をしてくる。
「…あと五分」
「ダメだ、遅刻する」
実際には五分程度では遅刻をしないのだが、彼女の言う五分は一時間以上寝るということだ。
彼女がいつも寝不足な理由は私が寝るまで寝ないからだ。
私の布団に入り抱きついてからも中々寝ないからだ。
それなら早く寝ろと言いたいのだが、何時になっても治る気配は無い。
眠たい時の二度寝の気持ち良さはわかるが流石にそれだと寺子屋の授業に間に合わなくなる。
「うー…せめて三分」
「ダメだ、私の朝ご飯たべたくないのなら別にいいが」
「わかった起きるよ~」
朝食で釣り、眠たそうな顔のまま起こさせる。
私に抱きついた手を緩める気はないみたいだが。
「すまんが離してくれるか動けん」
「えーもう少しいいじゃない」
首に前から手を回し、足を足辺りに回され抱きつかれてるせいで動きにくい。
このままでは立ち上がれない。
「このままじゃ朝食が作れん」
「こんな可愛い子に抱きつかれてるんだから、もっと照れたりしようよ」
「馬鹿を言うな、さっさと離せ」
「キスしてくれたら離れるよー」
そういい目を瞑り、唇をこちらに向けてくる。
毎朝毎朝同じことばかりしてくるが飽きないのだろうか。
「はぁ…冗談はよせ」
「いたっ…冗談じゃないのにー」
頭を軽く叩き、止めさせる。
そうすると抱きついたまま顔を胸にすりよせてくる
「やわらかいなー」
「…」
「あた」
「調子にのるな」
「ごめんなさーい」
もう一度頭を叩くと、妹紅はようやく抱きつくのを止め離れる。
いつになったら手を出してくれるのだろう、とか言ってるがそんな言葉は聞こえない。
出すわけ無いだろうに。
「布団は任せた、私は食事を作る」
「はーい」
戯言を聞き流して食事を作る事にする。
そうでもしないと話がまったく進まないのだ。
「なにが食べたい?」
「慧音が食べたい」
「却下、昨日貰った野菜の炒めものと味噌汁とご飯な」
「えーまた野菜炒めー」
「身体にいいんだ我慢しろ」
「不老不死だから関係ないもん」
ことある事に、私を食べたいだの、慧音ならいいよとか言う妹紅に誰か自重という言葉を教えて欲しい。
私は一度完全に拒絶しようと思ったことがあるのだが、その時物凄く悲しそうな表情をされたため言うに言えなかった。
そんな表情されて言える訳が無いだろう。
それ以来完全に流すことにしている。
へたれーとか、頭が堅いとか横で聞こえるが、あーあー聞こえない。
「できたぞ」
「慧音は相変わらず料理上手いよね、いいお嫁さんになれるよ、私と結婚してよ」
「冷めないうちに食べるぞ」
「いただきます」
「いただきますー」
ご飯を早めに食べ終えて、里に向かう準備をする。
その間も妹紅は何か言っているが、全部無視する。
「ではいってくる」
「いってらっしゃい晩御飯は私の女体盛りだよ、楽しみにしててね」
「この前のような刺身は止めておけ、体温で腐る」
例え止めたとしてもやるのだ。
止めるだけ無駄であろう。
それならば少しでも危険を下げるのが私の役目だと思う。
不老不死だろうと、半人半獣だろうと食中毒は起こすのだ。
妹紅の家から人里は実は近い。
昔は竹林の奥に住んでいたのだが、里に近いほうが慧音が早く帰ってくるから引っ越した。
などと言っていた。
それなら人里に住めば良いのでは、と考える方もいるだろうが。
妹紅は人間が苦手だ。
幻想郷に来る前、不老不死として追われたり、何年も容姿が変わらないため妖怪として追われた事や。
すぐに死んでしまうのが辛いらしくあまり人間と係わり合いになりたくないそうだ。
だから時折竹林の迷子を人里に連れて行く事と、永遠亭へ向かう人間の護衛でしか人と話そうとしない。話すといっても一言二言程度であるが。
話相手は九割が私で、九分が不老不死の月人、残り一分が、その他と言ったところであろうか。
幻想郷は昔と違い人間と妖怪の距離が近づいてきたが、それでも時折食われる者がいる。
そのため子供が里から出て行かない用に警護をしている青年団が里の入り口にはいつもいる。
「慧音様おはようございます」
「おはよう、子供の様子はどうだ?」
今日警護をしていた男は先日妻が子を産んだ者だ。
そして子を取り上げたのは私だ。
「はい慧音様のおかげで元気にしております」
「そうかそれは良かった名前は決めたか?」
「いえまだです」
「そうか早く決めてあげるとよい」
「はい良い名前をつけます」
「では寺子屋があるから失礼する」
「いつもご苦労様です」
男と別れ里の中心部にある寺子屋に向かう途中にも、色々な人間に挨拶をされる。
「慧音様おはようございます」
「おはよう、今年の作物はどうだ?」
「はい今年も穣子様のおかげで豊作かと」
農具を担ぎ畑に行こうとする男に声をかけられる。
「おはようございます慧音様」
「おはよう、酒を飲みすぎるなよまた身体を壊すぞ」
「あははもう飲みませんよー」
「それならその酒の匂いはなんだ」
医者に酒を飲むのは禁止と言われてるのに酒の匂いを漂わせる男に声をかけられる。
「慧音先生おはよー」
「おはよう、宿題はやったか?」
「も、もちろんだぜ」
「そうか、朝一で提出だからな」
宿題をよく忘れる寺子屋の生徒に声をかけられる。
「げこー」
「おはよう相変わらずだな」
何故か肩にカエルを乗せてる変な神様に声をかけられる。
「守護者様おはようございます」
「おはよう、先日は助かった礼を言う」
「いえいつも世話になってる慧音様を手助けできるなら当然でございます」
先日私が仕事ができなかったとき代わりにやってくれた男に声をかけられる。
いつもの事ながら私に挨拶する者は多い。あと一人妙な者がいたような気もするがいつものことだ。
そうしてひっきり無しに挨拶をされた後寺子屋につくと子供達は既に席についていた。
なんとか時間には間に合ったようだ。
「起立、礼」
「慧音先生おはようございます」
花屋の娘が号令をかけ、挨拶をする。
挨拶は基本だ、それをしない者は私は嫌いだ。
「おはよう、さて宿題を提出して貰おう」
「はーい」
「忘れた者にはいつも通り罰を与える」
その言葉を聴いた瞬間、先程の棟梁の息子が顔を青くしていた。
どうやらまた忘れたらしい。
親と変な所ばかり似て、宿題をよくわすれて来る。
皆が宿題を持ってくる中一人だけ立とうとしない。
さて罰としていつものように頭突きを…。
そう思っていると寺子屋の扉が開く音がして、そちらに振り向くと妹紅が立っていた。
「慧音、忘れ物だぞ」
手には朝作って置いた弁当箱があった。
鞄に入れたはずなのに何で…ああまた抜いたのか。
久しくされていなかったから油断していた。
「ああすまなかったな」
「……」
妹紅の姿を見た生徒達が途端に騒ぎ始める。
私が人里の家で寝泊りせず、妹紅の家で寝泊りしているせいで私は多大な誤解を受けている。
「あれが先生が囲ってる妹紅姉ちゃんか」
「愛人じゃなかったっけ」
「結婚してるってこの前妹紅姉ちゃんに聞いたぞ」
「いつみても美人だなー」
「夜な夜な何かしてるって父ちゃんがいってた」
「女同士だけどいいのか?」
「馬鹿やろう、恋愛に性別なんて関係ないんだよ」
「俺が間違ってた」
「俺も大人になったら妹紅さんみたいな人嫁にしたい」
生徒達が私と妹紅について好き放題言っている。
勘違いだ、それは全部勘違いなんだ。
私と妹紅の関係は誤解されている。
普段は無口で自分から話そうとしない妹紅だが、私のことが絡むと途端に饒舌になるらしく。
迷子や護衛を頼んだ人間や、買い物に来た時にであった人間に。
私は慧音のお嫁さん、愛人でも囲い者でもいいなどと言ってるらしい。
私がそんな関係では無いといくら言ったところで信用してくれる者はいない。
「それより動かないな」
「俺の予想だと「忘れ物もって来たよ褒めて褒めて」と撫でられるのを待っているな」
「お前大人だな…年齢=彼女いない暦なのに」
「ってじっちゃがいってた」
「じっちゃがいうなら仕方が無い」
ああ私だってわかってるさ。
それをしなければ妹紅は無言でここにいくらでも居座るということを。
最初のうちは訳もわからず放置してたら泣き出してしまったことも知ってるんだよ。
でもな、恥ずかしいんだよ。
とてつもなく。
「……」
「妹紅」
しかたないか
そう思い頭を撫でると、無口で堅い表情が途端に柔らかくなる。
今里で流行の言葉で言うとツンデレという奴だろうか、よくわからない。
「父さんの初恋が妹紅姉ちゃんな理由わかったわ」
「素直クールか…これはどんな防御でも防ぎきれないな」
「妹紅姉ちゃんはいつみても最高だな」
「ああ」
「どうみても反則」
「ごめん俺ちょっとトイレ」
「俺もいくぜ」
「私も」
「お前らだけに行かせるかよ」
撫で終えると妹紅はやっと寺子屋からでていった。
緩みきった顔で、とてつもない笑顔で。
ため息を付く、また授業が遅れてしまう。
そう思い振り返ると、何人かの男子生徒と女子生徒がいなくなっていた。
妹紅が来るたびに何人か生徒がいなくなるのはなんとかならないのだろうか。
「せんせー、熱々だねー」
「うちの両親も羨ましがってたよー」
妹紅が来ると、仲を冷やかす者、何故かトイレにいく者、妹紅との関係を必死に聞いてくる者がいて授業が碌に進まない。
その中で隠れて必死に宿題を書いているものがいたので、頭突きをしておいた。
今日の所は授業をあきらめよう。
またため息を付く。ただでさえ遅れてるというのに。
「起立、礼」
「先生さようならー」
「さようならー」
「妹紅姉ちゃんと仲良くねー」
予想通りというかなんというか、授業はまったく出来なかった。
質問攻めをされているうちに授業時間が終わり皆が帰っていく。
寺子屋を出て、村長の家に向かう。
もうすぐ収穫祭なのでそのことで打ち合わせがあるのだ。
「慧音様、次の祭りのことでご相談が」
「わかった聞こう」
「相談が長引きそうなのでもしよろしければそこの甘味屋で食事をしながら…」
祭りのことを相談しようと私に話かけてきたのは大工の男、独身。
小さな頃から私と結婚したいと言っている人間だ。
事あるごとに私を食事に誘い、結婚を申し込んでくるが断り続けている。
「またお前か」
「慧音様には妹紅嬢ちゃんがいるだろ」
「脈無いんだからいい加減あきらめろ」
「あの妹紅嬢ちゃんから慧音様とりあげたらお前死ぬぞ」
「協定違反だぞ」
「待ってくれ、今日こそ今日こそ俺は」
私を誘った男が、村の青年団の男達に引きずられていく。
突然現れたあの青年団の男達は一体どこにいたのだろうか。
気配がまったく読めなかった。
「慧音様は早く妹紅嬢ちゃんの所に帰ってやってくだせえ」
そうしてまだその場に残っていた、着物屋の主人が私に頼み事をするように言い。
「しかし今日は収穫祭のことが」
「それはワシらがやっておきます」
「会議は俺達に任せろー」
周りにいた早くに病気で奥方を亡くした料理屋、花屋の娘に絶賛片思い中の蕎麦屋の店員に頷かれる、味方はいないのか、そうだ贔屓にしているお菓子屋の夫婦なら私の気持ちを。
「何年たっても熱々で羨ましいですな」
「羨ましいですね」
裏切ったな、私の気持ちを裏切ったな。
妹紅がどんな行動するか子供の頃から知っているだろうお前達は。
「先程、ワシの店に来てたのですが張り切っておられましたぞ」
「いやー若い者は元気があっていいですな」
「私もあと三十年若ければ」
いつも私と妹紅の関係をからかう将棋ばかりしているご隠居方にもそう言われる。
どうやらここに私の味方はいないらしい。皆覚えていろ。
「だから私と妹紅はそんな関係では…」
「ではあっしらはこれで」
「あっおい待て」
私が誤解を解く前に男達は言うだけ言ってどこかに行ってしまった。
勘違いだというのに、誤解というのに。
朝妹紅が変な事を言っていたのであまり家に帰りたくない。
だから色々な者の手伝いをしようとしたのだが全てに断られてしまった。
どうやら村の中で私を早く帰らすように連絡が回っているらしい。
そうしてあきらめて妹紅の家に向かうと。
「おかえりなさい~」
「ただいま」
どう形容していいかわからない格好の妹紅がいた。
あまり触れないでおこう。
「ご飯できてるよ~」
「見たらわかる」
見たらわかるのだ。
それこそ見たら、しかしこれ一人でどうやったんだ。
「早く食べて」
「ああ、いただきます」
私は無言で晩御飯を食べた。
時折変な声をあげる妹紅を完全に無視して。
「デザートは私だよ」
変なことを言う妹紅を無視して。
わたしの一日は、このような平凡で幸せな日々だ。
変な誤解はされているがそのほかには問題が無く、里の守護者となってからずっと繰り返されてきた日々だ。
これを見たら自惚れでなく私が村で慕われてて、妹紅に好かれていることがよくわかると思う。
妹紅の場合少し行き過ぎてる気もするが。
しかしだ、そんな私が実は最低最悪の卑怯者としたら皆はどういう反応をするだろう。
恐らく信じてくれるものはいない。
私に好意をいだいてくれて、誰よりも慕ってくれる優しい妹紅。
私を慧音様と慕ってくれる村人達。
私を慧音先生と慕ってくれる子供達。
全員を私は裏切っていて、なおかつ理由を話すことができないと言えばどういう反応するだろうか。
ご冗談をといって流されるだけだろう。
しかし私は最低最悪の卑怯者なのだ。
その理由を話すには私が半人半獣となったころから話さなければならない。
これを聞いた者は確実に私に幻滅する、その話を。
私上白沢慧音はワーハクタクである。
といっても何のことかわからない人が多いだろう。
ようするに半人半獣というものだ。
人間の時は人の記憶を食べ、消す事も出き。
満月の夜はハクタクとなり、歴史を創ることができる。
こんな私を人間達は化け物と呼んだ。
人間というものは、人間のみで形成される社会を持つ。
そのなかに他の種族が入る余地は無い。
そのような社会に、半人半獣の私の居場所は人間社会にはなかった
最初は違ったのだ。
私が人間だった頃は、人間として生き、人間として生活を送っていたのだ。
しかし獣人の呪いを受け、半人半獣となってしまったあの日。
あの日から私は人間で無くなり、化け物と言われるようになった。
満月以外の日は人間だというのに、私はたった一日のために化け物と呼ばれることになってしまった。
当時の私は。
妖怪退治屋の父親と、優しい母親を持つ子供であった。
当時は人間と妖怪の仲は最悪と言っていいもので、私は他の人間達と同じように妖怪は人間の敵と思い。
それを退治する父親を誇らしく思っていた。
父親は妖怪を退治するということで、村でも皆から頼られ、尊敬されていた。
いつも頼られているお父さん。
妖怪退治の話を私に聞かせてくれるお父さん。
私も大きくなればお父さんのようになりたい、常日頃からそう考えていたが。
「危険だから」と止められ、不満に思ったことを今でも覚えている。
その日、私が人間から半人半獣という化け物になってしまった日。
綺麗な、綺麗な満月だった日。
私と母親は妖怪退治の仕事に出かけている父親の帰りを待ちながら晩御飯の準備をしていた。
そして準備が終わる頃ドアを叩く音がして、父親が帰って来たと思った私は急いで向かい全てが終わった。
父親が帰ってきたと思い、向かった私に待ち受けていたのは傷まみれの獣人で。
私は何かをされ気を失い。
目を覚ますと、半人半獣となり。
化け物となっていた。
後にわかったことだが、私は獣人に呪いを受けたらしい。
父親が退治した獣人の生き残りがボロボロの身体を引きずり、家族に復讐しようとして。
丁度出てきた私に呪いをかけたとか。
そんなことも知らず気を失っていた私は何か騒がしくて。
目を覚ますと、村長さんや近所のおじさんやおばさん達が私を縄で縛り囲んでいた。
その時の私は自分自身に何が起こったか把握しておらず。
満月だったためハクタクになり自身に生えた二本の角や、黒髪が緑の髪の事を知らず。
何故自分がこんなことになっているか、さっぱりわからなかった。
それに私を取り囲む皆の私を見る目が恐ろしく怖かった。
何しろ今の今まで温厚な目、優しい目をしていた村の人たちが
「慧音ちゃんお菓子をあげよう」
時折お菓子をくれたおじいちゃんは。
怖いものを見るような目で。
「うちの息子と遊んでくれてありがとうな」
身体の弱い息子と遊ぶ度にお礼を言ってくれた隣のおじちゃんは。
ゴミをみるような目で。
「慧音ちゃんは私の孫みたいに思えるのよ」
息子夫婦を妖怪のせいで無くし、子がいないためか私を本当の孫のように可愛がってくれたおばあちゃんは。
憎悪の目で。
「今日は山に行こうぜ」
いつも私と遊んでくれる男の子は。
化け物をみるような目で。
そんな目で私を見ていたのである。
怖かった、恐ろしかった。
そうして脅えている私を見て誰かが言い出した。
「さっさと殺してしまえ」
その言葉を言われた時は何事かと思った。
「あんな余所者の妖怪退治屋なんかを村に住ませたのが間違いだ」
今まで村の人たちに頼られていた父親を馬鹿にする声を聞いた。
「あいつらも化け物に違いない、一緒に殺してしまえ」
父親と母親を化け物と呼ぶ声もあった。
「私は化け物なんかじゃない」
そういうとお隣のおじさんに殴られ、私はその反動で転がった。
私は倒れながら痛みで泣き。
こんなの嘘だ、私は化け物なんかじゃない。
お父さんもお母さんも化け物じゃない。
私達家族は全員人間だ、化け物なんかじゃない私は人間だ。
助けてお母さん、お父さん。
そう考えていた。
これが私の初めての歴史を創った瞬間であった。
「私は化け物なんかじゃない、人間だ」
という歴史を。
何しろそう考えた直後に皆が突然いつもの穏やかで優しい目に戻り、私の縄を解き謝罪され手当てをされたのだから。
訳がわからなかった。
本当に訳がわからなかった。
その時の私は自分の身に何が起きてるか何もわからなかったのだ。
縄をほどかれ違う場所で同じく縛られ泣いていた母親に、泣いて抱きつく私。
この訳がわからない出来事は父親が帰ってくるまで続いた。
父親が帰ってきた時、私の姿を見て愕然としていた。
妖怪退治屋だった父親は私の身に何が起きたのかわかってしまったのだ。
その時私は自分が化け物になってしまったことを知ったのだ。
獣人の呪いを受けてワーハクタクという半人半獣の化け物になったことを。
歴史を見て、消して、創れるという化け物になったことを。
私も父親に退治されてしまうのだろうか。
父親にそう尋ねると頬を叩かれ、抱きつかれた。
「娘にそんなことする父親はいない」
と言われながら。
私は嬉しかった、人間の敵である化け物になっても親でいてくれる父親が、母親が。
そうして私は日常生活に戻った。
最初のうちは戻ったと思っていた。
例え
人の歴史を見て、消すことができる能力を知った時も両親は怖がらずにいてくれた。
例え
歴史を自在に創れる能力を知った時も両親は怖がらずにいてくれた。
例え
ハクタクの姿を見ても両親は怖がらずにいてくれた。
満月の日のみ変な姿になり、ちょっと変な能力を持っているだけの人間と思っていたのだ。
しかし一つ致命的なことがわかった。
それは成長である。
最初の一年ぐらいは、特に問題はなかった。
二年立つ頃には何故成長しないかという疑問が沸いてきた。
三年も立つと成長をまったくしない自分に恐怖を覚えた。
決してまったく成長しないわけでは無い。
しかし碌に成長しないのだ。
そして父親がワーハクタクという物を調べ始めると知りたくなかった事実ばかりが発覚した。
人間の寿命は短い。
どれだけ長生きしたとしても百五十年を越えて生きるものはいない。
獣人の寿命も短い。
人間と大差は無く、百五十年を越えて生きるものはいない。
しかし半人半獣は違う。
ワーハクタクといわれる者は満月ハクタクの日しか成長しないため人間や獣人の何倍、何十倍もの寿命がある。
私は1ヶ月に一度しかハクタクにならないため、およそ人間や獣人の30倍の寿命であろうか。
それを知った私は絶望した。
何しろ私の外見は子供なのに、両親は人間のように年老いているのだ。
それがどういうことかぐらいわかる。
外見が子供なだけで私はとっくに大人なのだ。
成長が遅いということは共に歩めるものがいないということだ。
どんだけ親しい人間も私より先に死ぬ。
住んでいた村にいる人達、あの時私にあの視線を向けてきた。
近所のおじさんおばさん、村長さん、幼なじみは私がまだ子供の外見のときに皆死んでしまった。
私はずっと子供だったのに皆はあっという間に老いて死んでいった。
父親も母親も最後まで私の事を心配していたが死んでしまった。
本当なら村の人達みたいにとっくに死んでいた筈だけど。
病気になってもその病気という歴史をなかったことにして。
怪我をしてもその歴史を無かったことにして。
必死に長生きして貰う為に私は頑張って歴史を消し続けた。
しかしどれだけ歴史を消しても身体は人間である。
どれだけ病気を無かったことにしても、怪我を無かったことにしても。
両親が百二十になる頃にはどれだけ歴史を消して創っても両親の身体は限界であり、死んでしまった。
両親が死に、村の知り合いが死に絶えた後私は旅に出ることにした。
大きくなってから仲良くなった者もいるがこの人間達もどうせ死ぬ。
どれだけ仲良くなっても、私より先に死ぬのである。
知人の死ぬ姿が見たくない私はそこから能力を悪用し始めた。
それは
知らない家庭に潜り込む事である。
私は
歴史を消すことができる。
何をしてもなかったことにできるのだ。
私は
歴史を創ることができる。
何をすることもできるのだ。
だから知らない家庭の妹、娘、孫である歴史を創り。
私に都合の悪い歴史は即座に消し、少しでも仲良くなるために歴史を創り続け。
数年で私の歴史を消し違う家庭に行くことにしていた。
何故こんなことをしたかというと、私は人間に飢えていたからだ。
私は人間だ。
人間は一人では生きていけない。
だから人間との関係を手に入れるべく私は能力を使い続けた。
そして私は極端に恐れていたのだ。
私にあの化け物を見るような、ゴミをみるような、憎悪の目を向けられることを。
あの目を向けられたくない、化け物と言われたくないから
私に優しく思い通りになるような歴史を創り上げ続けたのだ。
その時出会ったのだ。
不老不死であり、化け物であり、人間である。
藤原妹紅に
その時私はある武家の娘であった。
外見は未だに十程度だが年齢は二百を越えていたため。
どういう家庭に潜り込むのがいいかという条件がわかっていた頃である。
貧乏すぎる家庭はダメだ、一人家族が増えるだけで生活が破綻する。
金持ちすぎる家庭もダメだ、親が権力にこだわってる事が多く私の事を見てくれない。
そして弱小国や治安が悪い国もダメだ、戦争により滅ぼされたり山賊に襲われたりする。
私が望むのは強者の国の中流家庭だ。
今までいくつもの家庭に潜りこんで来たが、それが一番居心地が良い。
なにしろ生活は安定していて心が荒んで居らず、危険が迫ることも無い。
そうしてその武家の家に二年程いたころだろうか、長く居過ぎたためそろそろここを離れようかと考えていた時だ。
周辺を荒らしまわる妖怪が現れたのだ。
そしてその妖怪を退治するために妖怪退治屋を呼んだ所一人の少女がきた。
年の頃は十代後半なのに五百年ほど歴史を持っているその妖怪退治屋を。
最初は自分の力を疑った。
なにしろ目の前の少女はどうみても十代なのに、五百年は生きているのだ。
その少女の歴史を詳しく見てみると。
父親のこと
恨みの相手
蓬莱の薬のこと
恨む相手を探し続けていること。
それを知った私は歓喜した。
なにしろ蓬莱の薬とやらを飲んだ死なない人間だ。
蓬莱の薬なんて聞いたことも無いが、外見はまったく年を取ってないし、死んでも生き返っている歴史があるということは本当なのだろう。
半分人間である私と違って、この人間は完全に化け物だ。
私は人間や獣人の寿命も何十倍もあるが死は訪れる。
しかしこの少女の歴史が本当なら不老不死で決して死なない。
私より長く生きてくれる人間だ。
私と共に歩んでくれる人間はこの化け物しかいない。
私の死を看取ってくれるのは、蓬莱の薬を飲み不老不死という化け物の人間になったこの愚かな少女しかいない。
今まで会ってきた人間は
歴史を創り、病気や怪我という歴史を消し続けたとしても、死ぬまでの多くて百年ほどだった。
最初から私より先に死ぬとわかっているから私はどの家にも一年程度しかいない、情がうつりきる前に歴史を消し、去る。
しかしこの化け物の人間は決して死なない。
この化け物の人間を私の都合よい人間にしたてあげたら私は死ぬまで共に歩む者を無くさず悲しむことはないのではないだろうか。
そう思い、私は彼女との歴史を創りあげることにした。
今まで共に歩んで来て、これから共に歩んでくれるような歴史を。
「あのお姉ちゃん…」
「んっ?」
二百年程生きてはいるが私の外見は未だに十程度の子供であり、
違和感を出さないために私はいつも外見にあった年齢のフリをしている。
「私の名前は上白沢慧音と申します」
「私は藤原妹紅だ」
「あの…私とお話して頂けませんか」
「ああいいよ」
外見が子供相手だからだろうか、客の娘だからだろうか。
この化け物の人間、藤原妹紅は優しかった。
その日は都合が良い事に満月だった。
満月はどんな人間に対しても歴史を創れる私の日だ。
なんとしてでも満月が出るまで時間を引き延ばし、歴史を創らなければならない。
妖怪退治にいって満月の日が終われば私は歴史を創ることができない。
私は何が何でも話を引き伸ばしてやる。
そう意気込み話を引き伸ばし、引き伸ばし、とうとう夜を迎え。
「じゃあ慧音、妖怪退治に行くぞ」
「うん!」
ずっと前から妖怪退治の旅を一緒にしていたという嘘の歴史を創りあげた。
ハクタクの姿も
最初は驚いたが今はなんとも思わないという歴史を創り上げた。
武家の両親には私は妖怪に襲われ死んだという歴史を創りあげた。
それから私と妹紅は旅を続けた。
問題がある度にこの化け物の人間の歴史を創りあげ、私の都合に良い歴史ばかり創り。
この少女の中で私の存在を絶対的な者にする歴史を創りあげた。
私の手から離れないように
私を絶対に嫌わないように
私と共に歩んでくれるように
それから私と妹紅は友人であり親友であり家族であり姉妹である。
といっても妹紅がそういう歴史を持っているだけであり、私からしたらただ死なないから付き合っているだけだったが。
誰でもいいのだ私と共に歩んでくれる人間なら。
化け物と一緒にいて、化け物に成り下がるのだけは嫌なのだ。
私はあくまで人間なのだ。
私は都合の良い歴史を創り、都合の悪い歴史を創ったが、どうでもいい歴史はまったく触れていない。
父親の事。
彼女が月人に復讐しようとしてる事。
そういった私にとって関係の無いどうでもいいことにはまったく触れていない。
彼女が何を考え、何を思い生きてるなんて関係無く、ただ私の横にいて私と共に歩んでくれるなら何でも良いのだ。
どうせ不都合なことが発生しても不都合な歴史を消し、歴史を創り上げるのだから。
どうせ彼女は死なないのだから。
だから彼女が幻想郷とやらにずっと追い続けている月人がいると聞いたときも黙って従った。
わかってくれただろうか、私が最低最悪の卑怯者であることに。
いやもっとひどい者かも知れない。
私の正体がこんな人物と知るものはいないだろう。
外の世界でも、ここ幻想郷においてもこれを知る者は誰も…いや一人だけいた。
心が読める妖怪だ。
サトリ妖怪と呼ばれる彼女はその能力故に嫌われ、ほとんどの者が殺されたと聞くが彼女とその妹だけがまだ生き残っており、出会う機会があったのだ。
私は脅えた、恐怖した。
何しろいくら歴史を消しても創り上げても心が読まれるのだ。
これほど私にとって恐ろしい妖怪はいない。
事実を言われた瞬間私の全てが終わる、私の全てがばれてあの目で見られてしまう。
しかし彼女は何も言わなかった。
私の心が読めているはずなのに、彼女は私を見て。
「貴方とは仲良くできそうですね」
ただそう言った。
彼女がなんでそういったかは未だにわからない。
恐慌状態であった私の事を見ながら彼女はそれ以上話すことは無かったからだ。
それ以後彼女と会ったことは無い人伝に一度だけ連絡を受けたことがあるぐらいだ。
友達になりませんか、とただ一言だけ。
返答はしていない。それ以後連絡も無かった。
それ以外に私の本当の姿を知る者はいない。
妖怪達の元に居たくないから里の守護者という歴史を創り人里に住み着き。
最初に記したような毎日を送っていた。
自分の不都合な歴史は創り変え、ただ自分に都合がいいように
そのおかげで
妹紅からは信頼しきった視線を向けられ。
村の人間からは信頼しきった視線を向けられる。
あの日のように化け物を見るような目で見られることは無い。
私は歴史を創ることによって常に自分を最高の位置に持ってきたのだ。
しかしそれが終わる時が唐突に訪れた。
それが訪れたのは、
いつものように里での仕事を終え、妹紅の家に向かう時だ。
その日は満月だった。
綺麗な綺麗な満月だった。
そのため私はハクタクとなり、歴史を創ることができる日だった。
創りに創った生で最近は創ることもなかったのだが。
そんな私は咳をした。
それだけならたまにあることだ。
問題は手に血が付いていたことであろう。
それを見てわかったのだ。
私はもうすぐ死ぬ、と。
今まで何人もの歴史を見てきて、何人もの死を見てきた。
だからわかったのだ。
私はハクタクの時しか年を取らない。
ということはハクタクの時に死ねば私は死ぬということだ。
自分の死を悟った私に最初に訪れた感情は
歓喜であった。
両親が死に、村の知り合い達が死に、見知らぬ家庭の家族の人間が死に、幻想郷の里の人間達の死を間近に見てきた。
私の知り合いで死なない人間なんて妹紅とあの二人の月人ぐらいだ。
ようやく両親と同じ場所にいける。
ようやく待ち望んだ寿命というものを得られる、と
あれだけ長く感じられた人生が、とうとう終わる時が来た、と。
半人半獣の私がなによりもこだわった死に方、私はようやく寿命が来たことを喜んだ。
血を吐きながら喜び、喜んだ後に
藤原妹紅という少女をどうするかという悩みを初めて抱いた。
驚いた事に彼女の歴史を創り変え続けた私が罪悪感を抱いたのはこれが始めてであった。
なにしろ私はそれまで彼女の意思など関係無く、自分の意思しか見てこなかったのだから。
血を吐き終えて、血を吐いたという歴史を消す。
流石にこんな血まみれのままでは変えれない。
「おかえり慧音、ご飯できてるよ」
「そうか」
ご飯はもう出来ていたが、食べる気は起こらなかった。
食欲がまったく無く、吐き気ばかり感じていたのだから。
「なあ妹紅」
「なにー?」
「もし私が死んだらどうする?」
何の脈絡も無く私はそれを聞いた。
罪悪感というものを初めて感じてしまったため、初めてその事が気になっていたために。
私が死ぬ時のためにつき合わせてしまったこの不老不死の人間が
もし私が死んだらどうするかということを。
恐らくこれを聞かなければ私は、歴史をこのままにして。
妹紅や村人達に囲まれて幸せに死ぬ。
人間のように死ぬ。あの目で見られること無く死ぬ。
なにしろそのために私は能力を使い続けてきたのだ。
「けーね死んじゃうの?」
「いやもしの話だよ」
「やだよ、私は慧音が死んじゃうなんて絶対いやだ。
慧音がいない生活なんて考えられない、慧音がいない食事なんて考えられない
慧音がいない布団なんて考えられない、慧音がいない人生なんて考えられない
お願い死なないでよ、お願いだから私を一人にしないで…
…………………………
……………………
………………
…………
……
喚き泣きながら私に抱きつく妹紅を見て
聞かなければよかった、それが私の思った事であった。
「あー大丈夫だ、私は絶対死なないよ」
「本当?本当に死なない?」
いつものように抱きしめ、頭を撫でる。
そうすると少しくすぐったそうにして幸せそうな顔をする。
「ああ、私が妹紅に嘘をいったことなんてあるか?」
「ううん、ない」
すぐに首を横に振る妹紅。
私を信用しきった目で、信頼しきった目で。
「今日は一緒にお風呂に入ろうか」
「いいの?」
時折一緒に入る、というより妹紅が乱入してくる以外で一緒にお風呂に入ることは無い。
「ああ、妹紅は寂しがりやだからな」
「うれしい」
そういうと顔に笑みを浮かべ、抱きついてくる。
「私はお風呂の準備ができるまで少し散歩してくるよ」
「すぐ用意するね」
「ああ頼むよ」
顔は見ない。
既に吐き気が危険で、一刻も早く外にでなければ血を家で吐きそうだから。
私は不老不死では無い、だから絶対に死ぬ。
私は妹紅に嘘ばかり付いている。
少し散歩でもして考えをまとめなければならない。
「ごほっ…ごほっ…」
また咳がでて、手が大量の血で汚れる。
次の満月、いや満月が欠けるまで持つとは思えない。
どうやら私は今日死ぬようだ。
私は歴史を消すことができる。
だから自分に都合の悪い歴史は消して来た。
私は歴史を見ることができる。
だから自分に都合の良い歴史を盗み見てきた。
私は歴史を創ることができる。
だから私は自分に都合の良い歴史を創り出してきた。
この能力を使ってきてから私は、あの目で見られた事は一度も無い。
あの人を人と見ていない化け物を見るような、ゴミを見るような目で。
確かに私は化け物だ、しかし人間でもある。
満月の日に化け物になるからとは言え何故あのような目で見られなければならないのだろうか。
あの目で見られなければ私は能力を使い続けたりせず、もっと偽らずに生きて来れた気がする。
しかし実際の私は能力を使い続け、他人を偽り、自分を偽る方を選んだ。
その偽りの最大の被害者が藤原妹紅という、私の最愛の少女で最大の被害者だ。
彼女と初めて出会った時、私は彼女を化け物と思っていた。
何しろ不老不死なのだ。
私は長寿といえど不老不死では無い。
しかし人間でもある。
死なない人間なんて人間ではない、ただの化け物だ。
私は人間と共に歩みたかった。
私は化け物とは歩みたくなかった。
しかし不老不死という化け物で無ければ、私と共にずっと歩んでくれるような人間はいない。
だから私は彼女で妥協した。
誰でもよかったのだ。
人間で、私と共に歩んでくれる者なら。
しかし彼女は化け物とは言え、私のハクタクとしての姿を見たら化け物と思いあの目で見てくるかも知れない。
だから歴史を創り上げ、この姿を当然と思わせる歴史を創った。
もしかしたら私の元を離れて行ってしまうかも知れない。
だから歴史を創り上げ、私の元にずっといるような歴史を創った。
もしかしたら私以外に大事な者ができるかも知れない。
だから歴史を創り上げ、私以外の他人が苦手という歴史を創った。
私はあの少女の歴史を創り変え続け、今の妹紅を創り上げた。
私に騙されてるのも知らず、裏切られ続けられてるのも知らずに。
そんな私も今日死ぬ。
死んだら彼女はずっと悲しんでくれると思う。
なにしろ私がそう創り上げたのだから。
先ほどの問いでわかった。
今のままなら彼女はずっと悲しんでくれて、ずっと泣いてくれる。
私が念入りに、念入りに歴史を創り上げてきたのだから。
私を裏切らないよう、離れないよう、ある意味恋人のような歴史でさえ創りあげてきたのだから。
歴史だけなら私はあそこまで好かれない。
歴史を創り上げた後、偽りの行動を起こして初めて感情を手に入れられるのだ。
偽の歴史を創り、偽の行動をし、偽の感情を手に入れた。
これでよかったのだろうか。
「あはっ…あはははははははは…」
良い訳が無い。
あの姿が妹紅の未来であっていいはずが無い。
あれはやってはいけないことだ。
そうか、私は取り返しつかないことをやり続けていたのか。
先程の妹紅にあんな問いをしなければ良かった。
あんなことさえ聞かなければ私は何の憂いも無く、自分の事だけ考えて死ねたのだ。
しかし今の私は彼女の思いを聞いてしまった。
共に歩み、ただ看取ってくれるだけでよかったというのに、あそこまで創ってしまった。
不老不死だからというだけで近づいた卑怯者なのに。
あの月人と先に出会っていたらお前を選ばなかった卑怯者なのに。
ずっと偽り続けている卑怯者なのに。
藤原妹紅という少女は優しい、優しい少女だ。
身近にいたから私はそれをよく知っている。
歴史を見てきたからそれを誰よりも私は知っていて、誰よりも見ていない。
私が死ねば彼女はずっと悲しんでくれる。
こんな私にその感情を向けるのが間違っていることも。
こんな私のためにそんな泣きそうな顔を見せることも。
こんな私のために悲しんでくれることも。
すべてが間違っているというのに。
「げほっ…」
そうしていると喉から血が競りあがってきた。
考えるより早く自分の死は早かったらしい。
吐く、吐く、吐く。
血を吐き続ける。
足元に真っ赤な水溜りを作り、今着ているいつもの服をケチャップを零したかのように汚した。
あまりの血の量に思わず笑いが出る。
「あははははははは」
なんだこれは。
私は布団の上で妹紅や皆に看取られて眠るように死ぬはずだったのに、何故血を吐いている。
何故こんな場所で死にそうになっている。
「くそっ…なんで…」
身体がぐらりと傾き、崩れ落ちるように両膝が地面に着いた。
足を動かすために動こうとしても、まったく動かず近くにあった木にもたれかかる。
もう笑いしか出ない。
あの不老不死の少女の人間の化け物の最愛の藤原妹紅をどうするか決めてないのに。
ただ散歩にでかけただけなのにもう死ぬ一歩手前だ。
ああそうだ。
行方不明になってしまえばどうだろう。
私が今行方不明になってしまえば彼女は私が死んだか生きたかもわからないから悲しむことは無いかも知れない。
こんな血まみれでみっともない姿を見せなくても良い。
どうせ身体はもう動きそうに無いのだ。
こんなことなら家から出なければよかった。
そうすれば最低でも妹紅には看取って貰えたのに。
私のために散々泣いてくれただろうに。
そのために散々歴史を創り変えて生きてきたというのに。
意識が朦朧としてきた。
こんなところで私は死ぬのか。
こんなところで、一人で。
「慧音、お風呂沸いたよー」
耳に響いてきたその声で目を覚ます。
何百、何千年と聞いて来た聞き知ったその声で。
私がこんな状況というのにまったく緊張感が無い。
折角人が行方不明になろうとしてるのに。
このままではすぐに見つかり、死にかけの私を見て泣かれてしまう。
悲しませてしまう。
しかし看取って貰え、幸せに死ねる。
でもそれはダメだ、やってはいけない。
今の歴史のままそれだけはやってはいけない。
早く歴史を創り変えないと。
「なんで…?」
歴史を創り変えようとしても何もできなかった。
訳がわからず身体を見下ろすと人間になっていた。
どういうことだ。
意味がわからない。
これでは歴史を創ることができない。
歴史を消すことしかできない。
なんで私は人間になっている?
なんで満月なのにハクタクでは無い?
ハクタクが死んだから、人間になったのか?
そうならばもう少し待って欲しかった。
歴史を創りかえるまで待って欲しかった。
私は一人で死にたくない。
共に歩んだ者に看取られて死にたい。
かといって悲しませるのも嫌だ。
どうすれば良い。
どうすれば。
ああそうか、今気がついた。
彼女に死を知られずに、それでいて看取って貰える方法があるじゃないか。
私だけできるとっておきの方法が。
今までずっとやってきた方法が。
何でこんな単純な方法に気がつかなかったのだろう。
彼女は優しい人間だ。
死に際の人間なら、例え見知らぬ人間でも看取ってくれる。
私の歴史を消せばそれで解決するんだ。
消そう。
消して看取って貰おう。
「慧音どこー?」
「ここだ」
そうして私は自分の歴史を全て消した。
「そこの人」
「んっ?」
今の私と彼女は見知らぬ人間同士だ。
それどころかこの世界で私の事を知ってる者は存在していない。
私が生まれてきてからの歴史は全て消した。
私に毎日甘えてきた妹紅は今私のことを見知らぬ人間を見る目をしている
初めて会った時のあの目だ。
「迷子か?」
「いや違う、先の短い命だから無茶をしたくなってみてな」
「そうか」
この血まみれの姿を見て迷子は無いだろう。
その返答が妙に面白くて笑ってしまう。
「若い娘がこんな場所を夜歩いていると危ないぞ」
「私は昔からここに住む人間、別に取って喰ったりしないよ」
そうだな、ずっと、ずっと前からここに住んでいたからな。
私と、お前の二人で。
取って喰うか。
覚えて無いだろうが食われそうになった事は何度もあるんだよ。
「何で里に住んでいないんだ?」
「私は命を狙われているからな」
あの月人が刺客差し向けてきたこともあったな。
死なない人間に刺客というのもおかしな話だ。
「それは物騒だな」
「ああ物騒だから里に住めないんだ」
里に住まない理由も知っている。
お前は優しいから人間と必要以上に親しくなって悲しみたくないからだ。
私もその意見には同感だよ。
それが嫌だったから私は歴史を創り続けたのだからな。
「家族はいないのか?」
「いないな」
今まで私がずっと家族だったんだ。
その私が消えた以上家族は誰もいないだろう。
「友はいるのか?」
「それもいない」
今まで友は私一人だったんだ。
その私が消えた以上友は誰もいないだろう。
「では里に知り合いは?」
「護衛をしたことのある人間と迷子ぐらいだな」
私に関係することしか話さなかったからな。
その私が消えた以上知り合いは誰もいないだろう。
「寂しくは無いのか?」
「寂しいか、そんな感情もあったな」
初めて会ったころは、喜怒哀楽が欠けた性格をしていたな。
そんなお前に喜怒哀楽がもてるような歴史を持たせたのは私だが。
「貴方は強い人間だな」
「どうなんだろうな」
お前は誰よりも強いんだよ。
身近で見ていたからそのことを誰よりも私は知っているんだよ。
「私は弱い、唯一の友人に死ぬ姿を見せたくない、見られたくない、知って欲しくない」
「そうか」
あの質問さえしなければこんな考えは思いつかなかった。
しかし今はお前が悲しむからそう思っている。
散々歴史を創ってきた私がこんなことを言えた義理は無いと思うが。
知らない人間ということで許してくれ。
「しかし看取ってくれる者も欲しかった」
「私でいいのか?」
「ああ」
私を看取ってくれる者は最初から妹紅、お前しかいなかったんだよ。
そのためだけに歴史を創り続けてきたのだからな。
「少々眠たくなってしまったから寝かせてもらうよ」
「ああゆっくり寝ると良い」
一人で寝るのはいつぶりだろうか。
寒いな。寂しいな。
「最後に貴方のような優しい人間に会えてよかったよ」
「私は優しくなんて無いよ」
こんな卑怯者で。
結局何も言えなかった私を看取ってくれるだけで優しいんだよ。
お前とずっと過ごしてきたからお前の優しさは知ってるんだよ。
「いや貴方は優しい、優しい人間だよ。私はそれを知ってるんだ。」
私は
誰よりも、お前の事を知っていて。
誰よりも、お前の事を知らないんだ。
「また会おう、妹紅」
看取ってくれてありがとう。
そしてこんな卑怯者でごめんなさい。
どこで会うって言うんですかー
前作を読んでからだと切なさが倍増する……
この慧音には最低と一言で言うことは俺にはできない……
何者にも明かすことなく全てを抱えて消えたのならば、それ
で良いのでしょう。
それだけでこの作品がよりよくなるとおもいます。
って、誰か……うん、さとりに諭して欲しかったわあ……切ない切ない。
自分のために周りを操り続け、今際の際でもやはりエゴを捨てきれず、所業の大半について省みて悔やむでもない。
全てが全て偽りかどうかわからず恐れているけど、元より自業自得で抜け出すことも出来ない。
非常に自分勝手ですがそれ故に人間的な慧音だと思います。
さとりが仲良くなれそうと言ったのは……似たようなことをしてきたのか、それとも弱みを握れたからか。
獣だけと関わって自分を恐れないよう育てる、というのもある意味洗脳なのかもしれませんね。
さとりの話も読んで見たいかも
あの妹紅は作り上げられたもので、偽りの感情で
それすら消えてしまって、なんて言ったらいいか……。
もしさとりの話を書くことがあれば、そちらも凄い楽しみです。
良いシリアス、ありがとうございました。
逃避、逃避、でも最後の逃げは優しく、卑怯と言えるけれども懺悔にもなる。
…あー、もう二回読むと慧音が自らの歴史を消すところからエンドレス涙腺崩壊。
そして後書き、卑怯過ぎます……。余韻が!!
感動いたしました!
救いはなかったけど。
みんな優しいのにどうしようもないってことはありますよね
悲しみと切なさだけを遺した選択は、はてさて正しかったのか……
妹紅は慧音と会うことで、作り物とはいえ人間らしい感情を取り戻したわけで。
結局慧音の何が卑怯だったのかといえば、愛しいが故の身勝手な罪悪感で、
最後の最後に自分自身の歴史を食べて逃げてしまったことなんじゃないかなあ。
そんなことを考えていたら胸が一杯になりました。
境界でしか生きられない慧音や妹紅は……
本当に人間だね