Coolier - 新生・東方創想話

お饅頭

2010/05/07 14:26:17
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「そのまま寝てしまわれても、かまいませんよ」

命蓮寺の縁側に降り注ぐ暖かな日射しと、境内を走り抜けて行くさわやかな風に眠りを誘われ
夢と現の境界を彷徨っていた紅 美鈴は、寅丸 星の穏やかな声により現世へと引き戻らされた。
口にした言葉の意には反してしまっているが、聖者の言葉は睡魔に対しても効果があるらしく、
少し気を抜くだけで意識を持ち去ってしまう性質の悪い睡魔が、美鈴の中から消えてしまった。

ハッと目を開けた美鈴が隣を見たところ、横に座る星はにこやかな笑顔を崩してはいない。
見たところ星が不快な気分になっていないようなので、美鈴は胸をなでおろす。

「ごめんなさい、すごく気持ちが良くて」
「気にしないで下さい。春眠は千金に値するとも言いますし」
「そう言ってもらえると助かります」

そう言って美鈴は傍らに置いた緑茶にそっと手を伸ばし、乾いた唇を一口分だけ湿らせる。
偶然にも隣にいる星も、美鈴の動作に合わせる様にしてほぼ同時にお茶を一口だけ飲んだ。
ただそれだけの事だというのに、二人の間にくすりと小さな笑みがこぼれる。
茶柱こそ立っていないが、美鈴は小さな幸福感に包まれていく。


美鈴は星と二人きりで過ごす静かで穏やかな時間が、この上なく恋しくなることがある。
普段、美鈴が生活している紅魔館ではなかなか手に入らない『癒し』と呼ばれるものが、
星と二人きりで過ごす時間には、特に何もしなくても満ち溢れているからだ。

もちろん紅魔館にも癒しは存在するし、美鈴にそこでの生活に不満なんてものは全くない。
ただ、紅魔館で美鈴が味わえる『癒し』というものは、主人であるレミリア(酒癖が少し悪くて、
それがとても可愛い)とお酒を飲むだとか、主人の妹のフランドールと一緒に遊ぶだとか、
大好きな仔犬とじゃれつき合うだとか、わりと体力を使うハードな『動の癒し』なのだ。

これに対して星と一緒にいると得られる癒しは、小川を流れる清水の様に静かでゆっくりとした
時間が過ぎていく『静の癒し』なのだ。
紅魔館内でも司書の小悪魔が同じ様な癒しを提供してくれるものの、美鈴と所属が少し異なるため、
やはり全体としての供給はかなり不足気味になっているのが現状である。
そんなやや偏った癒し生活を送る美鈴にとって、不足しがちな心の栄養素を与えてくれる星は
まさに心のバランサーと呼ぶに相応しい不可欠の存在になっている。


そんな事を考えていると美鈴は、なんだか照れくさくなってきたので、
気を紛らわせるために、手元にあるお茶受けのお饅頭にかぶりつくことにした。
お饅頭を手にしたところで、美鈴の動きは止まる。

(あれ、このお饅頭どこかで見たような気がする)

手に取ったお饅頭はどこか見覚えのある形をしているが、はっきりとまでは思い出せない。
隣に座る星に、どこでこのお饅頭を買ってきたのですか? と尋ねようと視線を向けると、
星は期待する様な目で美鈴の方を見ていた。どうやら購入先を当てて欲しいみたいだ。

星の熱い期待に応えるために、美鈴は手に取ったお饅頭と真剣な目で向き合う。
しかしお饅頭の形はありふれたもので、美鈴に見覚えがあるのだって偶然に過ぎず、
そのためいくらお饅頭と、にらめっこしたところで答えなんて出てくるはずもない。
頭で考えてダメなら、舌で考えようとお饅頭を口にしてみるも、美鈴の舌が甘さに酔うだけで、
この味はあの店のものだ! とグルメ漫画の主人公みたいに閃く事なんてなかった。

美鈴の心に焦りが生まれはじめる。
ちらっと星の表情を盗み見てみると依然として期待の込められた視線を送ってくれている。
その星の視線に美鈴は、これはただの味利きではないと直感的に理解したところで答えが出た。
決め手となったのは星のやけに期待の込められた視線だった。

「このお饅頭……もしかして初めて会った時のものですか?」
「さすが美鈴、覚えていてくれたのですね」

そのお饅頭は人間の里の端っこにある和菓子屋のもので、そこは二人が初めて会った場所でもある。

数カ月前の話になる。
その日、人間の里に買い出しに来ていた美鈴は、商人との交渉の末に値切れた分のお金を使って
自分のための買い食いと、レミリアへのお土産を買うために里の食べ物屋を見て回っていた。
せっかくだから紅魔館では、普段あまり食べない物の方が主人にも喜ばれるだろうと考えて、
美鈴が和菓子屋を重点的に探索していたのが、美鈴自身にとっても星にとっても功を奏した。
あっ、ここが一番美味しそうだなと美鈴が立ち寄った店で二人は出会ったのだ。

「あの時は本当に助かりました。あやうく無銭飲食でお縄につくところでした」
「私が助けなくとも、すぐにナズーリンが来てくれていたと思いますよ?」
「ナズならきっと私がお縄についた後に、さっそうと笑いながら登場してきます」
「……それはまたユニークな王子様ですね。でも彼女とて、そこまでしないでしょう」
「いいえ、ナズならやります。最後は絶対に私を助けてくれますが、それまでは意地悪です」

美鈴は、海苔巻みたいに縄でぐるぐると縛られた星の姿を想像し苦笑してしまう。
失礼な事を考えているのを星に悟られないために、美鈴は食べ残しのお饅頭をそっと口に運ぶ。
お口が恋しくなった星も、美鈴にならったかのようなタイミングでお饅頭を口にするのだから、
ふたたび二人してくすりと笑ってしまう。
星の瞳の色が、普段よりも濃く見えたのはその嬉しさのためなのだろうか。
鼻先に餡子をつけたままお饅頭を頬張る彼女を見ながら、美鈴はふと疑問に思った。
私がこの二人の絡みを書いてみた一番の理由は、
「星が毘沙『門』天の代理なのだから、門番の美鈴とは相性が良いはず……」
という発想からのもので、方角や龍虎の関係等は、前作のコメントを見て気付きました。
コメントを下さった皆さまに感謝します。


星がマイペースな姉で、美鈴が世話焼きな妹といった関係こそ正義だと思います。


読者の皆様に感謝です。
砥石
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コメント



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2.100名前が無い程度の能力削除
んふふ~、ごちそうさまでした。
4.90コチドリ削除
二人の表情の移り変わりが、なんだか手に取るように浮かんでくる文体ですねぇ。
いや、眼福眼福。

紅魔館では皆のお姉さん的存在の美鈴には、星と居る時だけは安らかに甘えて欲しい。
私はそう思います。

でも美鈴、やきもちを焼いた仔犬ちゃんにナイフのような歯で噛みつかれないようにネ!
23.100名前が無い程度の能力削除
癒し空間・・・・・・・・・いいっすね
29.100名前が無い程度の能力削除
星×美鈴・・・マイジャスティスに候。
33.100名前が無い程度の能力削除
美星(メイシン)は俺の癒し
34.100名前が無い程度の能力削除
良し
41.無評価名前が無い程度の能力削除
かわいい