・この作品は『不良少女と絶対教祖 ~私と妾~』の続編です。始めにそちらをご覧になってから読まれる事を推奨します。
* * * * * * *
~~……夢を見た。
顔を思い出せない優しい女性と、私が歌舞の稽古をしている。
母上、様……~~
* * * * * * *
それから、ほぼ毎日の様に彼女の下を訪れる様になった。理由は特に無いが……多分、私が魅かれているのだろう。
しかしながら、前に衣玖が告げた通り彼女は何らかの重要人物らしく、天界全体が慌ただしくなっていた。
警備の竜宮の使いや位の低い天人達が、忙しなく巡回警視を行い、聞き込みや御触れ書き等も増えている。
御蔭で、私も今では衣玖の目を盗んで、彼女に会いに行くようになっていた。
そんなある日……
「……ヤタ、天子」
「へ?」
「クワァ?」
私とヤタが弾幕ごっこをしている時だった。
最近知ったのだが、ヤタもヒミコも弾幕ごっこはできるらしい。流石スペルカードルールと言ったところだろうか。
どちらも強いっちゃ強いが、オリジナルのスペカは持っていない故、コレといった決まり手は無い。
ただ、避ける方においては完璧だった。それはもう『予知』しているかってくらいに。
「下がれ」
「何で? やり過ぎたかな?」
「カァ」
ヤタと顔を見合わせる。
確かに『全人類の緋想天』はやり過ぎたかと思うけど、ヤタは余裕で避けてたし。ヒミコに飛び火だってして無い。
「違う……天子」
「何よ」
「厄介な連中を、連れてきたな」
「え」
そして、気付く。
「このプレッシャー……囲まれてる」
「カア!」
私達の周りに……50は居るだろうか。それほどの天人・妖怪達が囲んでいた。
雑魚だけでは無い。数名、上位の天人並び強妖もいる。
「衣玖も……か」
「天子。下がっていろ」
「嫌よ」
ヒミコの注意も聞かず私はグイと前に出た。
「アンタら! 隠れてないで出て来なさい!」
「……アホゥ」
「……阿呆が」
喧しい。
暫時、辺りを囲んでいた連中がゾロリと顔を見せた。御丁寧に、『武器』持ちで。
その中から、スウッと二名の天人・妖怪が歩を進めた。
「衣玖……父上様……」
見知った顔。
「……貴女のヤンチャは今に始まった事では御座いませんが、はぁ」
「何よ。そんなに嫌なら辞めればいいでしょ」
「……人の気も知らずに」
ヤレヤレといった目で私を睨む衣玖。そして……
「天子。大人しく此方に来てくれないか?」
「……父上様。今更父親面ですか?」
「……ああ、そうだな。オマエはそういうヤツだ」
比那名居家当主及び総頭領、そして私の父である―――比那名衣要石守命(かなめいしもりのみこと)。名の由縁は読んで字の如し。
勿論本名ではなく天人(戒)名だが、皆父を『総頭領』と呼ぶので如何でもいい感じになっている。
「寄って集って、女一人相手に一個中隊? 天上の天人様も呆れたもんね」
「……言うだけ無駄か」
父は厄介そうに頭を掻き、ヒミコに視線を移した。
「莫迦娘が御迷惑をおかけいたしました」
「要石守命か。建雷の弟子だったか?」
「直接お会いした事は数度しかございませんが、よくご存じで……それより」
辺りの手下をチラリと見、申し訳なさそうに告げた。
「多くは語りませぬ。貴女様が各地を転々とされているのは知っております故、此度は天界の頭上に足を運ばれただけだったのでしょう。
それをウチの莫迦が引き留めた……それだけのことです。はい」
「……あまり莫迦莫迦申すな。本当の事を云っては可愛そうじゃ」
「くっ! 腹立つわね」
莫迦って言う方が莫迦なのよ。
「何よ! 私抜きで話を進めやがって!」
「……天子。その御方が何者か、分かった上で御付き合いさせて貰っているのか?」
「ふん。どうでもいいわ!」
コイツはヒミコ。偽名だろうがなんだろうが―――
「コイツはコイツでしょ!」
「……」
「カア!」
ヤタ以外、唖然。父は大きな溜息をつき、衣玖に尋ねた。
「永江。天子に教えたのか?」
「最低限の事のみです。教えたら教えたで厄介事が増えそうでしたので」
「……わかった」
一体なんだってんだ。
「ヒミコ。今はそう名乗っておられるのですね」
「ああ、そうじゃ。間違ってはいなかろう」
「……貴女様に如何こう言える立場ではございませぬ故」
ヒミコは父の呆れた様子を見て、小馬鹿にしたように微笑んだ。
「天子」
「何よ」
「彼女は此処に居て良い御方では無いのだ」
真面目な表情で訴える。
「本来、各所を転々とされる御方。今回は気紛れに、此処に長期滞在なさったが……それも限界だ」
「意味分かんない」
「目を付けられておるんだよ。各所から、な」
「は?」
如何いう事か、さっぱりだ。
「総頭領娘様。彼女は『子供のおもちゃ』では済まされないのです。分かって下さい」
「……嫌よ」
分かっている。我儘だって事は……それでもだ。
「コイツはね……ヒミコは、莫迦なのよ」
「……」
「カァ?」
それを聞いた瞬間、辺りがざわめき、父がこの世の終わりかといった風に頭を抱えた。
「なんでも一人で抱え込んで……どうしようもなく独りぼっちで……独りよがりで」
まるで、何時ぞやの自分の様に。
「ヤタが居てくれるけど、それでも悲しい目をしていて……何時も遠くを見ている」
「……天子」
「クワァ」
だからだろう。
「放っておけないのよ! 言っちゃ悪いけど、コイツ、私より『孤独』なの!」
「……総頭領娘様」
「やはり、遠回しに言っても無駄か」
父はギロリと私を睨んだ。
「天子よ。私はオマエに父親らしい事を何一つしてやれないでいた。天界に『昇がって』からは特にな。
故に、地上の下衆と戯れることだって、鬼を天上に置くことだって許したのだ」
「……ふん」
「しかしだ。これだけは譲れんのだ。オマエの父親としてでは無い……
天界、総頭領としてだ! 退け! 天子!」
知らず知らすに双方、刀に手を掛けていた。
無論、父は強い。勿論、弾幕ごっこなんかはできないが、サシなら……きっと風見の大妖並だろう。
流派は私と同じ、鹿島・十束流―――軍神、建雷の其れだ。しかも、免許皆伝。
……が、しかし、退けない。
「例え父上と合い見えようと……退けませぬ!」
「小娘がっ……!」
空気が張り詰める。どちらかが動けば、辺りにも被害は出るだろう。
それでもだ。両名、覚悟は決めている。
刹那―――
「待て。阿呆親子が」
「「ッ?!」」
私の肩にヤタが乗り、父の背後にヒミコが立っていた。
何時だ? 何時移動したのだ。
「……申し訳ございませぬ。しかし!」
「ウツケが! 肉親に刃を向ける者があるか! 天子、お主もじゃ! 莫迦者!!」
「ッ!!」
一喝。
その声だけで、卒倒しそうになった。現に数名の父の手下がプレッシャーに負け、倒れてしまっている。
ふと、何事も無かったかのように衣玖が中心に歩み、呟いた。
「総頭領様、『ヒミコ』様……此処は、貴女様の真名を御教えしては如何でしょう?」
「衣玖?」
ヒミコを見遣る。
「貴女様も、此処に居てはいけない。御分かりでしょうに」
「……ああ」
「では、御告げなさい」
「竜宮の、いや『龍神』の使いか……成程。監視されていたのは妾の方であったか」
「いえいえ。我々もまた、そちらの立場でもあります」
意味不明な会話。そんなことどうでもいい。
「衣玖。何のつもり?」
「事を穏便に済ませる方法です。彼女の真名を聞けば……貴女も、『全て』が合致するでしょう。
今までの事も、私達が何故彼女を貴女の傍に置きたくないかも」
一体、何を……
「……『ヒミコ』様。私が御教えしても?」
「いや、妾が自分で告げよう……すまぬな」
「いえ」
そう言って、衣玖は後ろへ数歩下がった。
同時に、ヒミコが私の前へと歩み寄る。そして―――
「武器降ろせ!」
父が叫ぶ。それに従う部下達。
「一同、降首!」
男性は、片膝をつき拝手を。女性は、正座をし両手を付いた。
「騙していたわけではないが……すまんな」
「な、何よ。改まって」
「ふふっ。やはり不思議な娘よのぅ」
「うっさい。さっさと教えなさいよ」
ヒミコは微笑み、私に告げた。
「妾の真名を教えよう。妾は……―――『天照大御神』、『大日如来』―――……と呼ばれているモノじゃ」
「……へ」
「尤も、『卑弥呼(ヒミコ)』も嘘では無いのじゃが。周りが許してくれなくてのぅ」
呆然。
「カァ」
「……なんじゃ。固まりおったか?」
そりゃ、そうだ。
「い、あ、え……マジ?」
「ああ、本当じゃ」
「じゃあ、ヤタは……」
「八咫烏だ」
「カア!」
言葉が、でない。
「流石に驚いたか。お主も人の子じゃな。ククク」
そう言う問題じゃない。
「まぁ……なんだ。楽しかったぞ、今まで」
「え」
一転、ヒミコは寂しそうに囁いた。
「こんなに長く滞在したのは、久しぶりだったでなぁ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……何勝手に」
「先の話を聞いて無かったのか?」
呆れたように言いやがる。聞いてたに決まってるだろうが。
「迷惑が掛っておるのじゃ。分かれ」
「な、え……だってアンタ、いや、アマテラス様は」
「ヒミコでいい。気持ち悪い」
「あ、うん……じゃなくて! ヒミコは偉いんでしょ! だったら、何処に居ようが勝手じゃ無い!」
恐れ多くもアマテラス様に掴み掛かり、訴える私。
「だからじゃ。偉い者が一部の場所に留まっていいわけが無かろう」
「で、でも!」
「カァ……」
今の私には、何を言っても無駄。聞く耳を持たない。
「嫌よ! そんなの!」
「……我儘を言わないでくれ」
「嫌! 嫌! 嫌!」
例えるなら、それは母娘の別れ。周りから見ても、愚かで、悲痛なものであっただろう。
そんな中、父がスクッと立ち上がり、此方に近づいてきた。無論、必死な私はそれに気付く訳も無い。
「天子……」
「ヤダ! ヤダヤダヤダ!!」
「御免」
すとん。
「や、だ……え……」
「すまない。寝てろ」
全身が闇に飲まれる感覚。後になってから、それが『当て身』だったとわかった。
天人を卒倒させるほどの一撃は容易くないが……同じ天人なら、条件はイコールに近づく。
「娘が、御迷惑―――どう―――許し―――……」
「構わ―――後で―――……」
私はそれ以上、何も言えぬまま、場に臥してしまった。
最後に覚えているのは、ゆっくりと私を抱えている衣玖の香と、悲しい目で私を見詰ているヒミコとヤタの表情だった……
* * * * * * *
~~……月都。特別罪人牢にて。
嘗て、娘が私に言った。
「母上様。私、地上に行ってきます!」
思えば、あの時からだ。私達の人生が狂ったのは。
「あはっ! 『蓬莱の薬』飲んじゃったから、咎人ですって! 叔父様も莫迦みたいね」
……言わせておけ。月夜見は堅物じゃて。お主と違って『死』を許容できんのじゃ。
まぁ、観光がてら地球を見て来ると良い。妾も月夜見も須佐も元は地球生まれじゃしな。
「ええ。そのつもりよ。母上様や叔父様達がどんな所で生まれ育ったのか見てくるわ!
あ! きちんと御土産持ってくるわね! 何が良い?」
ふふふ。お主に任せよう。我が娘よ……
……それから凡そ、『罪人』とその『面会家族』とは思えない会話を続け、私は娘と別れた。
思えばそれが、娘の顔を見た最後の思い出だった……~~
* * * * * * *
「おはようございます。御機嫌は?」
「おはよう。最悪よ」
「それはそれは」
どれだけ眠っていたかは分からない。
目を覚ますと、そこは自室で、目の前には空気が読めるんだか読めないんだか怪しい竜宮の使いが座っていた。
「どれだけ寝てた?」
「丸一日ほど」
「そ」
私はのそりと身を起こし、布団から出て水が飲みたいと告げた。
衣玖はさも分かっていたかのように、コップ一杯の水を私に差し出して来た。
「首が、痛いわ」
「そうでしょう。人間や妖怪なら頭と胴が分かれているほどの強さですから」
「そうね……今度父上様に教わって、貴方で試すわ」
「はいはい。ご自由に」
畜生。ビビりもしない。
痛む頸椎辺りを摩り、私は一息つく。そして周囲を見た。
「……刀は?」
「預からせて頂きました。理由は、言わなくともお分かりでしょう」
「ふん……あんなモノ、無くても私は止められないわよ」
「周りを見てから、仰って下さいな」
……気付く。
部屋の八角に霊符。加え、いつもよりも厳重な警備隊(の気配)が屋敷を囲んでいる。
「どうして此処までするかなぁ?」
「コレでも足りないくらいです」
けっ。私がヒミコに会いに行くと分かっていやがる。
「そんなに私が……アイツが嫌い?」
「総頭領娘様……そう仰らないで下さい」
「天子でいいわ」
「……失礼。貴女は兎も角、彼女は危険過ぎるのです」
は?
「何でよ。アイツの何処が? ただのお偉いさんじゃない。偶像でしょ? 神様なんて」
「……いいですか。此処は天界といえど、幻想郷に通じております。加え、幻想郷は龍神様が統べておられる御土地」
「意味分かんない。だから?」
「彼女は、その……幻想郷や天界、更には『世界』のシステムを引っ繰り返しかねません」
「……へぇ」
龍神様がドンだけ偉いかどうかは分からないが(若しくは偶像ではないかと疑ってもいるのだが)、その地位さえ脅かしてしまうのやもしれない。
しかし、知った事か。私には関係無い事。
「そ。じゃあ、『莫迦な事はしないで』って言ってあげるから。それでいいんでしょ?」
「……聞く耳持たずですか。いいでしょう」
空気が、張り詰めた。
きっと父から武力行使の許可が出ているのだろう。何としても止めろ、と。
「狂信者め」
「褒め言葉です」
龍神信者は狂ってる。いけ好かない紫ババアから聞いた事がある。そんなに龍神の保身が大事か。まるで『腐った天人』だな。
私が睨んでも、衣玖はさも如何でもよさそうな顔で正座を保っていた。
「ただ」
私が手を離したのを見届けると、衣玖は淡々と告げた。
「彼女が何を言ったかは知りませんが……『悪』では無いでしょう」
「なら!」
「勘違いしないで下さい。『悪』じゃない=『善』とは限らないのです! ……そのぐらい、お分かりでしょう?」
「そんなの、アンタにとってでしょうに!」
「『世界』にとってです!」
なんて、莫迦げた、大袈裟な、狂った、話。
「いいですか。彼女が動かなければ! 彼女が黙ってれば! 彼女が顔を出さなければ!
この世は、この世界は『するり』と回り続けるのです! そのくらい、世に干渉できる御方なのですよ!
天人の小娘一人に如何こう出来る話では無いのですッ!!」
初めて見る、永江衣玖の半狂乱の怒り。
「例えば、人間が虫の世界へ政治的な、軍事的な、財政的な干渉をしていいと思いますか?
否、ありえません。それくらいのスケールの話なのですよ」
「……アイツは、そんな事しないもん」
「ええ、しないでしょう。しかし、彼女の『存在』自体が引鉄(トリガー)になってるんですよ!」
何を言っても、無駄か。
「……言い過ぎました」
「ん……」
「ただ。ただ私と、『天子様の御父様』の危惧している事は……わかっていただけましたか」
「……ええ」
彼女が引鉄なら……射手(ガンナー)が私になる、というのだろう。
「彼女の力を欲する者共から、目を付けられます」
「……」
「それこそ、『世界』や『地球』、『彼の世』、『魔界』……はたまた『月』までも」
何だってんだ……アイツは。
「分相応の振舞いを」
「……」
「わかって下さい」
それは衣玖の、小さな、強い願い。
「部下としての頼みではありません。貴女の親しき者として……『友』としての、願いです」
―――友、か……
……コップを置き、溜息を付く。
「衣玖」
「はい」
「ありがと」
衣玖は目を丸くした。
失礼な奴だ。素直に感謝したというのに。
「友の為、私の為に……行く手を阻む、か……歪んだ友情ね」
「ふっ。此処は幻想郷ですよ。歪んだ友情なんか、何処彼処で見受けられます」
「そっか」
それは東の果ての神社だったり、迷いの竹林だったり、妖怪の山だったり、地底だったり……
……天上の世界だったり、する。
「天子、様?」
「……ごめんね」
力が、篭もる。コレが何なのか、よく分からない。
「でも、貴女も友であり、力なのね」
「……コレは」
ある種の、悟り。
「ッ!? け、結界が?」
「ゴメン……父上には私から謝るから」
「天子様!!」
武器(チカラ)なんか、権力(カリスマ)なんか、財力(ミエ)なんか、いらない。
もっと崇高な何かが、私を呼ぶ。
「大丈夫。ちゃんと帰るから」
「くっ……誰か、総頭領様を!」
「ゴメン」
私は向かう。
何処に?
決まってるじゃん。
「待ってなさい……独り善がり(ヒミコ)さんッ!!」
「結界が!?」
結界をぶっ壊して、屋敷の屋根を吹っ飛ばして、寝巻のまま……彼女の下へ飛んだ。
「はぁ。大莫迦ね。天子……私も、ね……」
屋敷を飛び出す瞬間、衣玖の溜息と苦笑を見た。
* * * * * * *
~~……娘を迎えに行く師団が、月を発った。
心なしか、嬉しかった。長い寿命を持ち合わせるとはいえ、久しく見る娘の顔。
信頼を置ける『天才』に娘の事を頼み、何事も安心していた。
しかし、見つけてしまった。『天才』からの、手紙を。
『イヨは私が貰う……イワナガとサクヤの代わりに。怨むなら怨んでくれて構わないわ。
でもね、ゴメンなさい。私も……女なの…… ○○,』
『天才』も、やはり、ただの『女』だった。
娘が月に帰ってくる事は無かった。『天才』が……いや『愛』を失い、歪んだ『女』が連れ去ってしまったのだ。
私は生を受けて二度目の涙を流した……~~
* * * * * * *
―――何時もの雲岩付近。
彼女達の姿は無かった。やはり、既に此処を発ったのか。
「いや、まだよ!」
諦めない。
わずかな感覚でも拾う。アイツは神仏だ。そう簡単に神気(プレッシャー)が消えるわけが無い。
気付けば、日が暮れていた。
「日……太陽……ッ!!」
ヒミコ(アマテラス)は太陽神。つまりは……
「日没する方角!」
西だ。
私は飛んだ。我武者羅に、無我夢中に……そして……
「……いた」
アイツの後ろ姿を捕えた。御丁寧に、後光まで差してやがる。
私は叫んだ。
「ヒミコオオオォ!!」
気付いたのか、ピクリと動きを止めた。
「……天子」
目が合う。
私は肩で息をしながら、ヒミコの方へとフラフラ近づいた。
「……何故」
「何故も鯊も無いわよ。あほんだら!」
「あほんッ……莫迦者。如何してきた?」
思えば病み上がりの身体。気力だけで相当無茶をした。
ただでさえ空気が薄いというのに……今にもぶっ倒れそうだった。
「ハァハァ……如何して、ですって? 納得、いかないから、に決まってんでしょ!」
「……お主は賢い娘だと思っておったが、愚か者だったか」
また、そうやって……賢者ぶって……
「ふぅ……だぁ!! ざっけんじゃないわよ!!」
「っ!?」
今度は、逃がさない様に、ガッチリと腕を掴んだ。
「何様のつもりよ? ……神様仏様とか言ったらブッ飛ばすわよ!」
「実際そうなんじゃがのぅ」
頭を叩いて(はたいて)やった。見事に目を丸くしている。
「……は?」
「存外堅いのね……じゃなくて!」
私は、睨む。
神を。
仏を。
「そうやって、全部背負い込むつもり? アマテラス様がそんなに偉い? 如来様がそんなに偉い?」
「……お主や妾がそう思わなくとも、周りが勝手に崇めおる。仕方なかろうに」
また、『周り』が。
「……ああそう。アンタはなんでも『周り』に任せるのね」
「む」
「言っとくけど、私はアンタを神仏なんて認めないわ! 誰が何と言おうと、認めたやらない!!」
「天子……」
そんな悲しい目、しないでよ。
「ねぇ。アンタ、私が嫌い?」
「……さぁ」
「また意味不明な事言って逃げないでよ。『普通』とか『分からない』なんて無し!! 逃げんな!!」
「……」
簡単な事。『Yes』か『No』だ。
「嫌いじゃ、ない」
「……ありがと。私もアンタの事、嫌いじゃないわ。寧ろ好意を持てるほどにね!」
「……言ってて恥ずかしくないか?」
「ええ! とおっっっっても恥ずかしいわよ!!」
初々しいガキの告白にも似ている。
「でもね。これは恋慕なんかじゃない。もっと簡単な事なの」
「……ふむ」
名前を、呼ぶ。
「ヒミコ」
「ん?」
「何処に行くつもりだったの?」
「……さぁ、な。気の赴くままに。天の意志に従うまで」
「止めろっつってんでしょ。そういうの」
再び、叩いてやる。また目を丸くした。
「……暴力女」
「ええ、不良上等! アンタがふざけたこと言う度、叩いてやるわ!」
「なんともまぁ、無理難題を」
何が無理難題よ。簡単な事じゃない。
「行く宛て無いんでしょ?」
「まぁ……うむ」
言葉を選んだようだ。下手に誤魔化すと叩かれると分かったのだろう。
「だったら、此処にいなさい! いえ……居てよ」
「……天子」
それは、魔法の言葉。誰かが言っていた。
「……友達、でしょ」
公転が、止まった気がした。
「……」
「それとも私の事、やっぱり嫌い? 迷惑?」
「いや……」
ヒミコは言葉に困っていた。
勿論、私自身相当莫迦な事を云っているのは自覚している。
私が認めずとも目の前の人物……いや神仏は独占して良いモノでは無い。衣玖が言っていた通りだ。
しかし、それでも……
「常に一緒に居ろなんて言わない。でも……」
「天子」
「……」
「ありがとう」
え。
「いや……うん。友、か……」
「あ……ええ。そうよ。友達」
手を握る。
昔の自分じゃ、考えられない事言ってるな、私。
「此処(幻想郷)に、居て」
「……」
ヒミコは東を……顔を出したばかりの、月の方を見ていた。
「あ……」
「来たか」
蒼い影。
「カァ!」
「ヤタ! 何処へ行ってたの?」
「使いに出しておったのじゃ。前にも言ったろう。月に居る姪娘と文交をしておると」
御機嫌に私の肩に飛び乗るヤタ。よく見ると足に文が結んである。
ヒミコはそれを手に取り、スラリと目を通し……
「ほれ」
「え?」
私に手渡した。
「え、よ、呼んでいいの?」
「うむ……おそらく、吉報? じゃな」
「は?」
また叩いてやろうかと思ったが、まずは文を読むことにした。
「えっと……『御無沙汰しております。天照大御神様。昨今は月の治安も善く~~……』何これ?」
「定期交信と言うておろうが」
始めの方は公文らしく、堅苦しい文面になっていた。月の軍が如何とか、大国主が如何とか。
後半が私文か。
「『―――追伸。
なんとも楽しそうな天人さん、私もあってみたいです。伝聞だけだとイヨより我儘娘ですね(笑)。
此方(月)は先の通り問題ありません。アマテラス様にご迷惑はお掛けしませんわ。
ただ、よっちゃんが相変らず口煩いのでそろそろ、御仕置き、しようかと思ってます。
あと我々は別に平気なので、たまには弟君(月夜見王)に顔を出してあげて下さい。ツンデレですが、内心寂しがってますよ……』
……随分、フランクな姪娘さんね」
「まぁ、そやつの師匠が師匠だったのでな。歪んだ……とは言わんが、何処かズレたのじゃろ」
「へぇ。まぁいいや。
『……あ、本題です。
どうぞ。ご自由に過ごして下さい。月には定期連絡を頂ければ問題無いので。
アマテラス様がそうなさりたいのなら、それで正解でしょう。我々の様な一神には如何こう言える話ではないでしょうから。
今まで貴女様に負んぶに抱っこしてきた分、我々だけでも何とかします……』……って、え?」
どういうことだ。
「文面通りだが」
「え……え?」
「いいから先を読め」
促され、私は目を走らせた。
「う、うん。『……ただし、御気を付けて下さい。アマテラス様に心配は無用でしょうが、一姪として。
とよぴーより』……は?」
だから、なんなんだ。
「つ、つまり?」
「……此処に居るという事じゃ」
「へ」
なん、だと。
「まぁ、偶には公事で出かけねばならぬが……問題無かろう」
「え。え……え?」
頭が回らない。
「カア?」
「……固まりおった」
じゃなくて……
「全っ然! 話が分かんないんだけど!?」
「むぅ……ま、まあ妾が此処に留まる事を知らせた。その返事が返って来たのじゃ」
「返事って、留ま……え」
「クカァ」
ヤタが可笑しそうに喉を鳴らした。ヒミコも私の顔を見て苦笑している。
「頼んだのじゃ。此処に居られるようにな」
「カア!」
「な、なんで」
「……可笑しなヤツよのぅ。残れと言うたのは、天子じゃろうて」
「じゃなくて……はぁ?!」
意味が分からない。なんかこう、時系列というか、なんというか。
「つまり……私が頼まなくても、残ってたって事? 無駄骨?」
「それは違うぞ」
ヒミコが一転、真面目な目をした。
「お主が居たから……天子が望んでくれたから、妾は文を出した」
「ん……でも」
「柄にも無く、本来は禁忌じゃがな、お主の『未来』を読んでしまった……悪かったと思っておる」
「カア」
未来を……吸血鬼みたいな事を言う。
いや、不確定で無い分それ以上の力なのだろうか……ある意味、オッカナイな。
「ふふ。言ったであろう。妾は全知全能なるぞ? 過去も、未来も……そして今も、な」
「な、アンタ……神様特権かなんか使ったって事なの!?」
「ククク、さぁてな……なぁ?」
「カカカッ!」
ヤタと顔を見合わせ、小馬鹿にしたように笑う。なんだか、悔しくなってきた。
「まあ、どちらにしても幻想郷に居る姪娘の一柱が莫迦な真似をしてな……残らざるを得なんだ。
ヤタに楔を掛けおってからに……莫迦な真似を。お主も知っておろう?」
「ヤタに?」
「カア」
ヤタ……八咫烏……
「あ、莫迦鴉(空)」
「……まぁそうじゃな」
「クワッ!」
成程、何らかの形で幻想郷に縛られているのか。
「それは兎も角じゃ……妾はこれからも此処に居る」
そう言って、ヒミコは私の頭を撫でた。
「ただ妾も卑し女とはいえ、仕事がある。先も言ったが、常には此処に居れんのじゃ」
「『太陽』の仕事って事?」
「そんな所じゃ。『岩戸』にでも隠れん限りな」
笑えないゴッドジョークね。
「妾の仕事、持ち場は亜細亜圏だけじゃ。他はラーやアポロン、ラグナ達が持ってくれているのでのぅ」
「よく分かんないけど……此処に居るって事ね?」
「ああ。日中は此処に居ようぞ」
「カア!」
なんとも、まぁ……
「や、やったぁ……」
私はその場にへたってしまった。
溜っていた感情が目からポロポロと溢れ出してしまった。
「こ、これ、泣くでない」
「あ、え、う、うん……だって……」
「か、カア」
安堵。喜び。
「うむ。まあ、難しく考えない様にしようぞ」
「え、ええ。そうね……」
そうだ。簡単な事だった。
「これからも宜しくね。ヒミコ」
私は手を取った。彼女も微笑んで、手を握った。
「ああ、もう逃げんよ。宜しく頼む……『友』よ」
「カア!」
ヤタが私の頬に頭を擦りつけた。
「ふふ。そうね。アナタも友達よ」
「カァ!」
そうして私達は、暫くの間、手を取り合っていた。
* * * * * * *
……夢を見た。私が忘れていた、『女性』の顔を。
……夢で出逢った。我が愛しき、『永遠の娘』に。
きっと<貴女・お主>の御蔭なんだ。ありがとう……我が『友』よ。
* * * * * * *
―――朝は必ず来る。
そして私はほぼ毎日、日の出と共に家から駆け出すようになった。
勿論、目的の場所は決まっている。
「やっほぉ!」
目の前には一人と一羽。
「お主も早いのぅ」
「カア」
「へへ。造作も無いわ!」
だって、友達に会う為ですもの。
「ねえ。不思議な夢を見たの!」
「ほぉ。妾もじゃ。不思議なもんじゃのぅ」
「ふふふ。そうね!」
「クワァ!」
ねぇ。母様。
天界も少しはマシな所になりました。私は今日も、元気です。
「へへ。あ! そうだ。今日は何の話してくれるの?」
「うむ、そうだな……では妾の昔の知人と、その娘の話をしてやろう」
「知人?」
「ああ。昔、イワナガとサクヤという娘子がおってな……―――」
……変わった友達も、できたしね。
今回も楽しませてもらいましたー。
友達思いの天子可愛いよ天子。俺にくだs(ピチューン
ヤタはお空と関係あるかなーと思ってましたがやっぱり関係ありましたか。
ちょくちょく挟まっていた夢の件で、実は天子と輝夜は友人なのかな?って半分思いながら読んでました。
が、改めて読み直すと天子とヒミコのことだったのかな?と思いなおしてみたりww
流石にこの時間だと眠くて頭が回らないww回らないww
>伝聞だけだとイヨより我儘娘ですねw
別に自分は気にしないけど手紙だから「w」より(笑)にした方がいいかも知れないね。
次の次からは長編とのことなので更に楽しみで仕方がないです。
リグルがどうなってしまうのか気になる……
ヒミコの正体はとんでもなかったんですね。
それと少し気になったことはヒミコはアジア圏担当、ラーはアフリカ圏、
アポロンはヨーロッパ圏ということになるんですか?
そうすると世界中の神様がそんな感じで自然を司って仕事してるんですかね?
面白かったですよ!次も期待してます
自分の息子をへりくだっていう語。とありますので、
これだと天子が男になってしまいます…
因みに今回の話は、『かみさまっ!』シリーズを見て頂けると、話が合致すると思いますよ。
後、ご指摘ありがとうございます。修正しました。
・4番様> 前篇の後書きにもある様に、『卑弥呼=天照』説は有名なので用いました。
世界中の神様というか、今回のケースは『太陽神組合』です。身内の愚痴り合いとかしてそうw
・8番様> 天子のバトルシーン……弾幕ごっこなら考えましたが、『ガチ』だと天人には何も利かないので、困ります。
神様なら別かな?
・10番様> ご指摘ありがとうございます。訂正いたしました。
待ってました!最近確認してなかったからマジ驚きです(°□°;)
神話とか大好きな自分にとってはまさしく神の賜物。次回を楽しみにしてます!
三年も前の話で更新が止まってるからきっと続きは期待できないんだろうけど、今になってこの作品に出会えたことここにコメントしておきます