月が美しく輝く頃、神社に着いた私が見たものは、有体に言って阿鼻叫喚の図だった。
四方八方から聞こえる呻き声。
両手で鼻を覆っても流れ込んでくる臭気。
先の通り視界に映るのは、不気味に蠢く人や妖怪。
そして、満ち満ちた杯を高らかと掲げ、意味不明な咆哮をあげる鬼フタリ――萃香さんと勇儀さん。
今日は確かに、宴会を行うと聞いていた。
参加人数が多いとも聞いていた。
しかし、この有様は。
至る経緯は解らなかったが、無意識に、私は一歩二歩と後退していた。
ぱき、と小気味の良い音が耳に伝わる。
枯れ枝を踏んだのだろう。
――思ったと同時、眼前の空間が捻じれた。
「あら、いい経路で来たわね、早苗」
そんな芸当を容易く行えるのは、幻想郷に数いる妖怪の中でも、ヒトリしかいない。
ヒトリいれば十二分だろうと思わないでもない。
藍さんもできるんだっけ。
ともかく――私に声をかけたのは、何処からか調達した木製のベンチに座る、‘結界の大妖‘八雲紫さんだった。
「え、と。こんばんは、紫さん」
「はぁい、こんばんは」
「どういう……?」
意味でしょう――挨拶の言葉を問うと、紫さんは暫し目を泳がせた。
「んー、あのフタリに見つかっていないでしょう? だから、いい経路」
「いいも何も、大概の方は玄関を使わず此方から来ますが……」
「意味ないわよね、アレ」
主でさえほとんど使っていないと聞く。
はぐらかされて、気付いた。
恐らく、紫さんは神社がこの状態になってからずっとこうしているんだろう。
萃香さんや勇儀さんの相手をするのが面倒と言う訳ではなく、彼女たちから来訪者を守るために。
それだけではないだろうが、一瞬見えた躊躇いに、なんとなくそう思う。
推測を頭の中で浮かべると、彼女は、少し困ったような微苦笑を向けてきた。
確認するのは野暮と言うもの。
思った私は、別のことを問う。
勿論、この状態に至った経緯だ。
「話すと長くなるんだけど……」
近づく私に、頬を掻き、紫さんは静かに応えてくれた。
「発端は、にとりがキスメの桶に興味を持ったことなの」
「当事者のにとりさんが見当たらないような……?」
「ええ。だから、発端」
紆余曲折があったのだろう。
「キスメの桶って丈夫でしょう?」
「にとりさんが好きそうな話です」
「でも、萃香と勇儀はそう捉えなかった」
ウチの娘に手ぇ出すならまず、私たちをノしてもらおうか――割と真剣に青筋を立てるおフタリが、簡単に想像できた。
「確かおフタリって、にとりさんの上司では?」
「そうねぇ。で、縮こまるにとりに、ヒーロー参上」
「阿求さんですか」
「……よくわかったわね」
「いえ、まぁ」
河童と人間は盟友ですし――目を瞬かせる紫さんに微苦笑を向け、私は続きを促す。
「あの子じゃ力や弾幕勝負はできないでしょう?」
「大概の方はできないと思います。特に前半」
「だから、お酒の飲み比べになったのよ」
何その無理ゲー。
「愛と酔いで成せる挑戦かしら」
「え。成せたんですか?」
「挑戦はね」
聞かなくてもある程度、結果の予想はついた。
私ほどではないとは言え、然して阿求さんもお酒に強い訳ではない。
数杯飲んだところでストップが入り、今は室内で横になっているのだろう。
自身の考えに頷いていると、紫さんが口に手を当て、ため息交じりに言った。
「ストップは入れたんだけどね。
あの子ったら、全然聞いてくれなくて。
結局、倒れるまで飲んで永遠亭に運ばれたわ」
……なるほど。だから、にとりさんもいないのか。
「其処から先は、もう滅茶苦茶。
盟友の仇打ちに魔理沙が先陣を切って、その後にアリスが続いて……。
まぁ、阿求ほど酷い状態の人間はいないのだけれど。妖怪はそも、酒に強いしね」
身体の小さなルーミアさんや橙さんが私よりも飲めるのだから、言う通りなのだろう。
「うーん、私ではなく、神奈子様と諏訪子様が来るべきでしたね」
相槌を打ちつつ、視線を彷徨わせる。
ほどなく、酩酊状態の魔理沙さんを見つけた。
アリスさんを中心に、魔理沙さんが右側、パチュリーさんが左側。
三名が倒れないためにだろう、アリスさんの後ろで小悪魔さんが腕を広げ地面に手をつけ、虚空を見つめていた。
「天魔と会談しているんだっけ?」
「ええ。『いてもしょうがない』と送り出していただきました」
「天狗も好きだからねぇ。あっちはあっちで似たようなことになっていると思うわよ」
視界を移す。
咲夜さんは美鈴さんと背中合わせ。
妖夢さんは、幽々子さんの胸を借りている。
……あれ。
見逃したのだろうか。
いや、見逃すはずがない。
私が、彼女を見逃す訳はない……と思うのだが。
「そう考えると、適材適所ね」
再度周囲を見渡していると、紫さんが、言った。
気を向けさせる程度の声量。
小さな呟き。
よくよく思い出すと、紫さんの声は、ずっと小さかった。
まるで、何かに配慮しているように。
……まさか。
視線をベンチの前側へと落とす。
「――彼女たちよりは貴女の方が、この子も、頼りやすいんじゃないかしら」
この場にいるべき、もう『一人』。
来訪時から私が探していた、『彼女』。
紫さんの膝を枕代わりにしている、『この子』。
博麗霊夢――霊夢さんが、ベンチに横たわっていた。
珍しい……いや、珍しすぎる光景だ。
呆気にとられた私は、無言で紫さんへと視線を移す。
気付いているのかいないのか、彼女も無言で、霊夢さんの髪をなでている。
「代わってもらえるかしら」
私への要望と気付くのに、少しの時間がかかった。
ただ首を縦に振る。
仮に、私以外だったとしてもそうしただろう。
強制するような言葉ではないはずなのに、不思議と拒否できない。
懐かしい感覚だ、と思った。
「ありがとう」
返答に目を細め、紫さんは霊夢さんの頭をゆっくりと持ち上げる。
「霊夢、少し揺らすわよ」
「んぁー……?」
「早苗」
薄らと開いた瞼の奥は虚ろで、覚醒には程遠い状態のようだ。
その様に思わず小さな笑い声を洩らしてしまう。
慌てて、私も霊夢さんの頭の下に手を入れた。
一瞬、三つの体温が重なる。
紫さんが立ち上がり、その空いた空間に、私は腰を下ろす。
「良い手ね」
「……はい?」
「貴女の手」
かかっていた膝の負荷を解すために、上下にさすりながら、紫さん。
膝の上に霊夢さんを下ろし、自身の両手を見つめる。
意味がよくわからなかった。
先ほどの私と同じような声が耳に入り、視線をあげる。
「ほどほどの手入れに少しのあかぎれ。いいお母さんになれるわ」
「……からかわないでください」
「本心なのだけれど」
どのみち、からかっているに違いない。
紫さんが笑った。
視線を逸らし、間を置く。
どうにも語勢が強くなってしまった――そう思い、息を吸う。
酒の匂い、木々の匂い、そして……ともかく、私は落ち着いた。
「じゃあ、暫くお願いね」
少し離れた場所。
手の届かない距離。
何時の間にか動いていた紫さんの、声が届く。
「何処に?」
「いい加減、彼女たちを止めないと」
「飲み比べですよね。……正気ですか?」
落ち着いたはずなのに――私は、顔を微かに歪ませた。
一拍の後。
恐らく、私の表情が戻るのを待ったのだろう。
長い髪を耳元で押さえ、振り向き、紫さんはウィンクをした。
「私を何だと思って?」
「……最強の、妖怪」
「よくできました」
返答に手を振り応え、彼女は、自身が創りだした結界の外へと出た。
「……なんだかな」
呟きが漏れ、苦笑する。
何の意味もない言葉は、けれど無為には消えなかった。
くぐもった声が下の方から聞こえる。
起こしてしまっただろうか。
膝をくすぐる柔らかい感触――頬だ――に、胸を撫でおろす。
今のような状況であっても霊夢さんが易々と誰かを頼るとは思えない。
紫さんはあぁ言っていたが、それは私でも同じだろう。
だから、浮かんだ心配は杞憂だった。
甘えるように顔を二三度振る霊夢さんは、起きてはいないだろう。
視界に映る彼女の頬は赤みを帯びている。
普段は然程でもないから、お酒の所為だろう。
行動と相まって、より幼く、可愛らしく、思えた。
そっと手をあて人差し指の腹でつつく。
伝わったのは、熱と弾力。
癖になりそうだ。
「なんてね」
「くすぐったい」
「……霊夢さん?」
どうやら今度は起こしてしまったようだ。
証拠に、手が重ねられる。
そのまま数度、撫でられた。
くすぐったい――浮かんだ言葉は同じだったけれど、きっと、捉え方は違うんだろう。
「……早苗?」
「ええ。こんばんは」
「こばはぁって、んぅ、呂律が回らない」
言って、霊夢さんはもどかしそうに喉を鳴らす。
存外に甘過ぎる響き。
くらりとした。
どうにも……彼女のことだと、私はおかしくなる。今も、先ほども。わかってはいるのだけれど。
「どったの?」
顔の向きを変え、怪訝な表情で聞いてくる。
応えられる訳がないと思い、曖昧な笑みを浮かべた。
出鱈目に勘が良いと言われる彼女だが、何故か、私は対象外なのだ。
もう一人。いや、もうヒトリ。あのヒトも、か。
「んー……って、そいや、どうして、私は早苗の膝借りてるの?」
「あの――紫さんから引きついたんですよ」
「紫……? 覚えがない」
眉間に皺を刻み、霊夢さんは渋面を浮かべた。
だと言うのに――
「気を許されているんですね」
――口から洩れたのは、詰るような響き。
目眩を覚える。
どうしてこんな言い方をしてしまうんだろう。
胸の内で滾る感情は、嫉妬よりも焼きもちと呼んだ方が適当だ。
それほど、自身でも幼いと思う。
「と言うか、途中から全部ぶっ飛んじゃってるんだけど」
「……そんなに飲まれるなんて。いけませんよ」
「あぃ」
かくん、と頷き、ぽふ、と戻ってくる。
「あいつ……紫ってさ、出鱈目でしょ?
能力だけならまだしも、行動も変じゃない。
だから、気を許す云々じゃなくて、気にしたら負けなのよ」
流石にそれは言い過ぎじゃなかろうか。
霊夢さんの力強い宣言に、私は微苦笑を浮かべた。
心底そう思っているのだろう、握り拳を振り上げている。
言葉はともかく行為を嗜めようと彼女の腕を掴む、その直前。
「それに、さ」
掴もうとしていた手が、押し広げられる。
私よりも少し小さい霊夢さんの手。
左手が重なった。
そして、人差し指に、人差し指を、絡めとられる。
「気を許すっての言うのは、こういうことじゃないかしら」
悪戯気に、霊夢さんは笑った。
どれだけ頭を動かしても、言葉が浮かばない。
だから、抱きしめようとした。
抱きしめられていた。
……あれ?
「んー、ふかふかで冷やっこくて、気持ちいいー」
何時の間にか態勢を変えた霊夢さんが、私の胸に顔をうずめていた。
「……いいんですけどね。私が冷たいんじゃなくて、貴女が熱いんです」
「発火性おっぱい?」
「何も出ません」
「飛び出そう。ふるふるするとぷるぷるしてる」
「流石にこそばゆいです。……酔い、ぜんっぜん抜けてませんね」
肩を掴み、密着している状態をただす。
そのままだと色々と危険だ。
霊夢さんが――いやいや。
見上げてくる瞳は潤みを帯びていて、見下ろす頬は依然として桜色。
「酔ってませ~ん! 私は全然、酔ってませ~ん! ……ふあぅ」
まぁ、それもこれもお酒の所為なんだけど。
わかっている。
わかっているのに、早くなる。
微かに触れている胸の鼓動が、あぁ、ばれてはいないだろうか。
いや――いっそのこと言ってしまおうか。
唐突に浮かんだ思考が、更に鼓動を早くした。
息苦しいのは、頬が熱を放つのは、お酒の所為じゃない。
伝わる振動は穏やかだけれど、私と同じようにできるだろうか。
儚き想いに胸の内で祈り、私は、額に額を重ねた。
「……早苗?」
「霊夢さん」
「はぁい」
――声は、少し離れた所から聞こえてきた。
視線を前方に投げる。
霊夢さんも振り向いた。
私たちの視界に映るのは、ヒトリ。
上機嫌に手を振る、紫さんだった。
「ただいまぁ。
霊夢、起きてたのね……って、あ、あら?
もしかして、や、もしかしなくても邪魔だった!?」
二つの双眸を向けられ、それはもう大層な狼狽ぶりを見せる紫さん。
小首を傾げ、霊夢さんは胡乱気に肩を竦める。
だから、私も微苦笑を浮かべるに留めた。
小さな、本当に微かな溜息は、きっと誰にもばれていない――。
「何の話よ。と言うか、どっか行ってたの?」
「飲み比べにです。結果は……?」
「えぇっと」
おっかなびっくりと言った風に、紫さんが距離を詰めてくる。
「結局、ドローにしてきたわ」
ドロー?
私と霊夢さんの声が重なった。
仮に言葉通りであれば、それはそれで凄いと思う。
頷き、紫さんは続ける。
「口に隙間を作ったのよ。
出口はキスメの桶の中。
そして、萃香と勇儀は泥仕合中」
なるほど、あのおフタリならそうなるだろう。
「いや、だから、なんでキスメのことになるとあいつらは」
「あれ? おフタリが飲み比べしているということは、キスメさんは?」
「私が温泉に連れて行ってあげてもよかったんだけどね。こっちも気になったし、蘇ってた子に頼んだわ」
ご自身でするよりは……。
いや、そんなこともないか。
今の紫さんには、不可思議なほどの包容力が感じられた。
でも、誰に頼んだんだろう。
小首を傾げる私の視界に、くるんと回される何かが入る。
隙間から取り出したんだろう、紫さんの日傘だ。
あー……。
「唐傘お化けの……あ、貴女たちは知っているわね。小傘にお願いしたの」
合掌。
きょとんとするおフタリ。
それでも暫く、私は手を合わせ続けた。
風が吹く。
熱気と酒気が身体に纏わりついた。
だけど、顔を顰めはしない――原因の一人が、膝の上に頭を乗せてくれているのだから。
ふぁう、と可愛らしい音が一つ。
口に両手をあてる霊夢さん。
どうやら限界のようだ。
しかし、眠りに落ちる前に、少しだけ体を動かしてもらわなくては。
「早苗」
霊夢さんの足をベンチから降ろそうとする私に、紫さんからの声がかかる。
見上げると、彼女は微笑みながら、首を横に振った。
彼我の距離は、腰を曲げ手を伸ばせば届く範囲。
ありがとう、でも、そのままにしてあげて――浮かぶ表情から、そう読み取った。
「……霊夢、貴女もお休みなのね」
「なに、あんたも寝るの?」
「じゃなくて」
ちらりと振り返る。
つられて、私も視線を飛ばした。
到着した時、阿鼻叫喚と評した縁側が随分と落ち着いている。
其処ら中から聞こえていた呻き声も、寝息へと変わっていた。
……鬼のおフタリがそのままなのは、まぁ致し方なし。
「ほんとに、もぅ……しょうがない子たち」
誰に聞かせる訳でもない、呟き。
小さく零す紫さんの表情は、先ほどから変わっていなかった。
彼女は何時も、宴の終わりにこんなことを言っているんじゃないだろうか。
普段は真っ先に潰れる私だから覚えはないが、なんとなく、そう思う。
「しょうがなくなーい。私も、みんなも、しょうがなくなーい」
呟きは、霊夢さんにも聞こえていたようだ。
言いつつも顔を横に振り続ける。
……あ、力尽きた。
額に貼りつき目に入りそうな霊夢さんの前髪を、私は、指で払う。
「貴女や早苗のことじゃないわ。
勿論、魔理沙や咲夜、それと阿求もね。
だって、貴女たちはまだ、百年も生きていないでしょう?」
平素なら反発しかねない子供扱い――人間扱いだろうか――も、今は何故か、心地よく感じた。
けれど、紫さんは勘違いしている。
だから、私はくすりと笑った。
こんなことで優越感を抱くんだ――子供扱いも、仕方ないだろう。
「どうかした、早苗?」
「はい。霊夢さんの『みんな』は」
「……そうだったわね。しかも、際限なく広がっている」
そう、彼女の言う『みんな』は、眼前の方々は言わずもがな、人妖問わず、含まれていた。
膝にくすぐったい感触。
力尽きたはずの霊夢さんが、右に左に、顔を振っている。
正面から落ちる時はかくんと、正面に戻ってくる時はぐぐっと。
本当に落ちる寸前なのだろう。
小さく開かれる口もそう推測させる。
最後の最後に、霊夢さんは、言った。
「それもだけど、そうじゃないの。
もう少し私も年をとってさ。
結婚して、子供ができて」
指が下瞼に触れる。
私のものではない。
勿論、霊夢さんでも。
怪訝な顔をした紫さんが、それでも、隙間経由で目元を拭ってくれた。
「そう、だからね、私がおばさんになっても、みんなで、こんな風に、騒ぎたいわ」
一つの岐路だと、思った。
「貴女がおばさんだなんて、私はおばあさんになっちゃうじゃない」
「んぅ? あんたはずっとそのままでしょ」
「いや、まぁ、そうね」
渾身の軽口を一瞬でいなされ、紫さんは地面にのの字を書く。
直立の姿勢は変わっていない。
隙間を無駄に使っている。
「と言うか、それだとさっきの反論にならないんじゃ……?」
白い手袋に土が滲むように付着する――湿っているのだから、当然だ。
「うぎぎ?」
その下の指は、ほどほどに手入れされていて、少しあかぎれているのだろう。
推測が、不意に浮かんだ。
きっと当たっている。
「ともかく、勿論、あんたも、早苗も、一緒によ?」
「私は妖怪だから。――貴女は?」
「私は……私も――」
向けられる二つの双眸。
そっと重ねられる左手。
柔らかく肩を包む両腕。
どんな形になっていようと。
どんな関係になっていようと。
彼女の願いを叶えたいと、思う
「――私も、一緒、です」
言い終えると同時、寝息が耳に聞こえてきた。
私の声は届いたのだろうか。
少し不安になる。
「……大丈夫。
聞こえているわよ
だって、ほら――」
促されて見つめた寝顔に浮かぶのは、穏やかな笑み。
或いは、彼女たちの願いなのかもしれない――そう思いながら、微笑む紫さんに、笑い返す。
「貴女も、そろそろ」
「飲んではいませんけど。でも……」
「ええ。見ていてあげるから、安心なさいな」
暖気を伴い広がる結界に、膝の上の少女と同じく、私も、瞼を落とした。
「おやすみなさい、早苗」
おやすみなさい、紫さん。
おやすみなさい、霊夢さん。
望まれるなら、望んでくれるなら。
どんな形になっていようと、どんな関係になっていようと、貴女の傍に、ずっと一緒にいたいと、おもいます――。
<了>
四方八方から聞こえる呻き声。
両手で鼻を覆っても流れ込んでくる臭気。
先の通り視界に映るのは、不気味に蠢く人や妖怪。
そして、満ち満ちた杯を高らかと掲げ、意味不明な咆哮をあげる鬼フタリ――萃香さんと勇儀さん。
今日は確かに、宴会を行うと聞いていた。
参加人数が多いとも聞いていた。
しかし、この有様は。
至る経緯は解らなかったが、無意識に、私は一歩二歩と後退していた。
ぱき、と小気味の良い音が耳に伝わる。
枯れ枝を踏んだのだろう。
――思ったと同時、眼前の空間が捻じれた。
「あら、いい経路で来たわね、早苗」
そんな芸当を容易く行えるのは、幻想郷に数いる妖怪の中でも、ヒトリしかいない。
ヒトリいれば十二分だろうと思わないでもない。
藍さんもできるんだっけ。
ともかく――私に声をかけたのは、何処からか調達した木製のベンチに座る、‘結界の大妖‘八雲紫さんだった。
「え、と。こんばんは、紫さん」
「はぁい、こんばんは」
「どういう……?」
意味でしょう――挨拶の言葉を問うと、紫さんは暫し目を泳がせた。
「んー、あのフタリに見つかっていないでしょう? だから、いい経路」
「いいも何も、大概の方は玄関を使わず此方から来ますが……」
「意味ないわよね、アレ」
主でさえほとんど使っていないと聞く。
はぐらかされて、気付いた。
恐らく、紫さんは神社がこの状態になってからずっとこうしているんだろう。
萃香さんや勇儀さんの相手をするのが面倒と言う訳ではなく、彼女たちから来訪者を守るために。
それだけではないだろうが、一瞬見えた躊躇いに、なんとなくそう思う。
推測を頭の中で浮かべると、彼女は、少し困ったような微苦笑を向けてきた。
確認するのは野暮と言うもの。
思った私は、別のことを問う。
勿論、この状態に至った経緯だ。
「話すと長くなるんだけど……」
近づく私に、頬を掻き、紫さんは静かに応えてくれた。
「発端は、にとりがキスメの桶に興味を持ったことなの」
「当事者のにとりさんが見当たらないような……?」
「ええ。だから、発端」
紆余曲折があったのだろう。
「キスメの桶って丈夫でしょう?」
「にとりさんが好きそうな話です」
「でも、萃香と勇儀はそう捉えなかった」
ウチの娘に手ぇ出すならまず、私たちをノしてもらおうか――割と真剣に青筋を立てるおフタリが、簡単に想像できた。
「確かおフタリって、にとりさんの上司では?」
「そうねぇ。で、縮こまるにとりに、ヒーロー参上」
「阿求さんですか」
「……よくわかったわね」
「いえ、まぁ」
河童と人間は盟友ですし――目を瞬かせる紫さんに微苦笑を向け、私は続きを促す。
「あの子じゃ力や弾幕勝負はできないでしょう?」
「大概の方はできないと思います。特に前半」
「だから、お酒の飲み比べになったのよ」
何その無理ゲー。
「愛と酔いで成せる挑戦かしら」
「え。成せたんですか?」
「挑戦はね」
聞かなくてもある程度、結果の予想はついた。
私ほどではないとは言え、然して阿求さんもお酒に強い訳ではない。
数杯飲んだところでストップが入り、今は室内で横になっているのだろう。
自身の考えに頷いていると、紫さんが口に手を当て、ため息交じりに言った。
「ストップは入れたんだけどね。
あの子ったら、全然聞いてくれなくて。
結局、倒れるまで飲んで永遠亭に運ばれたわ」
……なるほど。だから、にとりさんもいないのか。
「其処から先は、もう滅茶苦茶。
盟友の仇打ちに魔理沙が先陣を切って、その後にアリスが続いて……。
まぁ、阿求ほど酷い状態の人間はいないのだけれど。妖怪はそも、酒に強いしね」
身体の小さなルーミアさんや橙さんが私よりも飲めるのだから、言う通りなのだろう。
「うーん、私ではなく、神奈子様と諏訪子様が来るべきでしたね」
相槌を打ちつつ、視線を彷徨わせる。
ほどなく、酩酊状態の魔理沙さんを見つけた。
アリスさんを中心に、魔理沙さんが右側、パチュリーさんが左側。
三名が倒れないためにだろう、アリスさんの後ろで小悪魔さんが腕を広げ地面に手をつけ、虚空を見つめていた。
「天魔と会談しているんだっけ?」
「ええ。『いてもしょうがない』と送り出していただきました」
「天狗も好きだからねぇ。あっちはあっちで似たようなことになっていると思うわよ」
視界を移す。
咲夜さんは美鈴さんと背中合わせ。
妖夢さんは、幽々子さんの胸を借りている。
……あれ。
見逃したのだろうか。
いや、見逃すはずがない。
私が、彼女を見逃す訳はない……と思うのだが。
「そう考えると、適材適所ね」
再度周囲を見渡していると、紫さんが、言った。
気を向けさせる程度の声量。
小さな呟き。
よくよく思い出すと、紫さんの声は、ずっと小さかった。
まるで、何かに配慮しているように。
……まさか。
視線をベンチの前側へと落とす。
「――彼女たちよりは貴女の方が、この子も、頼りやすいんじゃないかしら」
この場にいるべき、もう『一人』。
来訪時から私が探していた、『彼女』。
紫さんの膝を枕代わりにしている、『この子』。
博麗霊夢――霊夢さんが、ベンチに横たわっていた。
珍しい……いや、珍しすぎる光景だ。
呆気にとられた私は、無言で紫さんへと視線を移す。
気付いているのかいないのか、彼女も無言で、霊夢さんの髪をなでている。
「代わってもらえるかしら」
私への要望と気付くのに、少しの時間がかかった。
ただ首を縦に振る。
仮に、私以外だったとしてもそうしただろう。
強制するような言葉ではないはずなのに、不思議と拒否できない。
懐かしい感覚だ、と思った。
「ありがとう」
返答に目を細め、紫さんは霊夢さんの頭をゆっくりと持ち上げる。
「霊夢、少し揺らすわよ」
「んぁー……?」
「早苗」
薄らと開いた瞼の奥は虚ろで、覚醒には程遠い状態のようだ。
その様に思わず小さな笑い声を洩らしてしまう。
慌てて、私も霊夢さんの頭の下に手を入れた。
一瞬、三つの体温が重なる。
紫さんが立ち上がり、その空いた空間に、私は腰を下ろす。
「良い手ね」
「……はい?」
「貴女の手」
かかっていた膝の負荷を解すために、上下にさすりながら、紫さん。
膝の上に霊夢さんを下ろし、自身の両手を見つめる。
意味がよくわからなかった。
先ほどの私と同じような声が耳に入り、視線をあげる。
「ほどほどの手入れに少しのあかぎれ。いいお母さんになれるわ」
「……からかわないでください」
「本心なのだけれど」
どのみち、からかっているに違いない。
紫さんが笑った。
視線を逸らし、間を置く。
どうにも語勢が強くなってしまった――そう思い、息を吸う。
酒の匂い、木々の匂い、そして……ともかく、私は落ち着いた。
「じゃあ、暫くお願いね」
少し離れた場所。
手の届かない距離。
何時の間にか動いていた紫さんの、声が届く。
「何処に?」
「いい加減、彼女たちを止めないと」
「飲み比べですよね。……正気ですか?」
落ち着いたはずなのに――私は、顔を微かに歪ませた。
一拍の後。
恐らく、私の表情が戻るのを待ったのだろう。
長い髪を耳元で押さえ、振り向き、紫さんはウィンクをした。
「私を何だと思って?」
「……最強の、妖怪」
「よくできました」
返答に手を振り応え、彼女は、自身が創りだした結界の外へと出た。
「……なんだかな」
呟きが漏れ、苦笑する。
何の意味もない言葉は、けれど無為には消えなかった。
くぐもった声が下の方から聞こえる。
起こしてしまっただろうか。
膝をくすぐる柔らかい感触――頬だ――に、胸を撫でおろす。
今のような状況であっても霊夢さんが易々と誰かを頼るとは思えない。
紫さんはあぁ言っていたが、それは私でも同じだろう。
だから、浮かんだ心配は杞憂だった。
甘えるように顔を二三度振る霊夢さんは、起きてはいないだろう。
視界に映る彼女の頬は赤みを帯びている。
普段は然程でもないから、お酒の所為だろう。
行動と相まって、より幼く、可愛らしく、思えた。
そっと手をあて人差し指の腹でつつく。
伝わったのは、熱と弾力。
癖になりそうだ。
「なんてね」
「くすぐったい」
「……霊夢さん?」
どうやら今度は起こしてしまったようだ。
証拠に、手が重ねられる。
そのまま数度、撫でられた。
くすぐったい――浮かんだ言葉は同じだったけれど、きっと、捉え方は違うんだろう。
「……早苗?」
「ええ。こんばんは」
「こばはぁって、んぅ、呂律が回らない」
言って、霊夢さんはもどかしそうに喉を鳴らす。
存外に甘過ぎる響き。
くらりとした。
どうにも……彼女のことだと、私はおかしくなる。今も、先ほども。わかってはいるのだけれど。
「どったの?」
顔の向きを変え、怪訝な表情で聞いてくる。
応えられる訳がないと思い、曖昧な笑みを浮かべた。
出鱈目に勘が良いと言われる彼女だが、何故か、私は対象外なのだ。
もう一人。いや、もうヒトリ。あのヒトも、か。
「んー……って、そいや、どうして、私は早苗の膝借りてるの?」
「あの――紫さんから引きついたんですよ」
「紫……? 覚えがない」
眉間に皺を刻み、霊夢さんは渋面を浮かべた。
だと言うのに――
「気を許されているんですね」
――口から洩れたのは、詰るような響き。
目眩を覚える。
どうしてこんな言い方をしてしまうんだろう。
胸の内で滾る感情は、嫉妬よりも焼きもちと呼んだ方が適当だ。
それほど、自身でも幼いと思う。
「と言うか、途中から全部ぶっ飛んじゃってるんだけど」
「……そんなに飲まれるなんて。いけませんよ」
「あぃ」
かくん、と頷き、ぽふ、と戻ってくる。
「あいつ……紫ってさ、出鱈目でしょ?
能力だけならまだしも、行動も変じゃない。
だから、気を許す云々じゃなくて、気にしたら負けなのよ」
流石にそれは言い過ぎじゃなかろうか。
霊夢さんの力強い宣言に、私は微苦笑を浮かべた。
心底そう思っているのだろう、握り拳を振り上げている。
言葉はともかく行為を嗜めようと彼女の腕を掴む、その直前。
「それに、さ」
掴もうとしていた手が、押し広げられる。
私よりも少し小さい霊夢さんの手。
左手が重なった。
そして、人差し指に、人差し指を、絡めとられる。
「気を許すっての言うのは、こういうことじゃないかしら」
悪戯気に、霊夢さんは笑った。
どれだけ頭を動かしても、言葉が浮かばない。
だから、抱きしめようとした。
抱きしめられていた。
……あれ?
「んー、ふかふかで冷やっこくて、気持ちいいー」
何時の間にか態勢を変えた霊夢さんが、私の胸に顔をうずめていた。
「……いいんですけどね。私が冷たいんじゃなくて、貴女が熱いんです」
「発火性おっぱい?」
「何も出ません」
「飛び出そう。ふるふるするとぷるぷるしてる」
「流石にこそばゆいです。……酔い、ぜんっぜん抜けてませんね」
肩を掴み、密着している状態をただす。
そのままだと色々と危険だ。
霊夢さんが――いやいや。
見上げてくる瞳は潤みを帯びていて、見下ろす頬は依然として桜色。
「酔ってませ~ん! 私は全然、酔ってませ~ん! ……ふあぅ」
まぁ、それもこれもお酒の所為なんだけど。
わかっている。
わかっているのに、早くなる。
微かに触れている胸の鼓動が、あぁ、ばれてはいないだろうか。
いや――いっそのこと言ってしまおうか。
唐突に浮かんだ思考が、更に鼓動を早くした。
息苦しいのは、頬が熱を放つのは、お酒の所為じゃない。
伝わる振動は穏やかだけれど、私と同じようにできるだろうか。
儚き想いに胸の内で祈り、私は、額に額を重ねた。
「……早苗?」
「霊夢さん」
「はぁい」
――声は、少し離れた所から聞こえてきた。
視線を前方に投げる。
霊夢さんも振り向いた。
私たちの視界に映るのは、ヒトリ。
上機嫌に手を振る、紫さんだった。
「ただいまぁ。
霊夢、起きてたのね……って、あ、あら?
もしかして、や、もしかしなくても邪魔だった!?」
二つの双眸を向けられ、それはもう大層な狼狽ぶりを見せる紫さん。
小首を傾げ、霊夢さんは胡乱気に肩を竦める。
だから、私も微苦笑を浮かべるに留めた。
小さな、本当に微かな溜息は、きっと誰にもばれていない――。
「何の話よ。と言うか、どっか行ってたの?」
「飲み比べにです。結果は……?」
「えぇっと」
おっかなびっくりと言った風に、紫さんが距離を詰めてくる。
「結局、ドローにしてきたわ」
ドロー?
私と霊夢さんの声が重なった。
仮に言葉通りであれば、それはそれで凄いと思う。
頷き、紫さんは続ける。
「口に隙間を作ったのよ。
出口はキスメの桶の中。
そして、萃香と勇儀は泥仕合中」
なるほど、あのおフタリならそうなるだろう。
「いや、だから、なんでキスメのことになるとあいつらは」
「あれ? おフタリが飲み比べしているということは、キスメさんは?」
「私が温泉に連れて行ってあげてもよかったんだけどね。こっちも気になったし、蘇ってた子に頼んだわ」
ご自身でするよりは……。
いや、そんなこともないか。
今の紫さんには、不可思議なほどの包容力が感じられた。
でも、誰に頼んだんだろう。
小首を傾げる私の視界に、くるんと回される何かが入る。
隙間から取り出したんだろう、紫さんの日傘だ。
あー……。
「唐傘お化けの……あ、貴女たちは知っているわね。小傘にお願いしたの」
合掌。
きょとんとするおフタリ。
それでも暫く、私は手を合わせ続けた。
風が吹く。
熱気と酒気が身体に纏わりついた。
だけど、顔を顰めはしない――原因の一人が、膝の上に頭を乗せてくれているのだから。
ふぁう、と可愛らしい音が一つ。
口に両手をあてる霊夢さん。
どうやら限界のようだ。
しかし、眠りに落ちる前に、少しだけ体を動かしてもらわなくては。
「早苗」
霊夢さんの足をベンチから降ろそうとする私に、紫さんからの声がかかる。
見上げると、彼女は微笑みながら、首を横に振った。
彼我の距離は、腰を曲げ手を伸ばせば届く範囲。
ありがとう、でも、そのままにしてあげて――浮かぶ表情から、そう読み取った。
「……霊夢、貴女もお休みなのね」
「なに、あんたも寝るの?」
「じゃなくて」
ちらりと振り返る。
つられて、私も視線を飛ばした。
到着した時、阿鼻叫喚と評した縁側が随分と落ち着いている。
其処ら中から聞こえていた呻き声も、寝息へと変わっていた。
……鬼のおフタリがそのままなのは、まぁ致し方なし。
「ほんとに、もぅ……しょうがない子たち」
誰に聞かせる訳でもない、呟き。
小さく零す紫さんの表情は、先ほどから変わっていなかった。
彼女は何時も、宴の終わりにこんなことを言っているんじゃないだろうか。
普段は真っ先に潰れる私だから覚えはないが、なんとなく、そう思う。
「しょうがなくなーい。私も、みんなも、しょうがなくなーい」
呟きは、霊夢さんにも聞こえていたようだ。
言いつつも顔を横に振り続ける。
……あ、力尽きた。
額に貼りつき目に入りそうな霊夢さんの前髪を、私は、指で払う。
「貴女や早苗のことじゃないわ。
勿論、魔理沙や咲夜、それと阿求もね。
だって、貴女たちはまだ、百年も生きていないでしょう?」
平素なら反発しかねない子供扱い――人間扱いだろうか――も、今は何故か、心地よく感じた。
けれど、紫さんは勘違いしている。
だから、私はくすりと笑った。
こんなことで優越感を抱くんだ――子供扱いも、仕方ないだろう。
「どうかした、早苗?」
「はい。霊夢さんの『みんな』は」
「……そうだったわね。しかも、際限なく広がっている」
そう、彼女の言う『みんな』は、眼前の方々は言わずもがな、人妖問わず、含まれていた。
膝にくすぐったい感触。
力尽きたはずの霊夢さんが、右に左に、顔を振っている。
正面から落ちる時はかくんと、正面に戻ってくる時はぐぐっと。
本当に落ちる寸前なのだろう。
小さく開かれる口もそう推測させる。
最後の最後に、霊夢さんは、言った。
「それもだけど、そうじゃないの。
もう少し私も年をとってさ。
結婚して、子供ができて」
指が下瞼に触れる。
私のものではない。
勿論、霊夢さんでも。
怪訝な顔をした紫さんが、それでも、隙間経由で目元を拭ってくれた。
「そう、だからね、私がおばさんになっても、みんなで、こんな風に、騒ぎたいわ」
一つの岐路だと、思った。
「貴女がおばさんだなんて、私はおばあさんになっちゃうじゃない」
「んぅ? あんたはずっとそのままでしょ」
「いや、まぁ、そうね」
渾身の軽口を一瞬でいなされ、紫さんは地面にのの字を書く。
直立の姿勢は変わっていない。
隙間を無駄に使っている。
「と言うか、それだとさっきの反論にならないんじゃ……?」
白い手袋に土が滲むように付着する――湿っているのだから、当然だ。
「うぎぎ?」
その下の指は、ほどほどに手入れされていて、少しあかぎれているのだろう。
推測が、不意に浮かんだ。
きっと当たっている。
「ともかく、勿論、あんたも、早苗も、一緒によ?」
「私は妖怪だから。――貴女は?」
「私は……私も――」
向けられる二つの双眸。
そっと重ねられる左手。
柔らかく肩を包む両腕。
どんな形になっていようと。
どんな関係になっていようと。
彼女の願いを叶えたいと、思う
「――私も、一緒、です」
言い終えると同時、寝息が耳に聞こえてきた。
私の声は届いたのだろうか。
少し不安になる。
「……大丈夫。
聞こえているわよ
だって、ほら――」
促されて見つめた寝顔に浮かぶのは、穏やかな笑み。
或いは、彼女たちの願いなのかもしれない――そう思いながら、微笑む紫さんに、笑い返す。
「貴女も、そろそろ」
「飲んではいませんけど。でも……」
「ええ。見ていてあげるから、安心なさいな」
暖気を伴い広がる結界に、膝の上の少女と同じく、私も、瞼を落とした。
「おやすみなさい、早苗」
おやすみなさい、紫さん。
おやすみなさい、霊夢さん。
望まれるなら、望んでくれるなら。
どんな形になっていようと、どんな関係になっていようと、貴女の傍に、ずっと一緒にいたいと、おもいます――。
<了>
レイサナいいよねレイサナ。
保護者全開のゆかりんも素敵です
早苗も霊夢も可愛いなあ。
ゆかりんはすっかり保護者ポジションだなぁ…