「楼観剣が曲がってしまったんです」
「知らんがな」
多くの人妖が暇潰しに訪れる博麗神社。
今日も魔理沙とアリスが連れ立って来ては勝手にお茶淹れてだべっていた。
そこへ現れた妖夢の開口一番出てきた台詞が先ほどのものである。
──ウチは鍛冶屋じゃないわよ。
そう口を開きかけたところ、妖夢が差し出した物を見て霊夢はその言葉を飲み込んだ。
抜き身の楼観剣はものの見事に曲がっていた。それも半ばほどから直角に。
これでは鍛冶屋に持って行ったところで溶かして材料にされるのが関の山だ。
「……曲がるって言うか折れてるんじゃないのかこれ」
いぶかしむように刀身をつまんで動かそうとしてみる魔理沙。
しかし、刀は初めからそうあるかのごとく、折れるどころか直角になった刀身は微動だにしなかった。
それを見ていたアリスも乗っかってくる。
「そもそもどういう経緯でこうなったのよ。
刀がこんな風に曲がるとか普通あり得ないでしょ」
ちゃんと打った刀は靭性があるので折れずに曲がるとは言うが。
触れば痛いほど綺麗に角を立てて曲がっているとなれば、単純に力を掛けたのではなさそうだ。
「それが今朝起きたらすでにこうなってて。昨晩手入れした時には何もなかったのに……。
何が何だかよくわからないけど、とりあえずおかしいことはわかったからここに来たわけで」
「そんなこと言われても。ウチは何でも屋じゃないし」
「そうね。ここで頼めるのは暴力で解決できることだけだから」
「刀は無理でも曲がった性根なら叩き直せるわよ。鉄拳で」
しれっと言う人形遣いを黙らせるべく暴力的な解決を迫る霊夢。
対するアリスもしゅっしゅっとジャブを繰り出して牽制してみたり。
「もう紫のせいってことでいいんじゃないか?
何かしら事件が起きたらたいてい紫のせいで丸く収まるのがお約束だろ」
横から魔理沙のナイスアイディア。
仮に犯人でなくとも、解決を紫に丸投げできるところがこの方策の素晴らしいところだ。
「私もその線は真っ先に浮かんだんだけど、紫様はここ数日幽々子様と町内会の慰安旅行にお出かけになられていて。
さすがに旅行中にわざわざ変なちょっかいだけ出してくるっていうのは無い……と思いたいな、と」
言葉を濁す妖夢。
ありそうな無さそうな五分五分な感じだが、どっちかと言えば主人やその友人を信じたくもある。立場的にそんな葛藤。
霊夢としてもうざいくらいに現れる紫の顔を数日見ていないので、その線は外すことにする。
「んじゃ紫が帰ってくるまで待てば?」
「でも刀がこれじゃ仕事にならなくて……。一応幽々子様の留守を任されている身だし」
「……と言っても、他に何か方法あんのかしらね」
膝突き合わせて話し合い、何人かの名前が挙がりはするものの。
曲がった刀を真っ直ぐに伸ばすだけならいざ知らず、完全に元の状態に復元するとなると話は別。
単純な怪力や様々な能力を持つ幻想郷の妖怪たちだが、こと物体に干渉する能力となれば紫の右に出る者はそうはいないのだ。
ああでもないこうでもない。
魔法の方を当たってみるかと意見が出た頃、考え込んでいたアリスが顔を上げた。
「ねぇ、魔理沙。ちょっとお使い頼まれてくれない?」
「あん? 何で私が」
「この中で一番速いのはあんたでしょ。私が行くより数段早いわ」
「そりゃそうだが。まあいいか、頼まれてやるから後でちゃんとお駄賃よこせよ」
クッキーとか所望するぞと念を押し、魔理沙はひょいと箒に跨り縁側から飛び立った。
◆
しばらくの後。
後ろに一人増やして魔理沙の箒は神社に戻ってきた。
箒から静かに降り立ち、愛想に乏しい半眼が霊夢たちを睥睨する。
「みなさん、おは幼女」
「……ええ、おはよう」
地底でごく一般的な挨拶である。
ちなみに夜の場合は「ロリこんばんは」。夜間に増えがちな不埒者への牽制も込めた合理的挨拶だ。
「で、何の用でしょうか。これでも管理職なので暇というわけではないんですが」
「急に呼びつけてごめんなさい。実は──」
アリスがざっとこれまでの経緯を説明する。
妖夢自身は何もしていないのに刀が曲がっていた。
曲がり方から人為的とは考えづらい──では刀自身に何か起こったのではないか。
ここ幻想郷では、九十九神のように長い時を経た物品に魂が宿ることは珍しくない。
ならば長く使い込まれた刀に魂や意志のようなものが宿ったという可能性もあるかもしれない。
そう考えたアリスは、その確認手段になりそうな古明地さとりを呼んだというわけである。
「なるほど、わかりました。では……」
さとりは楼観剣に意識を向け、ふむとうなずく。
「アリスさんの推測は当たりのようですね」
「じゃあ本当に楼観剣に……?」
「ええ、この刀は確かに意志を持っています。
ですが刀の身にはしゃべる機能が備わっていないので、直接意思を伝えることができなかったのでしょう。
魔剣妖刀の中には念話の類で意思を伝えてくる物もあるかも知れませんが、まだそこまでには至っていないようです」
そう断言すると、さとりは抜き身の楼観剣を手に取り、曲がった部分を指差した。
「妖夢さん。この刀を人間と見て、柄頭を頭、切っ先を爪先とした時……この部分はどこに当たりますか?」
「え……? ちょうど真ん中だから……腰か、腹のあたりですか?」
「ええ、お腹です。
楼観剣はしゃべることができないが故、己の身を曲げ──ヘソを曲げていると主張しているのです!」
カッ、とさとりのバックに稲妻が走る。
電撃に撃たれたように驚愕する妖夢。残った三人はさんざん引っ張ってそれか、とお茶の準備に入り始めた。
「楼観剣は何をそんなに……。私の未熟にそこまで憤っているのでしょうか!?
それとも最近斬鉄の練習ばかりしてたからですか!? も、もっと生肉とか斬った方が……幸いここには……!」
「落ち着いてください。私が読み取った彼の意思を一言一句違えずあなたに伝えますので」
おろおろと慌てる妖夢を前に、さとりはすぅと呼吸を整え、その口を開いた。
「『白楼剣たんとちゅっちゅしたいよ~! ここ数年ご無沙汰過ぎてマジファッキンなんだけどー。
もう溜まりすぎて冥想斬あふれちゃう~!』……だそうです」
「あ……、あ……?」
表情を毛ほども崩さず、立て板に水のごとくすらすらと寝言をまくし立てるさとり。
これ以上無いほどの戯言に妖夢はぱくぱくと二の句が継げず、三人は水に流してお茶と煎餅を味わうことにした。
「あ……あの、楼観剣は本当にそんなことを……?」
自失から立ち直った妖夢が半信半疑に尋ねる。
それはそうだろう。共に歩んできた相棒とも言える存在が、四六時中こんなことを考えていたとは思いたくない。
「騙すならもっとマシな嘘を吐きます。
私としては楽しい事態になるのがわかっているのに、わざわざ嘘を言う理由がありませんね」
「会った時から思ってたけど、あんたってわりとゲスよね」
「古明地ってアナグラムしたらいじめっ子だよな」
「ついでに名前もサドりにしたらどうかしら」
「ふふ、褒め言葉です」
三人の率直な感想も平然と受け止め微動だにしない。
柳に風、どころか珊瑚の指輪に大海嘯だ。一流のアタッカーはディフェンスも高レベルである。
「話を戻しますが、その白楼剣というのは?」
「あ、これですけど……」
腰から抜かれ、さとりの前に出された刀。妖夢が持つ二振りの内の一つ、白楼剣。
さとりはそれを受け取り、鞘に収まったままの刀に意識を向ける。
「こちらは理性的なようです。話が早い」
白楼剣の思考を読み取りつつ、さとりはふとその目を妖夢に向けて尋ねる。
「あなたはこの二振りを先代から受け継いだとのことですが、そのときに何か聞かされてはいなかったのですか?」
「え? いえ、師匠はあまり口で教える方ではなかったので……『この二刀、決して離すこと無かれ』……とだけ。
魂魄流は二刀を用いる流派故、常に二振りを携え、いかなる時も油断せず万全を期すべしということだと思っていたのですが……」
まさか剣同士をいちゃいちゃさせておけという意味だったなどとは、根がマジメな妖夢でなくとも夢にも思うまい。
続いて紙とペンを要求し、ふむふむとうなずきながらさとりはペンを走らせる。
「白楼剣が言うには、あなたの師──妖忌さんは独力で刀と意思の疎通ができ、
……このような方法をもって刀との対話を行っていたそうです」
書き上がったそれを渡された妖夢の顔からどっと汗が噴き出した。
どれどれと横からのぞき込んだ霊夢が「うわ」と一言発して引く。
その様子にアリスも興味をそそられたか、固まった妖夢の手からリストをつまみ取って読み上げ始めた。
「えー、なになに……」
~斬魄刀楼観剣との対話(初級編)~
・手入れする時は二本同時。鞘飾り等もお揃いに。
・たまに鞘を交換してみる(丈が合わないところが萌えらしい)
・縁側で膝枕(切っ先近くにもう一方の柄を乗せる)
・人里をがちゃがちゃ──もとい、いちゃいちゃ歩く。茶屋で休憩等デートらしいことを。
・紅魔館で行われるパーティ等では大人の雰囲気に酔いしれチークタイム(鍔迫り合い)
・二刀十文字ケーキ入刀。クリームが付着しないよう神速の斬撃が望ましい。
・なお、上記のようなことをする際は黒服に顔を隠す黒頭巾で黒子に徹すること。
・夜は一つの布団で同衾(無論抜き身の刃を重ねて)
「──エトセトラエトセトラ」
「……大変だな、それは」
「ええ、さすがにこれは引くわね」
うんうんとうなずくアリス。
お前が言うなと若干ツッコみたい気分になった霊夢ではあるが、そこは大人の対応である。
それに人型か否かはわりと大きな差であろう。
「こっ、これを……師匠が……?」
「手を替え品を替え、日々新しいことを模索していたようです。
外の世界の雑誌や少女漫画は大変参考になったとか」
いい歳こいた爺さんが何をやっているのか。
刀と対話して卍解させるより、孫に対する名誉の挽回が先決だ。
「で、結局のところ。どうやったらこの話は解決するのよ」
「刀身をがちゃがちゃ絡ませればいいのか?」
「いえ、今の状態で過度に接触させては白楼剣の方まで汚染してしまいかねません。
ここは白楼剣の能力に頼りましょう」
霊を斬り裂く楼観剣に対して、迷いを断ち切る白楼剣。
使いこなせば夢やロマンすら斬り裂くという。
「わかりました。やってみます……」
曲がったままの楼観剣を壁に立てかけ、受け取った白楼剣を構える妖夢。
「はああッ!」
裂帛の気合。
袈裟懸けに振り下ろされた白楼剣は、風切り音だけを残して楼観剣の刀身を通過した。
ロマーンキャンセール
白楼剣が鞘に収まる。
キン、と鍔鳴りの音で魔法が解けたかのように、楼観剣は元の姿を取り戻していた。
それどころかその刀身は曇り一つすらなく、澄み切った輝きを放っている。
「『おれはしょうきにもどった!』だそうです。もう大丈夫ですね」
「むしろ不安にならないかそれ」
幾分かキリッとした口調で代弁するさとり。
これで一応の解決を見たのだろう。多分。
「さとりさん、色々とありがとうございました」
「礼には及びません。ですがこれは一時しのぎの対症療法に過ぎませんので。
またこういったことの無いよう、しっかり刀と対話することです」
「……はい。頑張ってみます……」
二刀を携え、ぐったりとした顔で妖夢は神社を後にした。
あたりはすっかり朱に染まっていて。
暮れる夕日に向かって飛びながら妖夢は思う。
──まさか刀の世話が面倒で私に押し付けたわけじゃないですよね、と。
師の背中が果てしなく遠くなったような気がする。
魂魄流の道は、険しく永い。
「知らんがな」
多くの人妖が暇潰しに訪れる博麗神社。
今日も魔理沙とアリスが連れ立って来ては勝手にお茶淹れてだべっていた。
そこへ現れた妖夢の開口一番出てきた台詞が先ほどのものである。
──ウチは鍛冶屋じゃないわよ。
そう口を開きかけたところ、妖夢が差し出した物を見て霊夢はその言葉を飲み込んだ。
抜き身の楼観剣はものの見事に曲がっていた。それも半ばほどから直角に。
これでは鍛冶屋に持って行ったところで溶かして材料にされるのが関の山だ。
「……曲がるって言うか折れてるんじゃないのかこれ」
いぶかしむように刀身をつまんで動かそうとしてみる魔理沙。
しかし、刀は初めからそうあるかのごとく、折れるどころか直角になった刀身は微動だにしなかった。
それを見ていたアリスも乗っかってくる。
「そもそもどういう経緯でこうなったのよ。
刀がこんな風に曲がるとか普通あり得ないでしょ」
ちゃんと打った刀は靭性があるので折れずに曲がるとは言うが。
触れば痛いほど綺麗に角を立てて曲がっているとなれば、単純に力を掛けたのではなさそうだ。
「それが今朝起きたらすでにこうなってて。昨晩手入れした時には何もなかったのに……。
何が何だかよくわからないけど、とりあえずおかしいことはわかったからここに来たわけで」
「そんなこと言われても。ウチは何でも屋じゃないし」
「そうね。ここで頼めるのは暴力で解決できることだけだから」
「刀は無理でも曲がった性根なら叩き直せるわよ。鉄拳で」
しれっと言う人形遣いを黙らせるべく暴力的な解決を迫る霊夢。
対するアリスもしゅっしゅっとジャブを繰り出して牽制してみたり。
「もう紫のせいってことでいいんじゃないか?
何かしら事件が起きたらたいてい紫のせいで丸く収まるのがお約束だろ」
横から魔理沙のナイスアイディア。
仮に犯人でなくとも、解決を紫に丸投げできるところがこの方策の素晴らしいところだ。
「私もその線は真っ先に浮かんだんだけど、紫様はここ数日幽々子様と町内会の慰安旅行にお出かけになられていて。
さすがに旅行中にわざわざ変なちょっかいだけ出してくるっていうのは無い……と思いたいな、と」
言葉を濁す妖夢。
ありそうな無さそうな五分五分な感じだが、どっちかと言えば主人やその友人を信じたくもある。立場的にそんな葛藤。
霊夢としてもうざいくらいに現れる紫の顔を数日見ていないので、その線は外すことにする。
「んじゃ紫が帰ってくるまで待てば?」
「でも刀がこれじゃ仕事にならなくて……。一応幽々子様の留守を任されている身だし」
「……と言っても、他に何か方法あんのかしらね」
膝突き合わせて話し合い、何人かの名前が挙がりはするものの。
曲がった刀を真っ直ぐに伸ばすだけならいざ知らず、完全に元の状態に復元するとなると話は別。
単純な怪力や様々な能力を持つ幻想郷の妖怪たちだが、こと物体に干渉する能力となれば紫の右に出る者はそうはいないのだ。
ああでもないこうでもない。
魔法の方を当たってみるかと意見が出た頃、考え込んでいたアリスが顔を上げた。
「ねぇ、魔理沙。ちょっとお使い頼まれてくれない?」
「あん? 何で私が」
「この中で一番速いのはあんたでしょ。私が行くより数段早いわ」
「そりゃそうだが。まあいいか、頼まれてやるから後でちゃんとお駄賃よこせよ」
クッキーとか所望するぞと念を押し、魔理沙はひょいと箒に跨り縁側から飛び立った。
◆
しばらくの後。
後ろに一人増やして魔理沙の箒は神社に戻ってきた。
箒から静かに降り立ち、愛想に乏しい半眼が霊夢たちを睥睨する。
「みなさん、おは幼女」
「……ええ、おはよう」
地底でごく一般的な挨拶である。
ちなみに夜の場合は「ロリこんばんは」。夜間に増えがちな不埒者への牽制も込めた合理的挨拶だ。
「で、何の用でしょうか。これでも管理職なので暇というわけではないんですが」
「急に呼びつけてごめんなさい。実は──」
アリスがざっとこれまでの経緯を説明する。
妖夢自身は何もしていないのに刀が曲がっていた。
曲がり方から人為的とは考えづらい──では刀自身に何か起こったのではないか。
ここ幻想郷では、九十九神のように長い時を経た物品に魂が宿ることは珍しくない。
ならば長く使い込まれた刀に魂や意志のようなものが宿ったという可能性もあるかもしれない。
そう考えたアリスは、その確認手段になりそうな古明地さとりを呼んだというわけである。
「なるほど、わかりました。では……」
さとりは楼観剣に意識を向け、ふむとうなずく。
「アリスさんの推測は当たりのようですね」
「じゃあ本当に楼観剣に……?」
「ええ、この刀は確かに意志を持っています。
ですが刀の身にはしゃべる機能が備わっていないので、直接意思を伝えることができなかったのでしょう。
魔剣妖刀の中には念話の類で意思を伝えてくる物もあるかも知れませんが、まだそこまでには至っていないようです」
そう断言すると、さとりは抜き身の楼観剣を手に取り、曲がった部分を指差した。
「妖夢さん。この刀を人間と見て、柄頭を頭、切っ先を爪先とした時……この部分はどこに当たりますか?」
「え……? ちょうど真ん中だから……腰か、腹のあたりですか?」
「ええ、お腹です。
楼観剣はしゃべることができないが故、己の身を曲げ──ヘソを曲げていると主張しているのです!」
カッ、とさとりのバックに稲妻が走る。
電撃に撃たれたように驚愕する妖夢。残った三人はさんざん引っ張ってそれか、とお茶の準備に入り始めた。
「楼観剣は何をそんなに……。私の未熟にそこまで憤っているのでしょうか!?
それとも最近斬鉄の練習ばかりしてたからですか!? も、もっと生肉とか斬った方が……幸いここには……!」
「落ち着いてください。私が読み取った彼の意思を一言一句違えずあなたに伝えますので」
おろおろと慌てる妖夢を前に、さとりはすぅと呼吸を整え、その口を開いた。
「『白楼剣たんとちゅっちゅしたいよ~! ここ数年ご無沙汰過ぎてマジファッキンなんだけどー。
もう溜まりすぎて冥想斬あふれちゃう~!』……だそうです」
「あ……、あ……?」
表情を毛ほども崩さず、立て板に水のごとくすらすらと寝言をまくし立てるさとり。
これ以上無いほどの戯言に妖夢はぱくぱくと二の句が継げず、三人は水に流してお茶と煎餅を味わうことにした。
「あ……あの、楼観剣は本当にそんなことを……?」
自失から立ち直った妖夢が半信半疑に尋ねる。
それはそうだろう。共に歩んできた相棒とも言える存在が、四六時中こんなことを考えていたとは思いたくない。
「騙すならもっとマシな嘘を吐きます。
私としては楽しい事態になるのがわかっているのに、わざわざ嘘を言う理由がありませんね」
「会った時から思ってたけど、あんたってわりとゲスよね」
「古明地ってアナグラムしたらいじめっ子だよな」
「ついでに名前もサドりにしたらどうかしら」
「ふふ、褒め言葉です」
三人の率直な感想も平然と受け止め微動だにしない。
柳に風、どころか珊瑚の指輪に大海嘯だ。一流のアタッカーはディフェンスも高レベルである。
「話を戻しますが、その白楼剣というのは?」
「あ、これですけど……」
腰から抜かれ、さとりの前に出された刀。妖夢が持つ二振りの内の一つ、白楼剣。
さとりはそれを受け取り、鞘に収まったままの刀に意識を向ける。
「こちらは理性的なようです。話が早い」
白楼剣の思考を読み取りつつ、さとりはふとその目を妖夢に向けて尋ねる。
「あなたはこの二振りを先代から受け継いだとのことですが、そのときに何か聞かされてはいなかったのですか?」
「え? いえ、師匠はあまり口で教える方ではなかったので……『この二刀、決して離すこと無かれ』……とだけ。
魂魄流は二刀を用いる流派故、常に二振りを携え、いかなる時も油断せず万全を期すべしということだと思っていたのですが……」
まさか剣同士をいちゃいちゃさせておけという意味だったなどとは、根がマジメな妖夢でなくとも夢にも思うまい。
続いて紙とペンを要求し、ふむふむとうなずきながらさとりはペンを走らせる。
「白楼剣が言うには、あなたの師──妖忌さんは独力で刀と意思の疎通ができ、
……このような方法をもって刀との対話を行っていたそうです」
書き上がったそれを渡された妖夢の顔からどっと汗が噴き出した。
どれどれと横からのぞき込んだ霊夢が「うわ」と一言発して引く。
その様子にアリスも興味をそそられたか、固まった妖夢の手からリストをつまみ取って読み上げ始めた。
「えー、なになに……」
~
・手入れする時は二本同時。鞘飾り等もお揃いに。
・たまに鞘を交換してみる(丈が合わないところが萌えらしい)
・縁側で膝枕(切っ先近くにもう一方の柄を乗せる)
・人里をがちゃがちゃ──もとい、いちゃいちゃ歩く。茶屋で休憩等デートらしいことを。
・紅魔館で行われるパーティ等では大人の雰囲気に酔いしれチークタイム(鍔迫り合い)
・二刀十文字ケーキ入刀。クリームが付着しないよう神速の斬撃が望ましい。
・なお、上記のようなことをする際は黒服に顔を隠す黒頭巾で黒子に徹すること。
・夜は一つの布団で同衾(無論抜き身の刃を重ねて)
「──エトセトラエトセトラ」
「……大変だな、それは」
「ええ、さすがにこれは引くわね」
うんうんとうなずくアリス。
お前が言うなと若干ツッコみたい気分になった霊夢ではあるが、そこは大人の対応である。
それに人型か否かはわりと大きな差であろう。
「こっ、これを……師匠が……?」
「手を替え品を替え、日々新しいことを模索していたようです。
外の世界の雑誌や少女漫画は大変参考になったとか」
いい歳こいた爺さんが何をやっているのか。
刀と対話して卍解させるより、孫に対する名誉の挽回が先決だ。
「で、結局のところ。どうやったらこの話は解決するのよ」
「刀身をがちゃがちゃ絡ませればいいのか?」
「いえ、今の状態で過度に接触させては白楼剣の方まで汚染してしまいかねません。
ここは白楼剣の能力に頼りましょう」
霊を斬り裂く楼観剣に対して、迷いを断ち切る白楼剣。
使いこなせば夢やロマンすら斬り裂くという。
「わかりました。やってみます……」
曲がったままの楼観剣を壁に立てかけ、受け取った白楼剣を構える妖夢。
「はああッ!」
裂帛の気合。
袈裟懸けに振り下ろされた白楼剣は、風切り音だけを残して楼観剣の刀身を通過した。
ロマーンキャンセール
白楼剣が鞘に収まる。
キン、と鍔鳴りの音で魔法が解けたかのように、楼観剣は元の姿を取り戻していた。
それどころかその刀身は曇り一つすらなく、澄み切った輝きを放っている。
「『おれはしょうきにもどった!』だそうです。もう大丈夫ですね」
「むしろ不安にならないかそれ」
幾分かキリッとした口調で代弁するさとり。
これで一応の解決を見たのだろう。多分。
「さとりさん、色々とありがとうございました」
「礼には及びません。ですがこれは一時しのぎの対症療法に過ぎませんので。
またこういったことの無いよう、しっかり刀と対話することです」
「……はい。頑張ってみます……」
二刀を携え、ぐったりとした顔で妖夢は神社を後にした。
あたりはすっかり朱に染まっていて。
暮れる夕日に向かって飛びながら妖夢は思う。
──まさか刀の世話が面倒で私に押し付けたわけじゃないですよね、と。
師の背中が果てしなく遠くなったような気がする。
魂魄流の道は、険しく永い。
……ッ、何かに目覚めるところだった……
黒子の格好で二刀をいちゃいちゃさせる爺さん…
どうしてこんなになるまで放っておいたんだ…
冗談はともかく、その発想はなかったとしか言えない
自分の発想の乏しさが悔やまれます。
これは新しい・・・
さとりんがいい味だしてますねえ。
アリスのジャブが、なんか可愛いなあ。
あとゆゆ様と紫の町内会の慰安旅行(笑)
その発想はなかった
↑ほんとだ!!
ヘソマゲー がかわいい