Coolier - 新生・東方創想話

正しき瞳を欲する程度の職業

2010/05/05 18:09:53
最終更新
サイズ
18.72KB
ページ数
1
閲覧数
1304
評価数
6/34
POINT
1720
Rate
9.97

分類タグ


 休みが増えると、『あの世』が儲かる。

 そんなことは、駆け出しの死神でも知っている。
 幻想郷の外の世界に限ることではあるが、暦上で人間が仕事を休んで開放的になった瞬間。そこに油断が生じ、事故が多発する。事故が起きるという事は、それだけ魂の出入りが頻繁に行われるわけで。死神の業務が激化するという皮肉を込めて、そんな言葉が出来上がった。
 ただし、片付けるのは当然そちらの世界の死神の役目で幻想郷担当部の方は、至って通常業務を展開する。

「はい、四季様。明日から三日休みまぁす♪」

 だから、猫なで声を上げながら差し出したこの休暇届は当然認可され――

「却下」
「え、えぇぇぇっ!?」

 認められるはずの書類が、背の高い死神の前で粉微塵に破り捨てられた。
 おもいっきり額に青筋を浮かべた、小さな閻魔によって。
 しかし、そんな不当なことが許されてはならない。
 上司のパワーハラスメントに屈していては、彼女の名が。
 『小野塚 小町』の名がすたるというもの。
 事務所の机の上から、死神六法を取り出し、付箋が貼り付けられたページを開く。握り拳ほどの厚さの本をどさりっと、閻魔の座る作業机の上に置いた。

「死神に職務に係る法律第8条、『死神は事前に閻魔に申請することで一週間以内の休暇を任意に取ることができる。但し、一年間で20日を越えないように』って。いくら四季様でも法律に逆らうようなことしていいわけないでしょう、ね? ね♪ だから今回は、休暇を」

 彼女が、法律書を開き、指でなぞって説明するという。
 明日にでも槍が降ってきそうな行動を取り、論理的な言論を展開する。
 休日のために、全力で。
 ただそれでも不機嫌そうな閻魔の顔は変わらず、逆にそれより少し後の一文を指でなぞり返す。

「……『但し、緊急を有する職務が発生した場合それを優先すること。その際、休日に職務を行ったものに対しては、給与もしくは代休を与えること』と、ありますね。それに休暇は勤勉に働いた者が得る権利のはずですが?」
「えー、だってあたい、そんなに仕事溜まってないですし。今週分の魂は全部運びましたし。ちゃんと見張りもしてましたし、うわ、何これ完璧じゃないですか!」

 指を折り、思い出すように一つ一つ今週の業務内容を報告する。
 しかも明るい顔で『ばっちりですよ』と言い切って。
 だが、そんな活き活きとした小町の前で、映姫の表情はどんどん冷たくなっていく。小町以外がこの凍て付いた顔を向けられたら、一瞬で言葉を失うこと間違いなし。

「……普通、魂は毎日運ぶものですよね、小町? 一週間分まとめてではなく」
「あぁ~、いやぁ~、それはですね。幻想郷って狭いじゃないですか、外の世界の連休も関係ありませんし。だから、魂があたいのところに回って来ない日がありましてね」
「では白玉楼の桜の木の下であなたを見た、という証言が多発していることについてはどう思います?」
「……世界には自分のそっくりさんが三人いるそうですから。新しい妖怪か何かが偶然あたいに似てたんでしょうね。いやぁ、偶然って怖いですよ」
「三途の川のところで魂が三日ほど行列を作っていたという話もあるんですが?」
「そ、それは、えと。ほら、春の陽気に誘われた妖怪たちが悪さをして、人里とかに襲い掛かっちゃったから、妖怪と人間の魂が一気に来たりした日があったんですよ。なかなか一人じゃ処理できなくて、あのときは辛かったですよ~、もう不眠不休で」
「そうですか。それだけ忙しかったから、休暇が欲しいと言うわけですか」
「そうそう、そういうことなんですよ。あ~、今朝から肩が重くって。がんばって船漕ぎ過ぎちゃったかなって」

 なんとか誤魔化しきった。
 そう思った小町は改めて、背中に隠していた予備の休暇届を机の上に置こうとする。
 しかし、その手を後ろに回したところで。
 何故か映姫が微笑を浮かべる。

 こめかみを引きつらせた、爽やかな笑顔。
 それを見て。小町ははっとした。
 これは危険な表情だ、と。
 
「その行列を見たのって、私なんですよ、小町♪」

 空気が凍った。
 同時に、小町の笑顔も冷え切る。
 両肘を付き、手の上に顎を乗せて微笑む映姫。
 
 確かに笑っているはずなのに、その背中には確かに悪鬼羅刹が居た。

「あ、え、えーっとぉ」

 現場を押さえられたという隠し切れない証拠を提示され、小町はただ毛穴という毛穴から冷や汗を滝のように流し、短い声を上げることしかできない。

「そうですか、あのときは忙しくて行列を捌き切れなかったんですか」
「いや、あの」
「どこを探しても小町がいなかったのは、一生懸命運んでいたからなのですね。しかし不思議なことに船は杭に括りつけられたままでしたが、まさか自費で新しい船の購入をしたとか? ふふふ、それほど勤勉に頑張らなくてもいいというのに、ねぇ、小町?」
「あは、あははははははっ」

 もう、笑うしかない。
 乾いた笑い声を上げるしかない。
 後はもう少しでもこのお説教だけを長引かせて。

「先に言っておきますが、定時の鐘で逃げようと思っても無駄ですからね?」
「や、やだなぁ。あたいが逃げるなんて」

 しっかりとばれていた。
 鐘が鳴った瞬間、代わりの紙を机の上に置いて、距離を操る能力の無駄遣いで逃げ切ろうと思っていた小町の作戦は、あっというまに水泡と化す。
 そして、しばらく無言で見詰め合い。
 静かで、重苦しい雰囲気が漂い始めた頃。

「……休暇、取り消しで」
「助かります、小町。最近忙しいもので」

 満面の笑みを浮かべた映姫と。
 打ちひしがれて、立ったまま真っ白になる小町がそこにいた。




 ◇ ◇ ◇




 そんな映姫とのやり取りがあった次の日。
 小町は休暇でもないのに人里にいた。
 もちろん、サボっているわけでもない。
 職場の弁当を買いにきたわけでもない。

 なら、何故船頭のはずの小町が赤い髪を揺らして退屈そうに歩いているかと言えば。
 目標を探すため。

 それもこれも、外の世界が忙しくなりすぎたから。
 幻想郷以外の部署が急激な人手不足に陥り、刈取の死神が足りなくなったため幻想郷の部署から何人か派遣することになった、しかし今度は幻想郷の中で魂の選定、刈取り業務に支障をきたす恐れがあったため、今度は小町がその魂の刈取業務へと回されたという訳である。

 その距離を操る能力ゆえに、問答無用で魂を刈り取った過去のある小町としては正直言って断りたい仕事だったのだが。映姫が妙なことを言ったので、しぶしぶ引き受けることにした。
 その妙なことというのが。

『誰かに自分が魂を刈る事を告げても構いません』

 ただし、本人抜きで。
 ということらしい。
 死神が仕事のことを別のものに打ち明ける許可が出るなんて初めて聞いた小町は、首を傾げるどころか大口を開いて間抜けな声を出すことしかできなかった。
 ただ、その次の言葉を聞いた直後。
 冗談でしょう、と笑い飛ばすことも、呆れることすらできなかった。

『そして、その目標とする相手は。まだ、寿命ではありません』

 もう、目が点どころの話じゃない。
 どこの世界に、まだ熟しきっていない魂を刈取る死神がいるというのか。死神はあくまでも閻魔から指示された魂を刈取り、それを転生させるために手続きを踏んで冥界へと運ぶだけ。
 刈取られていない魂は、小町のような船頭係に閻魔の元へと案内されるわけだが。
 
 このプロセスをまったく無視して。
 熟していない果実を刈取るなど、あってはならない。

 そのあってはいけないことを。
 常識人であるはずの、小町の上司がやれというのだ。
 ただ、それがどんな仕事か興味があったのは確かで。

『成功したら、一週間休みをとっても構わない、とのことですよ。特別休暇で、ただし次の満月までに刈取りか、何らかの成果のある行動を示すことが条件です』

 休んでも年間20日の任意休暇の中に含まれない。
 そんな特別休暇という文字に釣られたわけではない、
 決してない。

「しかし、満月か。あと三日くらい、今日抜いたら二日間だから……、はぁ、調査期間少なすぎですよ四季様ぁ」

 魂の刈取りは絶対に間違いが起こらないように十日以上調査に当てるものと定められている。ただ、例外もあるにはあったが、それは短くても五日程度。今日言われてすぐやれ、等という無茶な言い分は稀にもほどがある。
 とは言っても、引き受けるほうも引き受けるほうなので。
 愚痴は言ってはいられない。

 一旦人のいない路地へと入り、とある術式を唱え。
 普通の人間に見えないように姿を隠した。

「えーっと、どれどれ?」

 そして、姿を見えないようにしたまま空へと浮かび上がると。事前に手渡された一枚だけの簡易調書に目を通す。
 そこには、目標とする人物の行動確率と立ち寄る可能性のある場所が細かく記されており。家族関係もばっちり。短い期間で作られたものにしては十分過ぎる物だった。これに現地調査員兼刈取り業務員の死神が自分の見解を加えて、作業を実施するわけだが。
 この一枚を提出しても、十分なほど情報が整理されていた。
 おそらく、この几帳面さからして間違いなくあの人だ。

「四季様も、こういう書類作る暇あるなら別な死神探してくださいよぉ。あたいこういうの嫌いだっていうのに」

 そんな愚痴を言いながら後頭部を掻き、小町はある場所を見つけ一直線に急降下。
 着地と同時に、その建物を外から覗く。
 すると、その調書どおり、その場所にはしっかりと目標がいた。

「……うわぁ」

 奇妙な帽子を被った、先生のちょうど真ん前。
 元気な声で歴史書を読み続ける。
 無邪気で、元気で、可愛らしい。
 
 艶やかな黒髪を肩まで伸ばした、大人しそうな少女がそこにいた。
 
 その大人しい、おっとりとした性格のせいで。
 野良犬から逃げ遅れて噛まれたり。
 野良猫から逃げ遅れて引っかかれたり。
 蜘蛛とか蚊にも刺されまくる。

 どこにでも一人はいるような。
 そんな少女がいて。

「やっぱり…… 子供だよねぇ……」

小町は思わず、頭を抱えた。




 ◇ ◇ ◇




「……何の御用でしょうか、死神さん」
「ああ~、その細い目はやめとくれよ。別にあたいだって好きでここに来たわけじゃないんだからさ」

 子供たちが全員帰り、がらんっと静まり返った部屋の中。畳の上で座る比較的大きな影二つ。一人は正座を、一人は胡座を書いて向かい合っていた。ただ片方の雰囲気はすでに冷ややかなものがあって。

 (まるで四季様だね、こりゃ)

 いつも雷を落とす人物とその印象が重なり。
 足を崩していた小町は困ったように頬をぽりぽりと掻いた。

「ここは寺子屋。子供たちが学ぶ場所です。そんな場所に何故あなたのような人が訪れるのか、理解できません」
「理解されても困るって言うかなんて言うか」
「それとも、私が目当てですか?」
「いや、あんたを連れて来いなんて言われてないし」

 とある上司のおかげで、固い雰囲気の女性が基本的に苦手な小町にとって、寺子屋の先生『上白沢 慧音』の発する空気はとても居心地が悪く。どうしても彼女から視線を逸らしてしまう。が、相手の目を見て会話をするのが礼儀と思う彼女にとって、小町の行動は逆効果でしかなく。
 ますます眼光を鋭くさせてしまった。

「用があるのは子供ですか?」
「え、え~っと、まあ、そうだねぇ」
「死神のあなたが、子供に用があり。私にまで話を通そうとする。間違いなく、命を奪う業務と思って構いませんね」
「ああ、そういうことだよ」

 不機嫌な理由は、当然理解している。
 慧音の性格からして、この程度の怒りで収まっているのが不思議なくらいなのだから。その情報はしっかりと調書の中にも記載されていた。

『目標と接触しようとする際、ハクタクに気をつけるように』と。

 だから初日の接触は授業中の様子だけを見学し、後はその少女の人里での行動を観察しよう。そう小町は思っていた。しかし、こっそり離れるつもりが油断していたせいで、屋根の出っ張りに頭を打ち付けてしまい。
 痛みで術式が解け、子供を見送る先生の前に頭を押さえてしゃがんでいるのを見つけられた。というわけだ。稗田家と交流の深い彼女は現在幻想郷に出入りする妖怪や神様の存在を知らないはずがなく。

『ちょっとお話させていただいても構いませんか?』

 と、丁寧な口調で、強引に寺子屋の中に引っ張り込まれてしまったわけだからしかたない。
 しかし、話を進めて。

 ①死神の小町。
 ②子供に会いにきた。
 ③しかし慧音にも話を通す。

 と情報が出揃っていく度に、不穏な空気を纏い始めるのだからいただけない。
 小町は一瞬だけ部屋を見渡し、天井の隅を凝視した後に再び視線を戻した。

「まあ、そういうことだよ。できれば穏便に済ませたいからね。知られちゃったら好都合ってところさ」
「何が好都合なんでしょうか」

 冷たい視線が閉じられ。
 気持ちを落ち着かせているように見えるが、小町には見えていた。
 彼女から立ち昇る。
 怒りの気質というものが。

「あんた、歴史を操れるんだろう。満月の夜に」
「ええ、間違いありませんが」

 それでも、小町は軽い口調で言葉を続け。

「だからさ、あたいの仕事邪魔しないで欲しいんだよ。あたいが仕事をするのは次の満月。だからさ、子供を連れて行くときに歴史を操って、邪魔したりしないで欲しいなぁ~ってね♪」

 そう、言葉を締めた刹那。
 慧音の右腕には、伝説の剣を模した妖力の塊が握られていた。
 それを小町に向けて突き出そうとする。
 だが。

「なっ!」

 それを振り下ろす前に、小町は慧音の前から忽然と消えていた。
 なんの予備動作もなく、幻のように。
 
「どこだ! 姿を見せろ!」

 立ち上る妖気で彼女の青白い髪は波うち。
 創り出された剣にも力が注ぎ込まれ続ける。
 明らかに冷静さを欠いているその仕草を見れば、もう交渉の余地はないと考えるのが普通かもしれないが。

「おっとっと、まあ、そう怒らない。あたいだって、問答無用で奪うつもりなら姿を見せたりしないよ」

 ただ、小町にとってこれは、賭けだった。
 そしてその賭けの結果は。
 小町の望むとおり。

 慧音は、激昂した。

 感情を高ぶらせ、天井の隅へと一瞬で移動した小町へ、剣の切っ先を向ける。

「そうか、さっき私と視線を合わせずに視線を彷徨わせていたのは。その奇怪な移動のためか」
「ご名答。あたいの能力は、理解しているだろう?」
「距離を操る、と」
「そうそう、だからあんたはもうあたいを捕らえられない。移動するための目標地点の設置は終わってるからね。どうしても捕らえたいなら部屋を丸ごと破壊するくらいの、全包囲攻撃でも撃ってみることさ。大事な子供たちの学び舎を破壊していいのならの話だが」

 余裕で笑う小町と。
 悔しそうに唇を噛む慧音。
 二人の視線は空中でぶつかり合い、火花を散らし続ける。

「勘違いするな、いくら私がハクタクの血を引いているとは言っても、人の命まで勝手に弄るつもりはない。それが自然の摂理であるなら従おう。しかし、そうやって曖昧なままで、不誠実に命を扱おうとするお前に怒りを覚えただけだ」

 しかし、いくら睨み合いを続けても何も変化はない。
 むしろ情報を持たない方が不利と悟った慧音は、すっかり荒々しくなった口調を小町に吐き捨て剣を消した。
 
「それに、問答無用で襲わないという話を。もう少し詳しく聞かせて欲しいんだが?」
「おっと、ちゃ~んとそれを覚えてる。さすが歴史を司ることはあるねっと。それに、あたいだって正直言えば鎌を振りたくないんだよ」
「本心か?」
「ああ、だって面倒だろう? 魂を刈取ったあとにその相手に駆け寄る奴等の泣き顔とか、その様子まで見て報告しないといけないんだから。そんな面倒なことは御免だね」、
 
 そんな死神とは思えない発言を、目を細めながら聞いていた慧音だったが。
 ふうっと小さく息を吐いてから肩を竦める。

「こんな不審者の言葉を信じないといけないとは、まったく不愉快だが、信じるよ。そちらの考えに乗らせて貰おう」
「不審者であることが仕事のうちだからね、仕方ないさ」
「まったくだな」
「あ、そこは否定してくれないと死神の立場がないんだけどね」

 そうやって、天井に張り付く小町と。
 畳の上で呆れるように見上げる慧音の奇妙な合同戦線が生まれたのだった。


 その後、慧音に躊躇うことなく複数枚持ってきた調書の一枚を手渡し。
 手伝ってもらう可能性のあるところを指示。
 まだ寿命ではないが命を奪うかもしれないことも正直に説明し。
 それについても理解をしてもらうことに成功した。
 
「ねぇねぇ、ところで。その口調は戻さないのかい?」
「親しい相手と、敬意を払うべきではない相手にはこの口調で通すことにしていてね」
「あぁ、なるほどね。じゃあ私たちは親しい部類か。よろしく♪」

 そんなやり取りを繰り広げながらも人里での一日が終了し。

「さて、永遠亭の結果はそろそろ出る頃かな?」

 先に立ち寄った竹林を目指して、小町は一瞬のうちに人里から姿を消したのだった。




 そして、それから三日経った満月の日。
 まるでそんな騒動があったのが嘘のように。
 誰も命を落とさず、誰も悲しみの涙を流さない。

 平和な夜が訪れた。
 





 ◇ ◇ ◇




 その二日後。
 船頭の仕事が終わった後、直々に呼び出しを受けた小町は死神の本部へと顔を出し、何故か密やかに表彰を受けた。
 
『この度の栄誉を称える』

 という、堅苦しい一文と。
 特別休暇七日分の書類。
 それを受け取って、何故かふてくされたような顔で出てくる小町の肩を。
 横からぽんっと叩いてくる影が一つ。

「ご苦労様でしたね、小町」
「……あの、四季様? 表彰とか全然聞いてないんですけど」
「そりゃ言ってませんでしたからね、当然でしょう?」
「そんな簡単にいわれても、こっちとしてはいきなり本部に呼び出されて。『クビか!』って思ったじゃないですか。今回まったく刈取りませんでしたから」
「いいえ、あれで正解ですよ。もちろん、刈取っても責任に問われることもない」
「できれば事前に正解を教えてほしかったんですけど?」

 いきなりお偉い様の前に立たされるという緊張の場面から開放され。
 やっと普段らしさを取り戻した小町は、横にいる映姫と並んで歩きながらも脱力したように肩を落とす。
 しかし隣を歩く上司は、何の悪びれた様子もなく。くすくすっと笑うばかり。

「いえいえ、あの段階で私が知らされたのはあの調書の内容だけでした、それともう一つ。あの少女を放っておくと、奇病が人里に蔓延するかもしれないということ」
「ああああぁぁ~~~っ! やっぱり知ってるじゃないですか!」
「可能性の問題ですよ。かもしれない、という確率の低い。しかしあなたの調査のおかげでその悲劇が起こらずに済んだ。結構なことじゃないですか。あなたも魂を刈取らずに済み、有意義な休暇を過ごせる。言う事ないでしょう?」
「そうなんですけどねぇ、やっぱり納得いきませんよ」

 小町が指示を受けた、奇妙な内容。
 それを命令っぽく言い換えるなら。

 一つ、次の満月までに少女の魂を刈取る。
 一つ、上記のことが不可能であれば、障害となりうるものを取り除いても可。
 一つ、目的のためには第三者に内容を話しても構わない。
 一つ、ただし目標の寿命はまだ先であることを留意すること。

 そして今回の目標が居た場所。

『人里の寺子屋』との組み合わせと。
 ハクタクに気をつけろという言葉。
 気付かれないようにしろ、ではなかった。ということは、ハクタクに何かをさせろという意味に違いない、と。

 刈取らずに済ませる方法は、歴史を操る慧音が握っているのではないか、そんなことが予測できる。さらに慧音の能力からして、『少女の歴史を作り変える必要がある』と、判断した小町は、調書の中の虫や動物に噛まれやすい体質であることに着目し。

 少女を噛んだ生物の中に、妖怪が混ざっていたのではないか。

 つまり通常の毒とは違う――

『遅効性の特殊な呪詛』

 それが、虫や動物の姿に近い妖怪から。
 少女に感染したのではないか、と閃いた。

 そして、そんな症状を生み出す妖怪がいないか、と。
 永遠亭に相談したら。
 見事に大当たりだった、というわけである。

「土蜘蛛の中に、遅効性の呪詛を持ったものがいる。呪いが発動すると個体は死亡し、周囲の人間たちにも被害が及ぶ。そんな奴なんて初耳ですし」
「私だって初耳でしたよ」

 それを確かめた上で、慧音に蜘蛛に噛まれたという歴史を作り変えて貰ったというわけだ。
 映姫の話によれば。
 最近地下世界と地上世界を行き来する妖怪が出始めて、その中でも土蜘蛛に関する記述に危険なものがあったから、奇妙な色の蜘蛛に噛まれたものがいないかを確認したところ。
 一名だけ人里に居たから念のため、ということらしい。
 寿命も後一ヶ月以内に死亡するという。
 不自然なものだったから試しに、と。
 それをついさっき聞かされたのだという。

「でも、いいんですか? 閻魔が勝手に人里の寿命操作なんてしたりして。それにお試しで寿命より早く刈取るなど。あってはならないことだと思いますが」
「今回は特別らしいですよ。私の上司からもそういう命令が出てますから、できるだけ口外しないように、とも言われていますけどね。考えても見なさい、小町。今の世界で人里の人間が大量に消えると、その幻想に支えられていた妖怪も消え去る。そして人と妖怪たちの信仰を集めていた神も力を失い、消える恐れすらある。そして、情けないことですがそんな多種族の魂を大量に受け入れる準備なんて、今のこちらにはない。そんなことを堂々と上が言えるはずがありませんから」
「……えっと、すっごく大雑把に言うともしかして」

 あははっ、と苦笑しながら。
 小町はあっさりとその言葉を口にする。

「面倒臭かっただけ、とか?」
「あなたに言われると救いがなさそうですね」
「あ、酷いですよ! 私これでも必死にがんばったんですからね!」
「ええ、ですから。その活躍に応えてたまに二人でコレでもどうかと」

 口元に右手を上げ、何かを傾ける仕草をする。
 それを見て小町は目を輝かせて、上司の手を引いた。
 もう、早く早くと言わんばかりに。

「今日はぱーっとやりますよー! もちろん無礼講で♪」
「それは私の台詞です、小町」

 一仕事終えた後の、開放感の中。
 小町はその日、浴びるように酒を飲み。
 映姫は彼女が満足するまで、笑いながら付き合ったという。









 そして。

 そんな映姫の机の中にある。

 秘密の、黒い手帳の中。



 将来の十王候補の中に『小野塚 小町』の名前が付け加えられた。
 ここまでお読みくださりありがとうございます。

 なんだかんだいって信頼しあってる二人組みみたいのが出せればイイナと思ってっ!

 ある意味、小町みたいな死人と一緒に船に乗ってる人の方が出世して閻魔になるんじゃないかなと思ったり。

 ご意見ご感想あればよろしくお願いします。

追伸:多数の誤字申し訳ない……

さらに追伸:もう一度修正しました
pys
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1210簡易評価
4.90ぺ・四潤削除
いろいろ映姫様の意図を考えてみたけどわからなくて、答えを見てなるほど!と。
いきなり後日談へと展開してしまったので、慧音とのやり取りの末ああいう結論に行き着いた過程をもう少し見てみたかったような気がします。
なんだかんだ言って信頼し合っている二人がいいですね。
9.70賢者になる程度の能力削除
もっと詳細が見たいッ!!
13.80名前が無い程度の能力削除
面白かったです。が、やはりちょっと描写が物足りなかったです。

>痛みの術式が解け
「痛み『で』術式が解け」では?
18.90名前が無い程度の能力削除
なんかいい
19.80コチドリ削除
組織の、所謂中間管理職的な上司とその部下である映姫様と小町。
この二人の関係って、幻想郷で数多に存在する他のペアと比べても
一種独特な味がありますよね。 うん、好きだなぁこういうの。

しかし、こまっちゃんが将来の十王候補ですか。
あの手この手でその任から降りようとジタバタする彼女と、スッポンの如く
喰らいついて説得しようとする映姫様が目に浮かぶようだ……
29.100名前が無い程度の能力削除
ほぼ1年過ぎた作品への評価… 届くのですかね?w
ややボリュームに欠ける気がしますが、今回は刈り取らないこまっちゃんGood♪