~~……何時か。遠い昔……何処か、遠い場所。
『地子ちゃーん! 遊ぼーう!』
友達が私を呼んでいる……
『はーい! あ、■■様! 行ってきます!』
『ふふ。地子は友達が多くて良いわね』
そうかな……
『遅くならないうちに帰るのですよ』
『はい!』
布団から身体を起こしている女性。優しく私に微笑む。だけど、『顔』を思い出せない……この人は、誰だっけ。
私は、彼女が誰なのか、思い出せない……~~
* * * * * * *
天宙(そら)を見上げた……
* * * * * * *
地上は騒がしい。今に始まった事ではないが、農家共がせっせと作業をしている。
楽しいのだろうか。あんな泥塗れになりながら、土と戯れる労働。天人の私には分からない。
分からないけど……こんな怠惰に溺れてしまった天界に比べれば、充分マシなのだろう。
私―――比那名居天子は天界(此処)が嫌いだ。これは周知の事実であり、当の私も自覚している。
『不良天人』。
銘家、比那の名居家の御令嬢でありながら、周りからは不良(アウトロー)の烙印を押されていた。
「不良、ねぇ……ハンっ」
何を『良』とし、何を『悪』とするか。御付の竜宮の使いから言わせれば『クソ喰らえ、気にするな』だそうな。
「決命其不非自他、唯『神』已知得事也(其れを決めるは自他に非ず、ただ『神』のみぞ知る)、か……」
龍神信者の良い所であり、恐ろしい所だと思う。『アレ』が善と言えば正義、悪と言えば弾圧されるべき対象だ。
この信者に限らず……宗教は恐ろしい。世界観が変わるのだろう。
年度初めとなり、地上も天界も、はたまた地獄、冥界全てが忙しい中、私は暇を弄んでいた。
やる事が無い。必要すらない。というか……何も任されやしない。『不良』だからね。期待0ってか。
……今、天界の中でも最も高いと云われる場所にいる。
天人達からは『宙石』何かと呼ばれて崇められているが、こんなもの『タダの岩』で充分だ。
兎角、私はこの岩に座り毎度毎度阿呆みたいに歌い、踊り、呑み、寝転んでいる天人共を一望していた。
因みにこの岩、立入禁止。知った事ではないが。
しかし、誰も私を咎めはしない……彼女以外は。
「総頭領娘様」
ほら、喧しいのが来た。
「立入禁止と言っているでしょうに」
「誰も注意しないわ」
「私が、してます」
ああ言えば、こう言う。
竜宮の使い―――永江衣玖。幾名かいる宮仕えの中で、唯一私に構う変わり者。貧乏籤を引いただけやもしれないが。
「変人」
「生憎、『人』ではありませぬゆえ」
ヤレヤレだ、疲れるだろう。よくもまぁ、こんな早朝から。
父上の命令とは言え、逐一私の面倒を見るなんて相当なモノ好きか、キチ○イじゃなかろうか。さっさと帰ればいいモノを……
ふと思う。何時からだろう。他の天人が私に話しかけなくなったのは。
始めは、皆、嫌々ながらも話を振って来た。まぁ、この頃は初々しく応じるさ。天界に来たばかりだもの。
だが、やはりと言うべきか、次第に会話は無くなった。やはり私は天人の『器』ではないと決め付けたのだろう。精々注意と陰口だけになる。
……勿論、そんな奴らブッ飛ばしてやったが。
そして終いに、私は天界から『消えた』。物理的ではなく、社会的に。
うわの空から実に戻り、衣玖を見る。
「ふっ。アンタと御父様以外、私が見えないのかもね」
「世迷い事を。そんなに御自分を卑下なさらないで下さい、総頭領娘様。
他の天人方に交じろうと思えば容易く交じれますよ。折角、素敵な謡舞いをお持ちなのですから、直ぐにでも」
「莫迦言わないで。『クソ喰らえ』。御免被りますわ」
「……はぁ。もう」
あんな『夢も希望も無い』俗世を捨てた輩の仲間入りなど、してたまるものかよ。
そして私は衣玖から眼を離し、天を仰ぐ。竜宮の使いは腰に手を当て溜息をつき、雲の中へ消えて行った。
併し、まぁ、天に居ながら『天を仰ぐ』とは是れ如何に。
「天の上は何たるか……宙、かな?」
莫迦な事を。
「……ん?」
刹那、視線を感じた。
「誰か……私より『上』にいる?」
物理的な意味でだ。この岩より上に居るとは……生意気。ちょっと苛めてあげようかしら。
「太陽の方(東)ね。分かりやすいぐらい、被ってやがるわ」
私はコレでもかというくらい上に昇った。見下す天人達は最早、見えないほどの高さ。
もしかして、結界の高さベクトルオーバーしてるかも。 今はそんな事を気にせず、一心不乱で昇り続けた。
空気が薄くなっている事なんか気付かない。ただひたすらに。
ふと、雲の様な岩の様な……不思議な塊を見つけた。視線(プレッシャー)はアソコから。大きな氣が、二つ。
「この先ね……鴉と、何アレ? 天人?」
そして、私は、彼女と出逢った―――
* * * * * * *
~~……夕暮れ刻。家に帰ると、父が泣いていた。
父だけでは無い。見知った親族達も集まって涙を流していた。私が如何したのと聞くと、父が目を擦って応える。
「地子……■■が……」
ふと、父の後ろを見る。瞬間、目の前が真っ暗になった。
「■■、様……え?」
綺麗な人形みたい。でも、それでも、分かる。人形なんかじゃ無い……これは、亡骸だ。
……どれくらい泣いたか分からないが、ふと、父が畏まって私に告げた。
「地子。これから名居家の御方々と共に……天界へ移る」
幼い私には意味が分からないかった。ただ、今は■■が死んだ事実に心を埋められ、正気では無かった。無論、父の話などコレっぽっちも入るわけがない。
しかし、父は私をあやす様に……黙らせる為に……私利公欲を交えて……
「天界には……■■も、居る……」
虚言を吐いた。
私は目を丸くし、父に掴み掛かった。
「本当!? 本当なのですか!?」
「……出発は早い方が良いと名居様も仰っておられる。明日にでも発ちたいから、準備をしておきなさい」
「やったぁ!!」
私は幼かった。愚かだった。今考えれば簡単な事。生前大した軌跡を辿っていない■■が、天界に召されるわけが無いのに。
「……すまん。愚かな父を許せ……地子」
此の時父は、一言も『本当だ』とは言っていない。此の誤魔化しが、私の地獄の始まりだった……~~
* * * * * * *
「ちょっと!」
私は声を掛けた。天人(?)らしき女性は何も言わず、此方を見る。
「アンタ、なんでこんな場所に居るのよ」
「……」
無言。終始通すつもりか。私は睨む。
……しかし、妙麗な女性だ。
これ以上無いほどの長い黒髪。薄着ながらも品の有る衣服。そして、全てを見通しているかのような……眼。
彼女はその眼で、此方を見遣った。思わず身じろぐ。
「名は」
「う、え?」
「名は、何と申す」
私はポカンと口を開けた口を閉じ、我に戻る。そして嘗められない様に声高らかに、告げた。
「天子。比那名居天子よ!」
「比那名居……『名居』家の臣民か」
カチンときた。
「何? アンタも『天人崩れ』って言いたいの」
「そんな事は無い」
「嘘ね。『名居』を出すって事は、ウチの成り行きを知ってる口でしょ!」
先の通り、比那名居一族は他の天人とは異なり修行を積んだわけでも無く、ただ名居守に仕えていただけだったので、天人としての格を備えておらず、天界では良い目で見られていなかった。
つまりコイツは私を……『比那名居』を莫迦にしたのだ。
「覚悟はできてるんでしょうね」
「……下らぬ。家名などに囚われおって。お主は」
「問答無用オォ!!」
剣を抜く。本来、御法度だが知ったこっちゃない。生憎私は『不良』天人様。逆らえる者など……いない!
刃が女性に迫る。ところが、思わぬ邪魔が入った。
「クカァ!」
「んなっ! じゃ、邪魔よ! 退け!」
鴉。私の顔の周りをグルグル回り、剣の上に止まった。
「こ、この! ……え」
「クワァ」
気付く。この鴉、蒼い……そして『三本脚』だ。
「じ、地獄鴉?」
「ク、カッカァ!」
「うわっ、や、止めろ!」
何かを訴える様に三本の脚で蹴ったぐってきた。其れを見て、女性が苦笑。
「な、何よ!」
「ふふっ。いや、そいつがそんなに楽しそうなのは、久しく見なかったからの」
「た、楽しいだぁ?!」
「因みに、『地獄の鴉なんぞと一緒にするな!』と怒っておるぞ」
「カ、クワっ!」
フザケルナと言わんばかりに、首を振る鴉。其れを見て更に微笑む女性。
私は、なんかもう毒気を抜かれてしまった。剣を仕舞い溜息、そして女性への質問を続ける。
「んで? アンタはなんでこんな場所に居たのよ」
「意味など無い。『在るがまま』だ。其処に在るモノが其処に居る理由は、天に問うても分からぬ」
「意味不明。あのね、此処は非想非非想天より上よ? 知ってる?」
「無論。寧ろ私が問いたい。何故此処へ来れた?」
「え?」
何を言っているのだ。コイツ、天人になる前は哲学者でもやっていたのだろうか。
女性は続ける。
「此処は『結界』の境界ぞ?」
「へ? そうなの?」
「……不思議な娘じゃ」
「カァ」
そう言って、雲だか岩だか分からない塊りの上に座した。
しかし、結界の境界、つまり博麗大結界のオーバーラインという事だろうか。コイツは驚きだ。無性に嬉しくなる。
ふと、女性が何かを見ている事に気が付いた。
「何見てるの?」
「人々の営みじゃ」
目を凝らす。成程、地上の人間達の農作業を見ていたのか。モノ好きなこって。
「楽しい?」
「さぁな……」
「何やってるか分かるの?」
「うむ……年度初めだからのぅ。四月朔日じゃろ」
「わたぬき?」
何じゃそりゃ?
「人間は服を着る。綿は衣食住の『衣』と『住』に欠かせぬ物じゃ」
「へぇ。詳しいのね」
女性はさも当たり前化の様に頷き、上へ上へと視線を移した。
今度は……天人の宴だ。腑抜け共を見たって、何の得もありゃしない。
「あんなの見る価値無いわよ」
「ふふっ、さぁな。まぁ……」
悲しそうな笑みを浮かべて、ごちた。
「……彼、彼女らの宴に理(ことわり)を見出せぬよ」
「は?」
「アヤツらの歌舞いは、世辞にも褒める価値が無いという事じゃ」
「ふーん」
次いで鴉も嘲笑うかのように鳴く。成程、この女性の眼は『真眼』らしい。わかってらっしゃる。
気に入った。
「アンタ、名前は?」
「アマ……」
「あま?」
女は口籠り、たどたどしく応えた。
「いや……『ヒミコ』だ」
「ハァ!? ひ、卑弥呼ぉ?」
驚いた。多分偽名だろうが、随分恐れ多い名前を用いる。
私はそれ以上深く聞かず(正直なところ、何も言えなかったのだが)自称『卑弥呼』さんに別の質問を続けた。
「アンタ、『ヒミコ』さんとやらは天人なの?」
「はて」
「さぁ……って。じゃあ、妖(アヤカシ)? それとも幽霊? 宇宙人? 神?」
真逆(まさか)、人間じゃあるまい。
「如何でもよい事」
「クカっ」
ヒミコはそれ以上何も言わなかった。ただ鴉がピョンピョン跳ね回るだけ。
変な奴だ。それ以上聞くのは無意味だと思い、私は宙岩へ戻った。何処かこう、蟠り(わだかまり)を残して。
* * * * * * *
~~……刻は飛ぶが、私は心から霊夢達に感謝している。理由は簡単、私を地獄から引っ張り上げてくれたからだ。
天界での暮らしは、『地獄』だった。
私じゃ、彼らと素行が違い過ぎる。所詮私は、名居家の家臣の連れ子。『天子』なんて大層な名前を貰ってようが、ただの凡人上がり。
天人共は私を蔑んだ。
そして、私は、『不良(独り)』になる。周りから、自ずから……
私の考えとしては、天界なんて所は達観(枯れてる)死者が訪れる到界だ。少なからず好奇心、探究心が残っていた私には苦痛でしかない場所である。
彼らの歌舞は、死者が地獄の業火で焼かれ、のた打ち回って悲鳴を上げているのと同じモノに思える。未だにだ。
そんな時、衣玖と『歌仙乙女』に出会った。彼女達は、此方に来てから初めてまともに話をしてくれた人妖だった。
赤毛の『歌仙乙女』。始めは私の魂を狩りに来た死神だと思いきや、私に話し相手をしろなんて言ってきやがった。嘘か実かは分からないが、暇だったらしい。
衣玖はこの時点で既に私の御付だったが、この死神の御蔭で初めて私と対等に話をしてくれた。
そこで、私は下界で流行っている『スペルカードルール』と『異変』の存在を知る。
私は、動いた。この日常をブチ壊す為に。
そして結果、『友』を得た……~~
* * * * * * *
詳しい刻は分からないが、そう遠くない先の日だったと思う。この日『も』退屈だった。寧ろ、退屈じゃない日はそうそう無いのだが。
偶にヒョッコリ現れる小鬼なんかも居やしないし、珍しく衣玖も来ない。
地上に行こうかと思ったが……なんだか最近ゴダゴダしているらしい。地底から脱走した空飛ぶ船とか、弩デカイ影とか。
いつもなら飛びつきたいところだが、気乗りしなかった。
ふと、あの日の事を思い出す。
「ヒミコさん、ねぇ……」
あの女性。もしかして、またアソコに居るのかもしれない。
自分でもよく分からない衝動に駆り出され、私は再び上限境界(オーバーライン)へ身体を運ばせてしまった。
今はあの日と同じ早朝。場所は間違えない……太陽、東の方向。
昇る。息が苦しいが、どうも気にはならない。天人の頑丈さ故か、それとも、自身のこの形容し難い衝動が脳心を誤魔化しているのか。
そして、また、あの雲か岩か分からない塊りが見えた。以後、この塊りを『雲岩』とでも呼ぼう。
さておき、逆光に目を凝らす。
「……居ない?」
否。
「カア」
「うわっ」
一匹。三本脚が居た。
此方に気付いたのか、私の周りをグルグル回り出した。
「あら……アンタの御主人様は?」
「クワァ!」
「聞いても無駄よね」
生憎、畜生の言葉なんて分かりはしないし、心など読めやしない。
それにしても、彼女はいないのか。少々、残念。理由は自分でもよく分からないが。
まぁ、此処まで来て直ぐに帰るのも悔しいので、雲岩に腰掛ける事にした。
「カワっ」
「何だろね。暇、退屈よ」
「カカカ!」
「……なんか、莫迦にされた気がする」
鴉の癖に。
しかし本来、鴉は賢い鳥だと聞いたことがある。もしかして、人間の言葉、理解してたりして。
「……アンタ、私の言葉分かる?」
「カっ」
『肯定』と意しての行動か分からぬが、頷いた。もう少し、試そう。
「アンタは妖怪?」
「クカっ」
首を横に振った。続ける。
「ヒミコは、アンタの御主人様?」
「……カ?」
首を捻った。『判断しかねる』といったところだろうか。では……
「よし! 畑を耕す農具は?」
「クワっ!」
「蚕の餌になる植物は?」
「クワっ!」
「3×3(さざん)が?」
「クっ!」
……楽しくなってきた。それじゃあ、とっておき!
「この全人類が惚れ惚れするほど美しい超天界シンデレラ、天子ちゃんはこの世の何よりも優れている!!?」
「……アホゥ」
畜生! 完璧だ! 尻まで向けやがって!
私は腹いせに、ポカリと軽く叩いてやった。勿論、反撃されたが。
しかし、天人の頑丈さを嘗めて貰っては困る。三本脚のキック程度、痛くも痒くもないもんね。
「カァ! カァ!」
「ああ、五月蠅い! ゴメンったら、もう! お相子よ、お相子」
「……クワァ」
理解したのか、大人しく私の横に座った。しかし、三本脚で起用に座るもんだ。
その後、暫く二人(一人と一匹)で雲岩の上に座っていた。
「……そうだ。アンタ、朝飯食べた?」
「クカっ」
「そ。ほれ」
暇がてらに作って、携帯していた干し魚を鴉にあげた。
なんともまぁ、美味しそうに頭から貪り尽く。そんなに腹が減っていたのか。というか此処、餌は如何しているのだろう?
そんなことを考えつつ、私は干した桃(天界風ドライフルーツ)を齧った。
ふと、笑い声が。声の元は……真後ろ。
「……何時から居たのよ」
「ふふ、なに、今来たばかりじゃ。超天界シンデレラ殿」
「ッ!! こ、声かけなさいよ! 莫迦みたいじゃない!」
真っ赤になった私を見て更に笑う、彼女。この女郎。
「何処行ってたの」
「なに、ちょっとした野暮用だ……して、お主、如何して来た?」
一転、真面目に問われる。此方としてみりゃ深い意味は無いのだが。頬を掻きながら、ツンケンして答えた。
「別に。来ちゃダメなの?」
「……本当に、モノ好きな娘よ」
「悪かったわね」
互いに呆れ、苦笑した。鴉もカァと一声告げる。
「しかし、コヤツが人に懐くとは、珍しい事もある」
「へ? そうなの?」
「カァ?」
鴉と顔を見合わせ、同時に首を傾げた。ヒミコは更に微笑んだ。お前こそ、変わったヤツだと思う。十分に。
そういえばと、鴉の頭を撫で私は問うた。
「コイツ、名前は?」
「クァ」
「名? 名か……」
「へ?」
「いや……うむ……」
真逆、付けてないとか。
「ペットじゃないの?」
「『ペット』ではない」
「でも、アンタと仲良いんでしょ。てか、今までなんて呼んでたのよ?」
「むぅ……そういえば」
呆れた。私は鴉の方を向く。
「アンタも、『名無しの鴉』でいいの?」
「クカっ」
「でしょ」
「名前など、ラベルに過ぎぬだろう……しかし、お主、完璧にコヤツの言いたい事わかっておるのじゃな」
何処か不満そうに仰るヒミコさん。コイツもどっかの賢者連中と同じで、下らない事に凝り固まってるタイプなのだろうか。
兎に角、と私は鴉を指差し彼女に告げた。
「ラベルだろうが渾名だろうが何でもいいから、呼び名、付けたりなさい」
「うむぅ。お主、ヤケに楽しそうじゃの」
「別に」
実の所、高飛車そうなこの女性をからかえている気分で、少々愉快だった。
ヒミコは首を捻り鴉と睨めっこを始める。そんなに難しい事だろうか……
「ポチ」
「犬畜生じゃ無いのよ……それでいいならいいけど」
「むぅ……では、真名から文字って……『ヤタ』でどうじゃ?」
「『ヤタ』? 八咫の烏?!」
「カァ!」
エヘンと偉そうに胸を張る鴉。
「……嘘付け」
「クカ……カア! カアッ!」
「ええい! 飛び回るな! ふざけんじゃないわよ! 太陽の化身がこんな場所に居るわけ無いでしょ! どうせ極楽鳥か地獄鴉辺りでしょうに」
「本当なのだがのぅ……」
信じられるかってーの。まぁ、でもしかし……名前だからな。大それたものでもいいだろう。
私は鴉に平謝りし、ポンポンと撫で呼んでやった。
「ま、これからもよろしくね。ヤタ」
「……カア!」
名前が有ると、やはり違うな。何処か、楽しさが増す。
それから私達三人(?)は下らない御喋りを続けた。話の内容の殆どが、私が最近地上で見た出来事で、時々、ヤタの見た風景の話が交じった。
なんとも、霊夢や萃香達との話とはまた別の楽しさ。
彼女が聞き上手なのか、それとも独特の雰囲気が心地良いのか……何れにしろ、楽しい。
日の入りが分からない、この『宙域』。時間を忘れ、話は続いた。
「お主は賑やかな奴よのぅ」
「そう? 普通よ、普通」
「ふふ。友も多いようだしな」
「え!? そ、そう? 私、友達多い!?」
「ああ、聞いてる限りでは」
内心、ガッツポーズ。友達が多いなんて言われた事、今まで無かった気がする。
そして、そこで……どこか悲しそうな表情を浮かべるヒミコに気が付いた。
「……アンタは」
「ふっ……友、か。妾(わらわ)には……」
「……クカァ!」
ヤタがヒミコの顔に頭を寄せる。自分がいるぞ、とでも言いたいのだろう。彼女は苦笑し、ありがとうとヤタを撫でた。
私は何も言えなかった……こういう時、如何していいか分からなかった。
ふと、ヒミコは立ち上がり天子に告げた。
「そろそろ、時間じゃ……お主の迎えも来ておる」
「え? あ……衣玖」
下を凝視すると衣玖が私の探索をしていた。
「妾も用事がある。今日は終いじゃ」
「カァ」
「そう……ねぇ」
去ろうとするヒミコに一言。
「『またね』。ヒミコ、ヤタ」
「……ふっ。ああ、『また』」
「カアっ!」
手を振り、『呪文』を唱える。誰に教わったか忘れたが、絶対の魔法らしい。
ヒミコとヤタは西の方へ消えて行き、私も天界の方へ降りて行った。
……また来ようと決めて、もう見えない彼女達に手を振っている自分がいた。。
* * * * * * *
~~……そして、私は、大事な事を忘れてしまった。
嘗ての友も、■■の顔までも……~~
* * * * * * *
次の日、私はまたこの場所を訪れた。
最早、息苦しい事なんて気には止めなかった。不思議な感じ。言葉には表せないが、こうワクワクとでも言うのだろうか。
この日は、初めっから二人……一人と一羽がいた。
私はフランクに挨拶し、ヤタが私に飛び掛かる。その様子にヒミコが微笑む。
「あはは。止めて、ヤタ」
「カァ!」
「ふふ」
「おやおや。賑やかですな」
……知らない声が二つ。
「……誰?」
「うむ。初めまして……では無いのですがな」
「私は初めましてね」
「女と……亀ぇ?」
亀が、喋ってた。
「玄。知っておるのか?」
「まぁ、儂が一方的に知っておるだけですじゃ……では、これで。神綺殿も」
「うむ。またな」
「ええ。バイバイ」
空気を呼んだつもりなのだろうか、亀は私達に一礼し下へ降りて行った。
空飛び、言葉を発する亀……まぁ、幻想郷だしこんなことがあっても不思議じゃないか。
ふと、もう一人の女性が声を掛けてきた。
「可愛らしい娘。貴女のお友達?」
「さてな」
「つれないわね……さて、私も席を外そうかしら」
そう言って、私の肩をポンと叩いた。
「彼女を宜しくね。素敵な天人さん……あと、私の娘とも仲良くしてね!」
「え?」
そして女は、頭のたくましいサイドポニーを揺らし、悪魔の様な六枚翼を展開させ、南の方へ飛んで行った。
私は暫くその姿を見つめ、ヒミコに問うた。
「何、アイツ?」
「うむ。まぁ、妾と『同列』の者じゃ。因みに先の老獣も」
「変な奴らね」
「ふふ。アレでも神と守護獣じゃ。邪険にするな」
「神? 守護獣? ただの素敵ヘアーと老い耄れ妖じゃないの?」
「カァ」
苦笑し、ヒミコの近くへ座った。ヤタも私の帽子の上に座る。
「何の話をしてたの?」
「うむ。相談に乗っておったのじゃ?」
「相談?」
ヒミコは胡坐を掻きながら、話を続けた。
「ヤツには娘がいるそうでな」
「へぇ」
「帰って来いと言っても帰ってこないそうでな。如何したらいいとせがまれてのぅ……困ったもんじゃ」
「あはは……」
「確かに、最近の幻想郷はちと危険が多い気もするからのぅ」
「危険、かなぁ?」
首を傾げた。ヒミコは苦笑するだけだった。
「で、なんて答えたの?」
「贅沢な悩みだ、と返してやった。子離れできんのも考えモノじゃ」
「ふふっ、確かに……」
私なんか、万年反抗期だって云うのにね。
さておき、私は今日も彼女と話をする為、やって来たのだ。他愛無い御喋りをする為に。
「あのね、今日は……」
話をするうちに分かった事がある。彼女は自分の話をしない。
何か疾しい事や後ろめたい事があるのか分からないが、基本相手の話を聞くだけだった。
無知という訳ではないと思う。私の話に的確な意見を述べ、遠慮なく合理的な感想を応える。
だから如何こう言う訳ではないのだが……気にはなった。
私は暫く下界の話をし、ふと、彼女に問うてみた。
「アンタ、あんまり自分の話しないわよね」
「妾の話なんぞ、面白くないぞ」
「ふーん、気になるけどなぁ」
「カァ」
ヤタも便乗し、頷いた。ヒミコはヤレヤレと苦笑し、そうだのぅ、と頭を捻らせる。仕方ない。助け船を出すか。
「じゃあ、家族は?」
「家族……か。いる。いや、『いた』よ」
「え……あ、その……」
地雷か?
「ふっ、構わぬ。そうだな……
堅物の父に会ったことの無い母。弟二人。あと、子孫が……沢山じゃな」
「し、子孫?!」
コイツ、何歳だよ。
「女性の年齢はタブーぞ」
「別に聞きゃしないわよ……それより子孫って? そんなに『捻り出した』の?」
「ククク。『捻り出し』てはない。
そうじゃのぅ……要は政治云々や建前上、親族関係が必要だった。それだけじゃ」
「ふーん」
面倒臭い人生送ってるようだ。
「じゃあ、『ホント』の家族はいないの?」
「……」
一瞬、ヒミコの顔が曇る。
何処か遠い目をして、そして、告げた。
「い、たよ」
「……」
「旦那と、娘が一人。普通の家庭だった」
その時の彼女は、普通の『母親』の顔にしか見えなかった。
「何かあったの?」
「……『何も無い』事にされた。それだけだ」
「……そう」
それ以上は、聞けなかった。
いくら私が図々しいとはいえ……目尻に涙を溜める彼女を見たら、それ以上は深掘りできなかった。
「ごめん。今日は、帰るね」
「カァ」
「……すまんな」
謝らないで欲しい。寧ろ、此方が謝りたいと云うに。
「また、来る」
「……好きにすると良い」
そんな顔、しないでよ……
「……バイバイ」
「ああ、じゃあな」
消えそうな彼女に手を振り、私は天界に降りて行った。
* * * * * * *
~~……私に足りないワンピース。■■。貴女は知ってるのかな……~~
* * * * * * *
次の日、気まずいが、再び足を向けてしまった。何故かはわからない。しかし、気付いたらアソコに行こうとしていた。
「……よしっ。気を取り直して!」
「総頭領娘様」
「衣玖……何か用?」
何時の間にやら、竜宮の使いが目の前に居た。
「何処へ?」
「何処でもいいじゃない」
まったく、口うるさい。。
「……そうですね。御自由でしょう」
「何よ。ったく……」
「御待ちを」
竜宮の使いの忠告か? しつこい。
「いえ、龍神様からでは御座いませぬ」
「じゃあ何? 父上様?」
「いえ……天界全体に御触れが出ています」
「御触れぇ?」
なんだそりゃ。
「ここ数日内、天界に不法侵入者が紛れ込んだみたいです」
「不法……萃香?」
「いえ。彼女は、なんかもう……気にも止められてませんので」
だろうな。見事に天人の宴に混ざってやがるし。
「で? だからなんなの?」
「……天子様。最近、何方かとお会いしているようですが?」
「ッ?! ……覗き? 趣味悪いわね」
「そう仰らないで下さい……兎角、接触は控えて頂きたいのですが」
「何でよ」
睨みを利かせてやる。だが衣玖は馴れたもんで、あっさり流しやがった。
「彼女は、『世界の引鉄』です」
「は?」
「近寄るだけで、害が及びます」
「意味分かんない」
「……貴女が、莫迦で無い事を祈ってますよ」
そう言って、衣玖は消えて行った。何が何だか分からない……まったく。兎角、私は飛んだ。
そして、いつもの場所。ヒミコはいつもの様に何をするわけでもなく、佇んでいた。
「……天子」
「やほ。来ちゃった」
はにかんで、手を振る。
ヒミコは一瞬、目を丸くさせ……そして苦笑した。
「図太いのぅ」
「ふふ。褒め言葉として受け取っておくわ……あれ?」
ヤタがいない。
「ああ、ヤツはちょっとした使いで外しておる」
「使い?」
「うむ、月までな。姪娘へ定期的に文を渡しておるのでな」
「……はぁ」
ますます、良く分からないヤツだ。
深く考えると限が無いので、私は何時も通り適当な話を始めた。昨日の話の続きをしよう。
「ヒミコの家族の話……あ、弟の方でいいよ。教えて」
「弟、か……」
ヒミコは語り出す。
「上の弟は、野心家でのぅ。何をするにしても頭で考えてから行動して、理屈っぽい奴じゃった。
そのくせ気は小さくて、何時も妾の後ろについてきたな。下の弟に泣かされおって……思い出すと、可愛いもんじゃな」
「ふふ。良い御姉さんじゃないの」
「下の弟は、脳筋莫迦でな。考える前に行動しおって、周りの迷惑も考えずにな。
家族の誰が何と言おうと、言う事を聞かん奴じゃ。腕っ節が強いから余計厄介でな……妾が本気で叩かないと、黙らない事も多々あった」
「……へぇ」
ふと、私を見て苦笑した。
「アンタ、今『私に似てるかも』なんて考えたでしょ」
「いや……ぷっ……そんな事は無い」
「ムキィ!!」
私は脳筋莫迦じゃないもん……多分。
「まぁ許したるわ。で? 弟さん達は今何してるの?」
「上は『王』を。下は……わからん」
「へ? 行方不明?」
「いや、まあ、そう言ってしまえばそうなんじゃが……何考えてるか分からん」
「……多分。そういうとこは、アンタに似たのね」
「む。手厳しいのぅ」
小奇麗な顔を顰めるヒミコ。ちょっと、優越感。
「じゃ……娘さんは? あ、嫌なら話さなくても」
「構わんよ……そうだな」
微笑み、雲岩に胡坐を掻いて座した。私も隣にチョコンと座る。
「不思議な子じゃった。妾よりも、力はあったが……考え方が周りに合わなかった」
「考え?」
「宗教的な問題だが、妾の周りは『死』を穢れと見做した」
「……へぇ」
『死』。尤も、天人天界は死後の世界なのだが……私は特例ね。
「娘は、死を許容できたのじゃ。故に……周りから疎まれたこともあった」
「……周りがカスね」
「ククク、言うのぅ。まあ、その通りじゃが」
宗教観の違いで差別される事は世の常。ただ、私はそれを善しとは思わない。
「で? 今は離れて暮らしてるんでしょ?」
「……わからぬ」
「え……」
彼女は首を振り、遠くを見た。真逆(まさか)……既に……
「いや、生死さえもわからぬのじゃ。ただ、今妾があの子に会えば……危険が及ぶ」
「……」
さっき、衣玖が話していた事は、多分本当なのだろう。
コイツの娘というのは、コイツとセットで危険度がアップしてしまうといったところだろうか。
私は素っ気無いふりをし、話を続けた。
「ふーん……ヒミコ様の娘ってことは、宛ら『イヨ』様ってところかしら?」
「うぬ、よう分かったのぅ。『嘗て』友だった者に預けたが……無事であって欲しいな」
……なんと、まぁ。
ヒミコはそう告げ、何処か悲しそうに宙を仰いだ。私は気に止めぬよう装い、帽子を弄る。
何か話題は……そうだ。昨日の亀!
「そういやぁ、昨日の亀は何しに来たの?」
「アヤツは、博麗の巫女の近況を報告に来た」
「へ?! 霊夢の?」
なんと、まぁ以外。知っているのか?
「なんて?」
「心が不安定らしい。結界に大きな損傷が見られる」
「……おっかないわね」
「まぁ、妾は問題無いと見るがな……八雲が大そう不安がっているらしい。まったく、杞憂じゃと言うに」
「八雲……紫」
あのいけ好かない、スキマ妖。
「知ってるの?」
「知っておる。ただ、ヤツは妾を認識出来ぬ故」
「此処(宙域)の存在を知らない?」
「存在は知っていても、来れはしないだろうな。所詮、ヤツは人間よ」
「へ? 妖怪でしょ?」
「妾から言わせれば、彼奴は『ヒト』じゃ」
そう言って、不敵に微笑むヒミコ。まったく、コイツは……
「アンタは、何?」
「妾は妾じゃ」
「人間や妖なんてもんじゃないのは分かった。神か、悪魔か……そういった答えよ」
ピクリとヤタが顔を挙げた。ヒミコはクククと笑い続け、楽しそうに答えた。
「神……神のぅ。妾から言わせれば、神も人も妖も、天人さえも同じじゃ」
「……なによ、それ」
「いいか、天子。覚えておけ……人間無くして、他の存在は有り得ぬのじゃ」
「は?」
何を言ってやがる。
「人間の信仰無くして、神・天人は存在せず。人間の心無くして、妖怪・霊類いは存在せず。
かといい、人が優位を持つなどと勘違いしてはならない。奴らが生きる『地球』こそ、これ等が統べ、闊歩する箱庭なのだからのぅ」
「なるほど。まったくわからん」
……私のオツムじゃ、理解できませんよ。
「人間は人間の上下に人間を作ろうとする。其の他の存在は、人間の上に自らを置こうとする。なんと滑稽、愚かな話よ」
「そういうアンタは如何なのよ」
「なに、妾は卑し女よ。大陸の王にもそう言われた」
なんだ、魏志倭人伝でも捩(もじ)ってるつもりか?
「随分謙虚なのね。ヒミコ様は」
「謙虚? 違う、在りのままよ」
「私には分からない」
「ククク。そうじゃな。分からん方が良い」
また仙人か賢者みたいな事を。
結局、この日もダラダラと御喋りをして解散となった。
私は帰りながら、考え事をした。彼女……自称ヒミコの正体についてだ。幾つか、仮説を立ててみる―――
・仮定1……『コイツは卑弥呼』。
コイツを邪馬台国の卑弥呼と仮定するのであれば、何処か納得する点もある。
邪馬台の女王と言えば歴史上でも有数の偉人。故に天人に昇格される事だって在りえるだろう。云わば、卑弥呼=天人説かな。
そして、娘の名を『イヨ』と言った。漢字で如何当てるかは(漢字かすらも分からないが)別とし、卑弥呼の次の王は娘の『イヨ』と残されているモノは多い。
本人が自分を天人じゃ無いと言い張っても、そんなの真偽は分からない。覚りじゃないし。
・仮定2……『上部結界の管理人』。
コイツも納得はいく。誰も好き好んでこんな辺鄙な場所に居座りはしないだろうが、仕事というなら別だ。
スキマ妖怪と同じく何かしら正体不明の上位妖で、此処を守っている。そうすると多分、上司は閻魔。
あの冥界管理の亡霊姫や旧地獄管理の覚妖も、一応、閻魔の部下という位置づけであるらしい。ヤタも地底から連れてきた地獄鴉で納得いく。
閻魔の部下の妖怪説、としよう。
・仮定3……『霊・幻の類い』。
考えたくは無いが、在りえなくも無い。コイツは、見える者にしか見えないのだ。
私には何らかの理由で見えてしまっている。あの亀や逞しい(?)女性も同じ。若しくは、私の『頭の中』だけの存在。
無意識のうちに私の脳心が創り出した幻影。云わば、天子妄想説。
―――こんなところか。
「……バカバカしいわね。止めた止めた」
どんな仮説を立てようと、彼女が彼女である事に変わりは無い。
私は今まで通り彼女の下を訪れて、他愛無い雑談をするだろう。それでいい。『それがいい』。
……明日もまた、会えるかな。
* * * * * * *
~~……夢を見た。
顔を思い出せない優しい女性と、私が歌舞の稽古をしている。
■■様……~~
続きはまだかとwktkし続けて二ヵ月弱……あっという間に読み終わってしまい続きが楽しみでしかたないっす。
思っていたよりは天子が衣玖さんが普通だったwまぁまだ始まったばかりだから何とも言えないですがw
しかしヒミコの姿が某家族日記のクラゲにか思えないw
・4,9,10番様> 私は帰って来たアァッ!! ……はい。調子乗りました、すいませんw
・11番様> 常連さんですか。嬉しい限りです!
天子はこれからキーマンになって貰わねばならないので、頑張って貰います。衣玖さんは……まだまだ秘密が多いですよ?
ヒミコは黒髪ロング白ワンピって具合に完璧な純和風女性ですっ!! まぁ、いずれピクシブ辺りで全オリキャラの原画設定描きます(オイw