すっごいトイレに行きたい。
もう尿意で私の膀胱が大爆発しそうだよ。
今すぐにでもここから跳ね起きて、トイレへ駆け込みたい。
確かトイレはこの部屋から走って1分くらいだよね。
なんてことは無い距離だよ。
だけど行く事が出来ない。
だって起き上がれないんだもん。
フランとこいしに乗っかられてる所為で、ピクリとも動く事が出来ないよ。
はぁ、どうしてこうなったんだろ。
あんな子供っぽい争いをしなかったら、こんな事には成らなかったのかなぁ。
おもらしなんて、恥ずかしくて出来ないよ。
もう我慢しなくていいよね……。
『誰でもいいから、私を助けて!』
【話は数時間前に遡る】
「さぁみなさん、お腹一杯食べてくださいね」
「「「はーい!」」」
紫色のモジャモジャヘアーに、園児のような服を纏った小さい体。
そんなこいしの姉、さとりに呼ばれた私達三人は、煌びやかな地霊殿のリビングで洋風な夕飯を食べる事になった。
眩しいくらいに鮮やかなステンドグラスにピカピカに磨かれた清潔な床、炎が揺らめく暖炉にみんなで座れる大きいテーブル、どれも暖かい雰囲気が出ていてとっても居心地がいいよ。
命蓮寺みたく畳に座るのもいいけど、たまにはテーブルで食べるのもいいね。正座をしなくてもいいからラクチンだよ。
「お姉ちゃん頑張って作ってくれたから。みんな遠慮せずに食べてね♪」
「言われなくても、たっぷり食べさせてもらうよ」
テーブルの上にはグルグル巻きのスパゲッティーに、甘い香りのコーンスープに肉の入ってない肉じゃが。
どれも湯気が揺らめいて、とっても美味しそうだよ。自然と涎も垂れてくる。
こんなご馳走を前に遠慮なんかしたら、それこそさとりに失礼だ。
それにこいしの家はいろんな動物の鳴き声が聞こえるから、さらに格別な味になるよ。
生き物たちの心躍らせるバックコーラス
『にゃーん、ぎゃおー、かー、がおー、さっとりー』
そっと耳を傾ければ、こんなにも正体不明の歌が聞える。
本当にいい場所だねここは。心が休まるよ。
「うん、やっぱり正体不明はいいもんだね。ずっと聴いていたいや」
「幸せそうな顔しちゃって。相変わらず正体不明フェチなのね」
ふん、頬にスパゲッティー溜め込んでいるフランには言われたくない。
リスみたいな顔になってるぞ。
いまフランのホッペを押し潰したら、噴水みたいにスパゲッティーが飛び出そうだよ。
「乳臭い小娘にはわからないでしょうねぇ。この素晴らしい歌声が」
「貴方も混ざってきたらどうかしら? 『ぬぇ~ぬぇ~ぬぇ~ん』って泣いてきなさいよ」
「ふん、その前にフランを『フリャ~ン、フリャ~ン』って泣かせてあげるよ」
「いい度胸ね。やるって言うなら今夜は寝かせないわよっ」
「もー、食事のときくらい大人しくしてなよ二人ともー」
こいしに言われてはっと冷静になる。
気が付けば私はイスから立ち上がり、フランと睨みあっていた。
しまった、私とした事が熱くなりすぎちゃったよ。
さとり達が面白いショーを見るように笑ってる。
隣を見ると、顔を真っ赤にしたフランが「あちゃ~」って呟いてるよ。
私も恥ずかしくて体が火照ってきちゃった。
もう自分にモザイクをかけちゃいたい……。
「えーと、ごめんなさいみんな。ついこいつの口車に乗せられちゃって」
「私の所為にするなよ、フランが余計な事言わなきゃ良かったんだろ」
「貴方が変な事言うからでしょうがっ」
「だーかーら! ケンカしちゃ駄目だって二人ともー!」
「「ごめんなさい……」」
まさかの二度目、もうなんですぐフランとケンカになるんだろ。
普段怒らないこいしにも怒鳴られちゃったよ。
あー情けない、情けない。
「もう穴があったら入りたいよ……」
「ならあたいが灼熱地獄に落としてあげましょうか?」
「いやいやそれは勘弁してー」
お燐が滑車を持ち上げたのを見て、私はぶんぶん横に首を振る。
「あんな所に落とされたらヤケドしちゃうよ!」
必死に首を振る私の姿が可笑しかったみたいで、周りのみんなにまた笑われたよ。
あ、くそ。フランまで笑いやがって。貴方も同罪でしょうが。
もー、赤っ恥だよ。
「まぁまぁ、ケンカするって事は仲がいい証拠ですよ。ところで、料理は美味しいですかフランさん?」
さっきから掃除機のようにスパゲッティーを食べているフランに、さとりが尋ねた。
心が読めるんだからあえて聞かなくてもいいと思うのに。
「ええ、咲夜のも美味しいけど。さとりさんが作ってくれたミートスパゲッティも凄い濃厚な味で素敵だわ」
「それは安心しました。お口に合わなかったらとドキドキしましたよ。沢山食べてくださいね」
「はーい!」
フランがフォークを片手に料理を褒めると、さとりが顔をほころばせる。
お口に合わないなんて心配する必要無いのに。
タバスコでイタズラしようと思ったけど、あまりに美味しいからやめちゃったくらいだよ。
「あいつにも食べさせてあげたいくらい美味しいわぁ」
「うふふ、なら今度レミリアさんと一緒に来てくださいよ」
「迷惑じゃないかしら?」
「大丈夫ですよ。精一杯歓迎しますわ」
さとりが言うと、フランは嬉しそうにありがとうって礼をする。
あいつってやっぱりレミリアの事か。まったく、仲がいいのか悪いのかわからないよ。
しっかしグルグルと綺麗にスパゲッティを巻き取るフランの食べ方。さすがはお嬢様と褒めたいところだね。
沢山食べたのに、口にまったくケチャップが付いてない。
だけどバタバタと嬉しそうに足を振るのは、残念だけど子供っぽいよ。
空中でバタ足をしてどこへ行こうっていうんだよ。
いくら上品ぶったって、こういう所はまだまだなんだから。あはは。
「なんでぬえはこっちを見て笑ってるのかしら?」
「ん? えーと」
バタバタと足を泳がせるフランにジロリと睨まれる。
ふん、そんな子供っぽい行動しながら怖い顔しても、まったく迫力が無いよ。
だけど小さく笑ったつもりなのに、よく私の笑い声が聞こえたな。
デビルズイヤーは伊達じゃないらしい。豆粒みたいな耳の癖に。
さて、正直に言ったらまたケンカになるよね。こいしにまた怒られちゃうよ。
あ、丁度良い奴が目の前にいるじゃないか。
「いやー、こいしの口がトマトに侵食されてるからついね」
「むー? 私の口?」
「ふふっなるほどね。こいしちゃん、とっても可愛い顔してるわよ」
私がこいしを指すと、気が付いたフランも納得したように笑い出す。
こいしはフランと違って、フォークの限界にまで挑戦してたからね。
私の拳よりも大きかったんじゃないかな、あのスパゲッティーの塊は。そりゃ口の周りも真っ赤になるよ。
こいしは赤ちゃんだってのが、一目でわかるね。
「ほらこいし、はしたないわよ。口を拭いてあげるからこっちを向いて」
「んー、ありがとうねお姉ちゃん♪」
さとりが真っ白なナプキンを手に取ると、こいしはご褒美を貰う子供のように口を向けた。
トマトに汚染されたこいしの口が、丁寧に拭き取られていく。
姉と妹の仲睦まじい一時。さとりに口を拭いてもらって、凄い嬉しそうだなこいし。
周りに肉親がいない私は、少し嫉妬しちゃうよ。
「なら、ぬえさんの口も拭いてあげますよ」
「へ?」
急にさとりに言われて驚いた。
あ、さては私の心を読んだな。
「あ、いや。私はこんな小娘達とは違って、口の周りを汚すようなしょーもない真似はしないから平気だよ」
「遠慮しなくていいですよ、ほら」
そう言うと、さとりは私の口を優しく拭いてくれた。
それは汚れを取るというより、頭を撫でる様な仕草に感じたよ。
丁寧なマッサージを受けてるみたいに、とっても気持ちが良かった。
「ん、ありがとうさとり」
「どういたしまして」
そう言ったさとりの柔らかい笑顔を見てるだけで、なんだか照れちゃうよ
子ども扱いされるのは好きじゃない。けれど、不思議と悪い気持ちじゃなかった。
私にもお姉ちゃんがいたら、あんな感じに接してくれるのかな。
「私の事を、お姉ちゃんって呼んでもいいんですよ?」
「ひぇ!?」
ビックリしすぎて心臓が止まるかと思ったよ。
さとりは隠すという事を知らないんだね。そんな恥ずかしい事にやにやしながら言っちゃ駄目だよ。
みんなに私の心がバレちゃうじゃない!
「なーにぬえ? さとりさんの事をそんな風に思ってたんだ。まったくガキねぇ貴方は」
「ぬえもまだまだ幼い子供なんだねー。お姉ちゃんと一緒に、いい子いい子してあげるよ♪」
「ほらバレちゃったじゃにゃい。ああんもう、私の心読まないでー。こいしも私の頭撫でなくていいから!」
年長者の面目丸つぶれだよこれじゃあ。
ああ、恥ずかしい恥ずかしい。
さっきより体が火照ってきちゃった。いま自分の顔に触れたら火傷しちゃいそうだよ。
「もう煮るなり焼くなり好きにして!」
「うにゅ、じゃあ私が消し飛ばしてあげようか?」
「やっぱさっきのナシ。危ないからその砲台こっち向けないでー」
私が必死の形相でおくうを止めると、花が咲いたようにみんなが笑う。
あー、悔しい悔しい。
もう妬け食いだよ。
目の前の肉じゃがを全部食べつくしてやる!
「ふふ、美味しいですかぬえさん? 結構得意なんですよ肉じゃが」
私が肉なし肉じゃがを貪ると、さとりは嬉しそうにこっちを眺める。
そういえば、スパゲッティーやオムライスなんかが並ぶ食卓にこの肉じゃがは酷く不自然な配置に思える。少女達の中に雲山が一人混ざってる感覚。しかも肉じゃがなのに肉が無いと来る。
まぁ、私の大好物だからいいんだけどね。
「うん、甘くてとっても美味しい。持って帰ってみんなに自慢したいくらいだよ」
「ふふ、上手ですね。お世辞を言っても何も出ませんよ?」
「心が読めるなら、お世辞かどうかなんてすぐわかるでしょ」
私が言うと、さとりは驚いたように目を見開いた。
お世辞なんかじゃない。本当に、懐かしくて美味しい味だよ。
初めて肉じゃがを食べた日の事は、今でも手に取るように思い出せるよ。
あの日私は緊張で押し潰されそうになりながらも、命蓮寺へと駆け込んだっけ。
入り口の前まで来たのに、謝ろうか、それともに逃げちゃおうかってずっと考えてたんだよ。
聖の復活を邪魔したことがみんなにバレて、ムラサ達に会うのが怖かったんだ。
だから、最後の勇気が私には出なかったんだよ。
そしたら、不意にムラサ達が飛び出てきてビックリしたよ。
会えたのがとっても嬉しくて、怒られるのが怖くて、そのまま死んじゃうかと想った。
そしたら出てきたムラサに、
「この馬鹿。どこ行ってたのよ! こっちは心配したんだからね!」
って怒鳴られたときは、不覚にも目が潤んじゃったんだ。
恥ずかしかったけど、涙腺が止まらなかったんだよ。あはは、歳なのかな私も。
聖の復活を妨害しちゃったから、もう仲間に入れてくれないと思ったよ。
けどさ、みんなそんな事気にしないで暖かく迎えてくれたよね。
「ちゃんと説明しなかった私達が悪かったわよ。ごめんね、そんでもっておかえりなさいぬえ」
ってムラサ達に抱きつかれたときは、何も言葉が出なかった。
ありがとうとか、ごめんとか、何でもいいから言いたかったのに、体が震えて声が出なかったんだ。
私に裏切られて悔しかった気持ちを汲み取ってくれたのが、ただただ嬉しかったんだ。
もう、絶交かと思ったのに。一生、仲間に入れてもらえないかもって怖かったのに。そんな気持ちも、一瞬で吹き飛ばしてくれたよね。
その日の夜、聖が初めて作ってくれた手料理が肉じゃがだった。
肉じゃがなのに肉が入ってなくて、あの時は悪いけど笑っちゃったよ。
それでも、食事は暖かくて美味しかった。
あの時の私は、星やナズそれに聖の事は完全には信用できなかった。
だけどみんなと食べる食事はとっても楽しかった。
久しぶりにみんなと談話すると、家族が増えたみたいで本当に嬉しかった……。
「ねーみんなー! そろそろこっちの方も呑もうよ♪」
「はぁ。これだけの酒を運ぶとなると、結構疲れるもんですね」
むかしの思い出に耽っている私を今に戻す音が聞えた。
この妙にテンションの高い声はこいしだね。
ワインを両手に、バンザイポーズでドアの前に立ってるよ。その隣には、お燐が滑車に大量のビールを載せている。
いつも喧しいこいしがさっきから大人しいと思ったら、お酒を取りに行ってたのか。
「ねーみんな呑もうよー」
こいしが低い声でみんなに催促をしだす。
あいつはけっこう感情が表に出るから、今がどんな気持ちなのかわかりやすいよ。
今だってみんなの反応なかったから、つまらなそうにプクーって頬を膨らましている。
見ていてちょっと可哀想になったから、先陣を切って「私は飲むよ!」って言ったら、今度は「はいよー!」ってとっても嬉しそうに口を緩ませたこいしが駆けてきたよ。
あはは、こいし七変化はいつも見ていて面白い。
「フランはお子ちゃまだから、お酒はまだ飲めないかな?」
遠慮しがちなフランを挑発してあげる。さっさと貴方もお酒を注いでもらいなよ。
「まったく失礼な奴ね。私だってもう500歳近いんだからお酒くらい幾らでも飲めるわよ」
「もー、またケンカになる前にさっさと注いじゃうよ」
こいしは無理やり私達の間に入り、グラスにワインを大雑把に注いでくれた。
その大海原が波打つような水面の勢いに、小さな防波堤では抑え切れなかった雫が、外の世界へと駆け出していく。
こいしの感情が溢れていくように見えたよ。早くみんなにワインを注ぎたくて、しょうがなかったんだろうね。
だけどせっかくならもっと丁寧にやればいいのに。勿体無いなぁ。
テーブルがびしょびしょだよ。
「はい、注ぎ終わったよ二人とも♪」
それなのに、大仕事をやり遂げたようなこいしのどや顔が、あいつらしくてフランと二人で笑っちゃったよ
こいしも本当に子供なんだから。一緒にいるだけで、なんかハラハラしちゃうよ。
「ふっ、ワインね。吸血鬼の私にとっては血に代わる高貴な飲み物、ってあいつならいいそうね」
「これは白ワインだけどねー」
グラスを傾けてカッコつけるフランに、こいしが呆れた顔で否定する。
白い血って、どこのエイリアンだ。そんなのが好きなのかレミリアは。
「いつからフランの姉はグロモノを食べるようになったんだ?」
「あら、前からあいつそっちは大好物よ。納豆とか、ネッバネバしたものよく食べてるし」
「納豆美味しいじゃん」
「ええ、私もよく食べるわ」
「じゃあフランもグロモノ好きなんだね」
「違うわよ、失礼ね」
「……」
フランもう酔ってるのかな、会話が全く成り立たないや。
このまま、どっちかが納得するまで口ケンカを続けてもいいけど、またこいしに怒られるのも嫌だからやめておこ。
しかしフランはやっぱりレミリアと仲がいいんだね。
「お姉さまよりも私の方が強いんだから」とか「あいつの運命を操る能力なんてハリボテよ!」とか普段馬鹿にしてるけどさ、気が付いてないのかな、いっつもレミリアの話をしてるって。
「さぁ、お姉ちゃん達もいーっぱい飲もうね!」
私達にワインを注ぎ終わったこいしは、そのままさとりの元へと駆けて行く。
一人で鬼ごっこでもしてるのかと尋ねたくなるくらい、そのときのこいしは素早かった。
「ありがとうこいし。だけど私は後片付けがあるから、遠慮するわね」
「お姉ちゃんだけ仲間ハズレなんて駄目だよ! みんなで呑まないと、お酒は美味しくないよ」
さとりの制止を一切無視して、こいしはワインを注ぎ出した。
そんな我侭な妹に、優しい姉は溜息を吐く。
「もぉ、私が潰れたら誰が部屋の掃除をするのよ」
「えへへ♪」
だけどなんだかんだで、さとりは注いで貰って嬉しそうだ。
顔が緩みきっているからすぐに分かるよ。
そんな姉妹の小芝居のようなやり取りに、自然と部屋の空気も柔らかくなっていく。
ああ、とっても楽しそうだねあの二人。見ている私達も笑顔になっちゃう。
「大丈夫ですよさとり様。もしもの事があったら、あたい達がなんとかしてあげますから。ね、おくう?」
「あ、こいし様。私にもワイン注いでください」
「おくう! あたいの話を聞いてなかったの?」
「うにゅ?」
お燐が尻尾を立てて抗議をしてるけど、お空の目にはワインしか見えてないようだ。話は、まったく聞いてないみたいだね。
このお空の自由な感じは、さとりと言うよりもこいしっぽい気がするよ。
「お燐もほら、せっかくなんだから一緒に飲もうよ」
お空がお燐の肩に手を回す。
ちょっと誘い方が乱暴で、お燐は少し戸惑った様子だけど、
「はぁ、おくうは後先考えないんだから」
と言って注がれたワインを受け取った。
猫と鳥、なんだかんだで仲はいいらしい。
どうしてこんなに仲がいいのか、不思議に思える二人だよ。
「これでみんなに行き渡ったよね! それじゃあ、カンパーイ♪」
こいしが持ってるグラスを勢いよく挙げて合図をすると、みんなも息を合わせて、
「「「カンパーイ!」」」
大きな声で音頭を取って、透き通るようなワインを天へと掲げる。
天井の光がグラスに反射して、赤青緑と幻想的で眩しかったよ。
「んー、このワインとっても美味しいね」
一滴の味をかみ締めるようにお酒を飲みこむ。
命蓮寺だと日本酒や焼酎を飲むことが多かったから、こういう洋風なお酒は新感覚で美味しいね。
未知との遭遇は、やっぱりいいものだ。
ところで、
「ワインの種類って私はよく知らないのよね。ウンチク好きなあいつなら詳しいだろうけど。あ、こいしちゃん御代わり頂戴」
「こいし、私にもお願いするわ」
「あたいにもお願いします」
「私にも、もう一杯ください!」
「はいよー、じゃんじゃん飲んでね♪」
みんな飲むの早いけど、ワインって一気飲みするもんなのかな?
まぁ、潰れなければそれでいいと思うけど。
「あら、ぬえは飲むのが遅いのね。くすくす、子供だったのはどっちだったのかなー?」
「む、言ってくれるじゃないか」
フランに挑発されたとあっては、こっちも引くに引けないな。
「私の酒の強さを思い知らせてあげるよ!」
そう言って私は、持ってるワインを一気に飲み込む。まずは軽いジャブ
テーブルに置いてあるワインの瓶を、ラッパ飲み。一気に飲み干した! これでキツイアッパー。
そんでもって、唖然としてるフランをニヤリと見る。右ストレートでノックアウトだよ。
「や、やるじゃないのぬえ。こっちも負けるわけには行かないわね」
フランの顔に焦りが見える。
まさか私が一気に飲み干すとは、思ってなかったんだろうね。
「年季の違いって奴がすぐにわかるよ。後悔しないうちにやめとけば?」
「ふん、アンタが先に潰れるのさ!」
「よーし私も勝負するよ。お姉ちゃん達もやろうよ♪」
私とフランのバトルにこいし達も参戦。
最初はさとりも遠慮してたけど、
「ちょっとこいし、瓶ごとなんて無理だって!」
「大丈夫、お姉ちゃんなら絶対に出来るよ!」
「ふむむむむっ」
さとりはこいしに無理やり、ビンを口へと押し付けられる。
あーあ、あれじゃすぐ潰れちゃうよ。
だけど苦しそうに手をパタパタと振るさとりは、子供のペンギンみたいで可愛かった。
「さとり様凄いです! 私も一気に飲んじゃうよ」
釣られて、お空もどんどん飲むペースを上げていく。
テーブルにある瓶が次々とカラッポになる。
さすがにみんな強いね。
ジュースのようにワインをガブ飲みするこいし達の姿には、改めて感心するよ。
だけど知らないんだろうねみんな、私の酒の強さを。
すぐにこんなくだらない勝負を終わらせて、私の真の恐ろしさを思い知らせてあげるよ……。
☆☆☆☆
「一番うつほ、核ぶっぱなしまーす!」
「きゃっほー! やれやれー! わたしもやりゅー」
完全に酔っ払ったフランとお空が、部屋の隅っこで元気いっぱいに弾幕と言う名の破壊活動に勤しんでる。
顔真っ赤だなぁあいつら。体内の血液が全部脳に集まってるんじゃないか?
テーブルの上には空瓶が、ひい、ふう、みい……四百本って所かな。結構飲んだね。
「天に輝く天帝は、この聖天うつほーの……なんだっけ?」
「なんでみょいいよーだ。わらしのでーばていんをくらえー!」
いつもお嬢様口調のフランが、童子のみたいに舌足らずだとなんだか新鮮。
このまま眺めてるのも面白いけど、二人の弾幕戦の余波でなんかごうごうと地鳴りがしてきた。
止めた方がいいかなぁ。だけど無理だよあれ。見てるだけで目がやられるくらい眩しいんだもん。
核と破壊がフュージョンして、とんでもない事になってるよ。
あそこに入ったら私の存在がモザイクになりそうだ。
鵺は大妖怪だけど、パワータイプじゃないんだからね。
「ねーこいし、あいつらどうやって止めればいいと思う?」
「知らないよぅ。うっく……、ひっく……、うぅぅ」
暴走するあいつらを何とか出来るのはこいしだけ。
そう思って話しかけたけど。
当の本人は目に涙を流し、ひっくひっくと嗚咽を吐き出していた。
「えっと、こいし? 大丈夫?」
「大丈夫じゃ、ないよぅ、ひっく、えっく……んぅ」
そう言うとこいしは、涙で濡れた顔を私の胸に押し付けて頼りない力で抱きしめてきた。
私のピッチリした服が湿っていくのがハッキリと感じるよ。
無意識少女はどうやら泣き上戸だったみたい。
こいしって飲んだらさらに暴れてキス魔くらいにはなるかと警戒してたから、結構驚いたよ。
「ぬえ、ぬえ、ぬえ、ぬえー……えっく、うぅっ……」
「私の名前を連呼しながら泣かれても困る」
泣いてるこいしは思ったよりも厄介だよ。
普段が飛びぬけて明るいだけに調子が狂う。
フランはお空と家を薙ぎ倒すかの勢いで暴走中、こいしは私を抱きしめながら号泣中。
この周りに青UFOしかないような最悪の状況を打開できるのは、お姉ちゃん……じゃなくって、
「さとりー、なんとかしてよー」
赤UFOを掴み取るように、私はさとりの方を見る。
包容力のあるさとりなら、この酷い有様をなんとか出来るに違いない。
そんな私の頼みの綱は、
「う~ん、私は小五じゃないですよ~」
あっさりと切れてしまった。
さとりは頬を朱に染め、ワインの瓶を片手に死んでいる。
もう駄目だこれ。完全に寝てるよ、変な寝言も発してるし。
そういえばさとり、最後のほうはこいしから無理やり瓶を奪い取ってガブ飲みしてたなぁ。「ガッハハハ、柔らかくて良いケツしてるなぁ姉ちゃん!」って自分の妹の尻を撫で回してた所で、異変に気が付くべきだった。
あれ、でもあのときのさとりは顔が赤くなかったような気が……。
「みんな飲みすぎちゃったようですね」
この厳しい現実に私がしょぼくれてると、毛布を手にしたお燐が話しかけてきた。
表情はほんのり赤いけど、きちんと猫背で立っている。そんなに酔ってはいないみたい。
「いやぁ、お姉さんはお酒強いんですね。びっくりしました」
「あはは。いっつもムラサとかと飲んでるから、嫌でも強くなっちゃうよ」
「ぬはははは、今の私はぬえを酒に溺れさせる程度の能力!」とか叫んで、あいつからは死ぬほど飲まされるからなぁ。
何度二日酔いで生死の境を彷徨った事か。思い出しただけで吐いちゃいそうだよ。
「気持ちよく寝てますねさとり様。いつもはこんな飲まないのに、嬉しかったんでしょうね」
何が嬉しかったんだろう? 私がその質問をする前に、お燐はさらに言葉を紡いだ。
「『こいしの友達が来るから、精一杯歓迎してあげないと!』って、両手を挙げて喜んでたんですよ」
そう言って、お燐はくすくすと笑う。
スパゲッティーに肉じゃが、どれも私達の大好物。
さとりは事前に凄い下調べをしてくれたのかな。私達に「美味しい」って言って欲しくて。
「こいし様の事になると、こっちが心配するくらい、この人は必死になるんですよ」
と言いながら、持っている毛布をさとりに優しくかけた。
お燐の言ってる事、今の私にならなんとなくわかる気がするよ。
身内のために必死になる姿を、私はよく見てきたから。
それが、どんなに大事な事かも。それを邪魔した私を許してくれた、ムラサ達の優しさも。
地下に閉じこもってたフラン、心を閉じてしまったこいし、封印されてしまった聖。そんでもって、私。
みんなと分かり合えなかった悔しさは、きっと一緒だよね。それを一番近い距離で見た悲しさ、助けられなかった虚しさ、みんな一緒なんだよね。みんなと接するようになってから、それが手で取れるようにわかるんだ。
「お姉さん。こいし様の事、これからもよろしくお願いしますね」
お燐は一生のお願いを今使い切るかのような真剣な顔で、私に向かって深々と頭を下げた。
その勢いで綺麗に巻かれたお燐のおさげが振り子のように揺れるのが、妙に印象的だった。
「ううっ、ぬぇふりゃん……うぅ…。えっく、ひっく」
相変わらずこいしは、ひっくひっくと泣きながら、私の腕にしがみついてる。
そんな子供みたいなこいつの頭を、私は丁寧に撫でた。
もじゃもじゃした毛で、触り心地はふんわりだ。
「よろしくお願いします」、か。お燐の精一杯な言葉が脳内に響き渡る。
私も初めてムラサや一輪と会った時は、嬉しくって、もう孤独じゃないんだって思って、必死だったかもしれない。
ずっと、ずっと地下で一人ぼっちで、本当に寂しかったんだもん。
だけどさ、あいつらと接してる内に、なんとなく思ったんだ。
「もーつまんないこといっちゃダメ! お友達といっぱいいっぱい遊ぶのに、お願いするなんてめっだよ!」
「うわ、フランか。いつから後ろに居たんだよ。ビックリするからいきなり大声出さないでよね」
「もーおりんはおバカさんだよ! 仲良くなるのに、お願いしますなんていらないんだもんね!」
フランが張り詰めた声で、頭を下げるお燐を罵倒する。
さっきまで弾幕ゴッコをしてたのに、いつからここに居たんだろ。
ずっと私達の話を、黙って聞いていたのかな。
フランの呂律が回って無くて、何を言ってるのかわからないよ。
けど、伝えたい事はなんとなくわかったよ。
「あはは。私のセリフ、全部フランに取られちゃった」
「すごいでしょフラン! いっぱいなでなでしていいんだよー」
「はいはい、凄い凄い。フランはとってもお利口さんだよ」
口が悪いお嬢様の頭を撫でる。
透き通るようなサラサラな髪。
触っていると、綺麗な水で手を洗ってるみたいな感覚になる。
「えへへ、ありがとー」
ただ撫でただけなのに、フランはこっちが罪悪感を感じるくらいに朗らかな笑顔を見せてくれた。
周りに興味がずっと無かった、箱入り娘の女の子。
知らないものが沢山の、遊びたがり屋の吸血鬼
「まぁ酔っ払いでふらふらなフランに、馬鹿なんて言われちゃお終いだね」
「おわらないよ! 私達はおわらないんだもん!」
私とフランのやり取りにお燐がくすくすと笑い出す。
さっきまで下げてた頭を上げて、くすくす、くすくす。
お燐は重い荷物を運び終わったかのように、ほっとした表情だった。
「お姉さん達、見ていて羨ましくなるくらい仲がいいですね」
仲がいい、か。改めて言われると、なんだか照れちゃうよ。
そういえば私達ってどうやって出会ったんだっけ。
確かこいしが私の事を、ペットにしたいって言ってきたのがキッカケだっけ。
あはは、いま思えば傑作だよ。なんだよペットって、成るわけないじゃん。
今も昔もこいしは突拍子も無い子だったね。
だけど最近はそんなペット発言も無くなったんだよね。なんでか私が質問したら「だってもうみんなとは友達じゃない♪」ってこいしは満面の笑みでフランと私に抱きついてきたっけ。
あの時のとっても嬉しそうなこいしの表情、今でも忘れられないよ。あの時の、泣き出しそうなフランの笑顔も、一生忘れられない。
ペットなれってつまり、友達になろうよって切なるお願いだったみたい。
あはは、不器用なんて問題じゃないや。針の穴に糸が通せないとかそんなんじゃなくて、針と糸で何をすればいいのかわからない、そんな不器用さだよ。
「うう、ひっくひっく……ぬぇ、ふりゃん…どこにも行っちゃ嫌だよ……」
そう言って、こいしは私の腕を弱々しく掴んだ。
昔はこいつも、ただの我侭な娘だと思ってたよ。
だけどさ、こうやってグスグス泣いてる姿を見ると、こいしも普通の女の子なんだなぁって、そう感じる。
「おくうも、お燐も、お姉ちゃんも。絶対にどこにも行っちゃ嫌だよ……。家族や友達が離れるのは、もう嫌だよ……」
こいしが心細さそうに呟く。私に抱きつく力が、ほんの少しだけ強くなった気がする。
「大丈夫ですよこいし様、みんなどこにも行きませんよ」
そう言ってお燐は、いつのまにか潤んでいる目を擦った。それは丁度、顔を洗うような仕草に見える。
猫が顔を洗うと雨が降るって聞くけれど、もうここに雨が降ることは無いと思う。少なくとも、冷たい雨は。
「もーナミダやめないとだめだと!。ほーらよしよし、いい子いい子―」
酔っ払いのフランが泣いてるこいしの頭を、乱暴にガシガシ撫で回した。
これはもう慰めるというよりは、悪ガキが弱い子供を虐めてるみたいだよ。
こいしが大泣きする前に止めようかと思ったけど、
「ほーらこいしー。みんながいるからもーあんしんだよ!」
「うん。あり、がとう。フラン、ちゃん……」
フランの乱暴な優しさが伝わったのか、こいしは少し落ち着きを取り戻した。
嗚咽と涙はまだ止まらないようだけど。
「まったく、二人とも世話が焼けるね」
酔っ払ってる二人を見て、私は胃から風を吐き出す。
初めて私がフランに出会ったときは、「軟弱そうな妖怪ね。すぐに壊れちゃうんじゃないの?」ってつまらなそうな顔で言われたんだっけ。
あはは、酷い第一印象だよ。本当に失礼な小娘だ。
なんでこいつらと仲が良いんだろうね。友達って、なんかよくわからないよ。
だけどね、その後私がUFOとか不思議な物を見せてあげたとき、フランは子供のようにはしゃいだよね。
「凄いよ、私の知らないことがこんなに沢山あったなんて。本当に凄いよぬえ……」って、夜空に浮かぶ一番星のように、輝かせていたフランのつぶらな瞳。
それを見て、なんか嬉しくなっちゃったんだよ。飛び跳ねるくらい喜んでくれるなんて、想わなかったんだもん。
相手を恐怖で驚かすより、感動で驚かす事のほうが楽しいなんて、私も日和見になっちゃったのかな。
けどね、お腹は一杯になったんだよ。あの時のフランを見て、心が満たされたんだ。
「ねぇぬえ……」
「ん、どうしたの?」
私が懐かしい思い出に浸っていたら、弱々しいこいしの声で新鮮な今に引き戻される。
よく見るとこいしは私の袖を迷子になった子供のように掴んでいて、なんだかより幼く見えた。
「もぅ、眠いよ……」
ギリギリ聞き取れるような小さい声でこいしが呟いく。
いつもなら深夜だろうが暴れまくる私達だけど、さすがに疲れちゃったみたい。
飲んだりしゃべったりって、沢山楽しんだもんね。
「ねぇ、もう寝よう、みんな。一緒に、寝よう、お願い……」
トロンと垂れたこいしの瞳が私を見つめる。
顔は涙でしわしわのグチョグチョ。そんなこいしの濡れた頬が天井の光に反射して、虹がそこにあるかのように綺麗だった。
当然、私の服もこいしの所為でビチョビチョだよ。
けど、悪い気持ちはしない。信頼の、勲章みたいなものだもん。
「さて、どうしようかな」
壁に掛かってる時計を見るともう午前二時。
自然と欠伸も出てきちゃう。
もう頃合だね。
「うんいいよ、一緒に寝よう。ほら、フランも五月蝿いからさっさと寝るよ」
「えー、もうねんねしちゃうのー? つまんないよ!」
フランはまだ暴れ足りない、ぷんすかと地団駄を踏み抗議中。
こういうお子様心全開なのも、可愛げがあって良いけど、
「いい加減大人しくしたほうがいいよ。さっきまで遊んでたおくうも、グースカ寝てるんだから。起こしちゃったら悪いよ」
「しょーがにゃいなー」
涎を垂らして寝ているお空を見て、フランはしぶしぶとだけど納得してくれた。
「なら、あたいが皆さんを寝室へと案内しますよ」
「さとり達は大丈夫? このまま部屋に放置したら、風邪引きそうだけど」
「心配ご無用です。あたいがみんなを部屋へと運びますよ。世話が焼けますけど、大事な家族ですから……」
そう言ってお燐は、横になってるお空とさとりを見て微笑んだ。
そして、こいしのいる私達のほうを見つめる。お燐のパッチリ開いた猫目が、私の視線と合わさった。その目は笑っているけど、まだ涙で光っていた。
☆☆☆
「寝室はこっちですよ」
お燐が用意してくれた部屋に、二人を連れて行く。
寝室はリビングからそれほど離れていないらしく、一人だったらすぐに辿り着くんだろうけど、
「うぅ、眠いよぅ。えっく、ひっく……」
私の右腕には、泣いてるこいしが抱きついている。
「けしきがくるくるでーパーンだよー」
左手では、意味不明な事を言いふらふらしているフランの服を引っ張って行く。
はぁ、酔っ払いの扱いは大変だ。短い廊下が妙に長く感じるよ。
「ここがお姉さん達の寝室です。それでは、あたいはみんなを介抱しに行きますね」
部屋に着いたとたん、お燐は急ぎ足でリビングへと戻っていった。
なんだかんだで、やっぱりさとり達が心配なんだね。
「ほら、着いたよみんな」
雲山三人分くらいの広さの寝室はほんのり薄暗く、雲山10人分くらいのふかふかな布団が人数分用意してあった。
寝るには、とっても良い空間だね。
「こいし、もう寝室に着いたぞ」
「うぅ……」
せっかく寝室に到着したのに、こいしは私から離れてくれない。
さて、どうしよう。
力ずくでこいしを引き離そうと思ったけど、やっぱりそれは出来ないよ。
泣いてる子には勝てないや。
「ねぇぬえ、一緒に寝よ」
困っていると、こいしが上目使いで私に頼み込んできた。
吸い寄せられるようなこいしの潤んだ目が、妙に愛らしく思えた。
「うん、いいよ。一緒に眠ろう」
そう言って私は、こいしを抱きかかえながら布団へと倒れこむ。
思いっきり自分の背中から地面へと落ちたけど、布団がもふもふだったから衝撃は殆ど無かった。
私が仰向けになり、上には布団に負けないくらい柔らかなこいしが覆いかぶさる。
「ぬえの心臓の音。なんだか静かで、聴いていて安心するよ」
こいしの頭が私の右胸にしっかりと乗っかってるけど、不思議と重さは感じられなかった。
羽毛が乗ってるようなふわふわとした感覚。
これだと私の胸がこいしの枕みたいだね。膝枕ならぬ、胸枕。
「あはは、心音なんてみんな一緒だろ」
「そんな事ないよ。ぬえの音が私に伝わって、凄いほっとする」
こいしの耳がピッタリ私の胸に当たってる所為か、心音がハッキリと聞こえるらしい。
たかが心臓の音だけど、褒められるとやっぱり悪くは無い気分だよ。
「ぬえの胸……、とっても寝心地がいいよ」
こいしが静かに話し出す。
さっきからこいしの口が動くたびに、振動が体に伝わってちょっとこそばゆかった。
「どうして私の体が寝やすいの?」
「お姉ちゃんと違って、胸が大きくて枕にピッタリなんだもん……」
「あはは、さとり泣いちゃうぞ、そんな事言ったら」
寝やすいって言われて嬉しかったけどね。
だけど、これはさとりが知ったら泣いちゃいそうだ。
妹に「お姉ちゃんお胸ペッタンコだから寝づらい」なんて言われたらどうしようも無いよ。
明日の朝、さとりの残念なまな板を見ても、この事は思い出さないようにしないと。
「えへへ、冗談だよ。お姉ちゃんもぬえも、とっても心地よくて、寝やすいよ」
そう言ったこいしは、目に涙を溜めながらも表情は緩やかだった。
酒に飲まれて泣き出してから、初めてこいしが笑った気がする。
私も、なんだか嬉しくなってあははと声が出ちゃったよ。
「ねぇぬえ、今日は来てくれて……」
「『ありがとう』、なんて絶対言うなよ。フランにも言うのは禁止だからね」
すかさず私が言葉を遮ると、こいしはあっけに取られたような顔でこっちを見る。
まったく普段は何を考えてるかわからないくせに、こういうときだけは予想通りなんだから。
「あ、やっぱりお礼を言うつもりだったんだ。絶対に駄目だからね。呼んで貰った私達が言うならわかるけどさ。こいし達がお礼を言う必要なんてまったく無いよ。皆無だよ」
「えへへ。なんでバレちゃったんだろ。ぬえも、心が読めるの?」
「そうだよ、凄いでしょ? 無意識のこいしの心だって読める、高性能な力だよ。だから貴方たちが変な事を想っても、直ぐにわかっちゃうんだから」
私が言ったら、こいしは静かに笑ってくれた。
その振動で私の心も体も揺れた気がする。
そして、
「えへへ。それは、凄いよ。本当に、とっても、凄いよ……」
一言一句かみ締めるような速度でこいしはしゃべる。
静かに、ゆっくりと、丁寧に。
こいしの声は、まるで歌を聴いてるかのように心地が良かった。
「ねぇお姉ちゃん、今日は楽しかったよ。ありがとう、大好きだよ」
こいしのハッキリと見開いた目に、私の顔が映った。
「お姉ちゃん」って言うからリビングで寝てるさとりに送った言葉のように聞えたよ。
だけどこいしの眼は真っ直ぐ私を視ている。顔は笑ってるけど、真剣な表情だった。
この言葉は私に贈ったってのが、なんとなくだけど感じ取れた。
「私はさとりじゃないって。本当に酔ってるんだねこいし。それにありがとうは言わない約束だったのに」
「えへへ、ぬえお姉ちゃん、お休みなさい……」
そう言って、そのままこいしは目を瞑ってしまった。
スースーっと可愛い音色を出しながら、満足したように寝てしまった。
「お姉ちゃんかぁ」
人違いとはいえ、言われてなんだかムズムズするや。
でも、嫌なムズムズじゃない。
なんだか、心の奥がポカポカするような、そんなムズムズ。
「あーずりゅいよこいしー。私もぬえでねんねするんだから!」
「ちょっと五月蝿いってフラン。こいし起きちゃうよ」
入り口でボーッと突っ立ってたフランがイキナリ怒鳴りだす。
放っておくつもりじゃなかったけど、こいしの事が手一杯でつい忘れてた。
そして、私が止める間も無くフランは、
「そりゃ!」
「ぐへぇ!」
私の左胸へとダイブしてきた。あまりの衝撃に、私の心臓がバクバク動き出す。
トンデモナイお子様だよ。
寝ているこいしに直撃しないだけ、マシと考えるか。また泣かれたら大変だもん。
「まったく。フランは暴れん坊だな」
「うふふ。ぬえのおムネ、ぷにぷにでほかほかだよ」
「そんなに私の胸ってそんなに寝やすい?」
「うん! とっても暖かくて、すぐにねんねできちゃうよ!」
そう言ってフランもこいしみたいに、私の胸を枕にしだす。
本当に勝手なんだからフランも。
だけど三人で寄り添って寝るのは、心も体も凄い暖かかった。
みんなの心が近くにあるようで、とってもとっても気持ちが良かった。
「ねぇぬえー。私達、ずっと一緒だよねー」
「あはは、どうしたさ急に」
「うふふ、いっぱいいっぱい遊ぼうね!」
私が何も言ってないのに、嬉しそうにフランは笑う。
ずっと、一緒かぁ。
でもさフラン。
友達って案外、簡単な事で離れちゃうかもしれないよ?
私とムラサだって、一時は争ってた様なもんだしね。
「ずっとずっと、みんなお友達だよね!」
フランのつぶらな瞳が、私の心を吸い寄せる。
ずっとずっと一緒にいたい、私をそんな気持ちにさせてくれる。
そいうえばあのとき。私が命蓮寺に駆け込んだとき。ムラサが私をすぐに許してくれたときも、こんな目をしてたっけ。
そんでもって、笑って迎えてくれたっけ。
あはは、なーんだ。難しく考える事なんて無かったんだ。
「うん、ずっと一緒だよ。ケンカはするような事もあるかもしれないけど。ずっと、ずっと、友達だよ」
いがみ合いすら笑い話になるのが、ケンカですら笑い話になっちゃのが、仲間だよね。
それを、ムラサ達が教えてくれた。フランやこいしと一緒にいて、さらにわかるようになったよ。
「やったー。たくさん大好きだよぬえ、こいしー!」
そういえば、私がこいつらを見たときの第一印象って「こんな小娘なら、簡単に恐怖に貶める事が出来る!」だっけ。
あはは、なんだ私も一緒じゃん。
友達の作り方が不慣れなのは、一緒だったね。
私達はいつだってお互いにイタズラを仕掛けるし、ケンカだってしょっちゅうだよ。
だけどさ、こうやって遊ぶのが凄く楽しいんだよ。
「ねぇフラン……」
「なーにぬえ?」
こいしもフランも私も、いろんな事情があって、昔は大変な思いをしたよね。
でもね、つらい過去があるからこそ、今が本当に幸せに感じるよ。
セミは外の世界に出たらすぐに死んじゃうけどさ、私達にはいっぱい、いっぱい時間があるから、なんてことは無いよ。
この狭い幻想郷の空を、高く高く飛べる事だって出来ちゃうよ。みんなで手を繋いで、大空へ、自由に、楽しく笑いながらね。
「ねぇフラン。私も、大好きだよ。こいしも、みんな大好きだよ」
たった四文字の言葉を言っただけなのに、なんだか妙に照れくさいや。
上手く表現できないけど、脳がガンガン揺さぶられる、そんな感覚。
「ダイスキ」って言えたのが嬉しくって、口のニヤけも止まらない。
心の読めるさとりが、 みんなに料理の味を聞いた気持ち、凄くわかるよ。
今ならなんでも素直に語り合えるよ。
百回だって、千回だって、声が枯れるまで、みんなの事が大好きだって叫べるよ。
感謝の花束で、みんなを埋め尽くすことが出来ちゃうよ。
「むにゃむにゃ、こいし、ぬえ……お姉様…。いっぱい遊ぼうね……」
「ってなんだよもう寝ちゃったのか。本当に勝手なお嬢様なんだから」
フランもこいしも、幸せそうにしちゃって。
二人とも私の胸で寝てるから、ハッキリと寝顔が見れるよ。
フランとこいしの囁くような吐息が、私の顔にふわふわ当たってくすぐったい。
「まったく、二人とも勝手なんだから」
せっかく私が勇気を出して言ったのに。聞いてくれたのが自分だけなんて悲しいよ。
まぁいいや、また今度、いつでも言えるしね。
私達を遮る正体不明の壁は、もう全部、無意識に壊れちゃったんだもん、なんてね。
「さて私も、じゃあ寝るか」
だからお休み皆、良い夢見てね。
「……しまった、安心したら急にトイレに行きたくなった」
今更になって、一度もトイレに行って無い事を後悔する。
あー、もう大失敗だよ。
すっごいトイレに行きたい。
尿意で私の膀胱が大爆発しそうだよ。
今すぐにでもここから跳ね起きて、トイレへ駆け込みたい。
確かトイレはこの部屋から走って1分くらいだよね。
なんてことは無い距離だよ。
だけど行く事が出来ないや。
「「すーすー、すやすや」」
こいしとフランが私の胸を枕にしてる所為で、起き上がる事が出来ないよ
起き上がったら、二人が目を覚ましちゃうかもしれないもんね。
気持ちよさそうに寝ている二人を、起こすなんて出来ないよ。
「はぁ、どうしてこうなったんだろ」
すやすやと吐息を吐いてる二人を見ながら、私は大きく溜息を吐く。
お酒の一気飲みなんて子供っぽい争いなんてしなかったら、こんな事にはならなかったかな。
だけどみんなと呑むのは楽しかったから、後悔なんてないよ。
暴れるお空に変な寝言を発するさとり、泣いちゃうこいしにやりたい放題のフラン。
それをお燐と私でくすくす眺める。本当に、賑やかで面白かったよ。
「だけどこのまま寝たら、ムラサと大航海する夢を見ちゃうだろうなぁ」
そんな事になったら、布団に世界地図を作ることは確実だ。
おもらしなんて、恥ずかしくて出来ないよ。
だから二人の子犬のような寝顔を見ながら、このまま朝まで耐える事にしよう。
「あはは。私の気も知らないで、本当に楽しそうに寝てるんだからこいつら」
フランとこいしの手をぎゅって握ると、寝ている二人の口元が嬉しそうに緩みだした。
きっと楽しい夢を見てるんだろうね。そんな二人を見てるだけで、どんな辛い事でも耐えられる気がするよ。
私に肉親は居ないけど、家族のような人達がいる、妹みたいな親友がいる。
みんな不器用だけど、みんな優しいし、面白い。
本当に分かり合える、暖かい仲間がいる。
そんな最高のみんなに会うために、私達は今まで辛い事も、悲しい事も我慢して来たんだよね。
「みんなみんな、大好きだよ。本当に会えて、よかった。心から、そう想うよ」
こいつらは肉体的にも能力的にもかなり強いよ。
フランの破壊は厄介だし、こいしの無意識なんかもっと厄介。
だけどね、精神的にはまだまだ弱いくて、寂しがりやな子供なんだよね。
でもそれは、悪いことじゃないよ。
私だってムラサ達が居なかったら、辛くて辛くて仕方なかったもん。
地下に封印されて、独りでいるのは、とっても寂しかったよ。
あいつらに出会えなかったら、あのまま死んじゃったかもしれないくらいに。
だからね、二人の気持ちはよくわかるんだよ。
だからさ、大人の私がいっぱい守ってあげるよ。
いっぱい、いっぱい遊ぼうね。
私達はもう、独りじゃない。
だってみんなでこうやって、寄り添って寝れるんだもん。
「だからさ、トイレを我慢するくらい、なんて事ないよ」
だからさ、嬉しくて溢れる涙は、もう我慢しなくていいよね……。
「あ、二人ともまた笑ってる……」
『誰でもいいから私を助けて!』
寂しくて一人で叫んだ妖怪達とは、もうバイバイ。
ところでお漏らしverはm<スキマ送り>
介抱?
>ひい、ふう、みい……四百本って所かな
スルーする所だったwwwww
とっても面白かったです!この三人は本当に良い!
誤字報告本当にありがとうございます。
修正させて頂きました。
……で? 黄金水は?(オイww
ぬえがトイレを我慢する理由も優しくて良かった
いつも本当に申し訳ないです。
というかザルすぎる俺の推敲……。
修正させて頂きました、本当にありがとうございます。
「みんなと接するようになってから、それが手で取れるようにわかるんだ。」
「だってみんなでこうやって、寄り添って寝れるんだもん。」
の二つはワザとです。
ぬえおねえちゃんか……いつも二人に虐げられてるけど、今回はちゃんとおねえちゃん。よかったね!
だんだん三人娘の絆が深まってきて毎回心暖まってきます。
そのうち番外編でも保護者会見てみたいですね。
いやぁ……二人が寝返りうって下腹部に裏拳っていうオチにいつになったらなるのかとずーーーーっと期待してましたのに……そのまま終わってしまいました……残念ッ!
で、さとりさんが出てきたから「空き瓶をお持ちしましたよ」とか来るのかと思ったら……違った……残念ッ!!
ぬえのおっぱい枕は柔らかくて気持ちいいのか……さすがおねえちゃん。どれ、俺も……
ところで「ガッハハハ、柔らかくて良いケツしてるなぁ姉ちゃん!」って、さとりさん!あんた酔った振りしないのーーー!!!
ぬえは優しいなあ。でも、膀胱に負担をかけちゃダメですよw
で、世界地図の規模はいかほどで。
>1さん
ぬえちゃん良い子!
お漏らしは(skmdy
>奇声を発する程度の能力さん
ありがとうございます。
本当にこの三人は可愛いですね
>5さん
ぬえはやっぱりお姉さんポジが好きです。
>8さん
やっぱり食事は賑やかなのが一番ですね。
>ぺ・四潤さん
なんだかなでぬえはそんなに弄られポジションじゃないような。
保護者会はいつかじっくり話を練ろうと想ってます
あとどんだけおねしょみていんですか。
>14さん
ありがとうございます。
可愛い三人を可愛くかけたようでよかったです。
膀胱炎には気をつけなきゃですね。
>25さん
お姉さんぬえは書いていてほっとします。
地図の規模は(正体不明にされました
>29さん
本当にみんな可愛よ!
>31さん
ぬえちゃんもそうですけどこれからもほんわかとした話を書き続けたいです
彼女らにこれからも幸多からんことをb
お久しぶりです、読んでくださってありがとうございます。
いつまでも彼女達には幸せで荒らしい日常が続いて欲しいものです