ゲートキーパー
「美鈴、本日をもってあなたを解雇するわ」
ある日突然の、しかも館の主直々の解雇宣言。
その言葉に、紅美鈴は戸惑うことしかできなかった。
――――――――――――――――――――――
「お嬢様からも何か言って下さいませんか?」
いつものテラスでティータイムを楽しむレミリア・スカーレットに十六夜咲夜は言った。
このような時間に小言を言うのは咲夜としても不本意だが、それでも言わずにはいられなかった。
「こんなに天気が良いんですもの、昼寝ぐらい許してあげたら?」
レミリアは特に気にすることもないといった風に答える。
この館、紅魔館の門番である美鈴が門の前で昼寝をしているのはいつものことであり、それが館の主であるレミリアの興味を引くことはなかった。
だが、主人のその様子を見た咲夜はさらに食い下がった。
瀟洒なメイド長である彼女がそういったものが許せないのは理解できるが、今回はやけにしつこいなとレミリアは感じた。
「ですが、それでは妖精たちに示しがつきません!それに、紅魔館の沽券にも関わることなんです!」
今日の咲夜はどうしたのだろうか、まるで冷静さがない。
それとも、今日がその我慢の限界に達したのだろうか、などとレミリアは考える。
何にせよ、主人としては何らかの行動を、態度を示さねばならない。
手に持っているティーカップをソーサーに戻し、静かに口を開いた。
「――それで、私にどうしろと?」
咲夜は、その一言を聞いた瞬間に自分の時間が止まったように感じた。
あまりに怜悧で感情の感じられない声……それに戦慄さえ覚えた。
レミリアがゆっくりと咲夜の方を向いた。
その顔はよくできた蝋人形のようで、生きた表情には見えない。
「……分かった、美鈴は今日限りでクビだ」
「――えっ?」
咲夜には、その言葉の意味が理解できなかった。
今、自分の主人は”クビ”と言ったのか?
少し注意してもらえれば、それで良かったのではなかったか?
そう戸惑いながらも、その疑問を口に出せずにいた。
「必要ないだろう?居眠りをし、あまつさえこの私の評判を下げる門番など、穀潰し以下だ」
レミリアはさらに冷たく言い放つ。
圧倒的な雰囲気と、畏怖さえ覚える存在感に屈服しそうになる。
いや、何も反論できないあたり、そうなっているのかもしれなかった。
それとも、自分もそう思っているのだろうか……咲夜は落ち着かない頭で考える。
「そう――反対しないのね」
レミリアはその言葉を残し、館の中へ歩いて行く。
何か言わなければ、後を追わなければ、そう思うのだが、身体が動かない。
咲夜はその場に立ち尽くしたまま、状況をひたすら反芻するしかなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――
「美鈴、本日をもってあなたを解雇するわ」
美鈴は驚きを通り越して、何を言われたのかが分からなかった。
確かに居眠りを咲夜に注意されることはあったが、それが決定打だとは思えなかった。
一昨日も魔理沙を通したが、パチュリーは彼女を追い返していないので、特に問題はないはずだ。
そう思いながら、美鈴は恐る恐る主の顔色を窺った。
(…………?)
美鈴は不思議な感覚に襲われた。
美鈴は「気を遣う」ことに長けた能力を持つが、レミリアの気をまるで感じることができなかったのだ。
そしてレミリアの表情から感じられるのは――哀れみのように見えた。
「――せめて理由を聞かせてもらえませんか?」
意を決して、主にソレを尋ねる。
気紛れな主人ではあるが、戯れに解雇宣告をすることはないだろう。
それに、その表情の意味することが酷く気掛かりだった。
「今は何も聞かないで頂戴。その時が来れば説明するわ」
レミリアはそれだけ言うと、右手を差し出した。
その手には巾着袋が握られており、受け取った美鈴は中身を見て首を傾げた。
中に入っていたのは、米が俵で数個買えそうなほどの金と、特殊な意匠を施した古びた指輪だった。
「この指輪は……?」
美鈴はそれをつまんで持ち上げた。
リングの内側にS・c・r・e・tの文字が見えるが、ほとんどは見えなくなっている。
「路銀が足りなくなったら売りなさい。それなりの価値はあるわ」
レミリアはそう言い残して館に戻ってしまった。
その場に残された美鈴は指輪を眺めていたが、どこか納得したような顔をして小さく笑った。
(とりあえず、荷物をまとめようかな)
美鈴は門を閉めると、自分も館に入った。
その次の日の早朝、陽が昇り始めたころに、紅魔館の門番はその姿を消した。
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~1日目~
美鈴がクビになったとはいえ、門番の必要性が無くなったわけではない。
そこで咲夜は、美鈴が訓練していた「妖精の門番隊」に門番を任せることにした。
A班からE班までの5人5組を作り、交代勤務にすることにした。
妖精だけに強大な力を持つ相手には勝てないが、氷精ぐらいなら楽に追い返せるだろう。
~3日目~
門番隊はよく働いていたが、咲夜は別の問題に気付いた。
庭園の手入れをする者がいなかったのである。
妖精の中でそれに長けている者がいるはずもなく、咲夜はそれを自分の仕事とした。
庭園はよくよく見るとかなりの大きさで、しかもよく手入れされていた。
美鈴の部屋に置いてあったメモを頼りに世話をするが、思いの外時間がかかってしまった。
次は時を止めながら作業しようかと考えながら、夕飯の支度に取り掛かった。
~4日目~
深夜、嫌な予感がして門へと足を向けると、担当であったB班の2人が傷付き倒れていた。
話を聞くと、熊の妖怪に襲われたらしい。
姿が見えない3人は――つまり、そういうことだ。
2人の手当てを早急に済ませ、待機中であった妖精で10人2組を作り、緊急配置をした。
襲撃が一度とは限らないので、油断するわけにはいかなかった。
咲夜も数刻は門番として立っていたが、咲夜の体調を心配をする妖精たちの声に押されて仮眠を取ることにした。
仮眠中に見た夢に出てきた美鈴は、いつもと変わらない笑顔だった。
~5日目~
仮眠をとってから門へ向かうと、4人しか門にいなかった。
その理由を残っていた妖精に聞くと、B班の負傷を聞いて何人かが逃げ出してしまったらしい。
再び緊急招集してみると、合計8人しか残っていなかった。
これ以上負傷者を出すわけにもいかないので、咲夜も本格的に門番をすることにした。
~6日目~
昼食を終え、掃除や洗濯も一通り終えた咲夜は門に立っていた。
陽の光は優しく降り注ぎ、爽やかな風が通り過ぎる。
一仕事を終えた安心感といつも以上の疲労感、そして麗らかな陽気に誘われて、咲夜はそのまま寝てしまった。
「咲夜さん、起きてください」
自分を呼ぶ声と、肩を揺すられる感覚に目を覚ます。
眩しさに驚きながらもゆっくり目を開けると、心配そうに覗き込む小悪魔の顔が見えた。
「!?――小悪魔……大丈夫よ、ありがとう」
咲夜は深呼吸をし、頬を軽く叩いて頭を覚醒させた。
いつもの表情に戻った咲夜を見て安心したのか、小悪魔は門番交代の時間だと告げて館内へ戻った。
レミリアが美鈴を解雇した翌日、咲夜に”条件”を出したのだった。
一つは、美鈴の穴は必ず埋めること。
もう一つは、レミリアと、その友人であるパチュリー・ノーレッジの力を借りないことだった。
パチュリーは(本人は否定しているが)一人前の魔法使いであり、その気になれば紅魔館を結界で覆うこともできる。
だが、そのような手を使わずに――と、言ったところなのだろう。
その条件のなかで協力者になっているのが、あの小悪魔だった。
パチュリーの使い魔である彼女は優秀で、メイド妖精とは比べ物にならないほどの仕事をこなしていた。
またその性格故か、咲夜のサポートを進んでやるようになっていた。
そのことにはパチュリーもレミリアも言及しなかったので、咲夜はそれに甘えることにしていたのだが――
(甘え過ぎね……気を引き締めないと!)
咲夜は心の中で活を入れると、門番交代までの時間を庭園の整備に費やした。
~7日目~
ついに食糧がなくなってしまった。
館での仕事が忙しく買い出しに行く余裕がなかったのだが、さすがに何も食べないわけにはいかない。
いや、それ以前に従者として、メイド長として主人の食事を抜くわけにはいかない。
そこで、代わりに門番をやると言った小悪魔にそれを任せ、人里へ買い出しに行くことにした。
門を出ようとしたところで、咲夜は奇妙で、それでいて懐かしい感覚に襲われた。
『買い物ですか?荷物持ちしますよ』
そう、美鈴の声が聞こえた。
だが美鈴が門にいることはなく、小悪魔が立っているだけだ。
彼女は笑顔で手を振っているが、咲夜にはそれがひどく悲しいことに思えた。
いつも笑顔で見送ってくれた美鈴。
いつも笑顔で出迎えてくれた美鈴。
いつも気を遣い、手伝ってくれた美鈴。
彼女は、もう、ここに、いない。
そのことが、その事実が、咲夜の気持ちを暗澹とさせた。
この日の夜、再びの妖怪の襲撃により、3名の妖精が負傷した。
さらに4名が逃げ出し、もはや門番隊は壊滅状態となった。
この日の夢に出てきた美鈴は、寂しそうで、それでいて心配そうな笑顔を浮かべていた。
~8日目~
「ねぇ咲夜~私、退屈でしょうがないの。遊んでくれない?」
咲夜は窓を拭く手を止め、後ろを振り返る。
声で分かってはいたが、やはりそこにはフランドール・スカーレットがいた。
レミリアの妹である彼女は館の外に出ることを許されず、もっぱら一人遊びをしていた。
だが、彼女の唯一と言ってもいい遊び相手がいた――美鈴である。
仲の良くない姉、身体の弱いパチュリー、仕事の忙しい咲夜、相手にはならないメイド妖精。
そのなかで美鈴だけが彼女の遊び相手になっていたのだ。
いつもなら仕事を理由に断ることができるが、あの約束に逆らうわけにもいかない。
咲夜はフランドールに少し待つように頼むと、時を操って掃除を終わらせた。
あまり多用すると疲れてしまうのだが、本当に疲れるのはこの後だった。
フランドールの言う遊びとは、ほとんどの場合は弾幕ごっこである。
破壊に特化した能力を持ち、外へ出られないストレスを発散できるこの遊びが、彼女の数少ない娯楽なのだ。
いや、そもそも遊びというものを理解しているのかさえ疑問ではあるが、それはまた別の話である。
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咲夜にとって、フランドールの相手は楽なものではなかった。
弾幕ごっこ自体は咲夜の得意分野ではあるが、フランドールはその遥か上の位置にいる。
しかも咲夜は美鈴と違い人間であり、その身体能力は遠く及ばない。
メイドである咲夜と、武闘家である美鈴――その対比でも、二人の体力の差は明らかであろう。
その上、ここ最近の疲労のせいで咲夜の動きは著しく鈍っていた。
気付いた時には被弾していた。
所詮は身内の弾幕ごっこ――その威力こそ低いものの、今の咲夜には十分痛かった。
身体が吹っ飛ばされ、壁に強かに打ちつける格好になった。
フランドールが慌てて駆け寄ってくるが、咲夜は何でもないという風に装う。
余計な心配をかけないのもまた、従者の務めである――そう判断した結果だ。
フランドールは咲夜に何度も謝った後、気落ちした様子で部屋に戻っていった。
咲夜はそれを見送り、夕食の準備をした。
夕食後は仮眠を取り、門番の仕事に備えた。
~9日目~
こんなにも夜は長かったのかと、咲夜は思った。
痛む身体に夜風は冷たく、月の光は陰鬱で孤独な気分にさせる。
だが、それ以上に厄介なのが妖怪の存在だった。
疲れているように見えるからか、それとも人間だからか、あるいは元々これだけ多いのかは分からない。
数を頼りに攻めてくる妖怪の群れに咲夜は疲弊し、身も心も削り取られた。
夜明け――空が白くなり始めるころには、全身が返り血に染まっていた。
両膝をつき、疲れ果てた顔で日の出を見る。
その日見た太陽はどんなものよりも神々しく、救いを与えてくれるもののように見えた。
(もう安心かしらね……あぁ、朝食の準備をしないと…)
そう思って立ち上がる――いや、立ち上がろうとした。
だが、その思いに反して身体はフラフラと力なく倒れてしまう。
(こんなことでは……お嬢様に…叱られてしまう…)
薄れゆく意識の向こうで誰かが呼んでいる気がしたが、それが誰なのかは分からなかった。
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誰かの話声が聞こえる――咲夜は意識を現実に戻しながらそれ感じた。
ゆっくり目を開けると、多数の本棚が見えた。
どうやらパチュリーの魔法か薬で治療されたのだと、咲夜は確信した。
寝かされていたベッドから身体を起こすと、パチュリーと話していたらしい小悪魔が走ってきた。
「大丈夫ですか咲夜さん!?私が見つけたときはもう倒れていて……」
どうやら、あのときに聞こえた声は小悪魔のものだったらしい。
すぐに発見され、ここに運び込まれたのは幸運だったと言えるだろう。
もう大丈夫だと告げると、鎮痛剤と水を置いてパチュリーのもとへと戻った。
そして、入れ替わるようにレミリアがやってきた。
「無様な姿だな、十六夜咲夜。血塗れのメイド長が門前に転がるなど、良い面汚しじゃないか」
その言葉と雰囲気に呑まれ、圧倒されそうになる。
だが、今の咲夜には言わねばならない言葉があった。
「申し訳ありませんでした、お嬢様。私が間違えていました」
咲夜はレミリアの顔を正面から見て言う。
その決意に満ちた目を見て、レミリアが少し笑ったような気がした。
「ふん、何を間違えていたと言うんだ?」
そう言うレミリアは口調こそ険しいが、表情は柔らかい。
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「――これが、今の私の気持ちです。本当に申し訳ありませんでした」
全ての気持ちを、気付いた事実を吐露した咲夜が頭を垂れる。
それを見たレミリアはどこか満足そうにため息をつき、咲夜の肩に手をかけた。
「その言葉は、私に言うべき言葉じゃないでしょう?」
咲夜が顔を上げると、呆れたように微笑んだ主人の顔があった。
久しぶりに見た主人の笑顔が心を満たす――だが、それだけでは「一杯」にはならない。
「でも、美鈴は――」
「あなたは私が誰か忘れたの?私はレミリア・スカーレット、”運命を操る”夜の王よ?」
「美鈴は近いうちに戻ってくるわ。それこそ、明日か明後日ぐらいにもね」
自信満々に答える主人は、いつもにも増して頼もしく見えた。
(この能力は好きじゃないけれど、こんなときぐらいは――ね)
「あなたは少し休みなさい。そんな姿じゃ、美鈴に心配をかけてしまうだけよ?」
咲夜はゆっくりと頷くと、そのままベッドに身体を収めた。
美鈴が帰っていたらまずは謝ろう。
そして、美鈴の好きな料理をいっぱい作ろう。
今度はちゃんと感謝の気持ちも伝えて――
咲夜の意識は、そのまま深い海へと沈んでいく。
夢の中で見た美鈴は
いつも通りの、笑顔だった
それは置いておいて文章自体はとても綺麗でしたので
次の作品も期待しております。
こういう「美鈴は裏で頑張ってるんだ」的なSSを見る度に、門番の仕事を把握出来てないメイド長ってどうなんだと思う。
こぁが地味ながらも頑張っているのが、新鮮な感じです。
完璧主義も良いですけど、頭が固いのは困り物ですね。
流れは良かったんだけど、捻りや個性が感じられず、途中で飽きが来ました。
作者様の成長に期待して辛めの評価を付けざるを得ない!
俺は好きだぜ!こう言う話!!
次回作に期待!
門前にいるだけで…広範囲の索敵、牽制、警戒、しかもユニット単体だけでも平均以上の防衛能力か…
いろんなゲームに欲しくなるな。
もっと美鈴はクールであっていい!!
次に期待ということでこの点数で。
だからこそ内容が被りまくってマンネリを感じるのが悲しい……
東方キャラの殆どに言えるかもだけど、もっとあけっぴろげな感じを出せるといいかもしれません
単純に一人のキャラを持ち上げる手段としてその他のキャラを落とす遣り方でないあたりに、作者様の愛を感じます。
次回作にも期待します
41氏のコメントにもあるが、美鈴不要の流れからじゃなかったのが俺的には良かった
ただ、もう一押しという気がしなくも・・・てことで、この点数で
ほとんど出番はないけど、美鈴が愛されてるってことがよくわかったぜ
妖精なら死んでもすぐ生き返るからいいのか?
妖精なら傷つけられた時に感じた恐怖も、すぐに忘れてしまうのか?
妖精なら逃げ出してしまった時に後悔や哀しみを感じないのか? やっぱりすぐに忘れてしまうのか?
収支が釣り合わねぇ。
まったくこれっぽちも釣り合わねぇ。
分かり難かったかもしれませんが、あれはスカーレット家の指輪です。先代か、あるいはずっと前から伝わる形見や家宝の類だと思ってもらえば良いでしょうか。
そうだとすると、美鈴が「笑った」理由が生まれるかもしれません。
やってみなければ大変さが分からない……なんて無能じゃないとは思うんだけど、
お嬢様の、言葉で分からせるのではなくさせて理解させるのは良かった。
面白かったです。次回作も期待してます。
能力使ったら疲れるんじゃね?と、マジレスしてみる
細かいこと言ったら、レミリアが運命操って美鈴の大切さに気付かせれば良かったんじゃ?になるしね
俺もこういうお話好きですよ。
あっと驚くような、それこそスイートポテトさんならではの結末のようなものが欲しかったです。小悪魔ががんばるというのは新鮮でしたが、それでもまだ弱い。全体的には良いお話でした。次作も期待してます。
願わくば、レミリアの口調変化に「きっかけ」のようなものが欲しかったですが、とてもよくまとまっていたと思います。
今後の作品にも期待しております
不愉快
無駄に評価が付いてる
作者さんに限った事ではないけど
がんばってくださいね^^;
釣られて似た様なコメしてる人はなんなの?
好みの問題だけどまったり系やハッピーエンドが好きな俺には途中きついものがあった
というだけなのでこの点数はそれほどお気になさらず