ある月のまばゆい夜のこと。
招待状を携えて紅魔館にきてみれば、門の前には見知らぬ老爺が立っていたのでした。
「あ、これはどうも……いい夜ですね」
思わずそんな言葉を漏らしてしまって、その瞬間しまったなと思います。
館を訪ねてきて、初対面の門番さん相手にいきなり切り出すような話じゃありません。まずは来意を告げることが先でしょう。てっきり美鈴さんがいるのだと思って、すっかり油断していたのです。
でもそれも仕方がないことだと思います。本当にその夜は月が綺麗で、銀色の世界にこぼれ落ちる月光がバターのようにつややかだったのです。頬をくすぐる風は春の気配に満ちて暖かく、春告精の柔らかい手のひらでいたずらされているようです。
「ああ、ごめんなさい、わたしは怪しい者じゃなくて――」
慌てて袂を探って招待状を取りだそうとすると、見知らぬ老爺がにっこりと笑います。
「こんばんは阿求さん、本当にいい夜ですね。ようこそおいでくださいました」
「あれ、わたしのことをご存じでしたか」
「ええ、それはもうよく存じてますよ。何度も顔を合わせてますからねぇ」
――はて? 顔を合わせてる?
思わず小首をかしげます。
どこで会ったのかしらんと記憶を漁ってみても、やはり見覚えはありません。だからこの老爺とは絶対に初対面のはずなのです。好むと好まざるとに関わらず、一度観たものは決して忘れられないわたしなのですから。
老爺は人間ならば歳のころ六十ほどでしょうか。でっぷりと太ったお腹に、あごには長いひげを生やしています。いかにも好々爺然とした垂れ目の上には、これまた長く垂れた半白の眉毛。身に纏った中国風の長衣は灰色にくすみ、ゆったりとした立ち姿にはどこか威厳のようなものを感じます。
よほどわたしが変な顔をしていたのでしょうか、老爺はぷっと盛大に噴きだすと、けたけたと華やいだ笑い声を上げました。
「あははは、私ですよ、美鈴です。いやー、ここまでひっかかってくれたのは阿求さんがはじめてですよ。こりゃ痛快ですねぇ」
「――はい? え? 美鈴さん?」
「そうですそうです。っていうか今日の舞踏会のことを考えればわかりそうなものでしょう? 阿求は少し求聞持の能力に頼りすぎてるんじゃないですか?」
「……むぅ。そんなこと云われても、門からはじまってるなんて思いませんもん」
それに目の前の老爺の姿かたちはあまりにも真に迫っていて、とてもじゃないけれど仮装なんてレベルじゃありませんでした。
もっとも、この夜想が泡のように浮かぶ満月の夜に、常識を問うこと自体が無意味なのでしょう。ここ幻想郷においては現し世こそが夢、夜の夢ならば真です。
「……それにしても、なんで美鈴さんがお爺ちゃんなんですか?」
「だって、カンフー映画に出てくる武術師範ってこんな感じじゃないですか。ずっと憧れてたんですよー」
そう云ったかと思うと、美鈴さんはおもむろに見慣れた武術の型を披露します。垂直に跳躍しながら両足を蹴り上げ、上体を倒して手のひらを突き出し、水平にぶんぶんと旋回しながら足技を放ちます。
最後にぽんと鞠のように跳ね上がり、くるくる回って門の鉄柱に降りました。
「――ね?」
いや、そんなこれみよがしな顔をされても困ります。
「カンフー映画なんてみたことないからわかりません。映画と云えば、わたしの中ではいまだに弁士が喋る無声映画のイメージですもん」
「ありゃ、そうかぁ。そういえば映画ってあまり幻想郷に入ってこないですね。図書館のライブラリにあるんで、よかったら今度パチュリーさまと一緒にみてください。面白いですよぉ」
ふわりと門から降りたって、美鈴さんは瀟洒なポーズでお辞儀します。その背後で、重厚な門がギィと音を立てながら開いていきました。
この館の門は、いつだって誰も手を触れなくとも開くのです。
それがなにかの魔法の力によるものか、それとも屋敷自体が意志を持っているのかはわかりません。わかる必要もないでしょう。
美鈴さんに会釈をしながら門をくぐり抜け、紅魔館の敷地に足を踏みだします。
石畳を踏みしめて前庭を歩いていくと、やがて屋敷の屋根がみえてくる。
赤煉瓦造りの城館は、聞くところによるとバロック様式なのだそう。どっしりと落ち着いたファサードにはアーチが設けられ、屋敷をささえる柱には奇怪な化け物が浮き彫りにされています。窓という窓からはオレンジ色の暖かな光が漏れていて、窓枠のアール・デコめいた装飾紋様が影となって浮かび上がっています。
ふと、どこからか甲高い笑い声が聞こえてくる。
けれどそれが館の中から聞こえてきたのか、鬱蒼と茂る庭園のほうから聞こえてきたのかはわかりません。あるいはまた、わたしの脳の中から聞こえてきたのかもしれません。
見上げると高い高い尖塔の背景に、こぼれんばかりの丸い月。
くらくらするような薔薇の香りが、夜の底から立ち昇る。
ランプに照らされたドアの前に立ち、ノッカーに手をかけようとしたところで、さきほどから招待状を手にもったままだったことに気がつきます。美鈴さんが化けたお爺ちゃんに見せようとして、ずっとそのままになっていたのでした。
ふいにあのお爺ちゃんの姿が脳裏に浮かび、思わずくすりと笑います。
――憧れてた、かぁ。
なんだか不思議。あんなに大人っぽくて綺麗な美鈴さんが、あんなお爺ちゃんになりたがっていたなんて。
ひとには見かけによらず色んな願望があるものだと、手に持った招待状を読み直しながら思うのです。
古色を帯びた羊皮紙の上では、金色の文字でこんな文言が踊っています。
――はてさて。
よく気まぐれにパーティーを催すレミリアさまですけれど、このたびの趣向はひときわ珍しい。仮面舞踏会なんてポォの『赤死病の仮面』で読んだことがあるくらいで、この幻想郷で開催されたことなどはじめてです。
未知の文化への憧れに、思わず胸が高鳴ります。
けれどこんなにわたしの胸がどきどきしているのは、きっとそれだけが原因なわけではないのです。
――あのひとは、いるのかな。
ドアを開けた妖精メイドさんが仮面をつけているのに気づいて、そんなことをふと思う。
照れ屋で無愛想なあのひとのことだから、こういう遊びは嫌いかもしれません。面倒くさがりで気持ちを切り替えるのが下手だから、今日もずっと図書館で本を読んでいるかもしれません。
でも、もしあのひとがいるのなら。
わたしが好きなパチュリーさんが、仮面舞踏会に参加してくれているのなら。
――一体、どんな姿になっているのだろう。
それ自体が仮面のような無表情の奥に、あの可愛い魔女さんはどんな憧れを隠しもっているのだろう。
今日はそれに触れられるかもしれないと思うと、どうしても私の胸は高鳴ってしまうのです。
――少し、痛いと思うほど。
「やあ、遅かったじゃん、御阿礼」
案内された部屋に入ってみれば、ロココ調の猫足ソファで女の子がひとりふんぞり返っておりました。
肩にかかりそうなくらいのセミショート、ぬばたまの黒きフレアミニ。赤と青の奇怪な翼を背中でぱたぱたさせながら、封獣ぬえさんはちらりと八重歯をみせました。
「あら珍しい、ぬえさんじゃないですか。こんなところで姿を現してしまっていいんですか?」
「うーん、正直ちょっと恥ずかしいけど、仕方ないよ。あの吸血鬼に弾幕勝負で負けてしまったんだもの」
「あー、それはなんというか、ご愁傷様で……」
頬を掻きながらそう云うと、ぬえさんはすっと半眼になって睨みつけてきます。
「まったく、あなたが縁起で私の正体を広めてくれたせいで、こっちの商売もあがったりだわ。誰も正体不明に驚いてくれない」
溜息を吐いたぬえさんに、わたしは苦笑いを返すことしかできませんでした。
ぬえさんとは、わたしが地獄にいたころからの知り合いです。
わたしが落とされていた地獄には、なぜか地霊殿に抜ける抜け穴があって、よく獄吏の目を盗んでは旧都の友人たちのもとへと遊びにいったものでした。
豪放磊落な萃香さんや勇儀さん。いつも文句ばかり云っているパルスィさんや、気づけばそこらのコップや空き瓶のなかに入りこんでしまうキスメさん。いつだって悲しそうな目をしたさとりさまや、他人が身体に触れようとするとびくりと硬直してしまうヤマメさん。
みな地上ではうとまれていたとのことですが、わたしを受け容れてくれたみなさんからは、そんなようすなど少しも感じませんでした。あるいはうとまれていたからこそ、人間なんだかそうじゃないのかわからない、中途半端であやふやだったわたしのことも受け容れることができたのかもしれません。
あのころのことはどこかおぼろで、今阿求として見聞きしたものが残るような完璧な記憶ではありません。けれどその情景は、不思議と暖かな思い出となってわたしの心の奥にひっそりと息づいているのです。
あるいはそれは、普通のひとが思いだす幼年時代の記憶のように。
「――それで、御阿礼はどんな姿になりたいの?」
にっと口角を上げながら、彼女が片手を差しだします。
ぶおんと蜂の羽音のような音を立て、その手のひらに可愛らしい蛇が一匹浮かび上がってきます。
赤と黒で色分けされた鮮やかな身体。黒曜石のように輝くつぶらな瞳。全長十五センチほどの子蛇が、笑いかけるようにくねりと身体をうねらせる。
「おや、見かけない子ですね。いつもの“正体不明の種”とは違うんですか?」
「そうよ、これは“正体変化の種”。これに噛まれれば、自分の姿を望みのままに変えることができるの。普段は滅多に使わないんだけどねー。相手の想像力を刺激するほうが、怖がらせるのには都合がいいし」
「ははぁ、なるほど。それで用意はしてこなくていいってことですか……」
「そ、このぬえさんが、ていのいい変身マシーンとしていいように使われてるってわけ。あーあ、屈辱だよ」
そう云って口を尖らせるぬえさんでしたけれど、なんだか思いのほか楽しそうな顔をしてました。少なくとも地底の旧都時代、正体不明のまま場の片隅で膝を抱えていたときよりも、ずっとずっと楽しそう。
「それじゃ、イメージできた? なりたい姿。憧れる自分。なんにだって変えてあげるよ、この封獣ぬえさんがね」
その言葉に応えるように子蛇がうねり、差しだしたわたしの指にまとわりついてきます。ひんやりとなまめかしいその感触に、なぜだかぞくりと背筋が痺れます。そんな気持ちを振り払うように瞳を閉じると、浮かび上がってくるのはひとつの情景なのでした。
――御阿礼は、どんな姿になりたいの?
わたしは、なにを望むの?
思い浮かぶのはイメージ。
稗田の屋敷でたったひとりあの招待状を眺めたとき、わたしの胸に立ち上ってきた甘い憧れ。
御阿礼として生まれた瞬間から押し殺そうとして、けれど押し殺すことはできなかった、こうなりたいという想い。
決して届かぬだろうわたし。
決して叶わぬだろう願い。
布団に入って夜の夢をみる前に、ほんの一瞬だけちらりと頭を通りすぎていく、わたし自身の夢。
「――イメージした?」
「ええ……お願いします」
答えた瞬間、ちくりと手首に軽い痛みを感じます。
もういいよ、とのぬえさんの言葉に目を開くと、手首にはブレスレットのように子蛇がまとわりついています。
けれどその腕は、すでに見慣れたわたしのものではありませんでした。
それは細く長く、けれどしっかりと肉がついた腕なのです。肌はきめ細かくて健康的で、指先はたおやかに長いのです。どこか病的に白くて不健康に細い、普段のわたしの身体ではありません。
見下ろせば、いつもより随分地面が遠い。
きっと慧音先生くらいの身長はあるでしょう。すらりとした長身にボルドー色のゴブランドレスを身に纏い、スカートから覗いた足はカモシカのように伸びやかです。
思わず身体をひねりながら、ためつすがめつ自分の姿を眺めます。
コルセットに包まれた腰には大きなリボンを背中で巻いて、たくさんのギャザーがくくられたスカートは花のようにふわりとふくらんでいます。
袖はラッパのような姫袖になっていて、裾にひるがえるフリルは普段から頭に挿している乙女椿の花弁のよう。
身につけているアクセサリーはチョーカーにイヤリングにネックレスにアンクレット。
大胆なスクエアカットに開けた胸元で、豊満な乳房が服を押し上げます。
絨毯を踏みしめる靴は薔薇のコサージュがついたピンヒール。歩いてみると少し脛が突っ張って、まるで幻想なんかじゃない本物の身体のようでした。
「ふわぁ、すっごい綺麗……。御阿礼ってばそんな格好に憧れてたのね」
感嘆したようにつぶやくぬえさんに、思わず頬が熱くなる。
千二百年に及ぶ稗田の家の当主として、わたしは和装以外の装いをしたことがありません。
延々と繰りかえされていく生と死の中で、いつしか新しいものを取り入れようなんて気持ちが薄れていったのかもしれません。わたしが阿弥だったころに流れこんできた西洋文化に対しても、ずっと距離をとっておりました。あんな西洋かぶれな伝統破壊者なんて、ろくなもんじゃないと腐していたのです。
――でも、本当は少し憧れていた。
あの鹿鳴館の貴婦人たち。
ピアノの音色。ヴァイオリンの震える弦。チェロを抱えこむときの背中の丸み。コーヒーに紅茶。パイプにキセル。アイスクリームやソーダ水やフルーツパフェの甘ったるさ。資生堂パーラーや宝塚やカフェやオペレッタが投げかける開放感。高畠華宵や竹久夢二や中原淳一が描く少女画に満ちたリリシズム。
――憧れていた。
「……どうでしょう、わたし変じゃないですか? おかしくないですか? みっともなくはないですか?」
「ううん、全然変じゃない、すごい綺麗だよ?」
「本当? 本当ですか? すぐわたしだって見破られたりはしません?」
「大丈夫だって、こんなに美人なんだから、誰も御阿礼だなんてわかんないわよ」
「どういう意味ですかっ」
じろりと横目でにらみつけながら、ぬえさんがもってきてくれた鏡の前に立ちました。
切れ長の目尻にぽってりとした唇。輝かんばかりのハニーブロンドをバレッタで留めて、すっきりとしたうなじは工芸品のように綺麗です。
高い鼻、涼やかな曲線をみせるあごの線、卵のようになめらかな頭の形。自分で眺めていて、その美しさに思わずどきどきしてしまいます。
確かにぬえさんがおっしゃるとおり、今のわたしはほれぼれするくらいの美人です。
――別に、少しくらい自分の姿を誉めてしまってもいいですよね?
どうせ本当の自分じゃないんだし、きっとわたし自身はどうやってもこんなに女らしく成長することはないんです。
この阿求の身体は御阿礼としてもとても弱く、おそらくわたしは十八の歳を数える前に死ぬでしょう。
だから。
ねぇ。
少しくらい、憧れてしまってもいいじゃありませんか。
こんなに月がまばゆい夜くらい、夢みてしまってもいいじゃありませんか。
九度も転生を繰りかえしているんです。たった一夜のわがままくらい、許されたっていいでしょう?
「そんじゃ楽しんできてねー」
ソファにふんぞり返りながら、ぬえさんはにこやかに手をひらひらさせました。
昔からの旧友封獣ぬえさん。
地上にやってきてから少しだけ明るくなった、正体不明で照れ屋の子。
けれどわたしは、さきほどからずっとこのひとに云いたいことがあったんです。
それももしかしたら、ただのわがままなのかもしれません。ぬえさんの気を悪くしてしまうような、空気の読めない行動なのかもしれません。
――それでも。
「あの……ぬえさん?」
ドアノブに手をかけたまま振りかえると、彼女はきょとんと小首をかしげます。
「ん、なぁに御阿礼?」
そう、それです。
その――御阿礼という呼びかたです。
「ごめんなさい、わたしのことは御阿礼じゃなくて阿求と呼んでくれると嬉しいです」
そう告げた瞬間、ぬえさんは正体不明なものと出会ったような顔をした。
『あなたは阿礼なんかじゃない、阿求よ。この世にたったひとりしか存在しない稗田阿求。お願いだから、自分の命を粗末に扱ったりはしないでね』
そう云ったときの、あのひとの頬の赤味を覚えている。
本に顔をうずめながら、パチュリーさんはひとりごとのようにつぶやいた。
それは第百二十季の睦月二十日のできごとで、そのときパチュリーさんが読んでいたのはフレイザーの『金枝篇』第十一巻で、そのひとりごとを聞きつけたこぁちゃんが、パチュリーさんの後ろで小さくガッツポーズした。
そんなすべてを、どうしようもなく克明に覚えている。
赤い絨毯が敷きつめられた長い長い廊下。
壁には陰鬱な油絵が掛かり、アルコーブに飾られているのはアール・デコめいた優美なフォルムの壺や洋燈。
そんな廊下を大ホールにむけて進んでいくと、次第に華やかなメロディが聞こえてきます。それはきっとプリズムリバー楽団が演奏する室内楽なのでしょう。三人しかいないはずなのに、なぜか響いてくるのは幻想の弦楽四重奏。
四人目は、きっとわたしたちの頭の中にいるのです。
産まれたその瞬間から、わたしは稗田家の中で御阿礼の子として生きてきた。
母も父も、わたしのことを阿求ではなく御阿礼さまと呼びました。御阿礼神事のときを除いて、誰ひとり阿求だなんて呼んでくれたことはありません。
だってそれもそうでしょう。九人目だから阿求だなんてふざけた名前、祝福された子どもにつける名前じゃありません。
求聞持の能力を受け継ぐ、尊くも忌まわしい存在、御阿礼の子。
ただ幻想郷縁起を書くためだけに生まれ、蝉のように夭逝していく御阿礼の子。
転生のたびに色々な記憶を失い、けれど再び生を受け、おぼろな過去の思い出を抱えながら阿礼の生まれ変わりとして生きていく。
それに不満があったわけじゃない。
すごく嫌だったというわけでもない。
稗田のひとは、みんなわたしによくしてくれる。ほかのひとなら望めないような、人一倍の贅沢だってできる。季節の果物、珍しい食材、美しい反物、貴重な書物。そんなものを好きに享受できる立場にいて、不満があるだなんて云ってしまっては罰が当たります。
転生のことだってそうでしょう。たしかに死んで色々なことを忘れてしまうのは怖ろしい。寿命が短いことを恨みたい気持ちもある。けれど生まれつき長く生きられない人間なんて珍しくもないのです。たとえあやふやなものであっても、ある程度記憶を引き継いで転生できるだけで、わたしはきっと恵まれていると云えるでしょう。
――でも。
わたしは、ひとを好きになってしまったんです。
大ホールはまばゆい色彩で溢れています。
魔法の輝きを放つ豪華なシャンデリア、テーブルにおかれたたくさんの蝋燭、光を乱反射する精緻な模様のカットグラス。ベルベッドのカーテンは赤く赤く重厚で、金糸銀糸のタペストリはありし日の英雄譚を物語り、そこかしこで咲き誇る薔薇の活花はかぐわしい香りを放ちます。
そんな豪奢な飾りつけをされた大ホールが、様々なひとびとで埋め尽くされておりました。
よほど娯楽に飢えていたのでしょうか、それともこの仮面舞踏会という催しが妖怪さんたちの琴線にふれたのでしょうか。紅魔館と関わりのあるかたがこんなにたくさんいたのかと驚いてしまうほど、ダンスホールは大勢のひとびとで賑わっておりました。
そのあまりにもバラエティに富んだ装いをみて、思わず声を立てて笑います。
普段はみかけない男性の姿がたくさんある。マントを羽織ったり、騎士甲冑を着こんだり、禿頭に墨染めの着流しをまとったり。
ひとではない姿もたくさんいる。
たとえば空中で輝く宝石のようなあれは誰でしょう。クジャクのように七色の羽根を広げたあの猫は? てっきり飾りつけの活花かと思ったら、おもむろにテーブルの間を歩きはじめた可憐なタイガーリリーは一体誰の憧れなのでしょう。
これでどうして舞踏会が成立しているのかわかりません。
けれど『亡き王女のためのパヴァーヌ』の調べに乗って踊られる百鬼夜行のパヴァーヌは、不思議なほど優雅にみえるのです。
不定型なアメーバみたいな生き物と人魚のダンス。
漫画みたいな鼠のキャラクターと帝釈天が交わすステップ。
小さな竜とピンク色の虎が、戦いながら刻みこむリズム。
まるで熱に浮かされた夜の、とりとめのない夢の光景です。けれど耳に聞こえてくる妙なる調べときらめく笑い声は、それが現実のできごとなのだとわたしに教えてくれるのです。
「あらら、これはまた優雅な貴婦人のご登場ね。一体だれかしら」
ふと笑いを含んだ声が聞こえてきて、振りむいた瞬間わたしは目を見開いてしまいます。
だって、そこにはおよそありえない姿をしたひとがいたのです。
「――え? 霊夢さん?」
紅白のリボンと二本のおさげ、肩を惜しげもなく露出した不思議な形の巫女装束。いつもとまるで同じ格好をした霊夢さんが、クラッカーをつまみながら笑っています。
「あ、わかった! 霊夢さんの仮装をしてるひとでしょう!?」
ぽんと手を叩きながらそう云うと、彼女はケラケラと笑って手を振ります。
「あはははは、違う違う、博麗霊夢。私本人だわよ」
「はぁ……それはまた一体どうして……」
つぶやきながら、壁際にぽつんとおかれたそのテーブルの元へとむかっていく。まるで他から隔離されているようなその席には、彼女の他にもうひとり誰かが座っておりました。
霊夢さんはわたしに話しかけながら、クラッカーが載ったお皿を差しだします。
「なんかね、ぬえが云うには私には能力が効かないんだってさ。まったくはるばるこんなところまでやってきて、とんだ骨折り損だったわよ」
「あら、正体変化の種が効かないってことですか?」
「そうそう。あれが云うには、“素の私自身が正体不明”で“他人のまなざしから自由でありすぎる”んだってさ。なんかよくわかんないけど、失礼しちゃうわね」
「ふーん……」
唸りながらクラッカーに手を伸ばす。海苔とチーズをペーストしたディップをつけて、さくりと齧りつきました。少し不思議な味だけれどなかなかに美味しくて、感嘆していると脇からお盆にのったワイングラスが差しだされます。
もってきてくれた妖精メイドさんにお礼を云って、こくりとひとくち口に含む。ワインの芳醇な香りと、胃に火を灯すような暖かさ。
なんだか少しだけ、特別に選ばれたような気分になりました。
「ふふ、楽しんでいるようですね」
ぽっと暖かくなった頬を押さえていると、横から声がかけられます。視線をむけると、霊夢さんの隣にいたひとがこちらに顔をむけています。
――けれどそのひとが、本当にわたしをみつめているかどうかはわからない。
なんと云っても、その顔にふたつの瞳はないのです。
目も、口も、耳もない。
薔薇のコサージュで彩られたフォーマルハットから、黒いメッシュのベールが垂れています。けれどそのベールのむこうにあるのは、つるんとしたのっぺらぼうの顔でした。
見ざる云わざる聞かざるといったところでしょうか、まるですべての感覚を遮断しようとするかのような姿です。マネキンのようなその仮面は、一体どんな思いから選択したものでしょう。
そんなことを思っていると、そのひとが楽しそうに云いました。
「ええ、あなたが考えるとおり、見ざる云わざる聞かざるといったところですよ。ねぇ、たまにはいいじゃないですか、すべての感覚を遮断しようとしても」
「へ……! あ、そうかあなたは――」
――さとりさま。
どうしても相手の心を読んでしまう、嫌われ者のサトリ妖怪。
あ、でもわたしは嫌ってなんかいませんけどね、と慌てて頭の中でつけたすと、さとりさまはくすくすと笑ってくれました。
「ありがとう。まあ、だからこうして霊夢さんとふたりで壁の華してるってわけなんです」
「え? どうしてですか? それこそ仮面舞踏会なんですから、正体を隠していればいいのでは……」
「でも、今のでわかったでしょう? どんなに正体を隠そうとしても、わたしにはそのひとが誰だかわかってしまうんです。読んだ心をつい喋ってしまうのは本能的なことですし、口を滑らせたらあの吸血鬼にたたき出されてしまうわ」
その言葉で、やっとわたしも呑みこめました。
「なるほど……どうしても正体を隠せないひとと、どうしても正体を暴いてしまうひとですか。それは確かに、仮面舞踏会にはむいていないのかもしれませんねぇ」
けれどなんだかやるせないなぁと思います。
さとりさまだって、なにも相手を心底困らせようと思って心を読んでいるわけじゃないのです。ただサトリ妖怪として生まれた以上、そうせざるをえないというだけのこと。
妖怪というのは、本来そういった役割の上によってたつ存在です。例えば正体を隠してこその鵺。魔術や秘術を研究してこその魔女。屍体を運んでいってこその火車なんです。
そんな生まれつきの能力のためにパーティを楽しむことができないなんて、なんだか少しだけ理不尽です。
「まあ別にいいわ。料理もお酒も美味しいし、みてるだけでも結構楽しいもん」
そう云って、霊夢さんは牛肉のカルパッチョにかぶりつく。
「そうですか、それならいいんですけれど……」
「あらら、なによあんた、なんであんたがそんなに悲しそうな顔してるのよ」
「う……だって……」
なぜだか泣きそうになってしまったわたしをみつめ、霊夢さんは晴れやかに笑います。
「なんか無駄にいいやつねぇ。誰だかわかんないけどさ」
「いいやつなんかじゃないですよぉ……」
つぶやくと、さとりさまがクスクスと笑います。
きっとこのひとにはわかっているのでしょう。わたしがただ、生まれつき身体が弱くて人生を楽しむことができない身の上を、さとりさまや霊夢さんに勝手に重ねただけだということを。
「それでもね、私はあなたを優しいひとだと思いますよ」
穏やかな口調で云ったさとりさまに、心の中で返します。
――そんなことないですよ。わたしは自分のことしか考えていませんもん。
「いいえそんなことあります。たくさんの心を覗いてきた私が信用できないの?」
――だってだって、さっきだってわたし、ぬえさんに自分勝手なことを云ってびっくりさせました。
「ふふ、あの子はそんなことを気にする子じゃないわ。聖輦船の事件のときだって、自分に非があるって思ったらあっさり謝りにいったじゃない。あなたが云ったことは正当だったって思いますよ」
――でも……でも……。
心の中で唸っていると、霊夢さんが横からぶすっとした声で云いました。
「なによあんたたち、声に出して云いなさいよ。私はのけ者かっ」
ぷっとまん丸に膨らんだ頬。ずいと顔を覗きこんできて指を突きつけるその仕草。
それがなんだかおかしくって、思わずわたしは吹きだしてしまいます。
「あ、あははははははは! ご、ごめんなさい霊夢さん、あはははは!」
「おい、今謝ってるのは、私をのけ者にしたこととひとの顔見て笑ったことのどっちよ!」
「あはははは! りょ、両方……」
ついつぼに入って笑い転げていると、霊夢さんはふわりと穏やかな顔つきになって云いました。
「なんか、大体誰だかわかってきたわねぇ。いいからこんなところで油売ってないで、あんたも踊りの輪に入ってきなさいよ」
「あはははは、は、はい、そうしようかと思います……」
涙を拭いながら席を立つと、さとりさまが声をかけてくれました。
「楽しんできてくださいね、あなたはもう少しわがままになってもいいと思うわ」
「……はい、ありがとうございます」
会釈をしたあとくるりとふりむいて、歩きだしたところでぼそりと声がかかります。
「――みつかるといいわね」
「え? なにがですか?」
ふりかえって訊ねるけれど、わたしの声が聞こえなかったのか、さとりさまは霊夢さんのほうをむいて彼女のことをなだめています。
まあ、大したことじゃないんでしょう。そう思って、そのまま歩きだしました。
それで結局、さとりさまがなにを云いたかったのかはわからずじまいなのでした。
軽快なワルツが流れている。
確かこれは、ヨハン・シュトラウス二世作曲『ウィーンの森の物語』。
みやびやかにかき鳴らされる弦の音色に、ホールのダンサーたちが一斉にターンします。
舞い踊る色彩、さんざめく笑い声、リズムに合わせて揺れる身体。そんな人波を眺めながら、ふと重要なことに気がつきます。
――そう云えばわたし、ダンスなんて踊れません。
一度教則本をみたことがあるので、細かいやりかたは覚えてます。けれどいざ踊ってみろと云われたら、ちゃんと身体がついていけるかどうかまるで自信がありません。
気後れしてしまって遠巻きに眺めていると、ふと誰かが隣にやってきて声をかけてくれました。
「ねぇ、そこの綺麗なかた、お暇でしたらお相手願えませんか?」
「あ、ええ……あの、わたし不慣れなのですけど、よろしいでしょうか?」
そんなことをもごもごとつぶやいて、そちらのほうを振りかえる。
一瞬驚いたけれど、もういい加減慣れました。
こんなにありとあらゆる姿のひとがいるんです。たとえ等身大の球体関節人形が素っ裸で立っていても、いちいち疑問に思ってはいられません。
「大丈夫、わたしが慣れているから。リードしてあげるわね」
そう云ってわたしの手を掴んだ指先が、陶磁器のように堅かった。
自分でおっしゃるとおり、そのひとはとてもお上手でした。
ナチュラル・スピン・ターン、レフト・ウイスク、ターニング・ロック・ツー・ライト。リヴァース・ピヴォットにコントラ・チェックにバック・ロック。
教則本にあった複雑なステップを、歩くみたいにこなしていく。
それについていくのに、意識する必要なんてありませんでした。まるで手足に紐がついているかのように、彼女に身を任せるだけで自然とわたしの身体が動くのです。
けれどそれも道理なのでした。実際にわたしたちの手足には長い長い紐がついていて、その先はキスメさんがぶらさがる綱のようにどこか虚空に消えています。
わたしたちはふたり、まるで人形劇に使われる操り人形のようでした。
「……お上手なんですね」
腰と腰をくっつけながらくるりとターン。彼女のほうに顔をむけてささやくと、自嘲するような返事が返ってくる。
「ええ、踊るのは得意よ。お人形だもの」
華麗にステップ、左足からクローズド・チェンジ。わたしのスカートが、ひらりと花のようにひるがえる。
「お人形は、踊るのが得意なんですか?」
「そうよ。だってお人形は誰かが操ってくれるから、失敗なんてしないの。なにも考えないでただ決められた動きをすればいい。ダンスってそういうものじゃなくって?」
「……どうでしょう」
アリスさんなのかな、と思います。
そのお人形に対する思いの深さをみると、このひとはアリスさんなんじゃないかと思ういます。
――あるいは厄神の雛さまか。
けれどどちらだってかまいません。どちらでなくってもかまいません。だって今夜は仮面舞踏会。踊っている相手が誰かなんて詮索は、やっぱり野暮というものです。
「私のこと、痛いって思った? 仮面舞踏会だからって、なりきりすぎているって」
「いいえ、それはわたしも同じですから。本当のわたしは、こんな風に綺麗な女の人じゃないのです」
「……そう」
「ええ。でも、女の子なら大抵そうじゃないですか? いつだっていつもと違う自分になりたがっている」
「男の子は違うの?」
「……語り得ぬものについては沈黙しなければいけません」
そのときお人形の口元がにゅっと上がったのは、きっと彼女が笑ったからでしょう。
翠色にきらめくグラスファイバーの瞳。細い細い手足。関節の球体に穿たれた、可動域の切れこみ。腰の上に乗せてターンすると、その身体の軽さに驚いてしまいます。
きっと中はがらんどう。
お腹の中も、頭の中もがらんどう。
お人形だから、頭の中はからっぽでもゆるされる。
お人形だから、毎月血を流す重い内臓からも逃げられる。
それはなんだか、少しだけ羨ましいと思うのです。
「――ねぇあなた」
「なんでしょう」
「あなたは、ふと月が明るい夜に、自分が水槽の中の魚に思えて息苦しくなることはない?」
「あるかも、しれませんね」
「真夜中のベッドの上で、そこにあるはずの自分の身体と、それをみている自分が別人に思えて悲鳴をあげたくなったことは?」
「それはもう、何度もありますよ。わたしの身体もある意味お人形みたいなものですからね」
ひるがえる。
ひるがえる。
血のように赤い、ボルドー色のスカートがひるがえる。
手足から伸びた紐の先に、過去の御阿礼の幻影が浮かぶ。どこか遠くからわたしの身体を操っている、もうわたしとは思えないわたしたち。
始祖の阿礼と歴代の御阿礼。阿一に阿爾に阿未に阿余、阿悟に阿夢に阿七に阿弥。
わたしの記憶の中でわたしを操る、わたしではないわたしたち。
「……ふぅん、あなたも色々抱えているのねぇ」
「あなたは? どうして自分がお人形だって感じるんですか?」
「うーん、生粋の幻想郷育ちにはわからないかもしれないけれど、外の世界にいると女はどうしてもね」
「自分がお人形みたいに思えますか」
「ええ、一生懸命着飾ってお化粧して、可愛くなれたらとてもいい気分だわ。でもどこにいたって突き刺さってくる視線に、ときどき無性に叫びたくなるの」
「ははぁ……」
「だから私はお人形遊びをするの。自分から“観られる自分”を切り離すためには観られるためのお人形が必要なの。でもそのお人形も自分自身だから、結局どこまでいっても観られる私から逃げることはできないんだわ」
「……なるほど、アリスさんがお人形を作るのにはそんな理由があったんですねぇ」
ふと零してしまったわたしを悪戯っぽく見つめ、彼女はにやりと口角を上げました。
「あら、誰かしらアリスって。全然知らないひとだわ」
「あ……申し訳ありません、口が滑りました」
「本当よ、気をつけて」
そう云って、くすくすと笑います。
――衣擦れの音。
触れあった身体の冷たい感触。
窓にかかる天鵞絨のカーテンがふくらんで、桟に切りとられた満月がちらりとみえる。
そんな月を食い入るようにみつめながら、お人形がささやきます。
「ごめんね、全部満月の夜の戯れ言よ。朝がきたら忘れてね」
「はい……そうします」
けれど残念ながら、その会話をわたしが忘れることは未来永劫ないのです。
――わたしは、御阿礼だったから。
「……はぁっ」
なんだか疲れてしまって、ぐったりと壁にもたれます。
夜は更けていき、曲も何度か切り替わり、ホールでは相も変わらずさまざまな格好のひとたちが楽しげにダンスを踊っています。
けれどわたしはもう踊る気力もなくなって、ぐびりとワインを飲んで深い吐息を吐くのです。
正直、仮面舞踏会がこんな物だとは思いもしませんでした。
こんなに気が張る物だとは思いませんでした。
いや、さすがに普通の仮面舞踏会はこんな物ではないのでしょう。けれどこの紅魔館の仮面舞踏会は、見た物をすべて忘れられないわたしにとってはことのほか堪える。だってここではみんながみんな、完璧な変装ができるのを盾に自分の内面をさらけだしているのです。
さとりさましかり、アリスさんしかり。
それは仮面をつけているなんてものじゃありません。むしろ普段つけている仮面をかなぐり捨てているようなものでした。完璧に自分が思い描く姿になれるという状況が、心の中の本当のそのひとをさらけだしているのです。
そう、この仮面舞踏会は、きっと仮面をつけて踊る舞踏会ではないのです。
仮面を外して踊る、舞踏会なのです。
――こいしさまと思われるひとの顔を覗きこめば、アラビア風のストールの中にみっしりと目玉がつめこまれておりました。
(そんなに観たくないのでしょうか、目玉はすべて釘に刺されて血を流しておりました)
――どうしてレミリアさまが普段の姿でいるのだろうと思ったら、それはフランちゃんなのでした。
(そんなにお姉さまに憧れていたのでしょうか。しきりと「普通にみえる?」「ちゃんとお姉さまにみえる?」と不安そうでした)
――異様にさわやかな笑顔を振りまく白い歯をした美男子は、どうやら魔理沙さんらしかった。
(でもわたしはどちらかと云えば女性のほうが好きなので、普段の魔理沙さんのほうが好きでした。それがなんだかちょっとだけ悲しい)
――薄汚い襤褸をまとった疥癬だらけの老婆がホールの隅っこに座っていて、話しかけてみればそれは輝夜さまなのでした。
(「薄汚いでしょう、穢らわしいでしょう。踊るどころか、誰もこっちをみてもくれないのよ」と、高貴なお姫さまはひどく嬉しそうに云いました)
色々なひとの願望の奔流に、眩暈がしそうな思いです。
風邪を引いたときみたいに身体が熱っぽくて、そのままずるずると床にしゃがみ込んでしまいます。ちゃんと椅子に座ったほうがいいのでしょうけれど、和風の床暮らしが長いものでどうにも椅子に座るのは慣れません。
――ああ、なんか疲れちゃったな。
ワインの酔いも手伝って、もう立ち上がるのも億劫です。
今日見た色んなひとの色んな姿が鮮明すぎる画像となって、頭の中でぐるぐると回ってます。
そうしてぼんやりとホールの様子を眺めていると、アリスさんではないけれど、なんだか自分が自分じゃないような気がしてきます。まるで自分自身はここにいなくて、外から映画を眺めているような。世界と自分の間に薄皮が一枚隔たっているような、そんな非現実感に襲われます。
――会いたいなぁ、パチュリーさん。
ふとあの仮面みたいな無表情が脳裏に浮かび、湧き上がってきた懐かしい気持ちに胸がぎゅっと締めつけられました。仮面舞踏会というならば、きっとあのひとの顔はこの場の誰よりも仮面と呼ぶにふさわしいと思うのです。
久しぶりに図書館を訪ねても、『あら、きたのね』なんてつまらなそうに云うだけで、すぐに手元の本に視線を戻す。
あの無表情な白皙の面。
けれどそんな無表情が照れ隠しだってことくらい、わたしにだってわかるんです。なんでもないふりをして本を読もうとするけれど、大抵腰がちょっともぞもぞしてるし、目は文字なんて追っていないんです。
やがて耐えかねたようにちらりとこちらに視線をむけるから、それをとらえてにっこり笑ってあげれば、林檎みたいに真っ赤になってしまう。
大魔法使いの癖に恥ずかしがり屋で。
百年は生きてる癖に不器用で。
――でも本当は優しいパチュリーさん。
だってわたしは知っています。パチュリーさんが、わたしのこの身体を不老不死にしようと思って蓬莱の薬を研究していたことを。
しかもそれが完成したにも関わらず、拒絶されるのが怖くて中々云いだせないことを。
知っています。
知っています。
わたしがきたらすぐにわかるように、門のところにはパチュリーさんと繋がった式が打たれていることを。
わたしがこの紅魔館によく顔をみせるようになってから、図書館の本棚の低い箇所には、わたしが興味をもちそうな本をおくようにしたことを。
わたしが咲夜さんの紅茶をあまりにも美味しい美味しい云うものだから、こっそり自分でも紅茶の淹れかたを練習して、たまに知らん顔してふるまっていることを。そんなとき「今日の紅茶は特に美味しいですね」なんて云ってあげると、一日上機嫌になることを。
知っています。
わたしは知っているんです。
――なのに、どうして好きって云ってくださらないのだろう。
腕に顔を埋めて溜息を吐くと、あのひとの顔ばかりが浮かんできます。
※ ※ ※
元々わたしたちは、わたしが『縁起』執筆のために紅魔館を訪れたのが縁で知り合いました。
『――誰?』
はじめて聞いたパチュリーさんの声はそんなそっけない台詞で。
しかもそう云ったきり、すぐに興味をなくした風にそのまま手元の本を読み出して。
――その時点で、わたしはもう帰りたくなっていた。
だって、ようやく阿求の身体も成長し、いざ御阿礼の子としての活動をはじめようとしたとき、最初に調査にあたった相手がよりによってそんな反応だったのです。もしもそのとき、案内してくれたこぁちゃんがわたしの名前を告げなかったら、本当に逃げ帰っていたでしょう。
『稗田阿求ちゃんって云うそうです。こんなにちっちゃいけど御阿礼の子なんだそうですよ。よくわかんないけど、偉いですねー?』
その言葉を聞いたパチュリーさんの反応は、劇的なものでした。
ぐりんと首を回して振りむいたかと思うと、そのままの姿勢でぶわりと椅子から飛び上がったのです。そうして目を丸くするわたしの前にフリルワンピをひるがえしながら降り立って、ずいずいと容赦なくつめよってきたのです。
『御阿礼の子っ!? あの天狗の新聞に載っていた無限記憶保持者ね! ねぇ、みたものをすべて覚えているって本当? 千二百年生きているってマジかしら? それってどんな気分? ありとあらゆる記憶、ありとあらゆる情景、ありとあらゆる心象、それを全部もっているってどういうことよ! 一体どうやってこの小さな頭の中にそんな情報が折りたたまれているのかしら? しかも劣化しない記憶なら、もうほとんど本みたいなものじゃないの! 知りたいわ、教えなさい! あなたの千二百年の記憶をすべてわたしに語りなさい!』
――目をらんらんと輝かせて。
――興奮に鼻息を荒くして。
もの凄い早口でまくしたてながら迫ってくるパチュリーさんに、わたしは思わずぎゅっと目をつぶってしまったのでした。
だって、どうにかされてしまうんじゃないかと思った。
なんと云っても噂に名高い紅魔館の魔女さんです。もしかしたら食べられてしまうんじゃないか、なにか淫らな儀式の生け贄にされてしまうんじゃないか、それとも人間が蛙の解剖をするくらい無造作に、なにかの実験台にされてしまうんじゃないか。
そんな風に思ってしまっても、仕方がないことだと思うんです。
――けれど。
『うぅ……』
『……う?』
今にもキスしそうなほど近づけた顔を、パチュリーさんは突然苦しそうにしかめたのでした。ふいにヒューヒューと笛が鳴るような音が聞こえてきて、耳を澄ましてみるとそれは彼女の胸のあたりから聞こえます。
みるみるうちにあおざめていく顔。
驚いて見つめるわたしの前で、パチュリーさんは足下にうずくまって咳きこみはじめてしまいました。
『あーあ、パチュリーさま、喘息もちなのにそんなに息荒くするから……』
『……うっさい……』
こぁちゃんが呆れたように呟きながら、ふらふらと奥のほうにむかいました。薬でも探しているのでしょうか、ごそごそと戸棚を漁るような音が聞こえます。
そうしてわたしの目の前には、床に這いつくばったひとりの魔女さんが取り残されたのです。
――あれ? なにこの状況。
まだ子どもだったわたしの足下で、幻想郷でも一、二を争う高名な魔女さんがうずくまっている。
苦しそうに背中を波打たせながら、ゴホゴホゴホと咳きこんで。
――なんか、意外と小さいな。
ちんまりと丸まった背中を見下ろして、そんなことを思います。
真紅の絨毯に円形に広がった、プラム色の綺麗な長髪。
それは魔女としての魔力の源なのかもしれません。生まれてから一度も切ったことがないかのような長髪が、ランプの灯りをあびてつやつやと輝いているのです。
そんな長髪に包まれて、小さな身体が震えます。ゆったりとした桜色のワンピースに、ポンポンつきのケープ。ナイトキャップみたいな帽子には月形のアクセサリをつけていて、そこかしこにくくられたリボンがなんだかとても甘やかで。
あらためて見てみると、パチュリー・ノーレッジさんはなんだかとても可愛らしいひとでした。
ゲホンゲホンと、そんな彼女が深いところから響くような咳をする。
その瞬間、わたしは突然我にかえります。
一体なにを呆然と眺めていたのでしょう。目の前で苦しそうに咳きこむひとがいるのに、意外と小さいとか可愛いとか、なにを惚けたことを考えていたのでしょう。
『だ、大丈夫ですかパチュリーさまっ』
叫んで、わたしもひざまづく。
ぜーぜーと上下する背中にそっと手をあてると、なんだかふかふかと沈みこむようです。なんでこんなに柔らかいんだろうなんて思いながら、ゆっくりと背中をさすります。そんなことで喘息が楽になるかどうかはわかりません。けれどなにかしないではいられなかったのです。
『……あ』
ふとつぶやいて、パチュリーさんが顔を上げました。なんだかとても無防備な子どものような表情で、じっとわたしを見つめます。
そのアメジストのような桔梗色の瞳が、綺麗だと思った。
まるで蓄えた知識がつまっているような深い色の瞳に、苦しいのか涙がいっぱい溜まっていて。
そうしてその涙が、図書館の灯りにきらきらときらめいて。
――わたしには、なんだか星みたいに見えたんです。
『ありがとう……』
小さな小さなかすれ声で、パチュリーさんはそう云ったのでした。
※ ※ ※
「……はぁ、どこにいるんだろ、パチュリーさん……」
組んだ腕から顔を上げて、賑やかなホールの様子を眺めます。さんざめく笑い声と室内楽の音色に満ちた、パチュリーさんがいないこの場所を。
けれどもしかしたら、あのひとも本当はこのどこかにいるのかもしれません。
わたしが知らない姿になって。
わたしが気づきもしなかった、心の中の願望をさらけだした姿になって。
だからもしかして何度もすれ違いながら、わたしもパチュリーさんもそれに気づいていないのかもしれません。
――もしそうだったら、嫌だな。
想像したらなんだか悲しくなってしまって、手首に巻かれたブレスレットを恨めしい思いで眺めます。
でも考えてみれば、そんなに上手くいくはずがないんです。
こんなにたくさんのひとがいるなかで、偶然パチュリーさんと出会えて、しかもお互いそれに気づけて、そうしてパートナーとして身体を触れ合いながら踊れるかもなんて。
そんな夢見る乙女的な願望が、簡単に叶ったら誰も苦労なんていたしません。
だってわたしがこんな姿になっていることなんて、パチュリーさんはきっと想像もしないでしょう。いくらあのひとが様々な秘術を修めた魔女さんだからって、わたしの気持ちの奥底まで覗くことはできません。いくらわたしが求聞持の力をもつ御阿礼だからって、ひとの気持ちまで観ることはできません。
それでわたしをみつけてくれなんて、あまりにも虫がよすぎます。
そんなものはきっと頑是ない夢でしょう。
ただのおとぎ話なのでしょう。
「はぁ……」
溜息を吐いて、また腕に顔を埋めてしまいます。ワインの酔いは醒めなくて、目を閉じると頭の中がぐらんぐらんと揺れています。
そんなとき、ふと聞こえてきた深みのあるバリトン。
「――大丈夫でしょうか、お客さま?」
伏せた顔をあげると、ひどくダンディなおじさまが瀟洒なポーズで立っておりました。
美しい銀髪をオールバックに撫でつけて、目には片眼鏡、胸元には蝶ネクタイ。すらりとした長身にストライプシャツとツイードのベストを着ています。
片手にワイングラスを載せたお盆をもっているところをみると、紅魔館のひとでしょう。
「あ……ええ、ごめんなさい。少し酔っぱらってしまったみたいで……」
「そうですか、よろしかったら少しソファで横になられては? なんでしたら永遠亭印のお薬もありますし」
「そうですね……そうします。でもお薬は大丈夫、少し休めばよくなると思いますから」
喋りながら立ち上がろうとしたわたしを、ダンディなおじさまは慌てたような素振りで押しとどめました。
「ああ、どうぞそのまま、楽にしていてください」
「……え?」
茫洋とつぶやいたわたしに、お茶目にウィンク。
気がついたらわたしの身体はソファの上に横たわっていて、おじさまが身体の下からそっと腕を引き抜こうとするところなのでした。
「あれ?……えぇと……咲夜さん?」
こんなことをできるひとといったら、時間を止められる咲夜さんくらいしかおりません。
思わず笑ってしまいながら問いかけると、ぺろりと舌をだすおじさまです。
「ふふ、そうよ。よくわかったわねぇ」
「わかりますって。あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。ちなみにあなたが誰かも知っているわ。なにかあったときのために、一応私だけはぬえから聞いてるから」
「ああ、なるほど。確かに誰も正体わからなかったら困りますものねぇ」
「えぇ。それで体調は大丈夫? 本当に薬はいらない? なんだったらベッドまで運んでいきましょうか?」
心配そうに云いつのる咲夜さんに、思わずわたしは苦笑します。
「大丈夫ですってば、もう。相変わらず過保護なんですから咲夜さんは……」
「そうは云ってもねぇ。あなたになにかあったらパチュリーさまが怒るもの」
「怒りますか」
「怒るわよ、怒ってないふりするけれどね」
にんまり唇をあげた咲夜さんと、顔を見あわせながら笑います。
咲夜さんとこぁちゃんは基本的にわたしの味方です。朴念仁で照れ屋なパチュリーさんを、なんとか素直にさせるための三角同盟。きっとふたりにとってはちょっとした娯楽のようなものなのでしょうけれど、構いません。目的が一致していればいいんです。
「あの、それで、その……パチュリーさんは?」
いつの間にか用意されていたお水をこくりと飲んで。
上目遣いで問いかけるわたしに、咲夜さんは意地悪そうににゅっと瞳を細めます。
「気になる?」
「気になりますよ。そのためにきたんですもん」
ぷーと頬を膨らませてにらみつけてやりました。
けれど咲夜さんはまるで動じず、満面の笑みを浮かべながらわたしの頭を撫でるのです。
「ああっ、もう、なんて素直で可愛いのかしら。あのひとにあなたの十分の一でも素直さがあればねぇ」
「もう、子ども扱いしないでください。あと少しくらいビジュアルと言葉遣いを一致させる努力をしてはいかがですか」
手から逃れて口を尖らせると、咲夜さんはふいに身体を離し、最初に声を掛けてきたときのような真面目くさった顔をします。
「ああ、これは失礼いたしました、お客さま。なにかご入り用なものはございませんか?」
「ないです。強いて云うならパチュリーさんが欲しいです」
――冗談の、つもりでした。
冗談のつもりだったのに、思わず頬が熱くなってきてしまって、それを隠そうとしてつんと顔を逸らします。
けれど咲夜さんは、そんなわたしに悪戯っぽく笑ってこう云ったのでした。
「そうですか、では少々お待ち下さい。――呼んで参ります」
「……え?」
反射的に漏らしたつぶやきは、誰もいない虚空に漂って消えました。求聞持の記憶に残っているのは、いなくなる寸前に咲夜さんが浮かべた悪戯っぽい笑い顔。それがチェシャ猫が残す笑顔のように、いまだ空間に貼りついています。
――パチュリーさんが、くる?
想像しただけで胸がどきどきしてしまって、我ながらそんな自分の乙女ぶりが気持ち悪いなぁと思います。
でも、仕方がないでしょう?
こんなに優雅な弦楽四重奏が流れる大ホールで、豪奢なドレスを着こんで愛しいひとと会えるかもしれないんです。
ねぇ? だって、ねぇ?
仕方ないでしょう?
――全部、月が悪いんです。
――パチュリーさん、どんな姿をしてるんだろう。
色々と想像していると、つい口元がにやついてしまいます。
もしかして歩く百科事典みたいな姿だったりして。いくらなんでもそれはないかな? むしろ背筋の曲がったしわくちゃの魔女さんとか? それとも夜が煮凝ったような黒猫? ネヴァーモアと鳴く大鴉?
けれど現れたひとの姿は、そのどれとも違っておりました。
「――あら。どうしたのあなた、大丈夫?」
ふと人波を縫ってやってきたひとが、わたしに声を掛けてきます。
視線をむけると、とても美しい女のひとでした。
すっきりしたプラム色のショートカットから、すらりと細いうなじが伸びています。切れ長の瞳は怜悧にきらめき、シャープな形の顎の線が綺麗です。
まとっているのは、ぴったりと身体を包みこむ漆黒のロングドレス。灯りを反射してつややかに光るベルベッドが、スレンダーな身体を引き立てます。トーションレースに彩られたドレスは腰のあたりでふわりと膨らんで、歩くたびに鐘のように揺れるのは中にクリノリンが仕込まれているからでしょう。
「あ、はい。大丈夫です。ご親切にありがとう」
わたしはそう返事して、再びパチュリーさんの姿を探すために視線を外そうとしました。まさかこのひとはパチュリーさんじゃないだろうと、そう思って。
――けれどなにかがひっかかる。
なんだろうと思って、瞬間的に求聞持の記憶を掘り起こします。
プラム色のショートカット。
パチュリーさんの髪の色と同じだなと思う。けれどあのひとの呪術的なまでの長髪とはまるで違って、まるでそよ風になびくようなさわやかさです。
怜悧にきらめく桔梗色の瞳。
パチュリーさんの瞳の色と同じだなと思う。けれどあのひとのいつでもやる気なさそうなジト眼とはまるで違って、晴れた朝に若葉を彩る朝露のようにぱっちりです。
――でも。
わたしの求聞持の能力は見すごしませんでした。
ちんまりとした耳の形が、わたしがよく知るパチュリーさんとまったく同じであることを。
耳の形は、意外とひとりひとり違うんです。でも変身したい姿を思い浮かべるとき、なりたい耳のイメージをもってるひとなんていないでしょう。
だから今日出会ったひとのことを思い出してみても、たいがいのひとが耳の形は同じです。普通だったらみすごしてしまうようなそんな細かい部分も、わたしの求聞持の能力は覚えているのです。
ぐりんと視線を戻して、もう一度そのひとの顔を見つめます。
なぜだか彼女もわたしを見ていたようで、しばらくの間ふたりで顔を見あわせておりました。
深い深い瞳の色。
まるで深遠な知識がつまっているような色でした。パチュリーさんの色でした。この今にも吸いこまれてしまいそうなほどの瞳の深さは、やはり他のひとにはだせません。わたしも長いこと御阿礼をやっているのでわかります。わたしが知っている中でこんな眼をしているひとなんて、後にも先にもひとりきり。
――パチュリー・ノーレッジ。
動かない大図書館。知識と日陰の少女。花曇の魔女。得体の知れない魔法の元。
わたしが、好きになったひと。
「……なにか、ご用ですか?」
そう云ってしまったのはなぜでしょう。
しらを切ってしまったのはなぜでしょう。
仮面舞踏会の夜に漂う魔法のせいか、わたしはそのひとがパチュリーさんだとわかっていたのに、それに気づかなかったふりをした。
だって口惜しいじゃないですか、わたしだけが気づいていたなんて。それじゃあなんだか、わたしだけが好きみたい。わたしだけが、一方的にパチュリーさんに執着しているみたいじゃないですか。
「……いえ、なんでもないわ。ごめんなさい」
パチュリーさんが、苦笑しながら顔をそらします。一体なにを思っていたのでしょう。もしかしてわたしが阿求かもしれないなんて、思ってくれていたのでしょうか。阿求はどこにいるんだろうなんて、焦がれて探してくれたでしょうか。
そんな思いを隠しながら、わたしはにっこりと笑います。
相手に合わせて演技をするのはお手の物。今までだって、幻想郷縁起を書くためにたくさんの妖怪さんたちと顔を合わせてきたのですから。
「ふふ、わたしの顔になにかついていましたか?」
「ううん、そんなわけじゃないわよ……ただ」
「ただ?」
小首をかしげて問いかけると、パチュリーさんはぽっと頬を紅くして顔をそらします。
「ただ……綺麗なかただなって」
「……まぁ」
思わず絶句して、口元に手をあてました。まさかパチュリーさんがそんなことを云ってくれるなんて、思いもしませんでした。
けれど喜びを感じたのもつかの間。代わりにもやもやとした感情が湧いてきます。だって考えてみれば今のわたしは普段のわたしじゃないんです。
いつものやせっぽちの稗田阿求、パチュリーさんが知ってるわたしじゃない。今のわたしは彼女にとって、誰か知らない別のひと。
――そんなひとに綺麗だとか云うなんて、一体どういうことですか。
わたしにだってそんなこと云ってくれたことないのに。綺麗だとか可愛いだとか好きだとか、そんな風に誉めてくれたこと一度もないのに。
――なんで、初対面の女にそんなことを云うんです。
「……お上手ですねぇ。会うひとみんなにおっしゃっているんですか、それ?」
「そ、そんなことないわよ。本当にあなたのことが綺麗だって思ったから……」
「ふーん?」
もやもやした気持ちをどうしても制御できなくて、ついじっとりとした口調でつぶやいてしまいます。パチュリーさんはそんなわたしにむき直り、慌てたようにぶんぶんと首を振りました。
「ご、ごめんなさい、変なことを云って。それよりこのあたりで大魔神をみなかったかしら?」
「え? 大魔神? なんでしょうか?」
「あら、知らない? 修羅の形相をした埴輪型の魔神よ。私の使い……従者がその姿をしているはずなんだけど」
「はぁ、埴輪ですか? 見かけたことはないですねぇ」
おそらくこぁちゃんがその扮装をしているということでしょう。やっぱり小悪魔さんとしてはおっきい魔神に憧れたりもするのかなと思います。埴輪型というのはよくわかりませんでしたけど。
「そう、おかしいわねぇ。あの子がワインを飲みすぎてソファのあたりで倒れてるって聞いたのよ」
「あら、ワインを飲みすぎて倒れているというのはわたしです。どこかで色んなひとのお話が混ざっちゃったのかもしれませんね?」
きっと咲夜さんがそうやってこのひとをここにおびきだしたのでしょう。話を合わせるために適当に誤魔化そうとすると、パチュリーさんは真に受けて心配そうに顔を近づけてきます。
「あら、大丈夫かしら? まだ気持ち悪い? お水をもってきたほうがいい?」
「……最初に申し上げたじゃないですか、大丈夫です。どうぞそんなにご心配なさらず」
「でも、さっきも少し調子悪い感じだったし……心配だわ」
それは調子が悪かったんじゃなくて、むっとしていたんです。
あなたが見知らぬ女のことを綺麗だなんて云うからです。
そうして不安そうに眉をよせるパチュリーさんを見て、ますますわたしはむっとする。
――なんなんですかもう。
心配だ心配だ云っちゃって、普段そんなことだって全然云ってくれないくせに。お水をもってくるとか、そんな自分の手間が掛かるようなことしてくれたことないくせに。
わかってるんですよ、本当はいつもわたしの体調を心配していることくらい。さっき咲夜さんが云っていたこともそうだけど、いつだってあなたがわたしを気に掛けていることくらい、ちゃんとちゃんとわかってます。
でも、あなたは云ってくれないじゃないですか。なにを恥ずかしがっているのか知らないけれど、態度で示してくれないじゃないですか。なのになんでそんな、わたしがしてもらいたい色んなことを、見知らぬ女に対してはできるんです。
臆病者、恥ずかしがり屋、頑固者、いじっぱり。
頭の中で罵詈雑言を並べ立てながら、ぴょんとソファから立ち上がる。驚いたように目を見開くパチュリーさんを尻目に、肘を上げてくるりとソロ・ターン。ふわりとふくらんだスカートを押さえて、にっこり笑いかけました。
「ほら、大丈夫でしょう? もう元気ですっ」
「そう……ふふ、そうみたいね。心配することなかったか。それじゃ私は戻るわね」
そんなことを云って、パチュリーさんはわたしに背中をむけました。
「――待ってくださいよ」
けれどわたしは、歩きだそうとした彼女の肘をつかんで引き留める。
「……なぁに?」
「ここまでお話しておいて、帰りますはないでしょう。一曲わたしと踊っていってくださいな」
桔梗色の瞳が、驚きでめいっぱい広がった。
ホールでは、『天体の音楽』のすべらかなフルートが、水に船が浮かぶように流れ出しておりました。
――別にね、わかっているんです。
本当はわかっているんです。
パチュリーさんが本当は優しいひとで、ただ素直になれないだけだなんてこと、わたしが一番わかっています。
だからこそこうやって普段と違う姿になることで、いつも心に秘めていた自分のこともさらけだせる。普段云えない言葉も云える。それはなにも見知らぬ女相手だからできるわけじゃない、見知らぬ自分だからできるだけ。
そんなことはわかっています。
ただわたしは、そんなパチュリーさんが珍しくみせてくれる優しさを、わたし自身が受けられないことに嫉妬しているだけなんです。その気遣いをいつものわたし、稗田阿求にむけてくれないことに、いらだっているだけなんです。
――なんで、自分で自分に嫉妬しないといけないんだろう。
ダンスホールをひらりひらりと舞いながら、そんなことを思います。
「びっくりしたわ……上手なのね、あなた」
「……あなたこそ、本当にお上手です」
肩胛骨の下に添えられた、たおやかな指先。
わたしの右手を柔らかく包みこむ、その左手にこもる優しさ。
くっつけた腰から伝わってくる、少しだけ高い体温。
顔を近づけるとふわりと漂う、甘くスモーキーないつもの香り。
――パチュリーさんは、本当にダンスが上手かった。
わたしはアリスさんがみせてくれた色んな動きを記憶に焼きつけて、その通り踊っているだけのお人形だったのに。
パチュリーさんは違いました。
華麗なスピンに独特の切れがある。床を踏みしめるステップに歌うようなリズムがある。わたしをリードする腰のさばきに力強い思想がある。
ダンスなんて一体どこで覚えたのでしょう、一体いつ身につけていたのでしょう。わたしが知っているパチュリーさんは、いつもつまらない顔で図書館の安楽椅子に腰掛けて、まるで根でも生えているようにそこから動こうとしないのに。
わたしが知っているパチュリーさんなんて、あの日出会ってからのほんの数年分でしかないんだと思い知る。紅魔館がまるごとこの幻想郷に移転してくる前まで、このひとの人生にはどんなことがあっただろう。どんなひとと出会ってきたのだろう。もしかしたらわたし以外にも好きになった女や男がいたのだろうか。
――それを思うと、胸が張り裂けそうに痛むんです。
「……あっ」
「おっと」
なんだかひどく口惜しくて、ステップを間違えたふりしてもたれかかります。パチュリーさんは素早く反応して、わたしの身体を優しく抱き止めてくれました。
「大丈夫?」
「……ええ、ありがとうございます」
スレンダーな身体の感触、あまり大きくない胸の膨らみ。普段ふざけて抱きついたときとはまるで違う、生硬な清潔さを感じられる身体です。
いつもは、もっと柔らかい。
小さいのに柔らかくて、態度は冷たいのに暖かくて、そうして抱きついていればもっともっと暖かくなってくる。
――やっぱり、こういう身体に憧れていたのかな。
すらりとした首筋に顔を埋めながら、そんなことをわたしは思う。
「あの……」
ステップの音、衣擦れ、息づかい。
「はい?」
「ちょっと、密着しすぎて踊りづらいのだけれど……」
ヴァイオリンのなめらかな低音、小刻みに跳ねるトランペット、けたたましいシンバル。
「だって、あなたのリードが上手なんですもの。もう全部身を任せてしまいたいのです」
「そ、そう……」
「そうです」
そっと上目遣いの視線をむけると、真面目くさって正面をむいた顔が真っ赤です。ああ、やっぱり照れ屋なところは変わらないんだと思って、少しだけ嬉しくなりました。
――けれど、やっぱり普段のパチュリーさんとはまるで違った。
ふいにわたしの顔を見下ろしたかと思うと、頬を真っ赤に染めたままにっこり笑ったのでした。
眼を細め、大きくあけた口から白い歯をむきだしにして。
――そんなあけすけな笑顔なんて、みたことがなかった。
このひとがこんなにさわやかに笑えるなんて、思いもしなかった。
あまりの衝撃に、どくんと心臓が跳ねました。
こんな風に、いきなり普段と違うところをみせるなんて、ずるいです。
「わかったわ、それじゃあ本気でリードしてあげる。覚悟しなさい」
「……え?」
心臓に手を当てながらつぶやくと、突然ぎゅっと抱きしめられました。
いきなりそんな風に抱きしめられるなんて思ってなくて、腕の中で固まっていると次第にぽかぽかと身体が暖かくなってきます。
強いお酒を一気に飲んだときのような、そんな暖かさ。けれど気持ち悪さはまるでなくって、お腹の底からふわりと恍惚感が湧き上がってくるようです。
「あれ? なんでしょうこれ……なにかしました?」
「私の魔力を分け与えたの。あなた、飛べないでしょうから」
「……え? どうして?」
――どうして、わたしが飛べないって知ってるんですか?
訊ねようとした言葉は、けれど口の中で消えました。
「あっ!」
強引に手を引かれて、身体がぐいと引っ張られる。慌ててピボット・アクションをしてナチュラル・スピン・ターン。こんな強引なリードなんてないでしょうと、抗議の声を上げようとしました。
けれど、周囲を見回して息を飲む。
周りのひとたちの顔が、急にみんなの背が縮んだように下のほうにあるのです。いいえ、それはひとびとだけではありません。壁に掛けられた魔法のランプも、血糊色のカーテンも、みなさきほどまでと違って目線の高さにありました。
ちらりと下をみてみれば、ホールの床が随分遠いところにある。
そう、気がつけばわたしたちはふわりと空中に浮き上がっているのです。
「な、なんですかこれ、わたし飛んでるっ!」
「ワルツはね、地上で行うものだけじゃないの。空中ワルツ。八十年ほど前、ヨーロッパの闇の社交界で流行ったのよ」
「そ、そんなこと知りませんっ」
「そう? 良かったわね、新しいことを知れたじゃない」
そう云って、パチュリーさんはにっこりと笑う。
眼を細め、白い歯を剥きだしにして。
けれどその顔は、わたしの視界からは上下逆さまにみえています。
「た、縦回転もあるんですか! どうやってステップ踏めばっ」
ひるがえるスカートを押さえながら叫ぶと、くるんと一回転して正位置に戻っている。
いつのまにか後ろにいたパチュリーさんが、背中側からそっと私を包みこんでくる。左手の中にわたしの左手をくるみこみ、普通なら相手の肩胛骨に添える右手でわたしの顎を掴んで持ち上げる。
――まるで、キスをするみたいに。
「云ったでしょう、私がリードしてあげるって。大丈夫、魔力の流れに身を任せればいいの。ほら……力を抜いて」
「は、はい……」
――ああ、パチュリーさん。
このどきどきと鳴る胸の鼓動が聞こえているでしょうか。
この全身を満たす喜びをわかってくれているでしょうか。
思わず頭の中がぼーっとして、腰のあたりに甘い痺れを感じます。
身体を包みこむパチュリーさんの魔力がぽかぽかと暖かい。
魔力が誘導する方向に手足を伸ばせば、まるでパチュリーさんに好き勝手動かされている気分になってくる。
――手も足も、首も顎も背中も腰も、全部このひとの腕の中。
もう、この身体がわたしのものじゃないことも気にならない。
パチュリーさんが、きっとわたしをわたしだと思っていないことも気にならない。
今こうしてパチュリーさんの胸がわたしの胸と触れること。
パチュリーさんの手が、足が、意志が、想いがわたしの身体に触れていて、その感触をわたしが感じられているということ。
仮面舞踏会の夜のこの瞬間、わたしにとってはただそれだけが真実だったのです。
「あはははは、なにこれ、凄いです!」
ひらひらと空中を舞いながら、思わず笑いだしてしまいます。まるで無重力に浮かぶサーカス芸人みたいなダンス。
膝を抱えながら鞠のようにまるまって、伸ばした手の先をヴァーティカル・ハンド・ポジションで掴まれる。その手を支点にふたりで回ると、まるでメリーゴーランドになったみたい。パチュリーさんのぴんと伸びた足の先が綺麗です。二色のドレスがはためいて、蝶の羽根みたいに鮮やかです。
「よかった、喜んでくれて」
「ええ、嬉しいです。でも、ただダンスが楽しいからじゃないですよ?」
「え?」
「あなたと――踊れるからなんです」
くるくる回りながら見つめ合う。桔梗色の深い瞳が一瞬おどろくように見開いて。
――そうして笑った。
パチュリーさんらしく、けれどパチュリーさんらしくなく。
照れるように、喜ぶように、恥じらうように、はしゃぐように。
そんな風に笑って、こう云った。
「わたしもよ。あなたと踊れて、本当によかった」
その美しい顔を、バターのようにつややかな月光が優しく照らしだしていた。
『美しい五月』
『忘れじのライン』
『酒・女・歌』
『オーストリアの村つばめ』
次々と聞こえてくるウィンナー・ワルツの流れの中を、わたしたちは踊りながら通りすぎていきました。
気がつけば同じように空中ワルツを踊っているひともいて、紅魔館の大ホールはさながら海の底の竜宮城のよう。
アリスさんと魔理沙さんが、ぴしりとした美しい動作で踊っている。
霊夢さんとさとりさまが、なにものにも捕われない独特な踊りを披露する。
いつのまにか門衛を放りだしていた美鈴さんが、ひげの中にフランちゃんを埋めるように抱いている。
大魔神とダンディなおじさまが、踊ってるのか闘ってるのかわからない動きでじゃれている。
正体不明なぬえさんの影と本性不明のこいしさまが、昔話をするようにホールの隅で肩を並べて座っている。
輝夜さまが、外のテラスでぼんやりと月を眺めている。
そんな風にして仮面舞踏会の夜は更けていきました。
月は玲瓏と麗しく、ホールを満たすのはさまざまな姿をした幻想郷の住人たち。
女がいる、男がいる、若者がいる老人がいる。千年前の神がいる。一万年後のひとがいる。ひとでない姿もたくさんあって、不定型な影もうごめいている。
そんな想像力の宝石箱をぶちまけたような光景の中、けれどわたしの視線はたったひとりのひとに釘づけなのでした。
――パチュリー・ノーレッジ。
元、動かない大図書館。
呪術的なまでの長髪を軽やかなショートカットに変え、誰よりも情熱的なワルツを舞った。そうして無表情の仮面を脱ぎ捨て、表情豊かにわたしをリードしてくれた。
――大好きですよパチュリーさん。
たとえこれが一夜の夢でも。
月が見せた幻であっても。
わたしは、今夜あなたが示してくれた優しさと行動力を、生涯忘れることはないでしょう。
そんなことを思いながら、最後の曲が終わるところを聞きました。ヴァイオリンの音色が震えながら小さくなっていき、やがて余韻だけを残して消えていく。
一瞬の静寂のあと、わっと賑やかな歓声が上がります。そこかしこでパートナーと肩を叩きながら笑いあい、近くのひととおしゃべりし、給仕をしていた妖精メイドさんの仮面をホール高く放り投げる。そんな光景が見られます。
レミリアさまの気まぐれで開催されたこの仮面舞踏会。ぬえさんの尊い犠牲の元で行われたこの仮面舞踏会。大盛況であったと云ってしまってもいいでしょう。
色んなひとたちの内面に触れることができ、御阿礼の子としても収穫が多かった。
――それに。
パチュリーさんと、こうして生涯忘れない思い出をつくることができました。
息を荒くした彼女と、顔を見あわせながら笑います。
先の短い人生を、わたしはこの日の思い出を胸に秘めながらすごすことができるでしょう。鮮やかに蘇る求聞持の記憶の中で、なんどだって今日のパチュリーさんの言葉を、気遣いを、身体の暖かさを、思いだしては反芻し、今日と同じくらい幸せな気持ちに浸ることができるでしょう。
その思い出は、きっとわたしに輪廻と忘却にたちむかうだけの勇気をくれるはず。
だからありがとうパチュリーさんと、そう思ってにっこりと彼女に笑いかけました。
――けれど。
わたしを見つめるパチュリーさんは、ひどく浮かない顔をしておりました。
「あれ? どうしました? お疲れですか?」
「うん……いや、そういうわけじゃないけれど……」
歯切れが悪そうにつぶやいて、彼女はふと云いにくそうに瞳を伏せる。
「ねぇ、このあと時間とれるかしら? 少し……話したいことがあるの」
――自信なさげなその様子は、まるでいつものパチュリーさんのようでした。
「――なんでしょう、お話って」
「……うん」
つぶやいたきり、パチュリーさんは動きませんでした。
ダンスホールをでて、霧の湖を見下ろすテラスに立っています。
背後の廊下から漏れてくるオレンジ色の灯りが、ぼんやりと周囲を照らしておりました。霧の湖は群青色の闇に沈み、鏡のように凪いだ水面には幻想の丸い月が浮いている。
ぬめりとした月光が、手すりに手をかけたパチュリーさんの横顔を照らします。月の光は、太陽光が反射しているだけの死んだ光だということを思いだす。そんな月の光を浴びて、夜の種族たる魔女さんは今日のどんな瞬間よりも儚くみえました。
じっと動かないパチュリーさんと並んで、湖に映る月を眺めます。春の匂いがふわりとただよってきて、見下ろした森の中には桜色がちらほらみえました。
どうしたんだろうと思って、ちらりとパチュリーさんに視線をむける。彼女は手すりをぎゅっと掴みながら、なにかに耐えるようにじっと前をむいています。
そうして、小さなつぶやきを震えるくちびるから絞りだしました。
「……ごめんなさい、私、あなたを騙していたの」
「……へ?」
びっくりして呆然と眺めていると、パチュリーさんの頬がみるみる赤くなっていきました。その顔を隠すように伏せながら、彼女はそっと自分の手首に指をはわせます。
――キン。
指先から青白い魔力がほとばしり、甲高い音をたてて小さな蛇が飛び出してきます。蛇は背後の掃き出し窓をするりと抜け、廊下を一目散に飛んでいきました。きっとそちらにぬえさんがいるのでしょう。
そうして視線を元に戻すと、そこにいるのはいつものパチュリーさんなのでした。
ちんまりした身体をふわふわのワンピースで包みこみ、肩にかけたケープを春の風に揺らしている。
眉のあたりでぱっつんに切りそろえた長髪は、まるで生まれてから一度も切ったことがないかのよう。
眠たげなジト眼は、まるで世の中のすべてに不満があるかのよう。
わたしが見慣れたパチュリーさんが、いまにも『アグニシャイン』が吹き出そうなほど赤い頬を、両手で隠そうとしながら立っています。
「ごめん、阿求。私なのよ、あなたが踊っていた相手は……」
「え……嘘……?」
思わずわたしは、ぽかんと口を開けてしまいます。
けれどそんな風に驚いたのは、もちろん目の前のひとがパチュリーさんだったからではありません。
――まさか、わたしだって気がついていたなんて。
今パチュリーさんが阿求と呼んだ、そのことにわたしは驚いたのでした。
もしかして、咲夜さんが教えていたのでしょうか? あの瀟洒な咲夜さんがそんな興ざめなことをするなんて、思いもしませんでしたけれど。
それとも自分の力でわたしだって気づいたのでしょうか? わたしが耳の形でこのひとがパチュリーさんだって確信したように。
そう思って呆然としていると、彼女はますます小さくなって云いました。
「黙っていて悪かったわ……。でも今日あなたに伝えた言葉は、全部本当の気持ちなの。あなたがしどけなくソファで横たわっているのをみたとき、綺麗だって思ったのは本当よ。ううん、それは見た目がってことじゃない。阿求がそういう女らしいふくよかな身体に憧れてることとか、そのドレスを着て着飾ってることとか、そういう全部が綺麗だって思って……」
「――待って! 待ってくださいっ!」
慌ててパチュリーさんの台詞をさえぎって、わたしも手首の子蛇を外します。首を掴んで乱暴に外すと、刺さった牙がちくりと痛い。けれどそんなことは少しも気になりませんでした。
だって今、パチュリーさんはわたしに誠実な言葉を伝えようとしてくれている。
それがわかっていて、どうして自分をたばかったままでいられることでしょう。
蛇が離れた瞬間、立ちくらみのような感覚を覚えて、気がつけば身体が縮んでいます。
見慣れた視界、履き慣れた草履。視線を下ろせばいつもの通り、寒椿の小袖に蜜柑色の打掛を合わせたわたしです。小さくて脆くて細くて弱い、お人形みたいな身体です。
少しだけ悲しくなってしまったけれど、そんな気持ちを振り払いながら駆けよって、ぎゅっとパチュリーさんの両手を掴みます。
「ごめんなさい! わたしのほうこそごめんなさい! わたしも、あなたがパチュリーさんだってわかってて、ずっと知らん顔してたんです!」
「……へ?」
「だってパチュリーさん、普段から考えられないくらい素直だったから……」
上目遣いでみつめると、パチュリーさんもぽかんと口を開けています。
結局わたしたちは、お互い相手が誰だかわかっていて、けれどふたりともそれに気づかず、お互いに相手を騙しているつもりですれ違っていた。
――そういうことだったのでしょう。
やがて気を取り直したパチュリーさんが、ふるふるとくちびるを震わせます。怒るのかな、それともまた恥ずかしがるのかなと思ったら、意外にもくすくすと笑いだしました。
眼を糸のように細めて。白い歯をこぼしながら。
――ああ、やっぱり可愛い。
あのひとの笑顔も可愛かったけれど、やっぱり素のパチュリーさんのほうが断然可愛いらしい。
思わずにへらと笑ってしまうと、おでこにでこぴんが降ってくる。
「いたっ! なにするんですかっ」
「うるさい、私を騙していた罰よ」
「えー、パチュリーさんだって同じことしてたくせに」
「私はいいの、魔女だから」
「意味がわかりません」
相変わらず理不尽でわがままな魔女さんを、頬を膨らませてにらみつけてやりました。
けれどそんな怒った顔なんて、二秒くらいしかもたなくて。思わずぷっと吹きだすと、パチュリーさんもまた笑いだしました。
そうしてくすくすと、顔を見あわせながら笑い合う。
見上げた彼女の背後の夜空で、春の星座が光っていた。
――『咲夜殺す』と、パチュリーさんは三回云いました。
夜の湖は黒い淵。漆黒の絨毯のような水面を、ボートがちゃぷちゃぷと進みます。たわむれに手を差しこんでみると、水はまだ少しだけ冷たい。その冷たさが、火照った身体にひどく心地がいいのです。
水面に映る月が綺麗だと、わたしは云いました。
だったら取りにいきましょうと、パチュリーさんが答えました。
それで今、わたしたちは霧の湖にボートを遊ばせて浮いています。
口の端にのぼる話題は、当然今日の仮面舞踏会のことばかり。
パチュリーさんがわたしの正体を知っていたのは、さとりさまから聞いたからだそうでした。そう云えばさとりさまも、『みつかるといいわね』なんて意味深なことを云っていたなと思いだしました。きっとさとりさまもさとりさまなりに、わたしとパチュリーさんのことを気に掛けていたのでしょう。ルール違反ではあるけれど、結果として上手くいったので文句を云おうなんて思えません。
「――咲夜は殺すけれどね」
オールをこぎながら、パチュリーさんは四回目の犯行予告を口にします。
「やめてください、わたしが頼んだんですよ。殺すならわたしを殺してからにしてください」
「……ふんっ」
どこか闇のむこうでぱちゃりと魚が跳ねる音がします。夜のとばりのむこうでヒョーヒョーとトラツグミが鳴く声がします。夜は色んなものを隠しながら深閑と更けていて、けれどこんな夜だからこそみえるものがあるのだと思うんです。
「あのー、全部わたしだってわかって云っていたんですよね、パチュリーさん?」
「そうよ、最初にそう云ったじゃない……」
「うふふ、綺麗だとか? 体調が心配だとか? リードしてあげるとか? 一緒に踊れてよかったとか?」
「……っ! そうよ、悪かったわねっ! そんなに私をいじめて楽しいの!?」
パチュリーさんは涙すら浮かべながら顔を赤くして、わたしはそんな彼女の手を握る。
ちゃぷんとオールが水面に落ちて、ボートは水面を漂っていくだけになる。
「違うんです、嬉しいんです。わたしにそう云ってくれたことが……今それを教えてくれたことが……泣きたくなるくらい嬉しいです」
「阿求……」
「ふふ、わたしね、ずっと嫉妬していたんですよ。パチュリーさんが、どこかの知らないひとにああいうことを云ってるんだって思って……」
「ああ、そうか。あなたからはそう見えたのね……」
「はい……」
小さくて少し冷たいパチュリーさんの手を、ぎゅっと胸に抱えます。そうしていると思わず本当に涙がでてきてしまって、押さえきれずにこぼれた滴がぽろりと頬をつたって流れていきました。
すいと滑っていった船が、ふと湖に浮かぶ月の中に入ります。
暗い水面にすっぱりと引かれた月の影の境界線。そこを越えて踏みわけ入ると、周囲がまばゆいばかりの月光に包まれます。
――理性は、そんなことありえないって告げている。
湖に映った月の中に、本当に入れるなんてありえないって告げている。
けれど幻想郷の満月です。仮面舞踏会の夜なんです。
そんな選ばれた一夜に魔女さんとボートに乗っているのなら、きっとどんなことが起きても不思議じゃないはずです。
「阿求」
パチュリーさんが、わたしの手を掴んで引きよせる。
「あっ……」
思わず漏らしてしまった小さな戸惑いを投げ捨てて、引かれるままに顔を埋めると、頬に返ってくるのは柔らかい胸の感触です。
さっき踊りながら抱きついたときとはまるで違う。
どこもかしこも柔らかくて。
態度は冷たいのに暖かくて。
そうして抱きついていれば、もっともっと暖かくなってくる。
そんなパチュリーさんが、降り注ぐ月光のように頭の上から言葉を降らせます。
「好きよ、阿求――愛してる」
ふわっ、としゃっくりのような声がでる。
もう何年も待ち焦がれた言葉だったのに、いざ云われてみたらどう反応していいかわからなくて。どうしたらいいのかわからなくて。
わたしはぎゅっと強く抱きついて、震えるくちびるから言葉を紡ぎます。
「わたしで……わたしでいいんですか?」
「あなたがいいの、阿求」
「でもわたし……すぐ死んじゃうかもしれませんよ」
ああ、そんなことが云いたかったわけじゃないのに。
そんな自分の価値を貶めるような言葉、云いたかったわけじゃないのに。
結局わたしも臆病者です。パチュリーさんのことを責められない。
臆病者で恥ずかしがり屋で頑固者でいじっぱり。
好きなら好きと自分で云えば良かったのに、こうして云ってもらえるまで待っていたのですから。
「寿命なんて関係ないわ。だって私が好きな稗田阿求は、この世にあなたひとりしかいないんだもの」
「パチュリーさん……」
涙にかすれた声でささやくと、胸に埋めた顔をくいと上にむけられる。後頭部にあてられた暖かな手、顎に添えられたたおやかな指先。じっとわたしの眼をみつめながら、パチュリーさんは少し怖い顔をして云いました。
「まだ、返事を聞かせてもらってないわ、阿求」
「へんじ……?」
「私のことを、どう思っているの?」
みるみるうちに真っ赤になっていく彼女の頬。
きっと同じくらい赤くなっているわたしの顔。
暖かな体温。春の風。水の匂い。丸い月。
そんなすべてを五感で感じながら、幻想郷の夜を全身で感じながら、懸命に口を開いて云いました。
「大好きです……わたしも、あなたのことが好き」
そっと瞳を閉じると、やがてくちびるの上に柔らかい感触が降ってくる。
はじめてのくちづけは、少しだけワインの味がした。
(了)
招待状を携えて紅魔館にきてみれば、門の前には見知らぬ老爺が立っていたのでした。
「あ、これはどうも……いい夜ですね」
思わずそんな言葉を漏らしてしまって、その瞬間しまったなと思います。
館を訪ねてきて、初対面の門番さん相手にいきなり切り出すような話じゃありません。まずは来意を告げることが先でしょう。てっきり美鈴さんがいるのだと思って、すっかり油断していたのです。
でもそれも仕方がないことだと思います。本当にその夜は月が綺麗で、銀色の世界にこぼれ落ちる月光がバターのようにつややかだったのです。頬をくすぐる風は春の気配に満ちて暖かく、春告精の柔らかい手のひらでいたずらされているようです。
「ああ、ごめんなさい、わたしは怪しい者じゃなくて――」
慌てて袂を探って招待状を取りだそうとすると、見知らぬ老爺がにっこりと笑います。
「こんばんは阿求さん、本当にいい夜ですね。ようこそおいでくださいました」
「あれ、わたしのことをご存じでしたか」
「ええ、それはもうよく存じてますよ。何度も顔を合わせてますからねぇ」
――はて? 顔を合わせてる?
思わず小首をかしげます。
どこで会ったのかしらんと記憶を漁ってみても、やはり見覚えはありません。だからこの老爺とは絶対に初対面のはずなのです。好むと好まざるとに関わらず、一度観たものは決して忘れられないわたしなのですから。
老爺は人間ならば歳のころ六十ほどでしょうか。でっぷりと太ったお腹に、あごには長いひげを生やしています。いかにも好々爺然とした垂れ目の上には、これまた長く垂れた半白の眉毛。身に纏った中国風の長衣は灰色にくすみ、ゆったりとした立ち姿にはどこか威厳のようなものを感じます。
よほどわたしが変な顔をしていたのでしょうか、老爺はぷっと盛大に噴きだすと、けたけたと華やいだ笑い声を上げました。
「あははは、私ですよ、美鈴です。いやー、ここまでひっかかってくれたのは阿求さんがはじめてですよ。こりゃ痛快ですねぇ」
「――はい? え? 美鈴さん?」
「そうですそうです。っていうか今日の舞踏会のことを考えればわかりそうなものでしょう? 阿求は少し求聞持の能力に頼りすぎてるんじゃないですか?」
「……むぅ。そんなこと云われても、門からはじまってるなんて思いませんもん」
それに目の前の老爺の姿かたちはあまりにも真に迫っていて、とてもじゃないけれど仮装なんてレベルじゃありませんでした。
もっとも、この夜想が泡のように浮かぶ満月の夜に、常識を問うこと自体が無意味なのでしょう。ここ幻想郷においては現し世こそが夢、夜の夢ならば真です。
「……それにしても、なんで美鈴さんがお爺ちゃんなんですか?」
「だって、カンフー映画に出てくる武術師範ってこんな感じじゃないですか。ずっと憧れてたんですよー」
そう云ったかと思うと、美鈴さんはおもむろに見慣れた武術の型を披露します。垂直に跳躍しながら両足を蹴り上げ、上体を倒して手のひらを突き出し、水平にぶんぶんと旋回しながら足技を放ちます。
最後にぽんと鞠のように跳ね上がり、くるくる回って門の鉄柱に降りました。
「――ね?」
いや、そんなこれみよがしな顔をされても困ります。
「カンフー映画なんてみたことないからわかりません。映画と云えば、わたしの中ではいまだに弁士が喋る無声映画のイメージですもん」
「ありゃ、そうかぁ。そういえば映画ってあまり幻想郷に入ってこないですね。図書館のライブラリにあるんで、よかったら今度パチュリーさまと一緒にみてください。面白いですよぉ」
ふわりと門から降りたって、美鈴さんは瀟洒なポーズでお辞儀します。その背後で、重厚な門がギィと音を立てながら開いていきました。
この館の門は、いつだって誰も手を触れなくとも開くのです。
それがなにかの魔法の力によるものか、それとも屋敷自体が意志を持っているのかはわかりません。わかる必要もないでしょう。
美鈴さんに会釈をしながら門をくぐり抜け、紅魔館の敷地に足を踏みだします。
石畳を踏みしめて前庭を歩いていくと、やがて屋敷の屋根がみえてくる。
赤煉瓦造りの城館は、聞くところによるとバロック様式なのだそう。どっしりと落ち着いたファサードにはアーチが設けられ、屋敷をささえる柱には奇怪な化け物が浮き彫りにされています。窓という窓からはオレンジ色の暖かな光が漏れていて、窓枠のアール・デコめいた装飾紋様が影となって浮かび上がっています。
ふと、どこからか甲高い笑い声が聞こえてくる。
けれどそれが館の中から聞こえてきたのか、鬱蒼と茂る庭園のほうから聞こえてきたのかはわかりません。あるいはまた、わたしの脳の中から聞こえてきたのかもしれません。
見上げると高い高い尖塔の背景に、こぼれんばかりの丸い月。
くらくらするような薔薇の香りが、夜の底から立ち昇る。
ランプに照らされたドアの前に立ち、ノッカーに手をかけようとしたところで、さきほどから招待状を手にもったままだったことに気がつきます。美鈴さんが化けたお爺ちゃんに見せようとして、ずっとそのままになっていたのでした。
ふいにあのお爺ちゃんの姿が脳裏に浮かび、思わずくすりと笑います。
――憧れてた、かぁ。
なんだか不思議。あんなに大人っぽくて綺麗な美鈴さんが、あんなお爺ちゃんになりたがっていたなんて。
ひとには見かけによらず色んな願望があるものだと、手に持った招待状を読み直しながら思うのです。
古色を帯びた羊皮紙の上では、金色の文字でこんな文言が踊っています。
【仮面舞踏会の夜!】
幻想郷に住まうものたちよ! 今宵、その心に秘めたる真の幻想を解き放て! 一夜限りの移し身をまといて妙なる夜に酔いしれるがいい!
具体的には紅魔館で仮面舞踏会を開くわよ。他人をびっくりさせるもよし、自分が望む姿に変わるもよし、とにかくお互い誰だかわからない格好になって遊びましょう。
禁止事項は相手に直接素性を訊ねることだけ。会費無料。立食形式。楽師はプリズムリバー楽団が勤めます。
※用意は一切してこなくて大丈夫。ただ変身したい姿だけは事前に決めておくこと※
――はてさて。
よく気まぐれにパーティーを催すレミリアさまですけれど、このたびの趣向はひときわ珍しい。仮面舞踏会なんてポォの『赤死病の仮面』で読んだことがあるくらいで、この幻想郷で開催されたことなどはじめてです。
未知の文化への憧れに、思わず胸が高鳴ります。
けれどこんなにわたしの胸がどきどきしているのは、きっとそれだけが原因なわけではないのです。
――あのひとは、いるのかな。
ドアを開けた妖精メイドさんが仮面をつけているのに気づいて、そんなことをふと思う。
照れ屋で無愛想なあのひとのことだから、こういう遊びは嫌いかもしれません。面倒くさがりで気持ちを切り替えるのが下手だから、今日もずっと図書館で本を読んでいるかもしれません。
でも、もしあのひとがいるのなら。
わたしが好きなパチュリーさんが、仮面舞踏会に参加してくれているのなら。
――一体、どんな姿になっているのだろう。
それ自体が仮面のような無表情の奥に、あの可愛い魔女さんはどんな憧れを隠しもっているのだろう。
今日はそれに触れられるかもしれないと思うと、どうしても私の胸は高鳴ってしまうのです。
――少し、痛いと思うほど。
仮面舞踏会の夜に
§1
「やあ、遅かったじゃん、御阿礼」
案内された部屋に入ってみれば、ロココ調の猫足ソファで女の子がひとりふんぞり返っておりました。
肩にかかりそうなくらいのセミショート、ぬばたまの黒きフレアミニ。赤と青の奇怪な翼を背中でぱたぱたさせながら、封獣ぬえさんはちらりと八重歯をみせました。
「あら珍しい、ぬえさんじゃないですか。こんなところで姿を現してしまっていいんですか?」
「うーん、正直ちょっと恥ずかしいけど、仕方ないよ。あの吸血鬼に弾幕勝負で負けてしまったんだもの」
「あー、それはなんというか、ご愁傷様で……」
頬を掻きながらそう云うと、ぬえさんはすっと半眼になって睨みつけてきます。
「まったく、あなたが縁起で私の正体を広めてくれたせいで、こっちの商売もあがったりだわ。誰も正体不明に驚いてくれない」
溜息を吐いたぬえさんに、わたしは苦笑いを返すことしかできませんでした。
ぬえさんとは、わたしが地獄にいたころからの知り合いです。
わたしが落とされていた地獄には、なぜか地霊殿に抜ける抜け穴があって、よく獄吏の目を盗んでは旧都の友人たちのもとへと遊びにいったものでした。
豪放磊落な萃香さんや勇儀さん。いつも文句ばかり云っているパルスィさんや、気づけばそこらのコップや空き瓶のなかに入りこんでしまうキスメさん。いつだって悲しそうな目をしたさとりさまや、他人が身体に触れようとするとびくりと硬直してしまうヤマメさん。
みな地上ではうとまれていたとのことですが、わたしを受け容れてくれたみなさんからは、そんなようすなど少しも感じませんでした。あるいはうとまれていたからこそ、人間なんだかそうじゃないのかわからない、中途半端であやふやだったわたしのことも受け容れることができたのかもしれません。
あのころのことはどこかおぼろで、今阿求として見聞きしたものが残るような完璧な記憶ではありません。けれどその情景は、不思議と暖かな思い出となってわたしの心の奥にひっそりと息づいているのです。
あるいはそれは、普通のひとが思いだす幼年時代の記憶のように。
「――それで、御阿礼はどんな姿になりたいの?」
にっと口角を上げながら、彼女が片手を差しだします。
ぶおんと蜂の羽音のような音を立て、その手のひらに可愛らしい蛇が一匹浮かび上がってきます。
赤と黒で色分けされた鮮やかな身体。黒曜石のように輝くつぶらな瞳。全長十五センチほどの子蛇が、笑いかけるようにくねりと身体をうねらせる。
「おや、見かけない子ですね。いつもの“正体不明の種”とは違うんですか?」
「そうよ、これは“正体変化の種”。これに噛まれれば、自分の姿を望みのままに変えることができるの。普段は滅多に使わないんだけどねー。相手の想像力を刺激するほうが、怖がらせるのには都合がいいし」
「ははぁ、なるほど。それで用意はしてこなくていいってことですか……」
「そ、このぬえさんが、ていのいい変身マシーンとしていいように使われてるってわけ。あーあ、屈辱だよ」
そう云って口を尖らせるぬえさんでしたけれど、なんだか思いのほか楽しそうな顔をしてました。少なくとも地底の旧都時代、正体不明のまま場の片隅で膝を抱えていたときよりも、ずっとずっと楽しそう。
「それじゃ、イメージできた? なりたい姿。憧れる自分。なんにだって変えてあげるよ、この封獣ぬえさんがね」
その言葉に応えるように子蛇がうねり、差しだしたわたしの指にまとわりついてきます。ひんやりとなまめかしいその感触に、なぜだかぞくりと背筋が痺れます。そんな気持ちを振り払うように瞳を閉じると、浮かび上がってくるのはひとつの情景なのでした。
――御阿礼は、どんな姿になりたいの?
わたしは、なにを望むの?
思い浮かぶのはイメージ。
稗田の屋敷でたったひとりあの招待状を眺めたとき、わたしの胸に立ち上ってきた甘い憧れ。
御阿礼として生まれた瞬間から押し殺そうとして、けれど押し殺すことはできなかった、こうなりたいという想い。
決して届かぬだろうわたし。
決して叶わぬだろう願い。
布団に入って夜の夢をみる前に、ほんの一瞬だけちらりと頭を通りすぎていく、わたし自身の夢。
「――イメージした?」
「ええ……お願いします」
答えた瞬間、ちくりと手首に軽い痛みを感じます。
もういいよ、とのぬえさんの言葉に目を開くと、手首にはブレスレットのように子蛇がまとわりついています。
けれどその腕は、すでに見慣れたわたしのものではありませんでした。
それは細く長く、けれどしっかりと肉がついた腕なのです。肌はきめ細かくて健康的で、指先はたおやかに長いのです。どこか病的に白くて不健康に細い、普段のわたしの身体ではありません。
見下ろせば、いつもより随分地面が遠い。
きっと慧音先生くらいの身長はあるでしょう。すらりとした長身にボルドー色のゴブランドレスを身に纏い、スカートから覗いた足はカモシカのように伸びやかです。
思わず身体をひねりながら、ためつすがめつ自分の姿を眺めます。
コルセットに包まれた腰には大きなリボンを背中で巻いて、たくさんのギャザーがくくられたスカートは花のようにふわりとふくらんでいます。
袖はラッパのような姫袖になっていて、裾にひるがえるフリルは普段から頭に挿している乙女椿の花弁のよう。
身につけているアクセサリーはチョーカーにイヤリングにネックレスにアンクレット。
大胆なスクエアカットに開けた胸元で、豊満な乳房が服を押し上げます。
絨毯を踏みしめる靴は薔薇のコサージュがついたピンヒール。歩いてみると少し脛が突っ張って、まるで幻想なんかじゃない本物の身体のようでした。
「ふわぁ、すっごい綺麗……。御阿礼ってばそんな格好に憧れてたのね」
感嘆したようにつぶやくぬえさんに、思わず頬が熱くなる。
千二百年に及ぶ稗田の家の当主として、わたしは和装以外の装いをしたことがありません。
延々と繰りかえされていく生と死の中で、いつしか新しいものを取り入れようなんて気持ちが薄れていったのかもしれません。わたしが阿弥だったころに流れこんできた西洋文化に対しても、ずっと距離をとっておりました。あんな西洋かぶれな伝統破壊者なんて、ろくなもんじゃないと腐していたのです。
――でも、本当は少し憧れていた。
あの鹿鳴館の貴婦人たち。
ピアノの音色。ヴァイオリンの震える弦。チェロを抱えこむときの背中の丸み。コーヒーに紅茶。パイプにキセル。アイスクリームやソーダ水やフルーツパフェの甘ったるさ。資生堂パーラーや宝塚やカフェやオペレッタが投げかける開放感。高畠華宵や竹久夢二や中原淳一が描く少女画に満ちたリリシズム。
――憧れていた。
「……どうでしょう、わたし変じゃないですか? おかしくないですか? みっともなくはないですか?」
「ううん、全然変じゃない、すごい綺麗だよ?」
「本当? 本当ですか? すぐわたしだって見破られたりはしません?」
「大丈夫だって、こんなに美人なんだから、誰も御阿礼だなんてわかんないわよ」
「どういう意味ですかっ」
じろりと横目でにらみつけながら、ぬえさんがもってきてくれた鏡の前に立ちました。
切れ長の目尻にぽってりとした唇。輝かんばかりのハニーブロンドをバレッタで留めて、すっきりとしたうなじは工芸品のように綺麗です。
高い鼻、涼やかな曲線をみせるあごの線、卵のようになめらかな頭の形。自分で眺めていて、その美しさに思わずどきどきしてしまいます。
確かにぬえさんがおっしゃるとおり、今のわたしはほれぼれするくらいの美人です。
――別に、少しくらい自分の姿を誉めてしまってもいいですよね?
どうせ本当の自分じゃないんだし、きっとわたし自身はどうやってもこんなに女らしく成長することはないんです。
この阿求の身体は御阿礼としてもとても弱く、おそらくわたしは十八の歳を数える前に死ぬでしょう。
だから。
ねぇ。
少しくらい、憧れてしまってもいいじゃありませんか。
こんなに月がまばゆい夜くらい、夢みてしまってもいいじゃありませんか。
九度も転生を繰りかえしているんです。たった一夜のわがままくらい、許されたっていいでしょう?
「そんじゃ楽しんできてねー」
ソファにふんぞり返りながら、ぬえさんはにこやかに手をひらひらさせました。
昔からの旧友封獣ぬえさん。
地上にやってきてから少しだけ明るくなった、正体不明で照れ屋の子。
けれどわたしは、さきほどからずっとこのひとに云いたいことがあったんです。
それももしかしたら、ただのわがままなのかもしれません。ぬえさんの気を悪くしてしまうような、空気の読めない行動なのかもしれません。
――それでも。
「あの……ぬえさん?」
ドアノブに手をかけたまま振りかえると、彼女はきょとんと小首をかしげます。
「ん、なぁに御阿礼?」
そう、それです。
その――御阿礼という呼びかたです。
「ごめんなさい、わたしのことは御阿礼じゃなくて阿求と呼んでくれると嬉しいです」
そう告げた瞬間、ぬえさんは正体不明なものと出会ったような顔をした。
§2
『あなたは阿礼なんかじゃない、阿求よ。この世にたったひとりしか存在しない稗田阿求。お願いだから、自分の命を粗末に扱ったりはしないでね』
そう云ったときの、あのひとの頬の赤味を覚えている。
本に顔をうずめながら、パチュリーさんはひとりごとのようにつぶやいた。
それは第百二十季の睦月二十日のできごとで、そのときパチュリーさんが読んでいたのはフレイザーの『金枝篇』第十一巻で、そのひとりごとを聞きつけたこぁちゃんが、パチュリーさんの後ろで小さくガッツポーズした。
そんなすべてを、どうしようもなく克明に覚えている。
赤い絨毯が敷きつめられた長い長い廊下。
壁には陰鬱な油絵が掛かり、アルコーブに飾られているのはアール・デコめいた優美なフォルムの壺や洋燈。
そんな廊下を大ホールにむけて進んでいくと、次第に華やかなメロディが聞こえてきます。それはきっとプリズムリバー楽団が演奏する室内楽なのでしょう。三人しかいないはずなのに、なぜか響いてくるのは幻想の弦楽四重奏。
四人目は、きっとわたしたちの頭の中にいるのです。
産まれたその瞬間から、わたしは稗田家の中で御阿礼の子として生きてきた。
母も父も、わたしのことを阿求ではなく御阿礼さまと呼びました。御阿礼神事のときを除いて、誰ひとり阿求だなんて呼んでくれたことはありません。
だってそれもそうでしょう。九人目だから阿求だなんてふざけた名前、祝福された子どもにつける名前じゃありません。
求聞持の能力を受け継ぐ、尊くも忌まわしい存在、御阿礼の子。
ただ幻想郷縁起を書くためだけに生まれ、蝉のように夭逝していく御阿礼の子。
転生のたびに色々な記憶を失い、けれど再び生を受け、おぼろな過去の思い出を抱えながら阿礼の生まれ変わりとして生きていく。
それに不満があったわけじゃない。
すごく嫌だったというわけでもない。
稗田のひとは、みんなわたしによくしてくれる。ほかのひとなら望めないような、人一倍の贅沢だってできる。季節の果物、珍しい食材、美しい反物、貴重な書物。そんなものを好きに享受できる立場にいて、不満があるだなんて云ってしまっては罰が当たります。
転生のことだってそうでしょう。たしかに死んで色々なことを忘れてしまうのは怖ろしい。寿命が短いことを恨みたい気持ちもある。けれど生まれつき長く生きられない人間なんて珍しくもないのです。たとえあやふやなものであっても、ある程度記憶を引き継いで転生できるだけで、わたしはきっと恵まれていると云えるでしょう。
――でも。
わたしは、ひとを好きになってしまったんです。
大ホールはまばゆい色彩で溢れています。
魔法の輝きを放つ豪華なシャンデリア、テーブルにおかれたたくさんの蝋燭、光を乱反射する精緻な模様のカットグラス。ベルベッドのカーテンは赤く赤く重厚で、金糸銀糸のタペストリはありし日の英雄譚を物語り、そこかしこで咲き誇る薔薇の活花はかぐわしい香りを放ちます。
そんな豪奢な飾りつけをされた大ホールが、様々なひとびとで埋め尽くされておりました。
よほど娯楽に飢えていたのでしょうか、それともこの仮面舞踏会という催しが妖怪さんたちの琴線にふれたのでしょうか。紅魔館と関わりのあるかたがこんなにたくさんいたのかと驚いてしまうほど、ダンスホールは大勢のひとびとで賑わっておりました。
そのあまりにもバラエティに富んだ装いをみて、思わず声を立てて笑います。
普段はみかけない男性の姿がたくさんある。マントを羽織ったり、騎士甲冑を着こんだり、禿頭に墨染めの着流しをまとったり。
ひとではない姿もたくさんいる。
たとえば空中で輝く宝石のようなあれは誰でしょう。クジャクのように七色の羽根を広げたあの猫は? てっきり飾りつけの活花かと思ったら、おもむろにテーブルの間を歩きはじめた可憐なタイガーリリーは一体誰の憧れなのでしょう。
これでどうして舞踏会が成立しているのかわかりません。
けれど『亡き王女のためのパヴァーヌ』の調べに乗って踊られる百鬼夜行のパヴァーヌは、不思議なほど優雅にみえるのです。
不定型なアメーバみたいな生き物と人魚のダンス。
漫画みたいな鼠のキャラクターと帝釈天が交わすステップ。
小さな竜とピンク色の虎が、戦いながら刻みこむリズム。
まるで熱に浮かされた夜の、とりとめのない夢の光景です。けれど耳に聞こえてくる妙なる調べときらめく笑い声は、それが現実のできごとなのだとわたしに教えてくれるのです。
「あらら、これはまた優雅な貴婦人のご登場ね。一体だれかしら」
ふと笑いを含んだ声が聞こえてきて、振りむいた瞬間わたしは目を見開いてしまいます。
だって、そこにはおよそありえない姿をしたひとがいたのです。
「――え? 霊夢さん?」
紅白のリボンと二本のおさげ、肩を惜しげもなく露出した不思議な形の巫女装束。いつもとまるで同じ格好をした霊夢さんが、クラッカーをつまみながら笑っています。
「あ、わかった! 霊夢さんの仮装をしてるひとでしょう!?」
ぽんと手を叩きながらそう云うと、彼女はケラケラと笑って手を振ります。
「あはははは、違う違う、博麗霊夢。私本人だわよ」
「はぁ……それはまた一体どうして……」
つぶやきながら、壁際にぽつんとおかれたそのテーブルの元へとむかっていく。まるで他から隔離されているようなその席には、彼女の他にもうひとり誰かが座っておりました。
霊夢さんはわたしに話しかけながら、クラッカーが載ったお皿を差しだします。
「なんかね、ぬえが云うには私には能力が効かないんだってさ。まったくはるばるこんなところまでやってきて、とんだ骨折り損だったわよ」
「あら、正体変化の種が効かないってことですか?」
「そうそう。あれが云うには、“素の私自身が正体不明”で“他人のまなざしから自由でありすぎる”んだってさ。なんかよくわかんないけど、失礼しちゃうわね」
「ふーん……」
唸りながらクラッカーに手を伸ばす。海苔とチーズをペーストしたディップをつけて、さくりと齧りつきました。少し不思議な味だけれどなかなかに美味しくて、感嘆していると脇からお盆にのったワイングラスが差しだされます。
もってきてくれた妖精メイドさんにお礼を云って、こくりとひとくち口に含む。ワインの芳醇な香りと、胃に火を灯すような暖かさ。
なんだか少しだけ、特別に選ばれたような気分になりました。
「ふふ、楽しんでいるようですね」
ぽっと暖かくなった頬を押さえていると、横から声がかけられます。視線をむけると、霊夢さんの隣にいたひとがこちらに顔をむけています。
――けれどそのひとが、本当にわたしをみつめているかどうかはわからない。
なんと云っても、その顔にふたつの瞳はないのです。
目も、口も、耳もない。
薔薇のコサージュで彩られたフォーマルハットから、黒いメッシュのベールが垂れています。けれどそのベールのむこうにあるのは、つるんとしたのっぺらぼうの顔でした。
見ざる云わざる聞かざるといったところでしょうか、まるですべての感覚を遮断しようとするかのような姿です。マネキンのようなその仮面は、一体どんな思いから選択したものでしょう。
そんなことを思っていると、そのひとが楽しそうに云いました。
「ええ、あなたが考えるとおり、見ざる云わざる聞かざるといったところですよ。ねぇ、たまにはいいじゃないですか、すべての感覚を遮断しようとしても」
「へ……! あ、そうかあなたは――」
――さとりさま。
どうしても相手の心を読んでしまう、嫌われ者のサトリ妖怪。
あ、でもわたしは嫌ってなんかいませんけどね、と慌てて頭の中でつけたすと、さとりさまはくすくすと笑ってくれました。
「ありがとう。まあ、だからこうして霊夢さんとふたりで壁の華してるってわけなんです」
「え? どうしてですか? それこそ仮面舞踏会なんですから、正体を隠していればいいのでは……」
「でも、今のでわかったでしょう? どんなに正体を隠そうとしても、わたしにはそのひとが誰だかわかってしまうんです。読んだ心をつい喋ってしまうのは本能的なことですし、口を滑らせたらあの吸血鬼にたたき出されてしまうわ」
その言葉で、やっとわたしも呑みこめました。
「なるほど……どうしても正体を隠せないひとと、どうしても正体を暴いてしまうひとですか。それは確かに、仮面舞踏会にはむいていないのかもしれませんねぇ」
けれどなんだかやるせないなぁと思います。
さとりさまだって、なにも相手を心底困らせようと思って心を読んでいるわけじゃないのです。ただサトリ妖怪として生まれた以上、そうせざるをえないというだけのこと。
妖怪というのは、本来そういった役割の上によってたつ存在です。例えば正体を隠してこその鵺。魔術や秘術を研究してこその魔女。屍体を運んでいってこその火車なんです。
そんな生まれつきの能力のためにパーティを楽しむことができないなんて、なんだか少しだけ理不尽です。
「まあ別にいいわ。料理もお酒も美味しいし、みてるだけでも結構楽しいもん」
そう云って、霊夢さんは牛肉のカルパッチョにかぶりつく。
「そうですか、それならいいんですけれど……」
「あらら、なによあんた、なんであんたがそんなに悲しそうな顔してるのよ」
「う……だって……」
なぜだか泣きそうになってしまったわたしをみつめ、霊夢さんは晴れやかに笑います。
「なんか無駄にいいやつねぇ。誰だかわかんないけどさ」
「いいやつなんかじゃないですよぉ……」
つぶやくと、さとりさまがクスクスと笑います。
きっとこのひとにはわかっているのでしょう。わたしがただ、生まれつき身体が弱くて人生を楽しむことができない身の上を、さとりさまや霊夢さんに勝手に重ねただけだということを。
「それでもね、私はあなたを優しいひとだと思いますよ」
穏やかな口調で云ったさとりさまに、心の中で返します。
――そんなことないですよ。わたしは自分のことしか考えていませんもん。
「いいえそんなことあります。たくさんの心を覗いてきた私が信用できないの?」
――だってだって、さっきだってわたし、ぬえさんに自分勝手なことを云ってびっくりさせました。
「ふふ、あの子はそんなことを気にする子じゃないわ。聖輦船の事件のときだって、自分に非があるって思ったらあっさり謝りにいったじゃない。あなたが云ったことは正当だったって思いますよ」
――でも……でも……。
心の中で唸っていると、霊夢さんが横からぶすっとした声で云いました。
「なによあんたたち、声に出して云いなさいよ。私はのけ者かっ」
ぷっとまん丸に膨らんだ頬。ずいと顔を覗きこんできて指を突きつけるその仕草。
それがなんだかおかしくって、思わずわたしは吹きだしてしまいます。
「あ、あははははははは! ご、ごめんなさい霊夢さん、あはははは!」
「おい、今謝ってるのは、私をのけ者にしたこととひとの顔見て笑ったことのどっちよ!」
「あはははは! りょ、両方……」
ついつぼに入って笑い転げていると、霊夢さんはふわりと穏やかな顔つきになって云いました。
「なんか、大体誰だかわかってきたわねぇ。いいからこんなところで油売ってないで、あんたも踊りの輪に入ってきなさいよ」
「あはははは、は、はい、そうしようかと思います……」
涙を拭いながら席を立つと、さとりさまが声をかけてくれました。
「楽しんできてくださいね、あなたはもう少しわがままになってもいいと思うわ」
「……はい、ありがとうございます」
会釈をしたあとくるりとふりむいて、歩きだしたところでぼそりと声がかかります。
「――みつかるといいわね」
「え? なにがですか?」
ふりかえって訊ねるけれど、わたしの声が聞こえなかったのか、さとりさまは霊夢さんのほうをむいて彼女のことをなだめています。
まあ、大したことじゃないんでしょう。そう思って、そのまま歩きだしました。
それで結局、さとりさまがなにを云いたかったのかはわからずじまいなのでした。
§3
軽快なワルツが流れている。
確かこれは、ヨハン・シュトラウス二世作曲『ウィーンの森の物語』。
みやびやかにかき鳴らされる弦の音色に、ホールのダンサーたちが一斉にターンします。
舞い踊る色彩、さんざめく笑い声、リズムに合わせて揺れる身体。そんな人波を眺めながら、ふと重要なことに気がつきます。
――そう云えばわたし、ダンスなんて踊れません。
一度教則本をみたことがあるので、細かいやりかたは覚えてます。けれどいざ踊ってみろと云われたら、ちゃんと身体がついていけるかどうかまるで自信がありません。
気後れしてしまって遠巻きに眺めていると、ふと誰かが隣にやってきて声をかけてくれました。
「ねぇ、そこの綺麗なかた、お暇でしたらお相手願えませんか?」
「あ、ええ……あの、わたし不慣れなのですけど、よろしいでしょうか?」
そんなことをもごもごとつぶやいて、そちらのほうを振りかえる。
一瞬驚いたけれど、もういい加減慣れました。
こんなにありとあらゆる姿のひとがいるんです。たとえ等身大の球体関節人形が素っ裸で立っていても、いちいち疑問に思ってはいられません。
「大丈夫、わたしが慣れているから。リードしてあげるわね」
そう云ってわたしの手を掴んだ指先が、陶磁器のように堅かった。
自分でおっしゃるとおり、そのひとはとてもお上手でした。
ナチュラル・スピン・ターン、レフト・ウイスク、ターニング・ロック・ツー・ライト。リヴァース・ピヴォットにコントラ・チェックにバック・ロック。
教則本にあった複雑なステップを、歩くみたいにこなしていく。
それについていくのに、意識する必要なんてありませんでした。まるで手足に紐がついているかのように、彼女に身を任せるだけで自然とわたしの身体が動くのです。
けれどそれも道理なのでした。実際にわたしたちの手足には長い長い紐がついていて、その先はキスメさんがぶらさがる綱のようにどこか虚空に消えています。
わたしたちはふたり、まるで人形劇に使われる操り人形のようでした。
「……お上手なんですね」
腰と腰をくっつけながらくるりとターン。彼女のほうに顔をむけてささやくと、自嘲するような返事が返ってくる。
「ええ、踊るのは得意よ。お人形だもの」
華麗にステップ、左足からクローズド・チェンジ。わたしのスカートが、ひらりと花のようにひるがえる。
「お人形は、踊るのが得意なんですか?」
「そうよ。だってお人形は誰かが操ってくれるから、失敗なんてしないの。なにも考えないでただ決められた動きをすればいい。ダンスってそういうものじゃなくって?」
「……どうでしょう」
アリスさんなのかな、と思います。
そのお人形に対する思いの深さをみると、このひとはアリスさんなんじゃないかと思ういます。
――あるいは厄神の雛さまか。
けれどどちらだってかまいません。どちらでなくってもかまいません。だって今夜は仮面舞踏会。踊っている相手が誰かなんて詮索は、やっぱり野暮というものです。
「私のこと、痛いって思った? 仮面舞踏会だからって、なりきりすぎているって」
「いいえ、それはわたしも同じですから。本当のわたしは、こんな風に綺麗な女の人じゃないのです」
「……そう」
「ええ。でも、女の子なら大抵そうじゃないですか? いつだっていつもと違う自分になりたがっている」
「男の子は違うの?」
「……語り得ぬものについては沈黙しなければいけません」
そのときお人形の口元がにゅっと上がったのは、きっと彼女が笑ったからでしょう。
翠色にきらめくグラスファイバーの瞳。細い細い手足。関節の球体に穿たれた、可動域の切れこみ。腰の上に乗せてターンすると、その身体の軽さに驚いてしまいます。
きっと中はがらんどう。
お腹の中も、頭の中もがらんどう。
お人形だから、頭の中はからっぽでもゆるされる。
お人形だから、毎月血を流す重い内臓からも逃げられる。
それはなんだか、少しだけ羨ましいと思うのです。
「――ねぇあなた」
「なんでしょう」
「あなたは、ふと月が明るい夜に、自分が水槽の中の魚に思えて息苦しくなることはない?」
「あるかも、しれませんね」
「真夜中のベッドの上で、そこにあるはずの自分の身体と、それをみている自分が別人に思えて悲鳴をあげたくなったことは?」
「それはもう、何度もありますよ。わたしの身体もある意味お人形みたいなものですからね」
ひるがえる。
ひるがえる。
血のように赤い、ボルドー色のスカートがひるがえる。
手足から伸びた紐の先に、過去の御阿礼の幻影が浮かぶ。どこか遠くからわたしの身体を操っている、もうわたしとは思えないわたしたち。
始祖の阿礼と歴代の御阿礼。阿一に阿爾に阿未に阿余、阿悟に阿夢に阿七に阿弥。
わたしの記憶の中でわたしを操る、わたしではないわたしたち。
「……ふぅん、あなたも色々抱えているのねぇ」
「あなたは? どうして自分がお人形だって感じるんですか?」
「うーん、生粋の幻想郷育ちにはわからないかもしれないけれど、外の世界にいると女はどうしてもね」
「自分がお人形みたいに思えますか」
「ええ、一生懸命着飾ってお化粧して、可愛くなれたらとてもいい気分だわ。でもどこにいたって突き刺さってくる視線に、ときどき無性に叫びたくなるの」
「ははぁ……」
「だから私はお人形遊びをするの。自分から“観られる自分”を切り離すためには観られるためのお人形が必要なの。でもそのお人形も自分自身だから、結局どこまでいっても観られる私から逃げることはできないんだわ」
「……なるほど、アリスさんがお人形を作るのにはそんな理由があったんですねぇ」
ふと零してしまったわたしを悪戯っぽく見つめ、彼女はにやりと口角を上げました。
「あら、誰かしらアリスって。全然知らないひとだわ」
「あ……申し訳ありません、口が滑りました」
「本当よ、気をつけて」
そう云って、くすくすと笑います。
――衣擦れの音。
触れあった身体の冷たい感触。
窓にかかる天鵞絨のカーテンがふくらんで、桟に切りとられた満月がちらりとみえる。
そんな月を食い入るようにみつめながら、お人形がささやきます。
「ごめんね、全部満月の夜の戯れ言よ。朝がきたら忘れてね」
「はい……そうします」
けれど残念ながら、その会話をわたしが忘れることは未来永劫ないのです。
――わたしは、御阿礼だったから。
§4
「……はぁっ」
なんだか疲れてしまって、ぐったりと壁にもたれます。
夜は更けていき、曲も何度か切り替わり、ホールでは相も変わらずさまざまな格好のひとたちが楽しげにダンスを踊っています。
けれどわたしはもう踊る気力もなくなって、ぐびりとワインを飲んで深い吐息を吐くのです。
正直、仮面舞踏会がこんな物だとは思いもしませんでした。
こんなに気が張る物だとは思いませんでした。
いや、さすがに普通の仮面舞踏会はこんな物ではないのでしょう。けれどこの紅魔館の仮面舞踏会は、見た物をすべて忘れられないわたしにとってはことのほか堪える。だってここではみんながみんな、完璧な変装ができるのを盾に自分の内面をさらけだしているのです。
さとりさましかり、アリスさんしかり。
それは仮面をつけているなんてものじゃありません。むしろ普段つけている仮面をかなぐり捨てているようなものでした。完璧に自分が思い描く姿になれるという状況が、心の中の本当のそのひとをさらけだしているのです。
そう、この仮面舞踏会は、きっと仮面をつけて踊る舞踏会ではないのです。
仮面を外して踊る、舞踏会なのです。
――こいしさまと思われるひとの顔を覗きこめば、アラビア風のストールの中にみっしりと目玉がつめこまれておりました。
(そんなに観たくないのでしょうか、目玉はすべて釘に刺されて血を流しておりました)
――どうしてレミリアさまが普段の姿でいるのだろうと思ったら、それはフランちゃんなのでした。
(そんなにお姉さまに憧れていたのでしょうか。しきりと「普通にみえる?」「ちゃんとお姉さまにみえる?」と不安そうでした)
――異様にさわやかな笑顔を振りまく白い歯をした美男子は、どうやら魔理沙さんらしかった。
(でもわたしはどちらかと云えば女性のほうが好きなので、普段の魔理沙さんのほうが好きでした。それがなんだかちょっとだけ悲しい)
――薄汚い襤褸をまとった疥癬だらけの老婆がホールの隅っこに座っていて、話しかけてみればそれは輝夜さまなのでした。
(「薄汚いでしょう、穢らわしいでしょう。踊るどころか、誰もこっちをみてもくれないのよ」と、高貴なお姫さまはひどく嬉しそうに云いました)
色々なひとの願望の奔流に、眩暈がしそうな思いです。
風邪を引いたときみたいに身体が熱っぽくて、そのままずるずると床にしゃがみ込んでしまいます。ちゃんと椅子に座ったほうがいいのでしょうけれど、和風の床暮らしが長いものでどうにも椅子に座るのは慣れません。
――ああ、なんか疲れちゃったな。
ワインの酔いも手伝って、もう立ち上がるのも億劫です。
今日見た色んなひとの色んな姿が鮮明すぎる画像となって、頭の中でぐるぐると回ってます。
そうしてぼんやりとホールの様子を眺めていると、アリスさんではないけれど、なんだか自分が自分じゃないような気がしてきます。まるで自分自身はここにいなくて、外から映画を眺めているような。世界と自分の間に薄皮が一枚隔たっているような、そんな非現実感に襲われます。
――会いたいなぁ、パチュリーさん。
ふとあの仮面みたいな無表情が脳裏に浮かび、湧き上がってきた懐かしい気持ちに胸がぎゅっと締めつけられました。仮面舞踏会というならば、きっとあのひとの顔はこの場の誰よりも仮面と呼ぶにふさわしいと思うのです。
久しぶりに図書館を訪ねても、『あら、きたのね』なんてつまらなそうに云うだけで、すぐに手元の本に視線を戻す。
あの無表情な白皙の面。
けれどそんな無表情が照れ隠しだってことくらい、わたしにだってわかるんです。なんでもないふりをして本を読もうとするけれど、大抵腰がちょっともぞもぞしてるし、目は文字なんて追っていないんです。
やがて耐えかねたようにちらりとこちらに視線をむけるから、それをとらえてにっこり笑ってあげれば、林檎みたいに真っ赤になってしまう。
大魔法使いの癖に恥ずかしがり屋で。
百年は生きてる癖に不器用で。
――でも本当は優しいパチュリーさん。
だってわたしは知っています。パチュリーさんが、わたしのこの身体を不老不死にしようと思って蓬莱の薬を研究していたことを。
しかもそれが完成したにも関わらず、拒絶されるのが怖くて中々云いだせないことを。
知っています。
知っています。
わたしがきたらすぐにわかるように、門のところにはパチュリーさんと繋がった式が打たれていることを。
わたしがこの紅魔館によく顔をみせるようになってから、図書館の本棚の低い箇所には、わたしが興味をもちそうな本をおくようにしたことを。
わたしが咲夜さんの紅茶をあまりにも美味しい美味しい云うものだから、こっそり自分でも紅茶の淹れかたを練習して、たまに知らん顔してふるまっていることを。そんなとき「今日の紅茶は特に美味しいですね」なんて云ってあげると、一日上機嫌になることを。
知っています。
わたしは知っているんです。
――なのに、どうして好きって云ってくださらないのだろう。
腕に顔を埋めて溜息を吐くと、あのひとの顔ばかりが浮かんできます。
※ ※ ※
元々わたしたちは、わたしが『縁起』執筆のために紅魔館を訪れたのが縁で知り合いました。
『――誰?』
はじめて聞いたパチュリーさんの声はそんなそっけない台詞で。
しかもそう云ったきり、すぐに興味をなくした風にそのまま手元の本を読み出して。
――その時点で、わたしはもう帰りたくなっていた。
だって、ようやく阿求の身体も成長し、いざ御阿礼の子としての活動をはじめようとしたとき、最初に調査にあたった相手がよりによってそんな反応だったのです。もしもそのとき、案内してくれたこぁちゃんがわたしの名前を告げなかったら、本当に逃げ帰っていたでしょう。
『稗田阿求ちゃんって云うそうです。こんなにちっちゃいけど御阿礼の子なんだそうですよ。よくわかんないけど、偉いですねー?』
その言葉を聞いたパチュリーさんの反応は、劇的なものでした。
ぐりんと首を回して振りむいたかと思うと、そのままの姿勢でぶわりと椅子から飛び上がったのです。そうして目を丸くするわたしの前にフリルワンピをひるがえしながら降り立って、ずいずいと容赦なくつめよってきたのです。
『御阿礼の子っ!? あの天狗の新聞に載っていた無限記憶保持者ね! ねぇ、みたものをすべて覚えているって本当? 千二百年生きているってマジかしら? それってどんな気分? ありとあらゆる記憶、ありとあらゆる情景、ありとあらゆる心象、それを全部もっているってどういうことよ! 一体どうやってこの小さな頭の中にそんな情報が折りたたまれているのかしら? しかも劣化しない記憶なら、もうほとんど本みたいなものじゃないの! 知りたいわ、教えなさい! あなたの千二百年の記憶をすべてわたしに語りなさい!』
――目をらんらんと輝かせて。
――興奮に鼻息を荒くして。
もの凄い早口でまくしたてながら迫ってくるパチュリーさんに、わたしは思わずぎゅっと目をつぶってしまったのでした。
だって、どうにかされてしまうんじゃないかと思った。
なんと云っても噂に名高い紅魔館の魔女さんです。もしかしたら食べられてしまうんじゃないか、なにか淫らな儀式の生け贄にされてしまうんじゃないか、それとも人間が蛙の解剖をするくらい無造作に、なにかの実験台にされてしまうんじゃないか。
そんな風に思ってしまっても、仕方がないことだと思うんです。
――けれど。
『うぅ……』
『……う?』
今にもキスしそうなほど近づけた顔を、パチュリーさんは突然苦しそうにしかめたのでした。ふいにヒューヒューと笛が鳴るような音が聞こえてきて、耳を澄ましてみるとそれは彼女の胸のあたりから聞こえます。
みるみるうちにあおざめていく顔。
驚いて見つめるわたしの前で、パチュリーさんは足下にうずくまって咳きこみはじめてしまいました。
『あーあ、パチュリーさま、喘息もちなのにそんなに息荒くするから……』
『……うっさい……』
こぁちゃんが呆れたように呟きながら、ふらふらと奥のほうにむかいました。薬でも探しているのでしょうか、ごそごそと戸棚を漁るような音が聞こえます。
そうしてわたしの目の前には、床に這いつくばったひとりの魔女さんが取り残されたのです。
――あれ? なにこの状況。
まだ子どもだったわたしの足下で、幻想郷でも一、二を争う高名な魔女さんがうずくまっている。
苦しそうに背中を波打たせながら、ゴホゴホゴホと咳きこんで。
――なんか、意外と小さいな。
ちんまりと丸まった背中を見下ろして、そんなことを思います。
真紅の絨毯に円形に広がった、プラム色の綺麗な長髪。
それは魔女としての魔力の源なのかもしれません。生まれてから一度も切ったことがないかのような長髪が、ランプの灯りをあびてつやつやと輝いているのです。
そんな長髪に包まれて、小さな身体が震えます。ゆったりとした桜色のワンピースに、ポンポンつきのケープ。ナイトキャップみたいな帽子には月形のアクセサリをつけていて、そこかしこにくくられたリボンがなんだかとても甘やかで。
あらためて見てみると、パチュリー・ノーレッジさんはなんだかとても可愛らしいひとでした。
ゲホンゲホンと、そんな彼女が深いところから響くような咳をする。
その瞬間、わたしは突然我にかえります。
一体なにを呆然と眺めていたのでしょう。目の前で苦しそうに咳きこむひとがいるのに、意外と小さいとか可愛いとか、なにを惚けたことを考えていたのでしょう。
『だ、大丈夫ですかパチュリーさまっ』
叫んで、わたしもひざまづく。
ぜーぜーと上下する背中にそっと手をあてると、なんだかふかふかと沈みこむようです。なんでこんなに柔らかいんだろうなんて思いながら、ゆっくりと背中をさすります。そんなことで喘息が楽になるかどうかはわかりません。けれどなにかしないではいられなかったのです。
『……あ』
ふとつぶやいて、パチュリーさんが顔を上げました。なんだかとても無防備な子どものような表情で、じっとわたしを見つめます。
そのアメジストのような桔梗色の瞳が、綺麗だと思った。
まるで蓄えた知識がつまっているような深い色の瞳に、苦しいのか涙がいっぱい溜まっていて。
そうしてその涙が、図書館の灯りにきらきらときらめいて。
――わたしには、なんだか星みたいに見えたんです。
『ありがとう……』
小さな小さなかすれ声で、パチュリーさんはそう云ったのでした。
※ ※ ※
「……はぁ、どこにいるんだろ、パチュリーさん……」
組んだ腕から顔を上げて、賑やかなホールの様子を眺めます。さんざめく笑い声と室内楽の音色に満ちた、パチュリーさんがいないこの場所を。
けれどもしかしたら、あのひとも本当はこのどこかにいるのかもしれません。
わたしが知らない姿になって。
わたしが気づきもしなかった、心の中の願望をさらけだした姿になって。
だからもしかして何度もすれ違いながら、わたしもパチュリーさんもそれに気づいていないのかもしれません。
――もしそうだったら、嫌だな。
想像したらなんだか悲しくなってしまって、手首に巻かれたブレスレットを恨めしい思いで眺めます。
でも考えてみれば、そんなに上手くいくはずがないんです。
こんなにたくさんのひとがいるなかで、偶然パチュリーさんと出会えて、しかもお互いそれに気づけて、そうしてパートナーとして身体を触れ合いながら踊れるかもなんて。
そんな夢見る乙女的な願望が、簡単に叶ったら誰も苦労なんていたしません。
だってわたしがこんな姿になっていることなんて、パチュリーさんはきっと想像もしないでしょう。いくらあのひとが様々な秘術を修めた魔女さんだからって、わたしの気持ちの奥底まで覗くことはできません。いくらわたしが求聞持の力をもつ御阿礼だからって、ひとの気持ちまで観ることはできません。
それでわたしをみつけてくれなんて、あまりにも虫がよすぎます。
そんなものはきっと頑是ない夢でしょう。
ただのおとぎ話なのでしょう。
「はぁ……」
溜息を吐いて、また腕に顔を埋めてしまいます。ワインの酔いは醒めなくて、目を閉じると頭の中がぐらんぐらんと揺れています。
そんなとき、ふと聞こえてきた深みのあるバリトン。
「――大丈夫でしょうか、お客さま?」
伏せた顔をあげると、ひどくダンディなおじさまが瀟洒なポーズで立っておりました。
美しい銀髪をオールバックに撫でつけて、目には片眼鏡、胸元には蝶ネクタイ。すらりとした長身にストライプシャツとツイードのベストを着ています。
片手にワイングラスを載せたお盆をもっているところをみると、紅魔館のひとでしょう。
「あ……ええ、ごめんなさい。少し酔っぱらってしまったみたいで……」
「そうですか、よろしかったら少しソファで横になられては? なんでしたら永遠亭印のお薬もありますし」
「そうですね……そうします。でもお薬は大丈夫、少し休めばよくなると思いますから」
喋りながら立ち上がろうとしたわたしを、ダンディなおじさまは慌てたような素振りで押しとどめました。
「ああ、どうぞそのまま、楽にしていてください」
「……え?」
茫洋とつぶやいたわたしに、お茶目にウィンク。
気がついたらわたしの身体はソファの上に横たわっていて、おじさまが身体の下からそっと腕を引き抜こうとするところなのでした。
「あれ?……えぇと……咲夜さん?」
こんなことをできるひとといったら、時間を止められる咲夜さんくらいしかおりません。
思わず笑ってしまいながら問いかけると、ぺろりと舌をだすおじさまです。
「ふふ、そうよ。よくわかったわねぇ」
「わかりますって。あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。ちなみにあなたが誰かも知っているわ。なにかあったときのために、一応私だけはぬえから聞いてるから」
「ああ、なるほど。確かに誰も正体わからなかったら困りますものねぇ」
「えぇ。それで体調は大丈夫? 本当に薬はいらない? なんだったらベッドまで運んでいきましょうか?」
心配そうに云いつのる咲夜さんに、思わずわたしは苦笑します。
「大丈夫ですってば、もう。相変わらず過保護なんですから咲夜さんは……」
「そうは云ってもねぇ。あなたになにかあったらパチュリーさまが怒るもの」
「怒りますか」
「怒るわよ、怒ってないふりするけれどね」
にんまり唇をあげた咲夜さんと、顔を見あわせながら笑います。
咲夜さんとこぁちゃんは基本的にわたしの味方です。朴念仁で照れ屋なパチュリーさんを、なんとか素直にさせるための三角同盟。きっとふたりにとってはちょっとした娯楽のようなものなのでしょうけれど、構いません。目的が一致していればいいんです。
「あの、それで、その……パチュリーさんは?」
いつの間にか用意されていたお水をこくりと飲んで。
上目遣いで問いかけるわたしに、咲夜さんは意地悪そうににゅっと瞳を細めます。
「気になる?」
「気になりますよ。そのためにきたんですもん」
ぷーと頬を膨らませてにらみつけてやりました。
けれど咲夜さんはまるで動じず、満面の笑みを浮かべながらわたしの頭を撫でるのです。
「ああっ、もう、なんて素直で可愛いのかしら。あのひとにあなたの十分の一でも素直さがあればねぇ」
「もう、子ども扱いしないでください。あと少しくらいビジュアルと言葉遣いを一致させる努力をしてはいかがですか」
手から逃れて口を尖らせると、咲夜さんはふいに身体を離し、最初に声を掛けてきたときのような真面目くさった顔をします。
「ああ、これは失礼いたしました、お客さま。なにかご入り用なものはございませんか?」
「ないです。強いて云うならパチュリーさんが欲しいです」
――冗談の、つもりでした。
冗談のつもりだったのに、思わず頬が熱くなってきてしまって、それを隠そうとしてつんと顔を逸らします。
けれど咲夜さんは、そんなわたしに悪戯っぽく笑ってこう云ったのでした。
「そうですか、では少々お待ち下さい。――呼んで参ります」
「……え?」
反射的に漏らしたつぶやきは、誰もいない虚空に漂って消えました。求聞持の記憶に残っているのは、いなくなる寸前に咲夜さんが浮かべた悪戯っぽい笑い顔。それがチェシャ猫が残す笑顔のように、いまだ空間に貼りついています。
――パチュリーさんが、くる?
想像しただけで胸がどきどきしてしまって、我ながらそんな自分の乙女ぶりが気持ち悪いなぁと思います。
でも、仕方がないでしょう?
こんなに優雅な弦楽四重奏が流れる大ホールで、豪奢なドレスを着こんで愛しいひとと会えるかもしれないんです。
ねぇ? だって、ねぇ?
仕方ないでしょう?
――全部、月が悪いんです。
§5
――パチュリーさん、どんな姿をしてるんだろう。
色々と想像していると、つい口元がにやついてしまいます。
もしかして歩く百科事典みたいな姿だったりして。いくらなんでもそれはないかな? むしろ背筋の曲がったしわくちゃの魔女さんとか? それとも夜が煮凝ったような黒猫? ネヴァーモアと鳴く大鴉?
けれど現れたひとの姿は、そのどれとも違っておりました。
「――あら。どうしたのあなた、大丈夫?」
ふと人波を縫ってやってきたひとが、わたしに声を掛けてきます。
視線をむけると、とても美しい女のひとでした。
すっきりしたプラム色のショートカットから、すらりと細いうなじが伸びています。切れ長の瞳は怜悧にきらめき、シャープな形の顎の線が綺麗です。
まとっているのは、ぴったりと身体を包みこむ漆黒のロングドレス。灯りを反射してつややかに光るベルベッドが、スレンダーな身体を引き立てます。トーションレースに彩られたドレスは腰のあたりでふわりと膨らんで、歩くたびに鐘のように揺れるのは中にクリノリンが仕込まれているからでしょう。
「あ、はい。大丈夫です。ご親切にありがとう」
わたしはそう返事して、再びパチュリーさんの姿を探すために視線を外そうとしました。まさかこのひとはパチュリーさんじゃないだろうと、そう思って。
――けれどなにかがひっかかる。
なんだろうと思って、瞬間的に求聞持の記憶を掘り起こします。
プラム色のショートカット。
パチュリーさんの髪の色と同じだなと思う。けれどあのひとの呪術的なまでの長髪とはまるで違って、まるでそよ風になびくようなさわやかさです。
怜悧にきらめく桔梗色の瞳。
パチュリーさんの瞳の色と同じだなと思う。けれどあのひとのいつでもやる気なさそうなジト眼とはまるで違って、晴れた朝に若葉を彩る朝露のようにぱっちりです。
――でも。
わたしの求聞持の能力は見すごしませんでした。
ちんまりとした耳の形が、わたしがよく知るパチュリーさんとまったく同じであることを。
耳の形は、意外とひとりひとり違うんです。でも変身したい姿を思い浮かべるとき、なりたい耳のイメージをもってるひとなんていないでしょう。
だから今日出会ったひとのことを思い出してみても、たいがいのひとが耳の形は同じです。普通だったらみすごしてしまうようなそんな細かい部分も、わたしの求聞持の能力は覚えているのです。
ぐりんと視線を戻して、もう一度そのひとの顔を見つめます。
なぜだか彼女もわたしを見ていたようで、しばらくの間ふたりで顔を見あわせておりました。
深い深い瞳の色。
まるで深遠な知識がつまっているような色でした。パチュリーさんの色でした。この今にも吸いこまれてしまいそうなほどの瞳の深さは、やはり他のひとにはだせません。わたしも長いこと御阿礼をやっているのでわかります。わたしが知っている中でこんな眼をしているひとなんて、後にも先にもひとりきり。
――パチュリー・ノーレッジ。
動かない大図書館。知識と日陰の少女。花曇の魔女。得体の知れない魔法の元。
わたしが、好きになったひと。
「……なにか、ご用ですか?」
そう云ってしまったのはなぜでしょう。
しらを切ってしまったのはなぜでしょう。
仮面舞踏会の夜に漂う魔法のせいか、わたしはそのひとがパチュリーさんだとわかっていたのに、それに気づかなかったふりをした。
だって口惜しいじゃないですか、わたしだけが気づいていたなんて。それじゃあなんだか、わたしだけが好きみたい。わたしだけが、一方的にパチュリーさんに執着しているみたいじゃないですか。
「……いえ、なんでもないわ。ごめんなさい」
パチュリーさんが、苦笑しながら顔をそらします。一体なにを思っていたのでしょう。もしかしてわたしが阿求かもしれないなんて、思ってくれていたのでしょうか。阿求はどこにいるんだろうなんて、焦がれて探してくれたでしょうか。
そんな思いを隠しながら、わたしはにっこりと笑います。
相手に合わせて演技をするのはお手の物。今までだって、幻想郷縁起を書くためにたくさんの妖怪さんたちと顔を合わせてきたのですから。
「ふふ、わたしの顔になにかついていましたか?」
「ううん、そんなわけじゃないわよ……ただ」
「ただ?」
小首をかしげて問いかけると、パチュリーさんはぽっと頬を紅くして顔をそらします。
「ただ……綺麗なかただなって」
「……まぁ」
思わず絶句して、口元に手をあてました。まさかパチュリーさんがそんなことを云ってくれるなんて、思いもしませんでした。
けれど喜びを感じたのもつかの間。代わりにもやもやとした感情が湧いてきます。だって考えてみれば今のわたしは普段のわたしじゃないんです。
いつものやせっぽちの稗田阿求、パチュリーさんが知ってるわたしじゃない。今のわたしは彼女にとって、誰か知らない別のひと。
――そんなひとに綺麗だとか云うなんて、一体どういうことですか。
わたしにだってそんなこと云ってくれたことないのに。綺麗だとか可愛いだとか好きだとか、そんな風に誉めてくれたこと一度もないのに。
――なんで、初対面の女にそんなことを云うんです。
「……お上手ですねぇ。会うひとみんなにおっしゃっているんですか、それ?」
「そ、そんなことないわよ。本当にあなたのことが綺麗だって思ったから……」
「ふーん?」
もやもやした気持ちをどうしても制御できなくて、ついじっとりとした口調でつぶやいてしまいます。パチュリーさんはそんなわたしにむき直り、慌てたようにぶんぶんと首を振りました。
「ご、ごめんなさい、変なことを云って。それよりこのあたりで大魔神をみなかったかしら?」
「え? 大魔神? なんでしょうか?」
「あら、知らない? 修羅の形相をした埴輪型の魔神よ。私の使い……従者がその姿をしているはずなんだけど」
「はぁ、埴輪ですか? 見かけたことはないですねぇ」
おそらくこぁちゃんがその扮装をしているということでしょう。やっぱり小悪魔さんとしてはおっきい魔神に憧れたりもするのかなと思います。埴輪型というのはよくわかりませんでしたけど。
「そう、おかしいわねぇ。あの子がワインを飲みすぎてソファのあたりで倒れてるって聞いたのよ」
「あら、ワインを飲みすぎて倒れているというのはわたしです。どこかで色んなひとのお話が混ざっちゃったのかもしれませんね?」
きっと咲夜さんがそうやってこのひとをここにおびきだしたのでしょう。話を合わせるために適当に誤魔化そうとすると、パチュリーさんは真に受けて心配そうに顔を近づけてきます。
「あら、大丈夫かしら? まだ気持ち悪い? お水をもってきたほうがいい?」
「……最初に申し上げたじゃないですか、大丈夫です。どうぞそんなにご心配なさらず」
「でも、さっきも少し調子悪い感じだったし……心配だわ」
それは調子が悪かったんじゃなくて、むっとしていたんです。
あなたが見知らぬ女のことを綺麗だなんて云うからです。
そうして不安そうに眉をよせるパチュリーさんを見て、ますますわたしはむっとする。
――なんなんですかもう。
心配だ心配だ云っちゃって、普段そんなことだって全然云ってくれないくせに。お水をもってくるとか、そんな自分の手間が掛かるようなことしてくれたことないくせに。
わかってるんですよ、本当はいつもわたしの体調を心配していることくらい。さっき咲夜さんが云っていたこともそうだけど、いつだってあなたがわたしを気に掛けていることくらい、ちゃんとちゃんとわかってます。
でも、あなたは云ってくれないじゃないですか。なにを恥ずかしがっているのか知らないけれど、態度で示してくれないじゃないですか。なのになんでそんな、わたしがしてもらいたい色んなことを、見知らぬ女に対してはできるんです。
臆病者、恥ずかしがり屋、頑固者、いじっぱり。
頭の中で罵詈雑言を並べ立てながら、ぴょんとソファから立ち上がる。驚いたように目を見開くパチュリーさんを尻目に、肘を上げてくるりとソロ・ターン。ふわりとふくらんだスカートを押さえて、にっこり笑いかけました。
「ほら、大丈夫でしょう? もう元気ですっ」
「そう……ふふ、そうみたいね。心配することなかったか。それじゃ私は戻るわね」
そんなことを云って、パチュリーさんはわたしに背中をむけました。
「――待ってくださいよ」
けれどわたしは、歩きだそうとした彼女の肘をつかんで引き留める。
「……なぁに?」
「ここまでお話しておいて、帰りますはないでしょう。一曲わたしと踊っていってくださいな」
桔梗色の瞳が、驚きでめいっぱい広がった。
ホールでは、『天体の音楽』のすべらかなフルートが、水に船が浮かぶように流れ出しておりました。
§6
――別にね、わかっているんです。
本当はわかっているんです。
パチュリーさんが本当は優しいひとで、ただ素直になれないだけだなんてこと、わたしが一番わかっています。
だからこそこうやって普段と違う姿になることで、いつも心に秘めていた自分のこともさらけだせる。普段云えない言葉も云える。それはなにも見知らぬ女相手だからできるわけじゃない、見知らぬ自分だからできるだけ。
そんなことはわかっています。
ただわたしは、そんなパチュリーさんが珍しくみせてくれる優しさを、わたし自身が受けられないことに嫉妬しているだけなんです。その気遣いをいつものわたし、稗田阿求にむけてくれないことに、いらだっているだけなんです。
――なんで、自分で自分に嫉妬しないといけないんだろう。
ダンスホールをひらりひらりと舞いながら、そんなことを思います。
「びっくりしたわ……上手なのね、あなた」
「……あなたこそ、本当にお上手です」
肩胛骨の下に添えられた、たおやかな指先。
わたしの右手を柔らかく包みこむ、その左手にこもる優しさ。
くっつけた腰から伝わってくる、少しだけ高い体温。
顔を近づけるとふわりと漂う、甘くスモーキーないつもの香り。
――パチュリーさんは、本当にダンスが上手かった。
わたしはアリスさんがみせてくれた色んな動きを記憶に焼きつけて、その通り踊っているだけのお人形だったのに。
パチュリーさんは違いました。
華麗なスピンに独特の切れがある。床を踏みしめるステップに歌うようなリズムがある。わたしをリードする腰のさばきに力強い思想がある。
ダンスなんて一体どこで覚えたのでしょう、一体いつ身につけていたのでしょう。わたしが知っているパチュリーさんは、いつもつまらない顔で図書館の安楽椅子に腰掛けて、まるで根でも生えているようにそこから動こうとしないのに。
わたしが知っているパチュリーさんなんて、あの日出会ってからのほんの数年分でしかないんだと思い知る。紅魔館がまるごとこの幻想郷に移転してくる前まで、このひとの人生にはどんなことがあっただろう。どんなひとと出会ってきたのだろう。もしかしたらわたし以外にも好きになった女や男がいたのだろうか。
――それを思うと、胸が張り裂けそうに痛むんです。
「……あっ」
「おっと」
なんだかひどく口惜しくて、ステップを間違えたふりしてもたれかかります。パチュリーさんは素早く反応して、わたしの身体を優しく抱き止めてくれました。
「大丈夫?」
「……ええ、ありがとうございます」
スレンダーな身体の感触、あまり大きくない胸の膨らみ。普段ふざけて抱きついたときとはまるで違う、生硬な清潔さを感じられる身体です。
いつもは、もっと柔らかい。
小さいのに柔らかくて、態度は冷たいのに暖かくて、そうして抱きついていればもっともっと暖かくなってくる。
――やっぱり、こういう身体に憧れていたのかな。
すらりとした首筋に顔を埋めながら、そんなことをわたしは思う。
「あの……」
ステップの音、衣擦れ、息づかい。
「はい?」
「ちょっと、密着しすぎて踊りづらいのだけれど……」
ヴァイオリンのなめらかな低音、小刻みに跳ねるトランペット、けたたましいシンバル。
「だって、あなたのリードが上手なんですもの。もう全部身を任せてしまいたいのです」
「そ、そう……」
「そうです」
そっと上目遣いの視線をむけると、真面目くさって正面をむいた顔が真っ赤です。ああ、やっぱり照れ屋なところは変わらないんだと思って、少しだけ嬉しくなりました。
――けれど、やっぱり普段のパチュリーさんとはまるで違った。
ふいにわたしの顔を見下ろしたかと思うと、頬を真っ赤に染めたままにっこり笑ったのでした。
眼を細め、大きくあけた口から白い歯をむきだしにして。
――そんなあけすけな笑顔なんて、みたことがなかった。
このひとがこんなにさわやかに笑えるなんて、思いもしなかった。
あまりの衝撃に、どくんと心臓が跳ねました。
こんな風に、いきなり普段と違うところをみせるなんて、ずるいです。
「わかったわ、それじゃあ本気でリードしてあげる。覚悟しなさい」
「……え?」
心臓に手を当てながらつぶやくと、突然ぎゅっと抱きしめられました。
いきなりそんな風に抱きしめられるなんて思ってなくて、腕の中で固まっていると次第にぽかぽかと身体が暖かくなってきます。
強いお酒を一気に飲んだときのような、そんな暖かさ。けれど気持ち悪さはまるでなくって、お腹の底からふわりと恍惚感が湧き上がってくるようです。
「あれ? なんでしょうこれ……なにかしました?」
「私の魔力を分け与えたの。あなた、飛べないでしょうから」
「……え? どうして?」
――どうして、わたしが飛べないって知ってるんですか?
訊ねようとした言葉は、けれど口の中で消えました。
「あっ!」
強引に手を引かれて、身体がぐいと引っ張られる。慌ててピボット・アクションをしてナチュラル・スピン・ターン。こんな強引なリードなんてないでしょうと、抗議の声を上げようとしました。
けれど、周囲を見回して息を飲む。
周りのひとたちの顔が、急にみんなの背が縮んだように下のほうにあるのです。いいえ、それはひとびとだけではありません。壁に掛けられた魔法のランプも、血糊色のカーテンも、みなさきほどまでと違って目線の高さにありました。
ちらりと下をみてみれば、ホールの床が随分遠いところにある。
そう、気がつけばわたしたちはふわりと空中に浮き上がっているのです。
「な、なんですかこれ、わたし飛んでるっ!」
「ワルツはね、地上で行うものだけじゃないの。空中ワルツ。八十年ほど前、ヨーロッパの闇の社交界で流行ったのよ」
「そ、そんなこと知りませんっ」
「そう? 良かったわね、新しいことを知れたじゃない」
そう云って、パチュリーさんはにっこりと笑う。
眼を細め、白い歯を剥きだしにして。
けれどその顔は、わたしの視界からは上下逆さまにみえています。
「た、縦回転もあるんですか! どうやってステップ踏めばっ」
ひるがえるスカートを押さえながら叫ぶと、くるんと一回転して正位置に戻っている。
いつのまにか後ろにいたパチュリーさんが、背中側からそっと私を包みこんでくる。左手の中にわたしの左手をくるみこみ、普通なら相手の肩胛骨に添える右手でわたしの顎を掴んで持ち上げる。
――まるで、キスをするみたいに。
「云ったでしょう、私がリードしてあげるって。大丈夫、魔力の流れに身を任せればいいの。ほら……力を抜いて」
「は、はい……」
――ああ、パチュリーさん。
このどきどきと鳴る胸の鼓動が聞こえているでしょうか。
この全身を満たす喜びをわかってくれているでしょうか。
思わず頭の中がぼーっとして、腰のあたりに甘い痺れを感じます。
身体を包みこむパチュリーさんの魔力がぽかぽかと暖かい。
魔力が誘導する方向に手足を伸ばせば、まるでパチュリーさんに好き勝手動かされている気分になってくる。
――手も足も、首も顎も背中も腰も、全部このひとの腕の中。
もう、この身体がわたしのものじゃないことも気にならない。
パチュリーさんが、きっとわたしをわたしだと思っていないことも気にならない。
今こうしてパチュリーさんの胸がわたしの胸と触れること。
パチュリーさんの手が、足が、意志が、想いがわたしの身体に触れていて、その感触をわたしが感じられているということ。
仮面舞踏会の夜のこの瞬間、わたしにとってはただそれだけが真実だったのです。
「あはははは、なにこれ、凄いです!」
ひらひらと空中を舞いながら、思わず笑いだしてしまいます。まるで無重力に浮かぶサーカス芸人みたいなダンス。
膝を抱えながら鞠のようにまるまって、伸ばした手の先をヴァーティカル・ハンド・ポジションで掴まれる。その手を支点にふたりで回ると、まるでメリーゴーランドになったみたい。パチュリーさんのぴんと伸びた足の先が綺麗です。二色のドレスがはためいて、蝶の羽根みたいに鮮やかです。
「よかった、喜んでくれて」
「ええ、嬉しいです。でも、ただダンスが楽しいからじゃないですよ?」
「え?」
「あなたと――踊れるからなんです」
くるくる回りながら見つめ合う。桔梗色の深い瞳が一瞬おどろくように見開いて。
――そうして笑った。
パチュリーさんらしく、けれどパチュリーさんらしくなく。
照れるように、喜ぶように、恥じらうように、はしゃぐように。
そんな風に笑って、こう云った。
「わたしもよ。あなたと踊れて、本当によかった」
その美しい顔を、バターのようにつややかな月光が優しく照らしだしていた。
『美しい五月』
『忘れじのライン』
『酒・女・歌』
『オーストリアの村つばめ』
次々と聞こえてくるウィンナー・ワルツの流れの中を、わたしたちは踊りながら通りすぎていきました。
気がつけば同じように空中ワルツを踊っているひともいて、紅魔館の大ホールはさながら海の底の竜宮城のよう。
アリスさんと魔理沙さんが、ぴしりとした美しい動作で踊っている。
霊夢さんとさとりさまが、なにものにも捕われない独特な踊りを披露する。
いつのまにか門衛を放りだしていた美鈴さんが、ひげの中にフランちゃんを埋めるように抱いている。
大魔神とダンディなおじさまが、踊ってるのか闘ってるのかわからない動きでじゃれている。
正体不明なぬえさんの影と本性不明のこいしさまが、昔話をするようにホールの隅で肩を並べて座っている。
輝夜さまが、外のテラスでぼんやりと月を眺めている。
そんな風にして仮面舞踏会の夜は更けていきました。
月は玲瓏と麗しく、ホールを満たすのはさまざまな姿をした幻想郷の住人たち。
女がいる、男がいる、若者がいる老人がいる。千年前の神がいる。一万年後のひとがいる。ひとでない姿もたくさんあって、不定型な影もうごめいている。
そんな想像力の宝石箱をぶちまけたような光景の中、けれどわたしの視線はたったひとりのひとに釘づけなのでした。
――パチュリー・ノーレッジ。
元、動かない大図書館。
呪術的なまでの長髪を軽やかなショートカットに変え、誰よりも情熱的なワルツを舞った。そうして無表情の仮面を脱ぎ捨て、表情豊かにわたしをリードしてくれた。
――大好きですよパチュリーさん。
たとえこれが一夜の夢でも。
月が見せた幻であっても。
わたしは、今夜あなたが示してくれた優しさと行動力を、生涯忘れることはないでしょう。
そんなことを思いながら、最後の曲が終わるところを聞きました。ヴァイオリンの音色が震えながら小さくなっていき、やがて余韻だけを残して消えていく。
一瞬の静寂のあと、わっと賑やかな歓声が上がります。そこかしこでパートナーと肩を叩きながら笑いあい、近くのひととおしゃべりし、給仕をしていた妖精メイドさんの仮面をホール高く放り投げる。そんな光景が見られます。
レミリアさまの気まぐれで開催されたこの仮面舞踏会。ぬえさんの尊い犠牲の元で行われたこの仮面舞踏会。大盛況であったと云ってしまってもいいでしょう。
色んなひとたちの内面に触れることができ、御阿礼の子としても収穫が多かった。
――それに。
パチュリーさんと、こうして生涯忘れない思い出をつくることができました。
息を荒くした彼女と、顔を見あわせながら笑います。
先の短い人生を、わたしはこの日の思い出を胸に秘めながらすごすことができるでしょう。鮮やかに蘇る求聞持の記憶の中で、なんどだって今日のパチュリーさんの言葉を、気遣いを、身体の暖かさを、思いだしては反芻し、今日と同じくらい幸せな気持ちに浸ることができるでしょう。
その思い出は、きっとわたしに輪廻と忘却にたちむかうだけの勇気をくれるはず。
だからありがとうパチュリーさんと、そう思ってにっこりと彼女に笑いかけました。
――けれど。
わたしを見つめるパチュリーさんは、ひどく浮かない顔をしておりました。
「あれ? どうしました? お疲れですか?」
「うん……いや、そういうわけじゃないけれど……」
歯切れが悪そうにつぶやいて、彼女はふと云いにくそうに瞳を伏せる。
「ねぇ、このあと時間とれるかしら? 少し……話したいことがあるの」
――自信なさげなその様子は、まるでいつものパチュリーさんのようでした。
§7
「――なんでしょう、お話って」
「……うん」
つぶやいたきり、パチュリーさんは動きませんでした。
ダンスホールをでて、霧の湖を見下ろすテラスに立っています。
背後の廊下から漏れてくるオレンジ色の灯りが、ぼんやりと周囲を照らしておりました。霧の湖は群青色の闇に沈み、鏡のように凪いだ水面には幻想の丸い月が浮いている。
ぬめりとした月光が、手すりに手をかけたパチュリーさんの横顔を照らします。月の光は、太陽光が反射しているだけの死んだ光だということを思いだす。そんな月の光を浴びて、夜の種族たる魔女さんは今日のどんな瞬間よりも儚くみえました。
じっと動かないパチュリーさんと並んで、湖に映る月を眺めます。春の匂いがふわりとただよってきて、見下ろした森の中には桜色がちらほらみえました。
どうしたんだろうと思って、ちらりとパチュリーさんに視線をむける。彼女は手すりをぎゅっと掴みながら、なにかに耐えるようにじっと前をむいています。
そうして、小さなつぶやきを震えるくちびるから絞りだしました。
「……ごめんなさい、私、あなたを騙していたの」
「……へ?」
びっくりして呆然と眺めていると、パチュリーさんの頬がみるみる赤くなっていきました。その顔を隠すように伏せながら、彼女はそっと自分の手首に指をはわせます。
――キン。
指先から青白い魔力がほとばしり、甲高い音をたてて小さな蛇が飛び出してきます。蛇は背後の掃き出し窓をするりと抜け、廊下を一目散に飛んでいきました。きっとそちらにぬえさんがいるのでしょう。
そうして視線を元に戻すと、そこにいるのはいつものパチュリーさんなのでした。
ちんまりした身体をふわふわのワンピースで包みこみ、肩にかけたケープを春の風に揺らしている。
眉のあたりでぱっつんに切りそろえた長髪は、まるで生まれてから一度も切ったことがないかのよう。
眠たげなジト眼は、まるで世の中のすべてに不満があるかのよう。
わたしが見慣れたパチュリーさんが、いまにも『アグニシャイン』が吹き出そうなほど赤い頬を、両手で隠そうとしながら立っています。
「ごめん、阿求。私なのよ、あなたが踊っていた相手は……」
「え……嘘……?」
思わずわたしは、ぽかんと口を開けてしまいます。
けれどそんな風に驚いたのは、もちろん目の前のひとがパチュリーさんだったからではありません。
――まさか、わたしだって気がついていたなんて。
今パチュリーさんが阿求と呼んだ、そのことにわたしは驚いたのでした。
もしかして、咲夜さんが教えていたのでしょうか? あの瀟洒な咲夜さんがそんな興ざめなことをするなんて、思いもしませんでしたけれど。
それとも自分の力でわたしだって気づいたのでしょうか? わたしが耳の形でこのひとがパチュリーさんだって確信したように。
そう思って呆然としていると、彼女はますます小さくなって云いました。
「黙っていて悪かったわ……。でも今日あなたに伝えた言葉は、全部本当の気持ちなの。あなたがしどけなくソファで横たわっているのをみたとき、綺麗だって思ったのは本当よ。ううん、それは見た目がってことじゃない。阿求がそういう女らしいふくよかな身体に憧れてることとか、そのドレスを着て着飾ってることとか、そういう全部が綺麗だって思って……」
「――待って! 待ってくださいっ!」
慌ててパチュリーさんの台詞をさえぎって、わたしも手首の子蛇を外します。首を掴んで乱暴に外すと、刺さった牙がちくりと痛い。けれどそんなことは少しも気になりませんでした。
だって今、パチュリーさんはわたしに誠実な言葉を伝えようとしてくれている。
それがわかっていて、どうして自分をたばかったままでいられることでしょう。
蛇が離れた瞬間、立ちくらみのような感覚を覚えて、気がつけば身体が縮んでいます。
見慣れた視界、履き慣れた草履。視線を下ろせばいつもの通り、寒椿の小袖に蜜柑色の打掛を合わせたわたしです。小さくて脆くて細くて弱い、お人形みたいな身体です。
少しだけ悲しくなってしまったけれど、そんな気持ちを振り払いながら駆けよって、ぎゅっとパチュリーさんの両手を掴みます。
「ごめんなさい! わたしのほうこそごめんなさい! わたしも、あなたがパチュリーさんだってわかってて、ずっと知らん顔してたんです!」
「……へ?」
「だってパチュリーさん、普段から考えられないくらい素直だったから……」
上目遣いでみつめると、パチュリーさんもぽかんと口を開けています。
結局わたしたちは、お互い相手が誰だかわかっていて、けれどふたりともそれに気づかず、お互いに相手を騙しているつもりですれ違っていた。
――そういうことだったのでしょう。
やがて気を取り直したパチュリーさんが、ふるふるとくちびるを震わせます。怒るのかな、それともまた恥ずかしがるのかなと思ったら、意外にもくすくすと笑いだしました。
眼を糸のように細めて。白い歯をこぼしながら。
――ああ、やっぱり可愛い。
あのひとの笑顔も可愛かったけれど、やっぱり素のパチュリーさんのほうが断然可愛いらしい。
思わずにへらと笑ってしまうと、おでこにでこぴんが降ってくる。
「いたっ! なにするんですかっ」
「うるさい、私を騙していた罰よ」
「えー、パチュリーさんだって同じことしてたくせに」
「私はいいの、魔女だから」
「意味がわかりません」
相変わらず理不尽でわがままな魔女さんを、頬を膨らませてにらみつけてやりました。
けれどそんな怒った顔なんて、二秒くらいしかもたなくて。思わずぷっと吹きだすと、パチュリーさんもまた笑いだしました。
そうしてくすくすと、顔を見あわせながら笑い合う。
見上げた彼女の背後の夜空で、春の星座が光っていた。
――『咲夜殺す』と、パチュリーさんは三回云いました。
夜の湖は黒い淵。漆黒の絨毯のような水面を、ボートがちゃぷちゃぷと進みます。たわむれに手を差しこんでみると、水はまだ少しだけ冷たい。その冷たさが、火照った身体にひどく心地がいいのです。
水面に映る月が綺麗だと、わたしは云いました。
だったら取りにいきましょうと、パチュリーさんが答えました。
それで今、わたしたちは霧の湖にボートを遊ばせて浮いています。
口の端にのぼる話題は、当然今日の仮面舞踏会のことばかり。
パチュリーさんがわたしの正体を知っていたのは、さとりさまから聞いたからだそうでした。そう云えばさとりさまも、『みつかるといいわね』なんて意味深なことを云っていたなと思いだしました。きっとさとりさまもさとりさまなりに、わたしとパチュリーさんのことを気に掛けていたのでしょう。ルール違反ではあるけれど、結果として上手くいったので文句を云おうなんて思えません。
「――咲夜は殺すけれどね」
オールをこぎながら、パチュリーさんは四回目の犯行予告を口にします。
「やめてください、わたしが頼んだんですよ。殺すならわたしを殺してからにしてください」
「……ふんっ」
どこか闇のむこうでぱちゃりと魚が跳ねる音がします。夜のとばりのむこうでヒョーヒョーとトラツグミが鳴く声がします。夜は色んなものを隠しながら深閑と更けていて、けれどこんな夜だからこそみえるものがあるのだと思うんです。
「あのー、全部わたしだってわかって云っていたんですよね、パチュリーさん?」
「そうよ、最初にそう云ったじゃない……」
「うふふ、綺麗だとか? 体調が心配だとか? リードしてあげるとか? 一緒に踊れてよかったとか?」
「……っ! そうよ、悪かったわねっ! そんなに私をいじめて楽しいの!?」
パチュリーさんは涙すら浮かべながら顔を赤くして、わたしはそんな彼女の手を握る。
ちゃぷんとオールが水面に落ちて、ボートは水面を漂っていくだけになる。
「違うんです、嬉しいんです。わたしにそう云ってくれたことが……今それを教えてくれたことが……泣きたくなるくらい嬉しいです」
「阿求……」
「ふふ、わたしね、ずっと嫉妬していたんですよ。パチュリーさんが、どこかの知らないひとにああいうことを云ってるんだって思って……」
「ああ、そうか。あなたからはそう見えたのね……」
「はい……」
小さくて少し冷たいパチュリーさんの手を、ぎゅっと胸に抱えます。そうしていると思わず本当に涙がでてきてしまって、押さえきれずにこぼれた滴がぽろりと頬をつたって流れていきました。
すいと滑っていった船が、ふと湖に浮かぶ月の中に入ります。
暗い水面にすっぱりと引かれた月の影の境界線。そこを越えて踏みわけ入ると、周囲がまばゆいばかりの月光に包まれます。
――理性は、そんなことありえないって告げている。
湖に映った月の中に、本当に入れるなんてありえないって告げている。
けれど幻想郷の満月です。仮面舞踏会の夜なんです。
そんな選ばれた一夜に魔女さんとボートに乗っているのなら、きっとどんなことが起きても不思議じゃないはずです。
「阿求」
パチュリーさんが、わたしの手を掴んで引きよせる。
「あっ……」
思わず漏らしてしまった小さな戸惑いを投げ捨てて、引かれるままに顔を埋めると、頬に返ってくるのは柔らかい胸の感触です。
さっき踊りながら抱きついたときとはまるで違う。
どこもかしこも柔らかくて。
態度は冷たいのに暖かくて。
そうして抱きついていれば、もっともっと暖かくなってくる。
そんなパチュリーさんが、降り注ぐ月光のように頭の上から言葉を降らせます。
「好きよ、阿求――愛してる」
ふわっ、としゃっくりのような声がでる。
もう何年も待ち焦がれた言葉だったのに、いざ云われてみたらどう反応していいかわからなくて。どうしたらいいのかわからなくて。
わたしはぎゅっと強く抱きついて、震えるくちびるから言葉を紡ぎます。
「わたしで……わたしでいいんですか?」
「あなたがいいの、阿求」
「でもわたし……すぐ死んじゃうかもしれませんよ」
ああ、そんなことが云いたかったわけじゃないのに。
そんな自分の価値を貶めるような言葉、云いたかったわけじゃないのに。
結局わたしも臆病者です。パチュリーさんのことを責められない。
臆病者で恥ずかしがり屋で頑固者でいじっぱり。
好きなら好きと自分で云えば良かったのに、こうして云ってもらえるまで待っていたのですから。
「寿命なんて関係ないわ。だって私が好きな稗田阿求は、この世にあなたひとりしかいないんだもの」
「パチュリーさん……」
涙にかすれた声でささやくと、胸に埋めた顔をくいと上にむけられる。後頭部にあてられた暖かな手、顎に添えられたたおやかな指先。じっとわたしの眼をみつめながら、パチュリーさんは少し怖い顔をして云いました。
「まだ、返事を聞かせてもらってないわ、阿求」
「へんじ……?」
「私のことを、どう思っているの?」
みるみるうちに真っ赤になっていく彼女の頬。
きっと同じくらい赤くなっているわたしの顔。
暖かな体温。春の風。水の匂い。丸い月。
そんなすべてを五感で感じながら、幻想郷の夜を全身で感じながら、懸命に口を開いて云いました。
「大好きです……わたしも、あなたのことが好き」
そっと瞳を閉じると、やがてくちびるの上に柔らかい感触が降ってくる。
はじめてのくちづけは、少しだけワインの味がした。
(了)
そしてあきゅパチュ、純愛過ぎてもうね、文句なし
細かな描写や雰囲気も素敵。恋に積極的な阿求は、応援したくなりますね。
なんて不思議、なんて奇怪。まさに幻想の郷。
前回がさっぱり和風仕立てなら、今回はデカダンの香りも高い洋風仕立てでしょうか?
ドレス描写とか変身後の二人とか愛があふれまくってて素敵です。
ワイン味のあきゅパチュ、どうもご馳走様でした。
以下余談。
・アリスにもスッパ適性があったとは(違
・ダンディ咲夜さんの脳内CVは井上和彦あたりで一つ。あと魔理沙イケメンだよ魔理沙。
・てるよそれでいいのかてるよ。疎まれるのが望みってのもずいぶん贅沢な話だなおい。
でも別れの時が辛そうだな
パチュリーは人との死別したこと無さそうだし阿求は寿命短いし
倫理的にどうかとか、飲んだ者の苦悩を考えたことがあるのかとかいわれると、答えられないですが。
妹紅は慧音はてゐは鈴仙はどんな格好してるのかな? 想像が尽きません
読んでみて、新しいCPが構築されましたw
今回も、とても素敵でした。ありがとうございます。
なんというか青臭いのか打算的でないというか。
良い作品でした
主たる二人がそれに呑まれずに書かれているのが素晴らしい。
変装後のキャラはどれもあぁなるほどと思わされました。
>そう、この仮面舞踏会は、きっと仮面をつけて踊る舞踏会ではないのです。
>仮面を外して踊る、舞踏会なのです。
この文になんとも言えぬ感動を覚えました。
作者様に感謝。