トントントン…豚肉の生姜焼きが出来ました。
「やめなさい!!」
意気揚々と幻想入りの準備をしていたわたくしに向けて、八雲紫氏は大層ご立腹な様子で声を掛けました。
いや、怒っているというよりはわたくしの心配をしてくださっているのかもしれません。
「やめなさい、とはどういう事でしょう?」
わたくしは、これからの楽しい幻想郷ライフに思いを馳せながらウキウキと手作りのお弁当を作っていたところでしたので、その手を少しばかり休めて八雲紫氏に問いかけました。
彼女は、非常に真剣な眼差しでわたくしに“警告”してくださいました。
「あなた、自分が何をしようとしているか分かっているの!?幻想入り、しかも作者自身が…そんなの自殺行為にも程があるわよ。この文章を投稿して一刻もしてみなさい。評価欄は罵詈雑言、あなたの心はあっと言う間にボロ雑巾のようになってしまうわよ」
なるほど、わたしくの行おうとしている事が愚行であると。幻想郷の管理人、八雲紫氏はわたくしめの事を心配して忠告してくださったのでしょう。
しかし、わたしくはそんな珍しく純粋な親切をしてくれた彼女に対してこういうのです。
「じゃかしぃわあああああああああ!俺が何を書こうと俺の勝手だろうがああああああ!」
わたくしはヒステリックにそう叫ぶと、出来たばかりのお弁当にサランラップをかけ(パイナップルの缶詰を使いましたので、汁が溢れると厄介なので御座います)リュックサックに詰めると、八雲紫氏を突き飛ばして幻想郷へ旅立ちました。
「…人がせっかく忠告してあげてるのに…。好きにするがいいわ」
彼女が静かな言葉をわたくしの背中に浴びせましたが、それを無視してわたくしは初めての“幻想入り”をしたのでございます。
◇ ◇ ◇
まあ、八雲紫氏に大口と暴言をぶん投げたものの、結局のところはわたくし、幻想郷に行く方法がてんで分かりません。
そこで、彼女になんの躊躇いもなく土下座をすると「どうかわたくしめを幻想郷へ連れて行ってくださいませ」といって泣きながら彼女に頼んだわけでございます。
彼女は、それはもうゲリラ豪雨の中に捨てられた子犬を見るような哀れみの瞳でわたくしを見下ろし、少し考えてからわたくしを“すきま”で幻想郷へ送ってくださったわけです。
みなさん、すきまに飲み込まれた経験はおありですか?わたくしは初めてでございました。
あれは言うなればジェットコースターに安全バーも何もなしに乗るような、紐なしバンジーのような…そのような重力任せの移動法でして。
数分間の自由落下の後に、少しだけ速度が落ちて、わたくしめはすきまから飛び出ると地面にしたたかに顔を打ち付けました。
残念な事に、わたくしのジーンズは失禁によって汚れており、顔面は鼻血で汚れて瞳からは涙がポロリ。まるで、わたくしが思い描いていたカッコいい幻想入りとは違うものとなってしまいました。
しかし、こんな所でくじけていてはSSに出来ません。わたくしはやおら立ち上がると、ハンケチで顔面と股間の汚れをぬぐい去って周りを見渡しました。
そこは森の中を通る街道のように見えます。一瞬「魔法の森かな?」と思いましたが、それほどに人間が迷いそうな様子もない、平凡な森ですので違うでしょう。
わたくしは、周りを慎重に見渡しながら脳内では算段を立てておりました。
こういった時にまず、主人公と一番最初に会うのは今後のストーリーに置いても重要な役どころになるキャラ。――まぁもしくは一発キャラでしょう。
わたくしの希望としては、人間友好度が高く尚且つ今後の生活において強力なバックアップが得られそうな上白沢慧音女史あたり、もしくはオーソドックスに博麗霊夢さん辺りとの遭遇を心待ちにしておりました。
ところが、でございます。
待てども待てども、誰一人として人妖の一匹も現れないではないですか。わたくしは数時間をただ棒立ちのままに過ごしたのでございます。
「…マジかよ…」
わたくしは、あまりの現実に思わず心の声が漏れてしまいました。そういえば、ゲームでもないんだから自分から動かなければ、人と会う事もなければイベントも起きないのだった、とわたくしは遅まきに気づいたのでございます。
「…マジかよ…」
わたくしは、もう一度だけ心の声を外に漏らすと、仕方無しに道を歩き始めました。太陽はちょうど、お空の真上に見えますので、ちょうど正午くらいでございましょうか。こういうことになるのならば、腕時計の一つや二つを身につければ良かったと思う次第であります。
まあ、そういう事で正確な時間は分かりかねますが、おおよそ数時間程度でございましょうか。私はロクに舗装もされていないクソ道路をひたすらに歩いていました。
太陽も少し沈みかけて、おそらくは夕方くらいになった頃でありましょうか。わたくしの腹が“ぐぅ”と音を立てて空腹を訴えてきたのであります。
「…お腹すいたな」
早めではありますが、わたくしは夕飯を取る事に致しました。用意してきた手作りのお弁当を広げ、地べたに腰を降ろして腹を満たし始めたのでございます。
さて、こういった時に現れてくれるといいのがルーミアちゃん、チルノちゃんあたりのわたくしでも逃げ切れそうな軽量級な妖怪なのです。もしくは、親切に白玉楼まで連れて行ってくれそうな魂魄妖夢さん、人間が迷っていたら家に泊めてくれそうなアリス・マーガトロイド女史なども候補にあがりますね。
「…」
ところが、この時もわたくしの思惑とは別に人妖の誰一人としてわたくしの前に姿を現してはくれなんだです。
わたくしは一人でお弁当を平らげると、一回大きな伸びをして腰に手をあてました。瞳に浮かんだ涙はおそらくは、あくびのせいでありましょう。あくびのせいでありましょう。
「紫さん…」
わたくしは、幻想入りをする前に親切に声をかけてくださった貴人の名を呟きました。しかし、それに応えてくれるものはいません。
ほろり。わたくしの目を一筋の水晶が伝います。
「やべぇ…マジやべぇ…」
これから夜になれば妖怪たちの時間。そして自分は寝泊りするところもなく、一体自分がどこにいるのかすら皆目見当がつかない状態。
流石にわたくしも事態が、自分の想定していた道から外れに外れていることに気づきはじめました。
私はリュックサックの中から東方求聞史紀(定価1,900+税 一迅社)を取り出しました。
これは何かと言うと、稗田阿求という方が書かれたという体の設定資料集であります。皆様も、持っている方が多いかと思われますが…
これには幻想郷の知識が色々と書かれておりまして、わたくしの苦しい現状を打破する情報が載っていないものかと、わたくしはこの本に頼る事にしたのです。
パラパラとページをめくりますと、色んな妖怪への対抗方法であるとか、人間の英雄に関する情報がそれは沢山載っております。
「でも…人間にも妖怪にも会えない時点で意味ないじゃんかよぉお…」
わたくしは東方求聞史紀を丁寧にリュックに戻すと、悔しさに歯をギリリと鳴らしながら泣き崩れました。
二、三度。ちらと顔を上げて八雲紫氏や博麗霊夢さんが泣き崩れるわたくしめを遠巻きに見ていないものかと確認しましたが、そんな事はありませんでした。
最近であれば、命蓮寺の皆様なれば誰が来てもわたくしを助けてくれるのではないか。その様に思ってお経を暫く唱えてみたりしました。しかし、結果はNOでございました。
「もう、人里のおじさんとかでいいので、誰か僕を見つけてください…」
わたくしは、ぶつぶつとその様な事を言いながら道を歩き始めました。
とにもかくにも、道がある以上はどこかに繋がるのです。それが紅魔館でも人里でも神社でも、とにかく自分以外の人間がいるところならば、わたくしめは助かるのです。
「…でも、待てよ…?」
わたくしは、そこで非常にネガティブな考えが浮かんでしまいました。
幻想入りすれば、あっさりと誰かと会えると思ってやって来たら、誰にも会えずにこうして一人で夜道を歩く羽目になっているのです。――人がいる所に着けば、それで助かるという保証がどこにあるのでしょうか?
もしかしたら紅魔館についたら門番にアッサリとくびり殺されるかもしれない。運良く中に入っても食料にされてしまうかもしれない。
人里についても、そこの人々が自分を受け入れてくれる可能性は?明治初期の山奥の文化なんて、よそ者にすごい厳しいんじゃないか?え、求聞史紀の記述?あんなもんアテになるかいボケ!
神社についたからって博麗霊夢さんがわたくしを助けてくれる保証などない。妖怪たちが宴会なんぞしてたら、人目につくまえに酒の肴にされるのでは?
「なんだこれは。どこにいっても命の保証がねぇじゃねーか!!幻想郷糞食らえ!!何が幻想郷だ!!なんでこんな地獄みたいな所に来ちまったんだ、紫フ●ッキン!誰がこんな所に来たいなんて言ったんだよぉぉおぉ!!」
わたくしは、すっかり錯乱状態になってしまいました。絶叫しながら真っ暗な道を全力疾走しました。
ところが、午後からずーっと歩きっぱなしだったものです。そして、わたくしはそんなに健脚ではありません。
足がピンとつってしまうと、わたくしは夜の道に盛大に転げ回りました。
「もういや…誰か助けて…」
わたくしは最早、誰とも会えなくていいので生きて帰らせてくれと願い始めました。
すると、なんということでしょう。
わたくしが顔を上げると、そこには八雲紫大天使女神様が降臨されているではありませんか。
「おお!紫様!わたくしめが間違っておりました。どうか、どうかこのとおりでげす。哀れなあっしを元の世界に戻しておくんなされぇぇぇ」
わたくしは額が擦り切れるのではないかというほど、懸命に土下座をして頼み込みました。
八雲紫様はニコリと笑うと、その手をわたくしの頭にポンと乗せたのです。
「しょうがないわね。でも、幻想郷に一度入ったんだから、簡単に出られるわけではないわよ」
「へ、へぇ!あっしは何をすれば良いのでしょうか」
「食料係。」
「食料調達係ならば喜んで!」
「食料係。」
「そこをなんとか!」
「食料係。」
「…」
まあ、こうしてわたくしの幻想入りのお話は終わった訳でございます。そして、この投稿ボタンを押すまでは八雲紫様にお肉にされるまでの猶予を頂いておるわけです。
今後ろに控えていらっしゃる、……このクソあm
作者と幻想入り生存者は必ずしもイコールで結ばれないのdeathね、よく分かりました。
(あらゆる意味で)ムチャシヤガッテ……
やられた。
しかし、紫様様に対する罵詈雑言はいただけない。これはなにも、私が熱狂的ユカリストだから、
というだけじゃ無いのです。百歩譲って、悪口を言うのが同じ幻想郷の登場人物なら許容もできますが、
作者様自身がそうしてしまった事に意味があり、かつ悪質だと思うのです。
まあ、作品にした時点でオリキャラ化していると言われれば、それまでなんですが。
最後に一言。
あなたが幻想入りした時点で、もうそこは幻想郷ではない。
「幻想郷に受け入れられぬものなど、あんまりない!」 そう、全てではない。
この場合ゆかりんに会えただけでも御の字よねw
うらやましい
うらやましい
内容のほうは中々目にしない切り口で、新鮮な思いで読ませていただきました。
だが真似だけはしてやらない。絶対にだ。
って言おうと思ってたら以外と面白くて悔しかったです。
思い切り笑いましたwww
どうせ内容なんて、主人公無双なんだろ! 酷評してやろう!
と思ったら、こりゃおもしろいww
いい切り口でございました。
その発想力にあやかろうと思うので、脳幹の一部頂きますね。もぐもぐ
普通に面白かった・・・
いいギャグでした
アリスは男は泊めてくれんだろw
うーん、あと無条件で助けてくれそうなのは……大ちゃんくらいかなぁ。
53氏>>
いやいや、大ちゃんだってどの作品でも礼儀正しい訳じゃないんだぜ。ひょっとしたらここの大ちゃんは……
主人公無双は大嫌いだから、これは楽しめた。やっぱり待つだけじゃ駄目だね!
こういうのはいいね
幻想入り作品への皮肉が絶妙に聞いていて、ニヤニヤしながら読みました。
大変面白いギャグ作品でした。
だけどこれよりおもしろいのはなかなか書けないっすね
幻想郷においてただの人間なんて妖怪の食料に過ぎないわけですし。
そしてここも『幸運な』ものは歓迎されない所柄のようですので、よりいっそうその風刺的な痛快さが引き立ったことと思います。
でもできれば、あなたのその素晴らしい文体で描き出される、恐れず媚びない『幸運な』幻想入りストーリーも読んでみたいものです。
落ちたのは本当にすきまでしたか?
普通こうなるよな・・・と思いました。
夜中なのに爆笑しちまったwww
勿論1つの作品に仕上げてるやつは好評価されてたけど、これが此処じゃ幻想入りが少ない理由であり、もはら当たり前となった今の厨共の発想を嘆く、感想含めそんな時代の節目のような作品だったよ