「それじゃあ、藍。あとのことはお願いね」
「は……」
そう言って紫さまは、永い永い眠りにつかれた。
~いくよるをあかしまつ~
トントントン、と包丁を走らせる。
空洞の心のままでも、慣れた仕事なら考えずとも手は動く。
紫さまが永い眠りにつかれてから、数日が経った。
起きてくるはずの人が起きない。これほど心が寂しいことはあるだろうか。
あらかた料理を作り終えたところで、はたと気付いた。
「……いけない。また二人分作っちゃった」
未だにこういうことが多々ある。心の整理はついたはずなのに……。
食事も、洗濯も、一人分、欠けている。
楽だ。
だけど、その楽さが……怖い。今までの全てが崩れていくような気がして……。
沈んでいく思考を払うため、ふるふる、と頭を振った。
「よし」
すく、と立ち上がり、紫さまが眠られる部屋に向かう。
「……失礼します」
襖を開けると、むわ、と異質な匂いが漂ってきた。
思わず顔をしかめる。
「いけないいけない。換気しなきゃ」
いそいそと奥へ進み、窓を開ける。暗い部屋に明かりが満ちた。
「紫さま……朝ですよ」
応える声は、ない。
わかっていたことだ。それでも胸を締め付けられる。
そ、と紫さまの隣に正座し、その顔を見る。
その顔は、白く、美しかった。
その顔は、まるで眠るように安らかだった。
「紫さま……」
「すー……すー……」
というか、寝ていた。
いわゆる冬眠である。
規則正しく上下する紫さまの双丘に手を置く。手のひらに感じる胸の鼓動は、確かに紫さまの生を伝えていた。
「紫さま、お体を拭きますよ」
妖怪だって、老廃物は排出される。
日々、肉を喰らい、水を流し込むのだ。当然のことである。
水を張った洗面器とタオルを持ってきて、布団を剥がし、紫さまの衣服を脱がす。
白い柔肌が露出される。同時に。脳を溶かすような、きつく、甘い体臭が鼻を刺激する。
「う……」
透き通るような白い肌、流れるような金の髪、幼さを残したあどけない寝顔……。その全てが私を狂わす。
眠っていて尚、国を傾けた妖狐である自分を狂わす紫さま。その妖艶さは、やはり、計り知れない。
顔、首、肩、腕、腋、腹、脚、タオルが黒ずんだら、一度水につけて洗い、丁寧に丁寧に、時間をかけて拭いていく。
大体のところが吹き終わったら、次は細かいところだ。
耳の裏をタオルの先で細かく拭く。しっとりと手のひらに吸い付く乳房を持ち上げ、溜まった汗を拭き取る。手の指、足の指の一本一本を、慈しむように洗う。
紫さまのお体をキレイにして、新しい衣服を着せる。
「さて、次は……」
歯を磨かなくてはいけない。口内の雑菌の繁殖力は、体の比ではない。
水分を喉に詰まらせてはいけないので、紫さまの体を後ろから抱え込み、歯を磨く。
しゃこしゃこと小気味良い音が聞こえてくる一方、力を入れていない紫さまの口からは、だらだらと唾液が垂れ流しになり、私の右手を汚す。下に文々。新聞を敷いておいてよかった。
歯を磨き終えて、右手と歯ブラシを洗う。もちろん、紫さまの口も濯がねばならない。しかし、眠っている紫さまが自分で口を濯がれることはない。
「紫さま……失礼します」
思った以上に甘い声を出した自分に、少し驚いた。
く、と口に水を含み、紫さまの唇と、自分の唇を合わせる。
ふにゅり、とやわらかく返してくる感触に、意識を手放しそうになる。が、すんでのところでそれを繋ぎとめる。
口の中の水を、紫さまに流し込み、吸う。流し込み、吸う。それを何度か繰り返した。
傍から見たら恋人同士と思われる行為を終え、後始末をする。
「紫さま。次は運動をしますよ」
紫さまは一冬の間、眠っている。その間、何もしていないと、床ずれが起こってしまうのだ。それを防ぐために、私は数日に一度、紫さまを動かしている。
――私が、紫さまを、動かしている――
「ふ、ふふふ。ふふふふふ……」
少し暴走している自分の思考に、はっと気付く。
「いけないいけない……」
紫さまの上半身を起こし、自分の胸に寄りかからせる。
赤子のように、全体重を預ける紫さま。当然だ。意識がないのだから。
掴んだ肩は、少女のように小さく、見える首は、白く細い。手首なんか、ちょっとした拍子で折れてしまいそうなほどだ。
背徳的な征服感が心を満たす。
自然と口から、甘く、熱い吐息が漏れた。
「はぁ……ねえ、紫さま……?」
応えない、人形のような主に向かい、話しかける。
「私は今、あなたのことをくびり殺すことだってできるんですよ? ちょっとこの手に力を入れれば、ころっと……」
首に宛がった手に、ほんの少しだけ力を込める。
私の手は、紫さまの白い首に、きゅっと沈んでいった。
紫さまからは、何の反応もない。
「……なんてね」
ふ、と込めていた力を抜く。
「ふふふ、冗談ですよ。怖かったですか? ねえ、紫さま? ねえ? ……ねえ? …………」
応えない紫さまに、何度も聞く。
「ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえ!!」
紫さまの肩を、ガクガクを揺さぶる。
それでも紫さまは応えない。
「は、ははは……。ははははははははは!!」
壊れたように笑う――いや、もう壊れているのかもしれない。
「ははは、はは……は」
だらり、と力を抜く。
「寂しいよぉ……紫さまぁ……」
ぽろぽろと涙が床に落ちる。
紫さまの体を、きゅっと抱き、情けなくて、恥ずかしい言葉をあふれるままに垂れ流す。
「紫さまぁ……藍は一人じゃ嫌ですよぉ……起きて? ねえ、紫さま? 起きてくださいよぉ! 紫さまぁ……」
紫さまは、それでも起きなかった。
「ふぁあ~。んぅー……良く寝たわ。おはよ、藍」
春が来て、紫さまはお目覚めになられた。
「おはようございます。紫さま」
「私が寝ている間、変わりはなかったかしら?」
主の問いに、はっきりと答える。
「ええ、何事もありませんでした。今日も幻想郷は平和ですよ」
「そう、良かったわ」
幾夜を明かし待つ。
その夜は、賢狐さえも狂わせる。
終わり
「なんだか雲行きが怪しくなって来たんじゃね?」と感じつつ更に読み進めて
「おいおい、これじゃ『幾夜を垢始末』だろうがっ、ギャグかよ」と憤慨しながらも、
どうやって落ちをつけるのか、内心ワクワクしながら最後まで読んでみたら、
しばらくポカーン状態になってしまいました。
くぅ、なんという一人相撲、これほど先の読めなかったお話は初めてだ……
最初紫様が永眠なされたかと思って……そしたら久々に靴下ネタかと思って……
しかし予想を遥かに超えた…何だろう? たまにはこんな藍様もアリかな。
いつも食べ物の描写がアレだから歯磨きのゆすいだ味を事細かに描写するのかとおもって内心ドキドキしてたり。だって前回からアレなんですもの。
最後に命を掛けて一言言わせてください。オムツの交かn(検閲削除
代わりに拙者がゆかりんの体を清めましょうぞ
ネクロファンタジアならぬネクロフィリアだぜ
もっと開けろゆからんの花!!
いつのまにやら式の方に愛情が……
そしてゆかりんはだんだんぞんざいに扱われるようになり……
なんてこたぁ、ありませんよね?
短めなのになかなか先の読めない話で、とても面白かったです。他の方のコメントで気づきましたが、タイトルも秀逸ですね。
ジャンルが定まらない、これがいわゆるシリアルってやつですか。
どうでもいいことですが、携帯で見てたから「ねえねえ(ry」でびっしり埋まってビビりましたww
頼むから私と代わってくれ……
ヤンデレに紫様はまかせておけない。
もっと流行ればいいと思います。
>4
橙にはまだ早かったようですね……。
>コチドリさん
誰が上手いこと言えと!w
>ぺ・四潤さん
こんばんぺー!
そ、その手があったか……っ! くう、なぜもっと早く言ってくれないのです(無茶
>13
いえいえわたくしめに任せてもらいましょうか。
>14
もはや介護ですね。
>15
し、死んでません!
>19
近い描写はあったのですが、さすがに削りました。
怒られちゃう!
>20
あ、一応現在の話のつもりでした。
わかりづらかったですね。
>26
こんばんはづきー!
実は、タイトルは直前まで決まってませんでした。
滑り込みセーフー!
>29
らんゆかの世界へようこそ。
>勿忘草さん
私が控えておりますのでご安心ください。
この藍は絶対何回か理性手放してるよ一線越えちゃってるよ;ww
>日々、肉を喰らい、水を流し込むのだ。当然のことである。
とんでもない描写がこのあとに続きそうな気がしてちょっとドキドキしましたw
ろ、「老廃物」「水」という単語の連続にミスリードさせられたんやろか?
それとも自分が汚れているのかェ……orz
なんてったって、傾国の美女ですからね!
少しくらい狂っててもおかしくないはず(謎理論)
>KASAさん
さすがにこれ以上の描写はまずいと思って、自重しましたw