やわらかな日が差す、花畑。
花々が咲き誇る、妖精たちと私の楽園。
「なぁ、前から気になってたんだけどさ」
そんな場所に、寝っ転がっている一人の人間。
視線上の太陽が眩しいのだろうか。トレードマークの帽子を目の辺りまで下げながら。
「私ら人間の名前を付けるのは、親だ。で、お前ら妖怪には、親なんていない奴も多いだろ?
一体、誰が名前を付けるんだ? やっぱり、香霖みたいに自分で名乗ったのか?」
黒白魔女が、私に問うた。
「私には名付け親がちゃあんと居たわよ」
「マジか。って事は、お前にも親みたいなのが居たって事か。
……子供の時のお前なんて、想像できない、したくないぜ」
舌を出しながら、うげー、なんて言っている黒白。失礼な奴だ。
「それもちょっと違うかしらね」
「ああ? どういう事だ?」
「言った所で、貴女には分からないでしょうし」
「馬鹿にしやがって! おーしーえーろーよー!!」
黒白が駄々をこね始めた。今日は珍しく大人しいと思ったら、これだ。
「分かった! 分かったから。暴れないの。花が散るでしょ」
「へへ。そう来なくちゃな」
ムクリと起きだし、目を輝かせる黒白。全く、もう。これだから、こいつは憎みきれない。
溜息を漏らしながら、私は視線を動かす。
その先にあったのは、妖精と、花。
それらが、遠い記憶を呼び醒ます。『私』が『私』と成り果てた、あの出来事。
「私の名付け親はね――――」
◆ ◆ ◆
「あはは、いいにおい!」
「きれーい!!」
私は、明るい花畑で楽しそうにはしゃぎまわる妖精たちに囲まれていた。
満ち足りた気分で、ただ、笑っていた。
「おねーちゃん、このおはな、なんていうの?」
花畑に数居る妖精の中でも一際小さな妖精が、私を見上げ、問い掛けてきた。
花の妖精なのに花の名前を知らないなんてお笑いだが、妖精なんて皆そんなものだ。
「これはね、ベゴニアっていうのよ」
「べごにあかー。ちっちゃくてかわいいね!」
「この花はね、四季を通して……って言っても分からないか。
えっとね、暑い時でも寒い時でも、元気に咲いてる花なの」
見た目もおつむも幼い妖精に合わせるのは、大変だ。
でも、決して苦ではなかった。
「「「すごーい!!」」」
いつの間にか、私の足元に沢山の妖精が集まっていた。
私は、苦笑しながら腰を折り、妖精たちと同じ高さに目線を揃えた。
「まるで、貴方達みたいね」
そう言いながら、さっきのちび妖精の頭を撫でてやる。
すると、ちび妖精は大喜び。蜂の様な羽を広げて、私の胸に飛び込んできた。
「えへへ。おねーちゃん、だいすき!」
「あー、ずるい!」
「おねーちゃん、私もだっこー!」
「はいはい」
【私には、名前も力も無かったけれど。
花を愛で、妖精と戯れる。
そんな生活の中で、確かな幸福を得ていた】
私が妖精たちにもみくちゃにされていると、一匹の妖精がおずおずと話しかけてきた。
「あの、お姉ちゃん」
この中では身体が一番大きく、その割に気の弱い、蝶の様な羽を持った妖精だった。
「なぁに?」
「えっと、このお花……」
そう言って、のっぽ妖精が指したのは、赤い花。
「ああ、これはね……」
言いかけたその時、大声が私の言葉を遮った。
「おねーーーーーーちゃーーーーーーん!! もうおみずがないよーーーーーーーー!!」
水瓶を覗いた妖精が、もう水の貯えが無い事に気付いたらしい。
それなら、汲みに行かなければ。
「ごめんなさいね。明るいうちに、ちょっと行ってこないと」
のっぽ妖精は、少し悲しげな顔をして。
「……うん。お水がないんじゃ、お花もかわいそうだもんね。大丈夫。
でも、帰ってきたら、教えてね。約束だよ」
「ええ、約束。絶対に教えるわ」
そう言うと、のっぽ妖精は笑顔になった。
それと同時に、私に纏わりついたちび妖精たちが、抗議の声をあげる。
「えー? おねーちゃん、どっかいっちゃうのー?」
「やだー!」
いつもは可愛い妖精たちも、こうなってしまうと強敵だった。
そこに、思わぬ助け舟がやってきた。
「お姉ちゃんを困らせちゃダメだよ。ほら、あたしが遊んであげるから」
「むー……」
のっぽ妖精が、ちび妖精たちを宥めすかしている。
気が弱いくせに、一生懸命お姉ちゃんぶっちゃって。
「日が暮れるまでには帰るから。それじゃ、いい子にしてなさいね。
そうしたら、おいしいお菓子を作ってあげるから」
「「「やったーーーーーーーー!!」」」
そうして、私は花畑を離れた。
【そう、離れてしまった。遠くからこちらを窺う、複数のぎらついた眼があった事も知らずに】
すっかり重くなった水瓶を両脇に抱え、歩く。
妖精たちの笑顔を思い浮かべ、自然と頬が緩んだ。
そうして私が帰って来たのは、もう日が落ちた後だった。
その時、私が目にしたものは。
武装した男たち。千切り捨てられた、なにかの羽。そして。
……焼け野原と化した、花畑だった。
何が起きているのか、理解出来ない。
ガラン、と音をたて、水瓶が中身をぶちまけた。
その音で私に気付いたのだろうか。男たちが一斉にこちらを向いた。
「遅かったな、妖怪」
男の一人が、言った。
「お前の住処は、焼き払った。あとは、お前を始末するだけだ。
お前の花への執着っぷりを見る限り、この花畑がお前の力の源だったんだろう?」
「もう、お前に勝ち目は無いんだよ」
違う。そんなんじゃない。
私はただ、花が好きだっただけ。
あの子たちと、幸せに暮らしたかっただけ。
「ぁ、あ……ぅ」
声が、出ない。
余りの衝撃に、声の出し方を忘れてしまったのだろうか。
「はは。恐ろし過ぎて声も出ないか。妖怪も、こうなっちまうと可愛いもんだ」
「そういや、この場所は妖精がやたらと喧しかったな。あれもお前の力か?」
そう言って、男はズタボロになった何かの羽を拾いあげた。
蜂の様な羽。
それに僅かに付いているのは。
ベゴニアの、花びら。
「あのちっこいの。『おねーちゃんのべごにあ、べごにあ』とかうるさかったが、あれは呪文か何かか?」
「うるさいと言えば、あのでかめの奴もだな。
『今はあたしがお姉ちゃんだから』だとよ。お前、妖精に何を吹き込んだんだ?」
男は笑いながら羽を放り投げ、踏み付けた。
妖精は、自然の発露。その源たる花々が燃やされてしまった以上、二度と復活はできない。
「私が」
「あん?」
涙が流れる。喉がひゅーひゅーと音を鳴らす。
それでも私は、懸命に言葉を紡ぐ。
「私が、私たちが、何をしたって、いうの。ただ、静かに暮らしていた、だけなのに」
「なんだ。今更命乞いか?」
「牙を剥かれてからでは遅い。殺される前に殺すんだよ、お前みたいなバケモノはな」
「せっかく畑に良さそうな場所だったのに、こんなもん造りやがって」
私のせいか。私のせいで、花々が。皆が。
【ちび】
こんな事になるのなら。
【のっぽ】
私は、産まれながらに一輪の花であれば良かった。
【みんな】
風に揺れ、大地に咲くだけの、美しい花であれば良かった。
【畑に咲いた、花々】
だけど、それももう叶わない。ならば、せめて。
【守ってあげられなくて、ごめんね】
――――お前たちの望み通り、バケモノとなってやろう。
瞬間。私の身体は変質した。
【妖怪の核は肉体ではなく、むしろ精神。
今思えばこの私も、変わり果てた心に引き摺られる形で、肉体もまた変わり果てたのだろう】
肩口で切り揃えられていた緑の髪は、腰まで伸びて。
背中からは、妖精の様な翼が生えた。
「お、おい! なんだこりゃ!」
「大した妖怪じゃないって話だったろ、退魔師さんよ!!」
「分からん。ただ、急に変わったとしか」
私の姿を見て、男たちが慄いた。
ああ、美味い。……これが、恐怖の味か。
なんて、美味いんだ。こんな味、知りたくなんてなかったのに。
手始めに、妖精の羽を踏んでいる目の前の男を引っ掴み、千切り捨てた。
人間の体が、まるで紙の様に脆く思えた。
噴き上がる血飛沫が、体に当たって心地良い。
血飛沫を浴びて心地良いなんて。私は、何になってしまったんだ。
「ひ、ひぃ!?」
「怯むな! 戦え!」
ぐさりぐさりと、私の身体をたくさんの刀が貫いた。最早、そんなものは蚊に刺された程にも感じない。
構わず、軽く腕を振るう。それだけで、男たちは物言わぬ肉片と化した。
「さぞや、嬉しいのだろうな! 恐ろしいのだろうな! これが、お前たちの望んだ事だ! これが、お前たちの望んだ有様だ!」
血に濡れた両腕もそのままに、涙を流しながら。
昂った感情を隠さずに、私は吠えた。
「お陰で私も、このザマだ! どうだ!? お望み通りのバケモノだろう!」
「ぬぅ、妖怪風情が!」
先ほど退魔師と呼ばれた男が、私に針を投げつけた。成程、これは痛い。だけど、それだけだ。
身体に刺さったそれを引き抜き、退魔師の眉間目掛けて投げつけた。
それは見事に命中し、退魔師の男はぶっ倒れた。
「何だよアレ! 何なんだよアレはあああああ!?」
「も、もう駄目だ。逃げるしか」
逃がすものか。私は右手を突き出し。
萃めた恐怖を妖力に変え、暴力の奔流と成して、放った。
極大の閃光が、男たちを飲み込み、その影すらも消し飛ばした。
「う、あああああああ……」
肉片が散らばる焼け野原で、私は一人で泣いていた。
何も。何も残らなかった。
誰一人として、生き残らなかった。
変わり果てた私も含めて。残ったものなど、何もない。
血に酔い、恐怖を喰らうバケモノ。
私は最早、「おねーちゃん」でも「お姉ちゃん」でもなくなってしまった。
私は誰だ。誰なんだ。
そんな中、一陣の風が吹いた。
それが私に届けたのは、濃厚な血の臭いと、ほんの少しの花の香り。
驚いて、振り返る。
「あ、あぁ……」
そこにあったのは、静かに揺れる、赤い花。
のっぽに名前を教えてあげられなかった、あの花。
「これは……百日草って、いうんだよっ……」
むせ返る様な血の臭いの中、ただそれだけが。
――――幽かに、香っていた。
◆ ◆ ◆
「――花よ。私の名付け親は、花」
そう言ってやると、黒白は呆れた様な口調で言った。
「成程。さっぱり分からん」
「ほら。言った通りでしょう?」
勝ち誇った様に言ってやると、黒白は悔しそうに吐き捨てた。
「まぁ、お前らしくはあるが。とても『眠れる恐怖』なんて言われる奴の台詞とは思えんな」
「『眠れる恐怖』ねぇ。ふふふ」
黒白は、笑う私を怪訝な目で見たが、知った事か。
『眠れる恐怖』か。それはいい。
時代は変わり、今は人と妖が手を取り合うけれど。
私は風見 幽香。風に吹かれて幽かに香る、花々の代弁者。虐げられしもの達の復讐者。
もう二度と、あんな事を繰り返さないために。この場所を守ってゆくために。
――――精々、『眠れる恐怖』で在り続けるとしよう。
だから。
二度と、起こしてくれるなよ。
並んで咲いた百日草とベゴニアが、楽しげに揺れた。
いや、全く。
あなたの幅広さが妬ましい。
そいて、あのアレンジ曲は私も好きです!
名前の意味はわかったのですが、これまで名無しで居たのをこの出来事によって幽香を名乗ろうと思った心情の変化みたいな描写が無かったのでその辺が少し残念でした。
彼女みたいのを『イイオンナ』って呼ぶんだぜ、魔理沙ちゃん?
さくっと読めて、良かったです。
ゆうかりん素敵!
そんな幽香も素敵じゃないですか
ただ展開が少し急というか、全体的に軽かったなぁという印象を受けました。
もう少し濃いほうが、個人的には良かったと思います。
惜しい。凄く惜しい作品ですよ、これ。
投稿間隔を見るに、恐らくアイデアが浮かんだと同時に、パパッと書き上げてしまったんでしょう。
そこをグッと我慢して、推敲に推敲を重ねれば、この作品は名作になり得ました。
修正、お待ちしています。
しかし、虐げられて、か…。つまりそろそろレモリアが化けて出るんですねっ
もっと濃厚な方が、感情移入しやすいかなって思いました。
ゆうかりんは正義
まだ少し薄味ですが、以前よりは格段に良いかと。ヒラコー分も増量してますねw
個人的に、ベゴニアのエピソードが良かったです。
次からは、最初からこの状態で投稿して下さいね。
彼女みたいな花を『シロツメクサ』って呼ぶんだぜ、魔理沙ちゃん?
でも実際、妖怪っていうのはこんな風にして成っていくのでしょう、うん
裏モード殺戮スタイルの幽香ちゃんにはもう出番があって欲しくないね!
友達を殺されて存在ごと変質するほどの怒りを覚える幽香に美しさを感じました