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注意
当作品は
『外に出よう!』をはじめとするこいフラ散歩録シリーズというシリーズ物のお話の一つです。
一話目である『外に出よう!』を読むこと推奨。
それと、今作品は二話目である『ちょうどいい距離』との関連度が高いので、こちらを読むことも推奨。
また、他の話は時間があるときにでもどうぞ。
タグ検索で『こいフラ散歩録シリーズ』とやれば他の作品も出てくるはずです。
一応、ジェネリックの方にも何作品かあります。
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「ん? こいしじゃない、久しぶりね」
いつものように、紅い傘を差したフランと霧の湖を越えて、さてどこへ行こうか、と考えていたところで上から声をかけられた。
私は反射的に声のした方を見ていた。聞き覚えのある声だったけど、誰の声だったかは思い出せなかった。
私たちの上にいたのは、髪も服も真っ黒な一人の妖怪だった。左右非対称の赤と青の歪な羽がかなり特徴的だ。
「えっと……ぬえ、だったけ?」
確か地底で何回か姿を見て、声を掛けたり、掛けられたりしたことがあった気がする。あの頃は、だいぶ無意識に振り回されてた時期だから、はっきりとした記憶があまり残っていないのだ。
「なに? その言い方は。こいしにとって私はそんなに印象が薄い、ってこと?」
「えーっと、いや、それは、その……ごめん」
私たちの前に降り立ったぬえの言葉に、私はしどろもどろに意味のない言葉を零して、結局、謝った。それ以外、どうすればいいのかわからなかったし。
「まあ、別にいいわよ。あの時のこいしって、物凄くぼんやりしてた感じだったし。……んー、それにしても、随分と雰囲気が変わったわね」
ぬえが、私のことをまじまじと観察してくる。茶色の瞳が、私を見据える。
今まで、ちゃんと見てこなかったんだから、私もぬえを見つめ返す。
「うん、そうかもね」
そして、私はぬえの言葉に頷く。
私は、山の上で魔理沙や霊夢に会って、少し意識の外に関心が向くようになった。その意識を伴って、幻想郷中をお散歩しているうちに、私の意識はほとんど外に向くようになっていた。
昔の私を知ってるぬえからすれば、その変化は本当に大きく映るんだろう。
それに、最近では私の隣に、フランがいるようになった。フランの為に頑張ろう、っていう気持ちもまた、私を変えてくれた。
結構、変わってきてるんだなぁ、って改めて思う。
そんなことを考えていると、いつの間にか、ぬえの視線は私からフランの方へと移っていた。今までのフランなら、ここですぐに私の後ろに隠れたりしてただろう。だけど、この前の人形劇のお陰か、戸惑いを見せながらも私の後ろに隠れようとはしない。
「……こいしが変わったきっかけは、その隣の子ね! どう? 正解でしょうっ?」
別に謎掛けをしてるわけじゃないんだから、そこまで盛り上がらなくてもいいんじゃないだろうか。そう思ったけど、言わないでおいた。
「まあ、半分くらい正解」
「む、半分か。じゃあ、もう半分は霊夢や魔理沙や早苗かしら?」
「霊夢と魔理沙は合ってるけど、早苗はちょっと違うかな?」
霊夢と魔理沙たちに弾幕ごっこで負けた後、なんだか妙にぼろぼろな状態の早苗には会ったけど。あれの影響は、受けてないと思う。そんなに興味は引かれなかったし。
「ふーん、そう。まあ、こいしが変わったきっかけなんて何でもいいわ」
そう言って、ぬえは、フランの方へと向く。
「私は封獣 ぬえ。貴女は?」
「あ、えっと、私はフランドール・スカーレット」
もう既にフランは、当たり前のように自己紹介が出来るようになっている。最初の頃のフランと比べると、何だか感慨深いものを感じる。
「フランドール……、フランね、よろしく」
「うんっ、よろしく」
フランが笑顔を浮かべて、そう返した。
「おーどーろーけー」
突然、どこからともなく気の抜けるようなそんな声が聞こえてきた。驚いて欲しいんだろうけど、全く驚けない。
けど、フランはその声に驚いたようでびくぅっ、と身体と羽を震わせる。ぬえはぬえで呆れたように顔に手を当てていた。知り合い、なのかな?
声のした方に振り返ってみると空色の髪の女の子が立っていた。
手には、紫色の唐傘が握られている。かなり変わった作りの傘で、目と口が書かれていて、口の部分からは舌のようなものが垂れ下がっている。なんだか、生きているようにも見える。
青と赤の左右で色の異なる瞳で、私たち、主にフランを見ている。嬉々とした色がそこには浮かんでいる。
「ねえねえ、驚いたっ? 驚いたっ?」
何だか妙に弾んだ嬉しそうな声で、そう聞いてくる。私、じゃなくて、フランに聞いてるんだろうけど。
「う、うん……」
勢いに押されたフランが思わず、といった感じに頷く。すると、女の子の瞳が更に輝き始める。
「それほんとっ? やった! これで、人間たちを驚かせれる!」
「って、ちょっと小傘! 待ちなさい!」
ぬえの静止の声を聞かずに女の子――小傘というらしい――は里の方へと飛んで行ってしまった。
傘が邪魔になりそうなものなのに、かなり速い。もう、後ろ姿が見えなくなっている。
とりあえず、名前を知っていることから、ぬえがさっきの子と知り合いなのは間違いなさそうだ。
「……さっきのは?」
「私の同業者みたいなもの」
返ってきた答えは、溜め息交じりのものだった。
◆
さっきフランを驚かせてそのままどこかに行ってしまった子は、多々良 小傘、という化け傘らしい。ぬえが、地上に出たばかりのときに知り合ったんだって。
ちなみに、小傘は誰かを驚かすことによってお腹を満たせるらしい。さっきフランが驚いたのも、小傘のお腹の足しになったんだとか。
「ぬ~え~っ!」
そんな情けない声とともに小傘が、帰って来た。傘をほうりだして、ぬえに泣きつく。
「誰も驚いてくれなかった~」
「当たり前よ。さっきのが特別だったのよ」
かなり呆れてれるような口調で返す。こういうことに慣れてるのか、ぬえは落ち着いてる様子だ。
と、視線の端で何かが動いているのが見えた。なんだろ、と思って視線を向けてみると、小傘の傘が自立していた。
あの傘、動くんだ。あの目や口は作り物じゃない、ということなんだろうか。
「あ……」
フランもそれに気付いたようで、小さく声を漏らす。ちらり、とフランの方を見てみると、視線は自立する紫色の傘へと釘付け。
私も並んで傘を眺めていると、傘が私たちの視線に気付いた。一本足でぴょんぴょんと跳ねながら、私たちの方へと近づいてくる。一切音が立たないのは、傘が軽いからなのか、それとも跳ね方が上手だからなのか。
そうやって、近づいてきた傘は私たちの方へとお辞儀をしてきた。
私も思わず、お辞儀をし返してしまう。そのときに、フランの傘の影も揺れてるのが見えたから、フランもお辞儀をしたんだと思う。
「あっ! たたらんがお辞儀してる! ということは、あなたたちはいい人たちだねっ!」
さっきまでの様子はどこへやら、ぬえから離れて、かなり元気な様子で、私たちの方へと駆け寄ってくる。そして、傘を拾い上げると笑顔で私たちの前に立つ。
「私は、多々良 小傘~。それで、こっちが私の片割れの、たたらん~。よろしくね」
少し間延びをしたような口調での自己紹介だった。
というか、小傘は私たちのことを初対面の人として扱ってるみたいだ。さっき、私たちを驚かせようとしてたことを覚えてないのかな?
驚かせる対象、っていうふうに見てて、私たちの姿を全く意識してなかったのかも。
まあ、いいや。そんなことが向こうが挨拶をしてくれたのに、こっちが挨拶を返さない理由にはならない。
「私は、古明地 こいし。よろしくね」
「私は、フランドール・スカーレット。よろしく」
重なった私たちの声に、小傘が首を傾げてしまう。たぶん、聞き取れなかったんだと思う。
こんな所で重ならなくても、と思うと同時に、なんだか可笑しくて、小さく笑い声が漏れてしまう。
それは、フランも同じようで、隣から鈴の鳴るような小さな笑い声が聞こえてくる。
「ど、どうしたの?」
小傘の声は、とても困惑したようなものだった。まあ、当たり前だよね。突然、目の前で大した理由もなく笑い出されたりしたら。
「ご、ごめん」
謝って、息を吸う。フランも同じように胸に手を当てて小さく息を吸っている。
それだけで、落ち着けた。
んー、なんだってあんなことで笑い出したりしたんだろ。無意識を操ることが出来ても、わかんないことはたくさんある。
でも、なんとなく気持ちのいい笑いだった。フランを近くに感じられるようなそんな笑い。
「もう一回、言うね。私は、古明地 こいし。それで、こっちが」
「フランドール・スカーレット」
とりあえず、自己紹介をやり直した。いつものように、私が最初でフランが後に続く。
「えっと、こいしに、フランドールだね」
先ほどまでの困惑を残しながらも、私たちの名前を反芻する。うん、今度はちゃんと届いたようだ。
「おー、よしよし、自己紹介は終わったみたいね」
私たちの自己紹介の終わりを見計らって、ぬえが話しかけてくる。なんだろ。
「ねえ、こいし。ちょーっと、手伝って欲しいことがあるんだけど、いいかしら?」
何かを企んでいるかのように、にやにやとした笑みを浮かべている。私とフランは、ぬえの表情を見て、一緒に身を引かせてしまう。
「あー、そんなに、身構えなくても大丈夫よ。悪いことをしてもらう、ってわけじゃないから。ま、話を聞くだけ聞いてみなさいな」
そう言うと、私たちが頷くのも待たずに話し始めてしまった。
あー、何をやらされるんだろ。
◆
ぬえを先頭にして人里を進んでいく。四人が四人揃って目立つ容姿をしてるから、周りの人たちからは、だいぶ注目されてる。
ただ、ぬえや小傘が堂々としてるお陰か、前に来たときよりは、人の視線は気にならなかった。まあ、たくさんの人の前で人形劇をしたことも関係してるんだろうけど。
「あっ! こいしお姉ちゃんに、フランお姉ちゃんに、ぬえお姉ちゃんだ! あと、変なお姉ちゃんも!」
突然、一人の女の子が私たちの方へと駆け寄ってきた。満面の笑顔と共に、背中まで伸ばした黒髪を揺らしている。
というか、変なお姉ちゃん? 今の状況からして、該当するのは一人くらいしかいないけど……。
「えっ! もしかして、変な、って私のことっ?」
本人も気付いたようで、紫色の傘を揺らしながら女の子へと詰め寄る。
「うん、そうだよ~。面白い声の掛け方をしてくるなー、って」
女の子が笑顔でそう言い切った。曇り気の一切ない笑顔だから、言葉に偽りもからかいもないんだと思う。
女の子の言葉を聞き、笑顔を見た小傘が、その場で崩れ落ちる。「面白くなんかないもん……」、とか言っていじけて、地面を指で弄っている。どう声を掛けたらいいんだろ。
「ねえねえ、こいしお姉ちゃんたちは、また何かお話とかしてくれないの?」
小傘への興味はなくなったようで、今度は私たちの方へと話題を振ってくる。あのまま放置された小傘を不憫と思うべきなのか、これ以上の追い討ちがなくてよかった、と思うべきなのか……。
とにかく、子供、っていうのは、こういう所が残酷だと思う。素直過ぎるのも考えものだねぇ。
まあ、それはそれとして。
「えっと、ごめん。そういうつもりはないんだ」
「フランお姉ちゃんも?」
「うん……」
私もフランも申し訳なさを声に滲ませて言葉を返す。期待されるのは嫌じゃないけど、慣れない私たちにとっては、重石になる。
「そっか。残念。お姉ちゃんたちのお話、好きだったのになぁ」
女の子が感情のこもった声を漏らす。そんな反応をされると、何だか悪いことをしたような気がして、居心地が悪くなる。
思わず、フランと顔を見合わせてしまう。困ったような、そんな表情を浮かべている。たぶん、私も同じような表情を浮かべてる。
「お姉ちゃんたち、仲良しさんなんだね~。さっき、顔を向けるのが同じ瞬間だったよ」
女の子が可笑しそうに笑い出す。その様子に呆気に取られてしまう。きっと、傍から見れば、間抜けな表情を浮かべてることだろう。
「あっ、また、同じ顔してる! ほんとのほんとに仲良しさんなんだねっ!」
女の子が笑いながらそう言う。箸が転がっても可笑しいお年頃、とかいうけど、あれっていつ頃までなんだろ、と半ば現実逃避してしまう。というか、現実に置いてけぼりにされてる。
え、えーっと、どうすればいいんだろ。
私もフランも立ち尽くすことしか出来ない。だって、こんな反応をされることなんて、今までなかったし。
「ほら、もう、鈴はいつまで笑ってるつもりよ」
そんな私たちを助けてくれたのはぬえだった。
「だ、だって、なんでか、よくわかんないけど、おかしいんだもん」
そろそろ息が切れてきたらしく、声が途切れ途切れになってきていた。けど、ぬえが声をかけたことによって、少しは笑いの衝動が落ち着いたらしい。笑うのをやめて、息を整えている。
「鈴はすぐに笑うのをどうにかした方がいいと思うわ」
「むぅ、そんなこと言ったって、私にはどうしようもないもん。勝手に笑っちゃうんだから」
鈴、というらしい女の子が頬を膨らませる。といっても、本気でぬえの言うことに不満を持っているわけではないみたいだけど。
「まあ、それよりも。私の新しい話の評判はどうかしら?」
ぬえが、何か悪巧みをしてるみたいな笑みを浮かべる。鈴も頬を膨らすのをやめて、ぬえと同じような笑みを返す。
「ふっふっふ~、皆、面白いくらいに怖がってくれてるよ~。ぬえお姉ちゃんの考えたお話も、私の喋り方もすごい、ってことだねっ」
「ふふふ、そう。それは、皆から話を聞くのが楽しみね」
ぬえの表情は何となくだけど、おやつを楽しみにしてる子供みたいな感じだった。
そういえば、ぬえは人間が恐怖している姿を見るのが楽しい、とか言っていた気がする。ということは、ぬえの考えたお話、っていうのは怖い話のことなんだろうなぁ。
「あっ! 私、そろそろ行くねっ。皆と遊ぶ約束してるから。ばいばいっ、お姉ちゃんたち!」
鈴はそのまま駆け出していってしまった。元気だなぁ。
「なんだか、こいしは地上に出てから、いろいろとやってるみたいね」
「うん、ぬえもね」
地底にいた頃のぬえは、いつもつまらなさそうにしていた。けど、久しぶりに会ったぬえはそうでない。瞳が楽しそうに輝いている。
私ほどではないけど、ぬえも地上に出て変わったようだ。
「さってと、里の人間たちを驚かせに行きましょうか。……って、小傘はいつまでそうやってるつもりよ」
「だって~、だって~」
そう言いながらまだ地面を指でほじくっていた。私たちが話してた間ずっとやってたみたいで、第一間接の辺りまで指が土の中に入っている。
「あーっ、もうっ! 今から驚かせて見返してやればいいでしょうっ? うじうじしてる暇があるなら、さっさと立つ! それから、絶対に驚かせてやる!、っていう気概を持ちなさい!」
「う、うんっ」
ぬえの叱咤に小傘が、すっくと立ち上がる。
おー、今のぬえの姿はカッコよかった。ちょっと、見惚れてしまう。
「さあ! 立ったなら行くわよ! 人間たちを驚かせに!」
「うんっ! 頑張るぞー!」
そのまま、テンションが最高潮まで上がってしまったらしい。二人は、駆け出してしまう。当然、二人のテンションについて行っていない私たちは、置いてけぼりにされてしまう。
でも、嫌な気分にはならなくて、微笑ましい、といった感情が浮かんでくる。
「行こうか、フラン」
「うん」
フランの声の中に、私と同じような感情を感じた。
◆
さて、張り切りに張り切っている二人をマイペースに追いかけてやってきたのは、里の中央にある広場、前に私たちが人形劇をした場所だ。誰かが見世物をしているわけでもないから、今は通行人しかいない。
「二人とも遅いわよ!」
「二人とも、早くっ早くっ!」
ぬえと小傘が私たちを急かす。小傘は傘を持っていない。
二人とも、だいぶやる気になってるみたいだ。周りからも、だいぶ注目を集めている。
フランと一度、顔を見合わせてから、最後の距離を走って詰める。でも、そんなに速くはない。小傘はそうでもないみたいだけど、フランは傘を差したまま走るのにあまり慣れていないのだ。
「お待たせ」
最後の一歩をちょっとだけ大きく踏み出して、二人の前に立つ。何の合図もしてないのに、フランも合わせてくれた。
「よしっ、じゃあ、私の言ったとおりに頼むわよ」
「うん、わかった」
足元には既に小傘の傘が置かれている。
私が頼まれたのは、小傘の傘の持ち主が小傘だと思われないようにすること。この傘を見たときに、無意識に誰のものでもない、と思わせるのだ。
そうして、小傘のものでない、と思われたこの傘に誰かが近づいてきたときに、突然開いてその人を驚かすのだ。
誰のものでもない、と思わせることは簡単に出来る。それは、私を誰からも認識されないようにするのと同じようなことだから。
この特徴的な傘を見て小傘を連想させないようにするのだ。
とまあ、こんなことをつらつらと考えてたけど、実際には、ぬえに頷き返した時点で準備は終わっている。私の力は地味なのだ。見ただけじゃあ普通はわかんないから。
「これでもうこの傘は、小傘のものだとは思われなくなったよ」
「本当に? 私はちゃんと小傘の傘だってわかるわよ?」
「うん、私も私も」
ぬえが疑うようにそう言う。小傘はそれに追従するように頷いた。
「二人とも、傘の方に意識が向いてたからね。私の力は、意識が逸れてる、っていうのが前提として必要だから」
だから、道行く人たちが私たちの会話を聞いて、あの傘が小傘のものだと再認識してしまえば、私の力は容易く霧散してしまう。私の力は、結構弱いのだ。といっても、力が働いてることを認識してるのが私だけならかなり強固なものだけど。
「ふーん。まあ、上手くやってる、っていうんならそれでいいわ。どっか適当な家の屋根の上にでも行って観察してましょ」
「うん、そうだね。ふっふっふー、何人が驚いてくれるかなー」
楽しそうな様子で二人が飛び立つ。
私は、というと、何となく罪悪感めいたものが。小傘のためとはいえ、こんなことをしてもいいんだろうか、と思ってしまう。
「こいし、どうしたの?」
二人についていこうとしない私を、フランが怪訝そうに見る。
「んー、ちょっとね。こんなことしていいのかな、って」
「でも、小傘の為を思って引き受けたんでしょ?」
「うん、まあね」
フランも私の思いは分かってくれてるみたいだ。それに、ここの人たちはこれくらいの悪戯なら笑って許してくれるような気がする。
それにも関わらず、罪悪感を感じてしまうのは、
「でも、こういうことをすることってないから、ちょっと腰が引けちゃってるんだと思うんだ。フランはどうなの?」
「私は何もしてないけど、楽しい、って思ってる。こういうことをする機会なんて、全然なかったから」
フランが小さく笑みを浮かべる。……うーむ、今まで表に出す機会がなかっただけで意外と悪戯好きなのかな、と勘繰ってしまう。
それよりも、楽しい、か。確かに、悪戯をするなら楽しまないと損なような気がする。ま、今だけは他人への配慮なんて捨ててみようか。
「そっか。うん、私も楽しんでみるよ」
そう言いながら、フランの手を取る。それから、ぬえたちを追いかけて飛び立った。
◆
「わくわくわく」
小傘が瞳を輝かせながら、地面に置かれた傘を見つめている。身体全体から、期待が溢れ出ているみたいだ。というか、口で「わくわく」だなんて言っている人を初めて見た。
ちなみに、私たち今、近くにあった建物の屋根の上にいる。何かのお店っぽい。ちら、と中を見たとき、古い家具がたくさん置いてあったから、古物店か何かだと思う。
フランの傘がどうしても目立ってしまうから、私の力を使って地上から気にならないようにしている。当たり前、だと思ってしまえば注目が集まることはない。
それよりも、こんな所に来るなんてことがないから、少し気分が高揚してくる。
さっき、フランの言葉を聞いて入れ替えた気分と相まって、なんだか楽しくなってくる。
「あっ! ぐむっ……」
傘へと近づく人が現れて、小傘が大きな声を漏らす。咄嗟にぬえが小傘の口を押さえた。かなり手際がいい。たぶん、小傘が大きい声を出すことを予測してたんだと思う。
傘に近づいたのは、さっき会った鈴と同じくらいの歳の男の子だった。目つきが少々鋭い。
「むーっ! むーっ!」
隣から小傘が呻いてるのが聞こえてくる。苦しいわけではないと思う。鼻は押さえてないみたいだし。
「……こらっ、小傘。静かにしなさいっ!」
ぬえが声を抑えて、小傘をそう叱る。それと同時に、小傘が静かになる。
二人のそんなやり取りに思わず苦笑が漏れてしまう。
二人がそんなことをしている間に、男の子が傘を拾い上げる。瞳には興味深そうな色が浮かんでいる。
そして、そんな無防備な姿をさらしている所で、小傘の傘が誰に触れられることもなく開閉を始めた。
「―――うわっ!」
距離があるせいで小さかったけど、驚きの声が聞こえてきた。
上手くいった、そう思ったけど、
「―――はははっ、面白いな、お前!」
次の瞬間には、男の子は可笑しそうに笑っていた。うーむ、あれだと駄目だったみたいだ。
「むぅ~、食事を出されて、二、三口食べた後、すぐに片付けられたみたいな感じがする~」
小傘が不満そうにそんなふうに言う。変わった喩えだと思ったけど、人の驚きが食事になるんだから当たり前か。
「―――変な傘だけど、家に置いといたら面白そうだな」
あ、男の子が傘を持って帰ろうとしている。
「ダメーっ! たたらんを連れてったらダメーっ!」
誰よりも早く動いたのが小傘だった。叫ぶような声をあげながら、男の子の方へと真っ直ぐに飛んでいく。
残された私たちも、小傘の後に続くように男の子の方へと飛ぶ。
男の子は、小傘の声に身体を震わせ、小傘の姿を見て、ぎょっとしていた。たぶん、さっきよりもだいぶ驚いてる。
「こ、小傘姉ちゃん? あ。そ、そういえば、この傘は小傘姉ちゃんのものだったな。ほら、返すよ」
動揺を見せながら男の子が小傘へと傘を返す。
小傘が心の底から自分の所有物だと宣言したから、私の力が掻き消されてしまっていた。
「そう、たたらんは私の物! あと、変って言うなっ!」
男の子の手から、ひったくるようにして傘を受け取る。あんな扱い方して大丈夫なのかな?
「い、いや、悪かったって」
小傘の様子に圧倒されて、男の子があとずさってしまう。驚かせるときに、あの迫力を出せれば簡単に驚かせるんじゃないかなぁ。
「ほら、小傘。落ち着きなさい、って」
ぬえが後ろから小傘の両肩を押さえる。
「むっす~」
ぬえに宥められて、男の子へと突っかかるのはやめたようだ。でも、抑え切れない感情もあるようで、不満そうな表情を浮かべている。
当たり前だろうけど、小傘にとって、あの傘は相当に大切な物なようだ。自分自身が変、って言われてたときは、落ち込むだけだった。けど、あの傘が変、って言われたときはあんなにも本気で怒っているのだから。
「……というか、なんでもっと驚いてくれないの~?」
傘の話題じゃなくなった途端に、情けない声になる。そんな小傘の様子に、私は思わず苦笑を浮かべてしまう。
「いや、なんで、って言われても。驚かし方が悪かったんじゃないか?」
驚かされたはずの男の子は、かなり冷静だ。私の思ったとおり、驚かされたことに関しては気にしてないみたいだ。
「がーんっ!」
小傘がその場に崩れ落ちる。半分くらいは、私の力が関与していた驚かせ方だったけど、私は特に落ち込んだりはしない。驚かれようが、驚かれまいが私にはほとんど関係がないからねぇ。
「……うぅっ。なんで、なんでこうも上手くいかないの……っ」
ぬえも男の子も呆れたように小傘を見ている。ぬえの前だけじゃなくて、里の中でも見慣れた姿なのかな? 男の子の反応を見ているとそんな気がする。
おや? 男の子の後ろ、私の視線の先に、さっき別れた女の子、鈴がいる。友達と遊ぶんじゃなかったんだろうか。
にやにや、と何かを企むような表情を浮かべてこっちに近づいてくる。私の視線に気付いたのか、口の前に人差し指を立てる。何をするつもりなんだろ。
「ん?」
男の子も、私の視線に気付いたみたいで、後ろへと振り向く。そのときには、鈴も男の子の間近まで迫ってきていて、
「わっ」
「うわっ」
近すぎる顔に、お互いが驚いて距離を取る。
「びっ、くりしたなぁ、もぅ。いきなり振り向かないでよ」
鈴が胸を押さえながらそう言う。驚いた、という割には何となく余裕のようなものを感じる。
「お前こそ、後ろから近寄ってくるなっ!」
それに対して男の子の方は顔を赤くしながら、半分くらい叫ぶように言う。
「まあまあ、怒らない、怒らない」
男の子のそんな反応が面白いのか、鈴はけらけら、と笑いながら宥める。
「まあ、そんなことより、小傘お姉ちゃん! お話は聞かせてもらったよ!」
鈴が一歩踏み出して、小傘の前に立つ。
落ち込んでいた小傘は、顔を上げて鈴の顔を見る。ただ、その視線は非常に力ない。
「小傘お姉ちゃん、この私が驚かせ方を伝授してあげるよ!」
鈴が胸を張ってそう言う。なんだか、とっても自信に満ち溢れたような態度だ。どっから湧いてきてるんだろ。
「し、師匠っ!」
小傘が勢いよく立ち上がる。そして、鈴の手を取る。明らかに小傘の瞳には、鈴に対する尊敬が浮かんでいた。
私たちは置いてけぼりをくってしまう。えー、何この展開。
「ふっふっふー、私の手にかかれば、小傘も一人前にみんなを驚かせれるようになるよー」
あ、小傘のこと、呼び捨てにしてる。
◆
鈴を先頭にして私たちは子供たちが集まっている場所までつれてこられた。
そこは里の中心から離れた場所にあって、民家の姿が目立つ広場だ。里の中心の広場とは違って、所々に草が生えていて、手入れをされている場所ではない、ということが分かる。けど、遊ぶのにそんなことは関係ないみたいで、たくさんの子供たちが、おいかけっこをしたりして遊んでいる。
広場の中心から離れた場所には、大きな木が何本か生えていて、その下に座っている子も何人かいる。
目的地についてから気付いたけど、私とフランはついていく必要なんてなかったんじゃないだろうか。まあ、でも、どうなるか、っていうのも気になるし、別にいいか。
そう思いながら、私たちは、中心から離れた場所にある草地に座る。フランが私のすぐ隣に座っていて、ぬえは少し離れている。
ここからだと、広場の全体の様子を見ることが出来る。
私の視線の先では、小傘と鈴と何故か男の子が一緒になって驚かす相手を探している。
あの二人、仲が良いのかな? 小傘に驚かせ方を教えてるときも、あの二人は一緒だったし。
ちなみに、男の子の名前は勇作、というらしい。ここに来る途中に教えてもらった。
「ねえ、ぬえ。すっかり師匠役を取られちゃったみたいだけど、いいの?」
何となく、そんなことを聞いてみる。
「いいわよ、別に。私の専門は驚かせることじゃなくて、怖がらせることだから」
全く未練のなさそうな声だった。どうやら、ぬえは小傘の助けをしてあげるためだけに一緒にいる、っていうわけでもなさそうだ。
「そんなことよりも、あの二人、随分と仲が良さそうね」
ぬえは小傘の師匠役を取られたことよりも、気になることがあるようだ。
「うん、そうだね」
小傘たちの様子が気になるから、ぬえの方は見ないで頷いた。
私が頷くのにあわせて、フランも頷くのがわかった。近いから、身体が微かに揺れるのもわかるのだ。
「もしかしたら、恋心でも抱いてるのかもしれないわね」
悪戯を考えているときとは違った種類の、にやにやとしたような声だった。ぬえ、ってそう言う話が好きなんだろうか。
あ、小傘たちが驚かせる対象を見つけたみたいだ。一人で木陰に座っている女の子の背後へと回って、忍び足で近づいて行っている。
「どうなんだろうね」
物理的にも、精神的にも距離が近い、っていうのは分かるけど、それが恋心なのかどうかまでは分からない。
「……面白くない答えねぇ。フランはどう思う?」
「えっと、……わかんない」
フランが首を振る。小傘たちの方を見ていて、実際にフランが首を振るのを見たわけじゃないけど、そう思う。傘の影が揺れていたし、何より私の脳裏には、首を振るフランの姿が思い浮かんでいたから。
「はあ……。わかった、直接聞いてくるわ」
ぬえが、溜め息を吐きながら立ち上がる。そして、小傘たちの方へと向けて歩いていってしまう。
どんな答えを期待してたかはわかるけど、無理に相手に考えを合わせよう、とは思わない。そして、フランはたぶん、自分の思ったことを素直に言っただけ。
「ぬえ、ってああいう話、好きなのかな」
赤と青の羽を楽しげに揺らしながら、離れていくぬえを見ながらそう思う。
その向こう側では、小傘が女の子の耳元へと顔を近づけていた。距離があるせいで、ここからではわかりにくいけど、たぶん、耳元に息を吹きかけたんだと思う。鈴が小傘に、そう驚かせたらいい、って教えてたのを横で聞いてたから。
女の子が飛び上がるようにして驚く。そんな様子を見て、小傘は喜びに顔を輝かせて、鈴と勇作は笑っている。どうやら、満足のいく驚き方だったようだ。
それから、小傘と鈴がお互いの手を叩く。驚かした子は、自体が飲み込めない、といったふうに三人を見ている。
驚かされた子がちょっと不憫だ。
「たぶん、そうなんじゃないかな。……それを、種にしてからかうのが、みたいだけど」
また、別の驚かせる対象を探している三人の所へとついたぬえが、何かを言ったらしい。鈴が顔を赤くして、視線をあちこちへと彷徨わせ、勇作も顔を赤くして、焦ったように何事かを言っている。
そして、隣でそれを聞いてた小傘は、というと、二人に釣られたように顔を赤く染めていた。ああいう話に慣れてないのかな?
まあ、小傘のことはいいとして、フランの言葉どおり、ぬえは今の二人の様子を見て楽しんでるみたいだ。羽の揺れ方が、機嫌のいいときのフランみたい。
少々動揺してるらしい二人へと、ぬえが詰め寄る。ここからだと見えないけど、たぶん、かなり意地の悪そうな笑みを浮かべてる。
あ、勇作が逃げ出した。こっちに向かって走ってくる。
ぬえは一瞬だけこっちの方に視線を向けて勇作を見たけど、すぐさま鈴の方へと視線を戻した。ゆっくりと逃げ出そうとしていた鈴が、蛇に睨まれた蛙みたいに動きを止める。
ぬえが、鈴へと顔を近づける。鈴が耳まで赤くする。
それから少しして、鈴は小さく頷いた。
うーむ、見ているこちらまで、少し気恥ずかしくなってくる。ちょっと前にあったことを、思い出してしまうから。
「こいし姉ちゃんに、フラン姉ちゃん」
勇作が私たちの前で立ち止まる。顔は走った以外の理由で赤くなっているままだ。
「その、……さっきの、オレたちのやり取り、見てたのか?」
「うん、見てたよ」
顔を俯かせ気味にそう聞いてきたから、私は頷き返す。
それから、勇作は黙ってしまう。私たちの前から立ち去ろうともしないで立ったままだ。
何か、言いたいことでもあるのかな? ちょっと、待ってみよう。
「……その、鈴は、どんな反応をしてたんだ?」
「勇作と似たような反応をしてたよ」
「そ、そうか……。オレは、家の手伝いがあるから、帰るなっ。じゃ、じゃあな、こいし姉ちゃんに、フラン姉ちゃん!」
私の返事を聞くなり勇作は、逃げるように駆け出してしまった。家に、向かったのかな? それとも、別の場所かな?
……まあ、詮索する必要なんてないから、これ以上は考えない。
私じゃあ、二人の仲介役なんて出来そうにないし。
「……」
ん? フランが勇作の背中をじっと見詰めてる。
「フラン、どうしたの?」
「うん。ああやって、自分の気持ちを伝えられないのって、勿体ない気がするから」
フランは、そういうふうに考えるんだ。だからこそ、フランは真っ直ぐなのかも。
「まあ、確かにそうかもね。今度、勇作にそのことを言ってみたら? 後押しになるかもしれないよ?」
「うん、そうしてみる」
フランが頷く。フランの真っ直ぐさに影響されて、勇作も素直になるかもしれない。なんとなくだけど、そんなふうに思う。
「こいしお姉ちゃん、とフランお姉ちゃん!」
今度は鈴が私たちの方に駆け寄ってきた。私たちには人を惹き付ける何かがあるんだろうか。それとも、単にぬえの傍にいたくないだけ?
離れた所で驚かす相手を探してるだろうぬえと小傘を見ながら、少し悩む。
「……ねえ、お姉ちゃんたちに聞いてみたいことが、あるんだけど、いい、かな?」
鈴が顔を赤らめて、俯きながら聞いてくる。そこに、勇作の姿が重なる。
「いいけど、なんで、ぬえたちじゃなくて、私たちに?」
「だって、ぬえお姉ちゃんが意地悪なんだもん」
頬を膨らませて、怒ったような声で言う。さっきまでの、恥ずかしそうにしていた様子はなくなってしまっている。
「そうなんだ」
ぬえの傍にいるのが嫌だから私たちの所に来た、っていうことか。人をからかうのもほどほどに、ってことだねぇ。
「それで、聞きたいこと、っていうのは?」
私の言葉に鈴が再び頬を染める。けど、今度は俯かなかった。
「妖怪も、恋をしたりするのかな、って」
それから、恥ずかしそうにして、目線をそらしてしまう。
「うん、するよ」
ちょっと前に、フランがこあに妙な薬を飲まされて、私に恋心を抱いたことを思い出しながら頷く。あれも今では、いい思い出……なのかなぁ。
とりあえず、あの日以来、こあの出すものに、警戒するようにはなった。
「でも、何でそんなこと聞くの?」
質問の意図が掴めない。私たち妖怪が恋をするかどうかが、鈴にどんな影響を与えるんだろうか。
「いい機会だから、誰か相談する相手が欲しかったんだ」
そういうことか。私は、鈴の言葉に納得する。
で、私たちを選んだのは、他に頼めそうな人がいなかったからなのかな?
友達に相談するのは恥ずかしいだろうし、ぬえに相談すればからかわられるだけのような気がするし、小傘はさっきの反応を見る限りでは相談相手としては、不十分そうだった。
でも、私たちも私たちでそんなに役立てそうな気がしないんだけど。そもそも、何を相談されるのかさえもわからない。
「ねえ、お姉ちゃんたち、って恋したことあるの?」
その質問に思わず私はフランと顔を見合わせてしまう。当然、思い出すのはあのときのこと。
果たしてあれは、純粋に恋、と呼んでいいのやら。恋には違いないだろうけど、何かが違う気がする。
「お姉ちゃんたち、どうしたの?」
鈴が首を傾げている。まあ、質問をしたのに返事もせず、質問者を無視して顔を見合わせてたら当たり前か。
「いやいや、何でもないよ」
そう言いながら、私たちは鈴の方へと向き直る。言うか言わないかは、フランに任せることにした。
「まあ、で、質問の答えだけど、私は、恋をしたことはないよ」
さて、フランはどうするんだろうか。
「『私』は、あるよ」
あ……。
私は、フランの一人称の響きが、いつもと少しだけ違っていることに気付いた。たぶん、これに気付けるのは、『フラン』の傍にいた私と、その声を発するフラン自身。あとは、心の読めるお姉ちゃんだけ、かな。
「えっ! そうなのっ? どんな人に恋してたのっ?」
わ、すごい食い付きようだ。
鈴がフランへと詰め寄る。けど、珍しくフランに、怯えた様子も、おどおどした様子もない。
まあ、それよりも気になるのは、フランがどう答えるのか、ってこと。正直に答えたときの鈴の反応が、ちょっと怖い。
「『私』のわがままを嫌な顔しないで聞いてくれたり、『私』の話をちゃんと聞いてくれたり、とっても優しい人」
『フラン』の残滓がどこかにあるかのように、どこかうっとりとした口調で語る。どうやら、ぼやかして話すつもりのようだ。
……ぬぁ。でも、かなり恥ずかしい。誰のことを話してるのかがわかってるから。
かといって、ここでフランを止めると、鈴に怪しまれるしなぁ。
「それに、手を握るのも、頭を撫でるのも、上手で『私』はすごく、安心できた。……キスは、ちょっと苦手だったみたいだけど」
そう言って、微笑を浮かべる。『フラン』が戻ってきたんじゃないだろうか、と錯覚してしまう。本当にそうだとしたら、私はどうやって受け入れるべきなんだろうか。
「ほへぇ……」
鈴が感心してるんだか、呆けてるんだかよく分からない声を漏らす。それと、顔の赤さが羞恥以外のもので彩られている。
「フランお姉ちゃん、ほんとにその人のことが好きなんだねぇ……。んん? もしかして、フランお姉ちゃん、今もその人に恋してるの?」
「ううん。とある事情で、その人にとって『私』の恋は迷惑だったみたいだから、身を引いたんだ」
静かな、静かな口調。フランの声は綺麗だから、あまり聞かないような口調で話されると、私は思わず聞き惚れてしまう。
「あ……、そうなんだ。……でも、悲しそうじゃないんだね」
「うん。だって、『私』が伝えたいことは全部伝えられたから。それに、『別れる』時に私は泣いちゃったんだけど、その人は言ってくれたんだ。『泣くな、とは言わないけどさ。笑顔の方が良いと思うよ』、って」
あう……。恥ずかしすぎて顔が上げられない。
けど、今、フランがどんな表情を浮かべているのかが分かってしまう。晴れ渡った空のような笑顔。それを浮かべてるはずだ。
「鈴、後悔したくなかったら、自分の気持ちは、ちゃんと伝えた方がいいよ」
「うん……、わかったっ。お話と、助言、ありがとね、フランお姉ちゃん。早速行ってくる!」
「ううん、どういたしまして。それと、頑張ってっ」
誰かが駆け出す音が聞こえてくる。隣にフランの気配はあるし、さっきの会話からして鈴が走り出したんだろう。
……鈴には、フランと似た所があるのかもしれない。なんとなく、そう思った。
「あ! こ、こいしっ、どうしたのっ?」
フランが慌てたように顔を俯かせた私に話しかけてくる。ずっと、鈴に話を聞かせるのに集中してたようで私の変化には気付かなかったようだ。あと、鈴も。
私は、自分の顔が赤くなってるだろうことを自覚しながらも顔を上げる。
「いや、まあ……」
どう言えばいいんだろ。
「あ……、もしかして、あのことを話されるの、嫌だった?」
フランが暗い表情を浮かべて顔を俯かせてしまう。
「あー、いやいや、そうじゃないんだけど。……ちょっと、恥ずかしくてね」
気にしなくても大丈夫、という意味を込めてフランに笑いかける。それだけで、フランはほっとしたような表情を浮かべてくれる。
そのことが、私のことを信頼してくれてるみたいでちょっぴり嬉しい。
「それにしても、私の言ったことをよく覚えてたね」
正直な所、私自身はっきりと覚えてないから、合ってるかどうかもわからない。けど、フランの話し方から、何の根拠もなく合ってるんだろうなぁ、と思えてしまう。
「うん、『私』が私の心の中に残していったんだ。あの日のことを、細部まで全部ね」
大切な物のことを話すような口調でそう言う。いつもとは違った雰囲気を纏うフランに、私はしばし見惚れてしまう。
「そーなんだ」
私としてはかなり複雑な心境。あのときのことは、思い出したくないわけじゃないけど、やっぱり恥ずかしい。あの日は、色々とあったから。
「……『フラン』が戻ってきた、っていうわけじゃないんだよね」
一応、確認の為に聞いてみる。きっと、フランも私のちょっとした呼び方の違いに気付いてくれるはず。
「うん。だから、今の私は誰にも恋してないよ」
「そっか」
一安心、なのかな? 『フラン』の泣き笑いの表情を思い出してしまって、素直に安心が出来ない。
……まあ、でも未練は、なかったんだよね。だったら、私が考えすぎるだけ無意味か。
「でも、一緒にいて、護ってあげたい、っていう人ならいるよ」
優しい声でフランがそう言う。なんとなく、むず痒い。たぶん、その誰か、が誰なのかわかるような気がしたから。
「あ、奇遇だね。それなら、私にもいるよ」
今すぐ、手の届く場所にね。
「そうなんだ。誰なのか、聞かせてもらってもいい?」
「当然。あ、でも、私もフランも誰を護ってあげたい、って思ってるのか聞いてみたいな」
「うん、いいよ」
私の言葉にフランは笑顔で頷いてくれる。
どっちから言うか、なんていうのは決めなくてもいいか。それぞれが言いたいときに言えばいい。
という訳で、
「フランだよ」
「こいしだよっ」
まるで予定調和であるかのように私たちの声は重なった。
そして、たったそれだけのことがなんだか可笑しくて、私たちはいつまでも小さく笑い続けていた。
Fin
この距離感が好きです。
和三盆が口いっぱいに...
二人の距離の概算は今どれくらいなんでしょうね。気になります。
それと読点に関してですが、非常に読みやすくなっていました。
フランが自分から挨拶しようとしたぞー!ていうかシンクロ率たけぇすな。懐かしい言葉で言うならツーカーとかニコ一ねv
恋人でもあったんですねw