「あなたは何故飛べるのですか?」
私は、幻想郷縁起のための調査の終わりに博麗霊夢に質問したことがある。
彼女の答えはこうだった。
そりゃまた微妙な質問ねえ、と前置きしてしばらく考えた後、彼女は答えた。
「多分、色んなものから自由だからよ」
家で集めた資料を纏めながら、私はぼんやりと考えた。
自由。
私は、生まれたときから幻想郷縁起を記さねばならない使命に縛られている。
そのため、寿命が非常に短くて、その短い人生も転生の準備のために縛られている
それに比べて、この巫女は……。
私の知らないものを見て、私の知らない人と出会って、私が出来ないことをやって。
くそっ、なんで私がこんな目に合わないといけないのだ!
筆を投げつける、畳に墨のあとが付く。硯を引っくり返す、真っ白な紙に墨汁が染み込んでいく。
硯を思い切り蹴っ飛ばす、足に思い切り墨がちって、床や壁にも飛び散った。
色んなところに広がった黒の芸術を見ながら、私はぼんやりと思う。
ここから逃げ出したいな、と。
旅に出るのだ。どこか遠くへ行こう。
この村の近くは駄目だ。私は自分で言うのも何だが有名人なのだ。
大体の人が私の生まれた理由、「使命」を知っている。
だから、私が何処かへ逃げ出すならば全力で引き止められるだろう。
ならば、逃げ出すならば深夜か早朝。その闇にまぎれて全力でどこかへ向かうのだ。
目的は特にないが、こうなったら今のうちに決めておこう。
ただ逃げるだけでは芸が無い、というより途中でくじけそうだ。
何か良い目的……そうだ。
私のこの短い人生、どうしても私の生きた跡が欲しい。
だから、自分のことを覚えてくれる誰かを探そう。それがいい。
恋人、なんて洒落たものでなくて良い。
「幻想郷縁起を書いた稗田阿求」なんて知識めいた覚えられ方でなく、
私の思い、私の願いを面白おかしく語ってくれるような誰かを探すたびに出よう。
空の色を見る。少しずつ夕方の赤い空が闇に染まっていく所だ。
思い立ったが吉日という諺もあることだし、今夜ここを旅立とう。
私は、必要最低限の物を詰めた手提げを用意した。
水を入れるための竹筒。そして、遭難したときなどいざと言うときに遺書を記すための紙と筆と墨。
これは遺書にしよう遺書にしようなんて思いを込めると、なんとなく取り返しの付かない感じがする。
だけど、どうせ旅に出た後は帰ってこないつもりなのだからそんな心構えが良いでしょう。
そんなことを思いつつ、私はその「遺書」一式を手提げの中に詰めた。
薄暗い闇に紛れて歩き出す。
明かりの無い道は少し不安ではあったが、能力によって道は確かに覚えていた。
記憶を頼りに、一歩一歩足を進めていく。
まず最初の目的地は無名の丘だ。あの辺りには誰も近寄らない。
だから、あそこから先に行けば誰にも見つからないだろう。
歩き続けて数十分後、無名の丘へとたどり着いた。
普段全く運動という物をしない上に、生まれつきの体力のなさもあって非常に疲れた。
私は、近くにあった大きな木の根元に座り込んだ。
明日は、ついに私の知らない世界が広がっていく。そんな小さな希望を胸に木陰で眠りに着いた。
夢を見た。
どこか暗い中に居る、私は何かを待っている。
急に押し出される感覚、体を捻り潰される様な感じ。
それが続いて、そして急に楽になった。
光が、音が、世界が私の目を通り、脳の中へと飛び込んできた。
私は、大声で泣いていた。体の中へと空気を取り込むため。
そうだ、これは私の最初の記憶。
生まれたときの記憶だ。
目が覚めると、朝日が私の顔を照らしていた。
少しだけ目に涙が溜まっていたのだろう、目を開いた拍子に雫が一滴手のひらに落ちた。
何で、こんな時にあんな夢を見たのだろう。私の心の中に残った一縷の罪悪感のせいだろうか。
生まれたときは、色んな人が祝福してくれて、そして、みんな私に期待を懸けてくれて……。もうやめよう。
私は、立ち上がって歩き出した。
この無名の丘までは来たことがある。問題はこれからだ。
ここを超えれば、私のまだ見たことの無い世界が広がっている。
そう思うと、私の歩みは自然と速くなっていた。
沢山の鈴蘭を踏みつけて、私は歩き続けた。
不意に、遠くに鈴蘭が途切れた場所が見えた。
私は、そこをめがけて一目散に走り出した。
息を切らして、転びそうになりながら走った。
そして、目の前に広がっていたのは……
断崖絶壁だった。視界の下に、大きな森が広がっていた。
その先にも、ずっと広がっていた。
遂に私は私の知らない世界を見ることには成功したが、飛べない私にはここから先へと進むことはできないと気付いた。
私は、ため息を付きながらその場に寝転んだ。
これが神様の力なのだろうか、だとすれば結局私にはどうしようもないではないか。
どうしようか、折角だから遺書の一つでも書いて飛び降りてみようか。
しかし、なんとなくそれももったいない気がする。
私は、暫く考えて一つの答えを出した。
遺書の為に持ってきた紙を広げると、そこに私の今までの人生を書き出す事にした。
生まれたときのこと、子供の時の事、そして、昨日からの旅。
私の半生が詰った紙を、丁寧に折りたたんで紙飛行機にした。
これならば、誰かが拾って、私の事を覚えてくれるに違いない!
私は、立ち上がると精一杯の反抗の祈りを込めて、その紙飛行機を投げた。
一瞬風に舞い上げられて上を向いて、すぐにひらひらと落ちて行った。
私は、その紙飛行機が見えなくなるまで目で追っていた。
あの飛行機が、私の思いが誰かに届きますように。
曲を聴きながら読むともっと良い!!
やだ、泣きそう。
もっともっと、大きなお話にしてみて欲しいな、と思うのは贅沢かな?
聴いてみますね。
私、こういう青臭いの(褒め言葉)大好きなんです。
大人になってから思い出して、白目を剥いて悶絶するあっきゅんが容易に想像できますね。
そして、色んなものから自由すぎる霊夢に、逆に哀しみを覚えるのでしょう。
確かポップンで一番最初に覚えた曲だ……なにか懐かしい。
吹っ切れた阿求は、また心機一転、後世に伝わる面白い幻想郷縁起を書いてくれることでしょう