私が目を覚ましたとき、私の見る世界は一変していた。
風景が変わったわけではなくて、見る視線が変わっていた。
ふと自分の体を見てみると、羽毛が全身を覆っているのが分かる。
また、足は短く、腕は無く、代わりに翼がそこにはあった。
喋ろうとすると、それは人の言葉ではなく、鳥の鳴き声が聞こえてくる。
第三の目も存在すらしていなかった。
そう、私、古明地こいしはことりになったのだった。
うっすらと開け放たれた窓からは、地底特有の生ぬるい風が部屋の中へと入ってくる。
その風に、ふわふわと、ひらひらと真っ白のシルクのカーテンがたなびく。
お気に入りのこぐまの人形が、今はとても大きく見える。
また、私がいつも寝ているベットは、今の私にとってあまりにも大きすぎる。
何もかもが大きくて、今の私には合わないものばかりだった。
そして、私は翼を羽ばたかせてみる。
自分の意志通りに動くのを確認すると、一度部屋の中を飛びまわってみる。
あまりにも小さいその翼とは裏腹に、強い力で自由に飛びまわれる事に私は驚く。
その感覚が心地よくてたまらなかった。
私はそのまま、少し開いた窓の間から、大空を求めて飛び出した。
大きな地霊殿を抜けると、地獄街道が見えてくる。
朝方にも関わらず、鬼達が騒ぎ立て、店の前の提灯はまだ明かりが灯っている。
店の中からは大きな笑い声が聞こえてくる。
覚としての私ではなく、ことりとして私の姿で、こうやって町を見て回れる。
とても楽しくて、嬉しかった。
誰にも気づかれずに鬼達を見るのではなく、ちゃんと気づかれる存在としてここにいられることが新鮮だったから。
生ぬるい風を切り裂くように突き進んでいく。
小さな橋を越えて、奥へ奥へと飛んでいく。
そして、地底から地上へと向かう、長い穴を昇っていく。
不気味な明かりが、線のようにして目に映る。
ふと、上のほうに小さな穴が見えてくる。
私はスピードを上げると、段々その穴が大きくなっていくのが分かった。
そして、穴を抜ける。
すると、そこには様々な色のある世界が広がっていた。
地底とは違い、暖かく眩しい、空に輝く太陽がある。
季節に応じた、様々な風がある。
太陽の光と水を貰い、大きく育った木々がある。
何度見ても素晴らしい世界だった。
私は、蒼い空を飛びまわった。
大きな山を越え、山の上に立つ神社を越える。
真っ赤な洋館を通りすぎ、大きな湖で一休み。
小さなくちばしで、少しずつ水を飲む。
こんなに水が美味しいと思ったのはこれが初めてだった。
そして、鬱蒼とした森を越え、竹林を越え…。
やがて、人里の屋根の上で羽を休めた。
一度、人間に向けて声をかける。
その鳴き声に、人間は足を止め、こちらの方を向く。
優しく微笑み、そしてまた足を進めていく。
こんなこと、ことりじゃないとできない体験だった。
覚と言うだけで人々はそれを嫌い、仲良くしようとしても相手にしてくれない。
私は、いつでも一人だったのだ。
だから、その優しい微笑みが、嬉しくてたまらなかった。
向こう側の屋根の上に、もう一羽の小鳥がいるのに気がついた。
私はそちらの方へと向かうと、小鳥は逃げる事無く、声をかけてきた。
「見ない顔ね、はじめまして。あなたはどこから来たの?」
「はじめまして。私は地底から来たの」
「地底? どういう場所なの?」
地底を知らないようなので、私は知る限りの事を話した。
「へぇ、賑やかそうでいいわね。話を聞く限りだと、大分地底について詳しいみたいだったし、長い間そっちにいたんだろうと思うけど、なんで今になってこっちに来たの?」
私は少し返事に困ったけど、素直に本当の事を話した。
「今までは妖怪だったんだけど、朝、目が覚めたらことりになっていたの。それで、今日はここまで来てみたの」
「あら、それはご苦労様ね。そんな変わった話もあるのね」
私は、動物達と会話できる事がとても楽しかった。
お姉ちゃんは心を読む事ができるから、仮の会話ができるけど、私にはできない。
だけど、心を読む事とは違い、直接こうして話すことができる。
誰にも出来ない事で、私だけができる事。
ちょっとだけ、優越感に浸っていた。
「それにしても、鳥っていいね。自由に大きな空を飛びまわって、心地よい風を感じる事ができるし。人間同士の難しい関係とか、そういうのがなさそうだしね」
私は思った事を口にする。
障害物の無い、大きな青空を自由に飛びまわる事ができる翼。
暖かい風、あるいは涼しい風を一身に感じる事ができる。
そして、妖怪と人間などのように、複雑な関係だったり、差別というものがない。
純粋に、鳥はいいなぁと思った。
「確かに、そういう点ではいいかもしれないけど、私達は空を飛びたくて飛んでいるんじゃないのよ?」
「……どういうこと?」
「私達は生きる為に空を飛んでいるの。人間のように手は無いし、足も速くない。それに、獣のように、止めを刺すようなものも無いの。私は、人間が羨ましい」
私は言葉を失った。
自分の思っていた世界と、ずっと鳥として暮らしてきた彼女の世界とはあまりにも違ったから。
気楽に、好きなようにして生きていると思っていた私は、大きな間違いを犯していたようだった。
「だから、私達は空を飛んで、捕食されないように逃げているの。足の速い鳥もいるから、皆が皆空に逃げるわけではないけど。それでも、私達は生きる為に空を飛んで、小さな虫を食べるのよ?」
「ごめんなさい。私、何にも知らないのに全部知っているかのように喋っちゃって……」
「いいのよ。だって、あなたは鳥として生きてきたんじゃないんだから」
そう言い残すと、小鳥は大空へと羽ばたいていった。
そして、私は一人になった。
様々な場所へ飛んでいっては、鳴き声を放つ。
それに反応はしてくれるものの、私の話しの相手をしてくれはしない。
結局、ことりになっても私は一人ぼっちなことには変わらなかった。
悲しくても、大声を上げて泣く事もできない。
鳴き続けたところで、元気な小鳥だと思われる程度だと思う。
私は、とある人間の元へと飛んで行く事にした。
博麗神社には、いろんな人や妖怪が集まると聞いた事がある。
そこへ飛んでいけば、私の事を分かってくれる人がいるかもしれない、そう思ったのだ。
別に人間なんて怖くないので、人間がどれほど近づこうとも逃げる事はしない。
段々神社が近づいてくる。
すると、そこに見えたのは、博麗の巫女と白黒の魔法使いだった。
私は、縁側でお茶を飲む二人の間に止まった。
「あら、小鳥ね」
「小鳥だな。人間に近づいて逃げないとは、私達も舐められたもんだぜ」
そういって、魔法使いは私に煎餅を差し出す。
変な感じがしたけど、虫は食べたくないので、ありがたくそれを頂く事にする。
「可愛い奴だな。ペットにしてやりたいぜ」
「どうせ飼うのが面倒になるのが目に見えてるんだからやめときなさい」
ペットにしてやりたい。その言葉を聞いてふと思った。
普段、地霊殿にいるときはペットと一緒にいる立場なのに、自分がペットになるとどうなるのだろうかと。
自然の中で生きている動物達が、人の手によって育てられていく。
お姉ちゃんは心が読めるからいいけど、それ以外の人達はその動物の意志や思いがわからない。
果たして、人の手で育てられる事が幸せなのか、否か。
限られた命を、人の手でもっと限られてしまう。
ことりになって、私は初めて気がついたことだった。
魔法使いが私に手を伸ばしてくる。
私はその手の上に乗る事はせず、大きな空へと飛んで、逃げた。
「ほら、いわんこっちゃない。魔理沙が飼い主じゃ嫌だって感じ取ったのよ」
「なんだよそれ……」
飛んで行くにつれて、声は聞こえなくなっていった。
気が付けば、日は西の方へと傾いている。
もう、山が夕日を飲み込もうとしている時間だった。
ふと逆のほうを見れば、既に白い月が上がっていた。
私は一人、間欠泉の前に立っていた。
結局、ことりになっても何も変わらなかった。
変わった世界を見る事ができると思ったけど、縛られていることに変わりは無かった。
私の声は、もう人には届かない。
私が古明地こいしだということも、誰にも理解されない。
もうこのまま、ずっとことりとして生きていくのだろう。
小さく鳴き声をあげると、大きな影が私に覆い被さる。
ふと後ろを見る。
「もう十分外の世界は楽しんだかしら? ほら、もう夜になるわ。一緒に帰りましょう、こいし」
そこには、しゃがみこんで私を見つめるお姉ちゃんの姿があった。
そして、お姉ちゃんは私の名前を呼んでくれた。
この世界の中で、私の事を分かるのは、お姉ちゃんたった一人だけだと思う。
私は、一人じゃなかった。
お姉ちゃんがいる、地霊殿の皆がいる。
「こいし?」
不思議そうに訪ねるお姉ちゃんに、声ではもう伝わらないと分かってるけど、それでも声で返した。
「えぇ、帰りましょう。今日は私が料理の当番ですから、早く帰らなくちゃいけませんしね」
私はお姉ちゃんの肩に乗ると、地霊殿へと向かっていった。
「こいし?」
何故かずっと、お姉ちゃんが私を呼んでいる。
別に変な事を考えているわけでもないのに。
「起きなさい、こいし」
そして、私は目を覚ました。
ふと窓辺を見れば、少しばかり開いた隙間から生ぬるい風が吹いてきている。
ベッドは、自分にぴったりのサイズ。
そして、隣にはお気に入りのこぐまのぬいぐるみが置いてあった。
私は、覚の古明地こいしに戻っていた。
「おはよう、こいし。朝ご飯できてるわよ」
お姉ちゃんのほうを見る。
いつもと変わらない表情で、優しい雰囲気が溢れている。
私は、お姉ちゃんに抱きついた。
「こ、こいし!?」
お姉ちゃんが驚くような声を上げる。
だけど、ぎゅっと強く抱きしめた。
たとえ、第三の目が閉じていようとも、お姉ちゃんは私の事を分かってくれている。
それがたとえ夢の中であろうとも、私は嬉しかった。
私は、一人じゃなかった。
本当の自由は辛いものだと思うんですよ。結局人は必ずどこかで何かに頼ってないと生きてはいけない。
ちゃんと拠り所があるこいしちゃんは幸せです。
霊夢に「あら、晩御飯だわ。でもちょっと食べるとこ少ないわね」とか言われなくてよかったーー!
とても起伏に富んだ素敵な作品ですね。
それに個人的には、お話のテーマも良いと思います。
評価ありがとうございます。
自由だとか幸せっていうものの定義って難しいですよね。
自分にはまだよくわからないことです。
そんなこと霊夢さんは言わないと信じたい!
>竹茶 様
評価ありがとうございます。
なんだか感想読んでてすごく嬉しくなりました。
これからもがんばっていきたいです。
こんな古明地姉妹はいいですね。
評価ありがとうございます。
嬉しいお言葉です。
古明地姉妹は深すぎず浅くない仲だと思うんですよね。
無意識をそう仕向けたのか? ちょっと不思議でじんわりくる読後感でした。
それはそうとこいしちゃん、目が覚めたら毒虫になってなくて良かったね!
…あ、お話はとっても面白かったです!!
そして、おねぇたまへの愛がひしひしと伝わってきました。
抱きしめた後に何をしたんですか・・・いや、何でも無い。
評価ありがとうございます。
ふわふわするような、不思議な感じのストーリーに出来あがったと思います。
まぁ、友達の発言がなかったらできなかった作品ですから、毒虫はないかなw
誤字指摘ありがとうございます。
>奇声を発する程度の能力 様
評価ありがとうございます。
鳥になったら鳥になったで大変なことが沢山あるんですよね…。
嬉しいお言葉です。
>18 様
コメントありがとうございます。
抱きしめて終わりです、すみません。
点数は忘れたんですかね(チラッチラッ
>椿 様
評価ありがとうございます。
そういった感覚を与えることが出来て幸いですわ。
評価ありがとうございます。
ちなみにへたれは大学へはいかないと思います
ともかくおもしろかった
評価ありがとうございます。
あら、まだ修正出来てませんでしたか