私、十六夜咲夜は時を止められる。
この能力の使いどころは、掃除、洗濯、炊事、空間拡張、と多岐に渡る。
この能力さえあれば、私は私でいられる。
この能力さえあれば、私は幸せでいられる。
それは、こんなことにも使える――――
「ふぁ……くちゅんっ」
お嬢様の可愛らしいくしゃみが聞こえてきた。
「あらあら。大丈夫ですか? お嬢様」
「んむぅ……」
メイドとして当然の気遣いに、こくん、と頷きながら、お嬢様はぐしぐしと鼻を擦る。
ちきしょう、気付くのが遅かった。
「ふぁ……」の時点でくしゃみだと気付くべきだった。
鼻の奥からくるむずむず感。耐えるところまで耐えて、我慢できなくなったところで全てを吐き出す、その寸前のお顔。
あー想像するだけで興奮してきます。
きっと頬を染めて、目尻には涙を浮かべて、だらしなく舌なんかも出しちゃってるはずですわ。ああ、たまらない!
来い。もう一度来い。
来い来い来い来い来い!
「ふぁ……」
来た! 祈りが通じた! これを逃す手はない! 今だぁ!
カチリ、と懐中時計を押し、時を止める。
「ふ、ふふふ……ふふふふふ!」
さぁて、その麗しいお顔拝見タイムです。ねえレーミン、こっちむーいて♪
「う……!」
ウキウキ気分でお嬢様に近づいた私の視界に飛び込んできたものは、予想と百八十度違った代物。
目は半開きになり、鼻の穴は膨れ上がり、両サイドに線が出来ている。さらにあごには皺なんかができちゃっていて、その……なんていうか……。
……とってもブチャイク。
ダメッ……! こんなのダメッ……! こんなのお嬢様じゃないっ……!
「……見なかったことに」
カチリ。
「くちゅんっ」
「あらあら、少し風が冷たくなってきたのかもしれませんね。中に入りましょう、お嬢様」
ショックを受けても瀟洒な笑顔は崩さない。だって私はパーフェクトメイドだもの。
「んー、そうするわ」
じゅる、と鼻を鳴らすお嬢様を連れて屋敷へと入る。
……はあ。
気を取り直して、私はパチュリー様に紅茶を出しに行く。
こんこん、と図書館の扉をノックし、中に入る。
パチュリー様は相変わらず本を読み耽っていた。
「パチュリー様。紅茶をお持ちしましたわ」
「ああ、咲夜。ありがとう」
「咲夜さん、こんにちはぁ」
片付けが一段落したのか、小悪魔もパチュリー様と一緒に読書をしていた。
カチャカチャと準備をしながら、パチュリー様に話しかける。
「パチュリー様。たまには運動もしないと、お体に良くないですよ?」
「咲夜さん、それ私が毎日言ってることです」
「毎日毎日、飽きもせずによく同じことが言えるものだわ」
パチュリー様は、うんざり、というようにつぶやいた。
「もぉ~。ちょっとは強くならないと、喘息は良くなりませんよ?」
「大丈夫よ、最近は調子いいじゃない。平気へい――かはっ!?」
「パチュリー様!?」
ごほごほと咳き込むパチュリー様。その苦しみ方は尋常じゃなかった。
「咲夜さん! 奥の部屋に吸入器があります! すみませんが取ってきてください!」
「わ、わかったわ!」
事は一刻を争う。私は時を止めて吸入器を持ってくることにした。
カチリ。
時が止まっているとは言え、その中でも急ぎたくなるというのが人情ってもの。だっ、と駆け出す私は、しかし、先ほどの余りにも悲痛な苦しみ方に後ろ髪を引かれ、ついつい振り返ってしまった。
「う……!」
美少女の口から出るとは思えないものが、目に入った。
……痰が飛び出てる。(黄色い)
ダメッ……! それはないでしょうっ……!? 虚弱体質の美少女って位置に居座っておいて、それはないでしょうっ……!? 素直に苦しむだけにしておいてくださいっ……!
しかも、小悪魔もそれに気付いていて、若干引いている。……仲、良いよね? 大丈夫よね? あなたたち……。
……とにかく、苦しんでいることには変わりはないのだから、吸入器を持ってきてあげよう。
「小悪魔! 吸入器を持ってきたわ!」
「ありがとうございます! さあ、パチュリー様!」
「う……」
ノズルを口に当て、薬を吸入するパチュリー様。段々と呼吸も落ち着いてきたようで一安心である。
しかし、私は見た。(恐らく小悪魔も見た)
あの飛び出した痰が、本についたらしく、服の袖でごしごしと拭う様を……。
見て見ぬ振りって、めちゃくちゃ疲れますわ。
「はあ……」
立て続けに嫌なもんを見てしまったので、気分はブルー。
こんな時は門に行くに限る。
きちんと仕事をしていたら褒める。居眠りをしていたらナイフを投げる。
どちらにしてもすっきりはするはずだ。
「……っと」
美鈴は気の達人。近づいたら気配で気付かれてしまう。
私がいる時だけ仕事をしている門番ではダメなのだ。今、この時、私が見ていなくい状態で仕事をしているかどうかが重要なのだ。
そのためには、屋敷の中から時を止めねばならない。
さあ、行くわよ。
カチリ。
時を止め、門へ向かう。
「……あの野郎」
美鈴は案の定、寝ていた。それはもう気持ち良さそうに。
「……お仕置きね」
美鈴に近づく。
「目覚ましには少しきついけど、あなたが悪いのよ」
私はナイフを構え、狙いを定めた。しかし、立ったまま腕組みした状態で寝ている美鈴の顔は、当然下を向いている。
ナイフを刺すのは、絵的に額がいい。
しょうがないので、投げて刺すというスタイリッシュさを捨て、横からぶっ刺すことにした。
「う……!」
またしても私は、見てはいけないものを見てしまう。
「美鈴……二重あごになってる……」
ダメッ……! ほんと勘弁してっ……! 何この罪悪感っ……!? なんで私が申し訳ない気持ちになってるのっ……!?
「うう……なんか刺せなくなった……」
私は、カラン、とナイフを落とし、門をあとにした。
紅魔館に警報が鳴り響いた。
神社の巫女、博麗霊夢が攻め込んできたのだ。
理由はわからない。最近しょっちゅうあるのだ。大概、お嬢様が霊夢の饅頭を食べたとか、私に勝ったらディナーをご馳走するわよ、とかそんなもんだ。好きな子にちょっかいを出したいのだろう。
しかし、一応の体裁を整えるために、私も応戦する。
「そこをどきなさい、咲夜」
「お嬢様のメイドとして、どくことはできませんわ」
「メイドは普通戦わない」
「巫女も普通戦わない」
お互い、にやりと笑う。それが勝負開始の合図。
カチリ。
時を止め、一気に距離を詰める。
「ふふ。先手必勝、ですわ」
ナイフをずらりと構える。
「う……!」
そ、剃り残し……!
しかも一本二本ではない。明らかに面倒で適当に剃ったであろう本数……!
ダメッ……! そういうのダメッ……! 巫女ってそういうものじゃないでしょうっ……!? ていうか生えるの!? 少女なのにっ……!?
さすがに、同じ女性として見て見ぬ振りなどできない。
私は洗面所からローションとカミソリを持ってきて、霊夢の腋をしょりしょりし始めた。
「うう……なんで時を止めてまでして、他人の腋の処理なんてしなければいけないの」
私は涙を流しながら、霊夢の腋を綺麗にしていった。
私、十六夜咲夜は時を止められる。
この能力さえあれば、私は私でいられる。
この能力さえあれば、私は幸せでいられる。
……使いどころさえ間違わなければ。
少し、自重することにしますわ。くすん。
終わり
でも最後に書かれてすらいないフランちゃんの寝顔を幻視することによって破滅を免れた。
時を止めても止めなくても天使の笑顔である。
咲夜さんの色々な感情とか仕事ぶりとか面白かったです。
まあ、この決定的瞬間をブン屋にすっぱ抜かれないだけ幸せってことで一つ……。
人に身を任せて拭って貰っているパチュリーという図というのがイイと思いませんか(真顔
なんでも使い「過ぎ」は、体にも精神にも良くないっすよ。
もうホントお疲れ、咲夜さん……!(泣
……女の子に過剰な幻想を抱いてはイケナイと再認識させられたよ。
こんな幻想郷はいやぁ~w
俺の幻想郷が音を立てて崩れていくwwwいや、現実的には実際そんなもんなんだろうがww
俺はてっきりお嬢様の正面に回って全身でくしゃみを浴びるつもりなのかと思ったよ。
よかったそこまで変態じゃなくてwww
前作の感動を返せwww
私はいっこうにッ……いっこうにかまわんッッッ!!!
霊夢や魔理沙は酒を飲みまくることで
成長を止めてるって言ってたから
腋の処理なんか必要ないですよ!
霊夢、剃り残しwww
楽園の素敵な巫女さんがそんなでいいのか!
同じく、カメラで瞬間瞬間を切り取る射命丸も同じ地獄を味わって
なかったことにしたい写真に悶えていたりするのだろうか?
あと喘息の痰は透明性の高いものが多いようです
十六夜咲夜とは、そう、土門拳のある意味正統な後継者なのだ。
って、んな訳あるかいっ!! ミルク多めで作って飲み干しちゃうぞ、全く!!
まあ、とりあえず自重してくれメイド長
まー、そういった視点を持てるからこそ、完璧で瀟洒なメイドなのかもしれないなぁ。
理想と現実の相違とでも言うのでしょうかねぇ。
しかし、ぶちゃいく。
なんだろかわいく思えちゃう。
戦わなきゃ現実と……!
ところがどっこい……嘘じゃありません……ッ!
現実ッ……!
これが現実ッ……!
咲夜さん、逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げ(ry
パチュリー様の痰って普通に飲めますけど何か。
それどころか口で直接はなとかかんであげられますし。
え?
おまいら霊夢に脇毛はえてたら興奮しないの?
興奮し過ぎて鼻血が……
パチェさんのはちょっと引いたら可哀想かなぁ。一応病気なわけだし
って、台詞を思い出した。
まあ、どっちも可愛いじゃないですかw
だが、剃り残しがあろうと俺の霊夢への愛は変わらない!!(はず・・・)
す っ か り 忘 れ て た !
>煉獄さん
私自身、複雑な気持ちで書き上げましたw
絶対ある……でもあってほしくない……みたいな。
>3
興奮するか引くか、それによって紳士か真人間か分かれます。
>奇声を発する程度の能力さん
だって人間だもの! きっとこういうのだってあるさ!
>6
理想と現実大分違うから夢からさめなさい~♪
ってやつですね。
>7
むしろキレイな女の子なんて幻想。
そんなSSになってしまいました……。
>8
それいいですね。いずれ書きたいです。
>vさん
自業自得ともいいますがw
>12
そこらへんが完全で瀟洒なメイドと呼ばれる所以です。
>ぺ・四潤さん
そういう咲夜さんは冬扇さんあたりに任せておきますw
>勿忘草さん
仕事じゃないところで疲れてますけどねw
>20
なんというか、申し訳ない作品で申し訳ないです。
ありがとうございました~。
>21
変t……紳士だ……!
>24
肝臓やられてる少女ってのも嫌ですけどねw
>26
気にしないに一票。
>29
まさに自由人!
>32
そうなのですか~。
むしろ文はネタにします。
>コチドリさん
カメ子咲夜! あ、新しい……。
>35
失ったと思えるのなら正常です。
>38
種類によって違うのですかね。
私は出たのですが……。
>43
本作品の咲夜は、それとはかけ離れているような気がしますw
>46
ぶちゃいく。なんかいい言葉ですよね。
>即奏さん
はい、紳士一名追加ー!
>49
ひ、人によるんですよぅ!
>Ninjaさん
頑張りが明後日の方向に向いてますけどねw
>52
ふむ。これが現実か。悪くない……。
ちょっと格好つけてみました。
>55
シンジ君とはいい友達になれるかもしれませんね。
>56
少女だからさ……(赤い人風に)
>58
特大紳士一丁ー!
>MRさん
あ、やっぱり二丁で!
>60
ようこそ。
>65
まあまあそう言わずに……なんて言えませんね。
すみません。
>66
確かに、ちょっとかわいそうだったかもしれませんね。
もっと軽度の咳で、本についた痰を拭うところをメインにしてもよかったかもしれません。
>67
たまにはこんな感じのも……ね。
>71
定期的にこんなのも……ね。
>72
一日に一つはこんなのも……ね。
>73
まあ許されますよね。
>75
もっと自信を持ってください!
時を止めるとなると、こういう事もあるんだなぁ、と改めて感じました。
ありがとうございました!
次はシリアスな時止めSSでも書いてみたいものです。
そこまで許せるだけで十分紳士ですw
>101
幻想郷にだって現実は存在します……
>紳士的ロリコンさん
そうして一つずつ大人になっていくんですよね。
悲観することはありません。
それを楽しめるようになればいいんです。ふふふ。
上級者の気配……!
ありがとうございました!