私は毎夜竹林を散歩している。
ここに住み始め、何年も何十年も何百年と繰り返す日常の一部だ。
時折道に迷った人間を助け里に届けたり、永遠亭に向かう人間の護衛をしているが今日は誰もいない。
月が綺麗だ。
「そこの人」
「んっ?」
声をかけられた方を向くと、年老いた女性が木にもたれかかっていた。
鳴く夜雀も黙る丑三つ時の竹林。こんな時間にほっつき歩く人間が居るなんて思わなかった。
妖怪が多数うろつくこの竹林に来るなんてなんて無謀な人間なのだろう。
「迷子か?」
「いや違う、先の短い命だから無茶をしたくなってみてな」
「そうか」
月明かりの中でうっすら見える老婆の顔は悪戯じみた表情であった。
しかし若い頃は余程美人だったのであろう、老婆と呼べる外見なのに可愛らしさが残っている。
「若い娘がこんな場所を夜歩いていると危ないぞ」
「私は昔からここに住む人間、別に取って喰ったりしないよ」
「何で里に住んでいないんだ?」
「私は命を狙われているからな」
嘘では無い、今はもう無いがにっくき輝夜が刺客を送ってき続けたからだ。
今はその輝夜と直接殺し合いをしている。
死なない人間と死なない人間同士の殺し合いに決して決着は付かないとわかりながら。
「それは物騒だな」
「ああ物騒だから里に住めないんだ」
そこで一旦会話が止まり、老婆が空を見上げる。
ああ本当に今日は綺麗だ、しかし満月で無いのが惜しい。
「家族はいないのか?」
「いないな」
父親や母親、兄弟や姉妹達はいた事は覚えている。
しかし父親が輝夜に恥をかかされ、恨み、一矢報いようと蓬莱の薬を奪い、飲み。
千年以上たった今となっては顔も、名前も思い出せない。
家族を忘れるなんて薄情という人間もいるかも知れないが、忘れてしまうほどの年月が立ってしまったのだ、そのうち家族がいた事すら忘れてしまうのだろうか。
「友はいるのか?」
「それもいない」
私にいるのは殺し合いをする輝夜だけだ。
不老不死になってから友という存在はいた事が無い。
いや最初の頃は居たような気がする、しかし何年も姿形が変わらない私を見て最後まで居てくれた者はいなかった、その前に私が姿を消したから。
「では里に知り合いは?」
「護衛をしたことのある人間と迷子ぐらいだな」
成長しない人間が普通の人間として過ごすことはできない。
ここに来るまで逃げ続けた影響か私は未だに人間と話すのが苦手だ、例外は昔いたあの巫女と魔法使いぐらいだろう。
おかしな人間達だった。
彼女達のような人間はあれ以来見ない。
「寂しくは無いのか?」
「寂しいか、そんな感情もあったな」
蓬莱の薬を飲んだ頃私はまだ子供で喜怒哀楽というものが存在していた。
しかし幻想郷に流れ着くまでの生活でほとんど無くしてしまった、残っているのは輝夜への恨みと同類としての哀れみだけだ。
「貴方は強い人間だな」
「どうなんだろうな」
恨み、追い、逃げた。
そのような人間は強いのだろうか。
どちらかというと弱い気がする、ただ死なないだけだ。死なない人間は生きていないと同じだ。そのような人間は決して強くない、力があったとしても弱い。ただ感情を無くしただけなのだから。
「私は弱い、唯一の友人に死ぬ姿を見せたくない、見られたくない、知って欲しくない」
「そうか」
「しかし看取ってくれる者も欲しかった」
「私でいいのか?」
「ああ」
老婆の体から力が抜けてきている。
もう長くないのだろう、だというのに可愛らしい笑みをこちらに向けてくる。
「少々眠たくなってしまったから寝かせてもらうよ」
「ああゆっくり寝ると良い」
「最後に貴方のような優しい人間に会えてよかったよ」
「私は優しくなんて無いよ」
「いや貴方は優しい、優しい人間だよ。私はそれを知ってるんだ。また会おう、妹紅」
老婆は目を瞑りそれっきり話さなくなった。
そうして時間が立つと体から力が無くなった老婆はもたれかかっていた木からずり落ち横に倒れる。
その拍子に妙な形をした帽子が外れ、地面を転がる。
安らかな顔をしている、それどころか幸せそうな顔をしている。
私のおかげでこんな表情をしていてくれるのだろうか。
私と違いこの人間はもう二度と目を覚まさないのだろう。
普通の人間は死んだら生き返らないのだから。
この見知らぬ老婆は最後まで私を普通の人間と思っていたようだ。
しかし私は普通の人間ではない、私は死なないのだ。
絶対に死ぬことが無い、あのにっくき輝夜の所為で。
唯一の友人から逃げてきてひっそり死んだ老婆のために、骨も残さず燃やしてあげよう。
そうすればその友人に死んだ事は知られないだろう。
さようなら、見知らぬ老婆よ。
二度と会うことの無い老婆よ。
私は貴方と違いその世界に決していけない。
望んでも望んでも二度と行くことはできない、それが少し羨ましい。
逃げている間に身に付いた炎の能力で老婆を骨も残さず焼き、冥福を祈る。
そういえばこの老婆は何故私の事を知っていたのだろう。
見たことも会った事もない人間のはずなのに。
先ほどの人間のことを考えるが焼失してしまった今となっては彼女がなぜ私のことを知っていたかはわからない。
答えの無い問題を考えていても仕方が無いそろそろ家に帰ろう。
いつもならもう少し月が傾いてから家に帰るのだが、今日はやる事が無い。
いつも私は何をしていたのだろう。
思い出そうとしても記憶に空白ができている。
どうして思い出せないのだろう、考えているうちに頬に何かが伝わる。
どうやら私は涙を流しているらしい。
「おかしいな、何で私は泣いているんだろう」
答えはでない。
慧音は自分の歴史を妹紅の記憶から無かったことにしてしまったのか……
また会おう、か。またいつか転生したとき二人はどういう出会いをするんだろう。
それともこれまで幾度と無く繰り返されてきたことなのだろうか……
何となく単調な、でもそれが良いという矛盾。
偽りの空白のなか、湧き上がる涙は本物
面白かったです
この言葉が叶うのを願わずにはいられない
映姫様マジでうまいことやってくれよ・・・
永夜のtxtを思い出した
・・・ちょっともう一回読んでくる。
良く読めばそうと分かる描写がちりばめられてましたね・・・・・・
きっと悠久を生きる人の憂いはこんな感じなんだろうな…
友情の終わりがこんな事になるとは…