Coolier - 新生・東方創想話

さくらの下には、誰かの死体

2010/05/02 11:29:27
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 紫の桜が、散る。ひらひら、と。ひらひら、と。
 その様を瞳を伏せるようにして見つめる少女が一人。
 彼女は、屋敷の縁側に座って、舞い散る花弁を見つめていた。
 桜色の髪の毛を風が揺らす。それを押さえもせずに。死体のように静かに。されどその唇の赤みが、彼女を生きている人間と示している。
 人形のように白い肌を、猫のように細い身体を、空色に桜を散らした着物で覆っていた。
 伏せた瞳は黒真珠のように美しく輝き、まるで彼女を一枚の絵画のごとく仕上げている。
 それでもその光景に違和感を覚えるのは、彼女の表情が、何か、悲しみに堪えるかのようだったからだろう。
 桜がひらり、とまた一枚。
 よく晴れた青空の色を透かすように踊り、ひらりと彼女の傍に舞い降りた。
 ひょい、と少女はそれを摘むようにして拾い上げた。
 しげしげと眺め、おもむろに花びらを口に含んだ。
 やはり味などしなかった。
 けれど、とても悲しい感じ。
 少女はそれを飲み込み、そして知らず、頬に手をあてる。



 ――――濡れてる?



 少女はそこでようやく、自分が泣いていることに気がついた。
 泣いていることに、気がついたのだ。
 それは何故だったのだろう。
 そう、少女は考えた。自分は何故泣いているのだろうか、と。
 涙をすくい取り、ぱくり、とその指をくわえた。
 少しだけしょっぱくて、やはり、悲しい味がした。
 何故だろう?



 ――――さくらが、綺麗だから?



 いや、そんなことはない。
 少女は庭の桜を眺めて綺麗だと思うことはあっても、涙を流すほどではなかった。
 ではどうしてか。
 少女はまた考えた。
 そういえば、こんな話を聞いた覚えがある。
 桜の木の下にはどうにも死体が埋まっているらしい。
 そのおかげで、桜はあんなにも美しく、優雅に華を咲かせるのだとか。
 誰が言い出したかは知らないが、そういうことらしいのだ。
 と、すれば、あの桜の下には誰かの死体が埋まっているのだろうか。
 いやいや、そんなことはないはずだ。お父様もそう言っていた。
 いかにあの桜が常軌を逸した巨大さであろうとも、きっと誰一人として下にはいないはずである。
 しかし、もしも、と言うことがあったら?
 少女はいやいやと首を振った。
 考えたくもないことであった。



 では――――?



 ざぁ、と風が凪いだ。
 木々が小さく擦れ、それも止まった。
 しん、と辺りが静まり、少女は顔を上げた。
 そうして、はっと目を見開いた。
 いつの間にか、目の前に、桜の前に、知らない女の子が立っていたのである。
 整然と並んだ桜並木の向こう、巨大な桜。自分の真正面にある紫色の桜の木をその女の子は見つめていたのである。
 若葉のような不思議な色をした髪の少女だった。
 健康的な白い肌を同じく若葉色の着物に包んでいた。不健康に白い自分の肌と比べて少し嫉妬した。
 それでも少女は興味を持った。
 唐突に現れたその少女に。



 だからだろう。



 いつの間にか少女は立ち上がり、その女の子の元へ歩き出していた。
 駆けるようにして、その娘の元にたどり着いた。
 はぁ、はぁ、と息を整え、女の子に目をやる。
 憂いを帯びた瞳を桜に向けて、少女に気づいていない様子で佇んでいた。
 息を呑むほどに美しく、少女は唾を飲み込んだ。
 そのまま数秒。少女は意を決したようにして話しかけた

「あの――」

 と、少女が尋ねた。
 それに反応して、ようやく少女に気づいたようにして女の子は振り返った。
 大きな瞳をいっぱいに見開き驚いた表情。
 それが、あんまりにも先ほどの姿と違いすぎて思わず表情が緩んでしまう。

「何を、していたのですか?」

 言い終えてからあまりの頭の悪さに泣きたくなった。そんなこと見れば分かるだろうに。
 女の子は何か考えるようにしてから、こう言った。

「さくらを、」

「はい」

「さくらを見ていたのです」

 そう言って目じりを下げた。
 悲しそうに目を伏せた。

「あなたは、どうして?」

 と、聞き返してきた。

「わたしも、さくらを見ていたんです」

「それならば、どうして」

 若葉色の彼女は桜が舞う中で少女に問う。

「どうしてそんなに悲しそうなのですか?」

 少女は答えた。

「分かりません」

「分からない?」

「分かりません。何故悲しくなるのかも。何故涙が落ちるのかも」

 少女はすっと前に出て、若葉色の少女に並んだ。
 手を差し出し、巨木の幹を撫でる。
 ざらりとした感触が手のひらを刺激する。
 見上げれば、青い空が隠れてしまうほどの一面の紫色の桜。
 つうっと一滴。涙が頬を伝った。
 手で拭い、跡に指を這わせる。

「何故でしょう?」

 少女は薄く微笑んだ。一滴、雫が落ちた。
 地面に吸い込まれて、消えた。
 
「たぶんきっと」

 若葉色の少女が言った。

「死ぬからです」

「死ぬの? わたしが?」

 少女は瞳をぱちくりさせ聞いた。

「さあ、どうでしょう。少なくともたくさん、たくさん、死にます。このさくらの下で。この罪深いさくらに誘われるがままに。私の目にはそう映っています」

 若葉色の少女は教えるように優しい声音で。

「紫色のさくらは罪深い魂の宿るさくら。きっとその魂に誘われて、何人も何人も死ぬのでしょう」

 少女から若葉色の少女は見えない。見ることができないが、彼女が歯を食いしばったのは、なんとなく分かった。そして、この人は優しい人だ、と少女は思った。

「それを止めることはできませんか?」

「それができないから、私はここにいるのです」

 彼女の声は諦めてなお苦悩する坊主のようだ。
 少女は堪らなく疑問に思った。
 この人は誰なのだろうか、いったい何者なのだろうか、と。
 そして聞いてみたくなった。彼女の正体を、いったいどういう人物なのかを。

「ねぇ」

 くるり、と振り返る。
 目の前には、若葉色の少女。
 良かった、と少女は安心した。また唐突にいなくなっていたらどうしようかと思った。
 一拍を置いて、

「あなたは――――」

 かみ締めるように、

「何者ですか?」

 しん、と風が凪ぐ。
 桜が落ちる。
 静寂が満ちる。

「私は」

 答えても良いのだろうか、そんな一瞬の迷い。
 話しすぎた、と悔やむような一瞬。
 来るべきではなかったか、とそんな一瞬。

「私は名もない、ただの地蔵です」 

 少女は驚いた。
 次の瞬間、若葉色の少女は空を見上げた。見上げたまま、小さく呟いた。もう行かなければ、と。
 少女は行ってほしくなかった。ずっとここにいて、話しを聞いて欲しかった。
 それは、ずぅっと屋敷の中で暮らしていた少女の願いだった。
 でももうおしまい。
 若葉色の少女は、いつの間にか伸ばしていた少女の手を取って、耳元で囁た。

「いつかまた、きっと会えますよ。だからそんなに悲しまないでください。私まで悲しくなってしまう」

 若葉色のお地蔵様は、低い位置にある少女の髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。
  
 

 ざぁ――と風が吹く。




 桜吹雪の後には、あの少女の姿は、影も形もなかった。 
 ただ、小さな苔むしたお地蔵様があっただけ。
 










 四季映姫は西行妖を見上げていた。
 ここは白玉楼。
 この桜も、周りの桜も、全てが全て死んだ花。
 満開の桜も、咲かない桜も、全て平等に死に絶えた桜。
 四季映姫は花のついていない、咲かない西行妖をじっと見つめていた。
 あの時、何かをすれば、どうにかなっただろうか。
 あんなことにならなくてもすんだのではないのだろうか。
 ここに来るたび、幾度も思い返した。
 けれども、過去は変えられない。
 今になってそれを実感する。
 悲しげに、憂い、こうしているのも、もう止めにしようか。
 時々、そんなことを思う。

「あらあら、珍しい。閻魔様じゃない。なにしていたの?」

 と、西行寺幽々子は唐突に彼女に近づいて言った。
 
「さくらを見ていたのですよ、西行寺幽々子」

「さくらを?」

 きょとんとして、西行妖を見上げた。勿論一片の花びらさえ着いてはいない。
 相も変わらず大きいだけの桜だ。
 咲かない桜。

「咲かないさくらを見ているなんて、閻魔様もおかしなことをするのねぇ」

 と扇子を口元に当てておかしそうに笑った。
 映姫は少しだけ頬に赤みを増しながら、唇を尖らせた。

「いいじゃないですか、人にどんな趣味があろうとも」

「あら、趣味だったの」

「……趣味ではないですね」

 くすくすと笑う。
 桜並木に木霊する笑い声。

「それにしたって、どうして咲かないのかしらね。わたしはまだ一度も、咲いているのを見たことがないのに」

 残念そうにため息。
 ふふふ、と笑う四季映姫。

「私はありますよ、咲いていたのを見たことが」

 儚げに西行妖を見る。
 感慨にふけるような表情に幽々子は思わず見入ってしまった。
 そして、遠い記憶の中。幼い少女が、そんな表情をしていたような気がした。
 あくまでも気がしただけである。
 彼女は覚えのない記憶を頭を振って追い出した。
 そして尋ねるのだ。

「それなら、あのさくらの下に、なにが眠っているのか知らない?」

 四季映姫は当然のように微笑んで、その疑問に答えた。

「知りませんよ」

 勿論、うそだ。
 彼女は知っている。
 知っているからこそ、今の彼女には教えたくなかったのだ。
 この陽気な彼女には教えたくなかった。

「えー、絶対知ってるでしょう!」

「知ってたとしても、言いませんよ」

「知ってるじゃないの!」

「知りません」 

 四季映姫は笑っていた。
 笑いながら、遠くに夕暮れを見て、

「おや、もうこんな時間。これはもう帰らなくてはならない」

「あー、逃げようとしてる!」

「逃げませんよ。帰るだけです」

 ざぁ、と風が吹いた。
 後には影も形もなく。
 幽々子は、デジャヴを感じながら、呟いた。

「それを逃げるって言うんじゃないの!」

 呟こうとも相手はもう遥か遠く。思わずため息が一つ。
 そして、四季映姫のように西行妖に近づき、幹を撫でた。
 ずっと前もそうしていたように感じながら。
 されど記憶になく。

「そこにいるあなた。どなたか分からないあなた。あなたはいったい誰ですか」

 尋ねようと返事が返ってくるはずもなく。
 やはり、ため息を吐いて。

「まあ、いいわ。あの人があなたを知っていると言うのならば、きっとあなたは一人ではないのでしょう」

 するり、と扇子を両手に掲げ、詠うように。

「だから、安心した」

 さらりと桜色の髪を風が揺らす。
 くるりと身を翻して、舞う。
 そのまま身を任せるように。
 思いつくがまま。
 ただただ優雅に。
 彼女は舞い続ける。



 どこかで、苔むしたお地蔵様が笑ったような気がした。もうそんなものは、どこにもないのに。









[了]
もう桜も散ってしまったので、思わず。

ただ単に話しているだけで、深い意味はない話。

どこかで、閻魔大王は地蔵菩薩と同一の存在、と言う説を見たので、こんなことになっています。

久しぶりに書いたのでごく短いですが、雰囲気だけでも伝われば幸いです。
月空
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コメント



0.980簡易評価
8.100名前が無い程度の能力削除
雰囲気が素晴らしい作品でした。
映姫様は元お地蔵様だったそうだしこういった解釈の作品もありだと思います!
もうずっと過去の終わってしまったお話、今は亡き桜色の少女を想ってくれる人が
ここにもまだ一人いる・・・救われます。
それに幽々子様の過去話に紫が絡む作品はよく読みますが、映姫様がこういった
風に絡むのは珍しいですね。
読むことが出来て良かったと思いました。
10.80名前が無い程度の能力削除
過去と現在の二人の対照がいいですね。
言わなかったこと、言えなかったことが、みずみずしくあふれているようなSSだと思いました。
13.70ずわいがに削除
丁寧な文章がこの内容に見合った雰囲気を醸し出してるんですかね
映姫様の切なさがひしひしと伝わってきました
14.100心太がただ単に「すげぇぇぇぇぇぇぇぇ」と言う程度の能力削除
心太「すげぇぇぇぇぇぇぇぇ」
15.100名前が無い程度の能力削除
正に、『終ってしまった話』ですな
なんというか、こう、風が一陣通り抜けて行った後のような清々しさと寂寥感が…
いい夢が見れそうだ

ところで、何故俺は泣いているんだ?