「どうして7掛ける7は49になるのですか?」
言われて、数学の教科書から顔を上げた私はさぞ滑稽な顔をしていたに違いない。実際、私が橙に言葉を返す事が出来たのは数秒後の事だった。
「………橙、7を7回足しあわせて見なさい。7足す7足す7足す7足す7足す7足す7で、49が出来上がるだろう。日頃から言っている通り、九九という物はこのような些事を理解した上で省略したものであって、物事の本質を忘れてはいけないよ」
「はあ………」
しかし橙はどこか腑に落ちない様子であった。前の宿題で出した分数の乗除法はまともに出来ていたから、まさか掛け算の意味が分からぬ訳でもあるまいし、一体どうしてそんな色を見せるのか。
「何か、納得できない事でも?」
「いえ、その………」
九九が暗記できないとでも言うのだろうか。確かに九九は三十六通りだけ覚えれば済む話なのであって、掛け算を理解していれば取るに足らない物なのだ。
橙は何か言いにくい事でも、もしくは言いたい事を頭で纏められない様子だった。私の顔と本を行ったり来たりする事数分、ようやくその重い口を開いた。
「藍様」
「何だい」
「7っていうのは、5よりも大きい数なんですよね」
「ああ」
「6よりもですよね」
「勿論」
「けど8よりも小さいです」
「そういう数だからね」
「だから、5と10の間くらいの数なんですよね」
「まあ、そうだ」
「じゃあどうして、7掛ける7の49は、10掛ける10の半分にもならないのですか?」
「ふむ」私は手に持っていた本を閉じ、目の前に座っている橙に向き直る。彼女の言わんとしている事は何となく分かった。獣として研ぎ澄まされた直感が、この式の是非が感じ取れないのだ。
7×7=49という思考の黒板に刻み込まれた式が、橙の頭の中で形容し難い姿となって彼女に襲いかかっている。計算結果、だと言えばそれまでの事である。しかし橙はどうも計算過程という物において、この数字達が黙って随従してくれるように思えなかったのだ。目に見えぬ世界の裏でまざまざとその存在を示す数多の式は、それ自体に真理を孕んでいる。
九九が意味するのは、その存在の強さだ。
例えば、5×4
この5は肉体の強さを表し、4は心の強さを表している。これら二つの数字を掛け合せることによって、初めて己という存在の強さが決定するのだ。
同時にこれは戒めでも有る。いかに体が強くとも、心が強靭でなければ果てはただの狂人という事だ。よく凡夫は、5×4という式が、肉体が3、心が7という式より優れていると直感的に判断するが、真に愚かである。現実に相対してみるといい、見栄ばかり大きくした寸胴なる5が、不吉なる4の精神を持って挑むは、不屈なる心を内に秘めた尊き者。この愚人は競った時にようやく気付くのだ。如何に己が囚われていた式だという事を。
7は孤独な数字だ。言うに及ばず、それは素数である。世界を表す360を分けたとしても、1から10までの数の中でただ7だけが世界を割り切る事が出来ないのだ。半人前を超える強さを見せながら、消して他者と相容れぬ孤高に、私はある種の憧憬を覚える。
しかし、或いはしたがって、とも言うべきか………肉体の7と心の7を持ってしても、完全なる100という強さの半分にすら一歩及ばない。7はその孤独ゆえに世界に通用しない欠けた数字なのだ。人生で7回転んだ後、8回目の起き上がりが出来るかどうかはここに掛かっている。何かが一つ足りないような、乗り越えなければならない壁が7と8を隔てている。この光景に、私は憐憫の情もまた抱くのだ。
だから紫様、引いては八雲の姓はその8という数字を冠している。
人間達が漫然とした感覚でしか捉える事が出来なかった数字。八方、八卦、八正道というように、8は世界を総るのだ。この世に絶対が無いように、強さに10もない。次の9はどうかと言うと、これは永久を表し、変わることの無い不変を表す。ではどうして我々は8を選んだのか………それは、進化の可能性を残しているからである。数字を噛みしめぬ下賤な者達は8が完全な数字だと言うが、これは大きな間違いだ。八方塞がりは追い詰められた状態ではない。それは自ら世界を一点に絞り込んだ後に、進化───つまり、ただ上方へと昇る道を残した、無謬の強さ。古来から日本で『聖数』と言われるように、八という字が末広がりを表すように、八雲は世界と共存しながら、誰も寄せ付けぬ強さを持つような妖怪なのである。
生を享けてから、この姓を受けた瞬間に勝る衝撃はなかっただろう。私という式が誇りにしている、唯一の字なのだ。
「………はああ」
だいたいこんな話を掻い摘んでしてやると、呆けから始まった橙の顔は、遂には感興極まる色に染まっていた。
「分かったかい。式を解くと言う事は、この世界を知るに相応しい行為なんだ」
「藍様」
「何だい」
「私、もっともっと勉強して、いつか必ず藍様の役に立ちます!」
「ああ、そうしてくれると私も嬉しいよ。………今日はここまでにしておこうか」
「はい!」
頭を優しく撫でてやると、橙ははにかみながら小さく微笑んだ。その頬から零れた至福につられて私も頬を緩ませる。
私はこうしてよく橙の勉強を見てやっている。妖怪とはいえ橙は子供程の知能しか持たないため、主である私が式神に相応しい教育を行っているのだ。とは言っても殆どが数学だったので、途中で橙が飽きないかと心配したが、意外にも飲み込みが良く数学に親しく付き合っているようだった。
数刻ほどして猫の里へと帰っていく橙へ別れを告げ、私も結界の綻びを調べる作業に舞い戻った。
次の日には負の数を扱った計算を教えてやった。四則演算が出来るようになれば橙の世界はより鮮明になり、いよいよ数字という名の始まりの丘から新天地へ踏み出す事が出来る。澄み渡る変数の湖を望むのも、そう遠くはないだろう。
「───藍様、出来ました」
気が付くと、問題を解いていた橙が顔を上げていた。
「見せてみなさい。………うん、いい調子だね」
「えへへ」
橙から受け取った帳面を見て、私は頭の中で答えに丸を付けていった。完璧とは言わないが、この出来ならば優秀と誇ってもいいレベルだ。
このまま何度か計算問題をやらせてやってもいいが、ふと私はこんな質問を投げてみた。
「ところで橙。式で気になった所や、変だと思う事はなかった?」
「気になる、ですか。うーん………」
「些細な事でもいい。少しでも何かを感じたのなら口に出しなさい」
橙は教科書と帳面を交互に睨みながら一生懸命頭を揉んでいるようだ。分からない事を分かるようにするよりも、自分が何が分かっていないのかを見つける方が何倍も大変なのである。無知の知とはまさにこの事だ。
紫様もよくこうして私に疑問を投げかける。これは式神に式神以上の事、つまり計算を超えた発想をさせるようにする為らしい。まあこれが私の為を思ってか、はたまたいつもの暇潰しなのかは分からないが………
暫しの間考え込んでいた橙はようやく何かを思い立ったようで、「えっと、それじゃあ」と抱えていた帳面をぱさりと倒して私の方へ向けた。
「このマイナス1掛けるマイナス1なんですが」
橙の手によって、真っ白な頁の大地に(-1)×(-1)=1という式が打たれる。
「これは、『後ろを向いて下がる』事と、『前を向いて進む』事が同じだから、答えがプラス1になるんですよね」
「その通りだよ。負の数を引くという行為も、とどのつまりはここから来ている」
「それは分かるんですが、うーん………」
「頭で分かっても、納得が出来ないという事かな?」
「そうなんです。むしろ引き算の方が納得できる気がするんです。掛け算だと、何と言うか………泣きっ面に蜂って感じなのかなあ」
「ふふ、確かに負の数は減らすとか消すとか嫌な言葉ばっかり付きまとうけど、本当は物の見方を変えただけだよ」
「物の見方かあ。それでも私には、この式で生まれたプラス1がただの1だとは思えません」
橙は曇った表情を見せる。成程、計算は出来るのだがそれを具体で思い起こす事が出来ないのだ。学んでいくうちに次第に分かって来る事なのだが、このもやもやを抱えたまま計算だけをこなしていく事によって、式と疎遠になってしまう事も中にはある。ここは一つ、発想の種でも撒いてやる事にしよう。
「ではこうしよう。数字の1が『外の世界の人間』だとする」
「人間?」
「そう。外の世界の人間。幻想ではなく実存に生きる彼らを、ただそこにある『1』の存在とする」
「外の世界の人間が、1かあ」
「それから、この式は元々こういう形だったと考える」
私は、橙が書いた式の始めと最後に1を加えて、1×(-1)×(-1)=1という式を示した。
「ここから何か感じるかい」
「そうですねえ。人間がうろうろした後に、やっぱり元に戻ったように思います」
「その通り。この式は、『神隠し』を表しているんだよ」
「ええ? 神隠しって………紫様がたまにやってるとか言う」
「まあそうだね。つまり外の世界の人間が幻想郷へ迷い込む事を、この式は表していると考えられる。正の整数を自然数の言うのに対して、負の数は物事の裏側を示す数字なんだ。負に乗せるという式によって、人間は実存を保ったまま反対側の世界へと誘われる」
表の真理しか知らず、実数平面第一象限の中を楕円のような軌跡を描いて生きている人間達。世界から見れば、彼等は実軸の上で震えているようにしか見えない。そんな外の世界の人間がある日突然常識を180度捻じ曲げられ、虚軸なる論理結界を超えた事を認識する間もなく世界の裏へ実体を現すのだ。
「その人間は途中でマイナス1の根元に出会うだろう。それは幻想の存在である、私達幻想郷の生き物達だ」
そして彼は再び境界を超える。見慣れた常識の軸に収まった彼はもう普通の人間と変わらない。やれ妖怪だの魔法だのを見たと言っても信じる者はいないだろう、彼にはもう幻想の残滓は残っていないのだから。やがて夢を見たとでも思うか忘れるかして、元の自然な存在と共に四則の規範に埋没するのだ。
「だから他の1と同じように扱っていいんだよ。もし計算してその1が出て来たのなら、幻想を体験した存在として、ほんの少し記憶に留めてやればいいんだ」
「答えだけじゃなくて、途中式の意味を捉えておけという事ですね」
「そう。過程を疎かにした真理というものは偶然の産物とそう変わりない。そこに至るまでの道のりにこそ目を向けるべきなんだ」
「分かりました!」
少し言葉を濁したところがあったが、まあ何とか感覚で捉えてくれたようだ。流石に橙に虚数などを教えるのはまだ早い。数学は式に対する直感と厳密さが必要であり、那由多に広がる方程式の世界の中で跳ね回る式神を幻視する事こそが重要なのである。
「よし、今日はここまで。次も難しく成るかもしれないけど、橙なら大丈夫だろう」
「任せて下さい。きっと上手くやってみせます!」
「ああ、その意気だ」
橙の髪をくしゃくしゃと撫で回してやった。力なく垂れた耳に反してその尻尾は手鞠のように心地よく弾んでいる。
いつかは橙も式を操る日が来る。それは同時に、主としての私の強さの向上の証でもある。八雲と名乗ったその日から、私という式は常に前進しなければならない使命を承ったのだ。
手の下にある頭にはどんな原石が眠っているのだろうか。私はこの原石をどこまで磨いてやる事が出来るのだろうか。それは、私という研磨剤もより堅固に成らねばならないという意味でもある。
横目で見た窓の外は暗くなっていた。太陽の輝きに隠れていた天体がぽつぽつと夜の隙間から顔を覗かせている。
「もう遅いから夕食にしようか。今日は美味しい油揚げを買って来たから煮びたしでも作ろう」
「わあい」
「疲れただろう、私が準備するから橙は座ってなさい」
「いえ、手伝います! 文武両道が賢者の勤めだと紫様に言われましたから!」
「微妙に違うような………まあいいや、それなら目一杯働いてもらおうか」
「はい!」
ああ、本当にいい子だ。
出来る事なら、フーリエのように逞しく、ライプニッツのように広い視野を持ち、ハミルトンのような美しい人生を歩んで欲しい。
パリン
「にゃあああっ!?」
───だが時にはガロアのような生意気に、フェルマーのように大人達に迷惑を掛けてやる事を忘れずに。
「ご馳走様でした!」
「はい、お粗末様」
ふむ、中々の味だった。これからは定期的に献立に加えても良いかもしれない。
食器を洗った後、私は橙に泊まっていくよう促したが、「昨日赤ちゃんを生んだ猫の親子が心配なので」と橙は惜しみながら帰り支度をし始めた。
「そうか。それじゃあ土産という訳じゃないが………確か、もうそろそろ帳面が残り少なくなっていただろう? 私が新しいのを上げよう」
「わあ、ありがとうございます」
私は橙を連れて自室に戻り、まだ使っていない帳面を探すべく二人で部屋を漁り始めた。
「あの棚の辺りはどうでしょうか」
「いや、あの棚は昔の帳簿だ。それよりも確かこっちに………おっと」
ふとした拍子に一冊の帳面が棚から落ちた。その古ぼけた表紙を見てはて何だろうと拾い上げる。薄汚れて掠れた表題は読む事が出来なかったが、私はその本に深い懐古の念を与えられた。
「ああ、懐かしいな」
「藍様、それは?」
「昔、私が使っていた物だよ」
それは私が歩んできた式の歴史であり、数式の軌跡であった。
人間の方程式を学ぶ事から始まり、妖怪の方程式を理解して、今は紫様の歩んだ道を辿り続けている。そんな私という式が積み重ねた式がこの中に留められていた。
勿論式神としての使命が第一なので、仕事に足る分以上の行為はただの暇潰しになってしまう。だが暇という隙間を埋める事が妖怪の本能であり、同時に幻想郷の妖怪の生き甲斐でもある。
ぱらぱらと頁を捲っていると、ある一片で私の手が止まった。その目が捉えたのは、何の絢爛もない一つの式。
eiπ+1 = 0
ああ、と私は無意識の内に嘆息を漏らしていた。
私はこの式を目に映す度に、全身に一度に凍傷を負ったような気分になる。
最初に感じるのは冷たさではなくむしろ熱だ。奥底に秘められたエネルギーを血が感じ、沸騰したかのような気配に覆われる。やがて熱が大気へ逃げて行くと同時にもう一度この式を覗き込む。すると今度は式が魅せる清冽な立ち振る舞いを見て、全身が粟立ちふるふると身を震わせるのだ。過去幾度となく繰り返されて来たこの感触に、しかし私は心地良ささえ覚える。
何故この式はここまで美しいのだろうか。外の世界の人間の遺物であるこの式に、どうして妖怪たる私がここまで魅了されるのだろうか。いや、答えはとうの昔に分かっている。
「えっと、その式………でしょうか。それがどうかしましたか?」
横から不思議そうに橙が覗き込んできた。この子にとっては未だ記号の羅列くらいにしか思えないのだろう。
「これはね、『オイラーの等式』と呼ばれる世の真理の一つだよ」
「真理?」
「ああ、これは神が打った万物に等しい式なんだ」
π は世界だ。無限に続くこの数字が我々の心の中だけで完全な円のイデアを生み出すように、意識有る生物は心を介してでしか世界に触れる事が出来ない。奇怪なる幾何の中の奇禍の全てが断絶しているように見えて実は連続した一つの輪を作り上げている。
i は妖怪だ。数に代わる世界、つまり人間の心の中から生まれた幻想であり、実体の裏に潜むもう一つの真実。実体の世界で働く法則定理が幻想世界でも通用する事は必然だったのだ。何故なら幻想もまた真理であって、定義し、幻想する人間の数だけ我々の存在は確立されるのだから。
e は人間だ。導かれ、積み重ねられた歴史の中でただ唯一変わる事の無かった人間。果てしなく無に近づいて行く世界の解析を重ねて行く1が、無限の未来を目指して生まれた超越なる存在。人間は世界によって表され、世界もまた人間によって等しく式を打たれるのだ。
そして、eiπは───
「───幻想郷だ。私達が住む楽園にして、あらゆる存在が認められた聖域なんだよ」
世界と妖怪が指し示す未来の根底を、人間が支えている。それまでは消して交わる事がないと思われていたこの三位を、たった一つの項に集約させた奇跡の一手。
この世の真理を最も単純に、そして最も美しく表した最上の式。
私は生涯、この式に崇敬を抱かない日はないだろう。
「……ん」
気が付くと、側に立つ橙がぽかんとした様子で式に眼を落としている。どうやら話に付いて来れなかったようで、「え、えっと………?」などと呟きながら当惑の色を見せていた。
「ははは、橙にはまだ早かったようだね」
「す、すみません」
「謝る事じゃない、むしろ当然なんだ。私でさえ数学を習い始めてこの式に到るまで半月も掛かったのだよ」
「藍様がですか?」
「それ程難しい事なんだ。………さて、新しいのはこれでいいかな」
古い表紙を閉じ、私は棚から新しい帳面を出してやる。それはこれから知識で埋まるであろう橙の頭のような、真っ白な帳面だった。
すっかり遅くなってしまったようだ。橙を見送りに玄関まで付き添うと、高く登った月の輝きが私達に笑いかけている。慌てて彼方へ飛び去っていった橙に手を振って、私は小さく溜息を付いた。
あの子は私よりもゆっくりと世界を学んでいくだろう。だが、確実に式を理解出来る日はやってくる。その時まで、私もゆっくりと気長に待つ必要があるようだ。
自室に戻った私はもう一度あの帳面を開いた。そこに依然として輝きを失わない幻想郷の横に並んでいた1を見て私は想う。
この1は外の世界だ。『ただそこにある存在』を示す、確固たる世界。
そして、幻想郷たるeiπと、外の世界の1が揃い、互いに手を取り合って生まれる境地が、
「素晴らしきかな、完結なる『0』という調和なのだ!」
表と裏で対を成す、完全なる収斂だ。
それは余分なく不足なく歪みなく滞りなく、世界を明晰に表している。
ああ、まさしくこれは真理そのものだ。この世界の本当の姿が、この小さな小さな式一つで表されるとは!
その昔、私がこれを初めて見た時深く疑問に思った事がある。
───どうしてオイラーは、外の世界で生きる人間である彼は、幻想を介した真理に行き着いたのだ?
無論、そこには先人達の偉業もあるだろう。数百、数千という人間にとっては悠久とも思える時間を掛けて、ようやく一人だけが辿りつけた場所なのだから。だが私は、その真実の裏に隠されたもう一つの真実を仮定してみることにした。
ひょっとすると彼は現人神だったのではないか。幼少の頃よりその才を持て囃され、神の手帳を覗き込み続けた彼は信仰を一身に集め、遂には神そのものに崇められるほどの信仰と力を付けたのだ。そして彼はその神徳を遺憾なく発揮する。それは発想という形で神に問い続け、こうして世界の片鱗に触れる事が出来たのだ。私はあの人間に、ある種の崇敬と渇仰の念を禁じ得ない。
式神たる私は人間よりも正確に、さらに複雑な計算をする。だが逆に言えば、決められた計算を処理して行くばかりで、新しい方程式を生み出す事に長けてはいない。
だから私は常に世界に話しかける。一定のパターンでしか動かない方程式の中に潜む世界の意思を読み取った時、私は晴れて世界と直接言葉を交わす事が出来るのだ。
さあ数学を始めよう。
始期に識者が指揮する式で、至貴なる色を史記に刻め。
景色を幾何学し、論理を集合させ、様々に数を代え、森羅万象を解析し、未知の確率を零にしてやろう。
小さくとも大きくとも分たれていても孤独であっても超越していても正しくあっても定められても変わり続けても全ての数を認めてやろう。
それら全てが世界の姿だ。次元の泡沫に揺蕩う真理の姿だ。
「何故なら世界は唯二つ、数字と心で作られるのだから!」
そうして今日も私は式と向き合う。
暇潰しでも不必要でもいい、未だ見ぬ式と踊る事が妖怪としての楽しみなのだから。
───さて、この式はどんな軌跡を辿ってくれるのだろう?
三途の河に式を打ちながら、私の心は深い深い数字の海に溶けていった。
でも算数苦手なので少しツラかった(泣)
僕は文系なのでオイラーの等式とか知らなかったんですが、それでも素直に感服させられました。脱帽。
数学を幻想する境地、それを垣間見た気がしました。
ただある式に意味を与え意思を認め、大仰に見栄を切る藍様が素敵過ぎて始終ニヤニヤしっぱなしでしたw
数学がよほど好きじゃないとこれは書けないんだろうなあw
ラカンみたいにソーカル先生に怒られないかどうか心配
美しいのには同意する。
ただ、自分はあまりピンと来なかった
でもおもしろかったです。なんていうか圧倒されました
数字に生き物の臭いみたいなのを感じますね
アラビア数字でこういう感覚を持ったのは初めてなので新鮮でした
自分も新しい世界が見えたような気がします
中学生の頃に同じように-1×-1=1に苦悩していたのを思い出しました。
オイラーの公式の話も面白かったです。
数学というモノの見方が変わる話でした。
楽しかったです。
シリーズ化してほしいです
相加相乗平均とか、黄金比とか……
圧倒された!
発想、および式に対する愛情あふれる表現にただただ感服するばかりです。
幻想郷では、ピタゴラスが説いたように、あらゆる式に独特の哲学があるんですね。
上手い料理法だと思いました。
ただただ感服しました
最初橙が何言ってんのか分からなかったが
分かると確かに疑問だ。
後はすっかり置いていかれたが藍様が楽しそうだから良し。
八雲らしいSSだと思った。
すばらしい発想だ
素敵、さすが藍様素敵。
しかも妙に納得してしまう。
世界は数字と心で出来ているか…感動した。
数学のことで鳥肌たったこともなかったな。
あ!あと8の解釈にも感動した。
オイラーの式の幻想郷的解釈がすごく気に入った、熱く数学を語る藍様も素敵。
こんな雰囲気の話をもっと読んでみたいと思いました。
そう思わされました。
-1×-1=1は中学生時代どうしても納得できなかったのを思い出しました。
あの頃は-1って数えられる物体を持って来いとか、温度でマイナスが必要? だったら一番冷たい状態を0にしたらいいじゃねえか! とか思ってました。
方程式なんて言葉を耳にも目にもすることが無くなった今になって、つい先日+をする-をしないに置き換える文系向けの説明を目にして、ようやく納得したので橙の疑問はとてもよくわかりました。
オイラーの等式のくだりは、なるほど素晴らしいと思いました。
が、私は世界を説明してるっていうよりは、人間はきちんと数学をしてきたという証明になったことの方が素晴らしいと感じました。なのでそちらにも触れてもらいたかった。
こういう作品を書ける方は少ないので、是非とも次回作もお願いしたいです。
オイラーの等式が幻想郷を含めた世界そのものを表す式、
という発想が素晴らしかったです。
一つの等式から、色々なものを想像する面白さを学びました。
数字、数式で感動することがあるとは……
八雲の皆さんがもっと好きになれそうです。
そんなイメージが浮かびました。
万物は理の掌にあり、数学を含め自然科学を理解するには、
人間が美として認識する理を解する力が必要であるという
説話に通ずるものが、あるように感じられました。
ひょっとしたら、どこかにある式や理を紐解けば、
幻想郷に行き着くことができるのかも知れませんね。
面白いお話をありがとうございました。
自分はⅢCで挫折しなかっただろうに……。
eを見るたびに理系行ったことを後悔していた受験期を思いだし、ちょっと残念な気分になりました。
「フーリエのように……」の下りが物凄く印象に残りました。
藍様の賢さが現れているような綺麗で纏まった良作をありがとうございます。
なんか気持ちよくなったw
すごいな、前半の-1についての会話も、ここに通じていたのか。
でも八雲の8が進化の可能性を秘めているって凄い納得。良いですねぇ。
数字にここまで意味を持たせるとは…これはもはや浪漫だょ!
高校で周期・指数関数の複素数ってやらんくね?
なにはともあれよかた。
ここに私が目指していた、幻想と科学の統合を見ました。感涙です。
科学によって世界が成り立っているのと同様に 幻想によって世界が成り立っている。なぜならば科学と幻想は相反するもののようでいて、同じ物だからである……っ