廃線になったはずの駅のホームにありえないほど大量の人間が蠢いていた。
今日ここに着く電車は夢の先へ連れてってくれるという。
皆未来を、希望を求めて目を血眼にしてまだかまだかと待ち構えている。
それが自分の望んだものであると本気で信じているのだろうか。
夢の先が本当に光に満ち溢れたものであるという根拠は、自信は、どこから。
あれに混ざる気は到底起きず俺はベンチに座ったまま煙草に火を点けた。
未来が無い、存在しないからこうして電車を待っているがこの烏合の衆を眺めていると段々馬鹿らしくなってきた。
いっそ投身自殺でもしてダイヤを止めてやろうかとも考えた。
それすらも馬鹿らしいが。
外灯も無い暗闇の先から車輪の音が聞こえてきた。
ライトも点けていない車体はまるで現実のものには思えない。
だがその姿に人々は歓喜し興奮し我先にと乗車口に群がっていく。
俺は動かない。
あの電車に乗るには切符が必要だ。
それを持ち合わせていない俺はあの行列に混じろうが無意味なのだ。
短くなった煙草を地面に叩きつけ踏みにじる。
ちょうどその時咽び泣く声が聞こえた。
──どうか、どうかお願いします。私に席をお譲り下さい。
何両もあるはずの電車はすでに満員でかなりの人数があぶれてしまっていた。
次に来るのは何時になるのだろうか。
そもそも“次”なんてものがあるのだろうか。
あそこで惨めに泣いている男はそれが分かっているのだろう。
延々と懇願し続けとうとう中の一人が場所を譲った。
周りから拍手が鳴り響く。
美談も美談、何とも心暖まるお話。
譲られた方が何度も何度も頭を下げ礼を言っていた。
やがて発車の笛が鳴り、扉が音を立てて閉まった。
電車が動き出す。
やはり俺は動かない。
窓際、あの男が小さくほくそ笑んでいたのを俺だけが見ていた。
どちらも馬鹿だ。
***
電車が去った後、誰も居なくなったホーム。
俺はまだそこにいた。
胸のポケットには空の煙草が潜んでいる。
口元が寂しいが周りには自動販売機すら見当たらない。
曇りの夜空には星ひとつ無く、完全な暗闇がそこには広がっていた。
戻る場所の無い俺にはここで一人座っていることしか選択肢が無い。
不安も恐怖も焦燥も感じなかった。
退屈。
それだけが俺の周りをうろちょろと嗅ぎ回っていた。
不意に聞こえたのは先程見送ったはずの車輪の音。
次いで眩しすぎるライトが俺の姿を曝け出した。
次発なんて存在したのか。
生憎俺には乗る資格が無いが。
扉が開く。
驚くべきことに降りる客がいた。
女だ。
どこかの令嬢のように紫のドレスに身を包み何故か日傘をさしている。
上品な佇まいに嫌になるほど胡散臭い雰囲気を漂わせてそいつはゆっくりと俺に近づいてきた。
──御機嫌よう。
俺に話しかける時点で怪しい、怪しすぎる。
一応尋ねる、何の用だと。
──あなたはお乗りにならないのですか?
質問に質問で返してきやがった。
分かった、こいつは絶対に俺の話に応えるつもりがない。
あくまで自分が聞きたい、喋りたいことのみ話すタイプの人間だ。
まあ、それでもいいだろう。
俺のペースで話したいことも無いのだから。
質問に答えてやる、乗らないし乗ることができない。
──それは何故。
切符が無い。
証明書も無い。
俺は俺であることの証明書も、未来に強く望む切符もどちらも無いんだ。
だからこの電車には乗れない。
──それはそれは。
興味無えなこいつ。
──素晴らしい。大変素晴らしい。
あ?
同情する振りを見せると思ったら賞賛する振りを見せやがった。
何だこの女は。
どういう意味だ、と聞いても無駄か。
──あなたのような人物こそこの電車の向かう場所に相応しい。
冗談じゃない。
夢の先なんてこちらから願い下げだ。
──いえいえそんな大層な所ではございません。この電車が向かうのは夢にも満たない、そう幻想の先でございます。
何故俺がそんな場所に相応しいと言える。
──幻想が幻想足る所以はそれが現実ではないからです。現実に因果を持たないあなたはまさにうってつけ。あなたにはこの電車に乗車する権利がある。
そこで俺は何が出来る。
──何をしても結構。何もしなくても結構。あなたが思い浮かんだように行動してくださって構いません。
何もしなくても、ね。
熟考する振りをしようとして煙草に手を伸ばしたが、箱が潰れる音だけ響いた。
小さく舌打ちをし顔を上げるとそこには箱から飛び出した一本の煙草とそれを持つ白い手袋が見えた。
お見通しってわけか。
──さあ、どうぞ。
拒む理由も留まる理由も無い。
乗れるというのなら乗ってやろう。
重い腰を上げ光が漏れる扉の先へと体を潜らせた。
この先に煙草は売っているだろうか、それだけが気がかりだ。
出発の瞬間、何故か猫と狐の鳴き声が聞こえた。
***
目を覚ますと俺は森の中にいた。
空には月が浮かび夜の森は淡く青に染まっていた。
これが幻想の中だってか、だとしたら随分と物寂しいところだ。
頭がひどくぼんやりする。
まるで現実感が無い。
今までの自分とは何かが違う、例えば思考回路。
スイッチが別の所に入ってるような浮遊感。
俺は酔っているのだろうか。
背後から草の擦れる音が聞こえた。
勢い良く振り返った俺の目に飛び込んできたのは一人の少女だった。
こんな所に?
こんな時間に?
まあ、いい。
あんた人間か?
夢幻の類じゃあないな?
そうか、あんたも一緒か。
いつの間にかここに迷い込んでいたと、なるほどな。
ああ、聞きたいことや話したいことは多々あるが取り敢えず──
──腹が減ったな。
今日ここに着く電車は夢の先へ連れてってくれるという。
皆未来を、希望を求めて目を血眼にしてまだかまだかと待ち構えている。
それが自分の望んだものであると本気で信じているのだろうか。
夢の先が本当に光に満ち溢れたものであるという根拠は、自信は、どこから。
あれに混ざる気は到底起きず俺はベンチに座ったまま煙草に火を点けた。
未来が無い、存在しないからこうして電車を待っているがこの烏合の衆を眺めていると段々馬鹿らしくなってきた。
いっそ投身自殺でもしてダイヤを止めてやろうかとも考えた。
それすらも馬鹿らしいが。
外灯も無い暗闇の先から車輪の音が聞こえてきた。
ライトも点けていない車体はまるで現実のものには思えない。
だがその姿に人々は歓喜し興奮し我先にと乗車口に群がっていく。
俺は動かない。
あの電車に乗るには切符が必要だ。
それを持ち合わせていない俺はあの行列に混じろうが無意味なのだ。
短くなった煙草を地面に叩きつけ踏みにじる。
ちょうどその時咽び泣く声が聞こえた。
──どうか、どうかお願いします。私に席をお譲り下さい。
何両もあるはずの電車はすでに満員でかなりの人数があぶれてしまっていた。
次に来るのは何時になるのだろうか。
そもそも“次”なんてものがあるのだろうか。
あそこで惨めに泣いている男はそれが分かっているのだろう。
延々と懇願し続けとうとう中の一人が場所を譲った。
周りから拍手が鳴り響く。
美談も美談、何とも心暖まるお話。
譲られた方が何度も何度も頭を下げ礼を言っていた。
やがて発車の笛が鳴り、扉が音を立てて閉まった。
電車が動き出す。
やはり俺は動かない。
窓際、あの男が小さくほくそ笑んでいたのを俺だけが見ていた。
どちらも馬鹿だ。
***
電車が去った後、誰も居なくなったホーム。
俺はまだそこにいた。
胸のポケットには空の煙草が潜んでいる。
口元が寂しいが周りには自動販売機すら見当たらない。
曇りの夜空には星ひとつ無く、完全な暗闇がそこには広がっていた。
戻る場所の無い俺にはここで一人座っていることしか選択肢が無い。
不安も恐怖も焦燥も感じなかった。
退屈。
それだけが俺の周りをうろちょろと嗅ぎ回っていた。
不意に聞こえたのは先程見送ったはずの車輪の音。
次いで眩しすぎるライトが俺の姿を曝け出した。
次発なんて存在したのか。
生憎俺には乗る資格が無いが。
扉が開く。
驚くべきことに降りる客がいた。
女だ。
どこかの令嬢のように紫のドレスに身を包み何故か日傘をさしている。
上品な佇まいに嫌になるほど胡散臭い雰囲気を漂わせてそいつはゆっくりと俺に近づいてきた。
──御機嫌よう。
俺に話しかける時点で怪しい、怪しすぎる。
一応尋ねる、何の用だと。
──あなたはお乗りにならないのですか?
質問に質問で返してきやがった。
分かった、こいつは絶対に俺の話に応えるつもりがない。
あくまで自分が聞きたい、喋りたいことのみ話すタイプの人間だ。
まあ、それでもいいだろう。
俺のペースで話したいことも無いのだから。
質問に答えてやる、乗らないし乗ることができない。
──それは何故。
切符が無い。
証明書も無い。
俺は俺であることの証明書も、未来に強く望む切符もどちらも無いんだ。
だからこの電車には乗れない。
──それはそれは。
興味無えなこいつ。
──素晴らしい。大変素晴らしい。
あ?
同情する振りを見せると思ったら賞賛する振りを見せやがった。
何だこの女は。
どういう意味だ、と聞いても無駄か。
──あなたのような人物こそこの電車の向かう場所に相応しい。
冗談じゃない。
夢の先なんてこちらから願い下げだ。
──いえいえそんな大層な所ではございません。この電車が向かうのは夢にも満たない、そう幻想の先でございます。
何故俺がそんな場所に相応しいと言える。
──幻想が幻想足る所以はそれが現実ではないからです。現実に因果を持たないあなたはまさにうってつけ。あなたにはこの電車に乗車する権利がある。
そこで俺は何が出来る。
──何をしても結構。何もしなくても結構。あなたが思い浮かんだように行動してくださって構いません。
何もしなくても、ね。
熟考する振りをしようとして煙草に手を伸ばしたが、箱が潰れる音だけ響いた。
小さく舌打ちをし顔を上げるとそこには箱から飛び出した一本の煙草とそれを持つ白い手袋が見えた。
お見通しってわけか。
──さあ、どうぞ。
拒む理由も留まる理由も無い。
乗れるというのなら乗ってやろう。
重い腰を上げ光が漏れる扉の先へと体を潜らせた。
この先に煙草は売っているだろうか、それだけが気がかりだ。
出発の瞬間、何故か猫と狐の鳴き声が聞こえた。
***
目を覚ますと俺は森の中にいた。
空には月が浮かび夜の森は淡く青に染まっていた。
これが幻想の中だってか、だとしたら随分と物寂しいところだ。
頭がひどくぼんやりする。
まるで現実感が無い。
今までの自分とは何かが違う、例えば思考回路。
スイッチが別の所に入ってるような浮遊感。
俺は酔っているのだろうか。
背後から草の擦れる音が聞こえた。
勢い良く振り返った俺の目に飛び込んできたのは一人の少女だった。
こんな所に?
こんな時間に?
まあ、いい。
あんた人間か?
夢幻の類じゃあないな?
そうか、あんたも一緒か。
いつの間にかここに迷い込んでいたと、なるほどな。
ああ、聞きたいことや話したいことは多々あるが取り敢えず──
──腹が減ったな。
なんてダーク、と言うより純粋な黒かな。
そしてまた作品もいいです
こういった幻想郷を別の側面から書く事は下手をすると東方の世界観から逸脱しがちですが、よくまとまっています
作者様の多様な作風は素晴らしいです、これからも頑張って下さい
ありがとうございました
人間という仕事をやめた彼に果たして未来はあるのか
夢の先、幻想の先なんて、見たくもないものばかりなのでしょうか
内容は確かに『乗車権』でした
それ以上でも以下でもありません
しかし最後は確かにぞわっとしましたね;w