東方紅魔卿 ~ the Embarrassment of Scarlet Devil.
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風に乗った、青葉の香りと、穏やかな気候に満ち溢れる幻想郷。
暖かい陽光が、妖怪、人間、その他問わず全てのものに降り注いでいる。例年ならば仕事に、遊びに、あるいは暇つぶしに多くの者が精を出すほどの心地よさがあった。
だが今はどれだけ耳を澄ましても何一つ活気溢れる音が聞こえてこない。
幻想郷中が沈黙していたのだった。
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博麗神社の巫女、博麗 靈夢(はくれい れいむ)は静寂に包まれて久しい境内を物思いにふけりながら眺めていた。
普段なら賑わうまでにはいかないが、退屈する間がないほどには参拝客があって、それなりに忙しく楽しい毎日を送っているものである。
そんな神社が、今は音もなく鳴き続ける閑古鳥によって埋め尽くされていた。
しばらく前に現れた吸血鬼の攻勢は妖怪だけでなく、人間にも大きな影響を与えていたのだった。
博麗神社は里から距離があり、ここに至るまでの道も決して明朗とはいえない。吸血鬼やその手に落ちた妖怪に襲われることを懸念した人間達の足は途絶えてしまったのだ。
靈夢「いよいよ、……かしら。」
人が訪れないのはどうにでもなる話だが、吸血鬼をこのまま野放しにしていれば、近いうちに幻想郷のバランスは崩れ去ってしまうだろう。
動かないよう言われていたものの、このまま何もせずに事態が解決するとは到底思えないし、なにか水面下で話が動いている気配もない。
靈夢「……巫女の仕事はやっぱり妖怪退治よね。」
空になった湯飲みを置くと、かつての少女は身支度を始めたのだった。
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西行寺家に仕える半人半霊、魂魄 妖夢(こんぱく ようむ)は、主である西行寺幽々子(さいぎょうじ ゆゆこ)の将棋の相手をしつつ、彼女から従者のあり方について教えを受けていた。
幽々子「いい?主の言葉を文字通りの意味で受け取って三流、その真意が理解できて二流、真意に沿って動いて、ようやく一流……。」
成仏が一時的に停止され、冥界の霊たちも一段と増えてきたとはいえ、ここ最近の騒々しさは尋常ではない。もっともここは冥界であり、聞こえてくるのは人間はおろか妖怪の手も入っていない豊かな自然から発せられる音のみである。
騒々しい、というのは浮き足立つ霊たちを比喩したものだ。
妖夢の聞くところによると下層、幻想郷では一体の吸血鬼が大暴れして手が付けられないらしい。友人も相当困っている、と幽々子は言っていたが、その割にはこんなところで暢気に将棋を指していた。
幽々子「……そして、余計なことを色々しながら真意に沿うのが超一流の従者よ。だからあなたは一流の従者になりなさい。」
妖夢から最後の歩を取り上げながら幽々子は言った。
妖夢「超一流ではないんですか?」
幽々子「主を蔑ろにするなんて妖夢はひどいわね。孫の手よりも人の手のほうが心地いいのは当然だけど、それよりも自分の手の方が気持ちいいのよ?……はい、王手。」
亡霊も背中が痒くなるのかな、と首をかしげながら20連敗する妖夢は、未だ三流の従者見習いだった。
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幻想郷は、いつもと同じように、平穏な日々を送っているはずだった。
魔界と幻想郷の間で起きた一連の騒動から、すでに10年ほどの月日が経ち、妖怪達はおろか人間までもがかつての出来事を忘れ、平和を謳歌していたのである。
それが、音を立てて崩れ去ったのは、ほんの数週間ほど前の話だった。
「吸血鬼」 自らそう名乗った一人の少女は、その絶大な力を持って幻想郷へ侵攻した。
幻想郷の中には、彼女に立ち向かう勇敢な妖怪もいたが、平和という名の堕落に落ち込んでいた彼ら、彼女らは手も足も出ず、逆にその強大な力の前に屈服せざるを得なかった。
力なき者達は同じように吸血鬼の前に跪き、力ある者達は自らの平穏を第一として一切関わろうとしなかった。
誰もがそのときになって初めて、永遠に続くと思われていた平和が、灰のように脆いことに気がついたのである。
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「姉さま。」
身支度を整え出発しようとする靈夢の背後から声が聞こえてきた。まだまだ穢れを知らない純粋さが特徴的な幼い少女のものだ。
靈夢が振り向くと、そこにはまだ十代にも満たない小さい影が一つあった。
「……どこへ行くんですか?」
靈夢を心配そうな目で見つめながら少女は言った。護符や封魔針、御幣で全身を固めた姿を見ればおのずと行き先は分かるのだが、今幻想郷がどういう状況に陥っているか、ある程度理解しているからこそ少女は聞かずにはいられなかったのである。
「ちょっとそこまで。……妖怪退治にね。」
「え、でも……。」
少女は口ごもった。分かりきっていたことだったが、それでも幼く小さい身体に衝撃が走っていった。これ以上聞かなくても、相手はあの吸血鬼だろうということが分かった。
だが、いくらそこらの妖怪では歯が立たないほどの力を持つ靈夢であっても、ただで済むとは到底思えない。
少女は決して靈夢の力を見くびっているわけではない。彼女にとって母親代わりであり師匠でもある靈夢を失うことが、ただ怖かったのだ。
そんな少女の心のうちを悟った靈夢はゆっくりとしゃがんだ。
「留守番お願いね。」
二人の目線が同じ高さになったところでやさしく微笑みかけた。靈夢の声には母性溢れる暖かさが感じられる。
そんな靈夢の言葉を聞いても少女の暗い面持ちは変わらない。それどころか耳を傾ければ傾けるほど、見慣れた顔を見れば見るほど、少女の中でこみ上げてくるものが大きくなっていった。
母親としての指が少女の下まぶたのあたりにそっと触れると、もう一度だけ少女に笑顔を向けてから靈夢は立ち上がった。
私情と使命のどちらを優先するべきか、それは本来悩むまでもないことである。それでも、こうして戦いに赴く全ての準備を終え、少女の姿を認め、その少女に自らの進路を告げる、その瞬間まで靈夢は悩んでいた。
これまで様々な妖怪が吸血鬼に戦いを挑み、その力の前に敗北したことは靈夢だけでなく、里の人間達ですら知っていることである。いくら靈夢の力がそこらの妖怪とは比べ物にならないとはいっても、所詮人間には変わりない。ましてや、外からやってきた敵は、この幻想郷の慣例、常識についてはおそらくなんの知識も持ち合わせておらず、仮に知っていたとしても大人しくそれに従うはずもない。
その吸血鬼に戦いを挑む、もとい退治しに行くという行為がどれほど危険なものなのかは、靈夢自身が一番理解していた。
目の前にいる娘同然といえる一人幼い少女を残して、命の掛かった戦いに向かうことがどれだけ苦しいことか、靈夢は今そのことをかみ締めていた。
しかし、靈夢は博麗の巫女だった。時には命を捨ててでも幻想郷のバランスを保つこと、それが巫女としての使命であり役目であり、そう教えられ、運命付けられてここまでやってきたのである。
幻想郷が混乱の只中にあるというのなら、その渦中に存在する者、それが強大な吸血鬼であっても倒さなければならないだろう。そしてそれは、いつか、靈夢が巫女ではなくなり、そのあとを継ぐ少女にも求められることである。
ならば、……だからこそ、ここは博麗の巫女のあるべき姿を見せなければならない。
きっと、その決意は靈夢の顔に如実に表れていたのだろう。
少女は必死に口を動かそうとしていたが、いくらやっても言葉は出ず、それどころか身動き一つ取れなかった。
それでも引き止めたい一心で、少女は手を伸ばした。白く細い指が靈夢の袴のすそを掴んだが、少女にはそれ以上力が出なかった。赤い布は指の間を抵抗なくすり抜けていった。
そっと顔をあげるともう目の前に靈夢の顔はなかった。ただ、いつもより心なしか張り詰めた雰囲気を持つ純白の背中だけが見えたのだった。
歩いていく靈夢の後姿を見ながら、今の少女には無事を祈り続けてることしかできなかった。
次第に靈夢の姿は大きく歪み、いつしかその足音も別の音にかき消されてしまった。
髪をまとめて引き抜かれたような激痛が心に降り注いでいる。だが、既に靈夢は歩き出していた。博麗の巫女に後退と言う言葉は似合わない、と、なによりも自分自身に言い聞かせて前へと進んでいた。
ついこの間までいたるところに舞い散っていた桜の花びらはどこにも見当たらず、乾いた石と土だけが靈夢の足元にあった。また再びここに戻ってくることを願いながら、靈夢は一歩一歩踏みしめていく。そして、決して振り向かず、神社のシンボルともいえる大きく赤い鳥居をくぐった。
周囲に比べると幾分高台に社を構えているということもあって、ここでは平地や山とは違った景観を目にすることができる。それを目当てにここまで足を運ぶ人間も多かった。
だが、今日はいつもの風景が見当たらない。せっかくの景色が珍しい顔をした珍しい妖怪に遮られていたのだった。
「久しぶりね。二週間前以来かしら。」
相手は柄になく真剣な顔をしているというのに靈夢の方は軽く接する。聞く耳は持ち合わせていないと言わんばかりだ。
「……あなたは鳥よりは利口だけど、私が望むほどじゃないわ。」
「利口よ。こうして任を果たすんだから。」
目の前にいる妖怪、八雲紫もまた靈夢を止めようとしていた。
「どこがよ。相手に幻想郷の常識なんて通用しないわ。そして、所詮人間は人間でしかないの。」
「今のあんたは妖怪ですらないわね。」
互いの考えは平行のまま、決して交わろうとしない。吸血鬼の排除は幻想郷の平和に必要不可欠な要因だが、博麗の巫女という存在もまた必要な要因である。
巫女の替えは利くが、だからといって悪戯に消耗するのは論外である。紫が少し前に靈夢に対して動かないようにきつく言い聞かせたのは今後を見据えてのことだった。
「どうして、聞き入れてくれないの?」
「聞き入れようにも、この有様じゃ、ね。」
多くの妖怪が屈服しながら、それでもまともに動こうとしない紫に対して靈夢は少し憤りを感じていた。もちろん紫が臆病風に吹かれた、などとは思っていない。
紫、もしくは紫並みの大妖怪が動けば、吸血鬼とはいえ所詮は一匹、討伐にさほど時間は掛からないだろう。だが、今まで散発的に起きていた小競り合いとは違う、大妖怪の戦いは確実に他の妖怪達の闘争心を励起してしまう。
いくら紫が神にも迫るほどの力を持っているとはいえ、幻想郷に住んでいるのは道具を使わなければ空も飛べない外の人間ではなく妖怪である。
取るに足らない妖怪であっても力の使いよう、あるいは他の妖怪との力の組み合わせようによっては、神を越える事も十二分にありえる話だ。
近年でこそ、落ち着いていた幻想郷が再び争いに染まっていくことにでもなったら、誰も手が付けられない。かつて起きた大結界騒動と外の世界の動向を把握している紫だからこそ、幻想郷内部の騒乱を余計に危惧しているのだろう。
そういった事情を理解したうえで、なお靈夢は紫の言葉に反発を覚えていた。ここまで放置して今更それはないだろう、とでも言いたげである。
「亀のふりをしてた頃の方が、よっぽど物分りが良かったわよ。」
靈夢はかつては相棒、それとも親に近い存在だったのかもしれない妖怪を突き放した。
紫がどれだけ苦悩しようが全てが手遅れだった。早急になんらかの対策でも取っていれば話は好転していたのかもしれないが、今からではどのような手段を講じたとしても幻想郷が以前のような平穏に戻ることはありえない。
それなら今一番厄介な存在を叩きのめしてから、じっくりこれからのことでも考えればいい、と靈夢は考えていた。
自力で空を飛べなかった頃とは比べ物にならないほど心技ともに成長したとはいえ、靈夢は靈夢だったのである。
「どうせ暇でしょう?霊夢だけじゃ心配だから留守番してて。」
言葉の持ち合わせがなくなった紫を尻目に靈夢は飛び立っていった。
不思議なことに、紫は力ずくでも靈夢を止める、ということはせず、無言で見送っていた。
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海のない幻想郷において、この広い湖の存在は誰にとっても大きいものである。人間や妖怪がそこで釣りをし、水面の上を妖精たちが飛び回る。冬になれば一面が凍りつき、その様子を見た者は皆、自然の力を実感するのだった。
そんな湖のほとりにそびえ立つ不気味な屋敷こそ、この幻想郷を脅かしている吸血鬼の根城である。
周囲は息を潜めたかのような静けさが立ち込めていた。妖怪の中には吸血鬼の力の前に恐れをなして、その軍門に下った者も大勢いる。そんな連中が湖に点在していた。
しかし、警備、という意味合いが薄いほど偏った配置をしている。これを命令したのが吸血鬼ならば、おそらくは自身の威光でも示しているつもりなのだろう。
そのおかげで、湖についてから程なくして靈夢は屋敷の正面に到着した。
近くから見ると屋敷の鮮やかさが必要以上に目に付く。品のない紅一色の壁が異界的雰囲気を醸し出しているようで薄気味悪く、敵の居城であるせいか、強い嫌悪感を感じていた。
もともとこの辺りには屋敷はおろか、目立った建築物は一切存在していなかった。吸血鬼が現れたと同時にこの場所に屋敷が建ったのである。おそらくは外から持ち込んだのだろう。
この屋敷が紅魔館という名であることはいつの間にか幻想郷中に広まっていた。
周囲は高い塀に囲まれているが、屋敷のちょうど正面にはずいぶんと立派な門があった。紅魔館から流れ出るイメージを忠実に再現した不気味な装飾が施されていて、さながら地獄の門である。
本来なら外的の進入を防ぐために閉じられているはずの門は無用心に開け放されていた。まるでいつでも掛かって来い、と言わんばかりだ。
だが、素直に進入を許しているわけではないようで、門の前には一体の妖怪が歩哨に立っている。
彼女からは幻想郷とは異質な、どちらかと言えば屋敷に近い気配が感じられた。おそらくは外からやってきた吸血鬼の配下だろう。
西洋風の外観を持つ屋敷とは異なり中華風の装いであることは疑問だったが、それは今この場では関係がなかった。
「何をしているんですか?」
「もちろん、屋敷への侵入よ。」
門番は屋敷へと侵入しようとする靈夢にすかさず声を掛け、同時に身構えた。
靈夢はすぐに見つかったのである。いや、見つかったというよりも堂々と門をくぐろうとしていた。
門番は見た目こそ、ただの人間と何一つ変わった部分が見当たらないが周囲に放つ気の密度と濃さには目を見張るものがあった。彼女の見ていないところから侵入を試みても、おそらく気づかれてしまうだろう。
それなら、このまま正攻法で進んだほうが性にあっている、と靈夢は考えたのだった。
「……何者ですか?人間のようですが。」
「巫女よ。」
「……、巫女が何のようです?」
門番は物腰丁寧に靈夢に接している。吸血鬼の仲間にしては気性が落ち着いているようで、靈夢は少し拍子抜けしていた。だが、相手が門番である以上、ここで一戦交えなければ屋敷への侵入はおそらく不可能だろう。
といってもここで騒ぎを大きくすると、せっかくここまで妖怪達に気づかれずに潜入した意味がなくなってしまう上に、相手にする敵が一気に莫大なものとなってしまう。正攻法を選択した時点でそれは避けられないことなのだが、それを選んだのにはわけがあった。靈夢には一つ考えがあったのである。
「……知らないの?」
「何がです?」
「巫女って言うのは古くから妖怪に生贄として捧げられる存在なのよ?」
「はい?」
「だいたい考えても見なさい。人間がこんなところに一人で来るわけないでしょう。ここにいるのは妖怪ですら歯が立たない吸血鬼なんだし。いわゆる人柱ってやつよ。あんた、もうちょっと頭を使いなさい。」
もちろん口からのでまかせである。とにかく屋敷の中に入りさえすれば厄介事は大分減るだろうし、敵の親玉ともそれだけ早く接することができる。靈夢はどこをどう見ても人間であり、幻想郷にはある程度人間が暮らしている。そして吸血鬼の食料は人間の生き血であるという点をまとめれば、自分たちの安全のために人間が生贄を送り込んだ、という解釈は簡単に成り立つ。
とりあえず屋敷に侵入するために、自分が人柱であると、偽ったのだった。
だが完全な嘘ともいえない。
これほどまで幻想郷を乱したのだから、その元凶である吸血鬼の胸には杭程度ではなく、柱でも打ち込まなければ、少なくとも靈夢の気は晴れない。そのためにわざわざこんなところまでやって来たのだ。
「だから、通るわよ。」
「な、ま、待ってください。」
門番は戸惑っていた。当然だろう。話そのものは理解できるし何の矛盾もないが、怪しいことには変わりない。このまま時間を掛ければ不利になるのは靈夢だった。
そこで一か八か、賭けに出た。
「なによ。要求したのはそっちなのよ?」
「え?……そんな話聞いてないですよ?」
「なに、あんた、門番の癖に聞かされてないの?扱いが悪いわね。」
「そ、そんなこと……ない、……ですよ。」
靈夢の顔に笑みが現れる。彼女はそれを成功という意味で浮かべ、門番は嘲笑という意味で受け取っていた。
「そう?」
わざと念を押す。門番の反応を見る限り彼女は吸血鬼勢力の中でも決して地位は高くないようだ。ひょっとしたらこのまま騙し通せるかもしれない。
「……そうです。ま、まあ、きっと聞いていたけれど、うっかり忘れていたんでしょう。」
「なら、通るわよ。」
「……あ、はい。どうぞ。私は門番なので付いて案内できませんが、ここをまっすぐ進むと玄関ですから。」
「ありがとう。」
靈夢は心から門番に感謝の気持ちを持った。ただ、それは、あなたの扱いが悪かったおかげで無事敵の本拠地に侵入できたのだからいくら感謝してもしたりない、という相手をひどく馬鹿にした感謝だった。
紅魔館の内部は外観同様非常に紅く、それでいて広い。窓は少ないが、その代わり天井から大きなシャンデリアが一つ吊り下げられていて、周りにはほのかな火の灯った燭台が多数配置されていた。
自らの足音以外何一つ聞こえない静寂の中、靈夢の全感覚は研ぎ澄まされていった。ここは敵の本拠地である。門番はあの程度だったが、まさか本陣内部までお粗末なはずがない。
ここまで来てようやく靈夢は前半戦にたどり着いたのである。
「お呼びでないわね。」
靈夢の前に現れたのは、一人の少女だった。その姿は靈夢がかつて戦った悪魔の片割れや魔界の住人を思い起こさせる、フリルで全身を飾り立てたメイドだった。
「呼ばれたわ。一ヶ月近く前から。」
刃物のように鋭い視線が靈夢の顔に突き刺さるが、その靈夢も負けじと相手の顔を氷のような笑顔で見返す。すでに戦いが始まっていた。
「……外にいる、デクの棒連中が言ってたわ。身の程知らずの巫女がいるって。」
「身の程はわきまえてるわ。あなたたちと違って。」
「お嬢様に歯向かおうとしている人間の言葉とは思えないわね。」
「歯向かう?私はただごみ掃除に来ただけよ。」
「それは違うわ。あなたが私の掃除を邪魔しているの。……いいえ、紅白のごみ、かしら。」
「妖怪……じゃないわね。人間の癖に立場と見栄だけは立派よ。」
互いに言葉で牽制しあっていた。靈夢は言わずもがな、彼女の目の前にいるメイド、十六夜咲夜も人間にしては規格外の力を有していることは彼女自身の発言だけでなく、放たれる気配からも感じ取れる。
「……来るなら、さっさと掛かって来なさい。こう見えて私は忙しいのよ。あなたの親玉を倒さなきゃいけないから。」
あくまでも倒すべき相手は吸血鬼であって、咲夜ではない。こんなところで悪戯に時間を消費しても、少なくとも靈夢の得にはならないだろう。
「……はぁ。」
咲夜は靈夢にも聞こえるほど大きく、わざとらしくため息をついた。自分たちのテリトリーであまりに大きく出た闖入者の態度に呆れかえっているようだ。
「……私は。」
「?」
それからさらに一呼吸置いて、咲夜の声が靈夢の耳だけでなく屋敷に響き渡る。
「……私はメイドであって、奇術師ではない。」
「……?」
「奇術師は相手を驚嘆させるために術一つ一つのタネを巧妙に隠す。でも私にはそうする必要がない。タネが明らかとなっていても誰もが驚嘆し、恐怖し、手も足も出ない。」
腕を胸の前で組んだまま、赤色に輝く瞳を細めたまま、咲夜は靈夢を見つめ続けている。相手がただの巫女ではないことぐらい十分、分かりきっているというのに、隙を自分から見せ付けているようだ。
靈夢の方が警戒心の方を強めている分、咲夜の余裕がより際立っていた。
「……何が言いたいの?」
咲夜の焦らすような言葉の数々に、靈夢は少しばかり痺れを切らした。
「私には時間を操る力がある。ただ……それだけ。それでも戦う?」
メイドは声高らかに自らの切り札を宣言した。本来なら最後まで隠し通すはずの奥の手を惜しげもなく披露したのである。
靈夢の放つ気配が一段と深刻なものになったことを感じ取ったのか、氷のように動きのなかった顔に少しばかり余裕が浮かび上がっていた。
「マジックショーの会場はここでいいのか?」
一触即発の空気にヒビが入った。
今まさに雌雄を決しようとした二人の耳に、そして紅魔館に若い男のような声が響いたのである。
「……今日は、身の程知らずが多いわね。」
咲夜の、僅かながらに驚きが含まれた反応から察するに、それが招かれざる客のものだということが分かる。
やってきたのはやはり若々しい外見をした男だった。全身を黒の衣服で覆い、上着の隙間からは灰色のシャツが少し顔を見せている。そしてなによりも、両腰に一本ずつ指してある刀が目立っていた。
「出会って早々、投げかける言葉とは思えないね。」
先ほどから靈夢に向けられている咲夜の殺気だった視線は新たなる闖入者にも向けられていた。しかし、男の方はまったく意に介していない様子である。
「何者?」
現れた男は咲夜にとって理解しがたい存在だった。放たれる気配は靈夢同様恐ろしいほど精錬されているものだが、それを発している本人の正体が依然としてつかめない。
男は妖怪、人間のどちらにも似ていて、どちらとも違う、異質な気配と空気を身に纏っていた。
「これは失礼。俺の名は魂魄妖忌。冥界、西行寺家に仕える庭師兼剣術指南役件雑用、簡単に言えば、超一流の従者だ。」
三百年近く幽々子に仕え、自身もそこらの妖怪とは比べ物にならないほど長く生きているにもかかわらず、普段の言動、態度からは威厳の類がまったく感じられない。
それでいて、いざ戦いになると、妖術だけではなく武術に秀でている妖怪であっても軽くあしらわれてしまうほどの技量を持ち合わせており、主人と合わせて幻想郷、地獄、その他から奇異の目で見られている剣士こそ、この場に現れた男、魂魄妖忌である。
「幽々子の差し金?」
咲夜に顔を向けたまま、靈夢は問いかける。思いがけない存在の登場に幾分驚きを隠せないでいた。
「まさか。お嬢がここまで気を利かせるわけがない。」
妖忌は少しおどけて答える。
「……また、勝手に動いたの?」
「いつもどおり、最善の行動をしただけだ。……それより、せっかくの援軍なんだ、もっと喜べ。」
従者でありながら、指示を仰ぐよりも独断で物事を進めることが多い妖忌だが、今回もそのようだった。ただ、こうした行動が今までまったく咎められていないところを見ると、主である幽々子にはすべて織り込み済みなのかもしれない。
二対一となって少しは靈夢側の優勢となったはずだが、対する咲夜は決して焦りを見せない。彼女は先ほどと同じように覆りようのない余裕を自らの顔に浮かび上がらせていた。
「たいした自信だ、恐れ多い。たかが知れてるが。」
そんな咲夜を馬鹿にするように妖忌は一言口にした。
「一つごみが増えたところでどうにかなるわけでもないのに、ずいぶんと甘く見られたものね。」
「そうかい。……せっかくだ。もっと甘く見てやろう。」
ただでさえ、異様な空気に包まれているエントランスが一層張り詰めていく。双方共に立場、状況、それらのせいで引くことはできず、また、そうする気もない。
妖忌の登場で少しは緩んだ空気が再び一触即発の様相を呈していた。
「……行け。」
妖忌は靈夢に向けて静かに言った。
「……いいの?」
二人掛りで挑んで万が一敗北することにでもなったら、わざわざここまで来た意味がない。念には念を入れたほうがいいことぐらい理解できない靈夢ではない。
もちろんどちらが残って咲夜の相手をするのか、という問題があるわけで、それが靈夢の問いへと繋がった。
「おいおい、見てくれこそこんな感じだが、中身は違う。年寄りはいたわるものだろう?」
この奥にいる敵の親玉と目の前の刺客を秤にかければどちら側に傾くか、それは明白だった。だが、強大な力を持つ吸血鬼とその配下である人間、どちらも手ごわいことに変わりないが、どのみち、両方とも倒さななければ目的は達成できない。
「……じゃあ、後、お願い。」
吸血鬼の力は分からないが咲夜の力については、本人の申告通りならば時間操作。どう考えても戦いにくいことこの上ないために、靈夢はこの場を妖忌に任せることにしたのだった。
「すぐに追いつく。」
余裕そのものと言っていい妖忌の言葉を聞いた靈夢は屋敷の奥へと向かっていった。
そして、エントランスに残ったのは二つの影だった。咲夜は敵を一人逃したというのに追うそぶりすら見せず、目の前の剣士に意識を向けている。
「……あっさり見逃すんだな。」
ともすれば追撃することを諦めたかのようにも見える咲夜に対して、幾分落ち着いた調子で声を掛ける妖忌。
「見逃してなんかいないわ。どうせすぐに追いつくんだし。」
「あいつは見かけよりもしぶとい。あんたの方が先だな。」
「死人に口なしって知ってる?」
「もちろん。……残念だな、せっかくの綺麗な声なんだからもっと聞いていたいところだ。」
「それは……」
咲夜の言葉は途中で途切れた。いや、妖忌は途中までしか聞き取ることができなかったと言うべきか。
なぜならば、妖忌だけではなく、咲夜を除くありとあらゆるものが動きを止めたからだ。
「……それはこちらの台詞だったわ。」
一人、そう呟く咲夜。その言葉は誰にも届かない。届くはずがなかった。今世界の時間は止まり、動くことができるのは咲夜のみである。この瞬間、世界は咲夜だけのものとなったのだ。
咲夜は懐から複数のナイフを取り出した。銀色に輝き、曇り一つなく持ち主の姿を映し出すそれを投げつけると、置物と化した妖忌の周囲に辿りつき、そのまま空中で静止した。
ありとあらゆるものの時間、変化が止まっている以上、どれだけ鋭敏に研ぎ澄ませた刃であっても妖忌を切り裂くどころか傷一つ付けることができない。だが、こうして対象の周囲に速度とベクトルを持たせてばら撒けば、時が動き出した瞬間に相手は無数のナイフに襲われ、すぐに見るも無残な姿となる。
動くことのない妖忌を哀れむような目で見る咲夜だった。結局のところ時間が止まってしまえば、どれだけの力を持っていても、このように形骸化してしまうのである。
これまで彼女に戦いを挑んだ者の大半がこうして無様な姿を晒していたのだった。
「……せめて、刀だけでも抜かせてあげるべきだったかしら。」
勝利は咲夜のものとして確定した。だからこそ、口からにじみ出る言葉にはすべて余裕が見受けられる。
「……次は巫女ね。」
そして、咲夜は無様な侍に背を向けた。
だが、そのまま靈夢の元まで向かえばいいのに、わざわざ時間を動かそうとしていた。咲夜は背後に鳴り響く悲鳴を待ちわびているようだった。
既に彼女の世界を満たすものは余裕から油断へと遷移していることに彼女は気づいてはいなかった。
ゆっくりと、静かに、世界が動き始めた。
「!?」
時が動き始めた、まさにその瞬間、咲夜は自身の確信を打ち砕かれ、切り裂かれた。
彼女の背後からやってきたのは、妖忌の激痛に耐える苦悶の叫び声ではない。妖忌の身体に深く突き刺さり、鮮血を抉り出すはずだった無数の刃である。
そのうちの一本が咲夜の頬をかすめていった。流れ出る血よりも、駆け巡る痛みよりも、重く大きい衝撃が彼女の頭を走っていった。
「……な。」
咲夜が振り向くと、そこには刀を手にした妖忌の傷一つない姿のみがあった。
「時間を止めて、俺の周りにナイフをばら撒く、だろうか。うまい攻撃だが、刺さる前にすべて弾き返せば何の問題もないな。」
妖忌は、人間はもとより妖怪であっても、不可能だと思われることを平然と言ってのけ、それだけではなく実行したのである。
「……ありえない。」
咲夜の背中に一滴冷たい汗が流れた。
「違うな。ありえるからこそ、俺は冥界剣客なんて呼ばれてるんだよ。」
もはや咲夜に先ほどまでの余裕は存在しない。ここにきてようやく咲夜の表情が変わった。それは驚愕を表し、動揺を物語り、どれだけ背後に隠そうとも感じ取ることのできる恐怖が浮かび上がるものだった。
「まあ、こんなもの、霊夢、いや、靈夢だったか……、まあいい、博麗の巫女、あいつでもやってのける程度のことだな。」
「……!?」
「ここは幻想郷で、お前達の世界じゃない。そっちの常識だけでものを考えてると痛い目見るぞ。」
僅か数ミリ秒で終わるはずだった戦いは、僅か数秒で根底から覆された。
それは戦いの結果だけではない。それまで咲夜が持っていた力の絶対性も、音を立てて崩れ去っていったのだ。
「……くっ。」
「さて、これでマジックショーは閉幕か。次は、……ダンスパーティーといこうか。」
相手の切り札を文字通り切り伏せた妖忌と、切り裂かれた咲夜、どちらがこの戦いにおいて主導権を握ったのか、それは一目瞭然だった。
「……いくら、素早く動けるといっても、時間を操れる以上こちらの方が……」
時間を操る以上、先手は常に妖忌ではなく、こちら側である。
咲夜は弾き飛ばされたナイフを拾い上げた。ヒビが入っていたり、刃が根元から折れていたり、原形をとどめないほどに砕けたものは複数あったが、その中から使えそうなものを手に取り構える。
咲夜の顔には、可愛らしい少女には似合わない決死の形相が浮かんでいた。
「鍛え上げたこの剣技……、切れるものは九分九厘、切れぬものは、叩き割る!!」
対する妖忌も自らが手にする刃のように鋭く、重く、あまりに冷ややかな剣士としての顔を惜しげもなく見せつける。
侍と騎士の戦いが今、始まった。
「やれるものなら、やって……、……!?」
そこまで言って、咲夜はようやく、妖忌が手にしている刀が未だ一本のみだということに気がついたのだった。
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遥か後方で金属音が鳴り響く。今まさに妖忌は戦いを始めているのだろう。その甲高く勇ましい音の数々を背に受けながら靈夢は進んでいた。
僅かに点在する窓から外を見ると黒色の世界が延々と広がっていて、その中央には夜の全てを支配しているかのように輝く紅色の満月が静かに佇んでいた。
吸血鬼は夜の世界の住人である。この先にある吸血鬼との一戦は幾分靈夢にとって不利なものとなってしまうだろう。
靈夢の顔は一層引き締まっていった。
館内を延々と彷徨った靈夢が最後に訪れたのが、紅魔館の屋上、時計台だった。
そこは高層建築と無縁な幻想郷にあって、湖や森や、目を凝らせば人間の里まで見下ろすことのできる人工の台地である。巨大な時計は秒単位で時を刻み、耳を澄ますと無数のレンガが規則正しく積み上げられていて、その内側にある歯車の一つ一つが回り、噛み合う音が響いてくる。
館内に漂っていた暗い空気はまったく感じられず、かといって靈夢が普段から慣れ親しんでいる暖かい雰囲気もない。ここにはただ冷たい風が吹き込むだけだった。
靈夢の目の前に、一人の少女がいた。幼い容貌だが、その外見とは裏腹に発せられる気配は靈夢が今まで数えるほどしか感じたことがないほどの凶悪さだった。
「あなたは、エクセリオスって知ってる?」
その少女は目の前に広がる黒い湖を眺めながら、自らに挑もうとする”幼い少女”に一つ問いかけたのである。
靈夢は何も言わず、その鋭い視線を仇敵ともいえる少女に向けていた。それは咲夜に向けられていたものよりも鋭利で長く、血のようなものがところどころにこびり付いている。
「……北欧周辺に伝わる土着神話の一節に登場する女神の名前よ。」
吸血鬼、レミリア・スカーレットは見せ付けるように、囁くように、語り始めた。
「ある日、異界の神が異形の怪物を以って世界を侵略せんとした。その脅威を知った、立場も、力も、普段住まう場所すら違う幾多の神々が、世界を守るために各々戦いを始めるのよ。」
「どうでもいいわ。」
靈夢はその話を一蹴する。相手のペースに乗る気はないようだ。
「エクセリオスは信頼を司る女神。戦いなんて得意ではないし、相手は一体一体が神々に匹敵するほどの力を持った化け物だった。だから彼女は全身に剣や槍、盾、弓矢といった武器をいくつも括り付け、武器の塊となって怪物たちへ立ち向かっていったのよ。それはまるで山のようだ、と形容されているわ。」
だが、そんな靈夢をまるで相手にせず、吟遊詩人にでもなった気でレミリアは物語を口にしていく。
「巨大な剣と化した腕を振るい、巨大な槍と化した足で突き、そのうち身体の一部となっていた武器が壊れるとそこに新たな武器を付けて、戦い続けた。」
意識しないようにしていても、耳を塞いでいるわけではないのでレミリアの言葉が耳に入ってくる。
靈夢の脳裏にはそれらの言葉、一つ一つが複雑に絡み合い、やがて形となっていく。
目の前には今だ目にしたことのない地平線が果てしなく広がり、大地を埋め尽くすようにおぞましい怪物の一団が存在していた。その群れが一斉に駆け込んでくる中、それを迎え撃とうとする一人の少女の姿が露になる。向かってくる怪物同様、おぞましい姿だが、そこから感じられるのは一つ、それも透き通るほど純粋なものだった。
そんな少女に向かって靈夢は手を伸ばすが、それはなだれ込んだ怪物たちによって阻まれ、やがて視界のすべてが黒く染まっていった。
すべてはレミリアが語る単なる物語であり、その言葉から形作られていった靈夢自身の妄想である。だが、それは異様なほどのリアリティを持ち合わせていた。今ここで聞くまでは何一つ接点のなかった物語とそこに登場する存在が異様なほど身近に思え、それらの思いや願い、息吹きに至るまでしっかりと感じることができてしまう。
「まるで、貴女のことのよう。」
レミリアの言葉が全てを物語っていた。
「……自ら神なんて名乗るのはおこがましいけど、女神と言われて悪い気はしないわ。」
靈夢は皮肉で以って返答とした。相手の数こそ異なるが異形には変わりなく、敵に変わりはない。靈夢は手にした御幣をしっかりと握り締めた。
これから戦い、その果てにどちらかがどちらかを倒す。だが、どちらも敗北を受け入れる気はなかった。吸血鬼にはプライドがあり、巫女には使命がある。
双方には言葉のやり取りからは決して計り知ることのできない、密度と熱量を持った感情が胸のうちに宿り、それが互いを牽制し合っていた。
二人の間に長いようで短い沈黙が流れていった。
「ここは……、何もかもが、私にとって新鮮だった。」
その沈黙を破ったのはレミリアだった。
彼女は目を細めながら少し目線を上げた。それは過ぎ去った過去を思い起こし、そのすばらしさを懐かしむ、老人のような動作だった。
「私がこの幻想郷に来る前に住んでいたのは、ルーマニア中北西部、……トランシルバニア、と呼ばれている土地よ。聞いたことは?」
靈夢に反応はない。レミリアはそれを自身の問いかけに対する、否定の返事と取った。
「そう。そこは人間のみが闊歩し、己の欲望に突き動かされるままに汚され続ける外の世界にあって、古き良き大地と空気が残る、のどかなところよ。」
レミリアは両手を広げながら、かつての故郷を言葉だけでなく、自らの手や背中から生えた巨大な二枚の羽も使ってでも表現しようとしていた。
本当に楽しかったのだろう。文字が口から出るたびに邪悪な吸血鬼とは違う、外見相応な幼い少女の笑顔が浮かんでいた。
「そこで私は長い間、退屈な、それでも平穏な日々を過ごしていた。……はぁ、でも、……平穏でありすぎた。私のような存在は今の時代、今の人間にとって絵空事でしかない。」
レミリアの笑顔は、彼女自身の言葉、中でも平穏という、たった二文字によって、鮮やかさを失った暗い色に塗り替えられていった。
「かつて、まだ私達のような怪物が公然の存在として認知されていた、あの懐かしき時代は良かったわ。私達が何の力も持たないひ弱な人間を襲い、食らい、嬲る。そして、力ある僅かな人間との命を賭けた戦いに心と身体を躍らせる。いつ思い返しても至高の日々だった。」
「何かにつけて回顧する。年寄りの悪い癖ね。」
靈夢のある意味、場を壊す言葉を聞き流しながら、なおもレミリアは話を進める。それはいつの間にか故郷の話からレミリア自身の記憶へと進んでいった。
「……いつしか人間は恐怖を捨て、科学と言う名の服を着て、技術と言う名の化粧をし始めた。始めのうちは、おだてあげられた裸の王のように滑稽なものだったけど、それはいつの間にか色を持ち実を帯びていった。……みすぼらしい乞食のような醜悪さだったそれは、いつしか丸々と太り堕落していく貴族のような醜悪さに変わっていった。」
人間という存在を侮蔑するレミリアだったが、それだけではなくその言葉には憤りのようなものが浮かび、悲しみにも似た心が見える。
「それでも、貴族には変わりなく、特権階級であることには変わりない。いつしか人間達はそれまで彼らの力では到底なしえなかった様々な行為、現象、理論を見つけ、起こし、制御するようになっていった。新しい概念を見つけるために科学を用い、それらを自分たちのものとするために技術を用いた。そうして彼らの力、科学技術は広がり、膨らんでいった。」
少女は過ぎ去っていったかつての人間を懐かしんでいるようだった。常に襲う側だったレミリアには彼女なりの人間に対する、食うか食われるか、とは別の思いがあったのかもしれない。
「そして、発達した科学技術は人間達そのものを今まで以上に歪めていった。世界の全てが科学技術によってのみ成り立つ、そう妄信し始め、彼らにとって都合の悪い私達のような存在は幻想と言う名の僻地に追いやられた。」
外の世界が持つ科学の力は魑魅魍魎、あるいは魔法などの精神的存在、力を完全に凌駕する部分もあった。人間達は何の苦労もなく空を飛び、地上、海上を高速で進み、遠く離れた相手とも会話することがでる。さらには小規模な山なら一瞬で吹き飛ばす、と以前靈夢は聞いた事がある。
それだけの力を持ち、数多くの人間がたいした苦労もなく行使できるという事実が、レミリアのような存在を己の生存を脅かす脅威から人間達の意識の淵、幻想へと追いやることに繋がったのである。
「天敵として、共通する障害として、必要不可欠だった私達を見失った人間達は、平等に分け合えばいいはずの肥沃な土地を奪い合うようになり、隣り合う者達同士、優劣をつけ始め、いがみ合い憎しみ合うようになっていった。時にはそれらを止めようとしたけれど、歪み過ぎて形が変わった人間は何一つ止める事も改善することもできなかった。すべての歯止めが効かなくなっていったのよ。」
そこまで言って、レミリアは初めて靈夢の方を向いた。見慣れない顔つきをした吸血鬼にはどこか芸術的といえる美しさがあって、こうして敵対していても虜にされてしまうような魅力があった。
「……あの住み慣れたトランシルバニアも、決して人間達に汚されていないわけじゃないのよ。」
幼く、そして老練した一人の吸血鬼による長い語りは人間への失望によって締めくくられた。
「それが、わざわざ幻想郷にまでやってきた理由?」
「……ふふ、まあ、そういうことにしておきましょう。どのみちそれが大きな理由だったんだし。」
含み笑いをするレミリアには先ほどまでの幼さ、無邪気さは残っていない。そこにあるのはあまたの妖怪を屈服させた脅威なる吸血鬼のおぞましい邪悪さだった。
「……まあいいわ。あんたを何とかしない限り、暢気にお茶も飲んでられない。……消えてもらわないとね。」
そして、そんなレミリアに応えるように靈夢の表情も鋭さを増していく。
「そうね。さっさとこの世界から出て行って頂戴。」
「この幻想郷は私達の世界よ。出て行くのはあんただわ。」
「この世から出て行って欲しいの。」
レミリアの口から言葉の全てが吐き出される、その瞬間、彼女は靈夢を指差した。そこからは赤く発光する玉のようなものが撃ちだされ、靈夢に襲い掛かった。
「散々焦らせといて、不意打ちなんてたいしたことないわね。」
放たれた光弾は三つ。靈夢はそのうち二発を跳躍することで回避し、残る一発を手にした御幣で受け止めた。霊力の注ぎ込まれたそれは妖精程度なら一撃で戦闘不能にするほどの力がある。
腕に力を込めて光弾の勢いを殺し、そのまま床に叩きつけると凝縮されていた魔力が四散した。その瞬間、辺りは虹が砕け散ったように鮮やかな、紅色の月光を反射する光の粒で満ちていった。
「上出来。あなたには私と戦うだけの力量がありそうね。」
「……でなきゃ、こんなとこにいないわよ。」
体勢を立て直した靈夢は次の攻撃に備えていた。相手の出方が分からない以上、不用意に踏み出せば命取りになる。今までに様々な妖怪たちと戦い、貯まった経験が靈夢をそうさせたのである。
「そう。それでこそ敵として相応しい。」
そう言うとレミリアは再び動いた。だが先ほどとは違い、今度は全身である。二枚の大きな羽を羽ばたかせると、そのまま飛び立った。かなりの圧力を持った突風が吹き、それらが靈夢を襲う。だが、それはあくまでレミリアの跳躍という行動によって発生した副産物に過ぎない。
狙い撃ちを避けるために靈夢もレンガ造りの大地から両足に力を入れ、飛び立つ。
その瞬間、靈夢の足元が光りそのまま弾けた。レミリアの攻撃である。少しでも回避の判断が遅れていれば致命傷を負っていたに違いない。
それは当然一撃で終わるはずがなく続けざまに光弾が闇を切り裂いていく。まずはそれらの回避を優先するべく加速する靈夢だった。
高速で紅魔館上空を旋回する靈夢の背後にはかなりの精度で光弾が放たれていき、少しでも減速すれば背中どころか身体半分持っていかれかねない。
そのうちレミリアは狙い撃ちの効果が薄いと判断したのか、光弾は靈夢の背後だけではなく、前方にも進路をさえぎるように放たれていった。避けきれず何発かが腕を掠ると火傷を負ったような重い痛みが走っていく。
「威勢の割には逃げるだけ?これならこけおどしの方がまだ脅威よ。」
一方的な状況に浮つくレミリアだった。自らの初弾を正面から受け止めたことには驚いていたようだが、その後の展開がこれでは張り合いが感じられない、とでも言いたげな表情をしている。
「!?」
しかし、靈夢もただ逃げていたわけではなかった。飛び回りながら術を施した護符を周辺に展開していたのだ。その一枚一枚が靈夢の合図と共にレミリアに向けて飛んでいった。
回避行動を取ったレミリアだったが、向かってくる護符にはそれぞれ追尾性能が付加されていた。すぐに迎撃に切り替えたが間に合わず何枚かが彼女に張り付き、同時に炸裂した。
『ホーミングアミュレット』 その技は靈夢の切り札の一つとして妖怪達から恐れられていた。
「……くっ。」
薄紅色のドレスには傷が入り、白い肌からは鮮血が流れ出ていた。
「どう?こけおどし以下のお味は?」
それまでは子犬の遠吠え程度にしか聞こえなかった靈夢の言葉がレミリアの中で重々しく鋭い剣のように響いていった。
飛来する残りの護符を打ち落としながら、レミリアはしっかりと自身の両目で靈夢の姿を見据えた。
「けっこうなお手並みね。……そうでなければ、わざわざ私が、この紅い悪魔と恐れられたこの私が、出た意味がない。」
ついに、博麗の巫女と紅魔の吸血鬼との戦いが始まったのである。
先手はやはりレミリアだった。
「早い……!!」
先の光弾が亀のように思えるほどの速さでレミリアは飛翔した。
その進路の先には靈夢がいる。
あまりの速度に、流れ出て肌に付着していたはずの血はすべて吹き飛び、傷一つない白く透き通った皮膚が顔を出していた。それは吸血鬼の異常な回復力を物語るには十分すぎた。
レミリアが右腕を構えると、その指先、五枚の爪が紅白く光り輝き、針のように伸びる。
「受け止めて見せなさい。でなければ死ぬわよ!!」
「言われなくても!!」
靈夢は手にした御幣を両手で構えると、そのままレミリアに向かって加速していく。
「はぁっ!!」
「くっ!」
二人は正面からぶつかった。
力はレミリアの方が圧倒的に上だが、対する靈夢も自らの持つ強大な霊力を一点に集中させることで、持続性こそないが、刹那のぶつかり合いならば、おそらく互角となる。
どちらも互いの力を受け止め、ぶつかり合う力場からは火花が散っていた。
そのまま押し返される前に、力が受け流される隙をついて靈夢はそのまま真下を通り、間合いを離した。
「一撃離脱……。力量の差を見極めているようね。感心よ。」
「偉そうなことばっかり言ってる割には、さっきから単純な攻撃ね。もっと頭でも使ったら?」
「人間だけよ。脳なんて単純で化学的な思考中枢を使っているのは。」
レミリアの力ならすぐにでも同じような突進ができるのに間合いを詰めようとしない。
手加減でもしているつもりなのだろうか。
「そんなものに頼ってちゃ、ただでさえ狭い視野が一段と狭くなる。ただの病人、変わり者を私達を同一視し、ただの迷信を信じ込む。そこに付け込まれているとも知らずにね。」
レミリアはその場に留まったまま、そして靈夢という存在を前にしながら、なお、人間を見下していた。
「あなたのように複雑で精神的な思考ができれば、戦いの最中もこんな無駄話ができるのね。」
靈夢は数枚の護符をばら撒いた。先ほどと同じホーミングアミュレットである。今度はその場に留まることなく、撒かれると同時にレミリアの元へ飛んでいった。
「二度目は、無意味よ!!」
一度目とは違い、今回は手の内を見切っている。レミリアはすぐに複数の光弾を生成すると展開された護符へと放った。いくら自身を追尾する複雑な動きであっても、不意さえ打たれなければ対応するのは難しいことではない。
すべての護符が撃ち落されるまでにたいした時間は掛からなかった。
だが、今回の護符には手ごたえがない。音も力もなくただ燃え尽きるのみだった。
「デコイ!?」
「遅い!!」
レミリアがおとりの護符に注意を向けている隙に、靈夢は高度を上げる。
ちょうどレミリアの真上あたりから真下に向かって、白く輝く細い線のようなものを打ち込んだ。
強力な退魔属性を持つ封魔針である。
「……あいにく、まだ針治療の世話になるほど老け込んでいないわ!!!」
無数の針が降り注ぐ直前に、レミリアは二枚の羽に力を込めて羽ばたくと、そこから突風が吹き荒れる。それは小規模な竜巻ほどの力があり、その風の渦に靈夢の撃った針の大半が飲み込まれ消えていった。
竜巻の影響を受けた靈夢はバランスを崩すが、その力も使って再び間合いを離した。
普段は力でねじ伏せる戦い方を好む靈夢だが、彼我力量の関係上、ここではどうしても回避主体の戦いとなってしまう。それはアリスとの三度に渡る戦いである程度慣れたが、それでも攻撃のタイミングは取り辛く、戦闘そのもののテンポも相手よりとなっていった。
遠く離れたレミリアを見ると、何本かは突き刺さっているようだが、どれも急所は外れているようだ。先ほどと同じようにすぐに回復してしまうだろう。
早々に決定打を与えなければ、力尽きるのは靈夢の方が先だった。
対するレミリアは全身に突き刺さる針を引き抜きその場に捨てる。何重にも渡って退魔属性が付加されているにもかかわらず、レミリアは平然と触れている。靈夢の予想よりも相手は格上だった。
「お返しよ。」
レミリアは両手を大げさに構えると、そこから複数の大きな玉を撃ちだした。それにはいくつもの光弾が尾を引いている。
量も大きさもそれまでとは桁違いだった。
「なら、……大札!!」
靈夢は残るホーミングアミュレットをすべて取り出すと、向かってくる光弾の群れへと投げた。数こそ上回っているものの、光弾一つ一つに比べれば護符が持つ力は小さい。そのままでは干渉すらできず、すぐに燃え尽きてしまうだろう。
だが、靈夢には秘策があった。投げられた何枚もの護符は数枚同士がそれぞれ融合し、たらいほどの大きさもある巨大な護符が複数枚形成されたのである。
レミリアの大玉と靈夢の大札がぶつかり合い、そこからあふれ出る光が辺りを照らし、夜の闇が白昼のような眩しさに包まれていった。
「妖怪にすら劣る人間のくせにたいしたものね。」
「そこらの妖怪と一緒にしないでもらえるかしら。」
互いの視線は鋭さを増していく。それは例え、峰であっても鋼鉄すら切り裂けるほどだった。
「……実のところ、痛い目見てもらってお引取り願おうと思っていたけど、それは高望みだったようね。」
空間そのものが真っ二つにでもなりそうな気配と空気が満ち始める。それらはレミリアから流れ出し、彼女を取り巻いていた。まるで今までがすべて遊びだ、とでも言わんばかりだ。
「……本気で掛かって来なさい。」
レミリアの口から異様なほど低い声が響いた。あまりにも黒い音の集まりが靈夢の鼓膜を執拗に揺らしていく。目の前の存在そのものがいつの間にか変わっている。
今までは小手調べ程度とでも言わんばかりの冷たい形相が靈夢を見つめていた。
「本気よ。今までも、これからも。」
それに押しつぶされないよう、それに立ち向かえるように、靈夢は力の篭った声を返した。
「いいえ、……これまで、よ。」
レミリアの、力の入った、それでいて静かな言葉が靈夢に伝わる。それとほぼ同時に靈夢の視界からレミリアの姿が、音もなく、残像すら残さず消えた。辺りを見回すがどこにもそれらしい影すら見当たらない。それどころか気配すら消えていた。
耳には時折吹く弱々しい風の音のみが響き、視界には赤白い不気味な月光に照らし出された夜の世界が映っている。今自らを取り巻く異質な世界のどこかに、レミリアは潜み、いや、佇んでいる。
そして靈夢を見ている。始めに見せていた愉悦に満ちた顔か、靈夢という存在に静かな憤りを向けた顔か、少なくとも怯えすくむ弱々しいものではないだろう。それはむしろ靈夢の方にふさわしいのかもしれない。
靈夢は自らの心臓の鼓動を耳にしながら身構える。相手を見失った以上、あらゆる方面からの攻撃に備えなければならなかった。
「!?」
それは唐突だった。消えたはずの気配が、恐ろしいほどに高まりながら辺りを満たしたのである。
靈夢が見上げると、そこには紅く染まった月を背にしたレミリアがいた。二枚の翼をこれでもかというほどに開く、その姿は神々しさを感じるほどである。
レミリアは先ほどと同じような、いや、比べ物にならないほどの紅弾を複数放ったのである。靈夢にとってそれらは目で追うだけでもやっと、避けることは既に不可能だった。
レミリアの姿に見とれていたわけではない。ただ相手が速かった。
意識よりも身体が先に動いた。手にした御幣を目の前に構え、さらには残るすべての護符を目の前に広げた。どれも元から霊力を帯びているが、そこにさらに靈夢自身の持つ霊力を注ぎ込み、強力な結界を形成する。
それを以ってレミリアの力の全てを受け止めようとしたのである。退路を立たれた靈夢にとって、自身の力の塊である目の前の壁のみが唯の一つ命綱だった。
だが、普段なら過剰なほどの結界が、今この場では割れ目の入った板のように頼りない。これだけの結界を張ってもおそらく防ぎきることは無理だろう。
……少なくとも致命傷は避けられるが、その状態ではまともに戦えるはずがなかった。
視界が赤く、そして白くなっていく。
……吸血鬼が口にする本気という言葉の意味がどれほどのものか、靈夢は思い知ることとなったのである。
「……耐えた。」
レミリアの呟きは轟音に掻き消されていった。
その音とは、迫り来る強大な力の塊を受け止め、そのまま吹き飛ばされた靈夢から発せられたものであり、その靈夢が打ち付けられ、砕けた紅魔館の外壁から響いたものである。
常人はもとより、妖怪であっても四散するほどの攻撃を複数撃受けながら、靈夢は生きていた。
だが、無事ではない。純白に覆われていたはずの上半身にはところどころ赤く染まる部分が見受けられ、額からは赤い線が口元に向かって延びていた。
手にしていたはずの御幣と展開していた護符はどこにも見当たらず、その代わり黒いすすのようなものが僅かに巫女装束を汚していて、手には黒い炭のようなものが握られていた。
「……なんとか、……なったわね。」
呼吸を整えながら靈夢は一言呟く。間近で聞き耳を立てなければ聞き取ることができないほどか細い声だった。
全身を絶え間なく駆け巡る痛みを堪えながら、自らの身体をレンガの塊から引き抜くと、レミリアを見つめた。傷を負いながら、なお、その瞳は未だ戦意を失っていない戦士のものだった。
「……まだ、やる気?」
レミリアは問いかける。彼女の目には息も絶え絶えな人間が一人映っているのみだった。先の攻撃、レミリアが『スカーレットシュート』と呼ぶ、それは本来人間程度の存在に放つべきものではない。
靈夢はそれに耐え切っただけでなく、その上でまだ戦おうとしているのだ。
「……私がやらなきゃ、誰がやるのよ……。」
靈夢は絞るように声を出す。それはまるで、自分に言い聞かせるかのようだった。
「諦めるいう選択肢はないかしら。」
「ないわ。」
きっぱりと口にされたその言葉は、靈夢にとっては自らの存在意義すら掛けられた決意であり、レミリアにとってはいかなるものよりも嘲笑うにふさわしい道化のようなものであった。
「愚かね。そうまでして守りたいの?この幻想郷を。」
「……それが、私の使命であり、役目。」
「ただの、いえ、私の一撃に耐えられるほどには力あるとはいえ、人間が?……面白いわね。」
レミリアの不敵な笑みが夜空に浮かんでいる。
「……私は知ってる。私が今までに相手にしてきた妖怪の殆どが雑魚で、それ以上の連中がまだうじゃうじゃといることを、その連中がまったく動こうとせず、自分の身と環境の維持にしか興味がないことを。……あなた一人に全部押し付けて、みんな……、そういえばもう一匹、余計なのが入り込んでたわね。それを含めても二人だけ。」
誰も動かない。それは紛れもない事実だった。幻想郷を愛している、と普段から公言する紫でさえ動くことなく、それどころか靈夢の行動を止めようとまでしていた。
始めの頃は威勢のよかった妖怪達もすぐに鳴りを潜めていき、今では表立ってレミリアに立ち向かおうとする者はいない。
実のところ、吸血鬼の攻勢は僅か一週間にも満たないうちに落ち着いていたのだった。
「殆どの連中が閉じこもっているのよね?」
茹でた蟹から身を抉り出すように、レミリアは語尾を上げた。
「……結果的にはね。」
靈夢の頭には何体もの妖怪の姿が浮かんでは消えていく。少なくともこの状況では何一つ反論はできない。
「それ以外にも知ってるわ。……ここは結界を張ってから楽園になり、いつしか人間達はこの地の存在を忘れ、初めからなかったことのように扱い、今では誰一人認識することもない。ここは平和となった。もう人間を襲う必要もない。外の世界から必要な数だけ連れ去れば、それで済んでしまう。おおっぴらに動かなければ外の連中は自分たちのコミュニティからいくら人間が消えようとも、まさか妖怪の仕業とは思わない。事故だの陰謀だの、勝手に予想して勝手に納得していく。」
幻想郷は外の世界、人間の世界と大結界によって隔絶したが、それは完全ではない。妖怪の主食として人間は必要不可欠である一方、幻想郷内部の人間が限られてしまったことから、必然的に人間を襲うのではなく、外から連れ去ってきた人間を分配する、という形になった。
もちろんそれだけでは到底、需要に追いつかないために、いつの間にか人間以外の動植物食の更なる推進、代用食の開発が進んでいき、妖怪の人間食離れはますます進んでいくこととなった。
それは、それまでの食うか食われるかのみだった妖怪と人間との関係に変化をもたらすには十分過ぎる要因だった。
「幻想郷の中にいる人間は、妖怪が外の人間達のように増長し共食いを始めることを防ぐためのウェイトとして、幻想郷を維持していく上で必要な種族の一つとして、殺すこと、食うことが禁じられた。命の危険がなくなったここの人間、捕って食うことを禁じられた妖怪、どちらも生死の緊張感に欠けるようになっていった。……みんな堕落していったのよね?」
大結界によって幻想郷が隔離されてから百余年の月日が流れ、幻想郷は平和によって支配されてきたのかもしれない。
妖怪の没落と堕落を防ぐために残された幻想郷の人間は、皮肉なことに幻想郷という世界によってそれまでの妖怪に食べられるためだけの食料から、立場としてはより妖怪に近い種族へと変貌していったのである。
既に幻想郷にはだれに対しても天敵が存在していなかった。
10年前の一連の異変にしても、元を辿れば魔界、地獄双方の住人達を唆した魅魔が原因であり、それによって外から流れ込んできた存在が幻想郷の住人達を励起し、争いへと繋がったのである。
魔界側とのいざこざがすべて解消されてからしばらく経つと、幻想郷は元通りの平穏に戻っていった。連日とはいかないまでもそこそこの頻度で暴れていた妖怪達の殆どが元の堕落した生活に戻っていったのである。
「愚かよ。私みたいなのが外にはいくらでもいるっていうのに、そういう連中の中には支配欲、破壊欲、その他を持ち合わせているやつがいるというのに、時には常識、倫理すら持ち合わせないやつまでいるというのに。あなたたちは自分たちが生み出した平穏の中でずっと胡坐をかいてきたのよ。ましてや外の世界の人間達が忘れ去った、幻想の産物となった一切を自分たちが招きこんでいるはずなのに、それに何一つ対策を取ろうとすらしない。」
靈夢が決して反論することのできない言葉の数々を、愉悦さをにじませた声と手振りで紡ぎだすレミリアだった。今まで幻想郷の誰もが意識せず、あるいは向き合うことなかった、そのあまりに簡単な事実が雪崩のように靈夢に襲い掛かる。
今まで成り立っていた生活の全てが偶然による不確定なものだった。
「これじゃあ、どうぞ好きにしてくださいといってるようなもの。なのに、私が来たらとたんに文句を付け始める。身の程知らずが私に手を出して、痛めつけられる。あげく、最後の希望が人間だなんて、一体どこの地方の冗談なのかしら。少なくとも私の地元には見当たらないわ。」
靈夢にとっての世界がレミリアにとっては冗談として認識されていた。殺人狂が何十人もうろついている中、玄関を開け放して転寝してる人間を見かければ誰もが、指を指して笑い、愚かだと蔑む。
それがこの幻想郷の姿だった。
「それとも、ここ、ひいてはこの島国由来の生き物はみんな真性のマゾヒストかしら?」
心に突き刺さるものは大きく長く、さらには鋭いだけではなく、いたるところが反り返っている。幻想郷の秩序を守ることが巫女の使命であり、時にそれが崩れることになればその要因を退治することが役目である。
だが、その秩序そのものが退治する要因でもあったのだ。
話は靈夢が考えていた以上に深刻だった。
「……否定はできないわ。……でも肯定する気はない。」
それでもなお、靈夢は立ち向かおうとしていた。息も絶え絶えで誰が見ても立っているのがやっとの状態にもかかわらず、決して退こうとはしない。
それはなぜか、と問われれば、靈夢の中でくすぶる三つの理由があった。
彼女自身の存在意義が幻想郷の維持であり、理由、状況はどうあれ、今この場で世界を乱しているのは他ならないレミリアである。ならばまずは目先の脅威を取り除かなければ何一つ始められない。
結局のところ靈夢は始めに考えていたことに行き着く。それが一つ目の理由だった。
そして、今更後には引けない、という自身を取り巻く状況が二つ目である。妖忌に後ろを任せてここまで来てしまった以上、どちらが最後まで粘るべきか、それは考えるまでもない。
「私が、……すべて変えてあげるわ。すべてを、ね。」
「……どうでもいいわ。まずはあんたを倒す。」
そして、なによりも靈夢は目の前の吸血鬼が気に入らなかった。
靈夢は物心ついたときから幻想郷にいて、博麗神社にいた。その出自は彼女にも分からないが、今は博麗の巫女として幻想郷に存在している。戦いが始まる前、レミリアはかつて自身が住んでいた土地を懐かしんでいたが、靈夢にとっての故郷は幻想郷である。
それを何一つ勝手を知らないよそ者に我が物顔で乱されることが靈夢にとって何より気に入らなかった。それに加えて、口を開けば人を馬鹿にし、叩きのめそうにも相手の力が強大すぎるせいで、消極的な戦い方にせざるを得ない。そのために不満が晴れることなく溜まっていたのである。
紅き吸血鬼に対して靈夢は相当頭にきていた。
「この状況でよくそんな口が聞けたものね。確かにあれが私の本気だけど、技そのものは牽制程度。あなたはもう一撃すら耐えられないほどに弱っているじゃない。強がりはやめたら?」
「それは……、私を完全に殺してから言う台詞よ。」
死に体となって、なお靈夢は戦おうとしていた。レミリアの声が耳に響けば響くほど身体が熱くなっていく。血が一斉に頭へと、鯉のように昇っていく。
「……ふふふ、あはははははははははは。」
そんな靈夢を目にしてレミリアは笑った。
大きく、不快な声を張り上げて、目の前でぼろぼろになった人間を、それでも戦おうとする巫女を見下し、嘲笑ったのである。
彼女の目から見ても靈夢が怒りに震えていることは明らかだった。だからこそ、なおさら滑稽に見えたのである。
「あなたって面白いわ。ここまで強気な人間も始めてよ。さすが幻想郷ね、……来てよかったわ。こんな人間が見られるのだから。」
靈夢の決意も怒りも、強大な力を持ち、幼い心を持つ吸血鬼にはちっぽけな悪あがきにしか見えなかった。だが、その悪あがきはレミリアがこの幻想郷で目にしたものの中で最も大きく、最も勇ましいものだった。
幻想郷に降り立ってから今まで、幾度となく魑魅魍魎の群れが彼女の前に現れ、そのたびに倒し屈服させた。堕落しきった連中は命を惜しみ、身の安全と引き換えに自らの世界を売り払った。
そんな妖怪よりも種族として劣っているにもかかわらず、これほどまでに傷ついているにもかかわらず、ただの人間がレミリアを静かに睨んでいる。
「どうしてあげようかしら?このまま痛めつけてもつまらないし、もっと、苦痛、苦悩を顔に浮かべる様をじっくりと観賞するのもいいかもしれないわ。……そうねえ。」
レミリアは靈夢を褒め称えたくなる一方、歪んだ笑みの奥底に憤りを浮かべていた。ここが妖怪の世界であるにもかかわらず、自らを満足させるだけの相手として、戦士としての品格を持つ存在が人間如きであったことに我慢できなかったのである。
レミリアは強大な力を持つ妖怪の例に漏れず、自らの種族と力、存在そのものに絶対的な誇りを持っていた。500年を超える長い時を生き、上から下まで様々な存在と手合せ、虐殺し、あるいは屈服させた彼女の人生が、自らの品位と地位を高め続けたと信じて疑わない。
そんな彼女にとって人間とはすでに食料程度の、取るに足らないか弱い存在でしかないのである。現に靈夢は既に虫の息に程近い。どのような攻撃を行ってもレミリアの勝利は揺らぎないだろう。
「そういえば。」
もはや勝敗は確定したといっていい。戦い以外にも意識を向ける余裕ができたレミリアは何かを思い出したように声を上げた。
「……前に妖怪達からあなたについていろいろ聞いたんだったわ。」
「……いろいろ?」
「ええ、色々。ふふふ。」
せせら笑うレミリアが靈夢にとって気味悪く、そして気に障るほど不愉快だった。
「……あなたに付きまとってる「小さいの」でもばらばらにしたら、ひょっとしたら面白くなるかもね?ふふふ……。」
「…………。」
靈夢に言葉はない。ないのだけれども、靈夢を取り巻く気配は異常な高まりを見せ、その視線は鋭さ、硬さを保ったまま、赤黒く染まっていく。手当てもされていない傷口からは身体のうちから搾り出されたように鮮血が溢れ出て、さらに巫女装束を赤染めていった。
ここまで怒りに震える靈夢の姿を見た者は、彼女をここまでの域へといざなった者は、幻想郷広しといえども、……ごく僅かだろう。
「……調子に乗るな、チビが……。」
口を突いて出たのは、敵意そのものだった。
「……やっぱり、面白くなった。……ふふ、いつかの言葉撤回ね。あなた全然身の程わきまえてないわ。」
だが、そんな靈夢を前にしてもレミリアは身じろぎ一つしない。歓喜を以って自身に向けられる怒りの全てを受け止めていた。彼女が待ち望んでいた、それは、望み通り熱く、重々しく、鋭利だった。
「……さて、一撃ぐらい撃たせてあげてもいいんだけど、それでひとかけらでも気が晴れてしまったら、それは勿体無い。……せっかくだし、私への憎悪をたぎらせながらもがくだけもがいて、でも何もできずに、そう、消し炭すら残らず消えてもらうわ。あの世からもね。」
「……やってみなさい。……できるならね。」
もはやレミリアからは博麗の巫女への興味の全てが失われていた。戦いは終わり、挑発によって最後の足掻きも見納め、目の前の人間に何一つ未練を残していない。
レミリアは右手を大げさな動作と共に天へと掲げた。
紅い光が右手のひらを中心に広がり、同時に桁違いの魔力が流れ、その一部が稲妻のような形をなって彼女の周囲を暴れまわる。
やがて、レミリアの周囲が落ち着きを取り戻すと、辺りはまた同じような静寂のみが居座る夜へと戻っていた。しかし、レミリアの、紅色の吸血鬼の右手には一本の太く紅い線のようなものが握られていた。先端には大きな尖った鏃(やじり)のようなものが付いていて、その姿はまるで、槍であり、それは槍の王の如き風格を纏っていた。
「神槍の名を持つ、北欧神話最高神オーディンの刃、それを私の力で以って模したもの。……その名もスピア・ザ・グングニル。」
その名は、そしてその元は、ゼウスより与えられた万魔を払う盾『アイギス』、大地を揺らすヤマタノオロチから抉り出された太刀『天叢雲剣』、と並び称される神代の武具である。
魔力によって形成された紛い物と言えど、そのグングニルの名を冠するだけの途方もない力が靈夢には感じられた。言葉通りレミリアは全てに引導を渡す気でいる。
それに対して、靈夢は立ち向かうだけの術を何一つ残してはいなかった。
「……せめてもの情けよ。痛みを感じることはなく、……気がつく前に意識そのものが消え果ている。」
靈夢の鼓膜を揺らすのは優位、優越に浸るレミリアの傲慢な声であり、そのレミリアが振りかざすグングニルが空気と空間を切り裂く、金切り音にも似た不快な音である。
それを耳にして、今、靈夢は動き出す。
「……私を、博麗を……。」
腕を上げるだけで、痛みが体中を走り回る。
それでも、動き、血走った両目にはしっかりと、レミリアの姿を写している。
「でも、……その身にしかと、受けなさい!」
もうレミリアには靈夢が見えていない。姿は見えていても、博麗の巫女として、博麗靈夢として、自らに力と怒りの矛先を向ける一人の人間の姿を認識することはなかった。
レミリアの瞳には、怯え震え、かつ湧き上がる怒りと降り注ぐ無力という名の絶望にまみれている弱々しい少女の虚像が映りこんでいるだけだった。
「……幻想郷を!」
靈夢は現実を、レミリアは虚構を、しっかりと目にしている。
「そして!!この愚かな堕落した被忘却の掃き溜めと共に、幻想からも忘れさられるがいい!!!!」
「あぁァァァァァァァァァッ!!!!!」
……力は放たれた。
「……な、……な。」
紅い月に照らし出された闇、誰もがつかの間の休息を得る夜、湖のほとりでは、絶対が崩れ、不可能が世界を支配した。
「グングニルを……、そん、な。」
絶対とは、神槍であり、それを振るう吸血鬼であり、それが奪うはずだったちっぽけな命のことである。
そして、不可能とは……。
「……グングニルを、受け止めた……。」
投げ放たれたグングニルを自らの手で受け止めた靈夢である。
「はぁ、はぁ、……返すわ、……こんなもの、……あんたみたいなの、……全部ッ!!」
「……な!?」
レミリアは驚きと、得体の知れない感覚に包まれ、それによって動くことができなかった。靈夢の右手に掴まれ押さえつけている紅い気を纏った魔力の塊の矛先が、自身へと向けられたときも、それが練り上げられた憎悪と共に勢いを持って投げ返されたときも、そして、それが自らの右胸を貫いたその瞬間でさえ、すべてが理解できず、そのせいで何もできなかった。
やがて、激痛が全身を走り、力が抜けていった。大仰しく羽ばたいていた二枚の羽はその動きを既に止め、薄紅色のドレスと白く透き通った肌が鮮やかな紅色に染め上げられ、地べたに這いつくばっていた。
「……なん、なの。いったい、なんだっていうの……。いったい……。」
その表情からは血の気が完全に引き、浮かぶのは驚愕の文字のみである。
彼女は立ち上がろうとする。まるで人間如きにここまで手傷を加えられたことを否定するかのように、両手足に力を入れ、見くびっていたただの人間と同じように立ち上がり対峙しようとした。
だが、自らが強大な力を持って鋳造し、放ったはずの紅い槍がレミリアから奪っていったものは数知れない。彼女は戦うどころか上体を起こすだけでもやっとの状態だった。
その場にあった木にもたれかかると、軋む体を手でかばいながら、呟く。
「……人、……人間……?」
先ほどまでの力と威勢の篭った声とはまったく違う、か細い声が空気を揺らした。
「……これじゃ、……これの、これの、どこが人間だって言うの……。これじゃ……、そこらの連中よりも、よっぽど「力ある妖怪」じゃない……。」
妖怪よりも強い人間、それはレミリアの持つ概念と常識からは考えることのできないものだった。だからこそ、彼女は地に落ち、赤錆によってその身を染めたのだ。
一方、全てを覆した靈夢は、地に降り立つとそのまま歩いていった。傷を負い、体力も尽きかけていると言うのに、その足取りは打ち込まれる五寸釘のようにしっかりとしている。
その表情と瞳は落ち着きを取り戻した、淡白さの見受けられる穏やかなものへと変わっていた。
靈夢は止めを刺そうともせず、レミリアの真横を通り過ぎていく。彼女の妖怪退治は終わったのだ。
「……待ちなさい。」
そんな靈夢を弱々しい少女にまで成り下がった、赤い吸血鬼、は呼び止めた。相手は自らに背を向けている。右胸を貫かれたといっても吸血鬼にとっては重傷程度で済む傷であり、ましてや無防備な人間を背後から射抜くことは、今の状態でもたやすい。
しかし、レミリアのしたことは、ただ呼び止めただけだった。
「私は、……私の名前は、レミリア・スカーレット。あなたはいったい……。」
「……博麗の巫女よ。」
靈夢の静かな声が響き渡った。その後には何も続くことなく、すぐに夜が全てを覆い静寂を撒き散らしていく。
気がつけば博麗の巫女の姿はどこにも見当たらなかった。
ふと、レミリアが見上げると、そこには紅い月を覆い隠した黒い雲が漂っているだけだった。
幻想郷を混乱に陥れた、吸血鬼異変は、こうして幕を閉じたのである。
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暖かい日差しが降り注ぐ博麗神社。青々とした葉をつける桜の木々が、時折吹く風に揺れ、そのたびに命の息吹く音が鳴る。
異変が解決してから二週間ほどの時が経ち、幻想郷は落ち着きを取り戻していた。あれほどまで閑古鳥に支配されていた境内も今ではレミリアがやってくる以前と何一つ変わらない。もっとも今は静けさに包まれていた。
「今日もいい天気ね。そのうち暑苦しくなってくるけど。」
箒を脇に置いて、靈夢はお茶を飲んでいる。神社は活気こそ取り戻したが、そのせいで怠け気味だった掃除や手入れも元通りしなければならず、それはそれで彼女にとっては面倒な話であった。
今日も朝から掃き掃除に社の手入れ、と普通の巫女としての仕事につい先ほどまで精を出していた。あれほどの戦いをこなしたというのに、それを一切感じさせない、暢気な姿がここにあった。
吸血鬼が倒された、という話は瞬く間に妖怪や人間の間へと広がっていった。自身の敗北を認めた吸血鬼は幻想郷に従うことを選択し、妖怪達との間で条約を交わした。
この近年稀にみる異変によって、幻想郷の不安定さ、矛盾を認識した妖怪達は同じような事態の再来を防ぐべく、解決策を模索し合うこととなった。だが、この異変で戦意を取り戻した妖怪も多く、吸血鬼側と幻想郷側との間にはわだかまりも一部残り続けている。
しばらくは幻想郷も騒がしいままだろう。あるいはこのままなのかもしれない。
「あの、姉さま。」
今回の異変に関するいろいろな話が様々なルートを通じて流れてくるにもかかわらず、実際に吸血鬼を倒した者の名前関しては憶測のみが流布していた。
熾烈を極めた靈夢とレミリアの戦いも、他の数多くの妖怪、人間の目には一切晒されることはなかったのである。誰もが様々な名前を挙げていったが、それに対する明確な回答はどこからも聞こえてこない。
戦いの顛末を取材しにわざわざ紅魔館まで出向いた一匹の鴉天狗によれば、レミリアは、「そうね。あれは……、まさに、強大な力を持つ、妖怪、ね。」と答えたらしく、結局、酔狂な大妖怪でも動いたのだろう、という話になった。
「ん?どうかした?」
戦いが終わって、傷だらけの靈夢が博麗神社にたどり着いたのは、夜も更けた深夜のことである。にもかかわらず明かりは点いたままだった。
靈夢の帰還に気づいた霊夢は、外へ飛び出すとそのまま靈夢に抱きつき、声を上げて泣き出した。その小さい身体を抱きしめながら靈夢は自分が戦いから生きて帰ってきたことを、改めて実感したのだった。
「……その、お客様が、というか、妖怪いっぱいが来てます。狐みたいなのとか……。」
「……そういえば。」
幻想郷には様々な問題が残っている。それも含めたこの世界の抜本的な改革のため、今日、靈夢と妖怪達が一体となって話し合いを行うことになっていた。
「霊夢。」
「はい?」
「……ちょっと出かけてくるわ。」
「えっ?……でもみんな来てますよ?」
「その辺りは、あなたにすべて任せるわ。」
「え、えっ?そ、そんな無理ですよ。」
「大丈夫。話し合いって言っても、どうせ案は大方、出来上がってるだろうし、私がすることって言ってもそれ確認して判子押すだけだから、霊夢でもできるわ。」
「で、でも……。」
靈夢はまだまだ幼い次代の巫女の肩に手を置いた。生々しい傷跡はもうどこにも見当たらず、きめの細かい綺麗な肌で覆われている両手からは温もりが流れてくる。
そうして、いつかと同じように目線を合わせた靈夢はそっと微笑みかけた。
「いい?あなたもいづれ、博麗の巫女としてこの幻想郷を支えていくことになるんだから、これは……、そう、いわゆる経験ってやつよ。人間はいろいろなことを経験して大きく、図太くなるの。……だからお願いね。」
「そ、そんなぁ。」
無理難題を振られて困惑気味の霊夢に尻目に、靈夢は退魔道具一式を手に取った。どれもが真新しく、見方によっては光ってさえいる。
「というわけで、行ってくるわね。」
「……あの、どちらへ?」
「……もちろん、妖怪退治よ。」
靈夢は広がる青空へと飛び立った。
みたいな作者様を、作品を読んだ後に勝手に想像してしまいました。ゴメンネ?
>本文中の描写から、小春日和を春という季節に使う言葉だと勘違いされている
印象を受けるのですが、どうなんでしょう。
>勿論、レミリアを貴族のような敵役に見立てて、紅魔卿とされているのでしょうが、
タグを見て誤字と勘違いした読者が読むのを敬遠する、なんて可能性もありますので、
なんらかの注釈を追加されてはいかがでしょうか。ちょっと不粋なんですけどね。
>私はやっぱり、ウルトラセブンのOPイントロですねぇ。
吸血鬼異変は有名ではあるけどそれをテーマにした作品はあまりお目にかかったことが無かったので、とても面白かったです
スペルカードルールが出来た直後にこのレミリアが異変を起こしたことを考えると、彼女は靈夢に心酔してしまったんだろうなぁと思ったり
妖忌のくだりは意外でしたが、まぁここはあまり注目する点ではありません。いや、咲夜さんの迂闊さはちょっとにやける部分もありましたがw
とにかく対レミリアがカッコ良かったです。レミリアもまさに「ボス」って感じがするし、靈夢もちゃんと生きて異変を解決せしめたところに感動しましたね、うん。