ここは忌み嫌われた者達が集う地底――――のどこかにあるともっぱら噂のスタジオ。
そのスタジオで今まさに番組収録が行われようとしていた。
出演者、スタッフ、客席の生暖かい拍手で迎えられ、一人の少女が中央に現れた。この番組の司会者、古明地 こいしである。
「皆さんこんばんは。今夜の地底さとり発見! は、“ミステリアス! 地霊殿当主の謎を追え” というテーマでお送りしたいと思います」
「……ちょっと」
「今回は視聴者の皆さんから数多くの要望がありました。その数なんと! 16件」
「少なっ! いや、だからちょっとこいし、話を聞きなさい」
「その内12件は私です」
「視聴者数4件! って無視をしないでお願いだから」
「んも~、前口上は司会の華なんだから邪魔しないでよお姉ちゃん。ちゃんと後で紹介するから」
こいしがぷんぷんと頬を膨らませている。妹に怒られて釈然としないままも口を閉じるしかない姉、古明地 さとり。
さとりは何も知らなかった。部屋で優雅に紅茶と読書を楽しんでいたら急にこいしがやって来て目隠しと猿轡をされ、無理矢理スタジオに連れてこられたのだ。
他の者なら心を読めば済むことだが、妹の心はさとりには読むことが出来ない。故にその真意も全く読み取れなかった。
しかし唯一つだけ分かることはある。この番組は色々な意味で危険だということだ。
「それではさっそく題1問から参りましょう。地底さとり発見!」
こいしの決め台詞と共にスタジオにある大画面に映像が映し出される。
~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~
「あたいは今、地底の旧都より遥か奥に存在する地霊殿に来ています。見てください、この堂々とそびえ立つ屋敷を! 素晴らしいと思いませんか? 今回はこの謎に包まれた屋敷に住んでいる地霊殿当主の秘密を追っていきたいと思います。では早速中に入ってみましょう」
GoGoと楽しそうに玄関へ向かうネコ耳少女、ミスサトリーハンターのお燐である。
地霊殿の大きい戸口を開け、いよいよお燐が屋敷の中へ踏み入れる。
「うわー、ここはエントランスでしょうか? とっても広々としています。それに周りはステンドグラス張りですよ。奇麗ですねー。地霊殿当主は旧地獄を管理していて、その一部である灼熱地獄の熱を利用しているんですよ。だから年中温かいというわけです。ゴロゴロするにはうってつけですね」
お燐の言うように辺りにはペットたちが気持ちよさそうに寝転んでいる姿が映し出される。
犬、猫、鴉、妖精、怨霊、巫女、魔法使いなど幸せそうな表情だ。
「おおっと! のんびりしている場合ではありません。今回の目的地、当主の部屋へ急ぎましょう。部屋は2階にあるそうです」
階段を上り、廊下を進んでいくお燐。多くの装飾などが施された立派な扉を通り過ぎ、やがて一つのなんの飾り気もない普通の扉の前で立ち止まる。
扉には手作りらしきハート型のプレートが掛けられていた。
さ■りのおへや♪
そこに書かれているのは当主の名前らしいが、急いでマジックペンで塗りつぶしたかのように読み取りにくくなっている。プライバシー対策もばっちりだ。
「ここが地霊殿当主の部屋のようです。見た目は他と違って派手ではありませんね。謙虚な性格なんでしょうか? それも部屋の中に答えが隠されているような気がします。なんと今日は特別に地霊殿関係者の方から部屋へ入る許可をいただきました! テレビでは本邦初公開。感動ものです。ニャーイ!!!」
心から嬉しそうに叫ぶ火車が一匹。
懐から針金を取り出し鍵穴に差し込む。2、3回カチャリカチャリと弄ると、
カチャン
鍵の開く音。
「では、中に潜入して――――
~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~
「ちょっと映像止めてー。いいから止めなさい」
「むーなによ。これから面白くなるところなのに~」
さとりが急に騒ぎ出した。いいところを邪魔されて心底不満な表情になるこいし。
しかし、それを気にせずさとりが困惑気味に尋ねてくる。
「いやいや待ちなさい。今の何? 許可って? というかなんで開けられるの? なんで手慣れているの!?」
「やだなー、ピッキングは地霊殿に住んでいるんなら当然のスキルだよ。それがないとお姉ちゃんの部屋に入れないじゃん。ペットも全員できるよ。もちろん私も」
「えっなにそれこわい」
知らない間に地霊殿が犯罪者の巣窟になっていた。何を言っているか分からないが自分でも分からない。そんな思考に陥るさとり。
恐ろしいのは誰も心にそのことを浮かべたことがないということだ。それだけ自然で当たり前の行為だと認識しているのだろう。たまに部屋が獣臭いときがあったのを思い出す。自分がペットと戯れているせいだと思っていたのに…。
鍵をもっと頑丈なものにしようと誓うさとりであった。
「それより進めていい? 時間押してるみたいだし。あとここではあくまで司会者と解答者の関係なんだからね。お姉ちゃんだからって何したって許されるわけじゃないのよ」
なんで私が怒られてるの? とさとりは疑問に思いながらも、スタッフらしき桶入り娘が時計を指差しているのが見えたのでまた口を閉じるしかなかった。
大画面ではさっきの続きが始まる。
~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~
「では、中に潜入してみましょう。あたいもうドッキドキですよ。開けゴマっとな。――ああ、いい匂いがします。これはバラの香りでしょうか。部屋の中は広くないですね。こじんまりとしています。本当に謙虚な性格みたいです。ですが動物のお人形が飾ってあったり、ピンクを主とした家具が置かれていたりと意外に地霊殿当主は少女趣味みたいですねぇ。可愛らしいと思います」
部屋を物色したり、ベッドに寝転がりシーツをクンカクンカしたりと堪能しまくるお燐。番組などお構いなしである。
どこかから妹と地獄鴉の怨念を感じるがそれすらもお構いなしである。
ひと通り堪能し終えるとお燐は2段式の小さなタンスへと手を伸ばした。
「こ、この中に当主の秘密が隠されているような気がしてなりません。勇気をだして開けてみたいと思います。まずは1段目から。おおっ、なるほどここは洋服を
入れる段みたいです。オシャレには気を使うタイプと思われます。サイズは……あたいには少し小さいですね。主に胸の辺りが」
どこからか主人の嘆く声が聞こえそうだがまったくお構いなしである。
そして、次は2段目というところで手が止まった。
「さあ、ここからが最初のクエスチョンです。この2段目にはいったい何が入っているでしょうか?」
~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~
テレッテレテレッテレッテテー
音楽と共に映像がスタジオへ切り替わる。
なぜかこいしが無表情で黒猫の人形をねじり潰していた。小さく「後で刺す」と聞こえた気がするが気にしてはいけない。
カメラに映っていると気づくと人形を放り投げ、ニコッと笑顔に戻り司会を再開する。
「題1問目はタンスの中に何が入っているのかということですが、うーんいきなり難問ですねぇ。何か質問がある方いらっしゃいますか?」
「はいっ! はい!!」
「では、ゲストのさとりさん。質問は何ですか?」
「本気なの! 本気で開けようとしているの!? こいしお願いだから止めてちょうだい!!!」
「ああ、これは地霊殿当主の謎に迫る番組だけど本名は明かさないから心配いりません。プライバシー対策もばっちりだから大丈夫です。初登場だから気になっていたんですね。心配掛けてごめんなさい、さとりさん」
笑顔で説明するこいし。突っかかってきた相手にも怯むことはない。まさしくプロ根性である。
「もー、次騒いだらお仕置きだからね」と呟くのがさとりだけに聞こえた。
「他に質問がなければ、さっそく答えをお書き下さい。どうぞ」
シンキングタイムの音楽が流れる。
解答者が答えを書いている間にこいしが番組の流れを説明し始めた。
「クイズは全部で3問あります。しかし、この番組では正解者ではなく、間違えた方にペナルティが発動されます。お手持ちのスーパーこいしちゃん人形を1問につき一個賭けていただき、間違えると没収されますので気をつけてくださいね。でも全問正解したヒトには1/1クリスタルこいしちゃん人形をプレゼント!! ちなみにワザと間違えるなんてことは絶対に許さないから、ぜったいにね。オネエチャン。…さあ、解答が出そろったようなので解答者の紹介とお書き頂いた答えを聞いてみましょう」
まずはと、こいしから見て一番左の人物に向き直る。ちなみにさとりは右端なので最後みたいだ。
「皆さんご存じ、正解数ではこの番組トップであります。クモ柳 ヤマメ子さんです」
「ちょっとあーた、髪型が似ているからってこの配役は酷いではございませんこと」
「ホントに酷い! 本家に謝れ!!」
さとりが思わずツッコミを入れてしまう。
しかし、こいしは気にした様子もなく無視して続ける。
「クモ柳さんの答えは、『お金』これは堅実なものできましたね」
「地霊殿の当主様ですからね。やっぱり莫大な資産をお持ちになっていると思いまして、最近は白黒泥棒がよく出るって噂があるでしょ。守るなら自分のお部屋に保管するのが一番ではないかと思いましてでございます」
「ほほう、さすがはクモ柳さんです。ありそうですねぇ。では続いて紹介しましょう。三歩進んで二度と思いだすことはない、板東 霊烏二さんです」
「ほんばにもー!」
「…それは無理がありすぎるんじゃないかしら」
さとりが冷静に諭す。会場の空気もどことなく気まずい雰囲気だ。これにはこいしの額にも冷たい汗が流れてしまう。無理やり配役した結果がこれである。
だが、当のお空は自信満々といった表情を覗かせていた。なにか策があるのだろうと奇跡を信じてこいしは答えを確認する。
「え、えーと霊烏二さんの解答は、『ゆでたまご』ってそのつながりか! そこは私でも予想していなかったよ!!」
「ほんばにもー。あのタンスの中にはゆでたまごがいっぱい詰まっていると思うんだよねぇ。私もゆでたまご大好きなんやぁ。少しくらい分けて欲しいっちゅうねん。ほんばにもー」
お空による予想外(ある意味予想通り)のファインプレーで会場は熱気を取り戻す。客席から大きな拍手が送られる。中には涙を流している者もいた。
まあ、残念なことに答えは間違っているのだけども。さすがにタンスにゆでたまごはねぇよと全員が思う。
「司会者ですら予想できないことが起きる。テレビって素晴らしいですね。私、感動で涙が止まりません。では次行ってみよー。愛した一人の僧侶を賭けて日々、醜い女同士の争いを繰り広げている地上のお寺からはるばる来てくれました。野々村紗 マコトくんです」
「紹介が昼ドラ! そんなお寺行きたくない!!」
相手の精進料理を正体不明に変えたり、うっかり相手の大切なものを失くしたり、相手が寝静まったあとこっそり布団を水で濡らしたりする映像が隣にいる村紗の心から流れてくる。さとりはガタガタと震え、地上は恐ろしいところだと再確認するのであった。
「さて、野々村紗くんの答えは、『 ▼ 』。三角? これは一体なんでしょう?」
「これはですね、ブルマです。エロ本かブルマで非常に迷ったんですが、エロ本はベッドの下が定番ですからね。だったらこれ以外にありえないだろうと。地霊殿当主のブルマ姿、ムラムラしますね」
「うわっ、たまに本家の人も絵を描くけどそれはちょっと酷くない!?」
「ブルマ……お姉ちゃんのブルマ。正解です! 野々村紗くん大正解!!」
「ちょっと待ちなさい。何勝手に決めてるんですか! ブルマなんて入ってませんよ」
「え~じゃあ何が入っているんですか? 本日ゲストのさ・と・りさん?」
こいしの瞳がキランと光る。しまった! これはこいしの罠だと気づいたがもう遅い。ニヤニヤ笑いながらこいしがさとりの傍まで寄ってくる。そして書かれた解答を読み上げた。
「答えを見てみましょう。なになに、『下着』ですか」
「くっ、はぃ」
顔から火が出るほど恥ずかしい。きっと他人から見た自分の顔は灼熱地獄よりも赤くなっていることだろうと心の隅で考える。別に真実を答える必要なんてなかったはずなのに、さとりは本当の答えを書いてしまった。プライバシー対策はされているとはいえ、自身のことだからかなりの羞恥である。
「下着とは?」
「え?」
こいしが質問してきた。だが自分の解答は終わったと思っていたさとりは何を訪ねているのか察しがつかず呆気にとられてしまう。
さとりの態度に気づいたのかこいしが質問の意味を教えてくれた。
「下着といっても種類はたくさんあるよね。ドロワーズ、ひも、褌、ブリーフ、トランクス。後半は男物だけど、もしかしたら当主は穿いているかもしれない。この番組はそんなミステリーを追っていくのが目的なんだよ。私は真実が知りたいの。どんな些細なことでもいい、地霊殿当主の全てが知りたいの。曖昧な答えじゃダメ。ねえ、お姉ちゃんの本当の答え教えてくれる?」
おかしい。なにかが変だ。なにかが何かは分からないけど。
さとりはその違和感を確かめようとしたがこいしに解答を求められ考えることができない。
早く違和感の正体を探りたい。だけどこいしが邪魔をする。下着の種類を答えれば許してくれるんだっけ? ならさっさと教えてあげればいい。タンスの中に入っているものを。そうしたら考えさせてくれるだろう。
「―――です」
「うん? なにもう一回言って」
「パ、パンツです。くまさんの絵やうさぎさんの絵が描いてあるパンツです。動物が好きなんです。こ、これでいいでしょう! ちゃんと答えましたよ」
やっぱり恥ずかしい。なんで自分のパンツの趣味まで大声で叫ばないといけないのだろう。でもこれで大丈夫。考え事ができるとさとりは思った。
こいしも解答に満足したのか笑顔で頷き、グッと親指を立てている。
「さあ、それでは正解を見てみましょう。誰か正解はいるのでしょうか!」
~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~
「これからこの2段目を開けます。いきますよ。ニャーン」
お燐が2段目に手を掛け、勢いよく引き出した。
その中から現れたのは―――――パンツ。
お燐が1枚を取り出し広げる。そこにはクマの絵が描かれていた。他にも犬、鴉、妖精、怨霊、巫女、魔法使いなどが描かれたパンツが現れる。どうやら手作りらしい。
それらをポケットがパンパンになるまで詰め込むお燐。目が血走っているのが画面の外からでもよく判る。
最後に猫の絵のパンツを頭にかぶり、呼吸を整えると、
「正解は、おぱんつでした~。ニャーイ!!」
万歳三唱で鼻血を噴き出し、走って出て行った。俗にいう逃走である。
~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~
映像がスタジオへ切り替わる。
なぜかこいしが無表情で黒猫の人形をねじり千切っていた。小さく「絶対に逃がさないよ」と聞こえた気がするが気にしてはいけない。
カメラに映っていると気づくと綿だらけの人形を放り投げ、ニコッと笑顔に戻り司会を再開する。
「なんと正解は『パンツ』でした。さとりさん大正解です! おめでとうございます」
パチパチと拍手がさとりの思考を邪魔する。
「さて、では残念ながら間違えてしまった3人は没シュートです」
チャラッチャラチャラララーン
音楽に合わせスーパーこいしちゃん人形が下げられ―――ずに爆発した。
ピチューーーン!!!
激しい爆発音と共にさとりの隣にいた解答者3人が被弾して消える。
そのさまに驚かされ、さとりの思考は完全に停止してしまった。
「……今の何?」
「番組名物没シュートだよ」
「普通は人形を没収するのよね」
「ここでは違うの。別のものを没収するのが決まり」
「べ、別のものとは?」
「残機」
「コンテニューできないのさ!!」
無邪気に恐ろしいことを言い放つ妹にさとりは戦慄する。
「ね、ねえ、こいし。ちょっとこの番組変じゃない?」
「変? どこが変なの?」
「えっとそれは、どこかおかしいっていうか………」
答えようにも答えられない。さっきから一生懸命考えているがさとりには検討がつかない。考えれば考えるほど分からなくなっていく。
こいしと目が合う。その透きとおった瞳に吸い込まれていくような気分になる。何も考えられなくなる。
‘なにか’がおかしい。でもそれが何か分からない。考える。分からない。もっと考える。もっと分からない。わからない。解らない。判らない。ワカラナイ。
あれ? なにが分からないんだろう……。
さとりは自分が自分ではないような不思議な気分になる。ただその様子を妹が笑いながら見ていることだけは鮮明に理解できた。
「さあ、それでは題2問目に参りましょう!」
こいしのその言葉で意識が戻る。さとりは自分がどうなっていたのか全く認識できないが、今はそれよりもこの番組を止めることだけを意識する。これ以上、自分の秘密を知られるのは嫌だった。
「待って、まだ続けるんですか!? もういい加減にしなさい、こいし」
「え~、だって面白くなるのはこれからだよ。次の問題はね、地霊殿当主の好きな食べ物はなんでしょうで、間に好きな紅茶の種類やよく聞く音楽の調査結果を挟んだりするの。あ、お風呂で一番最初に洗うところはどこかってのも気になるわ。そして最終問題は、一番好きなヒトはだれですか? まあ、最後はサービス問題なんだけどね。答えは分かっているから。古明地 こいしだよね! えへへ、嬉しいなぁ。私もお姉ちゃんが一番大好きだよ」
うっとりと幸せそうに両手を握りしめるこいし。そんな嬉しそうな妹の姿を見てさとりの心も温かくなる。こいしが幸せならそれでいいとすら思ってしまう。
それでもさとりは残った理性で抵抗する。
「こいしが楽しいのはいいことだわ。でもね、やっぱりその恥ずかしいっていうか、大勢のヒトに私のことを知られるのはいい気がしないのよ。それに他の解答者もいなくなったことだし、遊びは終わりにしましょう?」
できるだけ優しく、穏やかに言葉を投げかける。さとり自身こいしに好かれるのは悪い気がしない。むしろ嬉しいくらいだ。第三の目を閉じて以来、実の妹の心が分からないことに焦りを感じていたのも事実。口にだして好意を示してくれたのはこれ以上ない喜びだった。
だが、さとりは地霊殿当主としてのプライドも持っていた。恐れられてこそのサトリ妖怪。他人に自分の心を知られるのは何よりも嫌なのだ。妹と2人きりでなら何もかも全部とはいかないまでも自分のことを教えてあげてもいいと思う。
だが、
「ダメだよ」
「えっ?」
帰ってきたのは拒否の言葉。
「私はお姉ちゃんの全部が知りたいの。頭の上からつま先まで、全部ぜーんぶ知りたいの。心配いらないよ。私以外にこのことは秘密にしてあげるから。約束するね。あ、それと解答者が欲しいならすぐに出してあげるよ、ハイ」
さとりがハッと右に振り向く。そこには、ヤマメ、お空、村紗が何事もなかったかのように席に着いていた。爆発で壊れたはずのセットもすべて直っている。
「早く次にいって下さいませんこと」
「うにゅー、ゆでたまごが食べたいっちゅうにほんばにもー」
「聖のブルマもありじゃないかなぁと思うんですけど」
三人は好き勝手に騒いでいる。声が大きくやかましいくらいだ。さとりは現状を把握しようと必死なのにうるさくて集中できない。煩い、五月蝿い、ウルサイ。だけど、だけど、
―――――声が、聞こえない。三人の心の声が聞こえ…ない……?
自分はサトリだ。相手はこいしじゃない。だったら心が分かるはずなのにと疑問で思考が埋め尽くされる。ついさっきまで読めていた村紗の心も今は少しも伝わってこなくなっていた。周りを見渡すが、スタッフも、観客からも心の声が聞こえなくなっていた。恐る恐る自分の第三の目を確認する。もしかしたら閉じてしまっているのではと心配になった。しかしそれは杞憂で、第三の目はちゃんと開いていた。どこもおかしいところはない。ほっと安堵するが今度は逆に、なぜ心が読めないのかという疑問が湧き起こる。
なんなんだこれは? 私は一体どうなってしまったんですか? 後から後から疑問が間欠泉のように噴出してさとりを苦しめる。誰の心も読めないことがこんなに怖いことだとは知らなかった。世界が別のものに変わってしまったかのようだ。
さとりはがむしゃらに耳を澄ませる。目を見開く。少しでもいい、誰でもいい、声が聞きたかった。探す。探し続ける。自分が置かれた状況や、感じていた違和感の正体などの疑問すべて放り捨てて。
涙を流しながら必死で探し続ける。そのとき、微かに声が聞こえた気がした。顔を上げた先にいたのは、自分の妹、こいし。目の前のこいしからたった一言、でも確かに『お姉ちゃん』と聞こえた。
なぜ心を閉ざしたはずの妹の心が読めたのか、そんな疑問は一切出てこなかった。ただ、さとりは声の主の元へ駆け寄り抱きついた。
「それでは題2問目参りましょう。地底さとり発見!」
「助けて……お願いだから、こいし」
「大丈夫だよ、お姉ちゃんは私だけを見ていればいいんだから。怖いことなんて何もない。私がずっとそばにいるからね。それでいいんだよね? お姉ちゃん」
さとりは返事を返そうとしたが声が出せなかった。こいしに抱きしめられ安心してしまったのか、瞼が重くなっていく。眠たい。だんだんと記憶が落ちていく。こいしが発した声か、心の声かは分からないが最後に呟いたことだけがさとりの心に残っていった。
「また次回、さとりの世界でお会いしましょう。さようなら、お姉――――――」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
―――――ちゃん
―――ねえちゃん
「お姉ちゃん!」
自分を呼ぶ声が聞こえる。
「ん…うん……こいし?」
「あーやっと起きた。大丈夫? なんかうなされてたよ」
「えっ、あ、ここは? クイズはどうなったの」
「もう、まだ寝ぼけてる! ここはお姉ちゃんの部屋よ。どうせ本読みながら寝ちゃってたんでしょ」
さとりが顔を上げる。目の前にはこいしが少し怒ったように腰に手を当てきつめの声で状況を説明していた。まだはっきりしない頭で周りをキョロキョロ見渡す。確かに自分の部屋らしい。目を下に落とすと読みかけの本と冷めてしまった紅茶が目に入った。こいしの言う通り確かに読書中に眠ってしまったようだ。
そんなさとりの様子がおかしいと思ったのかこいしが釣り上げた眉を下げ、心配そうに姉の顔を覗き込んできた。
「顔色悪いよ。なにか悪い夢でも見たの? それとも気分が悪い?」
「あ、いいえ大丈夫よ。少し変な夢を見ただけだから。お姉ちゃんは元気です」
妹を心配させまいとさとりが微笑み、髪を撫でてあげる。こいしはそれを嬉しそうに受け止め、良かったと返事を返してくれた。
だんだんと頭がはっきりとしてくる。そして見た夢の内容もおぼろげながら少し思い出してきた。変なクイズ番組で自分の部屋が誰かに荒されたことを妹に語ると本当に可笑しそうに笑われた。さとりも自分の夢が突拍子もなさ過ぎて恥ずかしくなるが妹との話のタネになったからよしと思いこむ。
2人でしばらく話していたら紅茶が欲しくなった。机には冷めたものしかなく、お燐にでも淹れさせようと提案したら、
「お燐はいないよ」
とこいしに言われてしまう。きっとまた地上にでも遊びに行っているのだろうと考え、仕方ないが自分で淹れることにする。こいしの分も持ってくるか尋ねたが、これから出かけるからいらないと拒否されてしまった。心の奥がズキリと少し傷んだ。
それを悟られないようにもう一度髪を撫で、妹を見送ることにする。とはいっても自分の部屋からなのですぐに終わる。いってきますと元気な声で出ていくこいしに手を振って、扉を閉め鍵をかけた。
紅茶の前に確かめたいことがあった。さとりはゆっくりと部屋を見渡す。ただの夢だと分かっているが少し気になってしまったのだ。だけどそこはいつもと変わらない自分の部屋の光景しかない。そういえばとタンスの引き出しを開けてみる。夢では2段目の中身を問題にさせられたっけと思い出し確認してみるがそれでもやはり何も変わらず下着が詰め込まれていた。1つも盗られた様子はない。やっぱり夢は夢だったと認識して大きく溜息をついたそのとき、
ガチャ!!
勢いよく扉が開いた。油断しきっていたのでかなりびっくりする。ドキドキと高鳴る胸に手を当て扉に目をやる。そこから出かけたはずのこいしが顔を覗かせていた。
「ねえ、お姉ちゃん」
「にゃ、にゃんですか! 脅かさないでください」
「あははっ、ゴメンゴメン。あのね思ったんだけど夢の原因ってそれじゃないかなぁ?」
そう言ってある物を指差す。その先にはさとりの読みかけていた本があった。この本は地霊殿の図書室の隅にひっそりと置かれていたものらしい。らしいというのは、本を持ってきたのがこいしだったから。しつこいくらいに面白いから読んで欲しいと進められたのでせっかくだからと手にとってみたのだ。結果、途中で寝てしまうという普段ではあるまじき失態を見せてしまったのだが。
さとりがそれを手に取りタイトルを確認する。ああ、なるほどと納得できた。
『世界ふしぎ発見!』
歴史の不思議を探る内容のようだが、よく解らなかったからきっと外の世界の本だろうと結論付ける。
なんでこんな本が地霊殿にあるのか理解できないが、とりあえず教えてくれたお礼を言おうと顔を向けるがすでにこいしの姿は見当たらない。
「まったく、脅かす必要もないでしょうに。部屋に来るときはノックしなさいって教えたのを忘れたのかしら? ドアも開けっ放しにして」
フーと溜息をつき、開け放たれた扉を閉め、もう一度鍵をかける。本当に自由気ままな妹だと苦笑い。
―――アレ?
振り返るとタンスがまだ開けっ放しだった。自分も妹のことを言えないなともう一つ苦笑い。
―――オカシクナイ?
タンスを元に戻し、部屋の確認を再開する。ほぼ、いや完璧にさとりの部屋そのものでおかしいところなんてどこにもない。一通り見終えると大切な人形達に目がとまった。自慢じゃないがそれなりに沢山の人形を飾ってある。それらを何気なしに一つ一つ眺めてみる。
―――ナニカイワカンガアルワ
犬、ウサギ、鳥、クマ。自分の手作りだったり旧都から仕入れたりと動物型のものが多い。
―――イワカンッテ?
首が千切れて綿が飛び出している黒猫。血のついたナイフが刺さっているのがアクセント。
―――ワカラナイ
そして一番お気に入りの綺麗に透き通ったクリスタル製の妹人形。
―――ワカラナイ?
どれもさとりの大切な宝物である。他人には秘密だ。
―――ワカラナイナラキニシチャダメダヨ
思わず笑顔になってしまう。これはきっと無意識の行動だろう。心がどこかフワフワする。
―――オネエチャン
そういえば紅茶が飲みたかったんだと思い出し、さとりは台所へ向かうことにした。
内鍵をあけ外に出る。そして自分だけしか持っていない部屋の鍵でカチャンと鍵をかけ直す。そこで何かが落ちているのを発見した。銀色に光っている細い棒のようなもの。拾ってみるとそれの正体が針金だと分かった。なんでこんなものがここに? と疑問に思ったがすぐにどうでもよくなってしまう。
さとりは拾った針金をポケットに入れて軽い足取りで廊下を歩いていく。今は妹と同じくらい紅茶が恋しい気分なのだ。
「ああそういえば、部屋の鍵を新しくしないといけなかったわね」
そのスタジオで今まさに番組収録が行われようとしていた。
出演者、スタッフ、客席の生暖かい拍手で迎えられ、一人の少女が中央に現れた。この番組の司会者、古明地 こいしである。
「皆さんこんばんは。今夜の地底さとり発見! は、“ミステリアス! 地霊殿当主の謎を追え” というテーマでお送りしたいと思います」
「……ちょっと」
「今回は視聴者の皆さんから数多くの要望がありました。その数なんと! 16件」
「少なっ! いや、だからちょっとこいし、話を聞きなさい」
「その内12件は私です」
「視聴者数4件! って無視をしないでお願いだから」
「んも~、前口上は司会の華なんだから邪魔しないでよお姉ちゃん。ちゃんと後で紹介するから」
こいしがぷんぷんと頬を膨らませている。妹に怒られて釈然としないままも口を閉じるしかない姉、古明地 さとり。
さとりは何も知らなかった。部屋で優雅に紅茶と読書を楽しんでいたら急にこいしがやって来て目隠しと猿轡をされ、無理矢理スタジオに連れてこられたのだ。
他の者なら心を読めば済むことだが、妹の心はさとりには読むことが出来ない。故にその真意も全く読み取れなかった。
しかし唯一つだけ分かることはある。この番組は色々な意味で危険だということだ。
「それではさっそく題1問から参りましょう。地底さとり発見!」
こいしの決め台詞と共にスタジオにある大画面に映像が映し出される。
~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~
「あたいは今、地底の旧都より遥か奥に存在する地霊殿に来ています。見てください、この堂々とそびえ立つ屋敷を! 素晴らしいと思いませんか? 今回はこの謎に包まれた屋敷に住んでいる地霊殿当主の秘密を追っていきたいと思います。では早速中に入ってみましょう」
GoGoと楽しそうに玄関へ向かうネコ耳少女、ミスサトリーハンターのお燐である。
地霊殿の大きい戸口を開け、いよいよお燐が屋敷の中へ踏み入れる。
「うわー、ここはエントランスでしょうか? とっても広々としています。それに周りはステンドグラス張りですよ。奇麗ですねー。地霊殿当主は旧地獄を管理していて、その一部である灼熱地獄の熱を利用しているんですよ。だから年中温かいというわけです。ゴロゴロするにはうってつけですね」
お燐の言うように辺りにはペットたちが気持ちよさそうに寝転んでいる姿が映し出される。
犬、猫、鴉、妖精、怨霊、巫女、魔法使いなど幸せそうな表情だ。
「おおっと! のんびりしている場合ではありません。今回の目的地、当主の部屋へ急ぎましょう。部屋は2階にあるそうです」
階段を上り、廊下を進んでいくお燐。多くの装飾などが施された立派な扉を通り過ぎ、やがて一つのなんの飾り気もない普通の扉の前で立ち止まる。
扉には手作りらしきハート型のプレートが掛けられていた。
さ■りのおへや♪
そこに書かれているのは当主の名前らしいが、急いでマジックペンで塗りつぶしたかのように読み取りにくくなっている。プライバシー対策もばっちりだ。
「ここが地霊殿当主の部屋のようです。見た目は他と違って派手ではありませんね。謙虚な性格なんでしょうか? それも部屋の中に答えが隠されているような気がします。なんと今日は特別に地霊殿関係者の方から部屋へ入る許可をいただきました! テレビでは本邦初公開。感動ものです。ニャーイ!!!」
心から嬉しそうに叫ぶ火車が一匹。
懐から針金を取り出し鍵穴に差し込む。2、3回カチャリカチャリと弄ると、
カチャン
鍵の開く音。
「では、中に潜入して――――
~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~
「ちょっと映像止めてー。いいから止めなさい」
「むーなによ。これから面白くなるところなのに~」
さとりが急に騒ぎ出した。いいところを邪魔されて心底不満な表情になるこいし。
しかし、それを気にせずさとりが困惑気味に尋ねてくる。
「いやいや待ちなさい。今の何? 許可って? というかなんで開けられるの? なんで手慣れているの!?」
「やだなー、ピッキングは地霊殿に住んでいるんなら当然のスキルだよ。それがないとお姉ちゃんの部屋に入れないじゃん。ペットも全員できるよ。もちろん私も」
「えっなにそれこわい」
知らない間に地霊殿が犯罪者の巣窟になっていた。何を言っているか分からないが自分でも分からない。そんな思考に陥るさとり。
恐ろしいのは誰も心にそのことを浮かべたことがないということだ。それだけ自然で当たり前の行為だと認識しているのだろう。たまに部屋が獣臭いときがあったのを思い出す。自分がペットと戯れているせいだと思っていたのに…。
鍵をもっと頑丈なものにしようと誓うさとりであった。
「それより進めていい? 時間押してるみたいだし。あとここではあくまで司会者と解答者の関係なんだからね。お姉ちゃんだからって何したって許されるわけじゃないのよ」
なんで私が怒られてるの? とさとりは疑問に思いながらも、スタッフらしき桶入り娘が時計を指差しているのが見えたのでまた口を閉じるしかなかった。
大画面ではさっきの続きが始まる。
~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~
「では、中に潜入してみましょう。あたいもうドッキドキですよ。開けゴマっとな。――ああ、いい匂いがします。これはバラの香りでしょうか。部屋の中は広くないですね。こじんまりとしています。本当に謙虚な性格みたいです。ですが動物のお人形が飾ってあったり、ピンクを主とした家具が置かれていたりと意外に地霊殿当主は少女趣味みたいですねぇ。可愛らしいと思います」
部屋を物色したり、ベッドに寝転がりシーツをクンカクンカしたりと堪能しまくるお燐。番組などお構いなしである。
どこかから妹と地獄鴉の怨念を感じるがそれすらもお構いなしである。
ひと通り堪能し終えるとお燐は2段式の小さなタンスへと手を伸ばした。
「こ、この中に当主の秘密が隠されているような気がしてなりません。勇気をだして開けてみたいと思います。まずは1段目から。おおっ、なるほどここは洋服を
入れる段みたいです。オシャレには気を使うタイプと思われます。サイズは……あたいには少し小さいですね。主に胸の辺りが」
どこからか主人の嘆く声が聞こえそうだがまったくお構いなしである。
そして、次は2段目というところで手が止まった。
「さあ、ここからが最初のクエスチョンです。この2段目にはいったい何が入っているでしょうか?」
~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~
テレッテレテレッテレッテテー
音楽と共に映像がスタジオへ切り替わる。
なぜかこいしが無表情で黒猫の人形をねじり潰していた。小さく「後で刺す」と聞こえた気がするが気にしてはいけない。
カメラに映っていると気づくと人形を放り投げ、ニコッと笑顔に戻り司会を再開する。
「題1問目はタンスの中に何が入っているのかということですが、うーんいきなり難問ですねぇ。何か質問がある方いらっしゃいますか?」
「はいっ! はい!!」
「では、ゲストのさとりさん。質問は何ですか?」
「本気なの! 本気で開けようとしているの!? こいしお願いだから止めてちょうだい!!!」
「ああ、これは地霊殿当主の謎に迫る番組だけど本名は明かさないから心配いりません。プライバシー対策もばっちりだから大丈夫です。初登場だから気になっていたんですね。心配掛けてごめんなさい、さとりさん」
笑顔で説明するこいし。突っかかってきた相手にも怯むことはない。まさしくプロ根性である。
「もー、次騒いだらお仕置きだからね」と呟くのがさとりだけに聞こえた。
「他に質問がなければ、さっそく答えをお書き下さい。どうぞ」
シンキングタイムの音楽が流れる。
解答者が答えを書いている間にこいしが番組の流れを説明し始めた。
「クイズは全部で3問あります。しかし、この番組では正解者ではなく、間違えた方にペナルティが発動されます。お手持ちのスーパーこいしちゃん人形を1問につき一個賭けていただき、間違えると没収されますので気をつけてくださいね。でも全問正解したヒトには1/1クリスタルこいしちゃん人形をプレゼント!! ちなみにワザと間違えるなんてことは絶対に許さないから、ぜったいにね。オネエチャン。…さあ、解答が出そろったようなので解答者の紹介とお書き頂いた答えを聞いてみましょう」
まずはと、こいしから見て一番左の人物に向き直る。ちなみにさとりは右端なので最後みたいだ。
「皆さんご存じ、正解数ではこの番組トップであります。クモ柳 ヤマメ子さんです」
「ちょっとあーた、髪型が似ているからってこの配役は酷いではございませんこと」
「ホントに酷い! 本家に謝れ!!」
さとりが思わずツッコミを入れてしまう。
しかし、こいしは気にした様子もなく無視して続ける。
「クモ柳さんの答えは、『お金』これは堅実なものできましたね」
「地霊殿の当主様ですからね。やっぱり莫大な資産をお持ちになっていると思いまして、最近は白黒泥棒がよく出るって噂があるでしょ。守るなら自分のお部屋に保管するのが一番ではないかと思いましてでございます」
「ほほう、さすがはクモ柳さんです。ありそうですねぇ。では続いて紹介しましょう。三歩進んで二度と思いだすことはない、板東 霊烏二さんです」
「ほんばにもー!」
「…それは無理がありすぎるんじゃないかしら」
さとりが冷静に諭す。会場の空気もどことなく気まずい雰囲気だ。これにはこいしの額にも冷たい汗が流れてしまう。無理やり配役した結果がこれである。
だが、当のお空は自信満々といった表情を覗かせていた。なにか策があるのだろうと奇跡を信じてこいしは答えを確認する。
「え、えーと霊烏二さんの解答は、『ゆでたまご』ってそのつながりか! そこは私でも予想していなかったよ!!」
「ほんばにもー。あのタンスの中にはゆでたまごがいっぱい詰まっていると思うんだよねぇ。私もゆでたまご大好きなんやぁ。少しくらい分けて欲しいっちゅうねん。ほんばにもー」
お空による予想外(ある意味予想通り)のファインプレーで会場は熱気を取り戻す。客席から大きな拍手が送られる。中には涙を流している者もいた。
まあ、残念なことに答えは間違っているのだけども。さすがにタンスにゆでたまごはねぇよと全員が思う。
「司会者ですら予想できないことが起きる。テレビって素晴らしいですね。私、感動で涙が止まりません。では次行ってみよー。愛した一人の僧侶を賭けて日々、醜い女同士の争いを繰り広げている地上のお寺からはるばる来てくれました。野々村紗 マコトくんです」
「紹介が昼ドラ! そんなお寺行きたくない!!」
相手の精進料理を正体不明に変えたり、うっかり相手の大切なものを失くしたり、相手が寝静まったあとこっそり布団を水で濡らしたりする映像が隣にいる村紗の心から流れてくる。さとりはガタガタと震え、地上は恐ろしいところだと再確認するのであった。
「さて、野々村紗くんの答えは、『 ▼ 』。三角? これは一体なんでしょう?」
「これはですね、ブルマです。エロ本かブルマで非常に迷ったんですが、エロ本はベッドの下が定番ですからね。だったらこれ以外にありえないだろうと。地霊殿当主のブルマ姿、ムラムラしますね」
「うわっ、たまに本家の人も絵を描くけどそれはちょっと酷くない!?」
「ブルマ……お姉ちゃんのブルマ。正解です! 野々村紗くん大正解!!」
「ちょっと待ちなさい。何勝手に決めてるんですか! ブルマなんて入ってませんよ」
「え~じゃあ何が入っているんですか? 本日ゲストのさ・と・りさん?」
こいしの瞳がキランと光る。しまった! これはこいしの罠だと気づいたがもう遅い。ニヤニヤ笑いながらこいしがさとりの傍まで寄ってくる。そして書かれた解答を読み上げた。
「答えを見てみましょう。なになに、『下着』ですか」
「くっ、はぃ」
顔から火が出るほど恥ずかしい。きっと他人から見た自分の顔は灼熱地獄よりも赤くなっていることだろうと心の隅で考える。別に真実を答える必要なんてなかったはずなのに、さとりは本当の答えを書いてしまった。プライバシー対策はされているとはいえ、自身のことだからかなりの羞恥である。
「下着とは?」
「え?」
こいしが質問してきた。だが自分の解答は終わったと思っていたさとりは何を訪ねているのか察しがつかず呆気にとられてしまう。
さとりの態度に気づいたのかこいしが質問の意味を教えてくれた。
「下着といっても種類はたくさんあるよね。ドロワーズ、ひも、褌、ブリーフ、トランクス。後半は男物だけど、もしかしたら当主は穿いているかもしれない。この番組はそんなミステリーを追っていくのが目的なんだよ。私は真実が知りたいの。どんな些細なことでもいい、地霊殿当主の全てが知りたいの。曖昧な答えじゃダメ。ねえ、お姉ちゃんの本当の答え教えてくれる?」
おかしい。なにかが変だ。なにかが何かは分からないけど。
さとりはその違和感を確かめようとしたがこいしに解答を求められ考えることができない。
早く違和感の正体を探りたい。だけどこいしが邪魔をする。下着の種類を答えれば許してくれるんだっけ? ならさっさと教えてあげればいい。タンスの中に入っているものを。そうしたら考えさせてくれるだろう。
「―――です」
「うん? なにもう一回言って」
「パ、パンツです。くまさんの絵やうさぎさんの絵が描いてあるパンツです。動物が好きなんです。こ、これでいいでしょう! ちゃんと答えましたよ」
やっぱり恥ずかしい。なんで自分のパンツの趣味まで大声で叫ばないといけないのだろう。でもこれで大丈夫。考え事ができるとさとりは思った。
こいしも解答に満足したのか笑顔で頷き、グッと親指を立てている。
「さあ、それでは正解を見てみましょう。誰か正解はいるのでしょうか!」
~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~
「これからこの2段目を開けます。いきますよ。ニャーン」
お燐が2段目に手を掛け、勢いよく引き出した。
その中から現れたのは―――――パンツ。
お燐が1枚を取り出し広げる。そこにはクマの絵が描かれていた。他にも犬、鴉、妖精、怨霊、巫女、魔法使いなどが描かれたパンツが現れる。どうやら手作りらしい。
それらをポケットがパンパンになるまで詰め込むお燐。目が血走っているのが画面の外からでもよく判る。
最後に猫の絵のパンツを頭にかぶり、呼吸を整えると、
「正解は、おぱんつでした~。ニャーイ!!」
万歳三唱で鼻血を噴き出し、走って出て行った。俗にいう逃走である。
~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~
映像がスタジオへ切り替わる。
なぜかこいしが無表情で黒猫の人形をねじり千切っていた。小さく「絶対に逃がさないよ」と聞こえた気がするが気にしてはいけない。
カメラに映っていると気づくと綿だらけの人形を放り投げ、ニコッと笑顔に戻り司会を再開する。
「なんと正解は『パンツ』でした。さとりさん大正解です! おめでとうございます」
パチパチと拍手がさとりの思考を邪魔する。
「さて、では残念ながら間違えてしまった3人は没シュートです」
チャラッチャラチャラララーン
音楽に合わせスーパーこいしちゃん人形が下げられ―――ずに爆発した。
ピチューーーン!!!
激しい爆発音と共にさとりの隣にいた解答者3人が被弾して消える。
そのさまに驚かされ、さとりの思考は完全に停止してしまった。
「……今の何?」
「番組名物没シュートだよ」
「普通は人形を没収するのよね」
「ここでは違うの。別のものを没収するのが決まり」
「べ、別のものとは?」
「残機」
「コンテニューできないのさ!!」
無邪気に恐ろしいことを言い放つ妹にさとりは戦慄する。
「ね、ねえ、こいし。ちょっとこの番組変じゃない?」
「変? どこが変なの?」
「えっとそれは、どこかおかしいっていうか………」
答えようにも答えられない。さっきから一生懸命考えているがさとりには検討がつかない。考えれば考えるほど分からなくなっていく。
こいしと目が合う。その透きとおった瞳に吸い込まれていくような気分になる。何も考えられなくなる。
‘なにか’がおかしい。でもそれが何か分からない。考える。分からない。もっと考える。もっと分からない。わからない。解らない。判らない。ワカラナイ。
あれ? なにが分からないんだろう……。
さとりは自分が自分ではないような不思議な気分になる。ただその様子を妹が笑いながら見ていることだけは鮮明に理解できた。
「さあ、それでは題2問目に参りましょう!」
こいしのその言葉で意識が戻る。さとりは自分がどうなっていたのか全く認識できないが、今はそれよりもこの番組を止めることだけを意識する。これ以上、自分の秘密を知られるのは嫌だった。
「待って、まだ続けるんですか!? もういい加減にしなさい、こいし」
「え~、だって面白くなるのはこれからだよ。次の問題はね、地霊殿当主の好きな食べ物はなんでしょうで、間に好きな紅茶の種類やよく聞く音楽の調査結果を挟んだりするの。あ、お風呂で一番最初に洗うところはどこかってのも気になるわ。そして最終問題は、一番好きなヒトはだれですか? まあ、最後はサービス問題なんだけどね。答えは分かっているから。古明地 こいしだよね! えへへ、嬉しいなぁ。私もお姉ちゃんが一番大好きだよ」
うっとりと幸せそうに両手を握りしめるこいし。そんな嬉しそうな妹の姿を見てさとりの心も温かくなる。こいしが幸せならそれでいいとすら思ってしまう。
それでもさとりは残った理性で抵抗する。
「こいしが楽しいのはいいことだわ。でもね、やっぱりその恥ずかしいっていうか、大勢のヒトに私のことを知られるのはいい気がしないのよ。それに他の解答者もいなくなったことだし、遊びは終わりにしましょう?」
できるだけ優しく、穏やかに言葉を投げかける。さとり自身こいしに好かれるのは悪い気がしない。むしろ嬉しいくらいだ。第三の目を閉じて以来、実の妹の心が分からないことに焦りを感じていたのも事実。口にだして好意を示してくれたのはこれ以上ない喜びだった。
だが、さとりは地霊殿当主としてのプライドも持っていた。恐れられてこそのサトリ妖怪。他人に自分の心を知られるのは何よりも嫌なのだ。妹と2人きりでなら何もかも全部とはいかないまでも自分のことを教えてあげてもいいと思う。
だが、
「ダメだよ」
「えっ?」
帰ってきたのは拒否の言葉。
「私はお姉ちゃんの全部が知りたいの。頭の上からつま先まで、全部ぜーんぶ知りたいの。心配いらないよ。私以外にこのことは秘密にしてあげるから。約束するね。あ、それと解答者が欲しいならすぐに出してあげるよ、ハイ」
さとりがハッと右に振り向く。そこには、ヤマメ、お空、村紗が何事もなかったかのように席に着いていた。爆発で壊れたはずのセットもすべて直っている。
「早く次にいって下さいませんこと」
「うにゅー、ゆでたまごが食べたいっちゅうにほんばにもー」
「聖のブルマもありじゃないかなぁと思うんですけど」
三人は好き勝手に騒いでいる。声が大きくやかましいくらいだ。さとりは現状を把握しようと必死なのにうるさくて集中できない。煩い、五月蝿い、ウルサイ。だけど、だけど、
―――――声が、聞こえない。三人の心の声が聞こえ…ない……?
自分はサトリだ。相手はこいしじゃない。だったら心が分かるはずなのにと疑問で思考が埋め尽くされる。ついさっきまで読めていた村紗の心も今は少しも伝わってこなくなっていた。周りを見渡すが、スタッフも、観客からも心の声が聞こえなくなっていた。恐る恐る自分の第三の目を確認する。もしかしたら閉じてしまっているのではと心配になった。しかしそれは杞憂で、第三の目はちゃんと開いていた。どこもおかしいところはない。ほっと安堵するが今度は逆に、なぜ心が読めないのかという疑問が湧き起こる。
なんなんだこれは? 私は一体どうなってしまったんですか? 後から後から疑問が間欠泉のように噴出してさとりを苦しめる。誰の心も読めないことがこんなに怖いことだとは知らなかった。世界が別のものに変わってしまったかのようだ。
さとりはがむしゃらに耳を澄ませる。目を見開く。少しでもいい、誰でもいい、声が聞きたかった。探す。探し続ける。自分が置かれた状況や、感じていた違和感の正体などの疑問すべて放り捨てて。
涙を流しながら必死で探し続ける。そのとき、微かに声が聞こえた気がした。顔を上げた先にいたのは、自分の妹、こいし。目の前のこいしからたった一言、でも確かに『お姉ちゃん』と聞こえた。
なぜ心を閉ざしたはずの妹の心が読めたのか、そんな疑問は一切出てこなかった。ただ、さとりは声の主の元へ駆け寄り抱きついた。
「それでは題2問目参りましょう。地底さとり発見!」
「助けて……お願いだから、こいし」
「大丈夫だよ、お姉ちゃんは私だけを見ていればいいんだから。怖いことなんて何もない。私がずっとそばにいるからね。それでいいんだよね? お姉ちゃん」
さとりは返事を返そうとしたが声が出せなかった。こいしに抱きしめられ安心してしまったのか、瞼が重くなっていく。眠たい。だんだんと記憶が落ちていく。こいしが発した声か、心の声かは分からないが最後に呟いたことだけがさとりの心に残っていった。
「また次回、さとりの世界でお会いしましょう。さようなら、お姉――――――」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
―――――ちゃん
―――ねえちゃん
「お姉ちゃん!」
自分を呼ぶ声が聞こえる。
「ん…うん……こいし?」
「あーやっと起きた。大丈夫? なんかうなされてたよ」
「えっ、あ、ここは? クイズはどうなったの」
「もう、まだ寝ぼけてる! ここはお姉ちゃんの部屋よ。どうせ本読みながら寝ちゃってたんでしょ」
さとりが顔を上げる。目の前にはこいしが少し怒ったように腰に手を当てきつめの声で状況を説明していた。まだはっきりしない頭で周りをキョロキョロ見渡す。確かに自分の部屋らしい。目を下に落とすと読みかけの本と冷めてしまった紅茶が目に入った。こいしの言う通り確かに読書中に眠ってしまったようだ。
そんなさとりの様子がおかしいと思ったのかこいしが釣り上げた眉を下げ、心配そうに姉の顔を覗き込んできた。
「顔色悪いよ。なにか悪い夢でも見たの? それとも気分が悪い?」
「あ、いいえ大丈夫よ。少し変な夢を見ただけだから。お姉ちゃんは元気です」
妹を心配させまいとさとりが微笑み、髪を撫でてあげる。こいしはそれを嬉しそうに受け止め、良かったと返事を返してくれた。
だんだんと頭がはっきりとしてくる。そして見た夢の内容もおぼろげながら少し思い出してきた。変なクイズ番組で自分の部屋が誰かに荒されたことを妹に語ると本当に可笑しそうに笑われた。さとりも自分の夢が突拍子もなさ過ぎて恥ずかしくなるが妹との話のタネになったからよしと思いこむ。
2人でしばらく話していたら紅茶が欲しくなった。机には冷めたものしかなく、お燐にでも淹れさせようと提案したら、
「お燐はいないよ」
とこいしに言われてしまう。きっとまた地上にでも遊びに行っているのだろうと考え、仕方ないが自分で淹れることにする。こいしの分も持ってくるか尋ねたが、これから出かけるからいらないと拒否されてしまった。心の奥がズキリと少し傷んだ。
それを悟られないようにもう一度髪を撫で、妹を見送ることにする。とはいっても自分の部屋からなのですぐに終わる。いってきますと元気な声で出ていくこいしに手を振って、扉を閉め鍵をかけた。
紅茶の前に確かめたいことがあった。さとりはゆっくりと部屋を見渡す。ただの夢だと分かっているが少し気になってしまったのだ。だけどそこはいつもと変わらない自分の部屋の光景しかない。そういえばとタンスの引き出しを開けてみる。夢では2段目の中身を問題にさせられたっけと思い出し確認してみるがそれでもやはり何も変わらず下着が詰め込まれていた。1つも盗られた様子はない。やっぱり夢は夢だったと認識して大きく溜息をついたそのとき、
ガチャ!!
勢いよく扉が開いた。油断しきっていたのでかなりびっくりする。ドキドキと高鳴る胸に手を当て扉に目をやる。そこから出かけたはずのこいしが顔を覗かせていた。
「ねえ、お姉ちゃん」
「にゃ、にゃんですか! 脅かさないでください」
「あははっ、ゴメンゴメン。あのね思ったんだけど夢の原因ってそれじゃないかなぁ?」
そう言ってある物を指差す。その先にはさとりの読みかけていた本があった。この本は地霊殿の図書室の隅にひっそりと置かれていたものらしい。らしいというのは、本を持ってきたのがこいしだったから。しつこいくらいに面白いから読んで欲しいと進められたのでせっかくだからと手にとってみたのだ。結果、途中で寝てしまうという普段ではあるまじき失態を見せてしまったのだが。
さとりがそれを手に取りタイトルを確認する。ああ、なるほどと納得できた。
『世界ふしぎ発見!』
歴史の不思議を探る内容のようだが、よく解らなかったからきっと外の世界の本だろうと結論付ける。
なんでこんな本が地霊殿にあるのか理解できないが、とりあえず教えてくれたお礼を言おうと顔を向けるがすでにこいしの姿は見当たらない。
「まったく、脅かす必要もないでしょうに。部屋に来るときはノックしなさいって教えたのを忘れたのかしら? ドアも開けっ放しにして」
フーと溜息をつき、開け放たれた扉を閉め、もう一度鍵をかける。本当に自由気ままな妹だと苦笑い。
―――アレ?
振り返るとタンスがまだ開けっ放しだった。自分も妹のことを言えないなともう一つ苦笑い。
―――オカシクナイ?
タンスを元に戻し、部屋の確認を再開する。ほぼ、いや完璧にさとりの部屋そのものでおかしいところなんてどこにもない。一通り見終えると大切な人形達に目がとまった。自慢じゃないがそれなりに沢山の人形を飾ってある。それらを何気なしに一つ一つ眺めてみる。
―――ナニカイワカンガアルワ
犬、ウサギ、鳥、クマ。自分の手作りだったり旧都から仕入れたりと動物型のものが多い。
―――イワカンッテ?
首が千切れて綿が飛び出している黒猫。血のついたナイフが刺さっているのがアクセント。
―――ワカラナイ
そして一番お気に入りの綺麗に透き通ったクリスタル製の妹人形。
―――ワカラナイ?
どれもさとりの大切な宝物である。他人には秘密だ。
―――ワカラナイナラキニシチャダメダヨ
思わず笑顔になってしまう。これはきっと無意識の行動だろう。心がどこかフワフワする。
―――オネエチャン
そういえば紅茶が飲みたかったんだと思い出し、さとりは台所へ向かうことにした。
内鍵をあけ外に出る。そして自分だけしか持っていない部屋の鍵でカチャンと鍵をかけ直す。そこで何かが落ちているのを発見した。銀色に光っている細い棒のようなもの。拾ってみるとそれの正体が針金だと分かった。なんでこんなものがここに? と疑問に思ったがすぐにどうでもよくなってしまう。
さとりは拾った針金をポケットに入れて軽い足取りで廊下を歩いていく。今は妹と同じくらい紅茶が恋しい気分なのだ。
「ああそういえば、部屋の鍵を新しくしないといけなかったわね」
しかしさとり様のぱんつと板東さんに乾杯
それより僕はおりんりんのパンツをだね
あれ? おりんって誰だっけ?
エロ本なんかないって信じてる。
お燐は犠牲になったのだ…