Coolier - 新生・東方創想話

紅魔達の夜

2010/04/29 03:15:58
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 ―――これは、私達が幻想郷にやって来る前、英国に住んでいた時の話だ。




「レミィって、本当に酔狂よね」

 ある日の昼下がりのこと。パチェが館の廊下で、私の隣を歩きながらそう言った。
 私が注文した茶葉を取りに、これから外出することを伝えたからだ。私は丸めたボロを小脇に抱えていた。

「仕方ないじゃない。他に人手はないの」
「でも何でこんな快晴の日に行くの。人通りも多いだろうし」
「なら大雨の日の方が良かったかしら? 」
「そうことじゃないの……」
「じゃあ、どういうこと」
「はあ……別にいいわ。なんでも無い」
「……そう。いつも心配させて悪いわね」

 パチェが私の身を案じていることは、私も感じてはいる。
 故に謝ったのだが、パチェは肩を竦めるだけだった。当然の反応だ。ただ謝るだけで、結局私は出掛けるのだから。
 
 出掛けるのは、今の生活が退屈だから。
 最初はただ退屈を紛らわす為だった。
 しかし人間社会に慣れてしまってからは、今の退屈を満たすモノを探す為に、私は出掛けている。
 故に出掛けることで、私は有意な生活を送れると私は思うのだ。
 パチェは出掛ける理由を知っていないから、私を心配するのだろう。
 だが、パチェには言いたくない。相談したら、自分の都合でまたパチェを巻き込み、苦労を強いてしまうだろう。私だって成長しているから、これは自分の問題だと言う意識を持っている。故に、長年共にいたパチェを、もうこれ以上自分勝手に振り回したくないのだった

 私達はホールに出た。私は自身の翼を小さく畳む。そして、正体を隠す為にボロを頭から被り、全身を覆い隠した。
 私は玄関の扉を押し開ける。春の匂いがホールに流れ込み、外の眩しさに私は目を細めた。

「じゃあ、行って来るわね」
「えぇ」





 かくして私は、ロンドンにやって来た。
 街の喧騒と、人ごみの中を潜り抜けて私は目的の茶屋を目指す。裏路地に入ってからも暫く歩き、やがて私は目的地である行き付けの茶屋に辿り着いた。
 ドアを開けて、私は店内に入る。ドアに吊るされた鈴が、店主以外に誰も居ない店内で、虚しく音を鳴らした。

「注文した茶葉、取りに来たのだけど」

 私が言うと、カウンターに立つ店主が笑みを浮かべた。
 素性も明かさない上に、格好も不審な客の私だが、毎回高級な茶葉を買うから、正体を咎められたことはなかった。

「お待ちしておりました。冷茶をご用意させますので、少々お待ちを……」

 店主は、そう言うと店の奥へ消える。私は近くの椅子に腰掛けた。

 暫くすると、奥の扉が開いて一人の少女が紅茶を手にやって来た。
 少女は東洋人だった。背丈は私より少しだけ高く、身体に纏っている服は薄汚れている。腰まで届く黒髪は繊細で、肌は白かった。
 ……店主が雇ったのだろうか?
 英国のこんな店に東洋人がいる物珍しさから、私は少女をまじまじと見つめた。少女は私の前で立ち止まり、黙って私を見つめた。緊張している訳でもないのに、何故何も言わないのだろう。

「…………」
「茶を頂戴」

 すると、少女は私に紅茶を満たしたカップを突き付けた。中の紅茶が勢いよく跳ね、私のボロの上に飛び散った。
 ―――刹那、私は少女の手にあったカップを叩き割る。そのまま少女の喉元に爪を突き付けて、睨み据えた。

 遅れて、紅茶が破片と共に床の上に広がった。

「……いい度胸ね。非礼を詫びるなら今のうちよ? 」

 脅しのつもりだったが、私を捉える少女の瞳は、揺らぐことは無かった。
 私は笑いを漏らした。この私を怖れないだなんて、少女の癖に度胸が据わってる。それが実に面白く、私は少女を気に入ったのだ。私は、突き付けた爪を少女の喉元から離した。

「貴女の名前は? 」
「…………」
「……そう。無いのね」

 店主が、包装された箱を小脇に抱えてやって来た。そして床に広がる紅茶とカップの破片を見て、少女に片付けを命じた。
 私は少女がここにいる理由を、店主に尋ねることにした。

「お待たせいたしました」
「ねえ、どうしてこの店に東洋人がいるの? 」
「こいつですか? こいつは元々浮浪児でして。恐らく元は清国で英国人に人身売買されたか、拾われてやって来れたんでしょうねぇ。阿片のせいで、あっちには捨て子が溢れてるそうですし。まあ……ここでも捨てられてしまいましたが」
「ああ、拾ったのね」
「えぇ……東洋人にしては別嬪だと思い、つい。でもまあ、東洋人ですし。餓え死するよりは好き勝手使ってやった方が、まだマシでしょう」

 「好き勝手に使ってやるだけマシ」その言葉が店主の本心であるのなら、少女は奴隷のような人生を送って行くことになるのだろう。少女が哀れだった。
 だがパチェが私が出掛ける度に心配しているのを想うと、少女を救い出す事はパチェに対する裏切りに思えて、今少女に出来ることは何も無いのだと思うしかなかった。故に歯痒かった。
 代金と引き換えに茶葉を受け取ると、私は少女へ振り返った。少女も立ち尽くしたまま、私を見ていた。

「…………」
「また会えるといいわね。それまでに、もっと礼儀と言うモノを覚えてくれると、尚嬉しいわ」

 最後に私は、期待を込めて少女にそう告げた。





 私の館はロンドン郊外にある。パチェによって対策がしてあって、私が訪問を許した者だけが館を見付けることが出来た。
 私は日傘を差して、正門の内側で届いた葉書を読んでいた。葉書はロシアに住んでいた頃、雇っていた使用人からのものだった。私の口元が緩む。昔、ロシアに住んでいた頃のことを思い出し、懐かしくなったのだ。
 彼女は、今どうしているのだろう。
 今となっては、葉書以外に触れ合う機会は無かった。私は、もうかの地に戻ることは出来ないのだから……。
 背後で正門が開かれる音がした。
 振り返ると、そこには茶屋で出会った少女がいた。前よりも髪や衣服が汚れているのが目に付く。
 私の中に、少女との再会を望む気持ちがあったことで、パチェの術が少女を拒まなかったのだろう。故に大して驚きはしなかった。

「あら、三日ぶりね」
「…………」

 少女は、三日前と同じ調子で私に封書を差し出す。当然、行き付けの茶屋の封書だった。私はやんわりと封書を受け取り、開封して中の手紙を読んだ。
 手紙には新しい茶葉を入荷した知らせが書いてあった。

「貴女は私の姿を見て驚かないの? 」
「…………」
「……まあ、他言しなければ別に良いのだけど。貴女を消したくないものね。そうそう三日前買った茶葉、悪く無かったわよ。まろやかで。パチェは相変わらず何も言わなかったけど、フランは気に入ったみたい」
「…………」

 少女への語り掛けが独り言のようでも、私は気にならなかった。お気に入りの相手が来たことで、私は些か上機嫌だった。
 少女が帰ろうとした。

「待ちなさい」

 私は少女を呼び止める。
 この前の歯痒さもある。せめて少女の身体の汚れ位は、落としてやりたかった。

「浴槽は自由に使っていいから、身体の汚れを落として行きなさい。服も好きなのを着て良いわ」
「…………」

 少女はコクリと頷いた。私の言葉は分かっているようだった。

「身体は自分で洗えるわよね」

 初めて少女とやり取りが出来た。私は嬉しくて、そう言いながら少女へ微笑んだ。




 私は中庭のテラスで少女を待つ間、暇つぶしに新聞を広げて読んでいた。
 そして、最後のページに差し掛かった時だった。

「……そこにいるのは、誰? 」

 私は問い掛けた。新聞の向こう側に、妖力を感じたのだ。
 私は困惑した。この私が、相手に接近されるまでその存在に気が付かなかったのだ……。しかも相手はあのパチェの術を掻い潜って来たと言うのか? 信じられない。
 ……だが、もしそうなら相手は腕利きの妖怪かも知れない。聖職者の可能性だってある。
 私は、その姿を確認する為に、視界から新聞を降ろして行く。相手によっては、先手を打つつもりだった。
 そして、私は新聞から手を離した。


「―――驚かせないで頂戴……」

 だが、そこに立っていたのは少女だった。身体の汚れを綺麗に落とし、ちゃんと服を着替えている。途端に少女から妖力は消えた。いや、単に感じ無くなっただけかも知れない。
 私は、足元の新聞を拾い上げる。いずれにせよ、この子から妖力を感じたのが不思議で、当たり前のように一つの疑問が浮かんだ。

 少女は、本当に人間なのだろうか?

「ねえ、貴女は何者なの? 」
「…………」

 少女は答えなかった。それがただの寡黙では無いことを私は知っている。故に答えは強制してはいなかった。
 遠くで、忌々しい教会の鐘が鳴る。鐘の音は、間もなく日が沈むことを告げていた。

「……そうね。もう日が沈む。今は止めておきましょう。もう帰りなさい」

 少女は頷くと、私に背を向けて走り出した。
 ……決めた。
 今夜私は、少女の元へ行く。
 
 少女を、私の『従者』にする為だ。

 細々とした生活でも、少女が居ればきっと有意な生活を送れる気がするのだ。確信はある。少女は、この私を気に入りなのだから。
 さらには、妖怪である可能性が、少女を従者に欲する気持ちへ、私を駆り立てた。珍しいモノを見付けた、と。
 随分と利己的だと思った。責任に拘っていたのに、今となっては、少女を店主から奪うことに躊躇いは感じなかったのだ。
 私は笑う。
 けれど、ようやく望みが叶いそうだ。しかもあの少女のお陰で。その事実に私は喜び、少女に焦がれていた。




 
 店主は、店の倉庫で茶葉のチェックをしていた。客足が僅かでも、品質管理を怠らないのは、流石は茶商人と言ったところだろう。
 だが皮肉にも、客足の僅かな原因は、その店主自身の我儘な性格にあるのだった。
 一通りチェックを終え、店主がホールに出た時、少女が帰って来た。
 少女の姿を見て、店主は驚いた。あのみすぼらしかった少女が、身体の汚れを全て落とし、新しい服に着替えていたのだ。
 少女は、先程まで常連客の元に使いに出ていた。故に、その客が少女を綺麗にしたのだろう、と店主は推察した。三日前に見た様子から、その客が少女を気に入っていることに、店主は勘づいていた。

「あの客は、よっぽどお前を気に入っているみたいだな」
「……………」
「……渡さないけどな。俺が不便だしよ。おい、今からカウンターを磨いて来い 」
「……………」
「……もう一度言う。カウンターを磨いてこい」

 少女は尚も無言だった。
 拾って貰った分際で、自分に少女が心を開かないことに、いい加減、店主は我慢ならなかった。自分の少女に対する今までの接し方など、店主は顧みなかった。
 店主は、怒りに任せて少女を蹴り付けた。少女の身体が床に倒れる。

「東洋人の癖に! オレに拾われなきゃ、今頃飢え死にしてたってのに、何様のつもりだ?! 」

 倒れた少女の腹や胸を、店主は何度も蹴り上げる。暴力は暫くの間続いた。
 だが、少女は悲鳴を上げるどころか、全く痛がる様子を見せなかった。そのうち店主は蹴り上げるのを止めると、息急き切るまま少女を見た。
 店主は、少女が不気味で仕方無かったのだ。少女は感情を一切露わにしないばかりか、苦痛にすら反応しないのを知ったのだから。少女が捨てられた理由が、店主には分かる気がした。
 
「……もういい。さっさと消えろ! 」

 少女は起き上がろうとはしない。ついに店主は、傍にあった鞭を手に取り、少女へと振り返った。
 ……だが、既にそこに少女はいなかった。
 店主は辺りを見渡してから思った。

(この鞭を見て、流石に怖れをなしたのか……? ……そうだ。きっとそうに違いない! お陰で清々したぜ。……さて、今はとにかく俺の夕食を作らなければ。全く手間を喰わせやがって。腹が減って仕方ないじゃないか。しかし、途方も無く腹が減ると、どんな飯でも上手く感じるのは不思議だな……)

 そして、店主がホールから出ようとすると、その扉の前に少女がいた。
 ―――その長い髪は、綺麗な紅に染まっていた。

「お前、何でいる……。しかも髪の色が……」

 少女が自身の拳を、店主の腹部へ打ち込む。
 鈍い衝撃の後、少女の拳は皮膚と肉を裂き、鮮血と肉を辺りに飛び散らせながら、店主の腹の中に深く抉り込まれていった。
 痛みのあまり、店主は自分の挙げた叫び声すら、耳には入らなかった。
 さらに店主の身体の中からゴリゴリと、少女は何かを捩じり取る。するとその手は、店主の腹の中から薄紅色の臓物達を引き摺り出し始めた。
 少女の手が腹から引き抜かれ、床に広がる血の上に、引き摺りだされた臓物や肉が落ちる。
 少女は、無表情で床に膝を着く。そして床に落ちた臓物の一つを手に取ると――………


「……ば、ばけ…も、のぉ……」

 最後に血泡を吐き、店主の意識はそこで途切れた。





 その日の晩は偶然にも、紅い満月が夜空に浮かぶ、紅魔の夜だった。
 私は茶屋へ侵入して、静かな店内を探した。そして、ホールで少女を見付けた。暗闇の中、少女は天蓋窓に映る紅月を見上げていた。
 紅い月明りのスポットライトが、暗闇の中で少女を照らし出している。少女は全てが紅に染まっていた。
 しかし、少女の美しい紅髪だけは、本物の紅だった。
 
「鍵、開けっ放しだったわよ。貴女の主人はどうしたの? 」

 少女は答えない。とは言え、血生臭さを嗅ぎ付けたら、答えを大体察することが出来た。
 私は、近くにあったランタンに火を灯し、明かりを少女に向ける。案の定、少女の辺りは血の海だった。少女が紅いのは、月明りではなく返り血を浴びたからだった。
 だが変だ。店主が居ないのだ。……ならばあの血の泉はなんなのだろう。ランタンの明かりを受けて、ギラギラと光る泉の水面を私は見渡した。そして無数の肉片が浮かんでいるのを見付ける。
 私は理解した。

「あぁ、食べてしまったのね。きっと、満足な食事を貰えなかったから、飢えてたんでしょ?」
「……………」

 ……目の前の光景を目の当たりにして、私は少女の正体を知った。

 少女は妖怪であり、私と同じ紅魔だったのだ。

「安心しなさい。貴女が責められる謂れは無いわ。……だって、貴女は妖怪だから。飢えたら人を食べるのは当たり前よね 」
 
 そう言って、私は微笑んだ。
 それに少女を従者にする上で、店主が死んだことは都合が良かった。私が店主を殺す手間が省けたのだから。
 だから、この微笑みは少女を手に入れられる嬉しさから来るものだった。
  
「私は気になってるのよ……。ここに来る前、貴女はどうして捨てられたのだろうって。貴女は、人とは暮らせないんじゃないかしら」

 私には分かりもしない。
 いずれにせよ、私に仕えることが最良の選択であることを今の光景と、捨てられた事実が証明していた。

「……………」

 私は少女へ……いや、姿を変えた紅魔へ歩み寄って行く。
 
「―――だから、私に仕えなさい。同じ紅魔同士、仲良くしましょ? 」

 私は少女の前で立ち止まり、手を差し伸べた。

「………………」
「大丈夫よ。きっと貴女にとって、最良の選択に違いないから。私は貴女を飢えさせない。惨めな暮らしもさせないわ。だから―――…………」















 ―――ぐしゃり。







 差し伸べた右腕の先から、何かが潰れる音がした。
 何かしら? 私は右腕を顔の前にかざそうとした。
 けれど、右腕が無くて、代わりに少女が見えた。さらに少女の右手が、私の前に伸ばされたまま静止していた。それを見て、私の腕が少女に吹き飛ばされたのだと気が付いた。
 私は微笑む。

「……そうね、遊びましょう。少しは楽しませて頂戴ね」

 気分が高揚した。……私に歯向かう少女の実力を、この目で確かめてみようではないか。
 私は微笑んだまま翼を広げ、床を蹴った。少女の身体も前へ動く。
 少女に迫ると、自身の腕を横薙ぎに払う。少女は前屈みになりそれを回避する。私は腕を引きもどし、その勢いで少女へ後ろ蹴りを叩き込む。少女は左手でそれを受け流し、私に真っ直ぐ拳を突き出した。私は身体を横に捻り、突き出された拳を回避する。
 だが触れてもいないのに、服の一部が破れた。見れば、少女の拳は青い霞のようなモノを纏っている。恐らく、腕を失ったのもあの霞のせいであろう。
 私は後ろに飛びずさる。
 しかし少女は私の動きに食い付き、反撃を封じた。
 私は続けて飛びずさりながら、明かりを灯したランタンに手を掛け、追撃する少女へ投擲する。少女は素早く反応し、霞を纏ったその手がランタンを弾いた。
 ランタンが壊れて、明かりが消える。
 だが少女がランタンを弾いた隙に、私は少女へ迫るとその身体を蹴った。少女の身体が背後へ吹っ飛ぶ。

「これで右腕の分はおあいこ、かしら? 」

 既に、私の右腕は生えて元通りになっていたが。

 明かりが消えたことで、ホールの中は闇に落ちていた。
 だが私の目は暗闇の中でも、少女の姿がハッキリと見えている。一方で少女に私の姿は見えていないようだった。先程から少女は辺りを見渡していたのだ。無理も無い。眩しい月明りをずっと見ていて、すぐに暗闇に目が慣れる筈が無いだろう。
 やがて少女は見渡すのを止めると、不動まま目を閉じた。拳から、青い霞は消えていた。
 的確に状況を分析できる分、少女は賢い。
 だが少女の行動の意味が、私には分からなかった。唯でさえ視覚は奪われているのに、目を閉じては尚更何も見えなくなるだけだろう。
 だが少女の行動は、今の状況を打破できることを私に期待させた。理解は出来なくても、無為であるようには感じなかったのだ。どうせ、闇に目が慣れるのを待っている余裕は少女には無い。
 私は飛び上がり、少女へ飛び寄った。

 
 ―――その時、突如として少女が、私に向かって拳を突き出した。拳は、予想外にも私を狙って放たれており、私は思わず少女を避けて飛んだ。
 しかし少女は、着地した私へ間髪いれず接近して来る。
 少女の思わぬ行動に私は驚き、反応が遅れた。その隙に、少女は私の顔面と腹部へ拳を正確に打ち込む。さらに少女は、よろめいた私の身体へ、回し蹴りを叩き込んだ。私の身体は横に吹っ飛び、無様に床に倒れた。
 暗闇の中で私の存在を明細に察知するとは思いもよらなかった……。私の気配でも察知したのだろうか……?
 少女は妖力と闘志に満ちた瞳で私を見据えると、構えた。
 そうに違いない。少女は妖怪だ。能力の一つ位あっても、変な話ではないのだ。
 少女は私の期待を裏切らなかった。故に満足の行く結果だ。手を抜いていても、この私に対して、一矢報いるどころか力を見せ付けたのだ。
 ……やられたままでは私も気が納まらないけどね。

「ちょっと痛かったじゃない……。ああ、でも楽しかったわ。フランとは違った感じよ、貴女。きっとフランも気に入るわ」

 私は起き上がると、服の汚れを払う。
 少女は突進して、私に殴りかかる。私は飛びずさることで、全ての拳を回避した。次に少女は私を蹴り上げようとした。その足を私は受け止め、右手で足を掴んだ。

「技は未熟だけど、素質はある」
「………」
「ふふっ……♪ これからが楽しみね♪ 」

 そのまま、少女の身体を片手で振り回す。私は遠心力を利用し、さらには力を込めて少女を放り投げ、その身を壁に叩き付けた。
 少女の身体で次々と壁が砕け、少女は外へ飛び出した。

「少し力の加減が過ぎたかしら」

 私は、砕けた壁へ歩み寄り、全ての穴を潜って外へ出た。少女は路面で倒れている。生きてはいるものの、傷だらけだった。

「頑丈ね」

 少女は起き上がらない。その目は夜空に浮かぶ丸い紅月を見上げていたのだ。
 私は少女の身体に覆い被さり、その目を見詰めて問う。

「……月見を邪魔されて、嫌だった? 」
「………………」
 
 すると、私を見て少女は頷いた。

「………………」
「………………」
「……ぷっ……ふふふっ……」

 私は思わず吹き出した。そして遂には堪え切れず、声を上げて笑ってしまった。戦った理由が以外にユニークで、可笑しかったのだ。
 となると、少女は私の手を払ったのは(もぎれたけど)、私が少女の月見を邪魔したことが腹立たしかったからなのか。そりゃ悪い事をした。
 ―――本当に、この少女が欲しかった。出会ってから今まで、私を退屈させないのだ。
 私が少女の正体に気付くよりも先に、私が吸血鬼であることを、同じ紅魔として少女は見抜いていたのかも知れない。
 少女は、私にその正体を察知させるヒントを晒し、心を私に開いたのだから。

「―――貴女に名前をあげましょう。貴女の名前は、紅美鈴。今夜は月が紅いし、貴女の髪も紅い。だから「紅」。美鈴は……貴女が清国生まれかも知れないからよ。それに

貴女は、可愛いもの。ああ、私ほどじゃないけれど。……どう? 貴女に相応しい名前だと思わない? 」
「…………」

 少女は頷いた。

 ……少女は私の与えた名を受け入れた!!
 私は嬉しさのあまり、思わずその身体を抱き締めてしまいそうになったけれど、少女の髪を撫でることで、私は何とか抑えた。

「感謝しなさい。吸血鬼の従者だなんて、最高の名誉よ? 」
「……………」

 その時、遠くから人間達の声が聞こえた。

「あら、聞き付けられてしまったようね」

 結局、厄介事を引き起こしてしまった。とは言え、逃げれば済む話なのだけれど。厄介事は覚悟の上でやって来たのだ。今更慌てる必要も無い。
 私は身を起こす。

「………………」
「行きましょう。立てる? ……美鈴」

 私は美鈴に手を差し伸べ、美鈴はその手を払うことなく取った。
 そして私達は走り出す。美鈴が、自分の居た茶屋を振り返ることはない。私だけを見ていた。
 やがて、私と美鈴は夜の闇に溶ける。

 丸い月が紅い、紅魔の夜だった。







 満月が紅い夜、私パチュリーノーレッジはレミィの部屋の前にいた。ネックレスの収められた、透明のケースを手に持って。ネックレスは、私がレミィに頼まれたから作った。ネックレスの中心部には、私が魔法で合成した大粒のルビーが飾られている。
 七つの属性を操る私にとって、宝石を合成して作り出すことは不可能ではない。
 魔法の使い方としては邪道だけれど……。それでも断らなかったのは、合成に対する興味故か、それともレミィに対する思い遣りかのどちらかだ。
 私は扉をノックする。

「レミィ。ちょっと良い? 」

 レミィの返事は無い。故に私は、それ以上返事を待つことなく、部屋の中へと入った。
 中にレミィの姿はない。館の中に、レミィの姿が無いからここに来たのに……。一体何処へ?
 ……もしかして、出掛けてしまったのだろうか。
 確信は無いけれど、そんな気がした。こんなにも月が紅い夜なのだから。
 レミィが人間や聖職者に見付からないか心配だった。レミィだって、分かっている筈だ。教会や、人間達から逃れ続けた私達に、もう移り住める場所はないことくらい。
 何故わざわざ見付かる危険を冒してまで、レミィは出掛けるのだろう。
 私には、皆目見当が付かなかった。
 
(……理由があるはずなのよね……。けど、どうして教えてくれないのかしら)

 私は、ベッドに腰を降ろすと身を横たえた。
 ペンダントを作る為に、徹夜したから眠い。
 けれど、レミィに自分の手からネックレスを渡したいと思った。どんな顔をするのか、見てみたい。ああ、私がネックレス作りを断らないのは、ただレミィに対して私が甘いだけなのだ。
 ……でも、何で大切な親友に対して、私はここまで甘くなってしまうのだろう?
 

 暫くの後、ガチャリとドアが開く音がした。眠りに落ちかけていた私の意識は、その些細な音で還った。

「あら、ここに居たの。只今帰ったわ」

 瞼を開ける。
 ベッドの前にレミィが立っていて、苦笑いしながら私を見ていた。
 ――――見慣れぬ一人の少女を、傍に付き従えて。
 腰まで届く、綺麗な紅髪が印象的だった。

 少女を見た時、レミィが出掛けていたのは間違いないと私は確信した。

「……夜這いでもするの? 」
「いいかもね」
「あら。本当に? 」
「さあね。それで……この子は? 」
「私の従者よ。気に入ってね、従者として欲しくなったの。妖怪よ。名前は紅美鈴。私が名付けた。丁度貴女に紹介しようと思ってたのよ」
「何処で出会ったのよ」
「行き付けの茶屋で」

 何の悪びれも無くレミィは言う。こっちは心配していると言うのに……。私は少し腹立たしさを覚えた。

「……レミィ。この際だから聞くわ。私は、ただレミィの身を案じて、心配していたのではないの。聖職者達に存在を知られてはならないからよ。分かってるんでしょ? 英国以外に行くところは無いって。なのに……どうして出掛けるの? 」

 すると、途端にレミィは真剣な表情になった。

「退屈を紛らわしたかったから、私は出掛けてたのよ。細々としていても良いから有意な生活を送りたかったの。結局は、飽きてしまったけど」

 突然のレミィの真面目な態度に、私は面喰った。そして気が付いた。

「……私の心配を悟ってたの? 」
「ええ」
「今夜出掛けた理由は? 」
「―――この子が居れば、私は退屈しない。そう思ったから、従者にする為に出掛けたのよ」
「……そう……」

 私は納得行かなかった。
 満足出来ないのなら、どうして私に相談してくれなかったのだ?
 レミィの為なら、私は出来る限りのことをするのに。それが親友である私の役割の一つだし、いつもそうして来た。

「ええ。これからは今の生活も受け入れられるようになる筈よ。だからお願い。分かって」
「……」

 ―――レミィの満たす為に、私は役不足だったのだろうか。

 ……私など、レミィにとってはその程度の存在でしかなかったのでは。

 考えたくはない。
 けど……親友なのに、私はレミィの不満に気が付けなかった。その事実が、脳内に浮かぶ不安を自然に裏付けてしまう。

 少女へ視線を移す。
 だが同時に、少女が妬ましかった。
 レミィが、私よりも少女を頼ったのだ。私の存在を霞ませる程に、あの少女はレミィを惹き付けたのだ……!
  
 そうか……分かった。

 ―――……私は、レミィのことを好きなのだ。

 だから私はレミィに甘くて、少女に嫉妬している。
 でも、レミィの気持ちが分からなかった。
 
「……ねえ、分からないわ」
「え……? 」
「分からないのよ。私は……レミィにとって何であるのかが……」
「親友よ……だから」
「なら、どうして頼ってくれなかったのよ!! 」

 レミィを信じていた。共に過ごした時間の中で、私は確信していた。
 レミィとなら、私は生きて行けると。
 けれど今はその確信がない。だから、私はレミィを疑い、恐れていた。
 ……レミィと過ごして来て、今の私をレミィは必要としているのだろうか、と。

「……馬鹿ね」
「…………」
「パチェを、これ以上振り回したくなかったからよ」

 レミィが言う。

「今まで、私達は人間達から逃げて来た。……恥ずかしいけど、私自身の行動が原因であった時もあるわね。それでも今私がここにいるのは、パチェのお陰よ。私の運命を受け止めて、私に答えてくれたから。……でも、私はそれを止めようと思ったの」

 レミィが歩み寄る。 
 一歩前に歩めば、身体がぶつかるところにまでレミィは来た。

 ……ああ、レミィ。
 
 レミィは、どうしてこんなにも無垢な気持ちを私に向けているの?
 レミィなら、望めば全てが叶うのに、どうしてこの私を選んだの? 教会に追われ、人間の影にまで怯えていたこんな日蔭の魔女に。

 レミィが私を抱き寄せる。
 そして、耳元で囁いた。

「――――これからも一緒にいたいから。私はパチェを純粋に親友として求め、愛しているの」

 
「……レミィ」

 もう良いかなと思った。
 レミィにとって私は欠かせない存在なのだと。レミィだって、変わるのだと。
 そのことに気が付くことが出来たのだから。
 私にとっても、レミィは無くてはならない存在だ。だから、私は恐れたのだろう。……我ながら、何て不器用なことだ。全て私の思い違いだった。
 
 私は、レミィの手にペンダントを差し出した。
 
「私もレミィのこと、好きよ」
「親友として? 」
「多分、レミィの『好き』と同じよ」

 レミィは、ふと笑うとやがて沈黙した。私は何となく沈黙の意味を悟り、頬が赤くなる。
 レミィは私から離れると、首の後ろでペンダントを付けた。中心の真紅のルビーは、月明りを受けると艶やかに光った。

「……似合ってる? 」
「……え、えぇ、すごく。レミィにルビーは似合うわね」
「ふふっ。と言うか、私には何でも似合うわ。……ありがと、パチェ」

 レミィは、そう言って微笑んだ。レミィが喜んでいるのを見ると嬉しくて、私も微笑んだ。

「ねえ、パチェは私のこと信じてくれる? 」
「えぇ。どうしたの」
「……私も、パチェみたいに『夜這い』をしようと思って」
「……え? 」
「パチェに知って貰おうと思うの。私がどれ程パチェを求め、愛しているかって。……もちろん親友としてよ? 体力の無いパチェがそんなに厳しくならないようにするから」
「………………」 

 レミィの言いたい事を理解して、私は途端に顔が熱くなった。

「……冗談よね? 」
「まさか。私はパチェのことが好きなのよ。冗談で、パチェを抱きたいなんて、言う筈が無いわ」
「だからってどうして急に……」

 すると、私にレミィが再び歩み寄った。

「……言葉だけでは足りない気がするの。愛していることを伝えるには、直接触れ合うことが一番だって言うじゃない? パチェの好きは、私の好きと同じらしいし」
「――――ッ?! 」

 レミィは、困惑する私をベッドに押し倒す。レミィは自分の手を私の手と重ねることで、私の動きを封じた。
 そういうことか……。私の「好き」の意味がレミィの背中を押したのか……!
 レミィは私に覆い被さったまま、真っ赤な瞳で私を見つめた。
 ――――魅入ってしまう。
 私は、レミィの瞳から目を顔を背ける。信じてはいるけど、強引なレミィのやり方に抵抗を感じている。当然だ。互いに心の準備と言うモノがある。お互いの為に、レミィを何とかしなければ……。私は部屋を見渡す。すると、私達を不思議そうに見ている美鈴を見付けた。……居てくれて助かった、とは言えそうになかった。

「……ねえ……待ってレミィ……」
「何……? 」
「……美鈴がいるのよ……」

 さらに顔が熱くなったが、耐えて私はレミィに告げる。
 その言葉で、レミィは思い出したらしい。慌てて美鈴に振り返った。

「…………どうかしてたわ。月が紅いからかしら……」
「……そうね。……きっとそうよ」 
「……美鈴に自室とメイド服を手配して来る。その間に決めて。……逃げ出すか、それとも私に身を委ねるか」

 レミィは、そう言って起き上がり、美鈴を従え部屋から出て行く。
 どちらを取るかは、考えるまでもない。
 私は知っている。レミィが私を好んで抱くのだと言うことを。私もレミィを愛していることは事実。故に、レミィに抱かれることに羞恥は感じても、嫌悪は無いのだ。
 何より……レミィとならいいかな、と思えた。
 私はベッドに腰掛けた。
 
「永い夜になりそう……」

 だから、今宵も眠れそうにない。



 ―――紅魔達の夜は、まだまだ続く。
おぜうさまと言えばカリスマ!
美鈴は強い!!
そんな気持ちから書き始めました。
もちろんカリスマブレイクしてるおぜうさまも好きですが(笑)

今回は、大分幻想郷とはかけ離れた世界設定だなあ……と実感しました。
ですが、書き切れて何よりです。
そして、読んで頂いた方に、ありがとうを。
臣民
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コメント



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13.100名前が無い程度の能力削除
レミパチェひゃっほい!
17.80ずわいがに削除
俺がレミパチェ苦手なせいもあるかもですが、美鈴の出会いとレミパチェがあまりに「別の話」なもんで、どちらも中途半端に感じました。美鈴パートだけ、もしくはレミパチェをもっと深く書いてあったら展開にも納得出来たかもしれません。

おぜうは各地を転々として、それぞれ従者を見つけてたのか。カリスマは従者に困らない、ってことかな?ww
それにしても美鈴がまっさらですな。こっからどういう経緯を経て、今みたいになっていったのかも気になりますねぇ。ところで黒髪が次の瞬間、紅に染まってるってめちゃカッコいいですね。