Coolier - 新生・東方創想話

妹紅の過去、髪飾りと少女

2010/04/28 04:28:32
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 慧音がいつものように家に上がりこみ、座卓に座り込むや否や、年寄りくさい仕草でお茶を啜った。
 そして開口一番、突拍子のないことを口にする。
「妹紅のそのリボン、そんなに結っていると着脱が大変じゃありませんか?」
 何をいまさら、と思ったが、確かにこれら全部を結っているだけで、お茶が完全に冷めるくらいの時間はかかる。
「いや。このリボンは――」
 わたしにとって、この幾多のリボンは命と同じくらい大切なものだから。これまで誰にも語ったことのない、わたしの過去のひとかけら。
 それは、まだリボンなんて言葉がなかった時代まで遡る。
 確かあの時代の名称は――戦国時代、だっただろうか。





 いつまでも成長しない人間は、恐れられ、忌み嫌われる。
 だからわたしは蓬莱の薬を口にしてからというもの、日本各地を転々と移り住んでいた。当然のことだが、その間に数少ない知人も死に絶え、わたしを知っている人間はひとりもこの世に存在しなくなった。
 そして誰とも話さなくなって久しい頃、わたしはとある人里はなれた山奥に簡素な家を作り、日々を無為に過ごしていた。

 そんなある夏の夕方。
 橙色の日光を頼りに薪を採取していると、そう遠くない場所から野太い嫌な笑い声がした。
 おそらくは、落ち武者だろう。
 当初は人前に出たくない気持ちから無視しようとしたが、男の下種な笑い声の中に「女」や「胸」「尻」といった単語が混じりだすと、いてもたってもいられず、わたしは声がする方向へ走り出していた。
 ――今年に入って、これが三度目だ。
 わたしは数十秒ほどで、松が数本しか生えていないひらけた場所に着く。
 そこには足が竦んでいる年端もいかぬ少女と、下品な顔つきをした男が三人いた。
 やはりこういう状況だったか。わたしの嫌な予感は当たっていたようだ。
「へへ。小便くせえガキでも色っぽい表情ができるじゃねえか。容色も良い。こりゃ、今日はツイてる」
 小太りの男が脂ぎった頬を歪ませ、耳に纏わりつくような声を出す。
「親分、今回はおれが最初にしたいなあ。いいだろお、親分は前のおなごを美味しく食べたんだからさあ」
 小柄で貧相な体つきをした男が、老人のようにしわがれた声を出す。
「兄貴は本当に強欲だ。まあ、今回は兄貴の番でしょう」
 そして最後にのっぽの男が、無駄に透き通った声を出した。
「…………」
 満場一致で、こいつらはクズだということが脳内会議で決定する。
 わたしは木陰から思い切りよく飛び出して、
「おい、お前ら。痛い思いをしたくなかったらここから立ち去れ」
 長いこと声を出していなかったからか、ずいぶんと小声になってしまった。しかし男たちはわたしに気づいたようで、
「なんだあ? 小娘がひとり増えやがった。今日は本当にツイてるぜ。へへへ」
 聞く耳持たないようだった。
 わたしは肩をすくめてため息をついた後、右の手のひらから小さな炎を出す。
「もう一度言う。ここから立ち去れ」
 三人の男は一瞬目を丸くしたが、
「お嬢ちゃん。妖術の真似事かい? 左手に掴んでいる薪のかけらを燃やしてるだけだろ? 焼けどするぜ」
「ははは。髪は白いし、変な小娘だ」
「ねえ、やっちゃう? やっちゃう?」
 これだから人間は……。
 かぶりを振って、わたしは親分と呼ばれた男へ炎を飛ばす。驚く暇すら与えなかった。
「うわ、なんだッ、火だ! うわ、誰か、消せッ、誰か!」
 原始的な炎という恐怖に慌てふためき、男はヘビのように身体を地面にこすり付ける。しかし、そんなことではわたしの炎は消せない。次第に炎の勢いは強さを増していった。
 親分が火達磨になりかけているのに、二人の子分は馬鹿みたいに口を開いて呆けている。
「今すぐここから立ち去れ。そうすれば、こいつの命は助けてやる」
 そう言うと、子分の二人は恐怖に顔を歪ませ、脱兎のごとく林の中へ消えていった。
 小太りの男も、わたしが炎を消してやると、
「ひぃ、ば、化物だ」
 か弱い小鳥のようにさえずって、子分と同じ方向へどたどたと走っていく。
 心のどこかに針が突き刺さったような感覚がしたが、わたしは唇を噛んで、その感情を押し込める。
 残るのは夕焼けと、数本の松ノ木、湿気の強い山の空気、そしてわたしを見つめる少女だけだった。
 年齢は十ほど。少女は美しい顔をしていた。艶やかな黒髪。長い睫。痩せこけた身体は少し埃っぽいが、あどけなさの中にもどこか女性の色香が漂っている。
「……ほら、さっさと家に帰らないと同じ目に遭うかもしれないぞ」
 少女は何も喋らない。
「どうした、わたしが怖いのか?」
 少女は首を横に振る。
「じゃあどうして」
 少女は口を開閉させて、のどを押さえた。ヒューヒューと空気の抜ける音がする。
「お前、もしかして……喋れないのか?」
 少女は首を縦に振る。
 それが、文四との出会いだった。





 慧音は訥々と語りだしたわたしの過去を、神妙に聞いてくれているようだった。
「お茶、美味しいです。続き、教えてくれませんか」
 わたしも一口だけお茶を飲んで、記憶から言葉を紡ぎ出す。





『文四。それが私の名前』
 木の枝を使って、この文章を文四は赤こけた地面に書いている。
「文四。いい名前だな。わたしは妹紅。藤原妹紅だ」
 文四は微笑んでから、もう一度地面に文章を書く。
『かわいい名前』
 かわいい、なんて名前を評されたのは初めてだったので、少しだけわたしはたじろいだ。
「そ、そうだ。文四は家に帰らなくていいのか?」
 文四は少しだけ逡巡してから、空を指さした。おそらくまだ空は明るいと言いたいのだろう。
「日が暮れたらここらは魑魅魍魎が跳梁跋扈するようになる。あの落ち武者たちより危険な存在だ。早く帰ったほうがいい」
 文四は目を見開いて、驚きを表現する。それからかくかくと首を振ってから、短い文章を地面に書いて、小走りで獣道に入っていった。
 わたしは西の方角にある夕焼けをぼうっと眺めながら、最近板についてきた大きなため息をつく。
『また明日、来ます』
 変な人間に好かれてしまったなあ。

 それからというもの、文四は毎日わたしの家に来た。
 どうやらこの山を下った先にある寒村に住んでいるらしく、道に迷うこともなさそうだった。
『このきのこは食べられるんでしょうか』
 わたしは自給自足の暮らしをしているので、家の裏には畑がある。こうして裏の暗がりできのこを育てていたりもする。
「ああ、食べられるぞ。だが、これと似ている毒きのこもあるから、文四は採取しないほうがいいだろう。間違って食べたときは胃が溶けて死にそうになった」
『ふつう、胃がとけたら死んでしまうと思います』
 それもそうだが。
「……まあ、わたしはふつうではないから」
 不思議そうにわたしの顔を覗き見る文四。一体、今、わたしはどんな表情をしているのだろうか。
『わたしと、同じだね』
 強い風が吹き、山々の木々を揺らし、葉や枝が擦れ合う澄んだ音が鳴る。どこか遠くでひぐらしが鳴いている。
『これ、あげる』
「これは?」
 文四が懐から小さな白い織物を取り出した。
『髪飾りとして使う。私が織ったの。妹紅に似合うと思う』
「なぜわたしに?」
『きのこのことを教えてくれたお礼』
 そんなことくらいで、こんな綺麗な織物を貰うのは申し訳ないと感じたが、文四の笑顔を見ていると、どうにも口が上手く動かなかった。
「……どうやって髪に飾るんだ?」
 そう言うと、文四は慣れた手つきでわたしの髪に織物を結った。今まで見たこともない髪飾りだ。しかし、小さすぎてどうにも寂しい。
『これからも山のことや、山菜のこと、色んなことを教えてくれると嬉しい。教えてくれたら、もっと結ってあげる』
 わたしは少しだけ吹き出してしまった。
 この少女は、強い。なのにわたしはなぜこんなにも弱いのだろうか。惨めな気持ちになったが、文四のために何かをしてあげたいとも思う。
「ああ、いいよ。色んなことを教えてあげられると思う。だってわたしは、長いこと、生きているから」





 慧音は目を瞑っている。しかし、眠っているわけではない。
 その証拠に、お茶は確実に減っている。
「……そうだ。今日、お土産を持ってきたんです。知人から買い取ったんですけどね」
 傍らにある古風な箱から、慧音は丸いガラスのようなものを取り出した。
「風鈴です。もうすぐ、夏だから」





 髪飾りの数は着実に増えていった。
 わたしの髪は幸いなことに長く量もあるので、着ける場所がなくなるという事態は避けされそうだったが。
『今日は身を守るすべを教えて。妹紅みたいに強くなりたい』
 わたしは弱いよ。矮小で、卑小で、父の恥も払拭できず、こうして無為の日々を送っている、弱い、人間だ。
 しかし、こんな心情を吐露するわけにもいかず、わたしは不承不承頷いた。
「……そうだな。護身術くらいなら、教えられる。ただ、厳しいぞ」
 途端、文四はその可憐な顔に似合わない悲壮な顔つきになる。
「いやか?」
 すると、文四は首を振って、
『教えて』
 なんだかわたしは、昔の自分を見ているような気分になった。もしかすると、似ているのかもしれない。わたしと、文四は。
 死に物狂いで蓬莱の薬を奪おうと躍起になった過去の自分。その姿と、今の文四が重なった。
 
 それから毎日、文四の訓練に付き合った。
 しかし訓練といっても、昔見よう見まねで会得した武術の型を教えるくらいだったが。なにせ文四はかなり運動が苦手のようだったから。
 例えば蹴りを放てば自分の顎に当たり、正拳を放てば肩を痛める。
 やはり武術の型を教えても、意味がないかもしれない。
 まあ、それも当然か。この子はわたしの十分の一も生きていないのだから。
「文四。こういう型もいいが、ああいった落ち武者なら、金的が一番だ」
『きんてき?』
 う。わたしはこんな子供に何を言っているのだろう。
「……男の股を蹴り上げるんだ」
 文四は首をかしげた。
「男は股が弱点なんだ」
 すると感心したように、文四は頷く。
「……なんで文四は強くなりたいんだ?」
 わたしがそう質問すると、文四は自分の白い喉を人差し指でさしてみせた。それから木の枝で、赤こけた地面に文章を書く。
『親が殺されたのも、声が出なくなったのも、きっと、わたしの弱さのせいだから』
 ――ああ、と思う。
 妖術が使えるわけでもなく、武術ができるわけでもなく、体格がいいわけでもないこの少女が強く見えたのは、きっと、強くなろうとする意思があったからなのだ。
 今のわたしには、それが、足りなかったのかもしれない。
 色々教えられたのは、わたしのほうだったなんて、とんだお笑い種だ。
「はは」
 自嘲するように、しかし、何かを吹き飛ばすように、わたしは笑みをこぼす。
 文四の頭を優しくわたしは撫でて、
「文四は強くなるさ。わたしより、ずっとずっと、強くなる」
 蝉が鳴く。時雨のように。
 そんな中、文四とわたしは微笑んだ。





 慧音は窓枠に風鈴を付ける。
「こうやって飾ると、風情がでますね。綺麗です」
 風鈴は水色と朱色が交じり合った配色だった。
 そういえば、文四の瞳も、透き通った水のような色をしていた。





 夏も終わりの頃だった。
 蝉の死骸が山中に散乱し、そろそろ肌寒い季節がやってくると教えてくれる。
 わたしはいつものように文四と語り合い、夜の帳が下りる頃に文四を村へ帰した。
 干し野菜だけの簡素な夕食を早めに食べて、月が見下ろしてくる時間が来る前に、わたしは床に入った。
 ぼんやりと父のことや、文四のこと、そして膨大な未来、これからのことを考えていると、段々と瞼が重くなり、
 急に目が覚めた。
 焦げ臭い。
 何かが焼けるにおいがする。
 あわてて外に出ると、遠くの方角で煙がいくつも上がっていた。
 心臓がせりあがる。
 背中を冷たい手で撫でられたような感触がする。
 ――あれは、文四の村がある方角じゃないか。嘘であってくれとわたしは必死に祈りながら、村の方角へ翔けた。
 途中、石につまずき、右ひざに大きな切り傷ができて、血が流れ出した。けれど、そんな傷は一瞬で元通りになってしまう。まるで、化物のように。
「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ、嫌だ! もうわたしは誰も失いたくないんだ! 嫌だ、嫌だ……」
 涙が出る。鼻水も出る。これが醜い、わたしだった。
 尊敬されるところなんて、なにひとつない。いつも寂しくて、涙が出そうな時だってある、孤独な、マガイモノ。人ならざるもの。
 それでもわたしは走った。もう何も失いたくなかった。
 でも。
 燃えている。
 村が、赤々と、煌々と、紅々と、燃えている。
 首を切られて、死んでいる男がいる。
 裸にされて、陵辱のあとが残る、女が、舌を噛み切って事切れている。
「あ、ああ、あああ……」
 これが、罪だというのだろうか。
 何も成し得なかった、残せなかった、わたしへの罪なのだろうか。
 わたしはふらふらと、村に近づく。
 すると、どこかで見たことのある小太りの男が、醜く笑いながらわたしに言う。
「恥をかかされたら、もちろんその借りを返さないといけないよなあ。だから、返しに来たぜ」
 わたしの周りを、色落ちしている鎧を着た数十人の男が囲みこむ。
 恥。
 なるほどなあ。
 瞬間、風を切り裂く音とともに何かが飛んできた。それが、わたしの首に突き刺さる。血を噴出す、わたしの首。
「やった、化物を倒した! ひひひ。ボク、すごい、すごい」
 しかし、わたしは倒れなかった。微動だにせず、その弓矢を抜き取る。血が流れ出たが、瞬間的に傷が塞がる。まるで、化物のように。
「え」
 わたしの周りにいる男たちは、こぞって気の抜けた声を出した。そして、わたしが目玉を動かすと、情けなく悲鳴を出しながら、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
 だからわたしは燃やした。
 ひとり残らず、燃やした。
 逃げないように、炎の壁を作って。渦を作って。燃やし尽くした。朗々と歌うように。わたしは炎を操り、操り尽くした。
 炭だけになっても、燃やしてやった。
 炎と、わたしだけが、この世界のすべてのように感じた。
 すると、どこかから、悲鳴が聞こえた。まだ生きている人間がいる。わたしは急いで悲鳴がする方向へ走った。
「おい、誰かいるか!」
 悲鳴がする場所は、この朽ちかけている家屋の中のようだった。
「妹紅、助けて」
 文四が、わたしを呼んでいる。家屋の中に入ると、文四に覆いかぶさって、粗野な刀を文四の首近くに突きつけている男が、わたしに向かって胡乱に呟いた。
「それ以上近づくな。近づいたら、小娘の首と頭が離れることになる」
「……どうすればいい?」
「ははは。決まっている。裸になって、地面に頭をこすり付けて謝ればいい。恥をかかせて、すみませんでした、と」
 恥をかかされた、復讐。まるで鏡像のようだった。この醜い男と、わたしは同じなのだ。
 わたしは服を脱ぎ始める。まず上着から脱いでいき、徐々に残る衣服を剥ぎ取った。もう、恥は感じない。あるのは、深い自分自身への失望だけ。
「そうだ。それから懇願しろ。その足で頭を踏んでくださいと。そこまでしたら、許してやる」
 膝と両手を地面に付ける。あとは、頭。それで、こいつの恥をかかされた恨みは消える。だから、わたしは――
「うげッ」
 突然、蛙が潰された様な声がした。その後、男は白目をむいて崩れ落ちる。
 文四が震えながら、鋭い金的を放ったのだ。崩れ落ちた男を両手で退けて、文四は立ち上がる。澄んだ水色の瞳が、わたしを見据えていた。
「や、やったよ。妹紅。わたし、強くなったんだ」
「文四……」
 胸を撫で下ろし、わたしは文四に近づく。
 その時だった。
 崩れ落ちた男が、腰から小刀を抜いて、その刃先が、文四のお腹に、
「文四ッ!」
 重たく鈍い音がした。肉に金属がめり込む音がする。そこから、紅い血が噴出してくる。どろどろと、流れ落ちていく。短い悲鳴と共に、文四は倒れこむ。
「このッ」
 わたしは男の頭を燃やし尽くす。男は断末魔を叫び、狂ったように小刀を振り回していたが、やがて炭になった。
 それから、文四を抱きとめる。まだ、息があった。
「すぐに薬師を連れてくるから! どこに、どこにいる! 死ぬな! 死なないでくれ、お願いだから……」
 血の池を作る勢いで、文四のお腹から生暖かい液体が流れ出る。
 必死に傷口を両手で塞ぐが、その血は止まってくれない。
「……妹紅、わたし、本当に生きたくて、死にたくなくて、叫んだの。そうしたら、声が出たよ」
「喋るな! 血が……こんなにも」
「妹紅、これをあげる。最後に、教えてくれたから」
「何を……わたしは、何も……」
「人は温かいんだって、教えてくれたから」
 そう言って、懐から、ところどころ血で紅く染まった織物を取り出した。今までのものよりも、一際大きな髪飾りだった。
「これを妹紅の白い髪に飾って。そうすれば、私はずっと妹紅の中で生きていられると思うから」
「嫌だ嫌だ。わたしをひとりにしないでくれ……」
 段々と文四の瞳から虹彩が消えかかっているのがわかった。
「私ね、親が死んでからずっとひとりだったの。ふつうじゃないから、喋れないから、友達もできなかった」
 わたしだけが、涙を流していた。その一粒一粒が、文四の顔に落ちる。
「妹紅は、私の友達になってくれる?」
 わたしは頷く。
 だけど、その後何度話しかけても、文四は口を開いてくれなかった。
 文四に貰った髪飾りは、懐に入れていたからか、微かに温かかった。









「最後まで聞いてくれてありがとう、慧音」
 もうお茶は空っぽになっていたが、お茶請けのお饅頭はひとつも減っていなかった。
 外は橙色に染まっている。軽いお茶会としては、少々長くなりすぎた。
 慧音は空っぽになった湯のみを見つめながら、わたしに言う。
「……妹紅は化物なんかじゃありません」
 そしてわたしを見据えて、
「悩み苦しむという感情は、とても尊いことだと、私は思うんです」
 慧音は自分自身の手の平を眺めて、そして強く握る。
「それに……私は半人半獣だから、たまに人から中傷を受けます。そのたびに悩んで、苦しんで、時には絶望したりもします。でも、私は半人半獣で良かったと思っています。そういった存在だからこそ……妹紅に逢えたのだと」
 窓の外には橙色の空が広がっている。わたしと慧音は、しばらくその空を眺めた。
「それでは、もう帰りますね。もうすぐ夜ですし」
「ああ。さようなら」
「違いますよ、妹紅。またね、です」
 手を振ってきたので、わたしも振り返す。扉が閉まると、静寂が部屋を支配する。
 わたしは座卓に座りなおして、湯飲みにお茶を注ぐ。
 風鈴がちりんと鳴る。
 もうすぐ、幻想郷にも夏がやってくる。
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コメント



0.340簡易評価
3.80名前が無い程度の能力削除
リボンにドラマ性を感じる発想が素敵。
化け物のようにの連呼が気になった。あとがきが蛇足。
7.100名前が無い程度の能力削除
これまでの妹紅には悲しみの時間が多すぎた。
慧音に癒やされて、幸せな時間が悲しみよりも多くなるように願いたいです。
8.70勿忘草削除
話自体は良いお話だと思います。
慧音さんの口調が少し気になりました。
10.80ずわいがに削除
妹紅のリボンの数だけ、文四との思い出があるんですね。さりげなく慧音にも深みを持たせてるのが気に入りました。
13.100名前が無い程度の能力削除
面白かった