「よし、そーしん、っと」
カチカチと、何かを操作している霊夢。
「ふふっ。早く返信こないかなあ」
そう言って微笑む彼女の手元には、何やら小さな機械があった。
そう、それは。
「やっほう、霊夢……って、あら?」
スキマから、紫がいつものように顔をにゅっと覗かせた。
彼女は霊夢の手元にあるそれを見て、思わず目を丸くする。
「あ、紫。おっはー」
一方霊夢は、ニコニコと手を振ってご機嫌な様子。
しかし紫は、霊夢が手にしている物体が気になって仕方がなかった。
「れ、霊夢。それって、もしかして……」
「ふふ……よく気付いたわね、紫」
「じゃあ、やっぱり……」
「そう! 携帯電話です!」
じゃじゃーん、と効果音付きでそれを紫に見せ付ける霊夢。
紫は目をぱちくりとさせる。
「……な、なんで、そんな物を、あなたが?」
「早苗がくれたの!」
「早苗が……?」
「うん!」
コロコロと、弾むような笑顔で言う霊夢。
紫は少し考えるような素振りをしつつ、霊夢に訊ねる。
「……まあ、あの子なら外の世界の出身だし、持っていてもおかしくはないけど……でも、どのみちここでは使えないでしょう?」
「それがね、なんか最近、河童が山にアンテナを立てたんだって」
「アンテナ? 山に? 携帯電話の?」
「うん。それで早苗、河童が試作用に作った携帯電話を何個かもらったんだって。で、昨日、そのうちのひとつを私にくれたってわけ」
「それが、これなの」
「うん。この神社の辺りまでなら、ギリギリ電波が届くから使えるんだって」
「そうなの……」
「うん」
また勝手なことを……と紫は額に手を当てたが、現実問題、外の世界の技術文明がある程度幻想郷に流入してくるのはやむを得ない面もある。
多少は致し方ないことかしらと、紫は軽く溜め息を零した。
「……じゃあ、今はそれでメールを打っていたというわけね」
「そうよ。さすが紫、よく知ってるわね」
「そりゃあね」
紫は外の世界と幻想郷を自在に行き来できる。
ときには、人間に擬態して人間社会の中に溶け込むことすらある。
そんな紫にとって、携帯電話など特に目新しいものでもなかった。
(もっとも、ここで目にすることになるとは思わなかったけど……)
紫はちらりと、霊夢の方を見た。
霊夢はじーっと、携帯電話の液晶画面を見つめている。
「……早苗に、メールしたの?」
「うん。っていうか、私早苗のアドレスしか知らないし」
「なるほどね。どれ、どんなメールを送ったのか、ちょっと見せてもらってもいいかしら?」
「えーっ。そ、それはちょっと恥ずかしい……」
「いいじゃないの。こう見えても、私はメールには結構詳しいんだから。可愛いメールの作り方とか、教えてあげるわよ」
「……うーん。じゃあいいよ。はい」
霊夢はポチ、ポチと携帯を操作し、紫に画面を見せる。
そこには、大きめのフォントサイズでこう書かれていた。
======================================================================================
さなえへ
げんきにしていますか?
わたしはげんきです
れいむ
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「…………」
見なければよかったわねと紫は数十秒前の自分の行動を後悔した。
「ど、どうかな」
片や霊夢は、嬉しはずかしどっきどきといった面持ちで紫を見上げていた。
紫は頬をひくつかせながら答える。
「そ、そうね。いいんじゃないかしら」
「! ホント!?」
「え、ええ。霊夢らしさがよく出てるわ。特に私がアドバイスする必要もなさそうね」
「そう! よかったあ」
霊夢は満面笑顔になって、またニコニコと携帯を見つめ始めた。
紫は半笑いを浮かべながら、まあ本人が楽しいのならそれでいいかと生暖かい目で見守りつつ、
「じゃ、じゃあ私はこのへんで……」
そう言って、さりげなくスキマの中に逃げ込もうとしたのだが。
「ふふ、早く返信来ないかなあ。ね、紫!」
「……そ、そうね。早く来るといいわね」
「早苗、今頃返信打ってるのかな。ね、紫!」
「……そ、そうね。打ってるのかもね」
まるで恋する乙女のように瞳を輝かせながら、頻りに同意を求めてくる霊夢。
こうしてその場を去るタイミングを逸した紫は、なんともピンクい空間に留まることを余儀なくされたのであった。
―――それから、一時間が経過した。
「……返信来ない……」
霊夢は半泣きになっていた。
先ほどから、三分に一回くらいの割合で「センター問い合わせ」を繰り返しているが、何度やっても「新着メッセージはありません」との非情な文字が液晶画面に表示されるばかり。
彼女は今や、頭に乗ったトレードマークのリボンすらも萎んで見えるほどに沈みきっていた。
そんな霊夢に対し、紫はやれやれと苦笑混じりに声を掛ける。
「大丈夫よ、霊夢。早苗はきっと忙しいのよ」
「……でも、昨日はすぐに返してくれた」
「それはほら、昨日は暇だったのでしょう」
「……早苗、私のこと嫌いになっちゃったのかなあ……」
すん、と鼻をすする霊夢はいつになく弱気だ。
異変解決時に発揮される鬼のようなポテンシャルは、もうすっかり鳴りを潜めてしまった。
紫は霊夢の頭に手を置いて言う。
「……ばかねぇ。そんなわけないでしょうに」
「うぅっ。だって、だって……昨日は、二分もしないうちに返事くれてたもん」
「二分て」
今時の女子高生ぱねぇ。
紫は素直に感嘆の念を抱いた。
「まあ、気長に待ちなさいな。ひょっとしたら、電波が悪くて届いてないだけかもしれないし」
「! そ、そうか!」
途端に輝きだす霊夢の瞳。
紫はしまった私ったらまた余計なことをと苦虫を噛み潰す。
そんな紫の内心など気にも留めず、霊夢は早速カチカチと携帯をいじりだした。
「れ、霊夢? 何してるの」
「もう一回送るの」
「……や、やめといた方がいいわよ。あんまりしつこく送るのは……」
「もう送った」
「…………」
はあ、と紫はまた溜め息を零す。
この子には、もう少しメールのマナーというものを教えてあげる必要があるわねと、そう思いながら。
「……見せてごらんなさい」
「うん」
差し出された携帯を手に取り、液晶画面に目をやる紫。
そこには、やはり大きめのフォントで、こう書かれていた。
======================================================================================
さなえへ
さっきのめーるとどいてませんか?
へんしんまってます
れいむ
======================================================================================
「…………」
もはや何も言うまい。
紫は無言で携帯を霊夢に返した。
霊夢は期待半分、不安半分といった表情で紫に問いかける。
「これで、返信来るよね?」
「……そうね」
「今頃、打ってるところかな?」
「……そうかもね」
紫は思った。
もうおうち帰りたい。
―――それから、さらに一時間が経過した。
「……うっ、ぐすっ……」
「よしよし」
霊夢は紫に抱っこされていた。
結局早苗からの返信は来なかったのである。
「……早苗に、嫌われちゃった……」
「だから、そんなことあるわけないって言ってるでしょう」
「だって、返信……」
はあ、と息を漏らし、紫は霊夢の頭に顎を乗せる。
本当に世話の焼ける子ねぇと呟きながら、その背中を優しくさする。
「……ん?」
そこでふと、紫はとある盲点に気付いた。
それは、外の世界での思考に置き換えてみれば、すぐに気が付くことだった。
「……ねぇ、霊夢」
「なに?」
「……だったらもう、電話すれば?」
「で……でんわ」
「そう。当然、電話番号も知ってるんでしょ?」
「そ、そりゃしってるけど……」
「じゃあ、さっさと掛けなさいな」
「う、うん……」
メールで連絡が取れなければ、電話する。
外の世界の人間なら誰でも思いつく、一般的な方法だ。
これで問題は解決するだろう。そう思い、紫は安堵の息を吐いた。
しかしどういうわけか、彼女の腕の中の紅白巫女は妙にそわそわとするばかりで、一向に電話を掛けようとしない。
紫は不思議そうに訊ねる。
「? 掛けないの?」
「や、やっぱり、でんわはちょっと……」
「? 何か、都合でも悪いの?」
「や、その、都合っていうか……」
「?」
もじもじとしながら言う霊夢。
一体なんだというのだろう。
「は、はずかしい……」
「…………」
霊夢は頬を染めてそう呟くと、紫の肩の辺りに「の」の字を小さく書き始めた。
なんかもう急激にめんどくさくなってきた紫は、すべてを忘れて今日の晩御飯の献立に思いを馳せることにした。
―――そうして、紫がカレイの煮つけか鯖の塩焼きかの二択に頭を悩ませ始めた、そのときだった。
「れ・い・む・さーん」
「!」
霊夢は思わず顔を起こした。
玄関方から聞こえたその声を、聞き違えるはずもなく。
「霊夢さーん。あれ? いないのかなあ」
―――早苗だ。
おっとりとしてぽやぽやとした、あの優しい声色。
「…………!」
それを理解した瞬間、霊夢の瞳が潤んだ。
紫は慈しむような表情を浮かべて、言う。
「……霊夢」
「……うん!」
霊夢は笑顔で頷くと、いそいそと紫の膝から降り、そのまま一目散に駆け出した。
そして玄関に着き、勢いよく戸を開けると―――少し驚いた顔をした少女が、霊夢の視界に飛び込んできた。
「うわ、びっくりした」
「……早苗」
いつもと変わらないその表情に、霊夢の心が急速に満たされてゆく。
視界が、ぼやける。
「……霊夢さん?」
何故か感極まっているらしい霊夢を見て、早苗は不思議そうに首をかしげた。
霊夢は慌てて、袖で目元を拭う。
「……な、なんでもないの。それより早苗、どうして……」
「ああ、これ」
「えっ」
そう言って、早苗が手提げ鞄から取り出したのは、人里で評判のお饅頭だった。
「今日は買い物に行ってたんですけど、お買い得だったから買っちゃいました。霊夢さんと食べようと思って」
「……早苗……」
その瞬間、再び霊夢の視界がじんわりと滲みだした。
と同時に、霊夢は忘れていたことを思い出した。
「……そ、そういえばさ、早苗」
「? はい」
「その、メール……」
「メール?」
「うん」
早苗はキョトンとした表情を浮かべている。
やがて、はっとした顔つきに変わった。
「……あっ。ひょっとして霊夢さん、今日、私にメールくれてたんですか?」
霊夢は無言で、こくりと頷く。
「……ごめんなさい。私、今日、携帯家に忘れちゃったんです」
「えっ」
「だから、まだメール見れてないんです。すみません」
「…………」
丁寧に、ぺこりと頭を下げる早苗。
その瞬間、霊夢は全身の力がふっと抜けたような気がした。
(……ああ、何やってたんだろう、私)
そのままがっくりとうな垂れ、暫し無言でその場に佇む。
「あ、あの、霊夢さん……?」
すると、早苗が心配そうに顔を覗きこんできた。
顔を俯かせたまま、霊夢がぼそりと呟く。
「……早苗」
「は、はい」
「……早く」
「えっ?」
霊夢はがばっと顔を上げると、弾けるような笑顔で言った。
「……早く、お茶しよっ!」
「…………」
そして早苗も、一瞬、目をぱちくりと瞬かせた後、
「……はいっ!」
満面の笑顔で、それに応えた。
そんな早苗の表情を見て、霊夢も一層、笑顔になる。
霊夢は早苗の手を取ると、勢いよく引っ張った。
「ほら、早く早く!」
「わっ。そ、そんなに強く引っ張らないでくださいっ」
「だーめ。もうこれ以上は待てないんだから。……ふふふっ」
「もう、霊夢さんったら……ふふっ」
―――言葉を投げたら、すぐに言葉が返ってくる。
―――笑顔を向けたら、すぐに笑顔が返ってくる。
メールもいいけど、私はやっぱりこっちの方がいいなと、霊夢は思った。
了
あとは…頼んだぞ…
霊夢がキャラ違うとかそんなのは男投げ
そんな作品に出会えたのは久しぶりです。
霊夢が何度もメールを送る辺りが、こう、キャラを際立たせていていいなあと。
キャラがちょっと違うのなんて気にならないくらいでした~。
かわいいは正義よね。
後書きの霊夢のメールを思わず縦読みして「きさま」と見間違えた俺は夢想天生をくらうべき
顔面崩壊
だが、それにも勝り。
優しいお姉さんな早苗がドストライクだった。
メールも良いけど実際会って話すほうがもっと良いよね!
妖怪と電話というと「もしもし」の由来が思い浮かぶ
妖怪は同じ言葉を続けて言う事ができないのだとか…
2828がとまらんわいww
もっていた ぶらっくこーひーが
まっくすこーひーに なりました
ななし
…すげぇかわいいから別にいいか。
何この美少女霊夢。
このれいむかわいい。
だけど、うーん。幼女や童女の設定じゃない霊夢でこの描写は、やっぱりあざと過ぎる
と思うんですよねぇ。当然、紫様は最高なんですけどね?
と言う訳で、100点をクリックしそうになるカーソルを必死にずらして、
この評点とさせて頂きました。
早苗さんと仲良くねーb
個人的にはとてもツボでした。
ごちそうさまです。
心がつながるのは手紙でもメールでも一緒ですね。
いいお話をありがとうございました。
あとがきにお返事持ってくるのは反則です、先生!
ご馳走様でした。
魔理沙とアリスのメールのやりとりも是非
締めへの持っていきかたが上手かったと思います
あと、もしこんな時季外れのコメを見ていただいていたら一言・・・
博麗神社が幻想郷の果てに立っていることを考えますと、妖怪の山に建てたアンテナで”ギリギリ電波が届く”とすると
ほぼ郷の全域をカバーしていることになるのでは?
この手の掌編でそこまで気にするのは重箱の隅を(ry
今後も頑張ってください、応援しております
ニヤニヤが止まりませんでした。でれいむが可愛い良作でした。
こういう雰囲気大好きです
外の世界の紫がどのように紛れ込んでるのか?
凄い読んでみたい……
本当にありがとうございました。
(若本ヴォイス)
それはそうと、さっきからニヤケが止まらなくて困ってます
どうしてくれるんですか
けれど、コチドリ氏と同感でちょっとキャラが違うかな、と思ったのでこの点数で。
紫の心中が思いやられるw
乙女乙女してる霊夢、オカンな紫、そして仲良し早苗。やわらかい雰囲気がとっても彼女達の『女の子らしさ』を際立たせていて、読んでて思わずうっとり。
無敵の乙女ちっくブロードバンドよ、どこまでも。
それ以外の感想を持てと言う方が難しいわ!