Q.なんで山笠なのん?
A.灼けるような太陽の下、ケツ丸出しで神輿を担ぐ汗まみれの少女たちを見たかったからです(キリッ
「え、いや、ちょっと……この格好は流石にあんまりじゃないか……?」
「今更なに言ってんのよ。あんたがやりたいって言ったんじゃない」
「いや、そうだけどさぁ……つかおまえ恥ずかしくないのかよ、ふんどしだぞふんどし! おまけに法被もこんなにちっちゃいし、せめてさらしくらい巻かせてくれよ、これじゃ全裸と変わらないじゃないか! むしろ半端に隠れてる分もっとヤバいぞ!?」
「そんなもん気にする方が恥ずかしいのよ。お祭りなんでしょ? 様式美ってやつじゃない」
「伝統を重んじる精神には敬意を表するが、これじゃただの露出狂だ! やり直しを要求する!」
ふんどしいっちょに法被をまとった魔理沙は、世の不条理を嘆くように天に向かって吠え立てる。しかし同じような格好をした霊夢は、いつものように泰然と構えたまま、幸せそうに縁側でお茶を啜っているのであった。
「うるさいなぁ。そんなに嫌ならさっさと着替えればいいでしょ? 祭りには参加できないけど」
「うー……」
祭りがしたい。
しかも出来るだけ派手なやつを。
そう言い出したのは魔理沙で、「ならいいのがあるわよ」と話を持ってきたのは、よりにもよって八雲紫である。この時点で怪しいと思う程度の知恵と経験は魔理沙だって持っていたのだが、紫の語る『山笠』という祭りの勇壮さを聞いているうちに、これは面白そうだと思ったのも事実であった。
「本来は女人禁制のお祭りなんだけどね。水法被を着た大勢の人たちが、ヤマと呼ばれる立派なお神輿を担いだまま、町中を全力で駆け回るのよ。掛け声も勇ましく、逞しい男の人たちが汗だくになりながら神輿を担いでいる姿は本当に格好よくてねぇ……この私ですら思わず見惚れてしまったくらいよ」
そう語る紫の瞳は懐かしむように細められ、乙女のようにうっすらと頬を染めている。元来疑り深い性質である魔理沙であったが、その瞳は信じてもよいという心地にさせられた。
何よりあの八雲紫に、このような表情を浮かべさせる『山笠』という祭りに興味が湧く。
そんなわけで、とりあえずやってみようということになったのだが――
「まさかこんな恥ずかしい格好をさせられることになるとは思わなかったんだ!」
法被はいい。
だがふんどしはないだろう。
この祭りが女人禁制なわけが判った気がした。
「へぇ、結構それらしくなってきたじゃない」
魔理沙の嘆きを無視して、霊夢は境内へとに目を向ける。境内の中心では、とんてんかんと小気味よく木槌の音を響かせて、小鬼の集団が神輿を作っていた。
飾り付けが終わっていないため、まだまだ骨組みだけの状態であるが、勇壮な祭りに相応しくしっかりとした土台を組み上げようと、小鬼たちもまたそれなりに真剣なようだ。水代わりの酒を回し飲みしながらであるが、みるみるうちに神輿が形を成していく様はまるで手品を見ているようである。
「精が出るわねー!」
「おうともさー!」
景気付けとばかりに掛けられた霊夢の声に、無数に分裂した萃香の群れが一斉に応える。鬼というものは元々お祭り好きだ。水法被にふんどしという姿にも特に抵抗はないらしく、実に楽しそうに木槌を振るっている。
「ほら、あんたもいい加減諦めなさいって。変に恥ずかしがる方が恥ずかしいわよ。いいじゃない、涼しいし、楽だし」
「うー……しかしだな?」
未だに抵抗があるらしく、ひざを抱えてしゃがみこみ、頬を染めつつ大事なところを必死に隠そうとする魔理沙。一部の層に対してはそっちの方が逆にそそるということを解っていないらしい。「写真にでも残しておけば高く売れそうね」と霊夢は思ったが、見なかったことにしてあげる程度の優しさは巫女にもあった。
「あら、やってるわね?」
ふいに鳥居の方から掛けられた声に、霊夢と魔理沙が振り返ると、紫が二人のお供を連れて石段を上がってきたところだった。
「珍しいわね。あんたが歩いてくるなんて」
「いつも能力頼りだと体が鈍っちゃうしねぇ。お日さまの下を歩くのも偶になら悪くないわ。偶にならだけど」
「てゆーかおまえら……その格好でここまで歩いてきたのか……?」
魔理沙は空飛ぶ猫のミイラを見たような顔で、紫を指差す。その指先が僅かに震えていたのを咎められるものなどいるだろうか。
紫もまた、『山笠』の正装に身を包んでいた。
霊夢や魔理沙、そして萃香であれば『少女だから』ということでまだギリギリ許されるかもしれないが、紫のそれは反則でしかなかった。
はちきれんばかりの豊満な果実を、小さな法被ごときで包み込めるはずもない。無理やり前を止めてはいるが、それが故に谷間が一層強調され、もはや兵器と呼べる代物である。
そこから視線を下に向ければ、さらにヤバい光景が広がっていた。長い足を惜しげもなく晒し、白いふんどしが慎ましげに股間を隠すだけ。優美な曲線を描く腰。張りのある肌。艶かしい太もものライン。それら完成された女性の美を、男性的なふんどしで覆い隠している様は、背徳的な魅力に満ち満ちている。
「は、恥ずかしくないか、それ……?」
魔理沙の声が若干裏返っていた。
さもありなん。後ろに控えている藍は、流石に少し恥ずかしいのか長い尻尾で自分の体を包み込んでいるし、橙の方は特にどうということもなく嬉しそうににこにこ笑っているだけだが、まぁ、子供体型だし特に違和感はない。
しかし紫は、紫だけは――
「もし挿絵があったら発禁処分喰らってるぞ、それ」
「失礼ね! これは『山笠』の正装よ。どうして恥ずかしがる必要があるのかしら。いい? 『山笠』期間中であれば、この格好のまま一流のレストランやホテルに入っても『正装』と認められるのよ? 結婚式にだってこの格好で出られるんだから。ああ……一度でいいから着てみたかったのよねぇ、これ。あっちじゃ女性は着ちゃ駄目っていうんだもん。男女差別もいいとこだわ!」
「いや……流石にこの格好をしたがる成人女性は存在しないだろ……」
「此処にいるわ!」
誇らしげに胸を張る紫を見て、魔理沙は疲れたように肩を落とす。当初、この恥ずかしい格好は紫の嫌がらせかと疑っていた魔理沙だったが、こうまで喜々として身につけている以上、今回に限っては嘘ではないということだろう。
ふと藍の方に視線を向けると「諦めろ」とその目が語っていた。悟りを開いたような藍の顔を見て、魔理沙も深いため息を吐く。
「ああもう、判ったよ! 確かにこれは祭りなんだしな。楽しまなきゃ損ってもんだ。いいだろう、やってやるぜ!」
ふんどし締めた半裸の少女が、雄々しく空を見上げる。視線の先には眩い太陽。ぎらぎらと照りつける日の光が魔理沙の中にも火を点ける。
「できたよー」という萃香の声に振り向けば、そこには実に見事な神輿の姿。御神体代わりに据えられた酒樽がこの上なくシュールだが、それ以外はどこに出しても恥ずかしくない、実に見事なものだった。
「でかした萃香! しかしまだまだ派手さが足りないな? 私に任せろ、子供が見たら一生トラウマになりそうな凄ぇもんにしてやるぜ!」
一度火が点いた魔理沙は止まらない。
木槌を拾って神輿に向かう魔理沙の口元には、いつもどおりの不敵な笑みが浮かんでいた。
§
今更という感がしないでもないが、ここで『山笠』とは何かということを説明しておこう。
福岡市博多区のおもに博多部(那珂川と御笠川の間の区域)で毎年七月に行われる祭であり、博多区にある櫛田神社に奉られた、素戔嗚尊に対して奉納される祇園祭のひとつである。奉納祭の正式名称は『櫛田神社祇園例大祭』であり、それに応じて氏子の町内で始めた付け祭りが発展する過程で『山笠』と呼ばれる山車が登場する様になったため、神社の祭りも含めて『博多祇園山笠』と呼ばれるようになったのである。参加者や市民からは『山笠』もしくは『ヤマ』と略称され、国の重要無形文化財に指定されている。
かつては京都の祇園祭のように、町ごとに飾り山の華美を競いながら練り歩くものであったが、貞享四年に土居流が東長寺で休憩している最中、石堂流に追い越されるという『事件』が起きた。この時二つの流が抜きつ抜かれつのマッチレースを繰り広げることになり、それが町人に大いに受けたことから、翌年より担いで駆け回るスピードを競い合う『追い山』が始まるようになった。以来戦後の一時期を除き、祭のクライマックスとして、この『追い山』が執り行われるようになったのである。
『博多どんたく』と共に、博多を代表する祭りのひとつであり、水法被に締め込みという独特の衣装に身を包んで『おっしょい』の掛け声と共に市内を駆け回る姿は実に勇壮で、県外からも多数の見学者が訪れるという。
「で、これからどうするんだ?」
「そうねぇ。私たちしかいないんじゃ追い山は無理だし……飾り山を神社に奉納するという本来の形に戻すしかないわねぇ」
現在、魔理沙たちは神輿と共に里の中心にいる。
どうせやるなら派手にやろうということで、慧音を通して里の者たちにも協力を依頼したところ、娯楽に飢えていた里の者たちが一も二もなく参加を申し出たのである。結果、沿道に多くの見学者が詰めかけ、道端に屋台が並ぶ大きな祭りとなってしまったのだ。
「むぅ、どうせならやりたかったけどな、追い山」
「焦ることないわ。山笠の面白さを知ってもらえれば、そのうち他にやりたがる者たちも出るでしょう。その時改めてやればいいことよ」
「気の長い話だな。青春は短いってのに」
「気の短いことね。人生は長いってのに」
「……いい気なもんだな、おまえら」
魔理沙と紫の会話に、妹紅が突っ込みを入れる。
ちなみに山笠における飾り山では、山を担ぐ舁き手とは別に、舁き手を指揮する『台上がり』が存在する。本来であれば山の前方に三人、後方に三人の計六人が上るのだが、今回規模が小さいため、前方に霊夢と萃香、後方に魔理沙と紫の四人が上っている。
そして妹紅は舁き手として神輿を担いでいた。
本来の山笠が女人禁制であることを逆手にとり、今回の祭りは男子禁制にしたことが効を奏したのかもしれない。祭りは男のものとして永らく遠ざけられていた女たちの鬱憤が、ここにきて爆発したというべきか。里の女性陣からも多くの参加希望があり、当初は山笠の正装に戸惑っていた女性陣も、今は堂々と勇ましげに走り回っている。慧音もまた舁き手として参加しており、それに引っ張られる形で妹紅も担ぎ出されたというわけだ。
「それにこの格好……流石にちょっと厳しいもんがあるぞ……」
魔理沙も一度はその葛藤に身を浸していただけに、妹紅の心情が痛いほど判る。実際に祭りに参加しているのは若い女性たちばかりとはいえ、祭りである以上多くの見物客が詰め掛けており、沿道に居並ぶ男衆の視線は粘度すら感じるほどに注がれている。品のない口笛や下卑た煽りを受けるたびに、マスタースパークで薙ぎ払いたい衝動に駆られたことは一度や二度ではない。
だがまぁ、それはそれ。
「いいじゃないか、減るもんじゃなし」
開き直りは魔理沙の十八番。
気にしないと決めたのなら気にしないのだ。
同じような格好をした女性陣に囲まれている妹紅に比べ、神輿の上に乗っている魔理沙たちには余計に好奇の目を向けられる。その上で気にしないと胸を張られては、妹紅もそれ以上文句は言えなくなってしまった。
「大体、おまえに関しては今更だろう? 有名だぞ、竹林の『裸の女王様(ストリーキング)』ってな」
「なっ!?」
思いがけない魔理沙の言葉に、妹紅の顔が火を噴く。
「おまえさんは不死身でも、服だけはそうはいかないもんなぁ。心当たりあるだろ?」
ある。
ありすぎて困る。
つい三日前にも輝夜と殺り合ったせいで衣服を全て焼失し、両手で隠しながらこそこそと自分の庵へと逃げ帰ってきたところなのだ。
「ま、まさか、見られてたとは……!」
「春先にゃ筍取りに竹林に出向くもん多いからな。次からはちゃんと着替えを持ち歩くようにしとけ」
妹紅が絶望に打ちのめされていると、
「さーて、そろそろ始めるわよー!」
神輿の前方に座する博麗の巫女が、集まった人々に声を掛けた。それに応じて舁き手の一番手――神輿の先頭に立つのは上白沢慧音が「応」と答える。
慧音の両脇を八雲藍と橙が支え、その後ろでは明羅をはじめとする里の女性陣ががっちりと固めていた。
神輿の後方は妹紅が中心となっており、これまた里の力自慢の女性たちが周りを固め、神輿の上には前述のとおり、前方に霊夢と萃香、後方に紫と魔理沙が陣取っており、祭りの士気を高めるべく檄を飛ばす。
さぁ、用意は整った。
後はここから博麗神社まで駆け抜けるのみ。
夏の太陽は少女たちの肌をじりじりと焼き、担いだ神輿の重さがずしりと肩に圧し掛かる。額に玉のような汗が浮き、額から頬、首筋を通じて胸元に吸い込まれていく。
うだるような暑さ。
だがそれはそのまま祭りの熱へと転化する。
「んじゃいくぞ! おら妹紅! いつまでもしょげてんじゃねぇ! そーら、おーっしょい!」
「おーっしょい!」
魔理沙の掛け声に一団は声を揃えて呼びかけに応じた。山笠の伝統的な掛け声である「おっしょい」の唱和と共に、ぞろりと山が動き出す。
「そら、おーっしょい!」
「おーっしょい!」
動き出した山は次第に速度を増し、風を切る音が轟々と耳を掠めていく。太陽の熱に負けじと声を上げる舁き手たち。汗まみれのその顔が、次第に真剣味を帯びてきて、いつしか不敵な笑みをその口元に浮かべている。
これが祭りの熱だ。
自然に負けぬ、人の熱だ。
里を抜け、声援を受け、神輿は里の外に出る。それでも人々は付いてくる。神輿に負けじと、競い合うように周りの人々も共に走る。好色そうな目を向けていた男衆もいつしか祭りの熱に当てられ、余分な感情を剥ぎ落とされていった。今ここにあるのは祭りを成し遂げようという強い意思。男も女もなく、純粋に祭りそのものを楽しもうという心地へと移り変わっていく。
奇妙な一体感。
空を割る「おっしょい」の声。
魔理沙はこっそりと、隣に座る紫の顔を覗き見た。
いつもいつも取り澄ました顔を崩さない紫。
胡散臭くて、何を考えているか解らなくて、腹に一物も二物も抱え込んでいて。
だけど今は、今だけは、喉も裂けよと掛け声を上げつつ子供のように笑っている。
皆と同じように。私と同じように。
「……悪くないな、こういうのも」
魔理沙の呟きは、周囲の熱に掻き消される。
だから負けじと、
祭りの熱に負けないように、
「おーーっしょい!」
声を張り上げながら太陽のように笑った。
§
「そこまでよっ!」
突然横合いから掛けられた声に、神輿を担いでいた一団も付いてきた里の者たちも、一斉に足を止めて振り向いた。しかしながら慣性の法則がある以上、神輿も急には止まれない。つんのめるように停止し、たまたま身を乗り出していた霊夢を振り落とし、倒れそうなほど傾けながらやっと神輿は止まった。
流石は無重力の巫女。
実に見事に飛んだ。
咄嗟のことで受身も取れず顔面から地面に突っ込みごろごろと十メートルくらい転がってやっと動きは止まった。動かない。死んだのかもしれない。
「な、何だ!? 何処にいる!? 姿を見せろ!」
そんな霊夢に委細構わず、魔理沙は声を張り上げる。
神輿の上に立ち上がり周囲を見渡すが、周囲に広がる薄暗い森と、里からに付いてきた人々以外には誰の姿もない。
魔理沙が油断なく警戒していると、突然頭の上から「ふはは」という不気味な笑い声が響いた。
「何者だ! 名を名乗れ!」
魔理沙は頭上を振り仰ぐ。
森の中、一際高い木の先端に立つ人影ひとつ。
「貴様らに名乗る名などないっ」
「なんだレミリアじゃないか。なにやってんだ、そんなとこで」
「うるさいうるさいうるさい! 親しげに声をかけるな爽やかな笑顔をむけるな軽く手を上げて友達みたいに振舞うんじゃない! 今日はおまえたちと戦いにきたのよ!」
大木の先端に立つレミリアは、フード付きの白いローブで全身を覆っていた。背中から伸びる特徴的な蝙蝠の羽と、フードから覗く紅い瞳がなければレミリアとは判らなかったかもしれない。
「戦い……だと……!? あー、いや、忙しいんでまたにしてくれないか? 今度あらためて遊んでやっからさ。そうだ、飴ちゃんいるか?」
「わぁい。って違うわ! 子供扱いすんな殺すぞ!?」
がーっと火を噴くレミリアを前に、魔理沙はぽりぽりと頬を掻く。
「戦いと言われても、見てのとおりこちとら祭りの最中なんだよな。私はともかく、下手に邪魔するとこいつらが黙っちゃいないぞ? 明日のお日さま拝めなくなっちゃうぞ?」
いきなり水を差された格好となり唖然としていた人々も、落ち着きを取り戻すと同時に敵意の眼差しをレミリアに向けている。
特にヤバいのが紫だ。
笑みを浮かべて扇で口元を隠しているが、剣呑な空気までは隠しきれていない。つか本気でヤバい。隣にいるだけで冷や汗が止まらない。
レミリアもそれを察したのだろう。うっと一声呻いて明らかにたじろぐが、ぎりぎりで持ちこたえた。
「ち、違うわ! そうじゃなくて……ほら、お祭りには喧嘩神輿ってのがあるんでしょ? それよ! 私はそれで勝負を挑みにきたのよ!」
「喧嘩神輿だって?」
「そうそう! あんたたちだって神輿を担いで走るだけじゃつまらないでしょ? 私は祭りに水を差しにきたんじゃなく祭りを盛り上げにきたのよ! だから止めて! その目は止めて!?」
紫の無言の圧力に耐えかねて、レミリアは涙目になりながら必死に声を張り上げる。
「ふむ……実に面白そうで望むところではあるのだが、おまえの神輿はどこなんだ? 相手がいなけりゃ喧嘩にもならないぞ?」
「抜かりはないわ! 出でよ、我が忠実な僕たち!」
格好よくパチンと指を鳴らそうとして失敗し、ぱすんと気の抜けた音が流れる。「あ、ごめん今のなしやりなおし」と泣き喚くレミリアを無視して、それは森の中から姿を現した。
白い覆面を被った一団。
頭の先が尖った覆面を被り、目のところに穴を開けた奇怪な姿。ただでさえ不気味な姿であるのに、誰も声を出さないのが余計に薄気味悪い。
ちなみにその集団は――全員メイド服を着ていた。
「何だ咲夜じゃないか。なにやってんだおまえら?」
「な、何で判ったの!?」
覆面メイドの先頭に立つ一人が、あからさまに狼狽した声をあげる。
「いやまぁ、レミリアが出た時点でおまえもいるの予測できたし。つか本当に何やってんだ、おまえら?」
「無論、お祭りに決まってるでしょう!」
木の先端から飛び降りたレミリアが、蝙蝠の羽をはためかせて地上に降り立つ。轟然と胸を張り、不敵な笑みを浮かべながら魔理沙を睨め付ける。
「貴女たちが『ヤマカサ』とやらをやるって聞いて、こっそり様子を見守っていたんだけど……まるで駄目ね。貴女たちってば祭りってもんを全然解ってないんだもん。仕方ないからこの私が、本当の祭りってもんを教えてあげようと思って、ね」
外見に似合わぬ妖艶な笑みを浮かべ、レミリアは三日月のように哂う。
その言葉に舁き手たちがにわかに色めきたった。
魔理沙は目を見開き、紫は笑みすら消して目を細めるが、今度はレミリアも引かない。敵意の篭る無数の視線を、むしろ心地よさげに受け流し、尚も哂う。
「確かに貴女たちがやっているのも祭りではあるわ。だけどそれでは足りない……焼け付くような狂騒と死に物狂いの熱意。そう、貴女たちの祭りには『狂気』が足りない! 熱病のような妄執と空気すら狂わす狂気! それを欠いたまま行われる祭りなんて、ただのごっこ遊びでしかないわ!」
「なんだと!」
魔理沙が噛み付くように歯を剥くのを「ふふん」と鼻で笑いつつ、すっとレミリアが片手を挙げる。合図に応じて覆面の集団は足を進め、ついにその禍々しい全貌を居並ぶ人々の前に現した。
「なにぃ! おま、それは……!?」
「これが本物の祭りってもんよ!」
覆面の集団が抱える神輿。
それは巨大な十字架であった。
燃え盛る松明を捧げつつ、覆面たちは無言のまま前へと進む。押し殺した静かな狂気。そんなものを滲ませながら、十字架は魔理沙たちと対峙するように光の下に躍り出る。そして十字架には――白目を剥いたパチュリーが磔になっていた。
「ってただの魔女狩りじゃねぇか!?」
「ええっ!? 駄目なの!?」
レミリアは驚いたように目を開いた。
「あったりまえだ! おまえ自分の親友になにやってんだ!?」
「え、いや、だって……昔故郷で見たお祭りはこんなだったような……」
「血生臭ぇなぁ、中世ヨーロッパ! つか違う! これは祭りじゃねぇ! ある意味この上なくお祭り騒ぎではあるが認めてたまるかこんなもん! つか止めろよ咲夜、従者なら!」
いきなり矛先を向けられた咲夜――無論覆面を被って松明を手にしている――は覆面の下の目を見開きつつ、
「え、いや、だって……昔故郷で見たお祭りもこんなだったような……」
「本当に似たもの同士だよなぁおまえら! マジモンの悪魔かおまえら!?」
「紅い悪魔です」
「悪魔の狗です」
「結婚しちゃえよ、おまえらもう!」
神輿の上で魔理沙は頭を抱えて蹲る。
他の者たちも糠漬け入りシュークリームを食わされた芸人のような視線をレミリアたちに向け、霊夢は未だに動かない。死んだのかもしれない。
「まぁ、それはそれとして勝負よ! そちらの神輿とこちらの神輿! どっちが本当に優れているかを見せてあげるわ!」
白目を剥いて泡まで吹いてるパチュリー(が磔にされている十字架)を背後にレミリアが吼える。
それに合わせて覆面の集団も一斉に松明を掲げ、津波のような勢いで襲い掛かってきた。
「くっ! やるしかないのか……!」
神輿の上で魔理沙が八卦炉を構え、応戦しようとした正にその時――
「ちょーっと待ったぁ!」
威勢の良い掛け声と共に、空から巨大な柱が降ってきた。
大人が三人両手を繋いでも囲みきれないほどに巨大な御柱。神々しい注連縄が巻かれたその幹は先端を地面に深くめり込ませ、轟音と地響きが辺りに響く。
「この私を抜きにして祭りを行おうなどと言語道断! こんな面白そう……もとい! 厳かな神事を行うに当たって現人神であるこの私に一言もないとは! 神を軽んじるが如きその非礼! 神罰を以って応えちゃいますよ!」
御柱の上に雄々しく立ち、白い作務衣を肩に羽織った東風谷早苗が高らかに笑う。白い裸体の上にきこりが身に付ける黒い腹当てを直接纏い、色々とはみ出してたりするのだが気にする様子もない。
突然の出来事に戸惑いつつ、魔理沙が視線を上に向けると、空中には疲れたようにため息をつく神様二人と、ここまで御柱を運んできたのであろう、同じく疲れたような顔をした天狗の集団の姿があった。
「おい、神奈子……一体これはどういう騒ぎだ?」
「え、いや、うん……私も止めたんだけどね……早苗がどうしてもっていうから……」
「いや止めろよ。神様だろ、おまえ」
「う、うん……でもね? 早苗ってば小さい頃から御柱祭が好きでねぇ……『大きくなったら木落としに乗るんだー』ってそりゃもう、目をきらきらさせながらさぁ……女の子は御柱に乗れないって何度言っても聞かなくてさぁ……おまけにこっちにきちゃったもんだから祭りそのものに参加できなくなっちゃって……あたしゃもう不憫で不憫で……」
「甘やかすなよ! それを窘めるのもおまえの務めだろうが!」
「いや……うん……でも……」
「無視するでない!」
ズビシっと奇妙なポーズを決めて一喝する早苗。
だめこのひと、にほんごつうじない――そう悟った魔理沙は、神様と同じようにため息を吐いた。
「くぉらっ! そこの頭のユカイな現地人! いきなり出てきて喧嘩の邪魔をするなっ! ブッ転がすぞこの野郎!」
レミリアが吼える。
「ほほう……蝙蝠風情が神の邪魔をしようと言うのですか……身の程ってやつを教育してやる必要がありそうですね……」
早苗がにぃっと口元を吊り上げる。
現人神の癖にその笑みは悪魔よりも悪そうだ。
「いやまておまえら、そろそろそこらへんでやめないと……」
ばきり、と魔理沙の隣で破滅の音がする。
止まらない冷や汗を拭うこともできず振り返った魔理沙が見たものは、笑みを浮かべたまま扇を握りつぶした紫の姿であった。
「ささ、橙。危ないからあっちにいこうか」
「はい、藍さま!」
藍と橙が仲良く手を繋いで、その場から離れていく。
あ、おいこら、ずるいぞおまえらと魔理沙が思った瞬間「くけぇぇぇぇえええええええええええ!!」と化鳥の如き叫びが上がった。
霊夢である。
頭から血を流し、復活した霊夢は「悪い子はいねがぁぁぁああああああ!?」と叫びつつ、さながらファランクスミサイルのように全方位に御札をばら撒いた。
神輿を放り出し、脱兎のごとく逃げ惑う里の者たち。運悪く御札の直撃を受けて吹き飛ぶ妹紅。やれやれと肩を竦める慧音。レミリアはしゃがみガードでぷるぷる震え、早苗は御柱から転がり落ち、狂気に当てられたフランドールが笑いながらパチュリー付き十字架を振り回す。
「うふふ、祭りと聞いては黙っていられないわ」「おおっと! この私を忘れてもらっては困るわね!」そう言ってふいに現れた地霊殿及び命蓮寺の一行が紫のヤツ当たり飛光虫ネストで吹き飛ばされ、鬼の四天王の半分がやれそれ飲めそれと囃し立てる。博麗神社の神輿が流れ弾によって破壊されついに決着がついたかと思いきや、「みんなー神輿っぽいの見つけてきたわよー」と華やかな笑みを浮かべつつ現れた幽香(山笠仕様)が、猿轡をかまされ簀巻きにされた映姫を引きずってきた。そのまま流れるような手際で御柱に括り付けて即席の神輿を作り上げ、パチュリー十字架を振り回すフランと激しい剣戟を交わす。
これが祭りだ。
いい加減で出鱈目で、悪ノリで真剣で。
これが、これこそが幻想郷の祭りなのだ。
「やれやれ、だな」
魔理沙はため息を吐く。ため息を吐いて、肩を竦め、それでも口元に笑みを浮かべる。
神事と言えばこの上なく神事だ。天におわす神様とやらも、この馬鹿騒ぎは無視できまい。天岩戸に隠れようとも思わず飛び出し、五十六億七千万年寝ているような寝ぼすけだろうと叩き起こされるだろう。
ならば自分はどうするか。
どうするべきなのか。
「決まってんだろっ! 私も混ぜろ!」
八卦炉を振り翳した魔理沙がついに参戦する。
山をも貫く閃光が奔り、阿鼻叫喚の地獄が拡大する。
踊る阿呆に見る阿呆。
同じ阿呆なら踊らにゃ損だ。
いつしか祭りは華やかな弾幕ごっこに移行し、真昼の花火を打ち上げる。太陽すら霞む眩い光に目を細め、人間たちは盛大な拍手を妖怪に送る。
幻想郷は今日も平和であった。
突っ込みどころいっぱいで腹筋痛いw
お祭りの熱を感じました。熱苦しいほどだけど、そこがいい。
鼻血が止まらなくなるから。
二度と参加してくれないぞきっと。
そして本編には突っ込みきれないwwwwww
祭を見に行きたい…
吹っ飛んだままの霊夢が不憫可愛かったです。
原作でもお祭り好きの連中だもんねぇ。
本当のお祭りをやればそりゃ荒れるさw
早苗さんも郷愁をくすぐられたのかなぁ。
今年の夏祭りは、仕事の手を休めてあの空気に触れてみたいと思いました。
い、いやせーふか
お祭りっていいですよね
分かります。
サラシなしで法被か……素晴らしい。祭りの勢いで肌蹴てても全然気が付かないんだろうな。
何でもアリ。これぞ幻想郷のお祭りだ。
さて、毎日筍掘りにいってくるか。
いずれ来たる次の新作にも期待してます!
賑やかな空気が伝わってきたよ、おもろかった!
なにか熱いものが来る
そして、吹いたwww
まあしかし祭りの騒々しさは良いですよね。
ゆうかりんがサラシも巻かずに…さーてトイレトイレ
幻想郷で「祭」つったらやっぱ弾幕るしかねぇよなぁ!