―――幻想郷は、常識に囚われぬ者達の地。
だから、
空を飛ぶ少女がいたっていい。
死なない人間がいたっていい。
河童や吸血鬼のような妖怪が実在したっていいし、
神様がそこらへんを歩いていてもいい。
そして、
――― 一心に、神様へとお祈りする悪魔がいたっていい。
”Little Devil Prayer”
・
・
・
・
・
・
・
・
・
「埃だらけですねぇ」
「それは分かってるから、手伝って……けほ、けほ」
何だかよく分からないガラクタを動かすと、途端に目に見える程の埃が舞い上がった。
思わず咳き込んでしまったパチュリー・ノーレッジは、傍らで苦笑いしている小悪魔を手招く。
「今日中、少なくとも明日くらいには、この倉庫の整理を終わらせたいんだから」
「はぁい。でも、二人だけで大丈夫なんですかね?」
「だから朝からずっとやってるんじゃない。私は肉体労働に向かないのに」
肩を竦め、今しがた動かしたガラクタにふっと息を吹きかけるパチュリー。再び大量の埃が舞い、今度は小悪魔が咳き込む番だった。
場所は紅魔館内大図書館、さらに言えばその脇に設置されている大きな倉庫。
古い蔵書やパチュリーが昔使用していた研究道具、捨てる機会を見失ったガラクタ等々が詰め込まれた魔窟である。
新たな季節を迎えるにあたり、館内を掃除したいという当主、レミリア・スカーレットの意向により、紅魔館中のあちこちで大掃除が行われていた。
その一環として、パチュリーと小悪魔は図書館から入る事の出来るこの倉庫を片付ける事になったという訳だ。
「これ、どうします?」
「あー、それはもう使わないから捨てちゃっていいわ」
「はぁい」
主の返事を貰った小悪魔は、その腕に抱えた木製の箱を、図書館まで運び出す。
袖の埃をはたき、再び倉庫内へ。朝からその繰り返しだ。
非力なパチュリーではあまり荷物運びの戦力にはならない。軽い物は運んでもらい、ある程度の重量のある物は小悪魔が運ぶ。
誰が何を言わずとも、そんな連携が自然と出来ているのは二人の信頼関係の賜物だろうか。
と、その時であった。
「あれ?」
朝から働き続けて既に午後三時を回った。大分見通しの良くなった倉庫の奥に、キラリと光を反射する何かを見つけた。
小悪魔は足元のガラクタを踏まないように避けながら、奥へ。
「……鏡?」
その正体は、鏡。下半身が埃だらけのガラクタに埋もれて見えないが、枠が木で出来た大きな姿見だ。
「パチュリーさまぁ~、こんな所に鏡がありま~す」
間延びした声で小悪魔はパチュリーへ報告。『すぐ行くわ』という返事が図書館の方から返ってきて二十秒後くらいか、パチュリーがやって来た。
暫く彼女はその鏡を眺めていたが、しきりに首を傾げていた。
「ん~……こんな物、私の所有物にあったかしら」
「古いものもいっぱいありますからねぇ、ここ」
「とりあえず、周りの物をどかしましょ」
頷き、小悪魔はパチュリーと手分けして鏡を隠すガラクタを脇へどけていく。
数分間の作業の末、古びた鏡はその全身を露にした。
「大分古い物ね……ん~、私の物なのかしら?思い出せないわ」
枠を指でなぞり、パチュリーは再び首を傾げる。
一方で小悪魔は、じっとその鏡を見つめていた。特別に何かをあしらった訳でもない、シンプルな楕円の鏡。
深い茶色の枠に積もった埃が、長い間ここで眠っていた事を主張している。
(……なんだろう。この感じ……)
小悪魔自身にもよく分からなかった。が、彼女は確かに、この鏡にどこか惹かれていたのかも知れない。
見れば見るほど、ただの姿見。なのに、そこに映った自分の姿を、もっと見ていたくなる。
枠にしても鏡にしてもシンプルなその造り。それを彼女は、理由も分からずにどこか素敵だと確かに感じていた。
そして小悪魔は、自分の部屋に姿見が無い事を都合良く思い出す。
「あの、パチュリー様。この鏡……私が、もらってもいいでしょうか?」
「え?」
唐突な発言に、パチュリーは思わず訊き返してしまった。
「あなた、欲しいの?こんな古びた鏡が?」
「は、はい。ちょうど、私の部屋にこういう大きな鏡が欲しいなぁって思ってたので……その、ダメですか?」
慌てて頷く小悪魔。パチュリーは少しだけ考えてから、ふぅ、と息をついた。
「……そうね。今更鏡が一つ増えても使い道はないし、どうせ捨てちゃうだろうから……あなたにあげるわ」
「あ、ありがとうございます!パチュリー様!」
瞬間、ぱぁっと顔を輝かせた小悪魔に、思わずパチュリーも笑みを見せる。
可愛い部下の笑顔には、確かな癒しの力がある。
だが、大変なのはここからだった。
「うぅ~……んっ……」
小悪魔は嬉々としてその鏡を運び出そうとした。だが、見た目に反してその鏡はかなりの重量を誇っていた。
彼女一人の力では、とても持ち上がりそうに無い。たまらず、パチュリーに助けを求める。
「ぱ、パチュリー様……お願いします、手伝って下さい……はぁ、はぁ」
息の上がった小悪魔の様子を見て、パチュリーは彼女と反対側の位置へつく。
「もう、仕方ないわね……いくわよ、せぇ~……」
「のっ!」
掛け声に合わせ、二人はぐっと力を込めた。
だが―――
「あっ、あのっ、パチュリー様……」
「……な、なによっ……んっ……」
暫し唸りつつ鏡を持ち上げようと悪戦苦闘していた所で、不意に小悪魔が口を開いた。
ちなみに、鏡は先程の位置から1cmも動いていない。
「こ、こんなこと、あんまり言いたく、ないんですが……」
「……?」
「……体感の、重さが……さっきと、全然変わりません……」
「……美鈴を呼んでくるわ……」
パチュリーはがっくりと肩を落とし、力自慢の門板・紅美鈴に応援を要請する為に倉庫を出て行く。
”とぼとぼ”という表現がこの上無くピッタリなパチュリーの後姿を見て、小悪魔は後で彼女の部屋へお詫びをしに行こうと決意するのであった。
とっておきの紅茶があるから、それを淹れてあげれば少しはお詫びになるだろうか。
・
・
・
・
・
―――その夜。
「うん、いい感じ」
自室にて、小悪魔は一人満足げな笑みを浮かべる。
彼女の目の前には、昼間に美鈴の手を借りて運んでもらった例の姿見。
明るい照明の点る部屋で見ると、その簡素な造りがより際立って見える。飾り気の無い、実用一点張りといった体の鏡。
だが、そんなこの鏡を小悪魔は確かに気に入っていた。理由はよく分からないのだけれど。
設置する場所にもこだわった。お陰で、小洒落た部屋の内装にも違和感無く溶け込んでいる。
すると小悪魔は不意に部屋を出る。少しして戻ってきた彼女の手には、濡らした雑巾。
「やっぱり汚れてるなぁ」
彼女の呟きの通り、薄暗く、埃っぽい倉庫では分からなかったが、鏡の表面が随分と汚れている。
鏡に映る小悪魔の姿を多少なりともぼやかし、隠してしまう、鏡としての役割に支障が出そうなレベルだ。
原因は埃だろうか。長い間倉庫の中で埃を被っていたのだから無理も無い。
「これからは私が、毎日使ってあげるからね」
何とはなしに鏡へ向かって語りかけ、彼女は鏡の表面を磨き始めた。
ぎゅ、ぎゅっという雑巾を滑らせる音だけが静かな部屋に流れる。
時折雑巾を畳み直し、また表面を磨く作業に没頭する。運び込む前に一度拭いておいた枠の部分をついでに磨き直し、小悪魔は息をついた。
「ふぅ……うん、大分きれいになった!」
やや疲れも見えるが、再び満足げに笑った彼女は雑巾を戻すべく部屋を出て行く。
ばたり、としまったドアの音と同時に、誰もいなくなった部屋。それに合わせるかのように、すっかり綺麗になった鏡が、きらりと一つ輝いた。
・
・
・
・
―――翌朝。カーテンの隙間から差し込む朝日の眩しさで、小悪魔の意識は呼び戻される。
むくり、と重たい身体を起こす。ぼやけた視界が少しずつ明瞭になっていくその感覚。
少しでも復帰を早めようと、小悪魔はベッドの上で首を軽く横に振った。
(……着替えなくちゃ)
えいやっ、と勢いをつけて足を跳ね上げ、そのままベッドから飛び出すようにして出る。
部屋に備え付けの洗面所で顔を洗い、歯を磨く。すっかり春らしい陽気になったとは言え、朝の水の冷たさは彼女の目を覚ますには十分だった。
大分朝の空気に身体が適応してきた小悪魔は、箪笥を開けていつもの服を取り出す。
パジャマのボタンに手を掛けようとして、不意に鏡の事を思い出した。
(そうだ、せっかくもらったんだから使わなくちゃ)
布団がまくり上がったベッドの上に着替えを投げ出し、彼女は鏡の前へ。
鏡に映る自分自身がまだ眠そうな顔をしていたので、ぺちぺちと自らの頬を軽く叩いてみせる。
それから上着を脱いで、ブラウスに袖を通す。衣服の冷たい感触が心地良い。
暫くの間、小悪魔の部屋には衣擦れの音だけが響く事となる。
(変じゃないかな?)
粗方着替えが完了したが、目の前の姿見で己の服装や髪型をチェックする。
洗面所の小さな鏡では見え辛かった部分まできちんとチェック出来るので、小悪魔は何だかいい気分だった。
ネクタイをまっすぐに整え、寝癖が無いかを確認する。異常は無い。
「よし、オッケー!」
笑って頷く小悪魔。その鏡には、先程のおねむな小悪魔とは違う、有能な司書見習いとしての顔があった。
(何だか、いい日になりそう!)
鏡を備え付けただけなのに、朝から小悪魔の気分は上々だった。ちょっとした事で意識は変わるものだ。
小さな事でも、当人のモチベーションを上げる十分な役割を果たす。
鼻歌など歌いながら、小悪魔は部屋を出た。まだ朝食の時間には少し早いので、いい気分のまま館内を散歩する事にする。
「……ん?」
廊下を少し歩くと、前方にメイド長たる十六夜咲夜の姿が見えた。
何やら彼女は大きな袋入りの荷物を二つほど抱えながら歩いている。朝食の準備の一環だろうか。
普段の咲夜に比べると明らかに遅いその歩行スピード。大荷物が足枷になっているのは明らかだった。
小悪魔は何かを考える前に、小走りで咲夜の下へ。
「おはようございます!咲夜さん、片方持ちましょうか?」
突然横合いから声をかけられ、咲夜は少し驚いた顔をした。
「あ、あら、おはよう。早いのね。これは、別に大丈夫だから」
「そうは見えませんよ。咲夜さん、普段はもっと素早くカッコよく歩いてるじゃないですか~。
いいから任せて下さいって、ね?」
咲夜は一旦断る姿勢を見せたが、それにも構わず小悪魔が片方の荷物に手を掛けたので、観念して左手の力を緩める。
「そ、そうかしら……じゃあ、こっちお願いしてもいい?」
「は~い……わわっ、とぉ」
嬉々として荷物を受け取った小悪魔は、予想していたとは言え結構なその重量に身体を少し沈めてしまう。
背筋にも力を入れて持ち上げ直し、咲夜と連れ立って廊下を歩いていく。
「咲夜さん、今日の朝ごはんは?」
「内緒。どこでお嬢様が聞いてるか分からないし」
「へ?」
「お嬢様、食事のメニューをネタバレされるのがお嫌いみたいだから」
「あはは、確かにそういう気分の時ってありますよねぇ。でも、今起きてらっしゃるんですか?」
「『吸血鬼が夜しか活動しないなんて常識に囚われたら、やっていけない』だそうよ。とても眠たそうだったけれど」
苦笑いの咲夜と、けらけら笑う小悪魔。そのまま談笑しつつさらに廊下を歩いた。
彼女の予想通り、咲夜の行き先は厨房。
「ありがとう、朝から手伝わせちゃって」
「いいんですよ、そんなの。また手伝わせて下さいね!」
頭を下げる咲夜に手を振って、小悪魔は自室へ引き上げる。咲夜の前では出さないが、少し疲れた。
部屋に入った小悪魔は、何となく鏡の前へ。
右腕を上げると、鏡の中の小悪魔は左腕を上げる。服のしわまで同じ形だ。勿論、それは当たり前の事。
適当にぱたぱたと手足を動かしてみる。鏡の中の小悪魔も、やはりぱたぱた。
鏡に映る自身の滑稽な動きに、思わず彼女は、ぷっと噴き出してしまった。
(鏡が一つあるだけで、やっぱり変わるんだなぁ)
鏡を貰っておいて良かった、と小悪魔は改めて思う。便利だし、何となく暇つぶしにも使えそうだ。
暫くの間、姿見の前で適当に時間を潰していたら、もういい時間になっていたので彼女は食堂へ。
まだそこまで人の姿が無い食堂。カウンターまで行き、いくつか皿を取ろうとしたその時。
「あっ、待って。あなたのはこっち」
カウンターの向こう、厨房の中から咲夜が声を掛けてきた。
彼女はそれから、カウンターの裏から用意していたらしき皿をいくつか差し出す。
サラダの小皿は他と同じだが、目玉焼きとウィンナーがそれぞれ倍の量に増えている。
「え、これって……」
理由を尋ねようと咲夜の顔を見た小悪魔。だが、咲夜は黙って微笑み、ウィンク一つ。
それを見た彼女は、笑い返して差し出された専用の皿をトレイに乗せた。
「ありがとうございます!」
いくら労働したとは言え、朝からおかずが倍の量になった朝食は少し重たかったが、小悪魔はきちんと食べ切った。
咲夜の優しさでお腹が一杯な小悪魔は、この日の仕事をとてもスピーディにこなす事が出来たという。
・
・
・
・
――― それから二週間。普段通りの日常が、過ぎていった。
あの姿見も小悪魔の部屋の一部としてすっかり溶け込み、あるのが当たり前になりつつある。
朝起きた時と、夜寝る前。どんなに少なくとも一日二回、小悪魔は鏡と向き合う。
そして、この日の夜もまた。
「ふあぁぁ……」
不意に出た大あくびを思わず手で隠してしまってから、小悪魔はもう一度目の前の姿見を見る。時刻は午後十一時。
カーペットを敷いた床にぺたりと座り込み、手にした櫛でその長い髪を梳く。今までは洗面所でやっていたが、姿見だと髪の先まできちんと見えるので、こちらの方が彼女にとって都合が良かった。
たまには髪を短くしてみようか、などと思いつつも髪を梳く手を止め、その深い紅色をした髪を軽く撫でてみる。
多分、これなら寝癖は付かないだろう。
「………」
ブラッシングは終わったが、彼女は無言で鏡を見つめていた。眠気の所為か、どうもぼーっとしてしまう。
じっ、と鏡の中の自分自身の目を見つめたまま、十数秒。こちこち、という時計の針が時を刻む音だけが響いていた。
鏡に映った小悪魔も、座ったままじっと動かず、実像たる小悪魔を見つめている。
動く物の無い部屋。まるで一枚の絵画のようなその光景を破ったのは、きらり、と照明を反射してか、突如輝いた鏡だった。
「……あっ」
何だか目の前の鏡が急に光った気がして、小悪魔は我に返る。目を開けたまま眠ってしまうなんて、いくら悪魔の端くれでもそんな習性は無い。
恥ずかしげに頬を染め、小悪魔はよいしょ、と立ち上がる。少し足が痺れた。
「もう寝ようっと」
小さく一人ごちて、痺れた足をぶらぶらと振る。それからベッドに向かおうとした彼女の視線の片隅に、目の前にあった鏡が入り込んだ。
「……えっ?」
寝ぼけているのだろうか。そう思った。
小悪魔には、幻想郷でもトップクラスの知識人たるパチュリーの助手をしている、という自負がある。
パチュリーには到底及ばずとも、それなりの知識は持っているつもりだった。
だが、いくら彼女の持つ知識、常識、倫理、摂理に照らし合わせても、
――― 自分が動いても、鏡に映っていた自分の姿が動かない、なんて事は無いのである。
(……なに、これ?)
純粋な疑問。これは何だ。どういう事だ。目の前にあるのは、ただの鏡の筈だ。
鏡はあくまで、目の前の物体を反射して映し出す物。それ以上でもそれ以下でも無い。
小悪魔は立ち上がった。なのに、鏡の中の小悪魔は座ったまま。
夢か。魔法か。盛大なドッキリか。そうでなければ、何だ。
小悪魔の頭の中を、瞬時にカラフルな無数の疑問符が埋め尽くす。
「どういう、こと……?」
パンクしてしまう程に頭の中で溜まりに溜まった疑問符を吐き出すように、小さく呟く。
もう一度、鏡の前に座り込んだ。それから、右手を上下に動かしてみる。
鏡の中の小悪魔は、動かない。先程の小悪魔のように両手を膝に乗せたまま。それどころか、自分とは違うタイミングでぱちくりと瞬き。
(……生きてる……?)
実像と明らかに同期していない、鏡の中の自分の動き。それはもう、まるで一つの独立した生命体のよう。
小悪魔は以前、図書館でたまたま読んだ絵本の事を思い出していた。
詳しい内容は忘れてしまったが、鏡の中にもう一人の自分がいる。鏡の中の自分は、実在する自分とはまるで正反対の性格をしていた。
鏡は、目の前の物体を表裏逆にして映し出す。そのギミックを上手く溶け込ませた、面白い話だと思った覚えがある。
だが、実際に目の当たりにするとひたすらに訳が分からなくて、どこか怖いとすら思う。
鏡の中の小悪魔は、何も言わない。瞬きする以外、動かない。表情も変わらない。
ただ、そこにいるだけ。
(……夢、だよね?)
夢かどうか疑わしい時は、頬をつねるのが一般的だ。だが、今の小悪魔にはそんな余裕は無かった。
勢いよく立ち上がる。鏡の中の自分は、まだ座っていた。
姿見に素早く背を向ける。そうしてしまうと、振り返るのがとてつもなく怖くなった。
もしかしたら、見てない所では鏡の中の小悪魔は恐ろしい妖怪へと姿を変え、本物の自分を食べてしまおうと牙を光らせているのではないか。
そして今にも、鏡の中から長い舌が伸びてきて、自分を絡め取ってしまうのではないか。
これまた絵本から仕入れた想像を働かせる彼女の背中を冷や汗が伝った。もう限界だ。
走り、壁際のスイッチを押す。瞬時に、部屋が漆黒で塗りつぶされた。
長い事住んでいるのだから、ベッドの位置など見えずとも分かる。鏡のある方向を見ないようにしながら、彼女はベッドに飛び込んだ。
枕を探り当てると頭を乗せて、掛け布団を乱暴に引き寄せて頭から被る。
(きっと夢だ。遅くまで起きてちゃダメだってことなんだ……)
寝返りを打って、鏡のある方向に背を向ける。小悪魔は無理矢理、寝息を立て始めた。
・
・
・
鏡の事を思い出したのは、目を覚まして二十秒程経過してからだった。
(……昨日の、あれって……)
ベッドから上半身を起こしたまま、小悪魔は固く目を閉じていた。このまま右を向いて、瞼を開けば、あの姿見がある。
もしそこに、未だちょこんと座る自分の姿があったら?
(せー、の……)
だが、いつまでも目をふさいでいる訳にもいかない。彼女には仕事があるのだ。
脳内の合図と共に、勢いよく首を右に捻った。同時に、目を開ける。
鏡の中で、ベッドの上から眠そうな顔を向けている自分と目が合った。
何だか無性にほっとして、はぁ、と長く息をつく。それから、ゆっくりとベッドから這い出した。
(やっぱり、鏡の中にもう一人の自分……なんてないか。寝不足と本の読みすぎかな)
やはり夢だった、と結論をつけ、小悪魔はいつものように洗面所へ向かう。
誰も映らなくなった鏡が、朝日を反射してきらりと輝いた。
・
・
・
・
「パチュリー様、ありましたー!」
その夜。日付の変わろうかという時刻になっても図書館に残っていた小悪魔の大声。
「本当に?」
いつ如何なる時も落ち着いている彼女にしては珍しく小走りで、本棚の間を縫うようにパチュリーがやって来る。
「これですよね?パチュリー様が探してた本」
小悪魔の差し出した分厚いハードカバーの本に、パチュリーは大きく頷いた。
「それよ、ずっと探してたの……大分前に読んだ覚えがあったのだけれど、こんな所にあったのね」
この図書館は途方も無い数の蔵書が詰め込まれている。それだけに、場所を知らなければたった一冊の本を見つけ出すのは困難を極める。
パチュリーも長い事この図書館にいるが、たまに以前読んだ本の在り処を忘れてしまったりもするのだ。
その”以前読んだ”が、数十年前という事も十分にあり得るので、忘れてしまうのも無理は無いと言えるのだが。
彼女は小悪魔の差し出す本を受け取って胸に抱くと、少し俯き加減になって言った。
「ごめんなさい。普段ならあなたはもう寝てる時間なのに、こんな遅くまで探させちゃって……」
「いいんですよ、そんなの。これが私のお仕事ですから、どうかお気になさらないで下さい」
照れくさそうに手をぶんぶんと振り、それから彼女は時計を見る。丁度日付が変わろうとしていた。
「それじゃ、もう戻って寝ますね。おやすみなさい、パチュリー様」
「ええ、おやすみ。本当にありがとう」
笑顔を向けてから頭を下げる。パチュリーが頷いたので、小悪魔は踵を返して図書館を出た。
ああ言ってはみたが、流石に眠い。あくびを噛み殺しつつ、自室へ引き上げる。
脱いだ上着をベッドの上へ置き、ネクタイを緩める。
シャワーでも浴びてさっさと寝よう、と思っていたのだが、ふと例の姿見が目に映る。
昨日のあれは夢だった。そう結論した筈だったが、どうしても気になってしまう。
(確か、じっと鏡を見てたらいきなり光って……)
軽く屈む体勢になって、小悪魔は鏡を覗き込んだ。鏡の中で、同じように覗き込んでくる自分と目が合った。
そのまま、暫く自分自身の目を見つめ続ける。ぼーっと見ている内に、引き込まれるような感覚に囚われる。
鏡の外と中。どっちが鏡を覗き込んでいるのか。眠気の所為でいい感じに曖昧になった脳が、自分を騙そうとしているかのようだ。
その時。
「わっ」
角度を変えた訳でもないのに、照明を反射したかのように鏡が光った。ほんの一瞬だけ。
やはり昨日と同じだった。鏡を覗き込んだまま固まっていた小悪魔だが、恐る恐る、右手を上げてみる。
鏡の中の彼女は、動かなかった。
(―――やっぱり……!)
―――夢では、無かった。
鏡の中に、もう一人の自分がいる。
そんな、まるで御伽噺のような事が、今目の前で起こっている。
改めて、目の前の鏡を観察してみる。何の変哲も無い、至って普通の姿見。
次に、鏡の中。映る景色は確かに小悪魔の部屋。中央で軽く屈んで覗き込んでくる小悪魔も、同じく上着を脱いだ格好。
「……あなたは、だれ?」
呟くようにそっと、声を掛けてみた。何か反応を期待しての事だ。
すると、鏡の中の小悪魔はぱちくりとまばたき一つ、ゆっくり首を傾げる。
分からない、とでも言いたげなポーズに、小悪魔自身も首を捻る。
(誰、って言っても、私としか言えないしなぁ)
頬をかき、再び口を開く。質問を変えてみた。
「何か、しゃべれる?」
すると、鏡の中の小悪魔が、ぱかっ、と口を小さく開いた。
突然の事でやや驚きつつも、次のアクションを待つ。
だが、彼女は二度、三度と口をパクパクやってから閉じ、ゆっくりと首を横に振った。
「そっか、しゃべれないんだ」
小悪魔は頷いた。喋れないとなると今後がどうも面倒そうではあるが、彼女は一つの確証を得ていた。
(意思疎通はできる、みたいだ。どうして生まれたのかとか、聞けるといいんだけど)
彼女は小悪魔の質問に対し、明確な ―――動作が緩慢なのでそうは言い難いかも知れないが――― 答えをボディランゲージで示している。
つまり、こちらのアプローチに対して反応する事が出来る、もっと言えば自分自身の意思を持っているとも言える。
「どうして、そこにいるの?」
喋れないのだから期待している返答は得られない―――そう分かってはいるが、小悪魔は敢えて聞いてみた。
単純に、反応が見たかったのだ。
すると、鏡の中の小悪魔はきょろきょろと辺りを見渡すような動作をする。それから、やっぱり首を傾げるのだった。
「ごめんね、難しいこと訊いちゃって」
小悪魔が陳謝すると、彼女はゆっくりと首を横に振った。
まるで『気にしないで』とでも言いたげなその仕草。小悪魔は思わず笑顔を浮かべていた。
映る姿は、毎日鏡で見ている自分自身。そして、その人間味に溢れたとでも言うべきリアクション。
昨日、初めて見た時の恐怖に近い感情は、もうどこかへ飛んでいってしまった。
「……ふああぁぁ」
その時、突然あくびが出てきた。小悪魔は、自身がひどく眠い事を思い出す。
あくびをしながら時計を見やると、もう時刻は午前零時を三十分程回っている。
時刻を確認した彼女は、顔を前へ戻す。するとそこには、同じように大きく口を開けている自分の姿が映っていた。
何事かと一瞬驚いたが、小悪魔のあくびが収まると一拍遅れて口をつぐむ。小悪魔は思わず吹き出した。
彼女は、自分の真似をしていたのだ。
「ただのあくびだよ。ごめんね、もう私は寝るよ」
そう言いながらネクタイを外す。早く寝なければ、明日の仕事に支障が出てしまう。
脱いだ服とタオルを持つともう一度鏡に目を向ける。鏡の中から、相変わらずぼんやりとした表情の自分が視線を送ってきた。
小さく鏡に手を振って、彼女は備え付けの簡易バスルームへ。普段なら大浴場に行くのだが、夜も遅いので部屋で済ませる事にした。
十五分後、髪をタオルで拭きながら戻ってきた小悪魔は鏡を見たが、そこに映った小悪魔は今の彼女と同じパジャマ姿で、全く同じ動作を返してくる。
もう元に戻ったようだ。
(何なんだろう、これって)
全く訳が分からなかったが、どうやら自分を食べてしまうつもりは無さそうだったので小悪魔は少し安心していた。
むしろ、自分の言動や行動に小さくアクションを返してくるその姿が、どこか可愛いとさえ。
(ちょっと、調べてみようかな)
何かの魔法の類だろうか。せっかく知識の集合体に囲まれているのだ、時間がある時に少し調べてみようと彼女は思い立った。
・
・
・
・
翌朝は危うく寝坊しかけたが、どうにか仕事には間に合った。
一番最初に言いつけられた蔵書の整理を終えた小悪魔は、絵本の類が並べられた本棚へ。
それらしいタイトルの本を取り、ぱらりとめくる。違うと判断した本は元通りにする。
そんな事を十分ほど繰り返す内、目的の本を見つけた。以前読んだ覚えのあった、鏡をテーマにした絵本だ。
テーブルまで持って行き、椅子に座ると絵本を開く。いかにも外国風の少し変わったタッチの絵柄だが、不思議とマッチしている気がした。
この本を探した理由は勿論、あの鏡について何か分かる事が無いか、と思ったからである。小悪魔にとって、一番最初に思いついた”資料”がこれであった。
ぱらり、ぱらりとページを繰る音だけが響く。物語を楽しむのは勿論だが、何かヒントになりそうな事が隠れていないか目を光らせていた、その時。
「あら、珍しいのを読んでるのね」
「……わひゃああ!?」
不意にすぐ背後から声を掛けられ、小悪魔は飛び上がらんばかりに驚いた。
首を後ろに向けると、パチュリーが彼女の肩越しに絵本を覗き込んでいる。
「ぱ、パチュリー様ですか……」
「レミィに見える?そんなに驚かなくてもいいじゃないの」
想像以上のリアクションが心外だったのか、どこか不服そうに唇を尖らせるパチュリー。それから、小悪魔の肩に顎を乗せるようにしてさらに絵本を覗き込む。
「ああ、こんな本もあったわね……ところで、どうしてまた絵本なんて?」
「えっ?ど、どうしてって……」
どきり、として小悪魔は軽くうろたえる。パチュリーの息遣いが頬に当たってくすぐったいから、という訳では無い。いや、それも一応あるのだが。
実の所、あの鏡の一件はまだパチュリーを始め、他の者には内緒にしておきたかった。
自分の力で解き明かしてみたい、というのもある。博学なパチュリーに訊いたらあっさり種明かしをされてしまいそうだ。
他にも理由はあるのだが―――。
「い、いえ!ただ何となく、今日は絵本な気分なんです!ええ!」
「ふぅん」
小悪魔の慌てた様子に小首を傾げつつも、パチュリーは一応納得した様子で、よいしょ、と彼女の肩から顎をどかす。
「私もたまには絵本でも読もうかしら」
と言い残し、本棚の海へ。パチュリーの気配が十分遠ざかったのを確認し、小悪魔は大きく息をついた。
別に悪い事を企んでいる訳でも無いのだが、隠し事というのはやはり緊張する。
しかし、それが不快だとは感じない辺り、自分自身が悪戯好きな”小悪魔”であるという事を改めて認識させられるのであった。
「さぁて……」
呟き、再び絵本の世界に没頭していく。
図らずも、今読んでいる絵本の中にも魔法使いが登場した。
・
・
・
「ただいまぁ」
何となく言ってみただけだ。迎えてくれる者などいる筈も無い。というか、ここが自宅の中であるも同然なのだからそれもまた。
今日一日、思い当たる限りの文献を探ってみたが―――とは言っても大半は絵本だが―――収穫は無かった。
というより、後半は手がかりを探すよりも物語そのものを楽しむ事に没頭してしまった。本の読み方としては正しいのだろうけれど。
(結局、どうしてあの子が生まれたのか……よくわかんなかったな)
まだ一日しか探してはいないのだが、頭の中で”手掛かりになりそう”とピックアップした本はほぼ全て読んでしまったので、もう万策を尽くしたに近いものがあった。
明日も一応探すつもりではいたが、どうなるかは無論彼女にも分からない。
小悪魔は鏡の前に座り込むと、じっと己の目を見つめる。もう、呼び出しの手順は分かったつもりでいた。
やがて、きらりと鏡が光を放つ。その眩しさに一瞬目を閉じてから、ゆっくりと開く。
「待った?」
訊いてみた。鏡の中の小悪魔は目をぱちくりさせ、それからゆっくりと頷いた。
昨日から何度かアプローチを試みた中で、質問に対する肯定の返事を貰ったのはこれが初めてだ。
「ごめんね。でも、今日はもうお仕事終わったから」
沢山話せるね、と言い掛けて、相手は喋れない事を思い出す。
考えてみれば、もう一人の自分と話をするなんて何とも奇妙だ。だが、幻想郷という地でありとあらゆる”奇妙”に触れてきた彼女は、どこか麻痺しているのかも知れない。
或いは、もう目の前にいる”もう一人の小悪魔”を、普遍的な存在として認識したとでも言うのだろうか。
「ところで、あなたは結局誰なのかな。今日一日調べてみたんだけど、全然わかんなくって」
昨日と同じ質問をぶつける。鏡の中で、自分が少し間を置いてから首を傾げるのを見た。
「やっぱわかんないよね。ごめん」
小悪魔は苦笑いで謝るが、鏡の中の彼女の表情は変わらない。ただ、首の角度は戻っていた。
「今日読んだ絵本にさ、今の私たちにそっくりなお話があったの。鏡の中にもう一人の私、って感じの。
その絵本だと鏡の中の人は、表にいる人と逆の性格をしてるんだ。それこそ、鏡に映ったみたいに。
……あなたも、そうなのかな?」
明確な返事は返って来ない。やっぱり変わらぬ表情のまま、首を傾げるだけ。
実際、小悪魔自身にもよく分からない。鏡に映したかのごとく、正反対となった自分自身など。
現実にそうなのかも分からないし、返事も期待出来ない。この質問はしても意味は無さそうだ、と結論付ける。
「さっきから、変な質問ばっかだね。そうだな、じゃあ……」
唇に人差し指を当て、若干の思案。それから、思いついた質問を口にしてみる。
「そこから、出れたりする?こっちに」
あの絵本では、逆の人格を持った自分自身が現実世界にも出て来ていた。それを考慮しての質問である。
すると鏡の中の小悪魔は、ぐい、ぐいと身体を前へ傾けてみせる。
外へ出ようとしているかのようなその動きを何度か繰り返した後、彼女はゆっくりと首を横に振るのだった。
「あはは、やっぱ無理か」
少しだけ残念に思ったが、鏡の中と現実世界がそう簡単に繋がったりしても困る。
「鏡の中って、どんな感じなのかな?ちょっと興味あるんだけど……」
続いてぶつけたその質問だが、YesかNoで答えられる内容でも無いのでやはり首を傾げられてしまう。
「やっぱり、こっちとおんなじように部屋の中みたいになってるのかな。でも、私がいないと出て来れないし……う~ん」
暫し思案に暮れる小悪魔。だが、ふと目の前にいる自分自身が手持ち無沙汰にしている(ように見える)のを見て慌てて口を開く。
「ああ、ごめんね。そうだなぁ、じゃあ……」
脳を働かせ、次なる質問を探す。
そんな、一方通行ではあるのだがどこか楽しげな会話は、小悪魔が眠るまで続くのであった。
・
・
・
・
・
―――それから、さらに数日後の朝。
少しだけ早く起きた小悪魔は、普段起床する時間の少し前には、いつも通りに姿見を使っての身支度をもう終えていた。
普段と代わり映えのしない服装になった彼女は、何となく館内を適当にぶらついて時間を潰す事に。
何か面白い事でも無いかと部屋を出て、少し歩くと前方に咲夜の姿。やはり両手が大荷物で塞がっている。
後をつけるような格好で暫くその様子を見ていた小悪魔だったが、咲夜がやはり大変そうなので後ろから声をかける。
「おはようございます、咲夜さん」
「え?ええ、おはよう。また早いのね」
咲夜は少ししんどそうながらも後ろを振り向いた。その手を塞いでいる荷物に視線を向け、小悪魔は続ける。
「ちょっと早起きしました。ところで、それやっぱり重そうですね。持ちましょうか?」
「ん~、前も手伝ってもらった気がするのだけれど……じゃあ、こっちお願いしてもいい?」
左手に持った大袋を差し出す咲夜。小悪魔は頷いてからそれを両手で受け取った。
それから、肩を並べて厨房へ向かって歩き出す。
「そういえば、お嬢様はあれからどうなんですか?」
道すがら、小悪魔は咲夜へ話を振る。
「あれからって、朝起きのこと?」
「はい。前は眠そうだったっておっしゃってましたよね」
「あ~……相変わらず、ね。何だかんだで夜遅くまで起きてらっしゃるから」
「やっぱり、夜型の吸血鬼が朝型に転向するのは難しいんですかねぇ」
「まあ、私達が夜型になるようなものだと考えれば想像できるんじゃない?せめて応援してあげて」
「はぁい」
当主の話題で盛り上がる内、厨房へと到着した。
小悪魔が荷物を咲夜へと返すと、彼女はそれを受け取りつつ笑う。
「ありがとう、また手伝ってもらっちゃったわね。今日もおかず増やしとくわ」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます!でも……」
「でも?」
何か言いかけた小悪魔に咲夜は尋ね返すが、彼女は取り消すようにぶんぶんと手を振った。
「あ、いえ、何でもないです。それじゃ、また後で……」
そう言って頭を下げると、再び廊下をもと来た方向へ。
前回の経験から『おかずを増やすのは少しでいい』と言い掛けたのだが、寸での所でそれを飲み込んだのだった。
(せっかく増やしてくれるのに、そんなこと言ったら失礼だよ……咲夜さん、怪しんだりしてないかな)
好意を拒むような発言が口をついて出かけた自分自身を戒めつつ、小悪魔は自室へと戻る。
朝食まではまだ時間がある。暇を潰せるものは無いかと部屋を見渡すまでも無く、彼女は鏡の前へ。
鏡に映る己の目を見つめる事十数秒、もう一人の自分がそこに現れる。
「おはよう、寝てたんだったらごめんね」
そこまで気を使う必要があるのかは分からないが、小悪魔はそう言って陳謝する。
別段寝ぼけている様子も無さそうな鏡の中の自分自身。それを見て、杞憂だったかと胸を撫で下ろす小悪魔だった、のだが。
「……え?」
思わず呟きが漏れた。目の前の鏡に映る自分自身が、いきなりその小さな手を組んだのだ。
それから目を閉じ、顔を少しだけ伏せる。その様子はまさに、
「……お祈り?」
神に祈るポーズそのものだった。
今まで、鏡の中の小悪魔が自分からアクションを起こす事など滅多に無かった。小悪魔の発言を受けて、精々頷く、首を振る、首を傾げる、そんな程度。
だが、今彼女がしている祈り―――ポーズを見る限りはそう見える―――は、実像の小悪魔に触発されたものでは無い。
初めて自発的に取った行動。尚も祈り続ける自分自身に、小悪魔は少し困った顔をして尋ねた。
「お祈りしてるの?」
すると鏡の中の小悪魔は顔を上げ、小さく頷く。
「誰に?」
続いての質問に、彼女は首を右へ20°程傾ける。
はい、いいえで処理出来ない質問には答えようが無いのだから仕方が無い。
「ん~、じゃあ何をお祈りしてるの?」
今度は、首を左へ30°傾けられた。
「どうしてお祈りするの?」
右へ40°。
(まあ、別に悪いことじゃないし……)
その由来を訊き出す事を諦めた小悪魔は、そう自らを納得させて小さくため息。
質問攻めから解放された鏡の中の自分自身が、再び祈りを捧げ始めるのが見えた。
・
・
・
・
・
もう少しだけ月日の流れたある日。
この日、午後から仕事の無かった小悪魔はずっと部屋にいた。
もっと正確に言えば、鏡の前にいた。
「お仕事あると疲れるけど、やっぱり楽しいから続けられるんだよね。
今日みたいなたまの休みはうれしいけど、何したらいいか分かんなくなっちゃうんだ」
鏡に向かって話しかける小悪魔。鏡の中にも小悪魔。中にいる方は、外の小悪魔の話を黙って聞いている。
しかし、話が途切れたと見るや、すぐにまた祈りを捧げ始める。小悪魔が口を開けば顔を上げ、閉じればまた目を伏せる。
これは、小悪魔が初めてその行為を目の当たりにしたあの日からずっと変わらない。
「でも、あなたはどんな日でも、いつもお祈りしてるよね。えらいなぁ」
何故祈るのかは定かでは無いが、誰かの無事だとか幸せだとか、そういうものを祈っているもんだと小悪魔は思っていた。
「誰かを思いやれるって素敵なことだよ。誰に祈ってるのかは分からないけれど、これからもずっと、その人のために祈ってあげて」
鏡の中の小悪魔が頷いたので、こちらの小悪魔もまた笑みを返す。と、その時。
不意にドアがノックされ、小悪魔はびくりと大きく身体を竦ませた。
「は、はい!?」
鏡の中の自分と話している最中に来客なんて前代未聞だったので、驚きと焦りで声が少し上ずった。
「小悪魔、ちょっといいかしら」
声の主は、彼女にとって最も聞き慣れた相手。
しかも、そのままドアが少しずつ開いていく。
「わやぁぁぁ!!だめですぅ!!」
ばたーん、と小悪魔は素早く体当たりでドアを閉める。
「むぎゅうっ!」
ごつんという感触と共に、ドアの向こうからパチュリーの何とも痛々しげな短い悲鳴が返ってきた。
パチュリーにはまだ、鏡の中にいるもう一人の小悪魔の存在を気取られたくは無かった故の判断であった。
もう一人の自分が鏡の中に―――そんな御伽噺のような事が現実に起こっているとなれば、パチュリーはどう考えるか。
十中八九、呪いの類とでも判断して小悪魔に鏡の使用を中止するよう言って来るだろう。
だが、小悪魔としてはこの鏡は欠かせない道具であり、何よりも鏡に映るもう一人の自分との会話を楽しみにしている自分がいる。
隠れてペットを飼うような感覚に近いそれは、彼女自身の悪戯心も相まって一層の興奮と安らぎをもたらしてくれる。
とまあ、小悪魔にしてみればパチュリーに今部屋に入られる訳にはいかなかったのであって、
「……いきなり何するの……うぅ、鼻をやたら強く打ったのだけれど」
「ご、ごめんなさい!ちょっと今、寝癖がひどくって」
「寝癖って、もうお昼よ?それに、私相手なら別にいいじゃないの。今更隠す程の間柄でもないでしょうに」
「で、でも、余りにひどくてパチュリー様がお相手でも恥ずかしいんです。何か、妖怪の山を逆さにすっぽりかぶせてパーマをかけたみたいな感じになってて」
「どんな頭なのよ……逆に興味があるけれど、まあいいわ。準備が出来たら言って頂戴。鼻血が出そうだから手早くね」
「は、はい!」
少々強引な嘘と手段を用いるのも致し方無いのである。
さて、と小悪魔はドアから離れてそそくさと鏡の前へ。しかし、戻し方が分からない。
戻れ、と言って戻ってくれるものなのか。
(あ、そういえばこの間……)
しかし、ここで小悪魔は先日の事を思い出す。
シャワーを浴びる為に鏡の前を離れ、十数分して戻ってきたら鏡は戻っていた。
そこで小悪魔は、そそくさとカーテンの影に身を隠す。ここなら鏡からは死角になる位置だ。
(どれくらい待てば戻ってくれるのかな……)
小悪魔にはそれが気がかりだったが、とりあえず待ってみる事にする。
二分か、三分か。それくらいの間を置いて、彼女はそっと鏡の見える位置へ出て行く。
すると、鏡に映るのは座り込んだ自分の姿ではなくて、立ったまま遠巻きに鏡を注視する自分の姿。
(良かった、戻ってる)
数分間身を隠せば消えてくれる、と頭に刻み、小悪魔はドアノブに手を掛けた。
「お待たせしました!」
ぎぃ、と軋んだ音を伴ってドアが開く。
「……あと三十秒、早く開けて欲しかったわ」
そこには、鼻から口にかけてを手で覆っているパチュリー。よく見れば指の間には血が滲んでいる。
思ったより、ドアの勢いは強かったようだ。
「も、申し訳ありません!」
慌てて頭を下げる小悪魔。口元まで覆った手に遮られてやや聞こえ難いが、ふぅ、とパチュリーはため息一つ。
彼女はそのまま室内へ。小悪魔も横についていく。
「まあ、返事も聞かずに入ろうとした私も悪いんだけれど……」
言いながら、きょろきょろと部屋を見渡すパチュリー。
小悪魔は黙ってその様子を見ていたが、パチュリーは棒立ちな彼女の前を通ってテーブルにあったティッシュを二枚取る。
手の代わりにそれで鼻を押さえつつ彼女は口を開いた。
「けど、せめてティッシュくらいは取って欲しかったわ」
「あ……申し訳ありません」
再び頭を下げる小悪魔。パチュリーは少しの間そんな彼女を見ていたが、軽く小首を傾げてからもう片手に持っていた書類を差し出す。
「で、本題。先日あなたに作ってもらったジャンル別の蔵書リストに関する事で、ちょっと」
「は、はい。何でしょう」
ばつが悪そうな表情を若干引きずったまま、小悪魔は書類を受け取った。
いくつかチェックが入れられたそれに目を通す彼女と、新しくティッシュをもう一枚取り出すパチュリー。
その後、一時間に渡って二人の話し合いは続いたが、鏡の話題は出なかった。
・
・
・
・
特に何事も無く、時が流れていく。
小悪魔の部屋に鏡が設置されてから、もう一ヶ月は経っただろうか。
この日、またしても彼女は早くに目が覚める。
(……また、暇になっちゃうなぁ)
さっさと着替えを済ませ、鏡の前で服装のチェックまで終えた小悪魔。
もう一人の自分を呼び出すのは、早朝という事もあり少々気が引けた。本でも読もうかと思ったが、既に読み終えた本しか手元に無い。
少し悩んだ挙句、彼女はドアを開けて廊下へ出た。新しい本を持って来るという目的の下、足は図書館の方向を向く。
時間帯が被っている所為か、またしても前方に咲夜の姿が見える。その後ろをつけるように歩いていく。
重そうな荷物を両手に抱えた咲夜は、廊下の突き当りを左へ。それを尻目に、小悪魔は右――― 図書館へと向かった。
持っていた鍵でドアを開け、中へ入る。少々のかび臭さが鼻についた。
特に当ても無く本棚の間をぶらぶらと歩いていた小悪魔だったが、ふと、例の鏡の事が頭を過ぎった。
(そうだ、せっかくだから……)
目的意識の感じられなかった足取りから一転、彼女はある本棚を目指して歩き始める。
少し前にも本を探した、絵本の並んだ本棚。
迷う事無く一冊の絵本を手に取る。あの”鏡”に関する本だ。場所を覚えておいたのですぐに分かった。
中身を少しめくって確かめ、彼女はその絵本を脇に抱えて図書館を後にする。施錠も忘れない。
自室へと帰り着いた小悪魔は早速、と言わんばかりに鏡の前へ。さっきは気が引けると思ったのだが、少し時間が経ったのであまり気にならなくなっていた。
己の目を見つめる事十数秒、自分の動きと同期しなくなった鏡の中の小悪魔へ話しかける。
「おはよう。ねぇ、確か前に話したよね?今の私たちみたいな絵本があるって」
鏡の中の小悪魔は小さく頷く。
「だからさ、今日はその絵本、持ってきたの!私が読んであげるね」
再び頷いた自分自身を見てから、彼女は嬉々として絵本を開いた。
少し変わったタッチの絵柄で、小さな家に住む三人家族が描かれている。
「むかしむかし、ではなくて、ちょっぴり前のお話です。ある所に、三人の家族が住んでいました。
お父さんは毎日、家族のために頑張って働いていましたが、おやおや?最近ちょっとお疲れのご様子……」
芝居がかった口調を織り交ぜつつ、鏡の中の自分へ絵本を読み聞かせる小悪魔。
聞き手の小悪魔は表情こそ変わらないが、じっと彼女の顔を見ながら、話に耳を傾けているように見えた。
・
・
・
「―――こうして今日も、鏡は頑張るお父さんを毎日見送っていくのです。
……おしまい!」
十分程の時間をかけて、小悪魔は絵本を読み終えた。
声に出して読んでみると、また新鮮な印象を受ける。初めて読んだ時のような興奮を噛み締めるように小悪魔は、ほぅ、と息をつく。
それから絵本を閉じて顔を上げた。感想を尋ねる為―――だったのだが。
鏡に映った小悪魔が、音の無い拍手を送っていた。小さな手の動きだし、表情も無表情のまま。というか、彼女が表情を変えている所を見た事が無い。
だが、小悪魔にとってはそれだけで十分嬉しかった。
「わ、ありがと~。楽しんでくれたみたいで私も嬉しいな。面白いよね、このお話。
途中で鏡の中のお父さんと入れ替わっちゃうけど、お母さんたち、最後には本物のお父さんが別にいるって気付くんだもの。
やっぱり、信じ合える人がいるっていいなぁ」
ちょっぴり顔を赤らめた小悪魔は、照れ隠しのつもりか立ち上がって本をテーブルの上へ置きに行く。
ぺちぺちと頬を軽く叩いて冷まし、ようやく火照りの収まった彼女は改めて鏡の前へ座る。
「あっ、またお祈りしてる」
拍手を終えた鏡の中の小悪魔は、またしても何かへ祈りを捧げている。
もうすっかり見慣れたその光景に、小悪魔は何故か自然と笑みをこぼした。
「もうすっかり日課だね……えっと、こうかな」
小悪魔も倣って指を組み、目を閉じてみる。
何を祈るべきか少し考えたが、特に祈るべき対象が思いつかなかったので、形だけ真似る事にした。
鏡は前に立った者の動きを追従する。だが、今そこに広がる光景はその真逆。前に立った者が、鏡の動きを真似ている。
絵本の中にあった描写――― 鏡の中にいる自分とそっくり入れ替わる。それはまさに、映る者と映される者の、立場の逆転。
それが今、自身に起きている。小悪魔はその事に全く気付かない。
・
・
・
・
―――その日は、曇天だった。
朝、窓の外に見えた、灰色の泣き出しそうな空模様。
少しだけ気にかけつつも、小悪魔は図書の整理をしていた。時折視線を時計に走らせつつ。
その時、コンコンと静かなノックの音。それを聞きつけた小悪魔は、今まで手にしていた本をその場に放り出して素早くドアの前へ。
「はーい!」
弾んだ声で返事をする小悪魔の様子がどこか微笑ましくて、ずっと本を読み耽っていたパチュリーも少しだけつられて笑う。
がちゃりとドアの開く音。
「こ、こんにちは……」
「いらっしゃい、待ってたよ!」
ドアの開く音に掻き消されてしまいそうな程の小さな挨拶。その主は湖の大妖精。
そして、彼女を出迎えた小悪魔の声は、その挨拶をドアの開閉音ごと掻き消す位のもの。
図書館で大声はご法度だが、パチュリーは聞かなかった事にする。
少し久しぶりの親友の訪問なら、大目に見てやらねばなるまいと思った。
「失礼しま~す……」
中央のテーブルまでやってきた大妖精は、パチュリーへ向けて軽く会釈。
ちょいと本から顔を上げ、パチュリーもそれに頷きで応える。
「私もパチュリー様も大ちゃんが邪魔だなんて思ってないから心配しないでって。
さ、何か本探そ?いくつか面白そうなの見つけたんだ……」
「あ、うん」
小悪魔が先に本棚の間を縫ってどんどん奥まで行くので、慌てて大妖精もそれについて行く。
二人で適当に本を探し、それぞれ、或いは一緒に読む。全くもっていつも通りの過ごし方。
楽しい時間というのは得てしてあっという間に過ぎ去るものであり、気付けば壁の時計は午後五時を指している。
時計を見上げた後、大妖精は小悪魔の顔と傍らに積んだ数冊の本とを交互に見る。
「あ、もうこんな時間。ごめんね遅くまで……まだ読めてない本こんなにあるけど、続きは今度にするよ」
「え?あ、うん。そうだね、気をつけて帰ってね」
今まで本を読んでいた小悪魔は顔を上げる。
その言葉に頷き、大妖精が席を立ったその時、少し離れた位置で本を読んでいたパチュリーも顔を上げた。
「ねぇ、良かったらその本貸してあげるわよ?ちゃんと返してくれるなら、だけど」
「え、いいんですか?それじゃ、お言葉に甘えて……」
彼女はテーブルに積んである数冊の本を手に取り、大事そうに脇に抱える。
それから改めて『ありがとうございました、今日はこれで失礼します』と頭を下げ、図書館を出て行った。
ドアが閉まる音に合わせるようにパチュリーは再び本に視線を戻しかけたが、ふと小悪魔の方を見やる。
彼女はそのまま黙々と本を読んでいる。その様子を見て、パチュリーは小首を傾げた。
(変ね、いつもなら……)
しかし、彼女の思考は再三のドアの音によって断ち切られてしまった。
パチュリーがドアへ視線を運ぶと、そこには困った表情の大妖精が立っていた。
「どうかしたの?」
何故戻ってきたのか気になり、パチュリーが尋ねる。すると彼女はドアの向こうを指差した。
「あの……外、すごい雨が降ってて……」
それを聞いたパチュリーは耳をそばだてる。開いたままのドアの向こう、遠くから僅かに、ばらばらと雨音が聞こえる。
この様子だと、かなり強そうだ。
「それで、このまま本を持って帰ったらぬれちゃいますし……どうしようって」
「傘は……持ってきてないわよねぇ。曇ってただけだし」
「やっぱり、今日は本をお借りするのやめようかなって……ぬらしちゃったら申し訳ないですし、また今度にします」
大妖精はそう言って本をテーブルに一旦置きかけ、はっと気付いて本棚の方へ向かう。直接戻しに行くつもりらしい。
う~ん、とパチュリーは思案顔。しかし、ふと何かに気付いたように小悪魔の方を見た。
彼女は未だ本を読んでいる。何か言いたそうに口を開きかけ、パチュリーは軽く首を振って立ち上がった。本にしおりをはさむ。
「ちょっと待ってて。今、何か防水性のある袋でも持ってくるから」
「え、でも……そこまで」
「いいから、おとなしく待ってなさいな」
申し訳無さそうな大妖精を手で制し、彼女は図書館を後にした。
図書館に残された二人。どこか心配そうな表情で待つ大妖精と、我関せずといった体で本のページを繰る小悪魔。
数分後、パチュリーがドアを開ける音が、この埃っぽい空間の静寂を破る。
「お待たせ。本は、この袋に入れて持って帰るといいわ。口はちゃんと縛ってね」
彼女は手にした袋を示しながらそう言い、続いてドアの外をもう片手で指す。
「あと、風邪引いたらいけないからうちの傘貸してあげる。メイドに持たせたから、彼女から受け取って。気をつけてね」
「あ、ありがとうございます!何から何まで……」
大妖精は礼を言いつつパチュリーへ深く頭を下げる。頷き、パチュリーは再び椅子に座った。
袋へ本を入れ、彼女は改めてパチュリーと、それから小悪魔にも頭を下げる。
「それでは、失礼します。今日は色々とありがとうございました」
パチュリーはやはり頷きでそれに応え、ドアから出て行く大妖精を見送った。
小悪魔は最後まで本から顔を上げない。
・
・
・
・
数日経ったある日の夜。
仕事を終え、部屋に戻ろうとしていた小悪魔。
だが、部屋に常備している紅茶を切らしているのを思い出した彼女は、この日飲む分を拝借する為に食堂へ。
厨房は既に照明が落とされていたが、まだテーブルに着席して談笑する者も多い。
紅茶の入った袋を手に食堂を去ろうとした小悪魔は、並んだテーブルの中にレミリアとパチュリーの姿を見つけた。
見つけただけで、特にリアクションもせず踵を返しかける。だが、それより早くに向こうから声をかけられた。
「あら、小悪魔もいるじゃない。まだ戻ってなかったの」
レミリアの声に、彼女は振り返ってぺこりと一礼。
パチュリーにも手招きされ、二人が座るテーブルの脇に立つ。
「何のお話をしてらしたんですか?」
小悪魔の問いに、パチュリーはあくび交じりに答えた。
「ふぁぁぁ……レミィがね、なかなか私達に合わせた生活スタイルに馴染めないって話」
「そうなのよ。吸血鬼だから、なんて理由で昼間でもぐーぐー寝てたんじゃだらしのない当主だって思われちゃうもの。
それに、せっかくだからあなたたちの生活様式に合わせたいのだけれど……なかなか、ね」
以前、咲夜がそんな事を言っていた気がする。小悪魔はそれを思い出しつつ再び口を開く。
「やっぱり、まだ?」
「ええ……夜は目が冴えちゃって。そのくせ朝はまだ辛いし。
そういえば、小悪魔はよく早起きするって咲夜が言ってたわ。何かアドバイスでも頂けないかしら」
珍しく頼み口調になるレミリアの言葉。対して、尋ねられた小悪魔は思案の間も無く口を開き、
「ん~……正直、無理な気がします。吸血鬼という種族の性質上、朝起きて夜寝るっていうのはそもそも厳しいですし。
時には諦めるのも肝要だと思いますよ」
笑顔で言ってのけた。瞬時にパチュリーの顔が強張る。一方、言われた当のレミリアは驚いた顔をしていた。
「……あなた、結構きっつい言い方するのねぇ……」
「そうですか?あ、そろそろ部屋に戻りますね。おやすみなさいませ、お嬢様、パチュリー様」
笑顔を崩さぬまま小悪魔は一礼し、食堂を去っていった。
その姿が見えなくなってから、パチュリーは少し荒い息のまま紅茶を一口。少し冷めてしまった。
レミリアの努力を『無理』の一言で切り捨てる。考えようによっては無礼極まりない発言ともとれるだろう。
だが、レミリアは小悪魔の言葉をブラックジョークと受け取ったらしく、苦笑いを浮かべつつ肩を竦めてみせる。
「言うわねぇ、あなたの助手も。あんまり小悪魔に変な事教えない方がいいわよ?パチェの口の悪さが移ってるみたいだし」
「……はいはい、馬鹿な事言わないの」
パチュリーはそう言って流そうとしたが、カップを持つ手が少し震えていた。
一方、部屋へ戻った小悪魔は早速紅茶を淹れる。少し多めに砂糖を入れて、それを手にしたまま鏡の前へ。
いつものように”もう一人”を呼び出し、紅茶を一口。
「結構おいしくできたから、あなたにも飲ませてあげたいんだけど……」
無理だよなぁ、と呟く。鏡の中の小悪魔は、『気にするな』とでも言いたげに首を振り、会話が途切れたとみるや指を組む。
黙々と――― 元より喋れないのだが ―――祈りを捧げるその様子も、小悪魔にとってはもう見慣れた光景だ。
(結局、この子は何を祈ってるんだろう……)
話も聞けないからその答えはずっと見つからないまま。いくら結論に近付こうとしても、それは推測の域を出ない。
そもそも、目の前にいる”鏡の中の自分”がどういった存在で、どのように生まれて、何故そこにいるのかも知らない。
けれど、小悪魔は深く考える事はしなかった。分かった所で何をする訳でもない。
碌に話も出来ない相手だけれど、一緒にいたら何だか楽しい。自分の話を聞いてくれて、ささやかながらリアクションもくれる。
理由なんて別に何でも良かった。鏡を隔てて、まるで妹のようなもう一人の自分と話をする。
そんな不思議な体験が、無性に心地良い。それで良かった。
「やっぱり、こっちには来れない?」
小悪魔の言葉に、鏡の中の彼女は少し身体を動かしてみせてから首を振る。
いつか、その自分と同じ小さな手を握る事が出来る日が来るのだろうか。
小悪魔は質問を変える。
「ねぇ、何か違う顔できないかな。怒るとか、笑うとか」
初めて会った時から、祈りの為に目を閉じる以外ずっと表情の変わらない彼女。それを気にしての発言だったが、やはり首を振られてしまった。
「きっと、あなたなら素敵な笑顔ができると思うんだけどな」
言ってから、目の前の相手は自分自身である事を思い出し、小悪魔は赤面した。まるで自画自賛だ。
恥ずかしがる彼女の様子に、鏡の中の小悪魔はちょいと小首を傾げる。それからまた、祈りに戻った。
(……またお祈りしてる。ちょっと、見守ってみようかな)
落ち着いた小悪魔は、敢えて自分から話しかける事はせずに祈りの様子を見守る。
静かになった紅魔館の一室。ひたすらに祈り続ける小悪魔と、見守る小悪魔。
何とも言えない、至福の時間がそこにはあった。
・
・
・
・
・
その翌日から、小悪魔は妙な光景を目にする事となる。いや、別段妙と言う訳でも無かったのだが―――。
「……パチュリー様?」
「……何?」
いつものように図書館へ向かうと、パチュリーがいつも座る席の周りに異様な数の古そうな本を、バリケードのように積み上げていた。
積み上げただけでは無くて、それらを一冊一冊読んでいるらしい。
「どうしたんですか、こんなにたくさんの本」
「調べ物、よ。悪いけれど、用事が無い限りは邪魔しないでくれるかしら。ちょっと急を要するの」
「はぁ」
要求通り邪魔をしない事に決め、小悪魔は小悪魔で本を読み始める。
翌日も、パチュリーはひたすらに何かを調べていた。それを尻目に小悪魔は本を読んだり整理したり。
その翌日も、そのまた翌日も―――彼女はひたすらに、本の山と格闘を続けていた。
碌に寝ていないらしく、本の隙間から覗いたパチュリーの目元には隈が出来ている。
そういえば、夜自分が部屋に戻る時間になってもまだ彼女は本を読み続けていた、と小悪魔は思い出す。
日に日にパチュリーの目の下の隈は濃くなっていくが、小悪魔はあまり気に留めない。
(何をそんなに忙しく調べてるんだろう)
と、少し考えたくらいだった。
そのままさらに数日。もう自分の部屋に戻る時間さえ惜しみ、パチュリーは図書館で本に囲まれて僅かな睡眠を貪る日々。
時間さえあれば本のページを繰り、寝不足でぼやける目で字を追う。
望む情報が無いと分かれば本を脇に置き、すぐに別の本を手に取った。
鬼気迫るような勢いで何かを探すパチュリーの様子に、小悪魔は少し首を傾げるだけ。
その日の夜も、部屋に戻ろうとしないパチュリーを尻目に、あくび交じりで彼女は図書館を出て行った。
時計の針が零時を指してもパチュリーの手は止まらない。紙をめくる音だけが妙に大きく聞こえる、照明が点っていても薄暗い図書館に、一人。
やがて時計は一時を、二時を過ぎ、そろそろ短針が真横を向こうかという、まさにその時であった。
「……ッ!!」
がたん、と椅子を鳴らしパチュリーは立ち上がった。どこかへ立って歩くのでは無く、驚きに起因するものだ。
埃を被っていたその古ぼけた本の、少し擦り切れた字を何度も、確かめるように何度も指でなぞる。
それから一緒に載っていた写真も確認し、パチュリーは震える声で呟いた。
「……もしかして、これが……」
――― 見つけた。
・
・
・
――― 翌日。
パチュリーは、あれだけ積んでいた本を少しずつ片付けていた。
その様子をたまにちらりと見ながらも、本を読んでいる小悪魔。
「……悪いけど、少し手伝ってもらえるかしら」
「え?あ、はい」
パチュリーが声をかけると彼女は立ち上がり、本を戻す作業に加わる。
背表紙と番号が振られたラベルを見て、対応した本棚へ戻す。その作業を延々と繰り返し、気付けば正午を回っていた。
「ご苦労様、先に休憩して」
そろそろいい時間だったので、パチュリーは先に休むよう小悪魔へと促す。
「分かりました、お先に失礼します」
小悪魔は丁寧に一礼し、手にしていた本を棚へ戻すと出口のドアへ向かう。
パチュリーはやれやれと息をつき、傍らにあった本を数冊手に取る。
あれだけ積んでいた本も半分くらいに減っている。もう少しだけ作業をしてから休むつもりだった。
(私の考えが正しければ、あの子は……あ、あら?)
その時。ぐらりという眩暈に近い感触に頭を襲われるパチュリー。一瞬意識が遠のく。
連日の寝不足が祟った彼女は、そのままバランスを崩し―――まだ片付いていなかった本の山に背中から突っ込んだ。
どさどさ、どさり。
「あぅっ……」
短い悲鳴を上げて転倒したパチュリーは、軽く痛む頭を押さえつつどうにか身体を起こす。
崩れた本の内数冊は彼女の身体を直撃したが、少々痛かった、程度で怪我は無いようだ。
一方、小悪魔は廊下へと続くドアの前で、本が崩れる音に気付いて振り返る。
見やれば、無残に散らばった沢山の本の真ん中で、パチュリーが頭を押さえて軽く呻いている。
彼女はその様子を少し眺めてから、そのままドアを開けて図書館を出て行った。
「………」
―――そして、そんな小悪魔の様子を、パチュリーもまた見ていた。
少し痛む足を踏ん張ってどうにか立ち上がる。一瞬だけくらりと頭が揺れたが、二度倒れるわけにはいかないと気力で支えた。
(……やっぱり、か……)
何かを確信した様子のパチュリーは一人頷き、散らばった本を拾い始める。
誰もいない図書館で、ひたすらに本を拾い集める彼女は、何故か泣きそうな表情をしていた。
・
・
・
・
やがて日も暮れ、すっかり夜。
窓の外を見れば満天の星空。
暫しの天体観測に耽っていた小悪魔は、はっと我に返って鏡を見る。
鏡の中で、やっぱり自分が祈りを捧げていた。
「ごめんね、あんまり星がきれいだったからつい」
呼び出しておきながら、ほったらかしにしてしまった事を陳謝する。
「ほら、あなたも見る?キラキラしてて、まるで宝石箱みたいだよ」
窓の外が見えるように鏡を引きずって動かそうとするが、非常に重く動かない。思えば、運び込みの際にかなり苦労した。
とても動きそうにないので、小悪魔は思案を始める。
「……そうだ!」
ポンと手を打ち、彼女は洗面所へ。戻ってきた彼女の手には、少し大きめの手鏡があった。
「ほら、こうすれば……ちっちゃいけど、何とか見えるよね?きれいでしょ」
窓の向こうに広がる星空を手鏡に映し、それを姿見へ反射させる。
小悪魔の手の中に広がる夜空へ向かって、鏡の中の小悪魔も祈り始める。
宝石のように輝く星達を敷き詰めた夜空と、それに向かって祈る少女。それはまるで絵本のような光景だった。
―――その時。
「小悪魔、いいかしら」
コンコンというノックの音を伴い、ドアの向こうからパチュリーの声。
「は、はい!あの、でも、少しだけ待って下さい」
「……早めにね」
二度目のシチュエーション。小悪魔はパチュリーの返事を聞き届けると、手鏡をベッドへ放り投げ、そそくさとカーテン裏へ。
少ししてから出ると、鏡はもう元に戻っていた。ほっと息をつき、彼女はドアを開ける。
「お待たせいたしました」
間近で見ると、パチュリーの顔は確かにやつれている。目は軽く充血し、隈もひどい。
明らかな睡眠不足顔だったが、当のパチュリーは意に介した様子が無い。
彼女はドア脇に立つ小悪魔の顔をちら、と一瞥してから、
「失礼するわよ」
「え?あ、はい」
そう言うなり部屋へ入ってきた。何故か右手を上着の下に隠し、左手には小さな本を一冊、真ん中辺りに人差し指を挟んだ状態で持っている。
突然部屋へと上がりこんできたパチュリーの様子に少し驚く小悪魔。だが、次の行動もまた、予測していないものだった。
パチュリーは真っ直ぐ、あの姿見の前まで歩いていき、その前で立ち止まったのだ。
「……か、鏡がどうかしましたか?」
頬を冷や汗が伝う。もう一人の自分の存在がバレたのだろうか、と思った。しかし、人前でそんな素振りを見せた覚えなど無い。
あくまで平静を保ち、小悪魔は少しずつパチュリーの傍へ寄る。
もう少しで鏡に映る距離まで近付く―――そんな折、パチュリーの小さな呟きが耳に届いた。
「……やっぱり……」
「……え?」
―――その刹那。
不意に、パチュリーが右手を振り被った。
「……っ!?や、やめてくださいっ!!」
恐れ、ぞくりと身体が底冷えする感覚。一瞬だけ全身を駆け抜けたそれが消え去らぬ内に、小悪魔はパチュリーへと飛び掛っていた。
振り下ろされる前に、右手でパチュリーの右腕を捕まえる。左手で腰を抱くようにして、無理矢理彼女を鏡から引き剥がすように遠ざけた。
「離して!!」
「いやです!何のおつもりですか!?」
小悪魔がホールドするパチュリーの右手。そこには、小さな木槌が握られていた。
そんな代物を持った手を、鏡の前で振り上げる。次の行動の予測など、賢者で無くたって簡単に出来る。
パチュリーは必死に、小悪魔の拘束を振り解こうとする。
「お願いだから離して!」
「どうしてですか!?私の大切な鏡を割ろうとするなんて!」
「あなたのためよ……!」
「納得できません!理由を……その行為に足るだけの理由を聞かせてください!!」
ただでさえ非力なパチュリーは、睡眠不足による体力低下も相まって、目的の遂行を果たせそうに無い。
暫し小悪魔の腕の中でもがいてから、だらりと腕を下げて呟く。
「……分かったわ。話す。全部話すから、解放して」
「本当、ですか?」
「信用してないの?」
「………」
小悪魔は、黙って腕を解き、彼女の身体から一歩離れた。
パチュリーは大きく息をつき、振り返って、小悪魔の目を正面から見据える。
疲れ果てていた筈の目に、鋭い光が宿っていた。
・
・
・
「……一体、どういうおつもりですか?」
先に口を開いたのは小悪魔だった。
この上無いくらい信頼していたパチュリーの――― 少なくとも小悪魔にとっては ―――凶行。
そもそも鏡をくれたのはパチュリーであるし、彼女はこれを気に入っている事は重々知っていた筈だ。
小悪魔の声色は、明らかな非難の色を滲ませている。
「パチュリー様だって、私がこの鏡が好きなこと……知ってるって、思ってたんですが」
「……よく、聞いて」
「……?」
パチュリーの呟くような声を聞き、小悪魔は口をつぐんで次の発言を待つ。
大きく息を吸ってから、口を開いた。
「……この鏡は、悪魔の道具―――砕いて言えば、呪いの鏡よ」
「……詳しく、教えてください」
表情を変えぬよう努めて、小悪魔は続きを促す。だが、その脳裏には”もう一人の自分”の姿がちらつく。
まさか、本当に呪われているなんて話になると思ってもみなかった。
否、思っても無理矢理に否定した。”あの子”が、そんな負の産物だと思いたくなかったから。
「見た目は、普通の鏡よ。この鏡を引っ張り出した時、随分と汚れていたわよね」
「はい。鏡として使うのに支障が出るくらいに……」
「だから、あなたはそれを磨いた。違う?」
「……その通り、です」
短い会話の応酬。パチュリーは目を少し伏せる。
「それが、引き金よ。この鏡の汚れは自然に付いたんじゃなくて、自ら汚れているように見せかけていたの。
そして、その汚れを拭く―――つまり、この鏡を磨いた者を、ターゲットと認識する」
「………」
小悪魔は、黙って話を聞いている。口を開く様子が無いので、パチュリーはそのまま続けた。
「それから、ターゲットがこの鏡の前に立つ―――もっと言えば、この鏡に映り込む度に……」
「映り込む、たびに?」
一旦言葉を切った。聞き返しを受け、少しだけためてから一気に言葉を吐き出す。
「……少しずつ、少しずつ……心を切り取っていく」
「……おっしゃる意味が、分かりません」
互いに息が荒くなっていた。
「抽象的な表現だけど、それが一番的確。本当に少しずつだけど、あなたの精神を切り取り、鏡は吸収するの。
鏡に映っている間、ずっと。あなたの心は段々と磨り減っていく」
「……それで、どうなるんですか」
「切り取られた”心”は鏡の中に溜まっていって……やがて、具現化する」
「!!」
小悪魔の脳裏に、先程よりも鮮明に”もう一人”の姿が浮かび上がった。
表情一つ変えず小さなリアクションをし、ある日を境に来る日も来る日も何かへ祈りを捧げていた姿。
「……何か、心当たりがあるのね?」
「………」
小悪魔は答えない。パチュリーは暫し彼女の目を見つめた。反応は返って来ない。
「……まあいいわ。具現化が始まってからは、加速度的に吸収は早まる。
そして、あなたの心をひたすらに切り取り続け、最後には……」
「……最後には?」
少し聞くのが怖かった。だが、耳を塞いでも意味は無い。
「……鏡の中で、あなたの心が再構築される。そして、鏡の外には……抜け殻が残る。
心を奪われ、自ら何かを考える事も出来ない、表情も変えられない、動こうともしない、抜け殻のような肉体だけが、ね」
「………」
再び小悪魔は黙ってしまった。恐ろしいというのもある。だが、話の展開が急すぎてついていけないというのも大きい。
パチュリーは、手にしていた本を彼女へ見えるように開く。古ぼけた表紙には”魔道器具大全集”といった旨の事が書いてあったように見えた。
いつの本だろうか、あちこち破れかけてぼろぼろだ。一歩間違えば、先日の大掃除で捨てられていたかも知れない。
彼女が開いたページの写真。確かに、自分が毎日使っていた鏡に瓜二つ。
「この本に書いてあったの、全部。この資料を探すのに、どれだけ苦労したか……。
いくら紅魔館の、そして図書館の歴史が長いって言っても、まさか呪いの道具まで倉庫に眠ってるなんて思わなかったけどね」
「……根拠は、あるんですか?」
ため息をつくパチュリーへ、小悪魔は挑戦的ともとれる言葉を投げかける。
「どういう事?」
「この鏡が……本当に悪魔の道具で、私がそれに精神を蝕まれているなんて、にわかには信じられません……」
「分かったわ、まず一つ」
パチュリーは再び息をつき、鏡を指差す。
「その前に立って頂戴」
小悪魔は言われた通り、鏡の前に立つ。
「何が見えるかしら?」
「……私が、見えます」
当たり前だ。だが、それにパチュリーは頷き、今度は自分がその横に立った。
「さあ、もう一度。何が見える?」
「何って、私と……ひっ!?」
鏡へ視線を戻した小悪魔は、短い悲鳴を上げる事となる。
小悪魔のすぐ横にはパチュリーが立っている。だが、鏡の中の小悪魔の横には、背後のベッドの後ろ、白い壁が映っているだけ。
パチュリーの姿は―――
「……うつって、ない……どうして……」
「一度目標を定めた鏡は、吸収効率を上げるためにターゲット以外の生き物を映さないの。
資料を探すのに苦労したのは、この性質のお陰であまり脅威的な呪いの類では無かったからでしょうね。
誰かが一緒にいれば、すぐにバレるんですもの」
「………」
「今回は、設置した位置があなたのプライベートルームだったから問題だった。
普段、使用者以外は誰も入らないから……誰も気付けない」
これだけでも、十分過ぎるくらいの証拠だった。
だが、パチュリーは人差し指を伸ばす。
「けどね、もう一つあるの」
「……?」
怯えた目で、小悪魔はパチュリーを見る。
彼女は少し立ち位置を変えて、小悪魔と正面から向き合った。
唇が動く。
「―――あなたは……あんなに、冷たい子じゃなかった」
・
・
・
「……は、はい……?」
小悪魔の瞳が揺れる。思ってもみない発言だった。
それを意に介した様子も無く、パチュリーは続ける。
「最初に変だと思ったのは、あなたの部屋の前で思いっきり顔をぶつけた時。
私が血を流してるのが見えたはずなのに、あなたは自分から何もアクションを起こさなかったし、随分と淡白な反応だった。
こっちが悪いことしてる気になるくらい謝り倒してくるもんだと思ってたから、少しだけがっかりした。
その時は、何か他に悩みでもあって気が気じゃなかったのか……くらいにしか考えなかったけれど」
小悪魔は回想する。確かに先日、パチュリーが自分のせいで顔面を強打してしまった事を覚えていた。
しかし、その時自分が何をしたのか、うまく思い出せない。
「まだある。湖の大妖精が遊びに来た時。
雨で本を持って帰れないと言って困っていたあの子に、あなたは何をしてあげた?
何もしなかった。私が傘と袋を渡したわ。
私の記憶違いでなければ、あなたはあの子が大好きだったはず。雨が降っているとあれば、自分で傘を差して送って行くくらいすると思ったのに」
ああ、確かに親友の訪問があった。一緒に本を読んだ。楽しかったなぁ。
けど、あの子はどうやって帰ったんだろう。思い出せない。
「明確な違和感を感じたのはその時ね。何か大きな悩み事でも抱えているのか―――そう思って、相談を促すつもりで、食堂であなたに声をかけた。結果的にはレミィが、だけど。
けどその時、レミィが早く起きるアドバイスが欲しいって言ったら……あなたは無理と言って切り捨てた。
あなたなら、そう思っても決して口には出さないで……どんなに小さなことでも助言してあげる子だったはずよ」
「………」
押し黙った小悪魔に、パチュリーはさらに言葉を浴びせる。
「いくらなんでも館の当主であるレミィに、あなたが例え冗談でもそんな暴言まがいの発言をするなんて、私には信じられなかった。
もっと、何か大きな力が働いているんじゃないかって、私は徹底的に文献を漁って、調べ回った。
小悪魔の様子がおかしくなる前と、なった後の明確な違いを考えた。別段、何か大きなイベントがあった訳でもない。
あなたに変わった仕事を任せた覚えも無い。じゃあ何か……考えた末に、私は思い出したの。
あなたの部屋に設置された―――倉庫の奥深くで埃を被っていた、鏡の存在を」
大掃除の日。埃まみれだった古い鏡。そのまま捨てられてしまうのが普通だと思ったのに。
小悪魔は覚えていた。その古ぼけた鏡を見た時から、それが無性に欲しくてたまらなくなった。
「いくら優しくたって、あなたは悪魔。呪いの力を秘めた鏡に、どこか本能的に惹かれるものがあったんじゃないかしら。
それも踏まえて、私はひたすらに資料を探した。そして、やっとの思いで見つけたのが……昨日。
本当にそうなのかって、まだ、ほんの少しだけ疑う余地はあったんだけれど……」
パチュリーは一旦言葉を切った。
「……今日、私が本の山ごと倒れた時も、あなたは助けてくれなかった。
私の知っている小悪魔は、すっ飛んで来て助け起こしてくれるような子だった。けど違った。
その時、確信した。今、私を無視して図書館を出て行った小悪魔は……何かに侵されている、って」
「………」
確かに今日、昼休みに入る前、どさどさと騒がしい音が聞こえてきた気がする。
けど、どんな行動をとったのか今一思い出せない。
「私の知る限りではこれくらい。けど、私の見ていない所でもっと何かあったと思うの。
曲がりなりにも悪魔でありながら、そうとは思えないくらい思いやりに溢れていたあなたは、どこへ行ってしまったの?
私のわがままに夜遅くまで付き合ってくれた。大掃除の時だって、自分だって大して力が無いくせに重い荷物を全部引き受けて。
掃除の後、私だって忘れかけてた小さな事で謝りに来たわよね。わざわざとっておきの紅茶まで持って」
淡々と語るパチュリーの言葉の端には、身を切り裂くほどの痛切な思いが篭っている。
「そんな、どこが悪魔なんだって言いたくなる位に優しいあなたを知っている私は……もう、胸が痛くてたまらないの……」
「……パチュリー、さま……」
喉が震えて、上手く声が出なかった。
「その鏡が、心を切り取るのにも順序があるの。まず、その者の心で一番大きなウェイトを占める部分から切り取り始める。
優しさに溢れたあなたの心から、思いやりが切り取られていった」
「……わたし、は……」
痛みに耐えるような、苦しげな顔。そんなパチュリーに、何か声をかけたかった。
出来なかった。自分の心から、相手を思いやるという概念が抜け落ちているからだろうか。
「あなたがレミィにちょっとひどい事を言った時にね、レミィは笑ってた。
彼女の立場を抜きにしても、努力を否定するような発言をされたら、普通怒る。けど、冗談がうまいって笑ってた。
何でか、わかる?」
「……?」
「あなたが、そんな冷たい事を……本心から言うような子じゃないって、レミィも信じてるの」
「……あ、うぅ……っ!」
涙より先に、嗚咽が漏れた。
自分の知らない、気付かない所で傷ついた人がいた。自分のせいなのに、誰も自分を責めない。
その優しさが、信頼が辛い。いっそ殴ってでもくれれば楽かも知れない。
「戻す方法は、あるの。完全に心を切り取られる前に、鏡を物理的に破壊する。
そうすれば……吸収された心は所有者へと戻る。全部」
パチュリーがさっき言っていた『あなたのため』という言葉の意味を、小悪魔はようやく理解した。
「だから、あなたが完全に抜け殻になってしまう前に、やらなければならない。
その鏡を気に入っているあなたには気の毒だけれど、このままだと、あなたはあの絵本のような末路を辿る」
「……それは、どういう……?」
唐突に出てきた絵本の話題に、小悪魔は尋ね返す。
パチュリーは皮肉っぽい笑みを口の端に浮かべた。
「あなたが読んでた絵本。鏡が左右逆に物を映すように、鏡の中に正反対の自分。
そして、今のあなたをこのまま鏡の前で生活させれば……」
「させ、れば……」
「鏡の中に、思いやりに溢れ、表情豊かな……精神だけのあなた。
鏡の外には、優しさも表情も、考える事さえも奪われた、肉体だけのあなた。
同じ姿をしていながら、全くの正反対。絵本ではハッピーエンドで終わるけれど、こちらはそうはいかない」
「………」
―――その時、小悪魔には何かが分かった気がした。
「……だから、ね。あなたが壊れてしまう前に、鏡を壊す。
お願いだから、私や、レミィ……あなたに関わる全ての人を、悲しませないで。
あんなに優しかったあなたなら、きっと分かってくれるって信じてるから」
パチュリーの真剣な眼差しを、正面から受け止める。
分かっていた。結論など、考えるまでも無い。
だが、それでも―――頭の中には、まだ”その姿”がちらつくのだ。
「……パチュリー様。それ、私に預けて頂けませんか」
ずっと彼女が握っていた木槌を見て、小悪魔。
パチュリーは一旦それを見て、頷いた。
「……分かったわ。あなたにとって、その鏡がどれほど大きな存在だったのかは、私には想像するしか出来ないけど……」
彼女は歩いていき、小悪魔の右手をとる。手を重ねるようにして、しっかりと木槌を握らせた。
「―――せめて、あなたの手で」
・
・
・
・
パチュリーは小悪魔を信用し、部屋へと戻っていった。
右手に握った凶器を敢えて隠さず、小悪魔は”自分”を呼び出す。
「……さっきの話、聞いてた?」
表情を変えぬまま、ゆっくりと頷く鏡の中の小悪魔。
「そっか。じゃあ、今更説明するまでもないね。
あなたと過ごした毎日、楽しかったよ。私自身にこんなこと言うのも変だけど。
毎日毎日、私の話を聞いてくれてありがとう。まだ不十分な心なのに、精一杯の返事をしてくれてうれしかった」
力無く笑い、小悪魔は続ける。
「本当は、どうにかしてあなたも助けられないか考えたけど、パチュリー様やお嬢様、私によくしてくれるみんなを裏切るようなマネはできないんだ。
けどね、気付いたの。私はあなた、あなたは私。鏡がなくなってもあなたは消えちゃうんじゃなくて、私と一緒にいるんだって」
鏡の中の自分が、今までに無いくらい力強く頷くのが見えた。
「もうしばらくこのままにしといたら、あなたがもっと私たちに近付くのが見れたのかな。
けど、その時にはきっと……私の方が、あなたとお話できなくなってるかもしれない」
目の前にいるのは、己の心の具象。それが自分自身に近付く事は、即ち自分が自分で無くなっていく事と同義。
その時、思い出したように小悪魔は口を開いた。
「そうだ。あなたに何度もぶつけた質問の答え、全部見つかったよ。
あなたがどこから来たのか―――それは、私自身。パチュリー様に種明かしされちゃったようなものだけど」
くすりと笑う。鏡の中の小悪魔は、『正解』とでも言わんばかりに頷いた。
「それと、あなたがいつもいつも、何をお祈りしてたのかも。
……これも、半分くらいはパチュリー様に教えてもらったような感じだけれどね」
その時、時計が鳴った。午前一時。
「……そろそろ、時間。明日も早いから、もう寝なきゃなの。今度こそ、お別れだね。
またどこかで……そうだな、夢の中とかなら会えるよ、きっと。夢は何でもありだから、あなたとちゃんとしたお話だってできるかも」
小悪魔は、精一杯の笑顔を掻き集めて顔に浮かべた。その右腕を、ゆっくりと持ち上げていく。
右腕を完全に振り上げた状態で止めた。鏡の中で、自分がやはり祈っている。
「最後までお祈り、かぁ。本当に好きなんだね。あなたの優しさに恥じないように、私も頑張るからね」
最期のポーズをそれと決めたらしく、鏡の中の小悪魔は動かない―――かと思いきや、顔を上げた。
祈る指は解かず。顔だけを小悪魔へと向けて――― 笑った。
まるで、頑なに閉じていた蕾が花開いたように、弾ける素敵な笑顔だった。
(―――がまん、してたのに……)
最期の最後、不意打ちで向けられたのは、ずっと無表情だった鏡の中にいる自分の、初めて見る笑顔。
滲んだ視界の向こうに見える、最高の笑顔を浮かべた自分自身に向かって、腕を振り下ろす。
「ばいばい」
―――小さな破砕音が、真夜中の紅魔館の静寂をちょっとだけ切り裂いて―――すぐに、消えた。
・
・
・
・
・
・
・
・
・
―――いくらカーペットを敷いていても、床は硬い。
身体のあちこちが痛むが、小悪魔は何とか身体を起こす。
いつの間にか、床で寝ていたようだ。
(……鏡、は……わたしは……)
視界の端に映った、床の上できらりと光る欠片。
散らばったそれを辿るように視線を上げていくと、無残に叩き割られた、お気に入りの姿見。
破片の一つ一つが部屋の内装を、カーテンの隙間から差し込む光を、そして自分自身の姿を反射して万華鏡のよう。
(……やっぱ、夢じゃないかぁ……)
頭が少し重たいが、不思議と嫌な気分では無かった。
立ち上がり、着替えを始める。姿見はもう使えないからと、彼女は洗面所の小さな鏡で服装チェック。ついでに顔を洗い、歯も磨いた。
いつもと勝手の違う着替えを終え、時計を見る。まだ朝食には早い。仕事の時間になったら、パチュリーに報告しなければ。
何だかじっとしている気になれなくて、部屋を出る。暫く廊下を歩いてみる。
咲夜がいた。両手に大荷物を抱えて忙しそうだ。
どこかデジャヴを感じる光景。だが、それについて考えるより先に、小悪魔は咲夜の下へ小走りで駆け寄る。
「おはようございます!重そうですし、片方……いや、両方持ちます!」
返事を聞くより先に、咲夜から荷物を奪い取った。
「きゃっ!……もう、いきなり驚かさないで。それに、かなり重いわよ?それ」
「やっぱり重いんじゃないですか~。咲夜さんは頑張りすぎです!これくらいさせて下さい!」
「そ、そう?じゃあ……」
「よっしゃ!お任せ下さぁい!」
両腕にあらん限りの力を込め、小悪魔は荷物を無理矢理持ち上げると早足で廊下を駆け抜けていく。
突き当たりの角を曲がって見えなくなった彼女の姿。咲夜はため息と一緒に笑みをこぼす。
「朝から元気ねぇ……」
追いかけるようにして角を曲がる。すると―――
「……ぜぇ、ぜぇ……うで、いたい……」
「……やっぱり、私も片方持つわ」
荷物を床に置いてうずくまる小悪魔の姿に、咲夜は別のベクトルで笑わされる羽目となった。
二人が仲良く肩を並べて厨房へ向かう姿は、紅魔館における早朝のちょっとした名物としてメイドの間で有名になりつつある。
その事実は、当人達だけが知らない。
・
・
・
・
・
その日の内に、あの鏡は撤去された。
メイドに手伝って貰いつつ破片を全て片付け、木製の枠をばらす。
驚く事に、パチュリーと二人がかりでも動かなかった鏡は随分と軽く、見た目相応な重さになっていた。
ばらし終えた枠を抱え上げるのに、小悪魔一人で十分なくらいだった。
だが、小悪魔はその鏡の残骸をそのまま捨てようとはせず、
「供養、じゃないですけど……ちゃんとした形で、役目を終えさせてあげたいんです」
そうパチュリーに懇願する。
魔力が残っている事を懸念していたパチュリーもそれに反対する事はせず、考えた挙句に博麗神社へそれを持ち込み、お焚き上げという方法で処分する事にした。
あんたの魔法で焼けばいいのに、と口先では面倒そうにぶつくさ言っていた霊夢も、何も聞かずに協力してくれたとか。
いざ火がかけられると、小悪魔は焼かれゆく鏡をじっと見つめる。
生活の一部となっていた鏡が今、目の前で灰に変わろうとしている。それを、しっかりと見届けなければならない―――そんな気がした。
元の色が分からなくなってきた、火中の残骸。そこに、小悪魔はもう一人の自分を見た気がした。
最後の最後で笑ってくれた、自分の分身。それが今、別れを告げるようにパチンと弾ける。
我知らず、小悪魔は指を組んでいた。
その日を境に、小悪魔の生活からあの姿見の存在は消えた。もう一人の自分に会うという、不可思議な体験も、幻のように。
だが、その代わりに―――
・
・
・
・
・
・
いつもと何ら変わらない、朝。
カーテンを開け、部屋に光を呼び込む。部屋と一緒に、自分の気持ちまで明るくなるようだ。
この日はいつも通りの時間に起床。小悪魔は顔を洗い、歯磨きまで済ませると、着替えに取り掛かる。
クローゼットからいつもの服を取り出すと、その脇に置いてある、真新しい姿見と向かい合った。
パチュリーが気を利かせて、買って来てくれた物だ。同じデザインでは無いが、木製の枠とシンプルな外観はどこか似た雰囲気を醸し出している。
新しい鏡にもすっかり慣れ、別段戸惑うことも無く着替えは完了。
もう朝食に出ても大丈夫そうな時間だが、彼女はそのまま鏡の前に座り込んだ。
目を見つめたって、もう一人の自分は出て来やしない。だから彼女は目を閉じる。
少し顔を伏せ、指を組んだ。
―――それはまさに、祈りの姿。
小悪魔には、あの日全てが分かった。
パチュリー曰く、鏡に切り取られたのは自分自身が持つ思いやりの心。
そして、鏡の中の自分はその具象。自分では気付けない、小悪魔の秘める沢山の優しさが集まった姿。
だから、彼女は祈っていた。その優しさを、思いやりを、祈りという形で表現していたのだ。
もう一人の自分が何を祈っていたか―――考えるべくも無い。当たり前の事だ。
小悪魔はあれから毎日、朝起きた後と夜寝る前に祈りを捧げている。鏡の中の自分がそうしていたように。
数分間の黙祷。その末に、小悪魔はようやく顔を上げる。
「よし!今日も一日頑張ろっと!」
大きく伸びをしてから、彼女は意気揚々と部屋を出て行った。
小悪魔にとって、この不思議な事件で初めて知ったことが沢山あった。
自身が気付かぬ内に振り撒いていた思いやりに、応えてくれる人がいる事を。
そして、それ以上の信頼で包んでくれる人達に囲まれている事も。
色々あったけど、それらはあの”もう一人の自分”が気付かせてくれた部分が大きい。
小悪魔は、それを忘れたくなかった。再び同じ呪いにかけられようと、大好きな人達への思いやりを捨てたくなかった。
だから、彼女は祈り続ける。明日も、明後日も、これからずっと。
大事な事を気付かせてくれた、”鏡の中のリトル・プレイヤー”に代わって、今日も小悪魔は祈る。
―――大切な人達の、無事と、幸せを。
素敵なお話をありがとうございました。
これ以上好きになれないくらい
どこか違和感を感じていたのは、やっぱり心が刈られていたから。
ドアの部分で?と思いました
小悪魔を想いやるパチュリーやレミリアが良かったです
流石パッチェさん信じてたよ…
『悪魔の館の悪魔らしくない悪魔』
彼女にしっくりくる二つ名だと思います。
鏡に映された自分の姿は紛れもなく真実のままで
最後まで優しくあり続けた鏡の中の小悪魔がとても素敵!
途中小悪魔の優しさがもっと引き立つような
印象的なエピソードがあったらもっと好きになれそうでした
でも面白かったです。
小悪魔は本当に優しい悪魔ですね。
鏡の小悪魔が醜悪な存在でなくて良かった……最後に本性を現すようなオチだったら、この話は成り立たない。
『悪魔らしくない小悪魔』も素敵ですが、
彼女の上司としてのパチュリーも、主としてのレミリアも、それぞれに上に立つ者に相応しい度量と思い遣りの持ち主で素晴らしかったです。
小悪魔の祈りがとどき、紅魔館の人々が末永く幸福に過ごしますように。
この小悪魔は応援せずにはいられないw
顔出し程度にしか登場しなかったレミリアも、大切な司書を思うパチュリーも、みんなみんな優しさに溢れていました。
だからそんな優しい人たちのために、世界で一番優しい悪魔は祈りましょう。素晴らしいお話でした。
素敵な小悪魔を魅せてくれて有り難うございます。
どきどきというかぞくぞくというか
俺が使ったら怠惰な部分から削られるんだろうな……あれ、真人間になれるんじゃね?
鏡の中の小悪魔が祈りの存在である、というのはとても素敵な表現でした。
貴方の作品は好きですよ。
あれ?やっぱ真人間になれるんじゃね?
そして鏡が呪われた物でも、鏡の中の彼女に悪はない
彼女を生み出し 彼女を終わらせた
でも
でも、小悪魔が幸せならば、
今、小悪魔の中に還った彼女は幸せなはずですよね
小悪魔が可愛くて生きるのが辛い感じですよ!(爆)
さて今作や過去話を見返す作業に戻りますねw ではでは失礼しますね^^ノシ
紅魔館の照明は電気で蛍光灯を点ける方式だったのか?
ランプか燭台の蝋燭だと雰囲気出たのだが……
>右腕を上げると、鏡の中の小悪魔も右腕を上げる。
鏡の中は左手をあげるのでは? と思ったり。
良いお話でした。
鏡自体はただの心ない呪物だったかもしれませんが、そんなのとは別に、鏡の中の小悪魔はとても純粋な存在でしたねぇ。
完全に殺されてしまっているような気がする。
どこにでもいる二束三文のヒロインのように。
折角の小悪魔との呼び名なのだから、図書館で働いている妖精で代用できそうな
役柄にするのではなく、もっと名前から連想される性質を生かしたキャラにして物語を創造して欲しい。
面白かったです。
>>3様
小悪魔は大好きなのでこれからも書きます。きっと。いや絶対。
大ちゃんと絡めるのは自分の中のデフォ。名無しちゃんスキーの性。
>>詩流様
”悪魔らしくない悪魔”というギャップを描きたかったというのは確かにあります。
自分の小悪魔像を少しでも表せていたらいいな。
>>夜空様
分かって下さる方がいたようわぁい!
前後に分けるような容量は避けたかったのでこのくらいにまとめましたが、ほっといたら多分合間合間のエピソードが凄まじい量に膨らんでいた気がします。
>>奇声を発する程度の能力様
優しい悪魔がいたっていいじゃない。幻想郷は常識に囚われぬ者の地なんだってばさ。
>>8様
鏡に映る心が歪んでいたのなら、ここまで紅魔館の皆様との信頼関係も築けなかっただろうなぁと。
自分で自分の作品について考察しちゃうのはアレかもしれませんが、小悪魔がいい子過ぎるから仕方ない。
>>9様
一番苦心した、そして力を込めた部分なのでこちらの狙いがヒットして歓喜の嵐。
本当にいい人(じゃないけど)に囲まれて小悪魔も幸せだろうなァ。自分も紅魔館で働きたい。食料以外で。
>>Ninja様
神に祈る、なんて悪魔という存在からは掛け離れた行為ですが、だからこそ目を引く何かがあったのかも知れません。
どうか応援してあげて下さい。自分もします。
>>14様
そういう時は鏡の中の小悪魔のように、ボディランゲージで示すのだ。
自分はコメントで示します。有難う御座いました。
>>19様
確かにホラーにもよく使われるギミックですよね。>鏡
そういったダークな側面をちょっぴり含んだ、”俺的ファンタジー”を体現したかったのです。
>>24様
ありがとう
五文字で返してみるテスツ。いや、本当は十行くらいでお礼を述べたいのですが。
>>25様
本人には気付かぬ部分でじわりじわり、とね。これってやっぱホラーなのでせうか。
他の作家の方々が素敵な小悪魔を見せて下さるので、負けないよう頑張った……つもり。
>>29様
なにそれこわい
先程から、このお話のジャンルが予想以上にホラー寄りだと気付かされ始めています。
>>31様
カッコいいじゃないかい。確かに己に祈っているような描写もありましたしね。
けど、辛いときはそばにいるみんなに助けてもらいましょう。
>>32様
息を抜く事を忘れた結果、ぶっ壊れるまで働くマシーンになってしまう可能性が。
そのままのあなたでいて下さい。
>>33様
あなたに会えて、本当に良かった……ってか。
また一つ、名無しの小悪魔が成長するきっかけになったと思って頂けたら幸いです。
>>35様
言わば小悪魔から抽出した優しさのカタマリ。そう考えると本当に悪魔らしく無いな。
常に誰かの事を考えるって難しいですよね。
>>36様
情報化の進むこの社会で、パソコンが除かれてしまったら確実にヤバいです。
お願いだからそのままのあなたでいて下さい。
>>37様
”人が本当に死ぬのは忘れ去られた時”という名言もあります。
鏡を見るたび思い出せ!な小悪魔はきっと忘れないでしょうから、きっと生きてます。
幸せかどうかは……言うまでも無いでしょう。
>>アクセス様
いつも(中略)いつも有難う御座います。とうとう中略。けど感謝は忘れてません。
あなたのようにいつも読んで下さる方、たまたま読んで下さった方。
そんな色々な方に触れて頂けたという事実のお陰で、自分はまだまだ頑張れそうです。
>>43様
先程も述べましたが、”俺的ファンタジー”はちょっぴりダークメルヒェンでもあるのです。
だからちょっと怖い、というそのコメントは自分の思惑通り、ではあるのですが……予想以上にそんな感想を頂きまして少し驚き。
>>44様
ハートフルな悪魔がいるのは幻想郷だけ!……かは分かりませんが。
少なくとも自分の中の小悪魔は優しい子。
>>49様
一瞬で明かりが消える描写を考えた時、やはりスイッチという結論に。
幻想郷の文明レベルを鑑みるに、極一部であれば電気が実用化されてそうだなぁという判断の基、ああいった描写になりました。
小さなシャンデリア的照明を意識したつもりではありましたが、違和感を残してしまったのは自分の力量不足。精進致します。
>>52様
誤字……だと……。
一度、推敲段階で気付いて直したつもりだったのに……ご指摘有難う御座いました。修正致します。
>>53様
自分の作った物語が、どこかの誰かの感動を呼んだ。よく考えたらこれって凄い事な気がしてきました。
有難う御座います。いやホントに。
>>56様
難しい事は抜きにしていい話だ、なんてご感想は自分にとってかなり嬉しいのです。
完全無欠ないい話は自分にはまだ難しそうです。せめて心に残る何かを。
>>勿忘草様
妬ましいというのは、素敵な住人に囲まれた小悪魔へ?
こんな優しい部下を持ったぱっちぇさんへ?全部ひっくるめて抱えるお嬢様へ?親友な大ちゃんへ?
妬ましいと思って頂けるまでに魅力的な世界が見えたのであれば、それこそ作者冥利に尽きます。
>>ずわいがに様
非日常に浸ってみて、初めて気付く事もあるのです。
幻想郷そのものが非日常の塊、なんて突っ込みはナシの方向で。
>>63様
この”創想話”には、沢山の方々が描かれた魅力的な小悪魔がたくさんいます。
そんな中で自分は、”悪魔らしからぬ優しい子”というのを機軸に、自分なりの小悪魔像を出来うる限り描いてみたつもりでした。
にも関わらずそのようなご感想を抱かせてしまったのであれば、それは自分があなたへ”己の小悪魔像”を伝え切れず、凡庸なキャラに映ってしまったという事に他なりません。
トップクラスに好きなキャラが”どこにでもいる”。正直凹みました。が、同時に火も付きました。
次は必ず、あなたを唸らせてみせましょう。
>>67様
伝えたい感謝は一杯ありますが、長すぎて無駄にコメント欄を縦長にしてしまうのもアレなので一言で。
お読み下さって、本当に有難う御座いました。
>>77様
\まじで!/
誰かに驚きと感動を与えられる書き手になりたいものです。頑張ります。
>>85様
そして俺得。拙者によーし貴公によーし!
悪魔のクセに優しくてちっとも悪魔らしくない、それも彼女が小悪魔たる所以なのかも知れません。可愛い。
今更コメントなんて思われるかもしれませんが、すいません。そそわ初心者なので・・・
やっぱり小悪魔は優しいのが一番いいですね