Coolier - 新生・東方創想話

Level0 『姦しい騒霊を撮影せよ』

2010/04/21 23:28:47
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「取材、ね……」
「ええ。今回は特に『音の幽霊』を主題にしたいと考えています」


 幻想郷のとある廃洋館。
 そこを尋ねてきたのは、屈託のない笑顔を浮かべた鴉天狗が一羽。
 住人である姉妹はきょとんとした表情を浮かべながら、応対にあたっている。
 洋館の応接室で文の相手をしているのは、騒霊三姉妹の長女と三女だ。

「話をするのは構わないけれど……」
 特に面倒がるでもなく、ルナサがポツリとそう返事をする。
 隣に座っていたリリカはというと、その台詞を聞いて若干だけ嫌そうに眉をひそめた。
「話すっても、何をさ? 音の幽霊、そのままの意味じゃん。死んだ音のことだよ」
 途中から文の方へと向き直り、非常に簡潔な説明を付け加えた。
 文とて、以前三姉妹の記事を書いた際、その辺りの話は聞き齧っている。
「前にもチラッと話題に上りましたよね。後で少し調べまして、疑問点を挙げてきています」
 聞きたいことについて質問を重ねていけば、聞かれるほうも話しやすいだろう。
 文の考えに誤りがある場合は、その場で訂正もしてもらえる筈。
 非常に真っ当な質疑応答を展開する準備は、抜かりなく整っているのである。

「それで、どんな事を聞きたいの?」
 用意してきた質問を聞こうと、ルナサが促した。
 リリカも音について語るとなると真剣さを帯び、真っ直ぐに文を見詰めている。
「あ、質問の前に一つ良いでしょうか」
 が、帰ってきたのは質問事項ではなく別のお願いだった。
 姉妹は一旦顔を見合わせてから、一つ頷いて視線を戻す。
 文は愛用のカメラを片手で持ち上げて、愛想良く微笑んで答えた。
「先に撮影させて下さい。質問内容に関わる新たな事柄も見えてくるかも知れませんし」
「別に良いけど……私達の写真を撮るの?」
「楽器弾いてるポーズとか取った方がいい?」
 姉妹それぞれの反応を前に、文が真面目な顔になる。
 そして、可能であればで良いのですが、と前置きしてから続けた。
「主題通り『音の幽霊』を撮りたいんです!」
 ルナサとリリカは、改めて顔を見合わせる。しかし互いに言葉はない。
 姉妹同士の意思の疎通がどうなっているのかは、文には想像するしか出来なかった。

「写真にするなら、弾幕状になった音を拾うのが一番手っ取り早いかな」
 不意に、リリカが文のほうをみてそう言った。
 もしや難しいかとも考えていただけに、文にとってこの答えは嬉しいものだ。
「それなら、早速スペルカード戦を」
 そわそわとカメラの準備をしだす文。
 しかし、ルナサが静かに言葉を被せた。
「でも今は無理よ。メルランが居ないわ」

 それを聞いた文は、手を止めて少しだけ考え込んだ。
 三姉妹揃っての合奏ももちろん撮影したいが、それはそれである。
 それぞれのソロ演奏、それに伴う『音』について取材を進めるのもまた良し。
「合奏は後日で構いません。今日はお二人のソロについて」
「あー、それ止めたほうが良い」
 割って入ったのはリリカである。何故止めたのかは、文にも分かってはいた。
 文自身、身をもって『音』を受け止めた際の影響を知っていたからだ。
 メルランのソロライブを見に行った時、テンションがおかしくなったことがあった。
 躁状態になるメルランの演奏。それに対し、ルナサの演奏は鬱状態を引き起こすという。
 いつか聞いた話を思い返しながらも、文は強い意志をもって姉妹を見据えた。

「ええ。分かった上でお願いしています。貴女達の『音』、撮影させてくださいっ!」





 ところ変わって、廃洋館上空。
 姉妹の誘導について屋外へ出た文は、カメラを構えてルナサと向き合った。
 リリカは洋館の屋根に腰を下ろし、キーボードの調整をしながら二人を見上げている。

「まずはお姉さんからですか。よろしくお願いします!」
「気は進まないけれど……やるからには全力で演奏するわ」

 愛用のバイオリンを傍らに従わせて、ルナサがスペルカードを手にする。
 聞こえてくる美しい旋律。辺りに展開されていく霊力。
 ルナサの『ストラディヴァリウス』が音を生み、そして弾幕を形成する。
 カメラに『音』を収めるには、確かに都合の良い状態といえるだろう。

「これがルナサさんの音……成る程、心地良い」
 襲い来る弾幕を回避し、フィルムの装填を急ぐ。
 いつも以上に心が落ち着く感覚を覚えた文は、回避行動の精密さをさらに増している。
 ただでさえ弾幕回避技術の高い鴉天狗が、更にその能力を研ぎ澄ませているのだ。
 そこに回避できない弾など、もはや数える程度しか存在しないだろう。
 最低限の動きで弾幕を掻い潜り、被写体との距離を測り、そしてシャッターを切る。
 冷静沈着なその動きは全く危なげなく、機械的ですらあった。

 一枚、二枚、三枚。

 順調にルナサの写真を撮り進めていた文だったのだが。
 四枚目のフィルム装填を始めた辺りから、その動きがぎこちなくなり始めた。
 弾はなんとか避け続けているが、撮影準備に明らかな遅れが出ている。
 本来であれば既に五枚目の準備に取り掛かっていそうなものだというのに、
 文は未だにグズグズと、四枚目のフィルムを巻き続けていた。

「あぁ。やっぱりこうなったか」
 弾幕展開と演奏を維持しつつ、ルナサが小さな溜め息を吐いた。
 下から見上げているリリカが、何かを叫んでいる。
 大音量の演奏が空に響き渡っていて二人の耳にはあまり聞こえて来なかったが、
 恐らくは現状の文が普通じゃないのを見て、警告を発しているのだろう。
 弾幕戦を展開しているルナサにとっては、文は目の前だ。
 その姿はハッキリと見えている。いじけたようにカメラをグニグニする姿が。
 俯いてしまって、もはやルナサの方など微塵も見ていない。
 近付く弾幕だけは何とか捌いているが、それも長くは続くまい。
 見たところ、防御用の障壁も何もかもが消え去ってしまっている。
 もしこのまま被弾などすれば、どうなるか分かったものではない。

 潮時と判断し、ルナサはスペルカード展開を取り止める。
 楽器から奏でられていた音色は止み、伴って弾幕の形成も行われなくなった。
 空に残ったのは、楽器を労わる様に手に取るルナサと、抜け殻のような文だけ。

「……この記事書いたら、誰か読んでくれるのかな……」

 リリカが二人の元に飛んできて、面倒臭そうに文を見やった。
 何やら自信喪失した様子の文が、カメラや手帳に視線を落としてブツブツ呟いている。
「うわ、これは想像以上に鬱陶しい」
「そう言わないであげなさい、リリカ」
 あまりに予想通りの結果に呆れ顔の姉妹。
 このまま放置も出来ない為、洋館に引っ張り込んで椅子に座らせて置くことにする。

「……私の新聞って……必要だって言ってくれる人……居るのかなぁ……」

 この後メルランが帰ってくるまでの間、文はずっと悲しそうに目を伏せ続けたのだった。





 §





「取材? 私に?」
「そう。どうせ直接取材するなら、有名人の方が良いかなーと思って」


 同時刻、幻想郷上空。
 廃洋館へ向かおうと考えていたはたては、途中にメルランを見つけて話しかけていた。
 どうやら、朝一番の冥界ソロライブを終え、これから帰るところだったらしい。
 もともとプリズムリバー三姉妹への取材を検討していた為、
 はたてはメルランにくっ付いて、話をしながら廃洋館まで行くことに決めた。
 先に姉妹のうち一人でも口説いておけば、多忙な彼女らとのアポにもなる筈である。
 折角、念写のみの新聞から脱却して直接取材で記事を書くと決めたのだ。
 三姉妹のような名の知れた相手を選べば、自然と力も入るだろうと思っての行動だった。

「いいよ。鴉の取材はこれで二度目ね」
 メルランの言葉に、はたての目が少しだけ細まった。
 相手は有名人とはいえ、天狗ではない。
 山を飛び出して直接取材をする鴉天狗など、はたての知る限りは一人しか居なかった。

 はたてがライバル意識を持つ前からも、文の新聞は大量に発行されている。
 それら全てに目を通している訳でもなく、三姉妹が既に取材済みなのは初耳だった。
 これから過去の記事、ましてや文の記事を探すのも何だか悔しかったはたては、
 記事が被らないよう文の取材内容も一緒に聞きだしてしまおうと考えた。

「その時は、どんな話を?」
「そうね。なんで私がソロライブやってるのかって話だったかな」
「ちなみに、他の姉妹の人たちも取材受けたりしてた?」
「してたんじゃない?」

 なぜ最後が疑問形だったのかは分からなかったが、どうやらそういうことらしい。
 前回の取材についての詳しい話は、三姉妹が揃ってからも聞いてみる必要がありそうだ。
 しかしメルラン自身の記事については、ライブについての話だという。
 であれば、もっと個人の能力に踏み込んだ記事を書けば良いのではないか。
 はたてはそこまで考えると、思ったままを口にした。

「ねぇ、貴女の出す『音』について詳しく教えて欲しいんだけど」
 隣を飛ぶメルランの袖をちょいちょいと引っ張って、二人揃って空中で停止する。
「私の音? うん、聴きたいのなら今ここで聴かせてあげるわよ」
 周りを回っていたトランペットが、静かにメルランの傍へ移動した。
 ふぉん、と不思議な音が響き、メルランは満面の笑顔ではたての回答を待つ。

 騒霊の演奏。自分の耳で受け止めてみるのも、念写では成し得ない直接取材だ。
「それじゃあ、その厚意に甘えようかしら。貴女の『音』、撮らせてもらうわね」
 はたては演奏の様子を収めようと、カメラにを手に取った。
 しかしメルランはすぐには演奏を始めず、不思議そうに首を傾げている。
「私の『音』を、撮る? 音は写真には写らな……」
 そこまで言いかけてからパッと笑顔になり、両手をぽむと合わせてこう続けた。

「あぁ! 音を弾幕状にして見せて欲しいってことね、りょうかい~♪」

 一人で勝手に納得し、スペルカードを手に取るメルラン。
「え、なに、スペルカードっ?」
 はたてとしては、そんな直接的な意味で言った訳ではもちろん無かったのだが。
 既にカード宣言を終えて弾幕展開する気満々のメルランを前にしては、
 満足な弁解をする暇など、あるはずもなかった。

 辺りを包み込む軽快な旋律。スペル展開が完了した証拠だ。
 メルランが奏でる『ゴーストクリフォード』が、耳の奥や心の中に壮大に響き渡った。
 はたてはどうしてこうなったのか分からないながらも、カメラを構え取材戦を開始する。
 これも念写では味わえない直接取材の醍醐味なのかと、少しだけ気が遠くなった。

「あ、凄い。なんていうか、気持ちいい音」
 想定外だったとはいえ、そこは鴉天狗。
 弾幕回避となればきっちり頭を切り替えて、その能力を遺憾無く発揮して対応する。
 ソロトランペットが鳴り響く空の下、はたての心はどんどん高揚していった。
 今、自らが向き合っている取材という行動は、仕事でもあり極上の娯楽でもある。
 それを余すところ無く全身で感じ、没頭している充足感。
 弾幕をすり抜ける感触に胸が躍り、はたての口元には自然と笑みが浮かんでいた。
 演奏に耳を傾けながら、大胆に攻撃の隙間を抜け、そしてシャッターを切る。

 一枚、二枚、三枚。

 メルラン自身と彼女の『音』を次々と写真に収め、そして四枚目を狙う。
 はたての軌道はだんだん大胆になっていた。疾走する旋律と共に、ただ空を翔ける。
「このリズム、このテンポ! あっはは、私の写真で伝わるかな! ふふふふっ!」
 ぐん、とメルランに突撃するかのような急接近。
 旋律に身を任せ、ひしめく弾を突き破って、演奏するメルランを絶好の場所から撮る。
 アングルも、周囲に展開された『音』も、素晴らしいものが撮れた筈だ。
 その自信は十二分にあるものの、まだはたての心は満たされない。
 この雰囲気全てを読者に伝えるには足りないとばかりに、はたては更に移動する。

「いーえ、伝えてみせるんだから! 私の写真で、私の記事で! 私頑張るー!」

 そう、高らかに叫んだ直後。
 旋律に乗って流れてきた弾幕が、波となってはたてに襲い掛かる。
 しかしはたての目指す場所はただ一つ、最も輝くメルランを撮影できる場所。
 そこに辿り着くまでは、何人たりとも彼女を止める事など、出来はしないのだ。

 響き渡る気持ちの良い音楽に、変な音が混ざった。
 自分の演奏に混じる異音に気付いたメルランが、不満げに目を開く。
 そのとき彼女の目に入ったのは、ボロボロに被弾して墜落しかけた鴉天狗の姿。
 スペルを解除したメルランが咄嗟に支えると同時、くてんと力なく気を失ってしまう。

「あちゃあ……どうしよコレ。とりあえず妖怪の山に届ければ良いのかしら」

 はたてのカメラが五枚目のシャッターを切る瞬間は、残念ながら訪れないまま終わった。





 §





 明けて翌日の午後、妖怪の山 はたて宅。

「はたて、はたて!」
 突然、仏頂面の文が扉を乱暴に押し開けて部屋へと上がりこんでくる。
 はたてはというと、本日はまだ布団から起き上がっていなかった。
 昨日の被弾と慣れない躁状態、さらに数日間張り切っていた取材疲れ。
 思いのほか疲れていたようで、たまの寝坊を満喫していたところだった。
「あによぅー、うっさいなぁー……」
 安眠妨害の外敵をみとめ、のろのろと布団から起き上がるはたて。
 寝惚け眼をごしごし擦ってから、じっとりと文を睨み付ける。
「いつまで寝てるの! あぁもうホラ、お客さんが来たのに寝間着だし髪の毛ボサボサだし!」
「あんたなんか客じゃないわよーだ……ふぁぁ」
 割といつも通りの言い合いを交わしてから、文ははたての隣にちょこんと座り込む。
 そして『そんなことはさておき』と、先までのやり取りを横において早速本題へと移った。
「プリズムリバー三姉妹のことだけど。なんではたてが取材に行ってるのよ」
「え? だって、有名人の記事って書いてみたいし」
 徐々に意識が覚醒してきたのか、受け答えがハキハキし始める。
 その口調には、過去に取材を済ませたという文へのライバル意識が見え隠れしていた。
 対する文は、最初からずっと仏頂面のまま。明らかに不満を感じている様子である。
「そりゃあ、取材は自由であるべきだし、差し止める事も出来ないけど……」
 自分に言い聞かせるかのようにそう言って、けど、と言葉を続けた。
「なにも、同じ日に同じ相手を選ばなくたって良いじゃない」

「え? 同じって、もしかして文も取材に出てたの?」
「え? 私へのあてつけでやったんじゃなかったの?」

 三姉妹への取材は、お互いがそれぞれ勝手に行ったものである。
 文は廃洋館へ赴いて非番の長女と三女に会い、はたては外で仕事帰りの次女に会った。

 メルランに敗れたはたては妖怪の山に送り届けられ、昨日一日は休養して過ごした。
 被弾のショックもあって躁状態からは自力で脱出したが、疲れが抜けず眠り続け、今に至る。

 ルナサに敗れた文は洋館に帰宅したメルランの助けを得て、鬱状態から立ち直った。
 しかし、テンションを強制的、かつ急激に調節した為、若干情緒不安定になってしまった。
 これでは取材内容に変な影響が出かねないと、一時中断を申し入れそのまま帰還したのだ。
 その帰り際に、はたての取材を受けたと聞いたため、こうして顔を出したという訳である。


 互いの取材について情報を交換した二人は、揃って難しい顔をしていた。
「『音』の撮影、いいところまではいったんだけどなぁ」
「私だって。途中からハイテンションが過ぎてあんまり覚えてないけど」
 二人揃って、ソロ演奏の『音』の撮影に失敗していたのだ。
 精神に大きな影響を及ぼす力ゆえに、完全発動した状態での撮影は厳しいものがある。
 自らも弾幕やスペルを展開しさえすれば、霊力同士が相殺を起こして一種の防壁と化し、
 一戦終える間くらいは精神への影響を抑えられる筈なのだが。
 しかし今回は撮影戦。自らの弾幕が写り込んでしまっては意味がない。
「霊力の影響を受けないよう注意はしてたのに、最後まで持たなかったわ」
「鬱にしても躁にしても、いき過ぎると自由に動けなくなるのねー」
 どんなに精神力で抵抗しようとしても、響き渡る『音』に抗うには限界がある。
 文もはたても、ルナサやメルランのソロ演奏にはそう長く耐えられない。
 先の敗戦から判明したのは、そんな無常な結論だけである。

「……でさー。文はどうするの、これから?」
 布団の上に座ったまま、カメラを操作し始めるはたて。
「そうね、どうしようかな……うわ、素敵な写真」
 はたての背後に回って、肩越しに文もカメラを覗き込む。
 そこにはメルランの写真が数枚収められていたが、なかなか酷い有様だった。
 撮った時は全く気にならなかったのだが、かなりブレているのである。
 これもひとえに、上がりに上がったテンションの所為だろう。
「もっかい取材するにしても撮り直しだねー、これは」
 落胆した様子で、諦めたようにカメラを置く。
 文は苦笑して、傍らにあった櫛を拾い上げてはたての髪を梳いた。
 一瞬驚いたはたてだったが、特に拒むでもなくぼぅっと前を見る。

「私は、もう一回挑戦するわよ?」
 はたての髪を弄りながら、文がポツリと呟く。
 それを聞いたはたても、ほんの小さく頷くことで応えた。
「でもただ行ったんじゃ同じ轍を踏むわ、何か考えないと」
「そうねー。何とかきっちり撮り切れるまで耐える、か……」
 はたての発言を最後に、二人ともなにも言わなくなった。

 しかしそれも少しの間だけ。
 考えに詰まった時でも、意見交換から活路を見出せることは多い。
「そういえば、リリカさんの演奏だけはソロで聴いても大丈夫なのよねぇ」
「そっちを先に撮らせて貰ったところで、あとの二人で躓くってば」
 お互い今だけは、ライバル意識よりも記者仲間としての意識のほうが高まっていた。
「それはそうだけど。影響を無くそうと思うと、あとは合奏して貰うくらいしか」
「でも、ソロはソロ、合奏は合奏でしょ? 『音』の質も変わってくるんじゃないの?」
「うん、その辺りを体感する為にソロも撮りたいのよね……よし、出来た」
 はたての髪を結い終わり、満足げに頷く文。
 すぐさま結い目に手を添えて、はたては『んー』と唸った。
「ソロ演奏を同時にやってもらうとかどうかな。えい」
 たったいま結ったばかりの髪が、はたて自身の手ではらりと解かれた。
「あっ、人が折角……」
「結ぶ位置がしっくり来なかったの。やっぱ自分でやるに限るね、こればっかりは」
 少しだけ悲しそうにした文だったが、すぐさま気を取り直して答える。
「むぅ……ソロ演奏同時って結局は合奏じゃない、それ?」
「そうかなー。『音』が混ざったら訳分かんないかもだけど、形式は弾幕でしょ?」
「弾幕さえ混ざらなければいいってこと?」
「どうだろ。とりあえず、顔洗ってくるねー」
 自分で髪を結び終わったはたてが、そう言いながら立ち上がった。
 顔を洗いに行ったはたてを見送りつつ、文は腕を組んで考えを巡らせる。

「わざわざ『音』を弾幕状に見せてくれている……うん、確かに……」
 写真撮影で残るのは、悲しいかなその場の視覚情報だけである。
 演奏そのものを写真に収めることは不可能だからこそ、弾幕として披露してもらっている。
 確かに『音』としての本質は、演奏そのものと弾幕、両方を合わせてこそだ。
 しかし残せるのはあくまで弾幕と演奏者の姿のみ。となれば、妥協もやむなしか。

「はたてー、聞いて聞いてー」
「んー? ぁにぉー?」

 歯を磨くはたての後ろに駆け寄って、文が一つの提案をする。
 説明を一つ一つ飲み込んで、はたてはこくこくと相槌を打った。
「どうせ手詰まりだしね。やってみよっか、それ」
「そう来なくっちゃ。はたての再取材はいつの予定?」
 自分の手帳を開いて、はたての予定を確認する文。
 はたてはやや言い辛そうにしながら、決める前に帰ってきたから、と答えた。
 メルランに負けてそのまま山まで強制送還されたので、今後の予定は立っていない。
「あぁ……そうだったわね」
「そういう文はどうなのよ」
 はたての予想通りの切り返しに、文は手帳を振って笑顔を浮かべた。
「今日これから、三姉妹のお仕事終了後。写真はおいといて、お話だけはと思ってね」
 ソロ演奏攻略の目処は立っていなかったものの、用意した質問は残っている。
 最悪の場合は、写真無しで記事を書くことすら考えていたくらいだった。
「げ、これから? なら行く、私も行く!」
 予想外の強行スケジュールに、慌ててカメラを拾い上げるはたて。
「勿論そのつもりだって。今日は頼むわよ、はたて」
「頼まれたわ。文こそしっかりねー、直接取材暦長いんだから」
 はたてはそう返すと、必要な取材道具を手に取りつつ家を出ようとする。
 が、文がその腕を掴んで引っ張った。
「え、なに? これから行くんじゃなかったの?」
 てっきりこのまま出発するものだと思っていたはたてが、くるりと振り返ると。
 完全に呆れたような表情の文が、ぴっと指差して忠告をした。

「寝間着」
「あぅ……」

 いそいそと着替え始めるはたてを見て、密かに『頼りないなぁ』と呟く文だった。





 §





「それでは、お願いしますッ!」
「スペルカード発動、よろしくー!」

 同日、廃洋館上空。
 演奏準備を終えた三姉妹に向かって、文とはたてが揃って声をかけた。
 ルナサ、メルラン、リリカの三人は今、巨大な三角形を描くように展開している。
 互いのスペルカードによる弾幕が干渉しない、ギリギリの位置である。
 その三角形のほぼ中心で、二羽の鴉天狗はカメラを構えて取材開始を待ち構えた。

「まさか、こんな要求をされるとはね」
 ルナサがすっと瞳を閉じ、『ストラディヴァリウス』が音楽を生み出す。
「うーん。『ソロ』での『同時演奏』なんて、初めてかも知れないわ」
 メルランが楽しげにトランペットを構え、『ゴーストクリフォード』が響き渡る。
「無茶するなぁ。まぁ好きなだけ聞いていけば良いよ、どうなるか分かんないけどさ」
 リリカがキーボードに手を添え、『ベーゼンドルファー神奏』を奏で始める。


 三方向から同時に迫り来る『音』の波。形成される激しい弾幕。
 今回の撮影対象は、この弾幕状になった『音』。
 霊力の制御によって、弾幕同士が干渉しない様に射程調整をして貰っている為、
 撮影のアングルにさえ気を付けることで『ソロ』状態の写真が撮れる筈である。
 あくまで見かけ上の話ではあるが、撮影しきる事を考えた結果こうするしかなかった。


「まずは例の確認からね。行くわよはたて!」
「うん。文の仮説が正しいことを祈ってるわ」
 三人のスペルカード展開を確認してから、文とはたては同時に飛び出した。
 まずは三角形の頂点の一つ、リリカに向かってである。
 弾幕は互いに干渉しないため、リリカに近付けばリリカの弾幕のみに集中出来る。

 リリカの姿を数枚撮影しながら、文は不敵な笑みを浮かべた。
「思ったとおり! リリカさんにくっ付けば、ひとまず平気!」
 先日にルナサの演奏を聴いたときのような、妙な冷静さが感じられなかったのだ。
 隣のはたても同じ感想を抱いたらしく、一瞬だけ文にアイコンタクトを送る。
 文は頷くと、キーボードを叩くリリカから視線を外して後方へ飛び去った。
 はたてもそれに続き、リリカの弾幕から一気に抜け出してゆく。


 旋律というものは弾幕と違い、射程制限など出来るものではない。
 三姉妹がそれぞれソロ演奏をしても、一定の場所でぶつかり合ってしまう。
 すると音が重なる場所はある種の合奏状態となり、精神影響の仕方が変化するのだ。
 特にリリカの旋律の影響範囲においては、幻想の音による調和が取れている為に
 精神への影響を限りなくゼロに近付ける事が出来るのである。

 これが文の立てた仮説だった。
 つまりは、リリカの影響範囲がそのまま精神影響の避難場所となるということだ。
 一つ問題を挙げるとすれば、弾幕状になるほど霊力を高められた旋律というものは、
 それと同等の大きさの霊力を持つ旋律でなければ効果の干渉が望めないという点である。
 故に三姉妹の演奏はそれぞれが弾幕を生み、それらを一度に相手取らなければならなくなる。
 だが、撮影戦を行う鴉天狗たちにとっては弾幕回避はいわば十八番芸。
 躁鬱を抑えつつ撮影戦を継続できるのであれば、試してみる価値のある作戦と言えた。


 文とはたてが、別々の頂点に向けて二手に分かれた。
 文はルナサの元へ、はたてはメルランの元へ。
 いつも通りに弾幕を回避し、いつも通りに撮影を行う。
 あとは躁鬱に呑まれて引き際の判断さえ誤らなければいい。
 スペルカード三枚同時発動に対応する為の、異例の共同取材。
 そんな珍しいケースに当たった三姉妹は、幸運なのか不運なのか。



 撮影戦は続く。
 文、はたて共に、数枚の写真を撮った辺りで動きを変えた。
 そろそろ精神への影響が無視できない段階になっている。
 何とか判断が付くうちに、二羽は揃ってリリカの弾幕へと突っ込んで行った。
 文はじりじりと、弾幕のふちをなぞるように。
 はたては物凄い勢いで、弾幕の間を駆け抜けるように。
 リリカの弾幕に晒されながら、文とはたてが隣に並ぶ。

「ねぇ、はたて……これ記事にしたらさ、誰か喜んでくれるのかな……」
「当ったり前じゃない! 少なくとも一緒に書く私は喜ぶ! うん!」
「そっか……無駄……とかじゃ、ないよね? ね?」
「大丈夫! 文さぁ、もっと自信持ちなって! さ、取材続けるよー!」

 とてつもない温度差だが、これくらいの影響は想定の範囲内である。
 弾幕回避が出来て、取り決めた作戦を忘れさえしなければ上出来なのだ。
 取材続行可能かどうかは、リリカの弾幕を避けられるかどうかで判断できる。
 もしも、ここでまともに立ち回れないようなことがあれば、
 ルナサやメルランの弾幕から抜けてきたのは幸運だったというだけ。
 リリカの撮影を間に挟む事で、お互いの無事を確認するのだ。

「あーやー! いける? いけるよねっ? あはははっ、ほらほら行くよーッ!」
「えっ……? あぁ、うん、いく……」

 しばらくリリカに張り付いて撮影を続行した後、また二羽の動きが変わる。
 ゆっくりとメルランに迫ってゆく文、あっという間にルナサへ突撃していくはたて。
 ここからまた、しばらくは撮影に専念する事になる。
 躁鬱の状態が均衡を取り戻すまで、弾幕を避けつつ演奏に心を掻き乱され続ける。
 振り切れないうちに再びリリカの弾幕に飛び込んで、あとはその繰り返しだ。


「うふふっ、やったやった! 私たちの作戦勝ちよこれ!」
「そうねー……文って何だかんだで凄いよねー……念写頼みだった私と違ってさー……」
「なーに言ってるの! はたては出来る子よ、私知ってる! 今だって立派に取材できてるしねっ」
「……そう? 私、ちゃんと出来てるかな?」

 リリカの元に戻った二人が、また妙な温度差で言葉を交わしている。
 その動き方も、先ほどまでとはまるで正反対。躁鬱が入れ替わった所為だろう。
 弾幕回避も上手く行っているし、撮影も順調だ。見る見るうちにフィルムが減っていく。
 精神状態も会話が出来る程度まで影響を抑えられている。まさに作戦通りである。

「自分を信じて、ついでに私も信じなさい! レッツゴーはたてっ!」
「信じる……私、文……うん、信じる……」




 躁状態と鬱状態を幾度と無く繰り返しながら、撮影は更に進められた。
 頑張った甲斐あって、とうとうスペルの耐久力を削りきる時がやってくる。
 ルナサとメルランに、文とはたてのカメラが迫り、演奏にシャッター音が混じった。

「撮った……っ!」
「さぁ仕上げよッ」

 同時に振り返って、残るリリカに急接近する。
 二人分の演奏が消えて、少しだけ静かになった空に響く幻想の音。
 程なく重なった二つのシャッター音と共に、その旋律も儚く消えていく。
 無事に三枚のソロスペルを撮りきった文とはたて。
 三姉妹はそんな彼女らを見つめて、音も無く集合した。

「お疲れのようね。あの酷い音の中じゃ無理もないけど」
「あははっ。ソロを合わせるってのは、やっぱ音楽としてはナシね!」
「あんな演奏じゃ満足できる訳ないじゃん? あんたらだってそうでしょ?」

 示し合わせたように、再び掲げられるスペルカード。
 彼女らの周りを回る楽器が、先ほどまでとは全く異なる旋律を奏で始める。
 それは見事に調和の取れた、まさに合奏と呼ぶに相応しい『音』。
 頼まれたからやったものの、三姉妹にとって先の演奏は不本意でしかなかったらしい。
 思わぬ連続取材の敢行が確定した瞬間に、文が情けない声を上げた。

「……はたてぇ~」
「むしろ望むところよー!」

 若干躁状態のはたてがさっさと覚悟を決め、軽く鬱状態の文も諦めたようにカメラを構える。
 それを見計らったかのように、『霊車コンチェルトグロッソ』が文とはたての心を包み込んだ。





 §





 後日、廃洋館。
 ソロライブから帰って部屋に入ったメルランは、姉の姿を見つけた。
 その手には見慣れない紙の束が握られている。
「ただいま、姉さん。それ何?」
「おかえり。鴉天狗の新聞よ、この間のが記事になったからって」
「そっか。マメだねぇ、鴉って」
 メルランは納得したように頷いた。
 いつだったか、前に一度記事が書かれた時も、律儀に配達されたものだ。

 続いて、部屋の奥に妹の姿も発見する。そちらもやはり、紙の束を持っていた。
「で、そっちでリリカが読んでるのは?」
「鴉天狗の新聞よ、この間のが記事になったからって」
 数秒前のルナサと全く同じ台詞を言いながら、リリカはそれをメルランに手渡した。
 何故か新聞が二部あるのだが、メルランは特に気にもせずに記事に目を通した。
「ふーん、へぇー。あぁ、こうやって受け取ったかー」
 理解しているのかいないのか、しきりに頷きながら読み進めるメルラン。
 その傍らで、ルナサは読み終わった新聞を机に置いて一息ついた。
「私たちの考え方は尊重されてるし、特に問題ないんじゃないかしら」
「でもさぁ。『合奏以外は聴かないほうが良いかも』の一文はやっぱムカつく」
 いつか見たフレーズが再び書かれた不満に、リリカが口を尖らせる。
「まぁ……ある意味では事実ではあるし」
「それは姉さんたちだけでしょ。一緒くたにされる私が可哀想!」
 いきり立つリリカを宥めるルナサの横で、メルランがある事に気付いた。

「……あれ? こっちとそっちの新聞、ちょっと違う?」

 メルランの手元にある新聞には、大きく『文々。新聞』と書かれている。
 それに対し、机の上にある新聞には『花果子念報』と名前が付いていた。
 よく見比べてみても、題名以外には違いはない。三姉妹の記事の内容も一緒だ。
 発行者の部分にも『射命丸 文 姫海棠 はたて 共著』とあり、ここも同じである。

「どういうこと?」
「記事を共同著述したまでは良かったけど、どう発行するかで揉めたんですって」
「で、散々言い争った果てに、それぞれ自分の新聞として発行したんだってさ」
「うわぁ、無意味ー」

 落としどころを盛大に間違っていることに冷ややかな突っ込みを入れつつ、
 三姉妹は揃って、取材の時に頑張っていた鴉天狗たちの姿を思い出す。
「仲が良いんだか悪いんだか……ね」
 そう呟いたルナサに、リリカが淡々と返す。
「良いんじゃないの。仲悪かったら、あんな風につるまないって」
 それもそうね、と頷く姉を見て、メルランは新聞を机に放り投げた。
「一緒になってこんなの作ってるんだから、きっと彼女らもハッピーなのよ」
 無理矢理纏められた結論に、ルナサとリリカが苦笑する。


 机の上に並んだ『文々。新聞』と『花果子念報』。
 その紙束は、新聞作りを楽しむ文とはたての姿がありありと想像できるものだった。
文:108 Sceneクリア(SPOILER込み) はたて:99 Sceneクリア

以上の条件を満たせば『Level号外』が出現する。
というガセネタを教えてもらったので、全力で攻略に取り組んでいます。
両者ともに、70 Sceneくらいの状態で詰まっていますが私は本気です。

みなみつおねえちゃんのディープシンカーに死ぬほど苦しんだのは私だけで良い。


>仮名。様(コメント28番)
 ご指摘ありがとうございます。反応が途轍もなく遅れてしまい申し訳ありません。
 執筆当時は、そういった演奏の相殺についての考えが抜けておりました。
 遅くなってしまいましたが、私の想定した相殺設定を本文中に反映させて頂きます。
 (『同程度の霊力が込められていなければ精神影響の相殺も発生しない』という点)
風流
http://www.geocities.jp/kazeru_ss/index
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コメント



0.980簡易評価
2.90名前が無い程度の能力削除
残ったLevel0 は幽香りんのみ!それとも大ちゃんや小悪魔、リリーもいってしまうか!?
次のタイトルにも期待してます。
7.90名前が無い程度の能力削除
まさか続きが読めるとは思わなかった!楽しませていただきました。
次回も期待しております。
13.100名前が無い程度の能力削除
連載ものを見ているような楽しさと期待。
鴉二人組……ええっすなw
17.100名前が無い程度の能力削除
三姉妹の『音』を弾幕という形で撮影って発想が素敵ですねぇw
きっと、とてもキレイな写真が撮れたんだろうなー。
なんだかんだ言っても、三姉妹は4面ボスだから弾幕もそれなりにキツイのに、反撃できない撮影戦を挑むとは、はたても文も記者の鏡だね。
しかし恐るべきはルナサとメルラン!!
精神攻撃の厄介さと迷惑さ加減は幻想郷一www

楽しい作品を有り難うございました!
18.100名前が無い程度の能力削除
ルナサ最強説を打ち上げる。
Level0に外の世界の大学生が出るという噂を聞いたのですが。
23.無評価名前が無い程度の能力削除
タイトルが好き
内容も好き
24.80ずわいがに削除
面倒くせぇけど、一生懸命な天狗どもだなぁw
ま、これからも頑張んな!

え、俺?ノーマルシューターは指を咥えて見てるだけですが……な に か ?
28.無評価仮名。削除
あの、別に三人全員が弾幕演奏オンリーにしなくても良いのでは?一人弾幕+二人が普通の音演奏。ならば攻略が楽になると思います。音そのものに含まれる効果なわけで、見えない音のみ=見えない音+見える弾幕=同値の効果。の可能性が。つまり、メルランの見える弾幕を取材する時にルナサに弾幕無しで演奏してもらえば効果は中和されて、一人分のソロ弾幕が精神効果無し、つまり普通の弾幕として撮影できます。効果についての推測が当たってる設定ならですが。
夜雀の話と同じく後から気付く描写を挿れることも出来ると思います。ご参考になれば幸です。