<ナレーション(若本声がいいなぁ)>
アリス率いる人形軍、総兵力6500。その大軍勢が遥か前方に臨むは
月の門閥貴族八意永琳の命により移動を開始した、巨大な岩塊を改造して建造された偽月要塞
“ エーリンブルグ ”
全長数キロメートルにも及ぶ、鋼鉄で出来た城壁の如き威容は
マーガトロイド人形艦隊を構成する一メートルにも満たない兵士たちを嘲弄するかのように
その圧倒的質量を背景に悠々と前進し、青き清浄なる惑星を目指す。
「―――永琳! あんたちょっとセコイよ!」
卑劣なまでの戦力差に激昂したアリスの一言。
されど、自律航行プログラムで稼動する鋼鉄の要塞はなにも語らない。
血の通わぬ人工無能が求めしは……要塞本体による
“ コロニー落とし ”
そうはさせじと、三方向から要塞を押し包むように展開していく――アリス、蓬莱、上海の人形軍三提督。
果たして、彼女たちは幻想郷を永琳の魔手から護りきることが出来るのか?
永琳諸共に、大気圏へと突入していく魔理沙の秘策とは、これ如何に?
否、そもそも彼女に出番は在るのか?
真の満月は、ただ―――我関せずと、生暖かく微笑むのみ。
新たなる東方の歴史が、また一ページ。
BGM~ グスタフ・マーラー作曲「交響曲第6番イ短調」
――――――ギャラルホルンは、鳴らされた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
……
……
……
機先を制し、真っ先に仕掛けたのは、部下たちの信任厚い義将、蓬莱人形率いる射撃特化部隊『ガン・ホー・ガンズ』
―――………!!
ドイツ語で「撃て」という意味合いの念と共に、蓬莱人形の右手が勢い良く振り下ろされた。
それを合図に右翼の集団2000は要塞を半包囲するように展開し、チクチクと相手の自動防衛機能――岩面に無数に配備された埋設砲台へと少しでも有効な損耗を与えるべく、間断ない通常弾による弾幕を張り巡らせる。飛び交う砲弾。地表を削る小爆発の連鎖。威力こそ少ないものの、幾重にも張り巡らされた重厚な弾幕は、地道に着実にそれなりの戦果をあげてゆく。
―――………。
腕組みをしながら視線を要塞に向け、敵の一挙一足を見逃さじ、と真剣な表情で戦況を見定める蓬莱。
今のところ敵勢力の総戦力は未知数。月面に敷設された固定砲台程度の威力はさほど自軍にとって脅威ではないものの、依然楽観はできない。
なぜならいまマーガトロイド艦隊が相対せしは…あの稀代の天才発明家にして腐敗の名将。『道化師』八意永琳の残した超弩級暴走自滅機動要塞“エーリンブルグ”であるのだから。
それ程の逝かれ㌧でも電波兵器が、生半な攻撃を受けたぐらいで容易に陥落するとは思えない。案の定、今まで沈黙を守ってきた敵砲台群の無意味に未来的な砲塔がキリキリと動き出したのを、蓬莱はあらかじめ放っておいた極小監視人形『ゾナハ蟲』で確認した。
要塞上にて攻撃を感知し、敵対行動を取る人形たちに向けられる自動報復レーザー砲の斉射。それなりの出力を持つ青白い光槍が、小うるさいおもちゃの兵隊たちを射殺さん、と自動的な殺意を天空にばら撒いた。無音のレーザー光が逆回しの驟雨の如く天を裂き、幾多の光条がバラバラと明滅する。回避行動を取ろうとした人形の一団が、回頭した機体の横っ腹をバスバスと貫かれ、一瞬後に爆散した。敵プログラムは割りと本気もーどらしい。どうせぶつけるつもりの使い捨て兵器でも、防衛機構が無駄に凝っているあたり、永琳の尋常でないこだわりを感じさせる。大銀河をバックに、永琳の顔が高笑いをしているように蓬莱は感じた。
―――……。
蓬莱は自軍の損耗を避けるべく、腕組みしていた右手を引き戻し、五指を開きながらバッと横に突き出す。それを合図に軍勢は一旦散開。開いた砲列のスキマを縫うようにして、密集していた部隊を狙って放たれた幾条もの青白い光線が、目的を果たす事無く虚空へと消えていく。
―――………。(ギリ…)
今の対空砲火で何十体かの人形が蒼槍に無残に貫かれ、宙に散ってしまった。
いくら的確に下された蓬莱の防衛判断であったとはいえ、味方がまったくの無傷で勝利出来るほどこの戦争は甘くはない。
ギュッと唇を噛み締める蓬莱人形。その瞳には散っていった仲間たちへの哀悼と、大事な仲間を奪った要塞エーリンブルグ攻略に対する不退転の決意が見え隠れしていた。
心優しい彼女の深奥に燻る……激しい怒りの炎。だが努めて部下の前では平静さを失わぬように、多大な労力を自らに強いる。
ここで自分が激して冷静さを失っては幕下の砲戦隊、ひいては全マーガトロイド艦隊を窮地に陥らせることになりかねない。
優しいこころを持ちながら、情に流されぬ強さを持つアリスの軍団における双璧の片割れ――赤き聖裁――「蓬莱人形」。
彼女は決して、一時の感情で無謀な戦いを求めたりはしない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
所は変わり、アリス率いる3000体にも及ぶ、呪い人形本隊『グランギニョル・ロンド』
「――あの子たちは良くやっているみたいね。さすがだわ、蓬莱」
蓬莱率いる右翼の軍団は、相手の攻勢を流水のように受け流し、常にその場の流れに最適な陣形を編成する。
その変幻自在の戦術は、永琳の糞忌々しい砲台群に必要以上の流血を強いて、尚且つ自軍の損耗を最小限に抑えていた。
虚空に煌めく戦火の火球を横目に、アリスは両手でぱちんと頬を張り、一層の気合を入れた。
「私も負けていられないわね…と―――上海! なにやってるのよ、まだ突出してはいけないでしょうに」
さて、これより本隊を本格的に指揮しようか……という時に、左翼の上海軍団の一部が巧を焦り、まだ対空砲火の生きている要塞に強引に接近しようとしていたのが見えた。
戦端が開かれて間もないこの段階で、最後の決戦戦力、虎の子である上海軍団を無為に撃ち減らされる訳には行かないというのに。
冷静沈着で鳴る上海人形が、このような愚行を許すはずが無いのだが……。
「いったいどうしてしまったの? 上海」と内心訝しげに思いながらも、慌てて上海との緊急念話回線を開くアリス、対する上海の答えは―――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
蒼き死閃―――「上海人形」旗下、『青犬超重装猛進撃滅騎士団』
――………。
陣営の中央に位置し、気性の荒い自軍の人形たちを束ねる上海人形。
彼女は目を閉じて腕組みをし、無言で周囲の人形たちをその身から放つ冷たく強大なプレッシャーで睥睨し、いずれ遠からぬうちに来るであろう全面攻勢の時を虎視眈々と待ち続ける。
――………。
ひたすら無言で待機状態を維持する上海。
…………(ザワザワザワ)
今か今かと突入の機会を待ち続ける、血に餓えたキリングドールの一団が、一向に動こうとしない己の指揮官に不平不満をぶつける。
――………。(じろり)
……………(!!!!)
絶対零度の一瞥で、血気にはやるその者たちの心胆を凍らせしめる上海。彼女が向ける氷の眼差しを受け、配下の荒くれどもは瞬時に押し黙る。
彼女の無二の親友であり、互いに絶対の信頼を置く同僚、蓬莱人形とは違い、もともと上海は大規模な軍勢を指揮することには向いていない。
上海はどちらかといえば、単騎での魔力剣による近接戦闘、少数精鋭で行なう電撃強襲揚陸戦を得意とする。
――もっとも、得意ではないとはいえ、もともとの基本スペックが並外れて高い上海人形にとって、今回のように大規模な軍団を指揮することはさしたる困難ではなかった。だが、あまりに多い全兵団の一部過激派――およそ1500体の殺人嗜好人形の集団の外縁部では、血を見たくてウズウズした200程度のバーサークドールの一団が陣営中央に位置する上海の統制を無視し……己の殺戮衝動を我慢できずに、いまだ蓬莱軍との激しい対地対空砲火入り乱れる月面へと、雄叫びを上げて突撃しだしてしまった。
――………!(チッ)
暴走するバーサークドールどもを目で追いながら、忌々しげに舌打ちする上海。周囲で命令伝達を補助する部隊長クラスのキリングドールたちは、かの者たちを助勢すべきかどうか、自分たちが一目も二目も置く、峻厳なる提督に伺いを立てた。腕組みしながらじっと戦況を見定める上海人形。
マスター……アリス・マーガトロイドの命令は「戦力温存」。いまここで狂気に駆られた一部の人形たちを救いに全軍突撃をかましてしまったら、ここぞという時に戦力不足で泣きを見るのは明白である。そんなことになったら、他の人形たちは言うに及ばず……この命に代えても、最後まで護るべき……あの優しいマスターまで……。
――………。(ぱちん)
指を一回かき鳴らし、助勢は不要、との合図を示す上海。彼女はしばし唇に指を当て、爪を噛みながら黙考した。
きつく閉じた片瞼の裡では、ありとあらゆる葛藤が渦巻いて、彼女の澄み切った湖面のような精神をさざめかせる。
長い、長い熟慮の末――実際にはほんの数秒の後に、上海はこの状況を利したとある策略を遂行することを決断した。その恐るべき詭計を実行すべく、アリスとの念話回線を繋げる上海。その間、ちらり、と遠ざかっていく暴走集団を冷徹な表情で見届ける。
星々の輝きも届かぬ昏い虚無のなかに、暴走する人形たちを映し出すそのアイスブルーの瞳の奥には、冷たく揺らめく…壮烈な覚悟を秘めた蒼い闇が見え隠れしていた……。
――…………、………………、……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
● アリス本隊=上海分隊、通話回線。
焦りの表情で上海の軍団から突出していく一団を見据え、うーうー歯噛みするアリス。そんな彼女の元へと上海より超空間念話通信が入った。
「ちょっとちょっと! 上海、これはどういうことよ! なんであんな無謀な突撃を許しちゃったのよー!
これじゃあ私の立案した作戦がガタガタになっちゃうじゃないのっ」
――………、……。
「え……あの子たちを……ば、馬鹿言わないでよ! そんなこと出来るわけ…………無いじゃないの!!」
――……。
「そんな……確かに、ここで戦況を泥沼化して戦力を削られてしまっては、目的を果たせないけど……でもっ!いいの?
あの子たちは……訓練中、貴方が嬉しそうに「見所のある奴等だ」て、いつだか褒めていた子たちなのに……」
――……。
「――――――わかったわ。いいでしょう、上海。あのスペルコードの発動許可は、貴方に委譲します。
すべての責任は、この私が……取るわ。だから……だから、貴方が気に病むことは無いのよ?」
――…。(ふるふる)
「――ごめんね、上海。私が不甲斐ないばかりに、貴方にこんな辛い決断をさせて……本当に、ごめん…なさ、い」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
○ アリス本隊=蓬莱分隊、通話。
「―――蓬莱、状況は見ての通り。当初の予定を変更し、全力であの小集団の障害となる地上砲台を殲滅なさい。
なんとしてでも―――ひとりも犬死にさせず、あの子たちを月面に到達させるのよ」
―――………?
「どうして、あんな無謀な行動を援護するのか、ですって。ここは砲火よりあの子たちを護り、一旦下がらせるべき、か。
…正論ね。――確かに、確かにあなたの言う通りだわ、蓬莱。でもね、その心配は不要よ。これから行なうのは……」
―――…………、……?………!!
「………言わないで。分かってるわ。分かってるわよ!! この作戦が…あの子たちの信頼を裏切る最悪な行為だと言うことは。
―――でも、これは、すべて、私の一存で…決めたこと。
罪は……あの子たちの犠牲は、私、アリス・マーガトロイドがヴァルハラまで背負う。
だからお願い、蓬莱。今は……言うことを聞いて頂戴。お願い。おねがいよ……」
………
………
―――…。(こくり)
「――――――ごめん」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
† 蓬莱右翼部隊「ガン・ホー・ガンズ」
―――……、…………!!!(ザッ!)
……………!!!!!
アリスとの念話を終え“どうしてですか…アリス…”と心の奥で呟き、しばらく悲しそうに目を閉じていた蓬莱。
やがて、心を決めたのか……ゆっくりと目蓋を開き残酷な現実を見据え、猛禽の如き黄金の魔眼で月面にひしめく砲台群をキッと睨みつける。
虚空に煌めくは――迷い無き断罪者の瞳。
そしてそのまま頭上高く掲げた右手を振り下ろし、敵勢力を一撃の元に粉砕すべく、勢い良く十字を描くように薙ぎ払う。
蓬莱が下した全面攻勢の合図に、旗下の砲台人形たち2000の間を、一斉に緊張と高揚が走った。
実弾砲装備の人形たちは、弾幕モードを通常弾から大弾、リワインダー弾、など殺傷力を極限まで高めた殲滅モードに切り替える。
光学兵器搭載型は、エネルギー消費を抑えていたリミッターを一斉に解除する。
大きめの体格を持つミサイル空母的人形たちは、弾頭を通常炸薬からヤバげなアレに切り替えた。
―――……!
本気になった赤き聖裁の指揮の元、蓬莱軍は緒戦の小手調べとは一線を画した、パーフェクトな包囲殲滅陣形を取る。
神風特攻を仕掛ける小集団の道を切り開くかのように、巨大な翼を広げた大鳳のような陣形に再編された2000にも及ぶ、ほぼ無傷の砲戦部隊。
紅蓮の大鳳は、目も眩まんばかりの火力を―――月面に点在するクレータに隠れて獲物を狙う、卑劣な砲台群に集中させた。
白煙と共に唸りを上げてジグザグに突き進むミサイル群。正確な、絶え間ないフルオートでの援護射撃が魅せるオレンジ色の十字砲火、リワインダー状の火線。避ける隙間も無い大玉群。圧倒的熱量で砲台の外周ごとドロドロに融解させる純白のレーザー、加速粒子砲の光柱。
点より線。
線より面。
後先考えず、すべての火力をピンポイントに放出させた飽和攻撃。
そのオーバーキルぎみの猛攻を凌げる程の戦意も手段も、たかがプログラムで動作する相手には在ろう筈も無い。
月面で特攻部隊を迎え撃たん、と砲身を悠々と旋回していた埋設自動砲台群は、一瞬の沈黙のあと、次々に大爆発を起こし宇宙に向けて、極大の火柱の墓標を打ち立てていった。
―――………、………………、……!!
蓬莱人形が裂帛の気合と共に右手で正面を薙ぎ払い、前方数キロ圏内の人形たちに警告を発す。
普段の優しげで優柔不断な面影は鳴りを潜め、熾烈で容赦の無い眼光が偽りの月を射抜く。
蓬莱人形の背中に展開された四枚の羽から、淡い金色の燐光が立ち昇る。
美しい翼から舞い踊る燐光の帯が、蓬莱の招聘に応じ前方の空間を裂いて出現した、巨大な円筒状の立体魔法陣の中に吸い込まれていく。
この世のものとは思えない無限の夢幻。
蓬莱内部の動力源――魔界の回廊と直結した特殊な魔導炉から絶え間なく流入する膨大な金糸の魔力は、ソーラレイシステム内で極限まで増幅、加速される。
円筒の砲口らしき先端部に美しい黄金の粒子が集まっていった。
その様を遠巻きに見届ける射線上から退避した人形たちに、アリス人形艦隊の重鎮、双璧の片翼を担う上級大将に対する、憧憬と感嘆の念が巻き起こる。
いくら同じ魔力量を与えられても、真の魂を持たぬ量産タイプでは永遠に到達できぬ境地。
魔道の極意をマスター・アリスから受け継いだ――蓬莱人形にしかなしえぬ、同型姉妹機である上海にすら実現不可能な最終兵器が、急速に膨れ上がる絶大な魔力のもと、今、まさに、発射されんとする。
……
………
……………(魔力変換完了)
―――……!!!(呪詛……蓬莱の魔光、デヴィリーライト・ソーラレイ、散!!!)
宇宙が黄金の夜明けに彩られる。
陽のたましい。
光の蓬莱。
それをアリスに証明するかの如く、円筒魔法陣ソーラレイから迸る、九条の黄金の光鞭―――ナイン・テール。
落日を迎える太陽の光輝を凝集させた、九条の強大な滅びのエネルギーを秘めた魔聖光は、渦を巻く彗星のように螺旋を描き偽りの月へと直進し、突進を続ける味方集団を呑み込む前に、鳳仙花の如くバチンと弾けて無数の金糸となり散華した。
――巨大な天体にざあざあと降り注ぐ、すべての存在に避けえぬ滅びをもたらす、蓬莱の流した慈悲の涙。
数え切れぬ程の自動追尾核熱波動の豪雨は、そのまま月面に点在する、射撃困難な位置に隠れ潜む砲台を、残らず―――まるで夕日が地平に沈むが如く、念入りに、無造作に、執拗に、大まかに、適当に、正確に、熱烈に、冷酷に、有象無象の区別無く撃ち抜いて、破片の一片も残さず平らげてゆく。
拡散展開したナインテールが目標に炸裂した際打ち立てられる……無数に屹立する金緋の十字架が、月面を巨大な墓標へと変貌させた。
―――…………。
ちからを使い果たし、ガクンと首吊り死体のように力無く虚空の果てに堕ちていこうとする蓬莱を、慌てて支える人形たち。
………大魔法を使用した代償に、しばらく行動不能に陥った蓬莱。彼女は最後のちからを用い、指揮権を――下位の人形たちのなかで最も魔力の高い、直属の護衛軍10体に分散させた。さらにその者たちに掛かる統率負荷を軽減すべく、ひとつの意識に統合させ、一時的に全軍の統制判断を譲渡する。
遠く離れたアリスに……後は任せた、と微笑み、気を失う蓬莱人形。彼女の想いは―――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
† † † アリス本隊「グランギニョル・ロンド」
「―――よくやったわ、蓬莱。これで取りあえずは作戦の第一段階終了ね。……後は」
悲痛な目で、上海隊と月面に到達しようとしている小集団を見やるアリス。
いくら対空砲火を封じたからといって、これで月の落下速度が落ちた訳では無い。
魔理沙の切り札が何なのかは分からないが、エーリンブルグ攻略のために、可能な限りあの巨大質量の移動速度を軽減させなければならないのだ。
アリスが幻視能力を駆使した結果から見て、あの月型要塞は内部に推進装置的な役割を果たす、規格外の出力を持つジェネレーターを抱えている筈だった。それをどうにか出来れば、上手くすると、魔理沙の手を借りる事無くあの馬鹿げた物体を、宇宙の果てに放り出すことも可能かもしれない。
だが―――
「………許してくれ、とは言わないわ。どんな大義名分があっても、都合よく貴方たちを利用しようとしていることに変わりは無いのだから」
誰に聞かせるでもなく、独り告解するアリス。
「上海―――」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
†† 「青犬超重装猛進撃滅騎士団」陣頭。
――………………………………。
醒めた目で、月面に辿り着いたドンキホーテたちを眺める上海。
背後には厳粛な面持ちで整然と控える、殺戮人形の大軍列。
蒼く透き通る、昏い目が……蓬莱の放った黄金の光の残光を、あらゆる光を拒絶する鏡面のように反射した。
――………。(しゃらん)
つっ…―――
可愛らしいエプロンの中から、玲瓏な蒼い光を放つ氷の魔剣アイス・ファルシオンを抜き放つ上海。
柄頭にはめ込まれた蒼い宝珠より、針のように研ぎ澄まされた魔力が刀身に刻まれたルーンを駆け巡る。
その蒼き光に、上海のたましいから導かれた闇の波動が迎合する。
合成された聖光は、アリスの人形にのみ通じる絶対的な死の宣告となった。
積尸気冥界波――プレアデスの輝きに似た、死をもたらす星光が氷の刃紋全体に満ち満ちてゆく。
その魔力を秘めた冷たく輝く切っ先を、かっての仲間たちに、ゆっくりと差し向ける上海。
――……。(…………)
そのまま彼女は目を閉じて静かに……アリスから託された詠唱コードを囁いた。
その名は…………アーティフルサクリファイス。
……
……
……
月面にポツンと白い花が咲いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
† † † アリス本隊にて。
「―――――上海」
アリスが見守るなか、月面で盛大な爆発が巻き起こった。あのぶんでは………生き残った人形たちなど、皆無であろう。
「…………」
白い葬花に黙祷を捧げ、厳しい声でアリスは配下の呪い人形どもへと「立てよ国民!」とばかりに激を飛ばす。
「―――この機を逃すな!
尊い犠牲を払い、命懸けで私たちに要塞内部への突破口を開いてくれたあの者たちに報いる為にも、今は悲しみを胸にしまい、
涙を弾幕に変えて前進するのよ! 後方で切り札召還の儀式を行なうシャーマン人形1000体を残し、
マーガトロイド艦隊―――全軍突入せよ!! ……敵は偽りの月に在り!」
味方の献身に高揚し、士気が上昇した全部隊を虚ろな目で眺めながら、アリスは配下の直轄部隊と指揮力の低下した蓬莱の部隊に矢継ぎ早に命令を下す。目まぐるしく動き始めた戦局を横目に、アリスはそっと溜息を吐き涙を堪える。
「―――……………嫌な戦争、ね」
勢いに乗り要塞内部へと到る大穴へと殺到する、およそ5000の人形兵団。
「このまま一気に………なっ!!」
突如、大穴より…この世すべての悪を凝集させたような、途轍もない悪意を感じたアリス。
「―――邪気が……来る!」
間に合うか、と焦りながらも、全軍に緊急回避を通達するアリス。上海、蓬莱(代理に抱えられている)の両指揮官は即座にアリスの意を汲み、迅速に左右に散開出来た。だが、戦意の高まった――勢いに乗る先頭集団1000体は、とうにその悪意の射程圏内だった。
パッと黒い宇宙を悪意に染め上げる、青白い雷花――――――
「な、なんなのこの力は……私の人形たちが直撃を受けている!?」
眩い閃光に視界を奪われ、ようやく視力が回復したアリスの目に映った光景は………酷く残酷なものだった。
――………!
ついさっきまで、あれ程意気軒昂だった先頭集団の姿は何処にも無く、其処にはただ―――強大なエネルギーの通過した残滓―――細々と身をくねらせる青白い蛇のようなスパークが、ぱちぱちと耳障りな音を立てるのみであった。
この状況が意味するところ――つまり、1000体にも及ぶアリスの人形たちは……服の切れ端ひとつ残さず……死んだのだ。いとも簡単に、無意味に、無情に、無常な生を終えたのだ。あまりの光景に呆然自失するアリスを叱咤する念話が届いた。
――……、………!!
「あ………そ、そうね。さ、さささがら無くちゃ…いい的だわね。……総員退避―――!」
蟻の子を散らすように、てんでバラバラの方角に散開する人形たち。アリスの動揺が伝わってしまったのか、その戦隊機動にはまるで規則性が無く、まさに無様な敗走というべきものであった。さらに、悲劇はそれだけでは終わらず、逃げ惑う人形兵団に追い討ちをかけるかのように、月面の大クレーターより雲霞の如き異形の機影が湧き出てきた。
「な、なによっ、まさか要塞駐留艦隊!? まだあんなに予備戦力が伏兵されてたの……上海! ど、どうしよう」
――……。
「え? まだ切り札のひとつがあるだろう、て? あ、そうかっ! そういえば『アレ』があったわね!!
うん、アレならこの窮状もなんとかなるかも。でも……まだアレを呼び出せるだけの祈祷力が足りない……
どうしよう、ほうら…ああ、まだ気を失ってるのか。どうしよ、上海?」
――…。
「そんな、なんで!? 自分で考えろって……だってこんなの予想外だわ!
――無理よ。こういう時頼りになる蓬莱も今は眠っちゃってるのに。
そ、それに私の本隊の呪い人形たちは、全然戦闘向きじゃないし。だから、ね? 上海、ここは一時撤退を……」
何時の間にか、上海はアリスの呼びかけにも答えず、30騎程度の直属護衛軍による別働隊を率い、戦線を離脱し独自の作戦行動を取り始めた。
いきなり1000体もの人形を、なんの覚悟も無いままに失い、混乱状態に陥り、冷静な判断を取れなくなったアリス。
その上、頼りにしていた名将蓬莱人形は戦闘不能。冷静沈着な策士上海人形も、何故か自分に愛想をつかしてしまったようだし……。
アリス自慢の弾幕ブレインは、いつのまにか二体の双璧に頼りきりで、錆び付いてしまっていたらしい。
彼女は今更のように――あの二人が自分にとって、掛け替えのない存在であることに気がついた。
迫り来る異形の大群。
毛の固まりのような体の前面に人面[ ( ゚Д゚)←こういうの。 ]が張り付いた、微妙な毛玉型怪生物に恐怖するアリス。
あれも永琳の間違った方向に特化した天才性の創り出した、悪夢のような電波生物兵器の一種であろう。
だが、その由来を想像したところで、目の前の脅威が無くなる訳では無い。
「あー、もうっ! こーなりゃ自棄よ! やってやろうじゃないの、上海蓬莱が居なくったって……
たかが不気味悪い毛玉もどきに、私の可愛い人形たちが……負けるわけ…無い!!」
わらわらと無意味な陣列を取り、毛玉もどきの軍団はアリス本隊へとまっしぐらに突き進む。
僅かばかりの救いなのか、総数約20000にも及ぶ毛玉連中の知能は決して高くは無いらしい。
もっとも、その無造作な浸透戦術は、多少の小細工を必要としない程の圧倒的な物量脅威であることに変わりは無い。
迫る毛玉軍団。
「――(うー…いまだ奴の目覚めには時間が掛かるというのに。
このままでは乱戦となり、物量に押し切られ戦列が維持出来なくなるわ。こんな時、上海ならどうするだろう)」
・・・。(゚Д゚ )x20000進撃中 ←なにも考えてないらしい。
「よし―――上海軍団槍兵部隊! あなたたちは三機一組となり、可能な限り自軍の損耗を抑え、毛玉もどき共を各個撃破なさい!!
我が幕下の、戦闘に不向きな呪い人形たちは、召喚儀式を行なう後方の部隊を防衛すべく城壁陣形ロー・アイアスを取る!
こちらからは決して打って出ず、ひたすら守りを固め、近ずく敵に見境無くガンド(呪い)を撃ちまくれ!
背後に連中を一匹も通すんじゃないわよ―――いい? ここが正念場……頑張って、みんな―――」
混乱より立ち直ったアリスの大号令を受け、全軍の士気は大いに高まった。
口々にアリスを讃える声“ジーク、マイスター! マーガトロイド!!”
喊声を上げ、死ねや死ねやとばかりに敵軍の間へと激しく斬り込み、縦横無尽に翔け抜け、もとから低い統率と士気を乱すキリングドールの一団。
・・・・・・!!!!
最速の機動力と打撃力を生かし、敵に囲まれる前に効果的なダメージを与え、一撃加えるや否や、そのまま戦線を離脱し、新たなる手薄な軍列を衝く。
繰り返される毎に、次第次第獲物を深追いし伸びる毛玉の軍列。
致命的なまでに密度の薄くなった敵軍の長蛇の列へと、機動力に劣るゴーレムタイプの豪腕が躍り込み、めくら滅法に腕を薙ぎ払い、プチプチと毛玉を圧殺し分断する。
その機を逃さず、強力な武装を持つものの、実戦戦闘技量に劣るワルキューレ人形たちが三位一体でジグザグに動き相手を翻弄し、毛玉が気を取られた隙に槍の穂先を揃え急降下。命中率の悪さをトライアングルアタックで補い、着実に残兵を撃ち減らしてゆく。
その戦渦の只中を抜け、ふらふらと漂ってきた毛玉共は、強固な密集防衛ラインに阻まれ進撃の足を鈍らせられ――その後タイミングよく防禦ラインの合間から放たれる、射撃特化された蓬莱軍の狙い済ました精密射撃の餌食となり、毛玉どもの一匹たりとも、人形軍元帥アリス・マーガトロイドの鎮座する本陣へは辿り着けない。
戦況は―――数の差を圧して、アリス側に大きく軍配が上がっていた。
「―――ふ。ふふん。圧倒的じゃない、我が軍は」
鼻高々のアリス。
「この分だったら、ヤツを使わずに済みそうね。……出来れば、ヤツを使うのは避けたい所だし……このまま無事に凌げればいいけど」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
要塞内部、殲滅暴走邀撃要塞主砲「 」にて
暗い要塞内部の空洞にずでんと鎮座する巨大な異物。
・・・・・・。
もの言わぬ鉄塊は、永琳の残した迎撃プログラムに従い、今ひとたび撃滅必滅殺戮主砲を放たん、としていた。
・・・・・ぽぽぽぽぽ―――
異音と共に、砲口内の圧力が高まり、危険なエネルギーが満ち溢れてゆく。
・・・・・・ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ
砲台に穿たれた二基の照準機がビカリと光り、砲台口腔内にヤバイ電滋波が溜まる。
既にエネルギー充填は115%。あとは自動トリガーが引き落とされるだけである。
聞くものなど居らぬ構内に、警告アナウンスが響き渡る。
『―――要塞主砲「めるぽハンマー」起動するわね。周囲に居ると大変危険で健康に悪いので、直ちに退避して下さいな。
………もっとも、これを聞いてる奴なんて、誰も居ないでしょうけど、ね♪ アハハハハ』
『発射――――10秒前…3、2、1………0』
(カウントに合わせて楽しげに腕をぶんぶん振る風切り音が、録音ボイスにノイズとして混じっていた。一体どういう電波を受けていたのだろうか。……えーりんは。)
………
………
『では、撃滅のセカンド――――――めるぽ』
ξ・∀・) ガッツ
異様な形をした砲台の後頭部へと、ごっつい拳の形をした撃鉄のハンマーコックが叩きつけられた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アリス全軍vs毛玉戦隊 戦闘宙域。
○アリス隊―――約2000。頑張ってます(うち1000体は、後方で呪いの儀式実行中。戦力外。
×蓬莱隊―――約1900。指揮官療養中(残弾補給のため自己生産中、戦闘継続可能数1000体。
?上海隊―――約800。指揮官離反?(下位のドールの損耗が激しく、軍団の中核を為す精鋭も疲労気味。
(゚Д゚ )毛玉もどき連合軍―――8500体。心の声“だりぃっす”(訳が分からないまま、半分以下に。哀れ)
戦線は膠着状態に陥っていた。華麗に相手を翻弄し、無骨な腕で粉砕し、三本の矢の如く弱さを補い合う。
アリスの指示は、上海、蓬莱並に的確であり、また配下の夥しい人形たちも良くこれに応えていた。
だが――
「―――う~ん。マズイわね……どうも上海旗下のワルキューレ人形の動きに、キレが無くなってきているわ。
キリングドールの連中も動きに精彩が無くなってきてるし。
相手が雑魚毛玉でも、さすがに相次ぐ連戦で疲労がピークに来ちゃってるのか……。元より彼我の戦力差は倍以上。
大分撃ち減らしたとはいえ、いまだ我が軍を大きく上回る数。そろそろ潮時かな……シャーマン人形! まだ奴は目覚めないの?」
・・・・・・・・・
アリスの問いかけに頭を振りながら答える、人形たちの思念。
既に祈祷の大部分は終えているのだが、いまだ邪神礼賛の過程が不十分で、今強引に使用すると制御に不安が残る。
もし賞賛不足にへそを曲げられて、自軍に襲い掛かられては、元も子もない。
ぎりぎりと爪を噛み、焦り始めるアリス。と―――その時、憶えの有るプレッシャーが銀河宇宙に満ちてくるのを感じた。彼女はハッと息を呑み、爪を噛むのをやめ慌てて全軍に指令を出す。
「全軍退避!! 要塞主砲の射線に身を置くなっ! 毛玉どもは捨てておけ!
旗下の兵力は時計回りに回頭しつつ全速転進! 然るのちに銀河外縁方向へと散開、イナーシャルリングの陣形を取れ!
遅れるなッ……――疾風マーガトロイドの名を、辱めないでよ…。急いで! 悪意が…………来る!!」
アリスの人形たちは、緊急指令を受け即座に毛玉との交戦をやめ、脇目も振らずに転進していく。その過程で背後より毛玉どもの吐き散らす弾幕追撃を受け、バタバタと非力な人形たちが倒されてゆくが、先ほど出会い頭に喰らった要塞主砲の餌食になるよりはなんぼかマシだ。調子に乗って追いすがる毛玉たちを忌々しそうに見やり、アリスは背後の召喚儀式サークルへと激を飛ばす。
「邪神召喚、急げッ! もはや制御が不十分でも構わない………破滅には破滅よ。――ヤツを出しなさい、早くっ!!!!」
切羽詰った表情でアリスは背後の召喚部隊に念話で、邪神顕現位置を伝えた。それは悪意の射線上ど真ん中である。これならば目覚めたと同時にいきなり敵対行動を取った敵軍にムカついて、自軍には目もくれずにヤツは……凄惨な笑みを浮かべて、毛玉どもの軍列に嬉々として飛び込み、殺戮の旋風を勝手に巻き起こす筈だ。
「……うまく行けばいいけど。なにせ奴の思考形態は、私たちとはまったく異質。到底理解できるものでもない。
それに――いまだ、あの旧世界の遺産がどの程度の戦力を有するのかも不明だし…。
あの人形?の行動原理が全然読めないところが気に掛かるけど、良ければ相打ちしてくれて、味方への逆襲を封じられるかも。
いくらなんでも欲張りすぎか。……そこまで都合よくいかないにせよ、この不利な戦況を覆す、天目の一石となれば……」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
要塞主砲射線上の虚空
………虚無の宇宙に満ちていく悪意に対抗すべく、遥か彼方、星間宇宙の最果てより地上に堕ちて来たいにしえの邪神「 」が顕現する。偶然古代の遺跡よりアリスが発見してしまった……あまりにも恐ろしい顔をした……狂気と苦痛に満ちた、旧世界を滅ぼした炎の七日間を生き抜き現在に甦る地獄からの使徒。ブゥ…………ン…と空間が震撼し、朧げなシルエットが像を為す。
『・・・・・・・・・』
星々を瞬かせる宇宙の風が、その者の腰下まで伸びた青い長髪をパラパラとなびかせた。
無言で佇む、ほっそりした体躯に装着された奇妙なプロテクター類。
外見的特長と名前は…見ようによっては竹林に住むとある蓬莱人に似ていないこともないが、それを口にすると両者は激しく抗議することであろう。
元の名前をアナグラムで並べ替えた『呪い名』、美への冒涜、古代人の手による不遜なまでのチャレンジスピリッツは…このようなありえざる奇跡を生み出した。そう、彼女こそはあらゆる痛みと恐怖の具現者―――
邪神 もっこす人形
ギチギチギチ……
『・・・・・・ワレヲ、アガメヨ・・・』
唸りを上げて襲い来る要塞主砲の巨大な青白いスパークを無感情に眺め、そいつは呟いた。
―――ブン
五月蝿げに片手を薙ぎ、機体前面に巨大な断層、相転移歪曲場フィールドを発生させるもっこす。
激しくぶつかり合う異界のコトワリ。
だが、その均衡はすぐに終わりを告げた。
めるぽハンマーのすべてを薙ぎ払う暴走荷電霊子砲が、その恐ろしい絶対的フィールドにいとも簡単に弾かれる。
あらぬ方向へと暴走する要塞主砲の一閃は――リング状の陣形をとるアリス軍右側の1000体程度の人形と、毛玉戦隊8000を道連れにして彼方の虚空に消えて逝った。それを見届けることもなく、もっこすはふたたび異空間に溶けてゆく。『敵るっくす5%以下。雑魚ト認識シマシタ。アイテニナリマセン・・・・・・顔ノるっくす10%低下、洗浄ノタメコレヨリキカンシマス』……意味不明の戯言を残し、戦場を敵味方の区別無く破壊した彼女はひたすら訳が分からない理由で帰還するのであった……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
……もっこすが弾いためるぽ砲の暴威過ぎし、戦闘宙域。
「……」
唖然。
「…………」
銀河天頂方向のリング状自軍の本営に位置していた――元帥、アリス・マーガトロイドは顎をガクーンと落っことしたまま、硬直していた。
「……(なに? なにが起きたの……ど、どうして射線軸から退避した筈の私の人形たちが、あっさり消滅しているのかしら。それも……1000体も。これじゃあ最初の一撃で受けた損害と変わらないじゃない。け、毛玉たちもほぼ壊滅したとはいえ、なんなの? この巫座戯た結果は。これが―――奴を実戦で投入することの恐ろしさ、か……。うう……怖いのは顔だけにして欲しいものね。うぐぅ…駄目だ、痛いほど分かってしまったわ…アレはとても私の手に負えるシロモノでは、無い…。この戦いが終わったら永久封印…いえ、あの邪神がおとなしく封印されるとも思えないわね……。―――そうだわ。あの香霖堂に引き取って貰おう。変態同士、気が合うのかも知れないし、これ以上私の愛する人形たちに災厄をもたらされるのはまっぴら御免だわ。アレは人の形こそしているものの、人形とは言えない―――むしろ邪神像とでも言うべき異形。ならば……骨董品として処分しても問題ないわね、全然ノープロブレムよ、うん、そうに違いないわ)」
なんとか混乱に陥る事無く、前向きに立ち直るアリス。幻想郷の魔法の森の外れで「ふ…誰かが僕のことを噂しているな。もてる漢は、つらいね」とくしゃみをした後に独り言をのたまう、勘違いした店主の妄言が聞こえたような気がした。無論―――幻聴であろう。
「と、ともかく敵機動勢力は壊滅したわ! 全軍残敵を掃討しつつ、別命有るまで要塞砲射程外にて散開待機!」
なんとか毛玉もどきたちは退けることが出来たが(半ば自滅、ほぼ相打ちで)自軍の受けた傷も軽視出来る物ではなかった。邪神のきまぐれで1000体を失ったのは痛いが、まだ致命傷では無い。だが…このまま何の策も無く月面を目指しても…容赦の無いサードインパクトが今度はアリス諸共、人形軍を滅殺するだけであろう。万策尽きて、内心途方に暮れるアリス。そんなとき彼女の元に、上海残軍の伝令人形が一通の書簡を持参して辿り着いた。
「上海……? わざわざ伝令兵を使うなんて、なんで念話で直接私に話しかけてくれないの……?
もう、こんな情けない私の、声も聞きたくない、てこと? と、とにかく中身を―――」
それは、アリスを見限り戦線を離脱した筈であった上海人形からの……彼女に向けたメッセージだった。
《更に続く》
アリス率いる人形軍、総兵力6500。その大軍勢が遥か前方に臨むは
月の門閥貴族八意永琳の命により移動を開始した、巨大な岩塊を改造して建造された偽月要塞
“ エーリンブルグ ”
全長数キロメートルにも及ぶ、鋼鉄で出来た城壁の如き威容は
マーガトロイド人形艦隊を構成する一メートルにも満たない兵士たちを嘲弄するかのように
その圧倒的質量を背景に悠々と前進し、青き清浄なる惑星を目指す。
「―――永琳! あんたちょっとセコイよ!」
卑劣なまでの戦力差に激昂したアリスの一言。
されど、自律航行プログラムで稼動する鋼鉄の要塞はなにも語らない。
血の通わぬ人工無能が求めしは……要塞本体による
“ コロニー落とし ”
そうはさせじと、三方向から要塞を押し包むように展開していく――アリス、蓬莱、上海の人形軍三提督。
果たして、彼女たちは幻想郷を永琳の魔手から護りきることが出来るのか?
永琳諸共に、大気圏へと突入していく魔理沙の秘策とは、これ如何に?
否、そもそも彼女に出番は在るのか?
真の満月は、ただ―――我関せずと、生暖かく微笑むのみ。
新たなる東方の歴史が、また一ページ。
BGM~ グスタフ・マーラー作曲「交響曲第6番イ短調」
――――――ギャラルホルンは、鳴らされた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
……
……
……
機先を制し、真っ先に仕掛けたのは、部下たちの信任厚い義将、蓬莱人形率いる射撃特化部隊『ガン・ホー・ガンズ』
―――………!!
ドイツ語で「撃て」という意味合いの念と共に、蓬莱人形の右手が勢い良く振り下ろされた。
それを合図に右翼の集団2000は要塞を半包囲するように展開し、チクチクと相手の自動防衛機能――岩面に無数に配備された埋設砲台へと少しでも有効な損耗を与えるべく、間断ない通常弾による弾幕を張り巡らせる。飛び交う砲弾。地表を削る小爆発の連鎖。威力こそ少ないものの、幾重にも張り巡らされた重厚な弾幕は、地道に着実にそれなりの戦果をあげてゆく。
―――………。
腕組みをしながら視線を要塞に向け、敵の一挙一足を見逃さじ、と真剣な表情で戦況を見定める蓬莱。
今のところ敵勢力の総戦力は未知数。月面に敷設された固定砲台程度の威力はさほど自軍にとって脅威ではないものの、依然楽観はできない。
なぜならいまマーガトロイド艦隊が相対せしは…あの稀代の天才発明家にして腐敗の名将。『道化師』八意永琳の残した超弩級暴走自滅機動要塞“エーリンブルグ”であるのだから。
それ程の逝かれ㌧でも電波兵器が、生半な攻撃を受けたぐらいで容易に陥落するとは思えない。案の定、今まで沈黙を守ってきた敵砲台群の無意味に未来的な砲塔がキリキリと動き出したのを、蓬莱はあらかじめ放っておいた極小監視人形『ゾナハ蟲』で確認した。
要塞上にて攻撃を感知し、敵対行動を取る人形たちに向けられる自動報復レーザー砲の斉射。それなりの出力を持つ青白い光槍が、小うるさいおもちゃの兵隊たちを射殺さん、と自動的な殺意を天空にばら撒いた。無音のレーザー光が逆回しの驟雨の如く天を裂き、幾多の光条がバラバラと明滅する。回避行動を取ろうとした人形の一団が、回頭した機体の横っ腹をバスバスと貫かれ、一瞬後に爆散した。敵プログラムは割りと本気もーどらしい。どうせぶつけるつもりの使い捨て兵器でも、防衛機構が無駄に凝っているあたり、永琳の尋常でないこだわりを感じさせる。大銀河をバックに、永琳の顔が高笑いをしているように蓬莱は感じた。
―――……。
蓬莱は自軍の損耗を避けるべく、腕組みしていた右手を引き戻し、五指を開きながらバッと横に突き出す。それを合図に軍勢は一旦散開。開いた砲列のスキマを縫うようにして、密集していた部隊を狙って放たれた幾条もの青白い光線が、目的を果たす事無く虚空へと消えていく。
―――………。(ギリ…)
今の対空砲火で何十体かの人形が蒼槍に無残に貫かれ、宙に散ってしまった。
いくら的確に下された蓬莱の防衛判断であったとはいえ、味方がまったくの無傷で勝利出来るほどこの戦争は甘くはない。
ギュッと唇を噛み締める蓬莱人形。その瞳には散っていった仲間たちへの哀悼と、大事な仲間を奪った要塞エーリンブルグ攻略に対する不退転の決意が見え隠れしていた。
心優しい彼女の深奥に燻る……激しい怒りの炎。だが努めて部下の前では平静さを失わぬように、多大な労力を自らに強いる。
ここで自分が激して冷静さを失っては幕下の砲戦隊、ひいては全マーガトロイド艦隊を窮地に陥らせることになりかねない。
優しいこころを持ちながら、情に流されぬ強さを持つアリスの軍団における双璧の片割れ――赤き聖裁――「蓬莱人形」。
彼女は決して、一時の感情で無謀な戦いを求めたりはしない。
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所は変わり、アリス率いる3000体にも及ぶ、呪い人形本隊『グランギニョル・ロンド』
「――あの子たちは良くやっているみたいね。さすがだわ、蓬莱」
蓬莱率いる右翼の軍団は、相手の攻勢を流水のように受け流し、常にその場の流れに最適な陣形を編成する。
その変幻自在の戦術は、永琳の糞忌々しい砲台群に必要以上の流血を強いて、尚且つ自軍の損耗を最小限に抑えていた。
虚空に煌めく戦火の火球を横目に、アリスは両手でぱちんと頬を張り、一層の気合を入れた。
「私も負けていられないわね…と―――上海! なにやってるのよ、まだ突出してはいけないでしょうに」
さて、これより本隊を本格的に指揮しようか……という時に、左翼の上海軍団の一部が巧を焦り、まだ対空砲火の生きている要塞に強引に接近しようとしていたのが見えた。
戦端が開かれて間もないこの段階で、最後の決戦戦力、虎の子である上海軍団を無為に撃ち減らされる訳には行かないというのに。
冷静沈着で鳴る上海人形が、このような愚行を許すはずが無いのだが……。
「いったいどうしてしまったの? 上海」と内心訝しげに思いながらも、慌てて上海との緊急念話回線を開くアリス、対する上海の答えは―――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
蒼き死閃―――「上海人形」旗下、『青犬超重装猛進撃滅騎士団』
――………。
陣営の中央に位置し、気性の荒い自軍の人形たちを束ねる上海人形。
彼女は目を閉じて腕組みをし、無言で周囲の人形たちをその身から放つ冷たく強大なプレッシャーで睥睨し、いずれ遠からぬうちに来るであろう全面攻勢の時を虎視眈々と待ち続ける。
――………。
ひたすら無言で待機状態を維持する上海。
…………(ザワザワザワ)
今か今かと突入の機会を待ち続ける、血に餓えたキリングドールの一団が、一向に動こうとしない己の指揮官に不平不満をぶつける。
――………。(じろり)
……………(!!!!)
絶対零度の一瞥で、血気にはやるその者たちの心胆を凍らせしめる上海。彼女が向ける氷の眼差しを受け、配下の荒くれどもは瞬時に押し黙る。
彼女の無二の親友であり、互いに絶対の信頼を置く同僚、蓬莱人形とは違い、もともと上海は大規模な軍勢を指揮することには向いていない。
上海はどちらかといえば、単騎での魔力剣による近接戦闘、少数精鋭で行なう電撃強襲揚陸戦を得意とする。
――もっとも、得意ではないとはいえ、もともとの基本スペックが並外れて高い上海人形にとって、今回のように大規模な軍団を指揮することはさしたる困難ではなかった。だが、あまりに多い全兵団の一部過激派――およそ1500体の殺人嗜好人形の集団の外縁部では、血を見たくてウズウズした200程度のバーサークドールの一団が陣営中央に位置する上海の統制を無視し……己の殺戮衝動を我慢できずに、いまだ蓬莱軍との激しい対地対空砲火入り乱れる月面へと、雄叫びを上げて突撃しだしてしまった。
――………!(チッ)
暴走するバーサークドールどもを目で追いながら、忌々しげに舌打ちする上海。周囲で命令伝達を補助する部隊長クラスのキリングドールたちは、かの者たちを助勢すべきかどうか、自分たちが一目も二目も置く、峻厳なる提督に伺いを立てた。腕組みしながらじっと戦況を見定める上海人形。
マスター……アリス・マーガトロイドの命令は「戦力温存」。いまここで狂気に駆られた一部の人形たちを救いに全軍突撃をかましてしまったら、ここぞという時に戦力不足で泣きを見るのは明白である。そんなことになったら、他の人形たちは言うに及ばず……この命に代えても、最後まで護るべき……あの優しいマスターまで……。
――………。(ぱちん)
指を一回かき鳴らし、助勢は不要、との合図を示す上海。彼女はしばし唇に指を当て、爪を噛みながら黙考した。
きつく閉じた片瞼の裡では、ありとあらゆる葛藤が渦巻いて、彼女の澄み切った湖面のような精神をさざめかせる。
長い、長い熟慮の末――実際にはほんの数秒の後に、上海はこの状況を利したとある策略を遂行することを決断した。その恐るべき詭計を実行すべく、アリスとの念話回線を繋げる上海。その間、ちらり、と遠ざかっていく暴走集団を冷徹な表情で見届ける。
星々の輝きも届かぬ昏い虚無のなかに、暴走する人形たちを映し出すそのアイスブルーの瞳の奥には、冷たく揺らめく…壮烈な覚悟を秘めた蒼い闇が見え隠れしていた……。
――…………、………………、……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
● アリス本隊=上海分隊、通話回線。
焦りの表情で上海の軍団から突出していく一団を見据え、うーうー歯噛みするアリス。そんな彼女の元へと上海より超空間念話通信が入った。
「ちょっとちょっと! 上海、これはどういうことよ! なんであんな無謀な突撃を許しちゃったのよー!
これじゃあ私の立案した作戦がガタガタになっちゃうじゃないのっ」
――………、……。
「え……あの子たちを……ば、馬鹿言わないでよ! そんなこと出来るわけ…………無いじゃないの!!」
――……。
「そんな……確かに、ここで戦況を泥沼化して戦力を削られてしまっては、目的を果たせないけど……でもっ!いいの?
あの子たちは……訓練中、貴方が嬉しそうに「見所のある奴等だ」て、いつだか褒めていた子たちなのに……」
――……。
「――――――わかったわ。いいでしょう、上海。あのスペルコードの発動許可は、貴方に委譲します。
すべての責任は、この私が……取るわ。だから……だから、貴方が気に病むことは無いのよ?」
――…。(ふるふる)
「――ごめんね、上海。私が不甲斐ないばかりに、貴方にこんな辛い決断をさせて……本当に、ごめん…なさ、い」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
○ アリス本隊=蓬莱分隊、通話。
「―――蓬莱、状況は見ての通り。当初の予定を変更し、全力であの小集団の障害となる地上砲台を殲滅なさい。
なんとしてでも―――ひとりも犬死にさせず、あの子たちを月面に到達させるのよ」
―――………?
「どうして、あんな無謀な行動を援護するのか、ですって。ここは砲火よりあの子たちを護り、一旦下がらせるべき、か。
…正論ね。――確かに、確かにあなたの言う通りだわ、蓬莱。でもね、その心配は不要よ。これから行なうのは……」
―――…………、……?………!!
「………言わないで。分かってるわ。分かってるわよ!! この作戦が…あの子たちの信頼を裏切る最悪な行為だと言うことは。
―――でも、これは、すべて、私の一存で…決めたこと。
罪は……あの子たちの犠牲は、私、アリス・マーガトロイドがヴァルハラまで背負う。
だからお願い、蓬莱。今は……言うことを聞いて頂戴。お願い。おねがいよ……」
………
………
―――…。(こくり)
「――――――ごめん」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
† 蓬莱右翼部隊「ガン・ホー・ガンズ」
―――……、…………!!!(ザッ!)
……………!!!!!
アリスとの念話を終え“どうしてですか…アリス…”と心の奥で呟き、しばらく悲しそうに目を閉じていた蓬莱。
やがて、心を決めたのか……ゆっくりと目蓋を開き残酷な現実を見据え、猛禽の如き黄金の魔眼で月面にひしめく砲台群をキッと睨みつける。
虚空に煌めくは――迷い無き断罪者の瞳。
そしてそのまま頭上高く掲げた右手を振り下ろし、敵勢力を一撃の元に粉砕すべく、勢い良く十字を描くように薙ぎ払う。
蓬莱が下した全面攻勢の合図に、旗下の砲台人形たち2000の間を、一斉に緊張と高揚が走った。
実弾砲装備の人形たちは、弾幕モードを通常弾から大弾、リワインダー弾、など殺傷力を極限まで高めた殲滅モードに切り替える。
光学兵器搭載型は、エネルギー消費を抑えていたリミッターを一斉に解除する。
大きめの体格を持つミサイル空母的人形たちは、弾頭を通常炸薬からヤバげなアレに切り替えた。
―――……!
本気になった赤き聖裁の指揮の元、蓬莱軍は緒戦の小手調べとは一線を画した、パーフェクトな包囲殲滅陣形を取る。
神風特攻を仕掛ける小集団の道を切り開くかのように、巨大な翼を広げた大鳳のような陣形に再編された2000にも及ぶ、ほぼ無傷の砲戦部隊。
紅蓮の大鳳は、目も眩まんばかりの火力を―――月面に点在するクレータに隠れて獲物を狙う、卑劣な砲台群に集中させた。
白煙と共に唸りを上げてジグザグに突き進むミサイル群。正確な、絶え間ないフルオートでの援護射撃が魅せるオレンジ色の十字砲火、リワインダー状の火線。避ける隙間も無い大玉群。圧倒的熱量で砲台の外周ごとドロドロに融解させる純白のレーザー、加速粒子砲の光柱。
点より線。
線より面。
後先考えず、すべての火力をピンポイントに放出させた飽和攻撃。
そのオーバーキルぎみの猛攻を凌げる程の戦意も手段も、たかがプログラムで動作する相手には在ろう筈も無い。
月面で特攻部隊を迎え撃たん、と砲身を悠々と旋回していた埋設自動砲台群は、一瞬の沈黙のあと、次々に大爆発を起こし宇宙に向けて、極大の火柱の墓標を打ち立てていった。
―――………、………………、……!!
蓬莱人形が裂帛の気合と共に右手で正面を薙ぎ払い、前方数キロ圏内の人形たちに警告を発す。
普段の優しげで優柔不断な面影は鳴りを潜め、熾烈で容赦の無い眼光が偽りの月を射抜く。
蓬莱人形の背中に展開された四枚の羽から、淡い金色の燐光が立ち昇る。
美しい翼から舞い踊る燐光の帯が、蓬莱の招聘に応じ前方の空間を裂いて出現した、巨大な円筒状の立体魔法陣の中に吸い込まれていく。
この世のものとは思えない無限の夢幻。
蓬莱内部の動力源――魔界の回廊と直結した特殊な魔導炉から絶え間なく流入する膨大な金糸の魔力は、ソーラレイシステム内で極限まで増幅、加速される。
円筒の砲口らしき先端部に美しい黄金の粒子が集まっていった。
その様を遠巻きに見届ける射線上から退避した人形たちに、アリス人形艦隊の重鎮、双璧の片翼を担う上級大将に対する、憧憬と感嘆の念が巻き起こる。
いくら同じ魔力量を与えられても、真の魂を持たぬ量産タイプでは永遠に到達できぬ境地。
魔道の極意をマスター・アリスから受け継いだ――蓬莱人形にしかなしえぬ、同型姉妹機である上海にすら実現不可能な最終兵器が、急速に膨れ上がる絶大な魔力のもと、今、まさに、発射されんとする。
……
………
……………(魔力変換完了)
―――……!!!(呪詛……蓬莱の魔光、デヴィリーライト・ソーラレイ、散!!!)
宇宙が黄金の夜明けに彩られる。
陽のたましい。
光の蓬莱。
それをアリスに証明するかの如く、円筒魔法陣ソーラレイから迸る、九条の黄金の光鞭―――ナイン・テール。
落日を迎える太陽の光輝を凝集させた、九条の強大な滅びのエネルギーを秘めた魔聖光は、渦を巻く彗星のように螺旋を描き偽りの月へと直進し、突進を続ける味方集団を呑み込む前に、鳳仙花の如くバチンと弾けて無数の金糸となり散華した。
――巨大な天体にざあざあと降り注ぐ、すべての存在に避けえぬ滅びをもたらす、蓬莱の流した慈悲の涙。
数え切れぬ程の自動追尾核熱波動の豪雨は、そのまま月面に点在する、射撃困難な位置に隠れ潜む砲台を、残らず―――まるで夕日が地平に沈むが如く、念入りに、無造作に、執拗に、大まかに、適当に、正確に、熱烈に、冷酷に、有象無象の区別無く撃ち抜いて、破片の一片も残さず平らげてゆく。
拡散展開したナインテールが目標に炸裂した際打ち立てられる……無数に屹立する金緋の十字架が、月面を巨大な墓標へと変貌させた。
―――…………。
ちからを使い果たし、ガクンと首吊り死体のように力無く虚空の果てに堕ちていこうとする蓬莱を、慌てて支える人形たち。
………大魔法を使用した代償に、しばらく行動不能に陥った蓬莱。彼女は最後のちからを用い、指揮権を――下位の人形たちのなかで最も魔力の高い、直属の護衛軍10体に分散させた。さらにその者たちに掛かる統率負荷を軽減すべく、ひとつの意識に統合させ、一時的に全軍の統制判断を譲渡する。
遠く離れたアリスに……後は任せた、と微笑み、気を失う蓬莱人形。彼女の想いは―――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
† † † アリス本隊「グランギニョル・ロンド」
「―――よくやったわ、蓬莱。これで取りあえずは作戦の第一段階終了ね。……後は」
悲痛な目で、上海隊と月面に到達しようとしている小集団を見やるアリス。
いくら対空砲火を封じたからといって、これで月の落下速度が落ちた訳では無い。
魔理沙の切り札が何なのかは分からないが、エーリンブルグ攻略のために、可能な限りあの巨大質量の移動速度を軽減させなければならないのだ。
アリスが幻視能力を駆使した結果から見て、あの月型要塞は内部に推進装置的な役割を果たす、規格外の出力を持つジェネレーターを抱えている筈だった。それをどうにか出来れば、上手くすると、魔理沙の手を借りる事無くあの馬鹿げた物体を、宇宙の果てに放り出すことも可能かもしれない。
だが―――
「………許してくれ、とは言わないわ。どんな大義名分があっても、都合よく貴方たちを利用しようとしていることに変わりは無いのだから」
誰に聞かせるでもなく、独り告解するアリス。
「上海―――」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
†† 「青犬超重装猛進撃滅騎士団」陣頭。
――………………………………。
醒めた目で、月面に辿り着いたドンキホーテたちを眺める上海。
背後には厳粛な面持ちで整然と控える、殺戮人形の大軍列。
蒼く透き通る、昏い目が……蓬莱の放った黄金の光の残光を、あらゆる光を拒絶する鏡面のように反射した。
――………。(しゃらん)
つっ…―――
可愛らしいエプロンの中から、玲瓏な蒼い光を放つ氷の魔剣アイス・ファルシオンを抜き放つ上海。
柄頭にはめ込まれた蒼い宝珠より、針のように研ぎ澄まされた魔力が刀身に刻まれたルーンを駆け巡る。
その蒼き光に、上海のたましいから導かれた闇の波動が迎合する。
合成された聖光は、アリスの人形にのみ通じる絶対的な死の宣告となった。
積尸気冥界波――プレアデスの輝きに似た、死をもたらす星光が氷の刃紋全体に満ち満ちてゆく。
その魔力を秘めた冷たく輝く切っ先を、かっての仲間たちに、ゆっくりと差し向ける上海。
――……。(…………)
そのまま彼女は目を閉じて静かに……アリスから託された詠唱コードを囁いた。
その名は…………アーティフルサクリファイス。
……
……
……
月面にポツンと白い花が咲いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
† † † アリス本隊にて。
「―――――上海」
アリスが見守るなか、月面で盛大な爆発が巻き起こった。あのぶんでは………生き残った人形たちなど、皆無であろう。
「…………」
白い葬花に黙祷を捧げ、厳しい声でアリスは配下の呪い人形どもへと「立てよ国民!」とばかりに激を飛ばす。
「―――この機を逃すな!
尊い犠牲を払い、命懸けで私たちに要塞内部への突破口を開いてくれたあの者たちに報いる為にも、今は悲しみを胸にしまい、
涙を弾幕に変えて前進するのよ! 後方で切り札召還の儀式を行なうシャーマン人形1000体を残し、
マーガトロイド艦隊―――全軍突入せよ!! ……敵は偽りの月に在り!」
味方の献身に高揚し、士気が上昇した全部隊を虚ろな目で眺めながら、アリスは配下の直轄部隊と指揮力の低下した蓬莱の部隊に矢継ぎ早に命令を下す。目まぐるしく動き始めた戦局を横目に、アリスはそっと溜息を吐き涙を堪える。
「―――……………嫌な戦争、ね」
勢いに乗り要塞内部へと到る大穴へと殺到する、およそ5000の人形兵団。
「このまま一気に………なっ!!」
突如、大穴より…この世すべての悪を凝集させたような、途轍もない悪意を感じたアリス。
「―――邪気が……来る!」
間に合うか、と焦りながらも、全軍に緊急回避を通達するアリス。上海、蓬莱(代理に抱えられている)の両指揮官は即座にアリスの意を汲み、迅速に左右に散開出来た。だが、戦意の高まった――勢いに乗る先頭集団1000体は、とうにその悪意の射程圏内だった。
パッと黒い宇宙を悪意に染め上げる、青白い雷花――――――
「な、なんなのこの力は……私の人形たちが直撃を受けている!?」
眩い閃光に視界を奪われ、ようやく視力が回復したアリスの目に映った光景は………酷く残酷なものだった。
――………!
ついさっきまで、あれ程意気軒昂だった先頭集団の姿は何処にも無く、其処にはただ―――強大なエネルギーの通過した残滓―――細々と身をくねらせる青白い蛇のようなスパークが、ぱちぱちと耳障りな音を立てるのみであった。
この状況が意味するところ――つまり、1000体にも及ぶアリスの人形たちは……服の切れ端ひとつ残さず……死んだのだ。いとも簡単に、無意味に、無情に、無常な生を終えたのだ。あまりの光景に呆然自失するアリスを叱咤する念話が届いた。
――……、………!!
「あ………そ、そうね。さ、さささがら無くちゃ…いい的だわね。……総員退避―――!」
蟻の子を散らすように、てんでバラバラの方角に散開する人形たち。アリスの動揺が伝わってしまったのか、その戦隊機動にはまるで規則性が無く、まさに無様な敗走というべきものであった。さらに、悲劇はそれだけでは終わらず、逃げ惑う人形兵団に追い討ちをかけるかのように、月面の大クレーターより雲霞の如き異形の機影が湧き出てきた。
「な、なによっ、まさか要塞駐留艦隊!? まだあんなに予備戦力が伏兵されてたの……上海! ど、どうしよう」
――……。
「え? まだ切り札のひとつがあるだろう、て? あ、そうかっ! そういえば『アレ』があったわね!!
うん、アレならこの窮状もなんとかなるかも。でも……まだアレを呼び出せるだけの祈祷力が足りない……
どうしよう、ほうら…ああ、まだ気を失ってるのか。どうしよ、上海?」
――…。
「そんな、なんで!? 自分で考えろって……だってこんなの予想外だわ!
――無理よ。こういう時頼りになる蓬莱も今は眠っちゃってるのに。
そ、それに私の本隊の呪い人形たちは、全然戦闘向きじゃないし。だから、ね? 上海、ここは一時撤退を……」
何時の間にか、上海はアリスの呼びかけにも答えず、30騎程度の直属護衛軍による別働隊を率い、戦線を離脱し独自の作戦行動を取り始めた。
いきなり1000体もの人形を、なんの覚悟も無いままに失い、混乱状態に陥り、冷静な判断を取れなくなったアリス。
その上、頼りにしていた名将蓬莱人形は戦闘不能。冷静沈着な策士上海人形も、何故か自分に愛想をつかしてしまったようだし……。
アリス自慢の弾幕ブレインは、いつのまにか二体の双璧に頼りきりで、錆び付いてしまっていたらしい。
彼女は今更のように――あの二人が自分にとって、掛け替えのない存在であることに気がついた。
迫り来る異形の大群。
毛の固まりのような体の前面に人面[ ( ゚Д゚)←こういうの。 ]が張り付いた、微妙な毛玉型怪生物に恐怖するアリス。
あれも永琳の間違った方向に特化した天才性の創り出した、悪夢のような電波生物兵器の一種であろう。
だが、その由来を想像したところで、目の前の脅威が無くなる訳では無い。
「あー、もうっ! こーなりゃ自棄よ! やってやろうじゃないの、上海蓬莱が居なくったって……
たかが不気味悪い毛玉もどきに、私の可愛い人形たちが……負けるわけ…無い!!」
わらわらと無意味な陣列を取り、毛玉もどきの軍団はアリス本隊へとまっしぐらに突き進む。
僅かばかりの救いなのか、総数約20000にも及ぶ毛玉連中の知能は決して高くは無いらしい。
もっとも、その無造作な浸透戦術は、多少の小細工を必要としない程の圧倒的な物量脅威であることに変わりは無い。
迫る毛玉軍団。
「――(うー…いまだ奴の目覚めには時間が掛かるというのに。
このままでは乱戦となり、物量に押し切られ戦列が維持出来なくなるわ。こんな時、上海ならどうするだろう)」
・・・。(゚Д゚ )x20000進撃中 ←なにも考えてないらしい。
「よし―――上海軍団槍兵部隊! あなたたちは三機一組となり、可能な限り自軍の損耗を抑え、毛玉もどき共を各個撃破なさい!!
我が幕下の、戦闘に不向きな呪い人形たちは、召喚儀式を行なう後方の部隊を防衛すべく城壁陣形ロー・アイアスを取る!
こちらからは決して打って出ず、ひたすら守りを固め、近ずく敵に見境無くガンド(呪い)を撃ちまくれ!
背後に連中を一匹も通すんじゃないわよ―――いい? ここが正念場……頑張って、みんな―――」
混乱より立ち直ったアリスの大号令を受け、全軍の士気は大いに高まった。
口々にアリスを讃える声“ジーク、マイスター! マーガトロイド!!”
喊声を上げ、死ねや死ねやとばかりに敵軍の間へと激しく斬り込み、縦横無尽に翔け抜け、もとから低い統率と士気を乱すキリングドールの一団。
・・・・・・!!!!
最速の機動力と打撃力を生かし、敵に囲まれる前に効果的なダメージを与え、一撃加えるや否や、そのまま戦線を離脱し、新たなる手薄な軍列を衝く。
繰り返される毎に、次第次第獲物を深追いし伸びる毛玉の軍列。
致命的なまでに密度の薄くなった敵軍の長蛇の列へと、機動力に劣るゴーレムタイプの豪腕が躍り込み、めくら滅法に腕を薙ぎ払い、プチプチと毛玉を圧殺し分断する。
その機を逃さず、強力な武装を持つものの、実戦戦闘技量に劣るワルキューレ人形たちが三位一体でジグザグに動き相手を翻弄し、毛玉が気を取られた隙に槍の穂先を揃え急降下。命中率の悪さをトライアングルアタックで補い、着実に残兵を撃ち減らしてゆく。
その戦渦の只中を抜け、ふらふらと漂ってきた毛玉共は、強固な密集防衛ラインに阻まれ進撃の足を鈍らせられ――その後タイミングよく防禦ラインの合間から放たれる、射撃特化された蓬莱軍の狙い済ました精密射撃の餌食となり、毛玉どもの一匹たりとも、人形軍元帥アリス・マーガトロイドの鎮座する本陣へは辿り着けない。
戦況は―――数の差を圧して、アリス側に大きく軍配が上がっていた。
「―――ふ。ふふん。圧倒的じゃない、我が軍は」
鼻高々のアリス。
「この分だったら、ヤツを使わずに済みそうね。……出来れば、ヤツを使うのは避けたい所だし……このまま無事に凌げればいいけど」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
要塞内部、殲滅暴走邀撃要塞主砲「 」にて
暗い要塞内部の空洞にずでんと鎮座する巨大な異物。
・・・・・・。
もの言わぬ鉄塊は、永琳の残した迎撃プログラムに従い、今ひとたび撃滅必滅殺戮主砲を放たん、としていた。
・・・・・ぽぽぽぽぽ―――
異音と共に、砲口内の圧力が高まり、危険なエネルギーが満ち溢れてゆく。
・・・・・・ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ
砲台に穿たれた二基の照準機がビカリと光り、砲台口腔内にヤバイ電滋波が溜まる。
既にエネルギー充填は115%。あとは自動トリガーが引き落とされるだけである。
聞くものなど居らぬ構内に、警告アナウンスが響き渡る。
『―――要塞主砲「めるぽハンマー」起動するわね。周囲に居ると大変危険で健康に悪いので、直ちに退避して下さいな。
………もっとも、これを聞いてる奴なんて、誰も居ないでしょうけど、ね♪ アハハハハ』
『発射――――10秒前…3、2、1………0』
(カウントに合わせて楽しげに腕をぶんぶん振る風切り音が、録音ボイスにノイズとして混じっていた。一体どういう電波を受けていたのだろうか。……えーりんは。)
………
………
『では、撃滅のセカンド――――――めるぽ』
ξ・∀・) ガッツ
異様な形をした砲台の後頭部へと、ごっつい拳の形をした撃鉄のハンマーコックが叩きつけられた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アリス全軍vs毛玉戦隊 戦闘宙域。
○アリス隊―――約2000。頑張ってます(うち1000体は、後方で呪いの儀式実行中。戦力外。
×蓬莱隊―――約1900。指揮官療養中(残弾補給のため自己生産中、戦闘継続可能数1000体。
?上海隊―――約800。指揮官離反?(下位のドールの損耗が激しく、軍団の中核を為す精鋭も疲労気味。
(゚Д゚ )毛玉もどき連合軍―――8500体。心の声“だりぃっす”(訳が分からないまま、半分以下に。哀れ)
戦線は膠着状態に陥っていた。華麗に相手を翻弄し、無骨な腕で粉砕し、三本の矢の如く弱さを補い合う。
アリスの指示は、上海、蓬莱並に的確であり、また配下の夥しい人形たちも良くこれに応えていた。
だが――
「―――う~ん。マズイわね……どうも上海旗下のワルキューレ人形の動きに、キレが無くなってきているわ。
キリングドールの連中も動きに精彩が無くなってきてるし。
相手が雑魚毛玉でも、さすがに相次ぐ連戦で疲労がピークに来ちゃってるのか……。元より彼我の戦力差は倍以上。
大分撃ち減らしたとはいえ、いまだ我が軍を大きく上回る数。そろそろ潮時かな……シャーマン人形! まだ奴は目覚めないの?」
・・・・・・・・・
アリスの問いかけに頭を振りながら答える、人形たちの思念。
既に祈祷の大部分は終えているのだが、いまだ邪神礼賛の過程が不十分で、今強引に使用すると制御に不安が残る。
もし賞賛不足にへそを曲げられて、自軍に襲い掛かられては、元も子もない。
ぎりぎりと爪を噛み、焦り始めるアリス。と―――その時、憶えの有るプレッシャーが銀河宇宙に満ちてくるのを感じた。彼女はハッと息を呑み、爪を噛むのをやめ慌てて全軍に指令を出す。
「全軍退避!! 要塞主砲の射線に身を置くなっ! 毛玉どもは捨てておけ!
旗下の兵力は時計回りに回頭しつつ全速転進! 然るのちに銀河外縁方向へと散開、イナーシャルリングの陣形を取れ!
遅れるなッ……――疾風マーガトロイドの名を、辱めないでよ…。急いで! 悪意が…………来る!!」
アリスの人形たちは、緊急指令を受け即座に毛玉との交戦をやめ、脇目も振らずに転進していく。その過程で背後より毛玉どもの吐き散らす弾幕追撃を受け、バタバタと非力な人形たちが倒されてゆくが、先ほど出会い頭に喰らった要塞主砲の餌食になるよりはなんぼかマシだ。調子に乗って追いすがる毛玉たちを忌々しそうに見やり、アリスは背後の召喚儀式サークルへと激を飛ばす。
「邪神召喚、急げッ! もはや制御が不十分でも構わない………破滅には破滅よ。――ヤツを出しなさい、早くっ!!!!」
切羽詰った表情でアリスは背後の召喚部隊に念話で、邪神顕現位置を伝えた。それは悪意の射線上ど真ん中である。これならば目覚めたと同時にいきなり敵対行動を取った敵軍にムカついて、自軍には目もくれずにヤツは……凄惨な笑みを浮かべて、毛玉どもの軍列に嬉々として飛び込み、殺戮の旋風を勝手に巻き起こす筈だ。
「……うまく行けばいいけど。なにせ奴の思考形態は、私たちとはまったく異質。到底理解できるものでもない。
それに――いまだ、あの旧世界の遺産がどの程度の戦力を有するのかも不明だし…。
あの人形?の行動原理が全然読めないところが気に掛かるけど、良ければ相打ちしてくれて、味方への逆襲を封じられるかも。
いくらなんでも欲張りすぎか。……そこまで都合よくいかないにせよ、この不利な戦況を覆す、天目の一石となれば……」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
要塞主砲射線上の虚空
………虚無の宇宙に満ちていく悪意に対抗すべく、遥か彼方、星間宇宙の最果てより地上に堕ちて来たいにしえの邪神「 」が顕現する。偶然古代の遺跡よりアリスが発見してしまった……あまりにも恐ろしい顔をした……狂気と苦痛に満ちた、旧世界を滅ぼした炎の七日間を生き抜き現在に甦る地獄からの使徒。ブゥ…………ン…と空間が震撼し、朧げなシルエットが像を為す。
『・・・・・・・・・』
星々を瞬かせる宇宙の風が、その者の腰下まで伸びた青い長髪をパラパラとなびかせた。
無言で佇む、ほっそりした体躯に装着された奇妙なプロテクター類。
外見的特長と名前は…見ようによっては竹林に住むとある蓬莱人に似ていないこともないが、それを口にすると両者は激しく抗議することであろう。
元の名前をアナグラムで並べ替えた『呪い名』、美への冒涜、古代人の手による不遜なまでのチャレンジスピリッツは…このようなありえざる奇跡を生み出した。そう、彼女こそはあらゆる痛みと恐怖の具現者―――
邪神 もっこす人形
ギチギチギチ……
『・・・・・・ワレヲ、アガメヨ・・・』
唸りを上げて襲い来る要塞主砲の巨大な青白いスパークを無感情に眺め、そいつは呟いた。
―――ブン
五月蝿げに片手を薙ぎ、機体前面に巨大な断層、相転移歪曲場フィールドを発生させるもっこす。
激しくぶつかり合う異界のコトワリ。
だが、その均衡はすぐに終わりを告げた。
めるぽハンマーのすべてを薙ぎ払う暴走荷電霊子砲が、その恐ろしい絶対的フィールドにいとも簡単に弾かれる。
あらぬ方向へと暴走する要塞主砲の一閃は――リング状の陣形をとるアリス軍右側の1000体程度の人形と、毛玉戦隊8000を道連れにして彼方の虚空に消えて逝った。それを見届けることもなく、もっこすはふたたび異空間に溶けてゆく。『敵るっくす5%以下。雑魚ト認識シマシタ。アイテニナリマセン・・・・・・顔ノるっくす10%低下、洗浄ノタメコレヨリキカンシマス』……意味不明の戯言を残し、戦場を敵味方の区別無く破壊した彼女はひたすら訳が分からない理由で帰還するのであった……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
……もっこすが弾いためるぽ砲の暴威過ぎし、戦闘宙域。
「……」
唖然。
「…………」
銀河天頂方向のリング状自軍の本営に位置していた――元帥、アリス・マーガトロイドは顎をガクーンと落っことしたまま、硬直していた。
「……(なに? なにが起きたの……ど、どうして射線軸から退避した筈の私の人形たちが、あっさり消滅しているのかしら。それも……1000体も。これじゃあ最初の一撃で受けた損害と変わらないじゃない。け、毛玉たちもほぼ壊滅したとはいえ、なんなの? この巫座戯た結果は。これが―――奴を実戦で投入することの恐ろしさ、か……。うう……怖いのは顔だけにして欲しいものね。うぐぅ…駄目だ、痛いほど分かってしまったわ…アレはとても私の手に負えるシロモノでは、無い…。この戦いが終わったら永久封印…いえ、あの邪神がおとなしく封印されるとも思えないわね……。―――そうだわ。あの香霖堂に引き取って貰おう。変態同士、気が合うのかも知れないし、これ以上私の愛する人形たちに災厄をもたらされるのはまっぴら御免だわ。アレは人の形こそしているものの、人形とは言えない―――むしろ邪神像とでも言うべき異形。ならば……骨董品として処分しても問題ないわね、全然ノープロブレムよ、うん、そうに違いないわ)」
なんとか混乱に陥る事無く、前向きに立ち直るアリス。幻想郷の魔法の森の外れで「ふ…誰かが僕のことを噂しているな。もてる漢は、つらいね」とくしゃみをした後に独り言をのたまう、勘違いした店主の妄言が聞こえたような気がした。無論―――幻聴であろう。
「と、ともかく敵機動勢力は壊滅したわ! 全軍残敵を掃討しつつ、別命有るまで要塞砲射程外にて散開待機!」
なんとか毛玉もどきたちは退けることが出来たが(半ば自滅、ほぼ相打ちで)自軍の受けた傷も軽視出来る物ではなかった。邪神のきまぐれで1000体を失ったのは痛いが、まだ致命傷では無い。だが…このまま何の策も無く月面を目指しても…容赦の無いサードインパクトが今度はアリス諸共、人形軍を滅殺するだけであろう。万策尽きて、内心途方に暮れるアリス。そんなとき彼女の元に、上海残軍の伝令人形が一通の書簡を持参して辿り着いた。
「上海……? わざわざ伝令兵を使うなんて、なんで念話で直接私に話しかけてくれないの……?
もう、こんな情けない私の、声も聞きたくない、てこと? と、とにかく中身を―――」
それは、アリスを見限り戦線を離脱した筈であった上海人形からの……彼女に向けたメッセージだった。
《更に続く》
────────────────もう、色んな意味で最高です。
・・・・・・(´・ω・`)b